瀬戸の内海
丸亀市、猪熊 弦一美術館にて。
最近、シグマのカメラに関して、自分なりに考えて思う
ようになったのは、シグマのカメラというのは、他のカメラ
とは違っていて、この世界を徹底的に物質的に見るという
ことに大きな特徴があるのではないかなって、いうことです。
他のカメラは、この世界を光の綾なす様として、物質的
というよりは、むしろ心情的に、物質感を押さえた人間的
表現をするのに対し、シグマはコレでもかって言うほど、
物事を物質世界の物事としてしつこいほどに拘わろうと
しているかのように思えてくるのです。
私としては、さほどにには物質には拘らない生き方を
しているつもりなのですが、このシグマ独特の物質感覚
には、正直言って大いに戸惑っているんです。
どうも・・・そういう、気がして来たのですね。
自分としてはなるほどカメラ趣味なんかを思えば、物欲は
あるみたいにも思えるんですが、しかし本当は単純な凝り性
なだけで、けして物質的な生き方をしているわけではないと
考えているのですし、むしろ物質的な堅実な生き方を毛嫌い
しているのだと思っています。
ですから本当は、私はシグマというカメラの行き方を嫌って
いる、物質的な表現をするカメラを嫌いなのだということです。
それで、GEさんのような異種メーカーのレンズを使った
非シグマ的な写真をみると、なんだかホッとする自分がいるん
ですね。
そういう矛盾が私の中に歴然として存在していて、それだ
からこそシグマというカメラの描写をことさらに見てみたい
という感覚。たぶんそれがシグマに対する私のスタンスじゃ
ないかなって思いましたよ。
ついでに言うと、最高に嫌な物質、煮ても焼いても食えない
放射性物質。最高に非人間的な物質。
物質感覚を突き詰めていけば、きっとそういう結論に達する
のだと思う。