瀬戸の内海
偶然にも、こういう考えのブログに・・・ http://dairoukoga.blogspot.jp/2009/09/flickr.html カメラ病気とかデジカメ依存症なんかの言葉ではネット検索で けっこうヒットするんですが、写真本来の本質にまで迫って、その 恐さを考察しているのは案外に少ないんですよね。 どんな写真、被写体の撮影でも、付き詰めて行けば写真本来の 恐さっていうのか、そこに潜む破壊的な何かが撮影者に襲ってくる。 写真と、鬱病とは案外に近いところにいるみたいなんですね。 私は西洋占星術を長くやっているんですが、これまたトンデモ からくりなんですね。(^^; 真っ当な人はやるべきではないんです。 その占星術の見方からすれば、写真も鬱病も共通するのは蠍座 なんです。その蠍座にどんな星があるかで結果が違ってくる。 ちなみに蠍座の人は眼が良い(脳の画像認識力がよい)、だから 写真に関心を持つ。耳が良い人が音楽に関心を持つように。 幸い、私の場合には、その蠍座に緩やかで調和的な星が存在 しているので、自分は助かっているのたと思っています。 だからとことん付き詰めて写真に没入するすることをしない。 カメラだって中古になり値段が落ち着かないと買わないし。 占星術では、そこに星がある限り、その星の意味を自らの人生に 於いて、消化せざるを得ないっていう暗黙の約束があるんです。 だから、もともと欝的になる星を持っている人は、同類の意味を 持っている写真をすることによって、病状を軽減する働きをするん ではないでしょうかね。 この世の中に意味のないものは何一つありはしないということで。 この写真は、とある山寺の防火用水に落ち込んだカラス(たぶん) の末路です。離陸(離水)する為のある程度の広さのスペースが 無かったが為に、こういう末路になったのだと想像しています。 いくら渾身の意思で持ってしても、物質物理現象には逆らえない のが、生物現象においても現実なのです。 このカラスに必要だったのは、ここに落ち込めば助からないという 想像力・直観力、そして恐れへの心でした。 人間のする写真行為は、そういうような想像力や直観力を自然と 培養してくれもするから、何とも不思議なんですね。