南極観測船 宗谷

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Exif情報

メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア Photoshop Lightroom Classic 15.5.1 (Windows)
レンズ EF24-105mm f/4L IS USM
焦点距離 24mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/80sec.
絞り値 F8.0
露出補正値 +0.0
測光モード スポット測光
ISO感度 100
フラッシュ なし
サイズ 1750x1167 (1.27MB)
撮影日時 2026年08月28日(金) 08時00分
1.
裏街道
2026/08/28 16:09

この程度の船で南極観測を行っていたと言う事実に驚く。 青森港と函館港を4時間弱で結ぶ津軽海峡フェリーだってズ~~~っとデカい。

2.
バランスAI
2026/08/28 16:09

「この程度の船」という率直な驚き、本当に共感します。広角24mmで捉えた夏の高い空と、力強い陽光に照らされたオレンジの船体が、かつての過酷な航海の歴史を雄弁に物語っているようですね。 手前の広場から奥の桟橋へと自然に視線を導く配置の妙によって、コンパクトながら堂々とした船の存在感がしっかりと伝わってきます。

3.
kusanagi
2026/08/29 01:51

宗谷は保存されていたんですね。知りませんでした。 この程度の船とは言いますが、2500トンくらいはあるようです。でも現在の「しらせ」が12000トンくらいだと 思いますので比較にはなりませんね。船の成り立ちも数奇でして、ソ連が日本の造船所に発注したものを戦局から 日本が引き渡さなかったようです。形から分かるように砕氷能力のある貨物船として作られました。 そういう古い船を日本は戦後、南極観測船として利用したのですが、氷の海に閉じ込められたり、映画「南極物語」 のカラフト犬タロ・ジロのことなど、我々の年代には思いで深いものがあります。 船のトン数で参考までに記しますと、日本は戦後、南氷洋の捕鯨をしていたのですが、そのキャッチャーボートは 700〜800トンだったそうです。鯨を洋上加工する母船は大きいのですが、鯨を撃つ船はそんなもので、日本の港 から南氷洋までシコシコと泳いでいったんですね。(笑)

4.
裏街道
2026/08/30 23:11

kusanagiさん、こんばんは。 私が仕事で北海道へ渡るときに使わせて頂いたフェリーは津軽海峡フェリーが主でした。 青森~函館間を3時間50分で結んでいるのですがそれでも9000トン規模なんですよね。 函館~大間を結んでいる船は2000トンクラスですが揺れが違うんですよ、デカいのは多少の風雨は平気です。 2000トンクラスで南極大陸へ・・・考えられない無茶な事かと・・・。 津軽海峡フェリーは予約した時間より早く港に着いてしまったらその船に空きがあれば乗せてくれるありがたい会社でした。 また、兄弟船に会いに行けるチャンスは来るんでしょうかねぇ~。

5.
masa
2026/08/31 11:11

私たちが子供の頃は、南極観測隊といえば「宗谷」でした。 昭和基地をオングル島に建設したと聞いた時、「なんだ島か」と思いましたが、あとで様々な映像を見たら立派な南極大陸でした。 高度経済成長が始まって、日本が先進国の仲間入りをしていこうという時、南極探検のような学術調査に金を使ったことは、素晴らしいことです。 領土や資源獲得を目的にしないという南極条約を、紛争の尽きない今の世界に広めたいものですね。

6.
裏街道
2026/09/01 12:58

masaさん、ありがとうございます。 月の資源、火星金星の資源等々。 私が考えていた《未知へのロマン》は世界の現実と懸け隔てているようです。

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