オリンパス E-30 作例

2008年12月20日発売

E-30の仕様

放電アルミテープの危険性

放電アルミテープの危険性

久しぶりの、車の話です。(^^ゞ しかし重要な話もありますので要注意。 まあ、私はこういうちっちゃな古い車を使っているから、こんな具合に車の写真や話が出来るので すが、良い車に乗っている人はなかなか車を話題にするのは難しいでしょう。(^^ ところで拡大していただければ分かると思いますが、放電アルミテープは車の前後四隅にベタベタ と貼っております。外見から見えないところもたっぷりと貼り尽くしていますよ。 このアルミテープのお陰で高速時の直進安定性というものは劇的に変化しました。その余勢を借りて タイヤは大きくし、ガソリンもハイオク仕様としました。 ところで、この放電アルミテープの件、今回は貼ってはいけないところがあるという話をします。 まずは、空力的にマズイところ。それはボディ下部の通常、スポイラーという個所です。例えば車輪 前後の間のホイールベースの部分のボディアンダー側。ここに貼ると直進安定性は大きく削がれます。 特に横風が吹くとまっすぐに走らすことが困難になります。そしてフロントバンパー下部の中央も 貼らないほうが良いでしょう。ただリヤバンパー下部は貼っても大丈夫のようです。 つまり車体下には空気が入り込まないようにするのが無難なようですね。ただ最新の高級車のように 車体下にフラットな整流装置が付いているものならば大丈夫かも知れませんが。 それからトヨタの話では、ボディの鉄板部に貼っても意味がない、というようなことを書かれていたの ですが、私の経験ではバンパーのようなプラスチック部分だけでなく、ボデイスチール部分に貼っても 大きく効果が見られました。さらにはアルミホイール自体に貼っても同様に大きな効果があります。 つまり貼る所の材質がなんであろうと放電アルミテープの効果はあるのだということです。 そしてこれからが大事なところなのですが、絶対に貼ってはいけないところがあるということです。 それは室内です。室内にアルミテープを貼ってはダメです。 ですから、トヨタが言っていたような、ステアリングコラム下のプラスチックカバーに貼ってはいけない ということなんです。それは室内にあるからですね。 アルミテープの放電効果はコロナ放電という放電現象によって、車体に蓄えられた電荷を逃がすという 理屈によるわけですが、その放電させる場所には注意が必要だということです。 つまり車外に逃がすのは問題がないわけですが、室内に放電させるのは、実は大変に危険である ということなんです。 私も最初は室内に貼っても大丈夫かな?って疑問に思っていたんですが、まあ天下のトヨタがやって いることだし、だいたい大した放電量じゃないだろうって高をくくっていたところがあります。 しかしテープを貼って何ヶ月か経ち、その結論としては、室内にテープを貼るのはダメだという結論 に達しました。 ですから、私のコメントを見て、車内にステアリングの下にアルミテープを貼られたという人がいれば、 即刻に剥がしてください。(車外のテープは大丈夫ですが、風を伝わって窓から室内に入り込むような 部分は、これも剥がしてください。例えば運転席側のAピラーやフロントウィンドウなど) 私がテープを貼ってもう半年くらいになるのですが、体の痒みとか肩のこりなどが出ました。私と同時 に貼った知人は生まれて初めて魚の目がでました。こういうのはおそらく放電アルミテープの放電現象 による人体への悪作用と思われます。というかもう断言しても良さそうです。 どうもこれは、おかしいな?って思って、それで室内のテープを全部剥がしたのが1ヶ月前です。 それで1ヶ月が経ち、まだ完全に身体の不具合さは完治していませんが、経過をみるにつれ、これは 間違いなく放電による電磁波障害のひとつであったわけだと思ってます。 興味深いことに室内のテープを剥がしても車の直進安定性や挙動には変化が見られませんでした。 おそらく私の場合、既にボディ各部分にテープを貼り尽くしていたから、室内のテープを取り除いたくら いではその効果に変化は無かったのだということでしょう。 放電アルミテープはトヨタが特許を申請しているのですが、今こうして思うに、トヨタはドライバーの 身体安全性には無頓着であったということになりますね。そりゃそうですよね。本当にトヨタが人間の 安全性を考えているのならばハイブリットカーなどは作れませんから。(笑) またそれ以前だって大気 汚染を深刻化させたのは自動車メーカー達ですから。 それにしても今になって思うのは、アルミテープによって車の性能が上がったにも関わらず、最近は 車で出歩くことが少なくなっていたという事実です。それは無意識的に乗車を避けていたということでは ないかと思ってます。 それから比較のために仕事で使っている車には一切テープを貼りませんでした。これは結果的に 良かったわけです。私用や仕事で3台の車に乗っているわけですけど、全部にテープを貼っていれば これはエライことになっていたでしょうね。 放電アルミテープには身体に対して危険性がある。そういうことを言っているのは今のところは私だけ でしょう。 やがて誰かが気がつくかも知れませんが、誰も気が付かないままかも知れません。しかし言っておき たいことは私は書きますので、それで注意を呼びかけています。貼るも剥がすもそれは自己責任の ことなので強要は出来ませんが、とにかく見知っておいてください。

写真の実利-5

写真の実利-5

随分と長く、デジタル写真になってからも、写真をやってきて我ながら思うことは、もう写真の時代 というものは終わってしまったのではないかと感じることです。 私自身の写真も終わりつつなのですが、それだけでなく世間様の写真という文化も終わりを告げて いるように思えてならないのです。 今現在、写真として皆さんがやられているものは、言葉を正確に申せば、「写真」ではありません。 そう、フォトグラフですね。画像です。画像だと言えばそっけないので写真画像とでもいいましょうか。 昔の定義の写真というものは、見るのではなく読む、と言いました。写真を鑑賞する場合、見るの ではなくて、読むということ。読み取る、考えぬくということ。 これは昔の写真がまず白黒であったこと。それから画質も随分と悪かったからです。また写真の プリントも小さくて、また出版印刷されたものも画質はさらに悪かったのです。 ですから漫然と写真を見ていたのでは、何が写っているのかさえ分からない場合がありました。 デジタル写真もその初期においては、100万画素とか300万画素とかの撮像素子も小さなコンデジ でした。当然にフィルム写真よりも出来が悪くで、その写真の情報量も昔の高感度黒白写真と張って いるという具合でしたね。 その創成期のコンデジ写真を体験していない人は多いのじゃないでしょうか。大体はカラーフィルム 写真をやっていて、それからデジタル一眼に鞍替えした人がほとんどでしょう。 写真画像というのは、その画質が良くなればなるほど、ただ画像を見て感じるだけに終わってしまい、 写真を読み取るとか、考えるということをしないものです。 膨大な高画質という多量の情報量の前に、ただ画像を脳内に収めるのが精一杯で、それ以降の 思考というものに割り振るエネルギーが無くなってしまうからでしょうか。とにかくカメラや画像が、 良くなればなるほど我々の思考力というものは、画質に反比例するかのごとく失われていく、そういう 気がしてなりません。 ある意味、これは大いに不幸でありますね。 本来の写真の良さ、有意義さを知らずに、ただ漫然と写真画像をやっているわけですから。 このコメントのタイトルは、写真の実利ということで書いています。 実利というのは楽しみとかレジャーとかストレス解消とか、そういう消費的なものではありませんね。 写真という趣味を初めて、結構な金銭を使い、多大な時間と労力を消費し、それがただ単に快楽の 追求というものであるのならば、ちょっと虚しい気がするではありませんか。 写真趣味人がどんなに頑張ったところで金を稼ぐとは行かないのですし、所詮は道楽です。無難な 道楽だから良いんだという人もいますけど、それも消極的な見方ですよね。暇人の時間潰しということ になるじゃないですか。 しかし写真には実利があるだろうと私は思っています。 それで私なりの回答をこれから書きます。 その前にマイナスの実利というか、損益の損害から言いましょうか。これはやはり身体を損します。 カメラやパソコンの放つ電磁波(光障害も含む)によって、脳と体に損害を与えます。 しかしそれは何の行為でもそうなので、プロの写真家もそうですし、パソコンのオペレーターだって そういうことになります。彼らはお金を稼いでいるので我慢ができるわけですが、ただの趣味で体を 壊してはなんにもなりませんね。注意をしましょうね。 それで次に実利の利益としては、まず写真は野外の撮影がほとんどなので、その点では健康的で、 体力の保持になるということです。特に撮影では歩きますからこれは確実に体力がつきます。 だいたいこれで損益としては、プラスマイナスでチャラということになります。(度合いは無視して) ふーむ。それだと大枚を叩いてカメラなどの機材を買い投資したのは、まるっきり損だということに なりませんか。(笑) いやあ、その分、写真で楽しんだのだからいいんじゃない?って言われると二の句が出ませんが、 投資には確実に利益を出さなければ原資も時間も損したということになるんです。 それでは機材の投資額に見合う本当の利益とは何か。 それは簡単なんです。写真をして御自分の能力をスキルアップすることなんです。 この能力アツプは写真から遠ざかった後も失われません。写真という学習を通じて自分が獲得した 能力だからです。 ここまで来て解る人は分かると思うのですが、それは写真を読み取るという能力ですね。一枚の 数枚の画像を提供されて、それを可能な限り考えながら読み込んでいくという、そういうスキルです。 誰に何を説明されるわけでなし、ただ眼前にある写真を見ながら考えを深めていくということ。 これが写真の最大の利益であり、且つ写真の最高の魅力なんですよね。 実は写真というのは、自分で写真を撮るということよりも、他人様の写真を見て取る、読み取るという、 その作業の方が遥かに高度であり、有意味なんですよ。しかし人様の写真をいくら見ても、自分が 写真撮影の経験がなければ限界があります。写真に経験のない人は残念ながら写真を読み込んで いくことができません。 それで人様の写真を読むということは、その方の撮影した環境を出来る限り調べあげるという作業が 必要なんです。これは面倒なのですが、それをやらなければ本当の写真を知ること、さらには写真を 通じての真の交流とはなり得ません。 例えばzzrさんの写真を見て、東北の山や海や歴史や地理や、そういうものを調べて関心をもつこと。 そういうのが大事なんですね。いやそうしないと本当に東北の写真を見たことにはならないんです。 stoneさんは淀川を撮ります。だったら淀川や大阪平野を調べようじゃないか。またstoneさんは鳥を 撮りますが、自分が鳥にあまり関心がなければ、じゃあ鳥のご先祖の恐竜を知らべようじゃないかと、 それでまず自分の関心のある地球の歴史から紐解いてみることから始めたんです。そうすると恐竜 の末裔たる鳥ってスゴイってなるわけです。 Kazさんが米国在住でアメリカの写真を撮っているのならば、じゃあアメリカを知るためにも、ひとつ ひとつ調べてみようじゃないかとなるんです。笑休さんの音楽でもそうです。 つまりそういう具合に写真を見る、写真を読むとは、その裏方に大変な作業をしていかなければなら ないということなんです。しかしまたそれも面白いってなるんですね。 たかだか写真になんて面倒な。と思われるかも知れませんが、そうではないんですね。 実はこの読み取りの癖をつけますと、写真にかぎらず他のどんなことでも必ず解き明かせてみせる っていう自分なりの自信が着くんですよ。この利益は大きいんですよ。 物事に遭遇し、ただ見るだけに終わらずに、それを分析しそして核心に迫るという、そういう生き方は 自分の人生を豊かなものにします。そんな具合で写真というものは廻り回って必ず自分の能力の向上 に役立つんですね。最終的には自分の直感力というのを育て上げるのです。 私は写真の本当の実利っていうのは、そういうことじゃないかなって思います。また写真を通しての 交流というのもそうに違いないと私は信じるんですね。 こういうのは、写真をただ画像だとして、ただ見てハイ終わりっていうのとは根本的に違います。 そこのところが写真と、単なる写真画像との本質的な相違なんです。 写真趣味をやって、ただ単純に楽しめればそれで良いというのは本当に写真をやっていることには なりません。それは単なる道楽の消尽に過ぎませんから。 ですから皆さん、写真を考えてください。ただ快楽に終わらずに、深く強く考えて写真をやっちゃって くださいねって言いたいですね。(^^ゞ 残念ながら、今の多くの方の写真術というのは美学の画像段階で終わっています。そのレベルでは もうすぐ人工知能に取って代わられるというところですか。とにかく1枚の写真の背後にあるもの。 それを深く読みこんでいこうじゃないかと、言うことです。それが人間の写真術というものです。

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