写真の人格性

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Exif情報

メーカー名 PENTAX
機種名 K-01
ソフトウェア Capture One 8 Windows
焦点距離 40mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/200sec.
絞り値 F5.6
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 100
フラッシュ なし
サイズ 4000x2649 (5.22MB)
撮影日時 2012年01月01日(日) 00時03分
1.
kusanagi
2026/02/08 23:18

写真には上手いとか下手とか、そういうのを超越した魅力というものがありますね。 とても上手な写真なんだけど、魅力を感じないという写真があり、下手な感じだけど魅力を感じて どうにも見逃せないという写真もあるわけです。 その差はなんだろうかと言うと、それはすなわち撮影者自身の持つ魅力なんだろうと思っています。 たとえばプロ作家というのは圧倒的な人間的な魅力を持っているわけです。それが全ての作品に 醸し出されているだろうからその作家の写真は魅力的に映るんです。 つまり人格が写真を作る。人格性でもって写真となす、と言う具合です。 これからはAIが写真をつくることになるかも知れないですね。そういう場合は、AIに指示を出した 人間の人格がそのAI写真の人格性をつくるということになります。AI自体には道具としてのカメラ と同じような意味しかなさそうですから。 この人格性というのは基本的に生命しか持ち得ないものなのです。つまり人間です。 それで写真というのはモノですから当然に人格性を持っていません。しかし人格性を投影したもの だとはいえるんです。 人格には個人を超えた集団的集合的な法人格なるものもあります。人々が集まった形態での象徴的 人格ですかね。その最大のものは国家や民族なのかもしれません。 とにかく写真とはそういうものなので、写真というモノ自体を撮影者の人格から切り離して論じても、 それは本当の写真の論評とはならないのでしょう。写真というものは生みの親である撮影者を切り 離しては何も語られないものなんですね。語ることができるのは単なる画像です。

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