写真編集ソフトウェア掲示板

1: 歩く5  2: tamron 200-500mm f5.6_31a2  3: vivitar 135/3.5typeⅱ(fifteen blades )2  4: 大きな盆栽のよう2  5: デジタル時代の写真3  6: 写真の時間軸3  7: 感化される写真1  8: 瀬戸内の光景1  9: konipan ss1  10: 人の集う場所1  11: 無題1  12: 土手に咲く梅だか桃だか1  13: 私の黒白写真2  14: 加工食品と加工写真2  15: 寝付けずに空1  16: 腸力1  17: 贅沢1  18: 写真集1  19: 十年前くらいの東京、銀座1  20: 無能1  21: 無知2  22: 無能1  23: 2  24: 真四角ふぉ〜まっと1  25: 題無1  26: 無題3  27: 無題1  28: 眼の視点2  29: 人気1  30: 水たまり1  31: 黒白1  32: 無題1      写真一覧
写真投稿

歩く
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/80sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4096x2731 (5.99MB)
撮影日時 2024-09-29 02:08:43 +0900

1   kusanagi   2025/4/19 21:37

この掲示板、広告が表示されなかった貴重なPCがなくなると、当然に広告が出張ってきて、正直言ってあまり閲覧
する気がしなくなりました。もっともこれは想定内ですけどね。
とにかく最初にすることは広告を消すこと、全部消すこと。それから掲示板を見ることになるので面倒至極です。

広告の量と、掲示板や投稿写真の質は反比例します。これは当たり前のことなのでいまさら言っても仕方ないわけ
ですが、とにかく最初に広告を消す儀式はしっかりと行ってください。

「歩く マジで人生が変わる習慣」 池田光史著 この本、かなり面白いです。シューズについても深く追求して書か
れているので参考になります。現代のねじれない靴が筋力と間接を弱らせていると。そして、足は1ヶ月で変わるとも。
良い靴やシューズを選んで歩き、生活するのはもはや必須という時代になったようです。

シッポ座さんがバイクを押して6時間、というのは、これも歩きですね。バイクを押して歩くことに意義があった、という
ことになります。貴重な体験をなされた、と思います。
人間は歩かないと写真は撮れません。もしくは写真を撮るためには歩かないといけません。写真と歩きは不可分の
関係なので、写真趣味の人は多かれ少なかれ歩くことになります。そして歩くことは考えるということなので、今の
時代、考えることができるというのは、写真とは良い趣味だといえそうです。
バイクは押して歩くこともできる。自転車もそうです。カメラと同じく、良い道具だということです。
自転車遅乗り競争というのが運動会であってような気がするんですが、バイクや自転車を押して長時間歩くという
競技もあってよいのではないかと思ってます。

アシスト付き自転車は坂道でも漕いで走れますが、普通の自転車は長い坂道は押して歩かないといけません。
これがまた良いんですね。坂を上りきると後は猛スピードで下り坂、一気に帰り着く。というのを島巡りで体験したこと
があります。あの爽快感は今でも忘れられません。

カメラという道具は重さがあります。この重さ、というのがいいんです。もし重さと大きさがゼロというカメラがあると
すれば、それは写真としては面白くありません。私がスマホ写真をあまり評価しないのはスマホが、コンデジもそう
ですが、カメラとしては軽すぎるからです。
カメラというのは、あの重さがあるから、自分の思ったような写真を撮れるんですね。ここを忘れてしまうと写真趣味
としては残念なことになります。重いカメラという道具をわざわざ手に持って歩くということ。そこに深い意義があります。

コンデジ撮影の場合、私はグリップ等を追加して、わざわざ重く大きくして使っていました。スマホもそういうことが
できそうですね。タブレットで撮影をする人がおられますが、あれは大きさ重さからいうとカメラという道具になるでしょう
か。そういえば折りたたみ式スマホを持たしてもらったことがあって、あれ結構重くて長電話だと腕が疲れた。(笑)
サムスンかなんかだったかと思うのですが、あれだと重いのでよりカメラらしいか。
でもやはり本物のカメラにはスマホもコンデジも敵いません。手に持って歩くように最初から作られているからですね。

もうあまり写真を撮らないので、カメラバックは大工道具を入れたりビス螺子を入れる箱やバッグになっています。(笑)
自分でリフォームをしているので電動道具などや大工道具がだいたい揃ってきて、それを入れるバックにカメラバック
がぴったりと合うというわけ。
大工仕事は趣味として面白いのですが、残念ながら歩きがないので写真趣味には敵いません。写真撮影趣味、
これは趣味としては最高です。

2   xp5   2025/4/19 22:02

このオッサン、広告ブロックのやりかた知らんのかね
ま、xpの運営のために一人ぐらいせっせと広告みてやらにゃいかんぜよ
広告を消すこと、全部消すこと。それから掲示板を見ることになるので面倒至極です。そりゃめんどうっすね


3   xp6   2025/4/19 22:09

広告の量と、掲示板や投稿写真の質は反比例します。これは当たり前のことなのでいまさら言っても仕方ないわけ
ですが、とにかく最初に広告を消す儀式はしっかりと行ってください。
失礼なこと、いわはるもんだ。真面目に投稿してる人にたいしてあやまりなさい!

4   xp7   2025/4/19 22:12

もうあまり写真を撮らないので、カメラバックは大工道具を入れたりビス螺子を入れる箱やバッグになっています。(笑)
自分でリフォームをしているので電動道具などや大工道具がだいたい揃ってきて、それを入れるバックにカメラバック
がぴったりと合うというわけ。
そんなら大工さんに転向なさいな、人気のない写真は
やめなされ

5   xp8   2025/4/19 22:48

あんだけ叩かれたシッポ座くんとやら、きみのおかげでこちらお山の大将はくだらないコメント書くことでストレス発散しているようだから、もう大将にコメント要求するようなことはおやめなさいね!おやすみ

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tamron 200-500mm f5.6_31a
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア GIMP 2.10.32
レンズ
焦点距離 0.0mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/395sec.
絞り値
露出補正値 +0.0
測光モード 部分測光
ISO感度 800
ホワイトバランス 色温度直接設定
フラッシュ なし
サイズ 2000x1333 (622KB)
撮影日時 2025-04-12 20:45:27 +0900

1   シッポ座   2025/4/12 21:42

この時はヒャッハー!だったのですがアクセルワイヤー切れてバイク押しつつ6時間ちょいかけて帰宅しました。バイクも車もメンテナンス大事!と知りました。まあたまには自分をシバくことも大切とのお勉強です。。

2   kusanagi   2025/4/13 22:43

この写真はレース仕様車みたいですね。しかも旧車。サーキット場かというと、どうなんだろう?バックは鉄橋みたい
だし。これは往年のサニークーペですね。これと同型のセダンとかトラックは、市も昔乗っていたことがあります。

先日、道路の陸橋の上で高齢者(80歳代か)の方が鉄道写真を撮られていました。寝台列車の通過写真の撮影
でした。列車の待ち時間に話をさせてもらって、カメラマン氏曰く、今はデジカメになってから写真のコストが格安に
なったので助かるとか言っておられました。
フイルム時代はフイルムが1本500円、現像も500円、さらにプリント代とお金が掛かったのですが、デジカメは
初期投資こそかかるものの、後は安い。プリントも自分でプリンターでてきるということで、高齢になっても写真が
できるとは本当に有り難いと申されていました。
確かにそのとおりで、今はフイルムは1000円以上するんではないですか。現像も高いことでしょう。もうフイルム
では写真はできません。私も多少のフイルムカメラをまだ所持していますが飾り物になってます。

こういう経済手的な面から写真趣味を考えることも大切ですね。一番経済的な写真撮影は手持ちのスマホなりで
撮影することです。それで十分に事足りる時代になってます。中古格安で買ったデジカメでも同じで、プリントも
モニター鑑賞で済ませればほとんどお金は要りません。写真撮影の敷居は限りなく低くなっています。
こういう時代において、じゃあ、写真の意義もずいぶんと低く安くなってしまっているのではないかと思ったりするん
ですけど(笑)、それを言えば読書や文章書きもそのようになってますね。
ネットで見れば文字情報は事実上ただ。コメント投稿もただで誰でも数行は打てます。まあ長文を書くのは難しい
かも知れませんが、そのうちにAIが書いてくれるでしょう。なんでもタダか、タダ同然にできてしまうのが現代ですが
その分、内容は格段に劣化する事態になっちゃいました。

こういうデジタル時代、ほんとうにこんなになって良かったのかどうか。ずいぶんと考えさせられるわけですよね。
経済理論として言えば、ローコスト、ロープライスはその分、品質や内容が落ちるというのは定説です。結局、ユーザー
は自分が支払った価格相応の利益や価値しか得られないというのは至極当然のことなんですね。
これが分かっている人がどれだけ居ることやら。

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vivitar 135/3.5typeⅱ(fifteen blades )
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア GIMP 2.10.32
レンズ
焦点距離 0.0mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/256sec.
絞り値
露出補正値 +0.0
測光モード 部分測光
ISO感度 125
ホワイトバランス 色温度直接設定
フラッシュ なし
サイズ 1600x1067 (1010KB)
撮影日時 2025-04-10 19:03:38 +0900

1   シッポ座   2025/4/10 11:52

ついうっかりkusanagiさんのコメントを深夜に見てしまい、月の入り時刻と方向、同じ一から長秒露光三脚持参の同じレンズでーと思いAM3時頃を狙ってーと考えてしまった私写真にも贋作という言葉が当てはまるのか分からないのですがクリソツに取ってみたらおもろいかな?と。

2   kusanagi   2025/4/10 23:37

ビビター名のレンズ、私も持っていて、確か35ミリだったかな。ビビターはタムロンの輸出向けの
名前たったのかな? いや、もう忘れました。(笑)
昔は広角は35ミリ。望遠は135ミリというのが通り相場だったような。
この写真。黒白写真であっても、すぐに「桜」ってわかります。

写真には空気感とか空間感覚も大事ですけど、人物が入れば特にですが、ストーリー性、物語を
彷彿とさせるイメージングが大事ですね。その写真を見るものをして(つまり鑑賞者)、想像力というものを
出させる自然に生まれた演出というか、いやそこまでいかなくてもネタのようなものがあると、鑑賞者側は
楽しくなります。
つまり写真は時間性を生み出すことができ、静止画という範疇でありながら、動画のジャンルをも
侵食するものであって欲しいものなのです。
夢の中に出てくるリアルな画像は、ほぼ静止画でありながら、でも夢はストーリーがあって動画のような
感覚で夢を見ているわけです。パッパッと静止画が紙芝居のように捲られながら動画的な物語的展開を
している。

動画撮影が昼間の現実の光景であるならば、静止画という写真は夢の中で見るリアルな記憶強化の
ようなものかも知れないなと考えています。つまり、夢とは昼間の現実の、その思い出し記憶の強靭化で
あるとすれば、それがつまり人の長期記憶そのものとなるわけなので、詰まるところ人間の記憶の世界に、
より本質的に近づいた世界が写真であるということになります。
動画は便利な道具である。しかし写真は我々の記憶そのものを制御する機能がある、ということでしょうか。
だから写真は大事にしないといけないわけです。

動画のカメラで撮影して、その撮影中に静止画を取り出すことができる機能のカメラは多いです。
これは人間の脳の機能にそっくりですね。日常ではリアルに動画のように目で見ているわけですが、でも
脳の記憶にあるのはその動画(実はバーチャルなんですが)そのものではなくて、抽出された静止画群です。
その積み重なった静止画の記憶の中から、さらにより印象的なものを睡眠中の夢の中で選んで、それを
長期記憶として長く脳の中に保存をしていく。それが夢の機能というものらしいです。

そのような脳の機能を、写真というのは人の手で切り取り、脳に直結に届けるものかも知れないですね。
ですから、動画は便利な道具だけど、写真は神聖なものである。というわけです。
余談だけど、カメラというのは物としてブランド力が強いでしょう。ビデオカメラにはそんなブランドはないわけ
ですから。それは静止画という写真が、より神聖なものであるということにも通じているからですね。
簡単に言うと、写真とは既に抽出された記憶のエッセンスである。記憶の本質は画像とストーリー、物語性が
あるものなので、自ずと写真にはストーリーが備わるということでしょうか。またそのように人は写真を見ること
にしているのかもしれませんね。
カメラは記憶(脳)。レンズは眼です。眼は脳が外部に出た脳の一部なんですけどね。
このカメラとレンズというものはブランドを持ち、神聖的な信仰心に昇華する。大事な脳の機能を代替するの
だから、モノとして厳格でなければならない。それを作るのが上手かったのがドイツや日本であったという
だけなんですけどね。

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大きな盆栽のよう
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア GIMP 2.10.32
レンズ EF 24mm F2.8
焦点距離 24mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/664sec.
絞り値 F14
露出補正値 +0.0
測光モード 部分測光
ISO感度 320
ホワイトバランス 色温度直接設定
フラッシュ なし
サイズ 2500x1667 (1.01MB)
撮影日時 2025-04-07 19:57:25 +0900

1   シッポ座   2025/4/7 15:56

人間もあと数百年生きれるのなら、あのっくらい大きくなれるのかな
主だった着眼点には桜へといきそうーですが
実は片隅でうごめく雲だったりします

2   kusanagi   2025/4/9 21:47

この写真、月明かりの長秒露光で撮ったようなイメージであって、不思議なイメージが漂っていますね。
写真はイメージを大事にするわけですが、私の場合は特に空間感覚とか空気感を大切にしています。
物自体にはあんまり関心はないわけです。それでこの写真は、たっぶりとした空間が魅力的という
ところがあります。

これまで使っていたPCが不調で、仕方なく別のPCで閲覧していて、それでコメントだけの投稿が
可能になっています。以前のPCは広告が表示されずで、とても綺麗な画面だったのですが、
写真+コメント投稿はできても、コメントのみの投稿ができなかったというわけです。
それで広告が表示される普通の掲示板になりましたので、まずは広告を潰してから皆さんの写真を見る、
という手間が増えました。(笑)

広告写真がユーザーに与える影響は甚大であって、それで加工写真の流行とか、認知症&幼児コメント
なんかが大いに流行るんですね。このフォトXPも登場した当初は広告がなかったので、写真もコメントも
マトモでした。

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デジタル時代の写真
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/250sec.
絞り値 F6.3
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1365 (1.83MB)
撮影日時 2024-10-07 02:16:23 +0900

1   kusanagi   2025/4/3 23:18

歩く人に大病なし。歩く人に馬鹿はなし。逆に申せば、歩かない人は病気になり馬鹿になってしまう
かもしれないということです。
そして写真趣味はその原則に則ってやらなければ意味がないということでしょうか。
写真撮影趣味というのは、かなり贅沢な趣味でして、金も時間もかかります。これを自分に対する
投資として考えると、そこから得られるものは何なのか、ということを考えなくてはなりませんね。
それはまず病気にはならないこと。そして馬鹿にはならないことだということです。
この二つだけでも得られれば、これほどの利益を得られるものは他にはないということです。

私はこの大事な二つを得られれば他には何もいらないんじゃないかって思ってます。
デジタル時代のデジタル写真の真髄とでも言えるものは、もしかすればこれじゃないかなって思うん
ですね。自分を正常に保てていること、健康であり頭がクリアであるという、それだけでよいんじゃ
ないですか。

スラムさんの投稿写真には最初から興味を持っています。彼は低画質の写真しか投稿していません。
それは徹底していて、640x480 ピクセル以外の投稿がないということです。
ですから、画像には関心がなくて、あくまで自分が歩いて写真を撮った。ということだけに注力している
ということです。ひたすらにまでにそのことを訴えているみたいな感じなんですね。

私がカラー画像に関心がなくて黒白画像にしてるように、スラムさんはもっと過激で低ピクセルで充分
事足りると言っているようなものなのです。
デジタル時代の写真とはそういうものではないのか?と言っているのではないですか。
誰もがいつでもどこでも撮れるデジタル写真の時代になってしまった。デジタル画像は溢れんばかり
にころがっている。そんな写真画像にはもう意味がない。存在価値すらなくなってしまっている。
だから、写真とはあくまで自分が歩いて撮影することに尽きる。ということになるような・・・・。

とにかく病気になるな。アホになるな。そんなものを自慢するな、ということです。

2   xp4   2025/4/4 08:25

結論を申せばアホにつける良薬はナシということですか?
重病人には困ったもんですなぁ🈚️

3   xp5   2025/4/5 19:40

この板はクレイジーな連中の投稿ばかり
相手にしたらダメよ。

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写真の時間軸
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 33mm
露出制御モード 不明(0)
シャッタースピード 1/640sec.
絞り値 F9.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 2500
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4096x2731 (7.15MB)
撮影日時 2024-10-06 23:54:34 +0900

1   xp4   2025/4/3 08:03

重病人を相手にしなさんな、あの病気は治らんからなぁ🖤

2   kusanagi   2025/4/2 22:25

10年先20年先を見ること。これはこと健康に関してはそのとおりです。今、充分に歩いていれば
先々の人生に於いて健康が約束されるようなものです。歩くことは最大の免疫力を約束してくれる
ようで、歩かなかった人は後々後悔をすることになるのですが、もはやその時では遅すぎます。

結果にはそれに先立った原因がある。これが分からない人は多いです。時間軸を理解できる人は
少ないんですね。
しかし思い立ったが吉日。という言葉もあって、今こそやるべきだ、ということも言えるわけです。
写真は常に今現在しか撮ることができません。タイムマシンなるカメラがあれば面白いのですが、
そうはならないのが写真の原理です。

日々の今が積み重なって、それが写真の記録というものを形作り、次第に時間軸を形成してくる
ということも言えるわけですが、それには最低限、数十年の月日が必要です。デジタルカメラが発明
されてまだ20年余。これではまだ無理で、やはりフイルム写真の経験がなければ写真の時間軸は
見えてきません。
そこで大切になるのは古の先人の写真を見ることです。つまり写真集ですね。それをどれだけ見て
いるか、いないか。それで時間軸の写真を知ることができるかもしれません。
このベースがある人と無い人とでは随分と写真の考えかたが違うものです。

3   草薙3   2025/4/3 05:38

どうでもいい写真,どうでもいいコメントばかり
投稿しているな you写真評論家


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感化される写真
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 50mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/400sec.
絞り値 F5.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1365 (1.24MB)
撮影日時 2024-10-12 21:35:40 +0900

1   kusanagi   2025/4/2 22:23

私が人の写真を見て、影響を受けるのは、撮影者が自分の住んでいるところを大切に思い、それを
愛でて撮影した写真であるということです。かつては東北に在住の方の上げた掲示板の写真が大いに
気に入り、あげく自分も行って見たいということで分不相応に足を伸ばしたことがありました。
やはりその土地の良さというのはそこで住んでいる人でなければ分かりません。

そして私にとって良い写真とは、その土地の風景の良さが感じられるのが良い写真であり、何も
感じられないのは詰まらない写真だということになります。
その場所に自分も行きたいと感じさせるように写真。ただ行きたいと感じるたけでなく、その土地の
ことを考えさせられるものでなければなりません。これは総合的なものであって、個別の写真に写る
物でもなければ産物でもありません。敢えて言えば空気感がただよっていないといけないのです。

ですから加工写真は論外であって素直な自然の写真でなければなりません。モノしか見ていない
ような写真の狭い写真も駄目です。さらにいけないのは自分の我を出した写真は最悪です。
写真は愚かな人間をもっと愚かにもできるし、優れた人をもっと高みに持っていくこともできます。

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瀬戸内の光景
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Microsoft Windows Photo Viewer 6.1.7600.16385
レンズ
焦点距離 27mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/250sec.
絞り値 F5.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2731x4096 (4.56MB)
撮影日時 2024-10-12 21:59:19 +0900

1   kusanagi   2025/4/2 22:21

今回の歩き、瀬戸内の島での10キロ余のあるきなんですが、久しぶりだったので得た収穫は大きかっ
たです。まず歩きは10キロくらいを超えないと、歩き運動にはならないということ。撮影をしながらです
から4時間くらいの歩きですね。その1週間くらい前に数キロ歩いたのですが、効果は感じられません
でした。
私の場合だけかもしれませんが、日々すこしづつ歩いてその効果が累積するとか、そういうのはない
んじゃないかって感じます。やはり連続して長い距離を歩かないとだめだと。今回の島歩きは昔歩いて
いた距離の半分です。ということは以前は1日の撮影で20キロ以上歩いていたということです。

それからこれは建築家の方と話して得られただろうという直感ですが、なぜ瀬戸内海だったのか、とい
うことに密接に繋がるのですが、瀬戸内の光景を歩くことは他の場所と違って格段に思考力を高める
のではないかということ。
ある本で見たのですが、県外の方が瀬戸内の海を見て他の海とは違うって感激するようなのですね。
それは多分、内海の穏やかさがそうさせるのではないかと思ってます。ほぼ湖のようなイメージで
波風は立たず、風はなく、天候は晴れで良くて雨も降らない。ただよく見ると潮の流れはあります。
そこが湖とは違うところ。塩の満ち引きも当然に。
とにかくこの穏やかな湖畔ではなく海辺に立つと自然の脅威というものは感じられず、ただ海と空だけ
となって、思考が透明になるというか雑念の余地がなくなるのです。雑念というか、見るべき注意すべ
きものがなく心が空白になる感じなんですね。島の道は大体は海辺を回っていますから、半分は山側
で半分は海と空なんです。過疎なので家並みも滅多にありません。

そうすると人はどうなるか。私が島歩きをして感じるのは、自分が日頃考えていることが再咀嚼する
ように自分の思考が脳の中にもたげて来て、それこそが日頃の雑念というものかもしれませんが、
その思考が頭の中でぐるぐると回りだすのです。
それを思考性向といってもいいのかもしれませんが、とにかく思考力が高められるような気がするん
です。つまり過疎の島という、海と空だけの単純に環境に置かれると、人間というのは自動的に脳が
回りだすのではないかということです。
これが都会の中の喧騒に身を置いていれば絶対に感じられないことであって、つまり例えて言えば
歩く禅のようなものではないかと思うんですね。純粋な思考だけの回転です。

もしかすれば建築家の方は、それにうすうす気が付いていたのではないかという気がしました。
瀬戸内を選んで古民家を買い、そして瀬戸内の海こそは純粋思考の場に相応しいと。
島で生活をしている人は日々の生活がありますから、空念で生きているわけではなくて純粋思考には
いかないかもしれませんが、たまに島を訪れる私のようなものには、島の光景とその歩きは格別な
ものがあるということです。建築家の方も別荘感覚で島の海辺の家を求めたわけで。

しかし私としては瀬戸内の海も、高知や徳島の太平洋の海も好きでよく足を伸ばします。しかしやはり
海の感覚は違うって思います。太平洋はパワフルです。それに無意識的に身構えないといけないよう
なところがあります。そして瀬戸内にはそういうものがあまりなく終始穏やかであるわけです。
そして思うのですが、この小さな島周りの感覚を四国という島に置き換えると、それが四国遍路、四国
巡礼の旅となるわけです。宗教的な感覚で捉えるのが相応しいかなって思うところがあります。

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konipan ss

1   シッポ座   2025/4/1 09:18

地元の神社での一枚
親父に抱っこされる私
ピンボケですが私には持っておきたい写真ではあります

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人の集う場所
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア GIMP 2.10.32
レンズ EF 24mm F2.8
焦点距離 24mm
露出制御モード 絞り優先
シャッタースピード 1/6317sec.
絞り値 F14
露出補正値 -1.0
測光モード 分割測光
ISO感度 3200
ホワイトバランス 色温度直接設定
フラッシュ なし
サイズ 1000x667 (1.01MB)
撮影日時 2025-03-30 23:48:43 +0900

1   シッポ座   2025/4/1 09:06

たいそうなものじゃなくて
何かが起これば写真なんてやってる場合じゃなく
嗜好品でもないけれど贅沢だなっと思う
プリントしたのだって火がつけば燃えてしまって消えてしまう
それでもエイヤっ!って気持ち込めて撮ってる自分がいて
所詮ちっぽけな存在です
けどそこにちゃんと存在していた
笑顔の貴方がちゃんと居たよって第三者の私は証明したい
その辺りでがんばれたらいいなって最近思ってます
当日は千枚程度の写真からセレクトして納品して3キロほど歩いて筋肉痛になって
たかが知れた条件ですがやっぱり写真好きだなあ

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無題
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Microsoft Windows Photo Viewer 6.1.7600.16385
レンズ
焦点距離 25mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/200sec.
絞り値 F4.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 1365x2048 (916KB)
撮影日時 2024-10-12 21:59:51 +0900

1   kusanagi   2025/3/30 22:48

久しぶりに歩き撮影をしました。12キロくらい歩きました。長らく歩いていないので足元もやや覚束
ない感じも。しかし歩きは絶対に欠かすことの出来ない健康(免疫力)への必須の条件ですから、
無理をしても時間を作り、歩かないといけませんね。それを今は痛切に感じています。

今日はちょっと建築家の方と話す機会に恵まれました。なんか私の方が一方的にしゃべってばかり
だったので申し訳なかったような。物静かで大変優秀な方でしたね。
しかし私としては「食」と並んで「住」の環境も危機感を感じているので、プロの方に伝いたいことは伝え
たかったわけです。衣食住という基本ラインが駄目になっている昨今の日本。このままにしておくと
日本人は滅びますから。

カメラマンはコックさん、料理人ですか。なるほど、写真は理詰めでいかないといけませんね。
多くの人は写真を芸風というか美学の感覚で捉えているんでしょう。しかもそれを日本的な美意識、
つまり見かけさえよければその機能や効能、はては健康や命すら見失ってもいい。という具合なので、
毒を盛ってるコックさん、ともなりかねないです。

オフロードバイクの良いところは、いつでもどこでもスッと降りて歩いて撮影できる点です。撮影には
最高の相棒というわけです。自動車だと軽自動車が一番有利です。やはり軽いこと、小さいこと。
というのは歩きの延長線上に位置するので、この利便性を見逃すことはできません。
シッポ座さんやスラムさんの写真の影響で、関東平野に関心が涌いてきています。
広大な関東平野ですが、地質学的な肝は、千葉(神奈川南部)・茨城にあると踏んでいます。ここが
標高が高くて、言わば関東平野の蓋をしていて、そのお陰で広大な平野が生まれたというわけです。
千葉茨城がなければ、今の関東平野は存在せず、局地的に前橋や宇都宮の小さな平野があるだけ
だったでしょう。(仙台平野や静岡の平野のような)
そして利根川の存在は大きいですね。実際に関東平野を造ったのは利根川です。西と北の山地から
膨大な土石を運んで内海を埋めたてて平野を造りました。その自然の堤防が千葉と茨城の山地だった
わけで、もしその堤防がなかったならば土石は日本海溝に流れ沈むだけでした。

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土手に咲く梅だか桃だか

1   シッポ座   2025/3/27 16:48

赤ちゃんのうちからよちよち歩き・ハイハイして近づいてみても大きさは同じ
これを入力→出力繰り返し行うことが学習というらしいです。写真に構図ってあるけどカメラマンはコックと称することもあるらしくそこにある風景、物、それらを工夫して写真というものへ閉じ込める
小さなもの、大きなもの、これをどううまく見る側へ伝わるようにするか
敢えて小さなものを大きくアップすることも写真ならば実寸が伝わるよう
昔日に置き換えるならタバコと並べて撮影するなど
拡大解釈も縮小解釈も見る側、聞く側の受け取り側で各々変わるのでしょう
本当のことが知りたいならば自分の足で確かめなきゃいけないのでしょうね、
寄り道した土手沿いにて

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私の黒白写真
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/50sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1365 (1.24MB)
撮影日時 2024-10-06 23:42:53 +0900

1   kusanagi   2025/3/25 22:31

私は今、糖質制限をしていますが、これは写真に例えて言えばカラーの度合いを低めようとするような
ものです。色彩は魅力的ですがどうしても依存症になりがちです。依存症になるのは糖質も同じであっ
て糖質過多は成人病生活習慣病の際たるものでして、若い時期はともかく高齢になれば少ないほうが
いいんですね。
私が黒白専用機を購入したのは、そういうチャンスに偶々巡りあったということだけなのですが、
当初は単にコレクションカメラのひとつとして購入したに過ぎません。その少し前にツァイスのレンズを
試してみて、世界一と言えどもこんなものなのか、という諦観がある程度あったというのもあるんでしょう。
もう色彩色味を追求してもしようがないというところがありました。
ところがその黒白機を実際に使ってみると、大昔の黒白フイルムの世界を思い出したというか、逆に
デジタルカラー写真の無駄の多いことに気が付いたというわけです。写真は黒白でも充分じゃないか。
それで事足りるわけでして、私の写真に関する考え方はがらりと変わったわけです。

この自覚は自分としては写真趣味だけに留まらずに、生活全般に無意識の内に伝播していったような
気がしています。私にとっては、写真とはただ単に余裕の大尽趣味だけに留まってはいなかったようで、
自分の写真が変われば自分の生活全体に影響を及ぼすもののようでした。
それから程なくして住居を変えました。先のことを見据えて経済的に負荷の少ない小ぶりな家に。
それで自分なりの改造ということでリフォームに忙しいんですけどね。また現在の仕事もおそらく後1~2年
だろうと分かっていますから生活をスリムにしないといけないわけです。
写真と言えば、黒白カメラにしてからはほとんど機材は購入していません。もう必要がないというか。
それでもコレクションしているカメラはまだ手元にあります。一部屋はすべてカメラ機材に当ててます。
これもいつかは手放すときが来るだろうとは思いますが、写真をやっている間は保管しておこうと。

これからの自分の趣味というか、念願というのはやはり占星術への探求です。これを何とか完成したい
という気持ちがあります。それには書物が大事で、それで住居のあらゆるところが書棚という具合に
なりそうです。どんな蔵書もすぐに取り出せる、それが目的ですから。(今は倉庫に山積み)
しかし写真撮影はこれからもやっていきます。歩き運動という健康維持には最適なものですし、写真
をすることで得られるものは数多くあるからですね。
そういう具合で、自分のこれからをきちんと見れるようになったのは、まさに黒白写真のお陰だと感じて
います。
しかしこれは私か過去に黒白フイルム写真を若い時期に10年ほどやっていたからこそ可能だったろう
と思っています。過去に得たストックというか資源を再利用できたからです。ですから黒白写真をやって
いかった人には通用しないでしょう。黒白にしても何にしても、やはり若い頃に得たセンスというか感覚が
なければ身につかないものですから。

この若い頃に身につけたセンスというか、既得力はとても大事です。年をとってから初めて始めたもの
なんてモノになるわけではないんでしてね。私の占星術は30代から。これぎりぎりです。40代から始めた
パソコンは結局ものになりませんでした。とは言え一般の人と比べればITの知識は豊富な方でしょう。
そして10代の頃に得たセンスもあるんですね。それは会社業界知識です。年の離れた兄の影響で
そういう類の本を常に読んでしました。普通小説なんかを読んでいる時期の中高校生がビジネス本を
読んでいたわけで。(笑) それで今でも日経新聞や経済誌は楽しく読んでいます。
私が今やっているリフォーム、これは幼稚園や小学校低学年の頃に、近所の大工さんのところに入り
びたりになって目で見て覚えたセンスなんですね。ただ見ていただなんですよ。それなのに大人になって
から大工道具を使うとすっと使えるんです。ちなみに中学校卒業前にその大工さんからスカウトの話が
あったんですけどね。(^^ゞ 如何に子供のころや若い時期に覚えたセンスが大事なのだということです。

占星術はある程度の人生経験がないと出来ないものなので、30代から始めたと言うのは遅いわけでは
ありません。それよりも20歳代に哲学や歴史や宗教、心理学や精神分析の著書を数多く読んでいたと
いうのが根っこになっていると思います。こういう基礎学問を知らなければ占星術は単なる占いごっこ
に終わるからです。総合力がモノを言う人文的擬似科学なんですね。
デジタル写真をやった20年間余、というのは楽しかったけど別の見方をすれば運勢的に停滞していた
時期だったろうと思います。浦島太郎のように遊んで暮らした、という感じでした。それが終わった今は
本当の自己実現に向けて邁進していきたいと考えてます。
まあ経済的なことも生きていくには大事ですけど、やっぱり目的というものが見据えられていないと人は
ぶれてしまいます。志が大事で金はあとから付いてきます。

十代末から20代末までの10年間。フイルム時代ですからスローモーですけどみっちりと黒白写真をやった
というのは、私にとっては何ものにも代え難い財産だろうと思います。これでモノを見る力、人を見る力と
いうものが付いたのではないかと密かに思ってます。
フィルム写真というのは実際にモノとして画像が記録されているわけでして、よい具合に光にかざすと
画像が見えてきますね。つまり極めて具体的なんです。デジタル時代ではそんなことは絶対に不可能
ですからね。メディアを眺めても記録された画像は見えません。そしてプリントは化学的な処理という
ことで魔法のように暗室の中で絵が浮かび出てくる。こういうのもデジタルでは基本ないです。

そういう具合に写真の不思議さ、リアル感をありありと知っていると、写真を加工して云々、などとという
発想にはならないわけです。写真の有り難さを知らない今の人が写真加工などをいうものをするのであっ
て、写真をよく知っている昔の人はそんなバチ当たりに発想すら抱きません。
それにしても思うのは、私が黒白専用機に出会ったのはまぐれであって、たまたまに過ぎません。もし
ペンタックスからあの時期にカメラ画が発売されていなかったらどうなったのか。
おそらく私はライカモノクロームを手にしていただろう言えます。ツアイスレンズの次はライカしかないから
です。今でも、もしキヤノンからフルサイズモノクローム専用機が出れば買いたいですよ。出ませんけどね。(笑)

デジタルで黒白写真を志すには絶対に専用機が必要だ、と思ってます。カラー機を黒白機として使うには
限界があるんです。それはいつでもカラー機に戻せるからですね。ですからソフトウェア的にカラー機を
デジタル専用機としてファームアップしてもう二度とカラーに戻せないというのであれば、それは立派な
黒白専用機となりえます。
しかし一機種でいいから黒白専用機を得て、黒白写真に馴染めば、普通のカラー機をモノクロ機として
使うことができます。厳密に言えば画質として専用機とカラー機のモノクロ化とは違うわけですが、それは
大した問題ではありません。要するに覚悟の問題なんですね。

黒白専用機はどんなにしてもカラー写真は撮れません。フイルムカメラであればフイルムを詰め替えれば
カラーがとれます。しかしデジタル黒白機は永遠に不可能です。(合成AIでカラー化するしかないです)
この潔さこそがデジタルモノクローム機の本質です。
もう1年以上、自分の写真は黒白で行くと決めて時間が経ちましたが、そこで失ったものよりも得たものの
方が遥かに大きいと思っています。写真を黒白という制限されたもので撮る力を得たということであり、
それは写真世界だけでなくあらゆるものに応用が可能だったからです。

2   xp   2025/3/25 23:14

お宅の投稿画像もトリミング処理などしてるので
加工写真ですな、何らかの手を加えてる。

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加工食品と加工写真
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 33mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/250sec.
絞り値 F4.5
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4096x2731 (4.75MB)
撮影日時 2024-10-07 00:21:52 +0900

1   kusanagi   2025/3/25 20:35

加工食品と加工写真

自分の写真は自分の人生を反映していて、それでその人の写真を見ればその方の人生というものが
占えるというところがあります。
これは不思議でもなんでもなくて、幼児教育では子どもが描く絵で発達情況や環境が分かるということが
昔から知られていますね。そういうことが写真に於いても発生しているわけです。

我々が日々食べる食物では、その最悪なものと言えば加工食品です。つまり工場で加工して大量に
作られてパックなどに包装されて売られているもの全て。もうほとんどのものが加工食品と言ってもいい
くらいなんですが、その度合いも千差万別です。スーパーの食品売り場では加工食品が8割を占める
のではないですかね。たしかに調理が簡単ですし日持ちもします。便利なので日々の食卓に並ぶことは
多いんではないですか。
しかし加工食品は確実に人の体を蝕んでいきます。この加工食品を遠ざけるだけで健康の度合いは
増そうというものです。食育というか健康な食事の第一歩はまず加工食品を摂らないことなのです。
これ、常識ですね。添加物たっぷりの工業製品が人の体に良いわけがないのは当たり前です。

加工食品と加工写真はゴロ合いが似てますね。ただ加工食品は消費者が手抜きで摂る食品ですが、
加工写真はユーザーが態々手間隙掛けて作り上げるものです。もっとも食品メーカーは手間隙をかけて
加工食品を製造するわけですから、たしかに同じと言えば同じですか。
加工写真とは写真を撮るユーザーが手間をかけて作り上げ、そしてその写真を視聴する、つまり視聴
ユーザーが楽をするという具合になるわけです。(無論、撮るユーザーもその視聴ユーザーの1人)
そして結論して、加工写真はそれを作る撮影者もそれを視聴するユーザーも不健康になる写真だ、
というわけですね。インスタ写真などでそういう加工写真がいっぱいあるんではないですか。
この掲示板でもそういう加工写真大好き投後者がおられます。しかしもう一方で加工を最低限にして、
自然に仕上げた自然写真を投稿するかたも数多くいます。

いつからこの加工写真文化が増えたのははわかりませんが明らかに行き過ぎで、写真ともいえない
写真になってしまっています。加工食品が本来の食品とは異なるものになっているのと同じ情況でしょう。
我々写真を撮って写真の文化を楽しむ人にとっては加工写真は百害あって一利なしの写真となります。
手間と労力と時間を食い、そして本来の写真の自然さを失い、なにひとつ得るもののない写真である
わけです。
そもそも写真現像のRAW現像は、カメラの不具合を調節するものであって、例えば露出とか色合いが
現実と違っていれば微調整をして本来の自然さに戻すものなんですね。それをどう勘違いするのか
分かりませんがギタギタの不自然極まりないものにするというのは、要するに写真を撮るユーザー自身が
既に不自然な状態になっているからだということです。

そうであればこそ、加工写真大好き人間は既に不健康に犯されている。人生の運がすでに傾いている
ということがはっきりと言えるわけです。加工写真でなければ写真ではない、という人はその自分の
運勢の情況を自覚できないでしょうから他人が言っても仕方がないわけですが、その未来は見えていま
すね。一番簡単な写真占いは、この加工写真ですかねぇ。これは誰にでもわかるので簡単でしょう。

黒白写真で言うと、普通のカメラはカラーなので、それをわざわざ黒白にするのは加工写真だということ
になります。ですから写真を良く分かっている投稿者はカラーを黒白写真にしません。
私のように黒白写真専用機を使っている者。もしくはカラー機だけど最初から黒白機として使う場合は、
黒白写真でも加工したことにはならないんですね。自然な黒白写真であるというわけです。

とにかく写真という本来余裕の趣味に於いて、何もわざわざ不健康になる加工写真をする道理はあり
ませんね。加工写真は確実にその人の人生の運を悪化させます。自己免疫疾患に陥るようなものじゃ
ないですか。もしどうしても写真を加工したいという気持ちを抑えられない場合は写真そのものを止め
ましょう。

そもそも写真とは自己表現ではありません。あくまでも記録です。それは写真の登場時からそうなんで
あって、表現をしたいのであれば絵画とかCGでやるべきです。
しかしながら食物において加工食品がなくならないように、写真でも加工写真はなくならないでしょう。
とくに今はそういう時代なのであって自分で進んで運気を落とす人が続出するんですね。
超過死亡が大きくなっています。その殆どが高齢者なのであって、それはそれで当然なのでよいのかも
知れませんが、とにかく運気が落ちた人は続々と鬼籍に入るようになる時代です。

今回は最初にタイトルが浮かびました。いつもはコメントのタイトルなどテキトウなんですけど今回は
違った。加工写真=加工食品と頭に浮かびましたから。(笑) もちろん投稿写真とは無関係です。

2   カメラ愛好家   2025/3/25 22:56

星占い先生、加工写真の定義を述べて下さいな。
明るさ・コントラスト・サイズ変更・色調調整・・・・
基本的には元画像に何らかの意図的な加えたもの・・
皆さん何らか手を加えて投稿しているので、不健康な方
ばかりですね💦

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寝付けずに空
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS-1Ds Mark III
ソフトウェア GIMP 2.10.32
レンズ EF 24mm F2.8
焦点距離 24mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/21sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 +0.0
測光モード 部分測光
ISO感度 3200
ホワイトバランス 色温度直接設定
フラッシュ なし
サイズ 1500x1000 (736KB)
撮影日時 2025-03-25 13:29:45 +0900

1   シッポ座   2025/3/25 04:52

そんな夜もあります
写真を撮るていうより写真を残したいそんな気持ち
自分の足で耳で目で捉えたい気持ち

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腸力
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/50sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 250
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4096x2731 (5.56MB)
撮影日時 2024-09-29 02:38:39 +0900

1   kusanagi   2025/3/16 22:15

「まじないの脳科学」中野信子著、という本を読みました。いや読み飛ばしたというべきか。
…なぜ、こんなに周りの言葉に苦しむの? 
 SNSまで猛威を振るういま、言葉がますます力を持ち、
 正邪や幸不幸の価値観すら揺らぐ。…と帯にあります。

つまらない本であるのは重々承知で、しかしそういう本も偶には敢えて読むべし、という事で買った
だけなんですね。(表紙帯の写真が気に入っただけで)
それでつくづく思ったのは、大事なのは脳ではなく腸であるということ。頭ではなくて腹であるということ
なのです。
精神や心の居所は脳ではなかったわけで、ハラであっということを再度確認できたというわけです。
かたや藤田紘一郎氏の著作、腹や腸、腸内細菌、免疫、食事法に関する本は数多く出版されていて、
それを古書店で何冊も購入し熟読していますが、こちらのほうが遥かに物事の、人間の本質を
突いています。
そういうふうに考えれば、写真に於いても、目ではなく脚であり手であるということが言えるわけです。

こと脳に関しては、知力と学力。知能と記憶力。この二つをきちんと分けて考えないといけない
ですね。普通に頭がよい人というのは学力や記憶力が優れているわけです。しかしそれで知能が
高いとはいえません。学力や記憶力だけでは平和な時代ではうまくやっていけるでしょうけど、
時代の世の中が変化する時には付いていけなくて無能状態になるわけですね。物事を知り理解したり
問題解決ができるのはあくまで知力です。
これをパソコンに当てはめれば、学力や記憶力は記憶装置ですかね。そして知力はCPU演算装置
となります。高性能PCはCPUであるわけで、人間にとっても知能が鍵を握り、学力・記憶力、そして
学歴なんてそんなに大したことはないんです。

そして運というのがあるでしょう。それを制御しているのは腹です。腸です。これが第一の根本の
原理なのであって脳はその後から付いてくるものであるわけです。そういうことがやっと少しずつ
分かりかけてきました。腸を鍛えることが出来れば脳の知力は向上します。
ついでに言うと、AIはあくまで能力的には学力や記憶力の範囲内で納まっているので、本質的な
知能や、ましてや運力とは何の関係もないものです。そしてAIはCPUではなくGPUを使いますね。
そこでもAIとは本質的な知能とは関係がないことがわかります。

眼や頭だけでやっている写真には限界があり、そもそも面白くないものです。写真は身体全体で
やるべきであって、命の本質に則ってやらなければ意味がないものとなります。食うということ、
身体を動かすということ。そこが原点です。
昔の人は学はなかったけれど、知力はありました。それは正しい食事をしていたからでしょうね。
今、日本人が滅びつつあるのは、真性の知力を失い食事などの正しい生活習慣から遠ざかった
からだと言えます。

ネットで最近は合成AIを使った画像が頻繁に使われるのを目にするようになりました。当初は
へぇーと思いましたが、慣れると詰まらない画像だなってわかるようになりました。ワンパターン
なんですね。単に作ることに主眼がおかれていて、知るということに無頓着なのです。その作る
ことすら既成のパターンの繰り返しですし。新鮮さはなにもありません。
AIとはこの程度だったんだなっていうのが、そういう画像ひとつで良くわかるようになりました。
こんなAIに膨大な電力と貿易赤字を抱えるのはバカバカしいという感じです。

中野流でいえば、まじないの写真画像というのがあるんではないですか。まじないのコメントと
いうのもありそうだし。それらは本当の写真でもコメントでもないわけですが、ただ画像や言葉
を弄することで自分だけは一時的な満足感に浸れるからでしょう。自家中毒に陥っているというか、
自らを傷つける免疫の暴走が起きているという感じです。

身体だけでなく脳の能力を上げようと思えば、とにかく腸を鍛えなおすことに尽きるようです。
脳の知能指数がほぼ遺伝子で決まっているように、腸も乳幼児期の環境によって決まるよう
です。とはいえ、努力は無駄ではありません。腸を正調すれば免疫力はつき、身体も脳力も
向上すると信じています。
具体的な人生の運勢のプログラムは脳にありますが(東枕法)、その根本の運勢全体の底上げ、
上下は腸にあります。これはプログラミングされていないと思うので、自意識による運勢の向上は、
腸力を上げるということになるのではないでしょうか。運勢改善の方法、ちょっと掴めてきたかなっ
て感じです。

添付写真、敢えて、縦位置で撮った写真を横位置のままで載せました。私はカメラには常に横位置記録
をしていますが、頭の中で回転ができるので何ら問題がない気がする。
黒白写真をしだしてから1年半になりますが、もうすっかりと色の無い写真世界に慣れてきたようです。
久しぶりの撮影。終日小雨だったのでリフォームはやめて古書店巡り。百冊近く買ったと思う。1/3は
プレゼント用だけど。
仕事をしていればネットはできても本が読めなくなる、という著作が出ていますが、私は読めます。
しかも同時に複数本を並読をしますし。スマホほ持たない主義なので読書が可能なのだと思っています。

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贅沢
Exif情報
メーカー名 NIKON CORPORATION
機種名 D800
ソフトウェア Capture One 6 Windows
レンズ
焦点距離 24mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/400sec.
絞り値 F10
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 800
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1367 (2.4MB)
撮影日時 2015-12-30 00:19:24 +0900

1   kusanagi   2025/3/11 19:56

このところ、やっと年度末の忙しさが峠を越したかな、というところ。ホッとしています。同時にリフォーム
もやっているし、免疫に関する本も読んでいて、やっていないのは写真撮影だけ。(笑)
無難なところで糖質制限をしています。これ、かなり効果がありますね。やっばり一流の学者が書かれた
本は素晴らしいです。これまでの食に関する自分の知識が生半可であったのはよく分かりました。
運動不足、歩き不足を食事法で補おうという魂胆ですが、もちろん運動も不可欠であるのは言うまでも
ありません。

大分暖かくなってきました。もう3月も半ばですからね。時間ができれば散策したいところを既に何箇所
か、見つけています。カメラを持って野山を街を歩くっていうのは、遠ざかってしまっている今だからこそ、
しみじみと良いものだなあって実感していますね。
こんな贅沢はちょっと他にはないのではないかと思えるほどで、カメラ散歩と言うものはいいです。
人生、最高の贅沢であり楽しみであるのだということですか。

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写真集
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Capture One 6 Windows
レンズ
焦点距離 10.0mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/125sec.
絞り値 F5.6
露出補正値 -0.7
測光モード 中央重点測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1365 (2.45MB)
撮影日時 2023-07-15 00:03:39 +0900

1   kusanagi   2025/3/10 22:19

私の場合、主に1970年代に撮ったフイルム写真が1000本ほど眠っていると思います。2000年前後に
撮ったものもありますか。それらの写真をスキャンなりをして、その殆どがモノクロ写真なので、最近の
AIでカラー化して楽しみたいと切に願っているわけですが、例にって時間がなくて叶わぬ夢となったまま
です。

自分が写真を始めた頃は、カメラはメカニカルです。喩えばペンタックスSPとかオリンパスOM1や二コンF
やニコマート、キヤノンFTやF-1なんかですね。フイルムは殆どがコダック・トライXですか。長巻を買って
きて、パトローネに自分で詰めて使ってました。40コマくらいはとれましたかね。
メカニカルカメラですから、フイルム装着は手動。このカメラにフイルムを装填するがまたいいんですね。
銃器に弾丸を詰めるのと同じ感覚のように感じられました。そもそも1コマ1コマレバーを巻いてシヤッター
を押す感覚はデジタルにはないですから。
フイルム時代の写真を知らない人は不幸なんじゃないですかね。黒白写真は自家現像もやっていたので
印画紙に画像が出てくるわくわくした感覚もデジタルでは絶対に味わえないものです。

デジタル時代は自分だけでは満足できずで、ネット投稿をして他者からコメントを貰って初めて満足感に
浸るようですが、アナログのフイルム時代は自分で写真を撮るだけで充分に満足感がもてました。たとえ
ばコメント文にしても、私は書くだけで満足をしているので他人に見てもらうことを意識していません。
今の時代は不満足の時代なのであって皆さん貧相な顔ばかりしていて、それがデジタル時代の本質だ。
というわけです。

写真や音楽は、ほぼ完全にデジタル時代になったようですが、書籍はまだまだアナログが頑張っていま
す。この書籍を大事にしたいということで、私も今はリフォームに大わらわなんですが、万単位の蔵書を
本棚に並べたいという願いがあるんですね。
しかし書籍出版は最後の形の本はアナログ式の紙ですが、それまでの流れは完全にデジタル編集となり
ました。そう考えれば、写真もカメラはデジタルになったとしても写真を紙媒体で写真集などにすれば、
それはアナログのままでありうるということです。
最近はオンデマンド印刷が普及しましたので小部数の自費出版が可能です。そういう写真集の本に
すれば、写真を知っているか知らないか、画像だけで写真をやっていると勘違いをしているのかがよく
分かろうというものです。未だ持って写真界の何々賞受賞というのは写真集にしないと認められません。
ネットで写真をいくら貼り付けても無意味というわけです。それは画像であって写真ではないというわけ
です。

私の場合は写真ではなくて他に研究したいことがあるので写真集は出しませんが、写真をやっていきた
いと心から願っている人は写真集を出すべきですね。数十部や百部から本というのは出版できるもの
です。自分でデジタル編集をして完全なデータで印刷屋に持ち込めばオンデマンド印刷ならば安い値段
で印刷ができます。フォトブックなんてのもあるくらいですからね。
そして写真集は写真を知らない普通の人達に見てもらうが良いですね。ドキッととした有益な感想が
帰ってきますから。くだらないネットのコメントなんかとは次元が違います。

時代がデジタル化すればするほど紙媒体の書籍や写真集が値打ちを持ってきます。それで写真は写真
集にしか存在しないという具合になるだろうと思ってます。ネットの写真は飽くまでも画像なんであって、
そういうことでは実に明解ですね。

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十年前くらいの東京、銀座

1   シッポ座   2025/3/10 17:24

モノクロフィルム装填の場合はパトローネにフィルムを詰める段階から撮影にモノクロで撮ってるからねーと自分に意識させていました。
別にアングルとか画角なんかに躊躇せずですが
明部と暗部やら影やらを意識してたなという感覚
でもたまーにカラーだと思っていて撮り終えてフィルムを巻き上げてパコッと蓋を開けてみるとモノクロ然も感度間違えていたり
おもっきり飛んじゃったり
それもそれで楽しめるのが人間の情ってか
人間だもの100%は無いよねーってところ
今でいうピントが合わせられるカメラマンからは随分と外れてしまうのでしょうけれど
多分にフィルムだから許されるキャパなのでしょおね
春めいてまいりました
撮影、お出掛け楽しくなります

camera;konica autoreflext3 & hexanon 57mm f1.2
film;fuji color 100 (業務用 )
撮影どちらさまも楽しんで!
失礼!!

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無能
Exif情報
メーカー名 NIKON CORPORATION
機種名 D800
ソフトウェア Capture One 6 Windows
レンズ
焦点距離 44mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/500sec.
絞り値 F11
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 800
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 1367x2048 (2.06MB)
撮影日時 2015-12-29 23:03:55 +0900

1   kusanagi   2025/2/22 22:13

「食うために働くのか、働くために食うのか」
・・・・これが、ヨーロッパ、西アフリカ、西インド諸島をつなぐ、悪名高い三角貿易であり、この貿易は
ヨーロッパに莫大な富をもたらし、後に産業革命の原動力となった。
・・・・西インド諸島のプランテーションで、黒人奴隷の血と汗で作られた大量の粗糖は、イギリスに
運ばれ、精製されて純白無垢な砂糖に生まれ変わり、ヨーロッパ中の食卓にのほつた。
砂糖はその白さで奴隷労働の悲惨な現状を覆い隠し、甘さで人々を魅了した。ヨーロッパの人達にとっ
ては砂糖生産現場はあまりにも遠く、それがどのようにして作られているかまで考える余裕もなく、
工場で働き続けた。

生産地と消費地の距離が離れれば離れるほど、消費者は生産者のことを考えなくなり、生産の現場で
何が行われているかに無頓着になる。その究極の姿が、「食のグローバル化」であり、食糧生産の
「ブラックボックス化」だ。その発端はこの時代にあったのである。

砂糖は、短い休憩時間疲労を回復させる魔法の薬だった。事実、砂糖を摂取すると、疲労感はなくなり
空腹感も収まる。このため産業革命期の工場主たちは、休憩時間になると、労働者に砂糖入り紅茶を
提供するようになった。たっぷりと砂糖を入れさえすれば、労働者たちは疲労から回復し、また長時間
働くようになるからだ。工場主にとっては最小限の出費で労働者を管理できた。
しかもその砂糖が極めて廉価で手に入り、栄養価の高い健康食品(当時はそう言われていた)でもあっ
たわけだから尚更である。

そして結果的に、嗜好品である砂糖(糖質)の持つ習慣性・中毒性が、労働者支配の手段として有効に
作用した。
この砂糖を、同じ糖質である米(白米)に置き換えると、明暦の大火からの復興のために全国から集め
られた大工や職人の労働の関係に重なってくる。彼らは故郷では1日に2度の食事をしていて、米は
ほとんど食べていなかった。しかし江戸には米が溢れていて最も入手しやすい食料だった。村ではめっ
たに口に出来なかった米の美味さに驚き、江戸で働くことの幸福を文字通り噛締めていた。

雇用者側は労働者を安い賃金で長時間働かせたいが、労働者側は炭塵労働で高い賃金を手にしたい。
そこに砂糖や米を介在させると労働者側の欲求を上手くすりかえることが出来る。嗜好品である糖質は
労働者に麻薬的に作用し、賃金を得ることと糖質を得ることの境目が曖昧になっていき、どちらが目的
か分からなくなってしまうからだ。
そうなると労働者たちにとって、働くために糖質を欲するのか、糖質が欲しくて働くのかは区別も曖昧
になってくる。これは工場主や幕府にとって最も好ましい情況といえる。米も砂糖も安い商品だからだ。
19世紀のヨーロッパでは砂糖を渇望して労働者が働き、日本では米を食べるために職人たちが働いた。
まさに嗜好品である糖質でしかできない技である。
『炭水化物が人類を滅ぼす』夏井睦著 光文社新書刊より摘出

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無知
Exif情報
メーカー名 NIKON CORPORATION
機種名 D800
ソフトウェア Capture One 6 Windows
レンズ
焦点距離 24mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/100sec.
絞り値 F5.0
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 800
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 1367x2048 (2.38MB)
撮影日時 2015-12-30 01:39:01 +0900

1   kusanagi   2025/2/18 00:18

・・・・などと語った杏里さん。依存していた抗不安薬が抜けている時は、極めて知的で理路整然と話す
タイプだった。当時はキャバクラのナイトワーク以外の仕事はしていなかったが、高校在学中に習得した
エクセル検定など幾つかの資格もあって、施設退所後は事務職の派遣先でつつがなく契約延長をし、
新たに医療事務の資格習得にも鋭意取り組んでいた。結婚した夫からの2年半にわたる暴力で、メンタル
を破壊し尽されるまでは・・・・・。

 小銭の散らばる派手な音に振り向くと、ドラッグストアのレジ前で、床に両膝をついて小銭を拾い集め
ようとしている杏里さんの丸い背中が見えた。
 深夜に行った何度目かの聞き取り取材の終了後、夜間託児に預けた息子を迎えに行く前にその日の
食材を買ってしまいたい、と言う杏里さんと寄ったドラッグストアは早朝にもかかわらず客が多く、杏里さん
の背後にも何人か現場仕事らしき男たちがカゴいっぱいのおにぎりやカップラーメンを持って並ぶ。

 小銭を集めようとする杏里さんの手は何故か酷く拙く手際が悪く見えて、肩で息をして何やら言葉になら
ない呻き声も聞こえる。伏せた顔から鼻水が床に落ちるのを見て、彼女が激しく泣いているのが分かっ
た。 だが、後に待つ客や僕が小銭集めを手伝おうと駆け寄る前に、彼女は立ち上がるやいなや、少し
怯えた顔の店員の前に会計には多すぎる札を数枚叩きつけるように置くと、店から飛び出して行って
しまった。すれ違いざま、真っ赤になった杏里さんの鼻から、漫画みたいな鼻水が垂れるのが見えた。
 
 会計の終わった商品は、レジ前に置かれたままだ。急ぎ店員に知人であることを告げてお釣りをもら
い、手当たり次第に買い物した品を袋に詰め込み、僕も屋上の駐車場に駆け上がった。真夏の早朝の
薄闇の中、杏里さんは僕の車のそばで地べたに座り込み、放心したような顔で、手にした携帯の真っ黒な
画面を見ていた。

・・・・・・・・・・・・
正看護師の資格を持ちながらもやはり夫の暴力を主因とする、うつ失職から貧困に陥った女性の言葉
として…「お金の計算も私、できない。買い物に行くとレジに提示された数字を見るじゃないですか。
それを見てお財布からお金を出そうとすると、いくらだったか忘れる。もう一度見ても、お財布を見ると
忘れる。店員さんに数えてもらう。こんな私が、どんな仕事ができるかって…」

(著者は) 2015年脳梗塞を発症し、高次機能障害の診断を受けた僕は、まさしく前出の正看護師の
コメント通りの体験をすることとなった。病棟内の売店で僕は店員が口にした、そして目の前のレジスター
に表示されているたった3桁の支払額を財布から取り出すことができなかった。
店員が、788円です、と言う。だが手元の小銭入れに目を落とした瞬間、もう788円の数字が頭にない。
液晶表示で確認しても目を離した瞬間、もう788円の数字が頭にない。表示を再確認しても目を離した
瞬間に788は頭から消える。
ならば百円玉7枚から数えよう。小銭入れに集中し、百円玉を手にとっていく。だが今度は数枚数えた
時点で、自分がいま何枚の硬貨を数えたのか分からなくなる。何度もなんども数えては失敗し、振り出し
に戻った。
『貧困と脳』鈴木大介著 幻冬社新書 はしがきより

2   無知−2   2025/2/18 18:33

メチックチャクな投稿ですな。

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無能
Exif情報
メーカー名 PENTAX
機種名 K-5 II s
ソフトウェア Capture One 8 Windows
レンズ
焦点距離 40mm
露出制御モード 絞り優先
シャッタースピード 1/40sec.
絞り値 F4.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 100
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x1356 (997KB)
撮影日時 2012-08-22 00:41:18 +0900

1   kusanagi   2025/2/12 23:43

『免疫学問答』 安保徹&無能唱元著 河出文庫刊より抜粋
「命を賭ける」
無能…がん治療の本を読んでいたら次のように説明が書かれていました。それは膵臓がんについて。
   「膵臓がんの治療は手術が基本です。」「このがんはリンパ節への転移が多いので、がんが出来て
   いる部分と周囲のリンパ節を切除します。」とためらいもなく書かれています。
   「がんが膵臓の頭部にできている場合は、膵臓全部を摘出し、十二指腸や胃、胆嚢の一部など、
   膵臓周辺の臓器も摘出する場合があります。なお切除した周囲に放射線を照射したり、抗がん剤
   を投与したりします。」
   さて、この内容が医師から患者へ告げられた時、患者はどんな気持ちがするでしょうか。それは
   死刑の宣告にも似た、ぞっとする内容であり、患者への衝撃は察するにあまりあるものです。
   ほとんどの患者にとっては、その治療法について選択の余地はありません。ただ唯々諾々として、
   手術、放射線、抗がん剤への行程に赴くのみでしょう。
先生…まあ、それが一般人の常識でしょうね。
無能…しかしここで大きく迷う人も出てくるのではないでしょうか。それは、手術、放射線、抗がん剤の
   現代の三大医療をやめて、たとえば、玄米や菜食などをベースとした自然治療法などの道を選択
   することです。また先生の自立神経免疫法を採用し、三大医療を一切放棄することです。
   しかし、これは患者にとっては実に恐ろしいことです。なぜならそれはがんを直接攻撃したり、除去
   することをやめることだからです。そして免疫力を高めるということを行い、その効力をじっと待つ
   だけなのです。その間に、がん細胞は増殖してしまうかもしれないじゃないですか。
   患者は迷い、周囲の人々に助言を求めます。しかし多くの場合、親しい人は三大医療の方を勧め、
   がん直接攻撃の対症療法を採用するよう説得するのです。こうして繰り返し免疫能力は痛めつけ
   られ、力を失い、患者は短期間のうちに死に到ります。私たちは、この有様を長い間見せ付けられ
   てきたのです。
先生…しかもなお、多くの人達は目覚めようとしません。がんを直接攻撃することは、生命を直接攻撃
   することであることを。
無能…患者は最終的には、代替療法に切り替えるかどうかは自分で選択し、決断しなければならない
   のです。それは孤独な恐ろしいまでの決断です。なぜならばそれは、何ものにも替えがたい自分の
   命を賭けることだからです。ここでの決断は、その人の人間力を試されるものであるかもしれません。

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食
Exif情報
メーカー名 RICOH IMAGING COMPANY, LTD.
機種名 PENTAX K-3 Mark III Monochrome
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/400sec.
絞り値 F8.0
露出補正値 -0.7
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4096x2731 (7MB)
撮影日時 2024-07-13 20:50:01 +0900

1   kusanagi   2025/2/8 21:14

写真撮影は、「歩き」ということで健康によい。これは何度もくどいほど書いています。手に持つ
カメラも程良い重さで、それを撮影中は何時間も手に持ったままなので、それも体力増進になる。
ちなみにカメラ持ちの歩きは自然と、なんば歩きになります。これは日本人の歩き方です。
しかし撮影の健康へのアプローチは、もうひとつあるんですね。
例えば丸一日を撮影日に当てますと、朝から撮影に出かけますが、朝食は抜きです。水分は摂り
ますけど。そして撮影と歩きに夢中になりますと、時間を忘れて、というか時間がもったいないので
昼食も摂りません。つまり、帰宅してからの1日1食となるわけです。

これはプチ断食というものでしょうか。だいたい睡眠時間を含んで16時間くらい何も食べ物を摂取し
ない時間が続くと断食効果が現われてきます。オートファジーというのですが、身体の細胞レベルで
免疫力が活性化されるんです。
1日1食撮影、これは意識してもうずっと何年も、写真の撮影をしだしてから実行しています。カメラを
持つとカメラマンは貪欲になるので食事をする時間すらケチりたいわけです。(笑) 

とにかく写真撮影となると全てを無視して撮影のみに邁進をするのがカメラマンです。しかし結果的に、
食の回数を減らすことで健康増進になっていたわけですね。強行撮影をしても体力は落ちませんし。
このことは経験的に分かっていたわけですが、今回、健康本を多種読んでいて、改めてその効果を
学問的に知ることになりました。
撮影をせずとも、誰でも週に1回くらいは1日1食の16時間プチ断食をするのは良いんじゃないでしょう
かね。そもそも1日3食は食べ過ぎだとあります。改めて自分の食生活を見直す切っ掛けとなりました。


東京影展亞洲未來單元世界首映《黑之牛》|11/08(五)見證奇蹟
https://www.youtube.com/watch?v=87zuFu1oTX4
この映画は黒白のようです。映像美が評判のようですが、黒白にすれば自然と鑑賞者に想像力が
働くので画面が美しく感じられるんではないでしょうか。

黒白写真、モノトーンは色という欲望を最初から排除します。無欲であるべし、という写真になりますか。
それほど大袈裟ではなくて、色は飽食に繋がるということで色の無い写真もいいんではないですか。
健康に関する多くの著者達が口を揃えて言うには、戦後の日本の飽食が現在の少子化に結びついて
いると語ってます。高度成長以降の日本の衣食住の全てが飽食現象であり、やがては日本人種の
消滅に結びついていたというわけです。これは真実だろうと思いますね。

2   草薙2   2025/2/11 02:46

いらないお世話ですが、あなたのhpかブログで投稿した方が

クリック率が上がりますよ〜 どう思われます?


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真四角ふぉ〜まっと

1   シッポ座   2025/2/8 16:27

最近のお遊びでしたー

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