前出の写真の全身像です。 当時のファションはスカート部分が広がっています。 表情が硬い。ご容赦下さい二度と撮れませんので。
半世紀より以前の寫眞を。本人の許可は得て居ません。 なにせもう鬼籍に入られていて・・・当時お隣のお嬢さん。 お願いしてポーズを取ってもらい撮らせて貰った一枚です。 憧れのお嬢さん。でも彼氏が・・その後彼氏と結婚子供は? 若くしてガンで亡くなられたと風の噂。美人薄命の見本かな。
弟が京都で新婚生活を始めた頃の参拝時に撮影。参拝は修学旅行以来でした。 車の形と参拝者の服装に、今更ながら時代を感じる思い出写真となりました。
皆生温泉旅館の女将さん。朝風呂を浴びて女将の案内で庭へ。 年増に見えたがスタイルが良くて撮らせてもらった一枚です。 撮影日時は適当。思い出写真といえば殆どフィルム時代ばかり。(^^ゞ
超旧い写真を。フィルム時代が懐かしくて。 河原に三脚を立てて陣取った想い出の揚花火。 シャッタースピードはbulbでした。
緩やかな785段の階段の続く参道。雨でも参詣者が絶えません。 階段の両側には土産物店が犇めいていますが雨のため閑散でした。
撮影日無視しての滑り込み投稿です。 少女の無垢な肌は何物にも代えられません。 この子も、今は孫の居るおばぁちゃんかな?
落差133m日本三大滝の一つ。その荘厳さはカメラのフレームに収まりませんでした。 もう少し下がって撮影した1枚が有りましたが、観光客の記念撮影人物が沢山入って いたので割愛しました。フィルムの汚れ、傷、ゴミが残りましたが、ご容赦を。
四国観音寺、金比羅宮の参道です。 軒を並べた土産物売り場はひっそり。 濡れていては買い物も出来ません。 お参りを済ませ急ぎ足で山を下りました。
熊野川遡上のプロペラ船から撮影したのは確かです。 絶壁が美しく、その上に建つ建物は?覚えていません。 なにせ半世紀前。記憶が蘇りません。美しい風景ですが・・
高松港に入港する国鉄宇高連絡船の紫雲丸です。この船で宇野に帰りました。 紫雲丸は、この日乗船後の5月11日に高松沖で濃霧の中、第三宇高丸と衝突 事故を起こして沈没しています。死者166名、負傷者122名と戦後国鉄五大事 故に数えられています。犠牲者には修学旅行生が多数含まれていた惨事でした。 世界の海難事故の中でもタイタニック号を始めとして4位になるとも。 最近ではJR尼崎線事故が思い浮かびます。何れも人的事故でした。 忌まわしい事故の絶えないのは悲しい事です。犠牲者の冥福を祈ります。
紀伊半島先端の新宮、熊野川河口付近の乗船場の船溜まりです。 此処より熊野川を遡上し瀞八丁観光用のプロペラ船です。 昭和42年に廃止となり今は運行されていません。 ウォータゼット船に変わり一部の瀞峡で運行のようです。 この時以来行っていませんので実際の状況は良く知りませんが。 プロペラ船と云えば007の映画に現れますね。同じ轟音でした。 しかし快適でのんびりと観光した記憶が残っています。
1973年から7年掛かりで、大屋根の大修復が行われました。 落慶記念に、さだまさし が記念ライブをこの場所で。 つい最近のように感じます。それより以前の撮影です。 60㍉レンズでは団体旅行の参詣者がゴミのように見えます。
倉敷市の鷲羽山山頂からの眺望です。左の半島の先に見える手前の小島は 「釜島」で、その先に霞む山は四国の坂出市だと思います。 現在は向かって右端から坂出に向かって瀬戸大橋が架かっています。 眼下の港は内海連絡船の船着場ですが、現在は様変わりしているかも。 一度だけ笠岡港(広島県県境)から木造船をチャーターしてこの港に着き、 鷲羽山に徒歩で登った事が有ります。半世紀以上前の古い話です。 船に酔わず酒に酔ってました。船に忘れ物をして二往復した思い出も・・ 料亭の女将も乗せてのんびりと社内旅行を。良い時代でした。
これも鷲羽山からの眺望です。前掲とは少し右寄りです。 画面左上端に三角形の山が見えます。坂出市にある通称「讃岐富士」の飯野山です。 現在は眼前に瀬戸大橋が架り様相は一変しています。海に浮かぶ小島が美しい眺めです。
金比羅さん本殿前で雨宿り中の参拝者たちです。 昭和の風俗を感じて頂けるかと思います。
この子、今は孫が居るかも。 この撮影以来逢っていませんが・・ (1号プロクサー及びY1フィルター使用) プロクサーとはclose-uplensの事です。 フジネオパンSS ブローニーフィルム使用。 トリミングしています。
可也古い写真です。四国の金刀比羅宮に参拝した時です。途中から雨になりました。 福山港から多度津港まで山陽汽船の定期便で。出掛ける時は降っていませんでした。 旅館の傘を差している方も見受け、泊まり込みでの参拝者も見受けました。 本殿までは麓から石段を何百段も登ります。緩い石段なので疲れませんが。 雨でも参道の途中には土産物売り場が頑張っていました。 レンズ ロッコール3.5 フジネオパンSSブローニフィルム6×6使用
1200年程前から続く「あした」が確実に有るようにと見守る奈良の大仏です。 聖武天皇(728年)の皇太子供養のため建立を計画し745年建立開始。国の予算 の3倍を掛けて建立し国民の二人に一人は建立労役に従事したと伝えられます。 食べられなくなり、僧侶が急増し、僧侶は托鉢で生活を立てとまで伝えられます。 国民全員が明日を願いつつ。その願いは永久に続きます。世界遺産として。 「あした」を信じつつ。平和な「あした」が続きますように。
半世紀以上前の在庫です。 山口県秋吉台鍾乳洞の出入り口です。 地底の鍾乳洞から流れ出る川の流れを 鍾乳洞入り口内側から撮影しています。 その後もこの鍾乳洞に行きましたが、 カラーフィルムが見付かりません。 尚、カメラ名と日付以外は適当にです。
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