小田原北条五代
北条五代は、早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直
初代早雲は 備中(岡山県)で生まれ
父が室町幕府の申次衆だった関係で義政の弟
足利義視に仕えたが1467年足利家の家督争いが
原因で起きた応仁の乱で京が戦場となり 義視と
共に伊勢に逃れるも翌年 別れ浪人となる。
異母姉が駿河の大名今川義忠に嫁いだが義忠が
戦死すると 義忠の従兄弟である小鹿範満と義忠の
嫡子今川氏親の間で家督争いが起き 早雲は範満を
討ち駿河東部に領地を得た。
1491年伊豆で 将軍家の縁戚「茶々丸」が謀反の際に
11代将軍足利義稙の肉親を殺害 幕府は早雲に
茶々丸討伐の命を出し 夜襲をかけ追い出し 伊豆を平定。
1501年 小田原城(城主大森藤頼)が早雲の夜の
火牛(角に松明)攻めで落城。
相模を支配する三浦同寸との戦いが始まる。
1510年住吉城を築くも道寸に敗れるが1512年道寸の
岡崎城 さらに住吉城を攻め三浦の新井城に敗走
させた。道寸攻略のため玉縄城が築かれ 1516年
には新井城を落とし 更に茶々丸を討ち相模を平定。