無題

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Exif情報

メーカー名 SONY
機種名 α350
ソフトウェア Capture One 7 Windows
焦点距離 17mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/30sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 400
フラッシュ なし
サイズ 4096x2726 (6.97MB)
撮影日時 2008年01月09日(水) 15時41分
1.
kusanagi
2026/08/04 22:46

新しく自作グリップを作ってみました。といっても、古いフイルムカメラのグリップを 改造して取り付けただけです。これが意外にもかっこいい。(笑) しかしこれがあるのとないのとでは全然つかい勝手が違います。 私のカメラは車でいえば、野山を走る4輪駆動車のようなもので、とにかく丈夫で使い 安さがよくないといけません。右手でも左手でも持てて長時間保持できるカメラでないと 駄目なんですね。これは街中や室内で使う人とは考え方が違うかもしれません。 とにかく丈夫でないといけないので、当然デジタル一眼かミラーレスのカメラとなります。 昔のメカニカルフイルムカメラのような脆弱さがデジカメになってからはなくなり、 グリップも大きくなって持ちやすいですし、プラスチックボディだと冬場にカメラが 冷たくて辛いということもなくなっています。 撮影途中でフイルム交換とかでお腹を開ける必要もなく、バッテリー2個と容量の大きい メディアを入れておけばメンテナンスフリーで撮影ができます。レンズ交換も基本、私は しないので(一本のレンズを着けっぱなし)、カメラをサバイバル的に使うことができ ます。 こんなに楽にぞんざいに扱っても問題がないカメラなんてのは、昔のメカニカルカメラ では考えられないですね。防塵防滴タイプだと雨に降られても平気です。 もっともデジカメには欠点もあって、漏洩電磁波が問題なのですが、私のように基本的に ノーファインダー撮影をするのならば大丈夫です。それからパソコンのモニター問題も あるわけですが、私の場合は撮りっ放しで後では見ない、現像もしないということだと、 それもクリアできます。 だいたい私は昔から多量にショットで撮影し、丁寧には撮らないタイプだったのです。 それは使っていたのが黒白フイルムで、しかも自家現像だったからですね。フイルムも 長巻フイルムを自分で切ってコストを抑えてやってましたし。 高価なカラーフイルムをしていた人とは考え方がまるで違っていたのだろうと思ってます。 速写が基本で、露出は大体、ピントも目測を多用してました。とにかく素早く連写で シャッターを切るのが私のやりかたでした。写真は数打てば当たるという考え方でしたね。 このやり方にマッチしたのがデジカメだったわけです。ですから黒白フイルム写真が できなくなってからは、カラーフイルム写真はしなかったので、写真趣味は長らく休止。 再び写真を再開したのは、デジカメが登場してからというのが本当のところです。 そういう意味では、私は写真を芸術化も神聖視もしていなくて、写真は記録の為の道具 だと考えています。カメラと同じく単なる道具であると。 神聖視というのは偶像視とも言いますが、大切にしすぎるという習慣のようなものです。 ブランド趣味ともいいますか。そういうのがないのが、黒白フイルムの写真をやった人間 の特徴だろうと思っています。 それでそういう黒白フイルム写真はデジタルカメラと実によく似ていて、違和感がなく デジカメに移行できたと思ってます。もっとも私はデジカメ以前にパソコン趣味をやって いたので、尚更スムーズにデジカメ写真に馴染めたと思います。 高価なカラーフイルム写真を長くやってこられた方は、私のような考え方には強い違和感 を持つのではと思いますけど、写真の歴史というのはとても長いので、その時代、あの 時代と、各時代において価値観というのは幾度も変遷しているんですね。 ぞんざいにカメラも写真も扱ってきた私ですが、最近は手持ちのカメラをキレイに見せる ということをしています。(笑) 特にストラップですね。 この見かけも大事というのは、里山歩きをし始めて、そこで出会う人達が、案外に写真や カメラというものを高く評価をしてくれていることが分かったからです。 これは実に意外でしたね。 以前、イベントや祭りで撮影した頃は、どちらかといえばカメラを持っていると一般の人 からは、迷惑がられる視線を感じてました。一般の方々のカメラマンを視る眼はだいたい そういうものでしたね。 そういうのと随分と違うじゃないか。(笑) と感じているわけですけど、ところ違えば 評価も変わるということでしょうか。考えてみると街中のイベントなどではカメラマンは 履いて捨てるほどに多くいて、邪魔でこそあれ希少価値はありません。 ところが滅多に人に合わない山の中では、しかも歩くだけで大変なのに重いカメラを 持って歩いている人間を見ると、評価がガラリと変わって来るのだろうと思ってます。 私としては、カメラがないと歩きのスイッチが入らないというだけで、カメラを持って 山道も歩いているだけなんです。(逆に、カメラのバッテリーやメディアが切れると、 とたんに歩きのエネルギーはなくなります) さらに重いカメラは体幹を鍛えるにも好都合というのがあります。急傾斜でカメラを 手に持ったまま登るというのは、想像以上に身体は不安定になるので体幹の筋肉を鍛え られるではないかと思ってます。 その程度の考えで大き目のカメラ片手に歩き出した里山歩きですが、そこで出会う人達に 思いがけなくも好評価を受けてしまったというわけなんです。 そういえば今、思い出したのですが、石鎚山を登っていた頃、小さなコンデジひとつでは 何もなかったのですが、一眼レフを複数台持って登った時や、シグマのコンデジを自作で 2連装にして持っていった時は声をかけられました。簡単に言うと、カメラが大きく重い という、たったそれだけのことですけどね。 里山歩きをして数ヶ月、いやそれ以前の頃からしても、山の中で本格カメラを持って 歩いている人間を見たことがありません。まあバックに入れていて必要な時に取り出して いるんでしょうけど。(例外があってユーチューバーの人はずっとカメラ持ってます) しかし私は、街中であろうが、祭りやイベントであろうが、山の中であろうが、撮影の スタイルは変わりません。カメラをむき出しにして手で持ったスタイル。それで何時でも 何処でも撮影です。

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