パナソニック DMC-L10 作例

2007年11月22日発売

DMC-L10の仕様

続々・写真の実利

続々・写真の実利

裏街道さん。 「続・写真の実利」は、本来ものすごく難しい画像論を素人なりに考察しようとしているんですが、 当然に迷説にすぎません。ぜんぜん歯がたたないというのが実状です。ただ写真を単純に趣味写真と いうもの情緒的なものではなく、ひとつの情報学として捉えて行きたいと考えているんです。 趣味だからという甘えを排したいんですね。 水平振らし撮影も、回転振らし撮影も、これは写真の表現というものではなくて、そもそも普通の 写真なるものを拒否してみようっていう考えで撮ったものです。 高精細に写す必要などはないとか、被写体がどうのこうのという想いとも隔絶しています。 まっ、単なる面白撮りではあるんですがね。(^^ゞ そもそも写真は芸術・表現しなくてはならないのか?もしくは記録しなくてはならないのか?表現も 記録も拒否してみるとどうなるのか。そういったところです。(笑) 実は私、花鳥風月の写真行為に少ながらず影響を受けています。 花鳥風月さんの写真への考え方は我々とは全く違います。普通人には想像できない世界で自分の 写真をやっている人ですから影響を受けるも何もないわけですが、とにかく我々とは違う考え方でも、 写真というのは成り立つという、その事実に驚いているわけですね。 花鳥風月さんを応援している人達、また花鳥風月さんに対立している人達というのは、これは 容易に理解することができます。それは私と五十歩百歩だからです。しかし花鳥風月さんその人は 分からない人なのです。 しかし花鳥風月さんも技術的には我々と同じようにして写真の撮影をしているのは間違いあり ません。それで違うのは、例えば彼の投稿ペースというものに表れています。彼自身に独自ルール というものがあって、且つ独特のペースというものがあり、それが揺らぐということはありません。 これは例えれば高速道を時速80キロ時で延々と走り続けているみたいなものです。 この走行スタイルは燃費がとてもよいということ。疲れが少ないのであまり休憩しなくてよいなど、 無駄がない省エネスタイルなんですね。 投稿の目的も自分の撮った写真をただ載せることだけで満足しています。レンズ板は最初に薔薇の 写真から始まり、今だに薔薇写真です。その初心が揺らいでいませんね。 とは言え、彼の写真には創造性というものは殆どないので感銘を受ける写真はないんですけどね。 また高速道を走るのは目的地があり、ドライバーはいつか降りるわけですが、花鳥風月さんは ループ状に永遠に高速道を走り続けることだけが目的であるかのようです。 しかし出口のないループを走り続けているというのは、もしかすれば花鳥風月さんだけでなくて、 我々も実はそうなのかもしれないって思う時があります。 我々はデジタル・ネット写真という罠に嵌っていて、それから抜け出せなくなっている。そんな気が するときがあるんです。 我々の写真にはもはや目標も目的地というものもない。当初はあったのかも知れないけど何時の 間にか忘れてしまった。とにかく今は走り続けていること。 それだけが目的になってしまったかのようです。 花鳥風月写真の弊害というものがあるとすれば、彼のペースに多くの投稿者が釣られてしまっている ということです。花鳥風月さんという人はその性格上、デジタルネットと良く親和性があり、誰よりも 水を得た如くに投稿をし続けることができるということです。 そのペースに多くの人が嵌っていますね。しかしながら花鳥風月さんの目的というか、その仕様は、 永遠にループを走り続けることですから、それでは我々の写真の未来はありません。 といいますか、最後は精魂尽き果てて倒れてしまうでしょう。(笑) zzrさん。 木立と月の回転は、本当は月を中心に持って行きたがったのですが失敗しています。 これもノーファインダーライブビュー撮影です。 DPはオートブラケット設定があるんですね。なるほどこれは便利ですね。ニコンにはそれがない ようです。 現像と仕上げは大変です。(^^ゞ 時間も食うでしょうし。でもね、HDRは、写真にはこう云うのも あるということが自分の中で納得が行けば、それだけで十分効果はあるんだと思いますよ。 私もパノラマステッチングをやったとはホンの一時だけです。でもそれで十分に低画素のカメラ でも高画素カメラに太刀打ちできるということ、それから、高画素のカメラっていうのは所詮は その程度のものだと理解できたことです。 それで十分に自分の意識を変えることが出来るんだということです。それが一番大切なこと じゃないでしょうか。 いつまでもHDRをやって行く必要はないだろうと思いますよ。しかしHDRをやる前とやった後では 自分の意識は大きく違ってきているはずです。 下の素の写真とHDR後の比較はとても参考になります。 画像を大きくし、写真の上の<印と>印をクリックすると素早く比較することができます。 このフォトマテックスHDR写真は見せる為の技術ですね。こうこういうモノが写っている。それらを 一瞬に掴むことができるということ。その分かりやすさはスピーディ至極です。 欠点としては遠近感がなくなることです。明暗度の違いもあまり区別できなくなります。 つまりリアリテイではなくなりファンタジーになることです。映画「君の名は」の背景描写と良く似て いますし映画「アバター」のCG映像でもあります。 これはとても魅力的で虜になりそうです。 とにかく写っている事物は明確で、その写真を見る者はリアルな写真を脳内処理せずに記憶に 留めることができ、言ってみれば生の素材の食物ではなく、発酵過程を得た食材であり、その 消化は素早くかつ消化器に負担を掛けずにすむということで、癖になりそうってことですか。(笑) しかしそのHDR写真を造る方の負担は格段に増すということでもあるんですがね。 HDR写真を謳ったカメラは多々あり、ニコンD800にもありましたかね。しかしこんなファンタステック な写真にはなりません。フォトマテックス絵画調は相当なことをやっているはずで簡易なカメラ内 エンジンではとても不可能といったところでしょう。 このフォトマテックスはHDRでは神ソフトと言われているそうですが、多々あるソフトに中では卓越し ているHDRソフトなのでしょう。 しかし簡易にカメラ内エンジンでもって、こういう写真を手持ちで撮影出来たら良いのになあって いう願いはありますね。 フォトマテックスはもしかすれば、空気の壁を突破する可能性が出てきますね。風景描写では どうしても空気、つまり水蒸気の影響を受けて遠景は、ぼんやり霞とならざるを得ないのですが、 フォトマテックスはかなりそれらを突破しているところがあります。 空気の壁を突破する表現手段として、例えば赤外線撮影があるんですが、モノクロにならざるを 得ないという欠点があり、しかしフォトマテックスではカラーのままで、クリアに遠景描写が出せる って感じがします。 空気の壁を突破できるソフト。これはさらに魅力度が増します。 もしかすればフォトマテックスの最大の利点は遠景描写をクリアに出来るってことでしょうかね。 zzrさんの写真を見せてもらって私が最も魅力を感じたのは、クリアな遠景描写なんです。 そうそう、花の写真にはHDRは効果がないって書かれていましたね。それは花写真は近景撮影 であり最初からHDRでもあるってことです。(^^ゞ 接写撮影は空気の壁は存在しませんから。 HDRは基本として合成写真、コンポジット写真であり、星辰の撮影と同じです。惑星や銀河を 撮影するには空気の壁と距離の壁が大きく横たわっているのですが、それを突破するのは合成 写真の手法しかないということですも。 そう考えるとHDR写真は、天体撮影コンポジット手法から来ているんじゃないでしょうか。

続・写真の実利

続・写真の実利

裏街道さんもそうですか。オーバー気味に撮影をしていると、やはり仕事での注意力が散漫に なりますか。そうか、私だけではなかったんですね。 これまで、写真における身体心身のマイナス負荷ということでは、カメラの電磁波とかモニターの 光障害とか、そういう物理現象ばかり私は考えてきたんですが、そういうのも勿論あるわけです けどね。でもそれだけでなく、もっと根本的な撮影ということ自体のストレスってのも大きいんじゃ ないかって考えるようになったんです。 今は試験的にカメラを持たないで、撮影をしていた時と同じような道を、しかし手ぶらで歩いている わけですが、これって楽なんですよ。 まあカメラ(重さ)を持たない分の楽さはありますが、それ以上に気楽です。 翌日に疲労がでるということもありません。 例えばね。乗用車の運転っていうのは体の疲労は少ないですね。最近の車は乗り心地がよいので、 返って体を動かさないことの疲労が溜まるくらいで。しかし脳の視覚野の疲労はかなりあるはずです。 高速道よりも一般道が疲れますし。 しかしそれ以上に視覚野を酷使するのが、写真の撮影じゃないなって思うんですね。 こういうのは精神的な、脳的なストレスだろうって思います。脳という器官のは想像以上にエネルギー を消費しているんです。それで頭や眼を使うと甘いモノが欲しくなります。糖分というエネルギーを 多量消費するからです。 脳や眼の処理のキャパシティというのは一定なので、撮影に多くを割くとその分自分の生活や仕事 に無理が来るんですね。それでやはり写真の撮影というのは、よっぽど心して掛からないといけない ような気がします。 撮影っていうのはタダじゃないんですね。大変な精神的な労力がかかるんです。心底そう思います。 よく気軽に知り合いに披露宴やコンサートの撮影を、気軽に君頼むなんて言う人がいるんですが、 そういうのは無知もいいところですね。 それで撮影は余計なものは撮らない。欲を出さない。これに尽きるかと思います。 zzrさん。下の写真はブレたのではなく、態とブラしてます。カメラを水平に素早く回しているんです。 動画撮影だとコマ飛びするくらいのスピードです。ノーファインダー・ライブビュー撮影だからこそできる 芸当です。(笑) 写真を長くやってきて、自分のイメージが掴めるようになるのは素晴らしいことですね。(^^ HDR絵画調は新しい写真として、かなり有望だと思ってます。 また最近はピニングモードという新しい考え方のカメラが出ています。ソニーとかシグマとか。 検索していただけたら分かると思うんですが、超高画素カメラの欠点をカバーする技術です。高感度 時では数個のピクセルの画像を重ね合わせてひとつにする手法ですね。 基本的にはそれと同じような考え方が、ソフト的に行われるとコンポジット手法になるわけですが、 実はHDRも基本の考え方はコンポジットじゃないかと思ってます。つまり重ね合わせ写真です。 フォトショップのレイヤーもそうですし、パノラマで使うステッチングもそのようなものの派生です。 それからオリンパスやペンタックス、SD1クワトロのハイレゾ写真も同じ考え方です。 そういう合成写真が、これからのスチル写真のハイエンド部門での主流になるんじゃないかなって 考えていますね。とくに風景画だとそうなります。 デジイチなどのカメラは、動画カメラとかスマホカメラとか、そういう周辺部の追い上げが強くて、もはや 普通の写真を撮っていたのではデジイチの存在意義が薄れてしまうからです。 物理的にセンサーを大型化するという手もあります。デジタル中判カメラですね。しかし高価格に なること。レンズも同時に巨大化することなどて限界があります。 ちなみに写真を3枚合成すると、ベイヤーカメラがフォビオンになる。(笑) ということはないのですが、 原理的に明らかに1枚画像よりも高画質になります。 そこを狙っているのが各種ハイレゾとか、HDRフォトマテックスでしょう。 ちなみにHDRはスマホにもその機能があり、カメラでもソニーとかカシオ、ニコンDF、キヤノン6D等は HDR撮影機能が付いています。ただしその機能は白飛びを防いだり暗部潰れを持ち上げると言った 普通の機能なので、フォトマテックスのような劇的な写真にはなりません。 最近は動画カメラやテレビカメラもそういう具合になりつつあります。 これからの高精細静止画写真は、後処理に時間をかける。そういう具合になろうかと思います。 撮影自体もそのように考えてやらなくてはなりませんね。少ない撮影ショット数で良効果を得るという 考え方ですかね。 高画素カメラでのHDR撮影というのは、結果的に撮影ショットは減少するんじゃないですか? パノラマ撮影でもそうでしたけど、三脚撮影ということで撮影量は激減します。もちろん手持ちでも HDR、パノラマともに出来ないことはありませんが、それでも撮影ショット数は大きく減少します。 超高画素機に限らず普通のカメラでも、我々は写真を撮り過ぎていて、それで限界に来ているって 感じていませんか? それでショット数を撮影量を減らすべきである。そういうストレス対策が写真界に濃厚に漂っていて、 それへのひとつの回答が、高画質を保ったまま結果的に撮影量を減らすことができるHDRなんじゃ ないかなって私は感じています。 例えばここに1千万画素のカメラと3千万画素のカメラがあったとして、そのどちらのカメラで同数ショット 同シーンで撮影して、その撮影時の精神的なストレスはどちらが大きいのかって問うと、もしかすれば 3全万画素のカメラが3倍ストレスを感じるかも知れないということなんです。 もし、自分は撮影だけで後処理のことは他人に任せているというのであれば、両機の撮影ストレスは 同じでしょう。これはフィルムカメラがそうでした。現像やプリントは他人任せでしたから。 しかしデジタル写真は撮影者と現像者は同じですから、高画質高画素のカメラの仕組みを知りながら、 結果を想像しながら撮影者は撮影をし続けることになるんです。 ですからデジタルの場合は、カメラが高性能になればなるほど撮影自体でもストレスは高くなるんでは ないですかね。 撮影者の脳内には既にこのカメラの高精細な画像がストックされています。それで撮影の現場では、 現場のシーンに良く似た脳内記憶シーンを無意識的に呼び戻す作業があるんですが、その画像が 高画素であればあるほど、記憶回路の呼び出しには膨大なストレスをかけるんではないでしょうか。 つまり一旦、超高画素カメラの画質というもの、その情報量は膨大なのですが、それを知った者には、 撮影の現場である毎にその画像記憶が呼び出されてしまうという、かなりな脳内負荷(ストレス)を掛け ることになるんじゃないでしょうか。 脳内の仕組みは分かりませんが、私はそのように想像してしまうんですね。 HDRの醍醐味は、パッと見た目で絵がわかるということにつきます。写真を見る者にとってその情報量 は極めて少なくてすみます。 もちろんよく見れば高精細な絵であるわけですがそれは2次的なものです。 それはどういうことかと言い換えますと、これからzzrさんがHDR撮影をしていってどういうことが脳内で 起こるのか言うと、これまでの超高画素機画像記憶を低画素のカメラに置換するということです。 これまで貯まっていた脳内にある超高画素機の記憶画像を、これからはHDRという言わば低画素記憶 に置き換えるという作業になるんですね。 HDR撮影はそもそも撮影量も少なるという利点。それから高画素機記憶を低画素置換する役割がある ということで、脳内に貯めこまれた超高画素カメラの画像記録を上書きして書き換えていくんですね。 言い換えれば脳内のクリーンナップ作戦ですか。(笑) 皆さん自分の脳の容量なんて考えたこともないでしょう。なんか無限だと思ってませんか? でも実際は脳は四苦八苦して記憶して整理して随時更新をしながら限界ギリギリで頑張っているん ですよ。 正直いって数千万画素のカメラなんてもう人間の限界を超えちゃっていると感じます。 600万画素とか1千万画素カメラとかの時代が懐かしいですね。あの時代はこういう脳内限界の問題 は発生しなかったと思うんです。 掲示板がたまに荒れたりするのは、そういう今の写真の限界が根本にあるんじゃないですかね。 この掲示板でも当初の頃はそういうのは見当たりません。(画像一覧モードにして最初のページに ワープすれば初期のコメントが見れます) 掲示板が荒れだしたのは最近とも言えるわけで、それはカメラの画素数や画質が高性能化したのと リンクしているんじゃないかって思いますよ。 脳内クリーンナップ作戦は、写真撮影をしばし中止することでも得られると思ってます。 それで私は今、撮影は休んでいるわけですが、さて再開時には以前と同じでは詰まらないので、 新しい工夫をしていかなくてはって、考えています。

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