パナソニック DMC-GH2 作例

2010年10月29日発売

DMC-GH2の仕様

無題

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youzakiさん、私も同様にオリンパスのファンでして、手持ちカメラを思い出すままに列記しますと、まず E-1が2台、E300が3台、E-500が2台、E-330、E510、E620、E-30、E-5、M-1が2台、M-5Ⅱ、E-PL1、 E-P1が2台あると思います。記憶間違いもあるかも知れませんが。 E-1からE-500までがコダック製センサーを搭載しています。それでE-330からはパナソニック製のライブ MOSセンサー搭載ですかね。なお現在のオリンパスカメラのセンサーはソニー製となっています。私の カメラではM-5Ⅱがソニー製です。 E-330は過度期モデルですので生産量が少なくて持っている人は少ないと思われますね。 youzakiさんがご指摘のように1000万画素パナ製センサー搭載のE-3の画質は素晴らしいと思いますよ。 私は所持していないのですが、一眼最後のE-5は1200万画素ですかね。これ以降はミラーレスカメラとな りました。 小型のセンサーで頑張っているオリンパスには好感が持てて、今こうして古い手持ちのカメラを取り出し て使ってみています。オリンパスには若い時期の思い出がありまして、当時のOM-1で写真をやっていた ときが一番楽しかったという記憶があるんです。キヤノンとかニコンなんかよりもずっと楽しく写真ができた ような思い出がありましたね。 今回改めてデジタル時代の古いオリンパスを使ってみて、やはり写真撮影の楽しさは大昔と変らないよ うな気がしています。当然に画質という点では、そりゃあフルサイズとかシグマとかが断然に上なんです が、でも「それがどうしたの?」という問いかけをされているようなところがありますね。 フォーサーズという小さなセンサーでも十分な写りをしますし、なによりも精一杯頑張っているところに 好感が持てるのです。 こうして思うと、フルサイズカメラなどというものは、我々アマチュアには必要がないカメラなんではないで すかね。冗談でなくそう思えて来ているところがあります。別段、写真をやって作品撮りなんかしたくない ですし、単に自分の思い出の記録として写真が使えればよいだけのことなので小さなカメラで十分だと いえます。 私がメインとして撮影している対象は風景写真となりますので、やはり1000万画素未満は、やや不満が 出てきます。それで1200から1600万画素くらいだと満足かなっていうところなんですけど、しかし画素数 的に、この、やや不満足というところが、本当はベストな位置なのかもしれませんね。(^^ゞ  また、画素数の不満感はレンズで補うことで満足感に近くなるということが言えるかもしれません。 今回E-330で上げた写真のは電車の写真が14-35F2の松レンズ、他のものは14-54F2.8の竹レンズでし た。比較的よいレンズを使ったのが良かったのかもしれません。 とにかくオリンパスは最高が2000万画素なので、写真として「画素数疲れ」というものがありません。

丸亀港

丸亀港

太助灯籠からの撮影。レンズはパナライカ15ミリF1.7。松竹梅の竹か梅レンズ。 今回パナライカの12ミリf1.4をメインに撮影しましたが、その圧倒的な描写に、買って良かったと涙してい ます。(^^ゞ このレンズとオリンパス14-35f2が私のお宝。(笑) オリンパスのような色気はあまりないん ですが、その怜悧な解像力と豊かな発色が気に入っています。 なお、このレンズをパナのカメラに着けると、プログラムモードの絞りプログラム値が開け気味になるんで すね。オリンパスのカメラだと普通絞り設定ですが。パナは態とそうしているのかもしれませんが、私は 絞り開放気味で撮る癖はありませんので、いちいちプログラムモードを正常にずらさなければなりません ので不便ですね。 良いレンズを買えば、どんな古いカメラでも蘇るということであり、レンズの魔法を楽しむことになりまし た。だたこのレンズはミラーレスのマイクロフォーサーズのレンズですから、古いデジイチのカメラには着 きません。というよりも、ミラーレスのレンズだからこそ、これほどの性能を出せるということなんでしょうか ね。このレンズ、まだまだ性能に余裕があるようで、GH2ではなく、もっと新しいカメラに着ければよいのか も知れません。 ただ少し気をつけなければならないのは、フォーサーズのような小さなセンサーの画像と言うのは、最近 はスマホのカメラもそうなんですけど、注意深く見ていかないと本質を見逃してしまいます。 例えば、この撮影したパナライカは15ミリはトルクフルなレンズです。発色は濃くて高コントラスト。しかも 解像力も確りとあります。しかし中間色は12ミリに比べれば単調ですね。これは小さなセンサーの欠点を 補う為に、わざと中間色を飛ばしているのでしょう。 小さなカメラやスマホなんかが綺麗で良く見えるというのは実は錯角なんでありまして、高性能なPC/モニ ターで見れば、この15ミリと12ミリの描写の違いというのは歴然としています。しかしPC/モニターがよく なければ逆転現象が起きるんです。安いレンズの方が良く見えたりしますから。 ここに大きな落とし穴があって、多くの人達がそれにはまっているという気がしてます。10万円を超えるよ うなレンズは高級レンズですから、それなりにPC/モニターがよくないと、そのレンズの性能を見ることが 永遠にできません。

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瀬戸内の穏やかさは、これを見てくれれば一目かと思います。風はほぼ無風(というか何時も風はないん ですな)です。となりの島まで数キロはあると思いますが、小じわのような小さな波だけであり、その波は 浜に打ち上げる波と変りません。大波が来たとすればそれは大型船の引き波ですね。 遠泳が得意であれば隣の島まで泳いでいけそうですが、しかしそうはできません。画面でも縞模様となっ て見えていますが、これは潮の流れなのです。この潮目を突っ切るには手漕ぎであればカヌーが必要で す。大きく流されてしまいますので泳いではいけません。 瀬戸の海を泳いでいると、海水温が急激に低くなったところが潮の境目で、これをよく知っていないと危険 です。 しかし光景としてみる瀬戸の海は、これほど平和であって太陽はさんさんと照り、島影で変化に富んでい て眺めていて飽きることがありません。自然の海岸線がつづく道路をサイクリングしながら走るのは最高 の心地よさがあります。気候として温暖で日照時間がながく風がなく雨もふりません。夏場は蒸し暑いの ですが、冬はないと言っても過言ではありません。瀬戸内といえばミカンであり、これは日照時間の長さが 必要で、海面に照り返す日射量がさらにミカンの甘みとなります。ブドウとかオリーブとかもそうです。 瀬戸の海はまた朝焼けや夕焼けも素晴らしい景観を見せてくれます。とくに四国側から見る夕日は絶景 のようて、よく広島県のカメラマンが香川に訪れます。夕日スポットとしては香川の観音寺や、三豊市の 荘内半島が絶景です。愛媛では越智半島の西側から見る夕日でしょうか。ある程度の海の広がりがあり 且つ、島影もあるというのが絶景ポイントとなるみたいですね。(^^ゞ  もし一点だけ夕日スポットを挙げろと言われれば、荘内半島の紫雲出山の山頂からの眺めでしょうか。 東に北に備讃瀬戸が見下ろせ(讃岐平野も)、西に燧灘と芸予諸島、南に四国山脈の連なりが見えて、絶 景の満載となります。ちなみに此処は浦島太郎伝説があります。もしかすればここは竜宮の地そのもの かも知れません。 瀬戸内からは外れるかも知れませんが、愛媛県の宇和海も絶景です。奇妙な半島が数多くあり海は美し いです。 日本列島は一千数百万年前にアジア大陸から分離しました。剥がれ落ちたというのでしょうが、そこで 日本海が生まれ日本列島が誕生したんですね。プレートテクトニクスの大きな作用が働いてそうなったの ですが、その時の副産物として瀬戸内は同時に生まれたんではないでしょうか。小型の日本列島の中の さらに小型の部分列島が四国だったのかもしれません。もちろん氷河期には陸地になるほどの深さしか ない海ですが、このミニチュアのような海は意外と古い歴史があるように思えて仕方がありません。 この瀬戸内は古くは九州を分断する海をも含む長さをもった海だったようで、今の有明海と続いていたの かもしれません。なお北と南に2つに分かれていた九州はその後の火山活動(阿蘇山や雲仙岳、国東半 島)によって現在はひとつの島となっています。 これは瀬戸内の西側の話ですが、じゃあ東側はどうなっていたのか。と問えば、おそらく近畿を南北に分 断していて、古琵琶湖や伊勢湾にまで連なっていた可能性があります。 そういう古い瀬戸内を想像するのはなかなか楽しいものがあります。(^^ゞ  つまり九州から中京に到る西日本圏というのは、ダブルの二重線の列島だったのではないですか? それは中央構造線を見てみれば一目瞭然であり、そのラインの北側が瀬戸内になるわけですから。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A#/media/ファイル:Tectonic_map_of_southwest_Japan.png こんな感じでして、考えてみれば瀬戸内海はその列島二連構造を今に残す古い地形であるということに なりそうです。サイトの画像では、中央構造線は最終的には南関東の太平洋にまで延びていますね。 とにかく地形的に見て、瀬戸内とは日本列島最古の地形構造ということになりそうです。ただ正確に言え ば中央構造線は数億年前に出来たものでして、日本列島がまだ誕生していない頃の話なんですね。(^^ゞ  ですから瀬戸内は日本列島よりも遥かに古い時代のものなんです。(なので上記の記述の…その時の 副産物として瀬戸内は同時に生まれたんでは…というのは間違いということになります) 大風呂敷を広げてみますと、古代の瀬戸内海は、今の九州有明海から瀬戸内海、古大阪湾、古琵琶湖、 伊勢湾、そして東京湾にまで連なる長大なものであって、この南北列島二重構造の証しとして、今もその 当時の姿を残しているのが今の瀬戸内海ということになりそうです。 日本列島は東西でもダブル構造ですが(フォッサマグナや伊豆半島を入れれば3重構造)、実は南北でも 2重構造であったことになり、この日本列島の生い立ちの複雑さを見る思いがしますね。 ( この話は九州から北海道道南までの話しでして、沖縄などの南西諸島孤島群、北海道中央から樺太、 道東から千島列島、伊豆諸島などはまた別の成り立ちとなっています)

無題

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久しぶりに瀬戸の島撮影をしました。持ち出したカメラはパナGH2と、保険の意味でのオリM-1。 レンズは古いオリ14-54の竹レンズと、同じく古い9-18のフィルター外し梅レンズです。 今回もまた少し失敗です。ISOオートが最高400にまでしかなっていなかった。(^^ゞ 室内での撮影の半分 はブレ写真でした。保険のオリでカバーできますけどね。それともうひとつ失敗。16:9のワイドで室内まで 撮ってしまった。3:2に戻すのをうっかり忘れていました。 とは言え、このGH2の撮影画像はかなり良いです。欠点はシャープネスの半径が大きく出ること。毎回、 修正が必要です。もうひとつ全体的にアンバーがかかること。しかしこれは欠点というよりも修正の余地を 残しているということで好感が持てます。 画像処理用のPCで、上記の2点だけ修正して現像しましたが、ネット用のPCに送って見ればやや安っぽ い感じに見えますね。(^^ゞ しかし当初のRAW画面でみる画像は相当なものがあります。 このGH2、カメラとして使いにくいところが満載ですけど、まず3:2の画像で撮れること。そして修正は必要 だけどオリジナルと言いますか、現実の光景に極めて近い絵が撮れるということで、非常に良いカメラだ と思いました。 画像の雰囲気として、オリンパスのようなアンバーを抜いた透明感はないのですが、これはこれで忠実な 画像であって、パナソニックの画像エンジンは優秀だと感じます。しかしそれを見るには、それなりのPCと モニターが必要というのは、やや一般的ではないかもわかりません。 今回の島巡りは古民家撮影と、後は自由な撮影でしたが、自転車を持ち込んでの撮影行でした。マイク ロ・フォーサーズのカメラは小さくて自転車の前カゴにすっぽり納まる大きさなので助かりました。後ろの 荷台にはペットボトルやサンドイッチを乗せていましたので。自転車と言ってもママチャリで、坂道は押さな けねばなりませんが、荷物を持って歩くよりは随分と楽です。下りは怖いほどのスピードになります。(^^ゞ  最近は自分で投稿をして、自分で考えるというパターンが身に付きましたね。(^^ゞ 完全な自己満足の写 真になるわけですけど、到って気が楽ということになります。自分の気に入った写真が出来ていればそれ でいいという感じですけど、本来、写真というものはそういうものかも知れませんね。 フォーサーズが良いとか、パナのセンサーが好いというのは、極めて個人的な感覚です。しかしそれを突 き詰めていかないと自分の写真にはならない、ということかも知れません。

別子鉱山跡案内板

別子鉱山跡案内板

別子銅山 - 失われた空中都市を訪ねて http://www.tsoftware.jp/douzan/ 別子の東平(とうなる)の煉瓦遺跡の写真を見て、東洋のマチュピチュだなんてイメージを 膨らませる方は大勢いらっしゃるのですが、正直言って尋ねるとがっかりなさるでしょう。 あまりにも規模が小さくて、なんだ?これ、ってなるかも知れませんね。 実は東平よりも、もっと規模がスケールが大きくて、これは凄いっていうのはあったのです。 それは東延(とうえん)という場所ですが、上のサイトの旧別子の地図で書かれている場所 でした。 http://www.tsoftware.jp/douzan/pics/map3.jpg でした・・というのは、それはもうとっくに自然の土砂崩れで破壊されて、もう既に存在しない からです。 http://h2o.sakura.ne.jp/bessi/Qbessi/33touen/touen.html 私が別子、特に旧別子を尋ねたのは35年ほど前からなのですが、その当時は東延の勇姿 が見られました。ところが以降何度か登山するうちに、東延の遺跡は大規模土砂災害で なくなってしまったのです。 残念ながら当時は写真趣味を休止していた時期なので、その東延の写真はありません。 別子を訪れる観光客の大半は、上の看板写真で見ますところの、⑤マイントピア別子(端出場)と、 ⑩マイントピア東平の2つ、さらに加えて④銅山記念館というところになるでしょう。 ④と⑩と⑤は自家用車ですぐに行けます。⑩などは道の駅になっていますしね。 (なお⑤は冬場は閉鎖ですが)  しかし本当に別子の凄さを知るには、登山スタイルで赤石山系の南側、旧別子の山の中を 歩かなければなりません。 それからこれは残念な、というより本当は喜ばしきことであるわけですが、別子の山は植林の 杉がだんだんと大きく育ってきて、遺跡群そのものを隠してしまいつつあるのです。 別子の山は住友鉱山から住友林業に継承され、そもそも本来は私有地であり、観光というより も自然に山を返すっていうことが住友側の本道であるわけで、遺跡群が樹木に覆われて 自然化するのは当たり前のことであるというわけですね。 そこのところが、自然放置の住友側と、是非にと観光化を目論む自治体側との違いがあった わけで、それは35年前の当時から旧別子の役場の担当者が悩んでいたところでした。 自治体側としては別子の持つ観光資源に早くから着目していたようで、住友と折衝して何とか 観光登山に協力してくれないかと折衝をし続けていたようです。 当時は私のように旧別子の魅力を見出していた人間は殆どいずで、別子の資料を見せてほしい と役場を尋ねた私が珍しかったのでしょう。いろいろとお話をお聞きすることができました。 それにしても東延の勇姿が失われてしまったのは、今思ってもつくづく残念で、あれば健在で あれば、本当にマチュピチュ遺跡に匹敵するという宣伝コピーがまんま通用したでしょう。 とは言え、今でも別子の鉱山遺跡群は山中に此処かしこに多く点在して見られ、この世界的な 鉱山遺跡群は長く保存すべきであるという、そういうポテンシャルは十分にあります。 私にとって、この別子と早明浦ダムは自分の写真の原点であり、そういう写真のドキュメントと 記録というのは、私の写真哲学の原動力になっています。 私は写真に、ただただ綺麗っていう花鳥風月などは求めませんが、自分の写真には今あるこの 社会の原点とは何かという視点を求めて続けているつもりです。そういう意味で私の写真に対する 考え方は皆さんとは随分と違うでしょうね。 ところで世の中も随分と変化してきて、日本も老大国というような超先進国になってしまいました。 そうなると近隣の若い元気な諸国から学びの観光客を呼び集めることができます。東アジアは 世界で最も大規模な経済発展地域なわけで、今後とも多くの観光客を日本に呼び寄せ続けることが できます。 東京や京都・大阪にかぎらず、各自治体もオラが国自慢の観光資源の発掘に躍起ですね。 香川県もウドンとアートという看板をもって観光客誘致に邁進していますけどね。(^^ゞ そういう現代の世界的な視点に立てば、別子の自然回帰の緑化事業こそが本当に意味のあること なんだということになります。 高野山は海外観光客にも人気ですが、巨大な杉の大木に囲まれた山中の宗教都市は神秘的な イメージを漂わせていますね。そういう具合に別子の森もそのようになる可能性があるんですよ。

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