18-200mmレンズ 作例

18-200mmは、APS-C機で広角から望遠までを受け持つ高倍率ズームの焦点距離域である。旅行先の集合写真と遠方の被写体を、レンズ交換せずに撮り分ける用途に向く。同じ範囲でも一眼レフ用とミラーレス用があり、望遠端の明るさや質量、近接撮影の能力が異なる。

画角の基準
APS-C
位置付け
APS-Cの高倍率ズーム
近い焦点距離
18-135mm 18-270mm 28-300mm

18-200mmレンズについて詳しく読む

このページはEXIFのレンズ名から焦点距離で分類しており、複数のメーカー・機種で撮影した写真を含みます。解説で紹介する製品と、掲載写真の使用レンズが一致するとは限りません。

キンシバイ

ヤマボウシを撮りに行った時、植栽の中にポツポツ花が残っていました。

ヤマボウシ

こちらのは径1cmと小さいのです。 実の付き方も違うようです。

会津盆地

「日本精神が世界を飲み込む(精日)」 http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-381.html http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-488.html 面白そうなのでコピペします。 Newsweek記事、中国の「精神的日本人」は軍事オタクにあらず(李小牧)、が元になっているよう です。 >▲中国の歴史を振り返ってみると、その核心は、歴代王朝が採用していた「中国人愚民化政策」 の繰り返しだということに気がつく。 歴代の為政者が、「国民はアホでいいのだ」とずーと考えて いたということだ。  「民」という漢字が、「針で目を潰した奴隷」を意味する漢字ということを知れば、その核心部分に 納得するであろう。 基礎教育を軽視し、漢字を通常人が読めないほどに難解化し、漢字オンリーの 漢文という文章では、高度な概念を「正確に」他者に伝えることができない。  唐詩選を読んでいて、原文と日本語による読み下し文とを比較すれば、理解できるであろう。  つまり、中国人は他者からの言葉・文章を、「ぼんやり」としか理解していないのだ。<いや中国人 自身は、ぼんやりとは感じていまいが-->  上のような背景から、19世紀においても中国人の識字率は、せいぜい5%の世界だった。  表題の洋務運動とは、日本の明治維新に刺激された中国人なりの「西洋化、富国強兵政策」であっ たが、上でふれたように愚民化され識字率5%の世界では、世間を動かすことができなかった。  21世紀に入り、識字率もようやく30%程度となり、インターネットの普及もあって、ようやく、従前の 体制に疑問を抱く「覚醒した人たち」が出現したようだ。 まぁ、日本の明治維新になぞらえば、「中国 における志士達」という感じなのかもしれないな。 (以下はこのサイトの方の文章) >「漢文という文章では、高度な概念を「正確に」他者に伝えるのが難しい。中国人は他者からの 言葉・文章を、「ぼんやり」としか理解していない」と上記は言っていますが、要は中国語そのものが 現代では欠陥言語なのであり、中国が近代化に失敗した大きな要因であり、そしてこのような言語を 持つ国は世界では多数派である。 高度に発達した文明社会では言語の果たす役割は大きく、その高い表現力、抽象化、等を求められ 現代文明を牽引する言語は極論すると欧米語と日本語のみだ。それをさらに突き詰めると、それは 英語と日本語のみとも言える。 もともと漢文とは特権階級しか扱えない愚民化の道具であり、中国文明衰退の最大要因でしょう。 その漢文と対極にあるが日本語であり、明治維新成功と日本発展の原動力である。日本語は漢字は 用いるが、同時にひらがな、カタカナを併用するので大衆性があり特権階級専用ではない。 もっと言うと、この大衆性こそが現代文明の核心なのだ。中国は勿論、欧米すら立ち遅れた階級社会 なのであり、世界で唯一日本のみが大衆社会に突入しているが、これが漫画やアニメの爆発的普及 の要因であり、世界が日本に憧れる日本成功の秘密なのである。 「精日」-加速度的に日本化する中国人の群像-古畑康雄著/講談社α新書 前回紹介したこの本を今読み進んでいるのですが、この中出てくる中国の識者の文章が素晴らしいん ですね。しかし考えてみれば、これは著者が書いた日本語訳が素晴らしいのであって、本当の中国語 の文章ではそうではないと思うのです。 今日中国大陸最精彩評論:美帝亡我之心千万不要死! これを日本語にすると・・・ 今日、中国で最も素晴らしいコメント:米帝国主義が我々を滅ぼそうとする心は決して無くならないで 欲しい。 これは毛沢東が言った、「米帝国主義が我々を滅ぼそうとする心は決して無くならない」(美帝亡我之心 千万不死!)(The spirit that US imperialism tries to destroy us will never disappear.)をもじって、 と言うか茶化しているわけなんですが、見ていただきのは、中国語だと文字数が極端に少ないんです よね。 ほぼ日本語の半分です。それで日本語で200ページの本があるとすると、それを中国語訳しますと100 ページですむんです。日本語を英訳する場合はそれは日本語とほぼ同じくらいの文字数になります。 美(アメリカ)帝(国)は、亡我之(の)心〈我々を亡ぼすの心は〉、千万(年)不死(である)! 美女が帝王切開をしたので私の心は千万回死ねなくなった!なーんて風にも読めそうじゃないです か。(^^ゞ こんな感じで中国語なんて、立て看板のスローガンみたいなもので、ほぼ思考停止の言語なんですね。 読むのも最初から棒読みです。メイディワンウォヂーシンチィェンワンブースー! 日本の音読みでは、ビーテイボーガシーセンマンフーシー!ですか。 馬鹿みたいな言語でしょう。(笑) こんな言語ではノーベル賞はおろか科学技術も発展できないし文学 も生まれません。中国人でもノーベル賞をとった人はいますけど米国在住の人です。魯迅は文学者で すけど日本に留学しましたからね。それぞれ頭のなかでは英語や日本語で考えているわけでして。 こんな感じでね、本当に精日というのであれば日本語が出来なければ本当じゃないです。英語でも いいんですけど、中国語しか知らないんではお話にならないということなんですね。 中国語は本来表意文字ですが、日本の漢字も表意文字です。欧米語は表音文字ですが日本語の ひらがな・カタカナも表音文字です。日本語というのは表意表音の2つ要素が入ってます。明治以降は ローマ字も導入しましたね。 本来の表音文字は難しくて、その文字の語源とか多数の熟語・事例とかを知っていないと正しく読め ません。ですから古来中国では文人のみが本当の中国語を操れたんです。 その点、表音文字は話し言葉をそのまま書いた言葉ですから割りとわかりやすいのです。しかし方言 が多くなってヨーロッパのように多元化していくのが欠点ですかね。 結論を言うと、中国がこれから本当に発展するとすれば、それは従来の中国語を捨てなければならな いということなんです。英語で行くか日本語でいくか。そう考えると台湾や韓国が発展したのは日本語 の素養があったからですし、香港は英語だったからなんですね。それから現在の中国が曲がりなりに もここまで発展してきたのは米語の力です。 中国のこれまでの発展は、沿岸部の都市ですむ4億人の人々が牽引してきたと言ってもいいでしょう。 しかしそれも内陸部の農村からの農民工を植民地化して出来たことです。14億人の人口のうち、10 億人は未だに貧しいままの無知な人民です。しかしこの人民の海が中国共産党を本当に支えている と言ってもいいかも知れません。無知蒙昧な中国語しかできない素朴粗暴な民が、共産党のみならず 歴代の中華帝国を支えてきたと思うんです。 日本の所謂植民地というのは台湾では日本語教育をしたんですね。朝鮮ではハングル語と日本語の 両方をやったようです。とにかく日本語を教えるということから始まっているのでして、これが案外に 正しかったというのは、それらの戦後の発展を見ていればわかります。 その国の言葉、言語を変えるっていうのは、乱暴な話ですけど20年から100年あれば変えられます。 初等教育をみっちりやれば案外に言語を変えていくのは難しくはないんです。日本でも英語を初等教 育化するようになりましたので少しは変わってくるでしょうね。(良い意味でも悪い意味でも) この悪しき逆例が↓これです。ハングルの漢字廃止。 http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-484.html 巨大な中国を変えていくというのは大変です。 しかし日本に理解と憧れを持っている若い中国の 人が日本に来て日本人化するというのはそうは難しくありません。そもそも日本の歴史をみてもかなり の数の中国からの渡来人が来ていますから。 これまでの歴史と同じように溶けこんで日本人化するでしょうね。 興味深いのは中国の僧や禅僧が日本によく来ていたということです。招聘するという形になっていた みたいですが、中国で位を極めた僧が日本にやってくる。仏教を広めるという使命感もあったのでしょ うが、本当のところは自分の仏法をより完成させたくて日本に来たんじゃないかなっていう気がしてますね。 山形の羽黒山を訪れて感じたのですが、鬱蒼と茂った山寺の雰囲気というか、本当の仏教という宗教 というか、宗教的な人間の生き様を貫こうと思えば、それは中国ではなくて日本の方が相応しいので はないか。そう考えていた僧侶は多いんじゃないですかね。 中国でいたんじゃどうしようもない。そう考えて共産党の幹部の子息はアメリカ等海外に出国している んですが(笑)、そういう実利の人間じゃなくて精神的にもっと高くに行ってみたい、そういう中国の人が いるのならば日本語を習って日本に来ればいいじゃないかって思います。 日本人になるには、日本に住むこと、日本語ができて日本語で考えるようになること、日本食を食べる こと。この3つだと思うんですね。肌に色が黒かろうが白かろうが、そんなの関係ないです。もともと 日本人というのは雑種です。いろんな所から来て混血しているわけでして、純粋な日本人なんていま せんから。 中国からの観光客はとどまりを知りません。香港や台湾、韓国もそうです。中国の人が国内旅行に行く のならば日本に行く。何度もなんども日本に行きたい、日本に触れたい。 我々日本しか知らない人間には解らないのですけど、よくよく考えて見れば、この私が、日本の中の 日本とも言える東北に足を運ぶのと同じことなのかも知れませんね。 日本は本当に美しいです。こちから東北に行くには舞鶴までいって日本海をひたすら北上するのです がその行程のどこもが美しいのです。そして光景が緻密です。どこまでも無限に緻密さにあふれていて、 これで終わりということがありません。世界が凝縮されていると感じます。それは日本の国土の狭さを 十分にカバーし切れていて、心理的な国土面積は実際の数倍あるのではないかと感じるほどです。 追加︰香港が大変なことになっているようです。若い人のデモが収まりません。インターネットを通じて のデモなので、かつてのチュニジアのジャスミン革命を思い出させます。 日本政府がとうとう韓国に対して経済制裁を発動するようです。日本は半導体産業を米国に奪われて 久しいのですが、何のことはなく、米国の指導のもと、台湾韓国中国で製造する半導体の原材料を握って いるということなのです。上に(米国)政策があれば下には(日本には)対策があるというやつです。 まあ、安倍さんはトランプの対中政策を真似ているだけなのですが(笑)、そもそも東アジアの経済発展 そのものが米国や日本の深謀遠慮の元に行われているということを知らない人民が多いようです。

猪苗代湖

猪苗代湖の南東部に当たる浜辺です。あいにくの小雨で磐梯山は霧の中。 風があれば湖面は波立ちもしますが、この日は沖には波があっても浜辺は静寂に包まれていて、 なんとも不思議な感覚に戸惑うほどでした。この不思議な静謐感を感じられたことに大いに満足を して未練を断ち切りこの湖を発ちました。 瀬戸内の遠浅の浜辺は、私には当たり前の光景ですが、他県から来た人に聞くと、さすがに海だから 波打はあるのだけど、とにかく穏やかで優しい浜辺に感激をすると言います。 そして夕日が素晴らしいと。(これは湿度が高いことと関係があるかもしれない) 太平洋や日本海を見慣れた人々からすると、内海とは独特なものなんだろうということですかね。 その穏やかな内海を見慣れた私から見ても、猪苗代湖の静寂な優しさは驚きだったのです。 ここはもしかして天国なのか?と錯覚をするほどに。(^^ゞ  不思議に燕が無言でせわしなく飛び交っていました。 東北へ行くと、しばらくは東北病とでもいうものに陥ってしまい、こちらの香川の光景に無感覚になる んですね。一種の鬱ですかね。(^^ゞ それで現実感を取り戻すにはしばらくの時間がかかります。 しばらく遠ざかっていた瀬戸内の遠浅の浜辺に行ってまいりました。1キロほどの自然の砂浜の海岸。 誰もいない私だけの浜辺です。そこをいつもの様に裸足で波打ち際を歩いてみました。 猪苗代湖と比べれば、まず小さいながらも立派に波があり潮騒の音がします。瀬戸は干満の差は 激しいので、総じて水か(潮が)生き生きとしているということ。そして砂浜には貝やカニや様々な虫達。 浜辺を歩く足にボラが驚いてくるくるとご愛嬌。 そして海と空には夕日が。あいにくの曇り空と多量の湿気が幻想的な色模様を出してくれています。 そして潮の匂いがなんともいえません。 燕がピイピイといいながら飛んでいました。 つまり瀬戸内は猪苗代湖に比べれば圧倒的な生命感にあふれているのです。清潔感はないかも しれませんが、浜辺に打ち上げられた生活ゴミも含めてその命の躍動感は全く違うんですね。 瀬戸内は泥臭い現世そのものなんですし、猪苗代湖は、今にして思えば私には天国のようだったかも 知れません。 東北は本当に美しいのです。信じられないほどに透明感があり、広大で遠目が効いて本当にこの世の ものとは(私には)思えないほどなのです

磐梯山

昔読んだ漫画で、髙橋ツトム氏の『SIDOOH/士道』(しどう)のがありました。 その中に猪苗代湖を配下に遠望する磐梯山の光景が印象に残っていたのです。 https://aplac.net/thisweek/essay849/849.html この写真は奥磐梯の桧原湖(ひばらこ)なので猪苗代湖ではないのですが、そもそも奥磐梯の 湖沼群は、明治の中頃の磐梯山の水蒸気爆発でできた新しい湖なので、上の漫画の幕末時代 には存在しませんでした。 会津磐梯山は宝の山よ♪という民謡がありますが、噴火と山崩れを繰り返して湖を造るっていう のは何とも壮大で、火山がない四国では想像の他だったのです。 四国にも過去のカルデラの名残があるようで、石鎚山がそうなんです。しかし日本列島ができる ころの話ですから大昔ですね。それでも独特の風景があって、他とは何か違うって感じます。 この磐梯山や裏磐梯の湖沼群はジオパークの気分として散策しましたが、また今回の原発災害 との比較も私の脳裏に上がりました。 磐梯山の水蒸気爆発による山崩れはスケールが大きいのですが、数百年に渡って人が住めなく なるというのではありませんでした。被害額としては原発の方がはるかに上でしたね。 時間さえあれば山にも登れるのでしょうけど、後に控えている浜通りの震災避難地区の予定があり、 それでも裏磐梯に1日、猪苗代湖に1日と過ごすことができました。なんとも会津はいい。心底そう 感じました。

牡鹿半島

久々ぶりのカメラネタで行こうかと思ってます。(^^ゞ FringerのキヤノンEF→富士フイルムXマウントアダプター https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190524-00000067-impress-ind なお、 Fringer FR-FX10 電子マウントアダプター(キヤノンEFマウントレンズ → フジフイルムXマウント変換) で検索するとアマゾンで購入できます。 ミラーレス電子シャッターカメラこそが私のメインカメラなんですが、それでソニーアルファ、オリンパス OM、そして富士Xマウントのミラーレスを使っているのです。 問題はレンズですね。私には新規にミラーレス用レンズを購入する余裕はありません。それでマウント アダプターでもって(電子接点付きの)、デジイチ用のレンズを使い回すということをしています。 ソニーに関してはデジイチ用レンズが豊富にありますし、ソニー・ミノルタアルファレンズ、キヤノンEF レンズ、シグマSAレンズと、ソニー製、シグマ製の各マウントアダプターで豊富なレンズを使うことが できます。 オリンパスも同様で、オリンパスとパナソニックのフォーサーズ・デジイチ用レンズを使えますね。 ところが富士Xマウントミラーレスカメラに関しては、それができません。富士には純正品としての デジイチカメラとレンズが無かったからです。(富士のデジイチはありましたがニコンのカメラを使って ましたから) 富士Xマウントの純正レンズは高価ですし、また種類が豊富とも言えません。それで富士のカメラに 行き詰まっていたのですが、上記のリンクのように、サードパーティ製の電子接点マウントアダプターが あるのに気がつきました。装着レンズはEFマウント。ソニーやニコン、ペンタックスと違い完全電子 マウント方式ですからできる話ですね。 とりあえずEF(EFS)マウントのレンズはそこそこ持ってますし、面白いのはEFマウントのシグマレンズも 動作するようですから、間接的に富士Xマウントのシグマレンズが出来上がってしまうわけです。 * 富士のセンサーは技術力が高く、その画質は素晴らしいのですが、使えるレンズが限られているの ではあまり面白くないのです。いろいろと各社のレンズを試せるから、レンズ交換式カメラというのは 意味があるわけでして、富士のカメラに富士のレンズだけっていうのではどうしても限界があります。 どんなに最高と言える良いカメラとレンズだけの組み合わせだけでは人間は満足できません。 最高のカメラと最高のレンズ。それだけでは、そもそもそれが最高のもの、ということすら理解できない のがユーザーです。良い悪いは、飽くまでも他者との比較で初めて理解できることなのですから。 真なる、よるべ【寄る辺/寄る方】の意味を知ることは大切なことなんですね。 それから、小型のミラーレスカメラに、大型のデジイチレンズを着けて撮影することには意味がありま す。それはカメラ全体を大きく出来て、撮影時の運動効果を得ることができるからです。 ミラーレスカメラは小型だからよい。というのは既に時代遅れの流行です。そういうのはカメラ女子や ガジェット好き兄ちゃんに任せておけばよいんです。 伝統的なハイアマチュア人間は、カメラを大きくして使う、もとより大きく重いカメラを使う、というのが 正統派のカメラマンたる所以です。 裏街道さんが高速道SAの、歩いての出口云々を書かれていましたが、これはSAに車を止めて、そこ から写真撮影のための歩き運動をされるからなんですね。職業ドライバーにとって歩き運動は死活を 制します。 そもそも写真趣味の効用とは何か。いえ、写真趣味の目的とは何か。それは写真道なるものを極める ことではなく、また芸を磨くことでもありません。そういうのはあくまでも建前なんでして、本当の目的は 健康と体力維持だけです。私はそう言い切ってしまいます。 写真趣味という金の掛かる趣味をして、その投資に見合うものは、この健康と体力維持しかないのが 本当ですよ。 ですからカメラなんてのは何でもいいんですが、ひとつ条件をつけるとすれば、ある程度の重さという のがなければ良い歩き運動にはならないのです。これは当人の体格にもよりますが、最低限1キロ グラムを超えなければカメラではない、ということです。重ければ重いほど良いカメラですが、重すぎる と肝心の歩き距離が稼げませんからね。ほどほどでないと現実的ではありません。それで大型の三脚 を持つのは難しいです。 そしてカメラは持ちやすいのが良いカメラです。それでグリップの追加は良い選択です。グリップは 既成品だけでなく自作も視野に入れたいものです。 こういうカメラ運動の視点からすれば、軽く小さなカメラであるミラーレスを、デジイチ用の大きなレンズ で満たすというのは間違いのないことなのです。それで準理想のカメラとなりますから。 とにかく、写真の本当の意味合いを忘れて、建前だけの思考をしていては人間、進歩ができません。 写真趣味とはまずカメラ運動であるということ。そのためにカメラを選ぶということ。まあ、それだけで、 他のことはさほどに必用がないですかね。 * 最近思ったのは、もうRAW撮影はしなくてもいいんじゃないかっていうことです。JPEG撮影で十分じゃ ないのかっていうこと。写真趣味は撮影こそが大切なのであって、パソコンの前で座るのは最低限で よいのです。ましてや画質なんていうものがナンボのものでしょうか。 画質はそこそこで良い。そう心底思います。 私の今回の撮影は画質をわざと落としての撮影でした。データはLOW-RAWでしか撮ってません。 クワトロHの装着レンズはAPS18-200と10-20というエントリーレンズでした。それで十分と考え、他の レンズは持参しませんでした。 今回の撮影は被災地をメインにしたのですが、強く感じたのは、写真とはきっかけに過ぎずで、本当 に大切なことは、自分がその現場に立つことであるということでした。自分がその場を、自分の足で 歩いて、ついでに記録として写真を撮ったというに過ぎなかったことです。 そこにはイワユル写真ノの為の被写体を目指した写真というものはありませんでした。 ただこの私とカメラがあっただけです。 今回の最大の写真機材はむしろ車でした。後はコンデジで良いと考え、写真の大部分はdpクワトロ ゼロでの撮影でした。LOW-RAWですから画質的には本当のコンデジそのもです。 写真の画質を意識して落とそう。それは2年前の東北行でもそうでした。古い1000万画素クラスの カメラで撮影をしましたから。 それはなぜなのか。今に自問すれば、良い画質をゲットすればそれに反比例して、自分の眼で見た 記憶というものが薄くなるという予感がしていたからです。 その考えは今も変わっていず、それで今回も自信をもってシグマも低画質撮影をしたのです。結果として正解だったと思ってます。 それでは高画質&高画素のカメラで撮影する場合はどうすれば良いのか。答えは簡単です。撮影数 を減らせば結果として同じことになります。つまりは撮影した総データ量で計算すればよいのです。 自分の撮影するデータ量をみずから制限していくというのは強い自制心が求められます。しかしそれを やらなければならない時代に来ていますね。 最近1億画素のカメラがリリースされました。1億画素と言えば1千万画素のカメラの10ショット分です。 ということは総データ量の考えからすれば1/10ショットでやれば良いということになります。 このような超高画素カメラ、またシグマのような高画質カメラを使うのは魅力的ですが、それは同時に 自制心というものも強く求められる時代になっていると思ってます。 JPEG撮影でも良いのではないか。と冒頭に書きましたが総データ量方式から言えばRAW撮影よりは ショット数の点で有利になります。優れたJPEG画質のカメラであればJPEG撮影は視野に入れておき たいものです。

北上川

韓国問題・・・私は韓国は日本国内問題に等しいって以前から考えてます。北朝鮮は別として、 韓半島の南側は米軍陣地の日本支店なんであって、韓国がダメな時は、同時に本社の日本も同時に ダメになっているというのが真実だろうと思っています。 恥韓論シリーズは私も数冊読みましたが、面白いのは最初の部分だけで、だんだんと瑣末論になって いって最後まで読み通すのは難しいですね。(^^ゞ しかし親日家にとって四面楚歌の韓国内であれだ け書けたというのは凄いと思ってます。 韓国問題も北朝鮮問題も、大元は中国共産党が元凶です。(ソ連・ロシアも多少ありますが) その中国共産党を潰してやろうと180度舵を切ったのが現在の米国政府であり、もう連邦議会もそう なってます。これは21世紀の米中の大戦争の幕開きというわけです。 中国政府と中国公営企業だけが敵的ではなくて、その中国の国体(核心)である共産党体制の打破 こそがアメリカの目指す本意なのですから。 私の今回の東北最後の訪問地は、岩手県の胆沢でした。今の水沢市(奥州市)ですね。かつてこの 地で平安時代の桓武天皇の時代、中央政府である大和朝廷に対して大々的に反乱が起きたんです。 これはNHKテレビドラマの「アテルイ伝」が分かりやすいと思ってます。 東北の中で一番強力な軍事力を持っていたのが陸奥の国の、今の岩手県なんです。馬と鉄と狩猟 採取の民の軍事力というのが背後にあったわけで、多分、今でも岩手県人が一番強烈な県民性を 持っているんじゃないですかね。 最後には坂上田村麻呂に負けちゃったわけですけど、その戦ったという歴史はその後も歴史に大きな 影を投げかけています。(藤原秀衡の平泉など)  それでね、当時の朝廷というのは今の中国の政体をそのまま移行したような専制主義的な独裁政権 であったわけです。当時の東北人は蝦夷(えみし)と蔑まれ、徹底的に収奪の対象になっていました。 この平安時代の中央集権時代が、時代が下り武士台頭の時代となると、今度は地方独立の時代と なっていくんですね。(この地方独立時代を得て、日本は国力を着けて豊かになりました) しかし奈良・平安の時代の、当時の大和朝廷に言わせれば、中央集権でもって強固に日本の国力を 高めておかないと、中国大陸、当時の唐に立ち向かえなかったし今後も日本が独立性を保てないと いうのはやはり正しいんです。当時というか今もそうですが大陸の外圧というのは強力なんですね。 (飛鳥奈良時代というのは日本は中国の日本支店そのもののような時代でした) その大陸の外圧というのは、その後も元寇という形でやってきました。そして現在の国際情勢という のも全く同じでしょうね。日本列島というのは常に、大陸の外圧というものに脅かされ続けているんで すよね。 もし今後、アメリカという同盟国がなければ日本はどうなっていくのか。これは間違いなく中国共産党 の支配下におかれていくと思いますよ。共産党の息のかかった誰かが総理になっているかも知れま せんし。中国語が第二国語になっているんでしょうし、そこらじゅうに中国人がいて日本人を見下して いる有様になるんじゃないですかね。民主主義も自由も人権なんてのは無きに等しくなるでしょう。 もちろん日本人でも中国・朝鮮が大好きという人間がいます。戦うよりかは屈従して生きていくのが よいという人間は必ずいるんです。しかし日本の歴史をみればアテルイのような東北の抵抗があった わけですし、また鎌倉武士は大陸の日本進行を阻止しましたしね。 地政学的な大きな歴史の胎動を見ると、それは時代を2千年で括るのですが、その前半は専制主義 の大陸の勢力が強く出るんです。(後半は日本のような島国や海洋の国家群が強くなる) それで大陸勢力が強くなる時代は20世紀の終わりに既に始まっていて、それで今世界は中国におび やかされつつあるというわけです。地理的に日本は近いですからほんとに大変です。米国だって 国運を掛けて中国と対峙していこうという腹づもりでしょうけど、結果はどうなるかは分かりません。 日和って日本を見捨てるかもしれませんし。 とにかく時代の流れは中国に味方していると言うべきでしょう。今後200年400年は中国の時代といって よいかもしれません。そういう時代のなかで日本は自主独立の路線を歩んでいけるのかどうか。 ご先祖様に誇れるような生き方をできるのかどうか。そういうことが問われていると思っています。

東北行

今回の旅では、福島第一と第二の原発の遠望が出来ましたし、女川原発も近くまで。また柏崎狩羽 原発は構内見学もできました。それで、なによりも自分の脚で原発被災地区を見て回りました。 そういう原発の旅でもあったのですが、私の考えを少し言わせてもらえれば新規立地は無理としても 現状ある施設については再稼働、再利用をすべきではないのか、という感想を持っています。 それにしても東電は今の大和朝廷であり、福島の蝦夷人たちが一方的に被害を受けているという 事態は、かつての時代を彷彿とさせるわけですが、福島の人達はよく耐えているわけです。それから 正確に言えば被爆したのは福島だけでなく、東北のかなりの部分や関東もそうなんですよね。そういう のも皆さん、もう忘れておりますが。 被爆というのは恐ろしいのです。実は私も被爆していたなって確信しています。一時的に胆機能の 低下が見られましたから。これは初めての経験ですが原因がセシウムの被爆によるものとしか言い ようがないですからね。そしてまる1日24時間寝込みましたし。 もっとも私の場合はほんの一時的であり今は安全な四国で居られるんですからありがたいわけです。 この今も被爆を続けている福島の人達に対しては投げかける言葉がみつかりません。 話戻すと、原子力や核というものを無くしていけば、日本は大陸に対して立ちゆかなくなるというのが 本音のところにあるんですね。経済的にも軍事的にもそうなんですよ。 もしものときには大陸全土を核攻撃、核汚染できるだけの潜在的な力というものを所持していなけれ ば日本は大陸からの独立を保てないと思うからです。大陸をイノシシとニワトリしか住めないように できるという能力を持っているというのは国防上きわめて大事なことなんです。 そして経済的には、原発は稼働しなくても膨大な維持費がかかっているのですし、ならば動かして 電気を稼ぐのが得策だろうというのは誰にでも分かることですから。(歴史的にはそもそもは原発の 材料のプルトニウムを得るために原発を作ったんですね) 帰宅困難地区でイノシシをみかけました。見慣れたヤツですが彼らにとっては自分たちの天下みたい なもんですかね。イノシシにとっても被爆は手痛いのですけど人間がいないというのはもっと素晴ら しいことなんですから。 それにしても、あの膨大な国土の中国大陸がイノシシしか住めなくなるというのは、さすがの毛沢東 も想像ができなかったろうと思います。(笑)  車は入念に洗車し室内も掃除機でホコリを吸い取り雑巾がけもしました。靴も丸洗い。 最初に帰宅困難地区を走った時、なんか空気がチリチリというような感じがしました。喩えて言うと 高ボルトの高圧電線下にいるような空気感とでも言いますかね。営業していたコンビニに入った時、 ちょっと目眩がしました。(ここ何十年も目眩などしたことがないのに) しかし本当に被爆というものを知ったのは、帰宅後数日が経ってからです。まる1日、食いも飲みも せずにこんこんと寝続けました。その後1日は下痢が続きました。 まあ、それだけです。(笑)  写真は車窓からの福島第一。

窓辺の新緑

玄関に置いている、鉢植えの「もみじと草木」から新芽が出て光を浴びてとても奇麗になりました。

花海棠

ハナカイドウ 花の色形も良いですが、花柄の長さも好きです。

観覧車

元号発表の4月1日、記念に・・・

しだれ白梅

久しぶりの投稿です。 4月1日に新し年号が「令和」ときまり白梅が注目され近所のしだれ梅を記念に撮影しました。

紫木蓮 1

周りでは白木蓮は既に終わり、少し後に咲き始めた紫木蓮も 落花し始め、あと数日で終わってしまいそうです。

乙女椿

高い所に咲いていましたので見上げる形に なってしまいました。

二月のフォトコン板へのお誘い

XP 掲示板のみなさま、今月のフォトコン板のお題は 【白黒写真】です。 カラー写真が高価な頃は【白黒写真】が全盛期。 みなさまの中にも【白黒写真】の現像、焼き付けを 経験された方も居られるかと思います。 そのような昔に思いを馳せて【白黒写真】仕上げで 今月のフォトコンに参加されるもよし、カラーとは 違った味わいのある【白黒写真】の仕上げに敢えて 挑戦されるもよしかと存じます。 そういう私も【白黒写真】仕上げをまだまだ学んでいる 初心者であります。 参加にあたっての簡単なルールとして: ・【白黒写真】〇〇〇〇 と題を付ける。 ・セピア等の色は付けずあくまでも【白黒写真】だけ ・過去の撮影作品、既投稿写真でも【白黒写真】ならOK ・ジャンルは問いません どうぞ、気軽に今月の【白黒写真】フォトコンに 参加頂けるようお願い申し上げます。 https://photoxp.jp/photocon

二月のフォトコン板へのお誘い

XP 掲示板のみなさま、今月のフォトコン板のお題は 【白黒写真】です。 カラー写真が高価な頃は【白黒写真】が全盛期。 みなさまの中にも【白黒写真】の現像、焼き付けを 経験された方も居られるかと思います。 そのような昔に思いを馳せて【白黒写真】仕上げで 今月のフォトコンに参加されるもよし、カラーとは 違った味わいのある【白黒写真】の仕上げに敢えて 挑戦されるもよしかと存じます。 そういう私も【白黒写真】仕上げをまだまだ学んでいる 初心者であります。 参加にあたっての簡単なルールとして: ・【白黒写真】〇〇〇〇 と題を付ける。 ・セピア等の色は付けずあくまでも【白黒写真】だけ ・過去の撮影作品、既投稿写真でも【白黒写真】ならOK ・ジャンルは問いません どうぞ、気軽に今月の【白黒写真】フォトコンに 参加頂けるようお願い申し上げます。 https://photoxp.jp/photocon

二月のフォトコンへのお誘い

XP 掲示板のみなさま、今月のフォトコン板のお題は 【白黒写真】です。 カラー写真が高価な頃は【白黒写真】が全盛期。 みなさまの中にも【白黒写真】の現像、焼き付けを 経験された方も居られるかと思います。 そのような昔に思いを馳せて【白黒写真】仕上げで 今月のフォトコンに参加されるもよし、カラーとは 違った味わいのある【白黒写真】の仕上げに敢えて 挑戦されるもよしかと存じます。 そういう私も【白黒写真】仕上げをまだまだ学んでいる 初心者であります。 参加にあたっての簡単なルールとして: ・【白黒写真】〇〇〇〇 と題を付ける。 ・セピア等の色は付けずあくまでも【白黒写真】だけ ・過去の撮影作品、既投稿写真でも【白黒写真】ならOK ・ジャンルは問いません どうぞ、気軽に今月の【白黒写真】フォトコンに 参加頂けるようお願い申し上げます。

二月のお題は【白黒写真】です

過去にも二回ほどモノクロのお題がありましたが、 今回は【白黒写真】といたします。 モノクロも白黒写真も大して違いはないのですが あえて言えば、モノクロは白黒とは限らず、セピアや 赤、緑等の単色も含まれるので、今回は白黒だけの 写真に絞らせていただきます。 でも、カラー写真でもオセロゲーム中を撮影して 【白黒写真】ってのも許しちゃうかな。😊 カラーフィルムが高価な頃は【白黒写真】全盛期、 そのころを振り返りながら、デジカメでカラー撮影されて ハードディスクの中に眠っている皆さんのお写真を 【白黒写真】で蘇らせてみませんか。 みなさまの【白黒写真】投稿をお待ち申し上げております。

【初】めてのアメンボ撮影

だと思うけど、以前にも撮ったことあるかな。(記憶曖昧) カナダに行く途中のニューヨークの州立公園にある滝の傍の 水たまりで撮ったものです。 何気なく見た足元の水たまりの中になにやら影が動いてる。 よーっく見るとアメンボが浅い水底に影を落としていました。

【初】めて食べました 2

カナダ、ケベック州のご当地料理、プーティンです。 チーズ、グレービーソースの下にフライドポテトという いかにも健康に悪そうなジャンクフードですが、 食べてみると意外と旨いのです。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3 日本でも食べられるようですね。 https://macaro-ni.jp/33531

【初】めて食べました

フライド・チーズケーキ!! なんで、チーズケーキをとんかつみたいにしちゃうんだ。 友人の息子の大学卒業式にペンシルバニア州の片田舎の 町に行った時に、初遭遇して思わず頼んじゃった。 味は...想像してた通りに旨くなかったです。(笑)

PhotoXPでの投稿傾向

18-200mmに分類された投稿のEXIFから集計した上位です。撮影時の値であり、レンズの開放F値や焦点距離域そのものではありません。

EXIFのレンズ名

18-200mm F3.5-5.6 1,245
18-200mm 594
E 18-200mm F3.5-6.3 OSS LE 133
18-200mm F3.5-6.3 115
TAMRON 18-200mm F3.5-6.3 115

使用カメラ

D300 273
D200 241
D90 230
D80 219
EOS 7D 213

撮影時の絞り値

F5.6 492
F8.0 290
F6.3 275
F11 158
F7.1 142

撮影時の焦点距離

200mm 662
18mm 472
28mm 57
24mm 48
105mm 46

Lens Profile

18-200mmレンズについて

メーカーの資料と専門媒体のレビューから、この焦点距離の使い方と代表的なレンズをまとめました。

画角と写り方

APS-C用のソニーE 18-200mm OSS LEでは、35mm判換算で27〜300mm相当の画角となる。ニコンのDX用18-200mmは、画角を76°〜8°とする。広い範囲を収める広角側から、遠くの被写体を切り取る望遠側までを一本で扱うレンズである。18-200mmという実焦点距離の範囲と、35mm判に換算した画角は区別する必要がある。1公式 ソニーE 18-200mm OSS LE 特長2公式 ニコンAF-S DX NIKKOR 18-200mm 発表

向いている被写体と撮り方

タムロンは、狭い場所での集合写真と遠方の被写体の撮影を、高倍率ズームの用途として挙げる。場面に応じて広角側と望遠側を使い分け、交換するレンズの本数を減らす考え方である。ソニーも18-200mm OSS LEについて、旅行での携行を訴求している。3公式 タムロン18-200mm B0181公式 ソニーE 18-200mm OSS LE 特長

焦点距離の来歴

タムロンの高倍率ズーム史は、1992年の28-200mmに続き、2005年にAPS-C専用の18-200mmであるModel A14を記録している。デジタルのAPS-C機に向けて、広角端を18mmとした高倍率ズームへ展開した例である。4公式 タムロン高倍率ズームの歴史

レンズの選び方

まず、一眼レフ用かミラーレス用か、使うカメラのマウントに対応するかを確認する。同じ18-200mmでも、ニコンのDX用はF3.5-5.6、ソニーのEマウント用はF3.5-6.3で、望遠端の開放F値が異なる。広角端のF3.5だけで明るさを比較しないことが大切である。2公式 ニコンAF-S DX NIKKOR 18-200mm 発表1公式 ソニーE 18-200mm OSS LE 特長

携行性だけでなく、近くのものをどこまで大きく写せるかにも違いがある。キヤノンのEF-S用は最短撮影距離0.45m・最大撮影倍率0.24倍、ソニーのEマウント用は0.5m・0.27倍である。最短撮影距離と最大撮影倍率を併せて見ると、近接能力の違いを捉えやすい。5公式 キヤノンEF-S18-200mm カメラミュージアム1公式 ソニーE 18-200mm OSS LE 特長

代表的なレンズ

AF-S DX NIKKOR 18-200mm f/3.5-5.6G ED VR II

DXフォーマットの一眼レフ用に作られた、11.1倍の高倍率ズームである。開放F値は広角端でF3.5、望遠端でF5.6。手ブレ補正VR IIとズームロックを備える。最短撮影距離は0.5m、質量は約565g、フィルター径は72mmである。2公式 ニコンAF-S DX NIKKOR 18-200mm 発表

EF-S18-200mm F3.5-5.6 IS

2008年9月発売のEF-Sマウント用で、キヤノンのAPS-C一眼レフ向けの製品である。約4段分の手ブレ補正とズームロックを備え、質量は595g。最短撮影距離0.45m、最大撮影倍率0.24倍という近接能力を持つ。5公式 キヤノンEF-S18-200mm カメラミュージアム

E 18-200mm F3.5-6.3 OSS LE

APS-CのEマウント機に対応するミラーレス用の製品である。光学式手ブレ補正を備え、質量は約460g。ソニーは小型化による旅行での携行を訴求している。最短撮影距離は0.5m、最大撮影倍率は0.27倍である。1公式 ソニーE 18-200mm OSS LE 特長

18-200mm F/3.5-6.3 Di II VC B018

APS-C一眼レフ向けの高倍率ズームで、質量は400gである。キヤノン用とニコン用はVCによる手ブレ補正を備え、ソニーAマウント用にはVCを搭載しない。タムロンは、初心者が初めて選ぶ交換レンズや、日常を一本で撮るためのレンズとして位置付けている。3公式 タムロン18-200mm B018

内容の確認日: 2026年10月23日