そろそろ旅立ちか
もうそろそろコガモたちも北への旅立ちの時が近づいているのかも。 この池にもツバメ達がやって来ました。
一眼レフ
ニコンFマウント・APS-C・2,410万画素
2013年3月14日発売
ニコンD7100は、2013年3月14日に国内発売された、DXフォーマットの上位デジタル一眼レフである。有効2410万画素のローパスフィルターレスセンサーと51点AFを搭載し、1.3×クロップでは撮影画角、測距点の相対的な範囲、連写速度をまとめて変えられる。高精細な撮影と動体への対応を広げた一方、RAWで最高速連写を続けられる枚数には制約を残した。
投稿写真 669枚
もうそろそろコガモたちも北への旅立ちの時が近づいているのかも。 この池にもツバメ達がやって来ました。
このシーン、好きなので。(^^ゞ 池のさざ波も小鳥たちにとってはけっこうな大波かと。 レンズの色収差がもろに出ています。古い安物レンズです。
こっちのふっくらとしたのも、もしかしてヒバリさん?
これはヒバリさん? 頭がモヒカン刈りスタイルです。
久々の投稿です、春が少し、少し、近づいて来ています。
雪の狛犬、凛々しい顔で、境内を守っています。
雪深い神社の境内 凛とした姿
去年も撮影している木ですが、木の朽ちる迫力が撮影できません。
鎌倉画廊で、展示をしていたので、行ってみました。
春の写真の投稿も有るようですが、 厳冬の冬の写真を1枚投稿します。 マイナス20度、指が痛い、頬が痛い、寒いより痛い世界。
旅行でいったので撮影しました。
雲がかかってしまった
オホーツクの流氷の街ですが、マイナス5度です、暖かいですよ。
今日も寒い朝です。河のほとりの草木に氷の花が咲いています。
冬来たり 白き化粧の 山の上
御殿場駅から歩いて15分位の東田中です。 御殿場線は単線です。
逗子海岸で開催されました。 5コマ/秒の連写です。
チョット気になって撮影してみました。
、
毎年、この時期にやっています。
蝶はアカタテハだと思われます
蝶は、ナミアゲハだと思います
変わった形のコスモスです
自宅の近くで、撮りました。
「なぜ人は写真を撮るのか?」 こんなキーワードでネット検索を掛けてみました。 http://halcamera.com/2016/01/24/post-606/ http://www.lifehacker.jp/2015/09/150927everyone_learn_photography.html http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20080626140000.html こんな感じで続々と出てきます。 こういう問には答えが出てきませんから調べても無駄なのですが、でもたまには 自問自答してみるのも悪くはありませんね。 百人百答の答えが返ってくるわけですが、さて自分の場合はどうなんだろう。? まず間違いなく言えることは、私自身、もう写真には興味を失っているのだろうと いうことです。なにせ、自分の撮った写真を見ることすらもほとんどないですからね。 ましてやモニターの写真とにらめっこで画像処理するなんてことは皆無です。 しかし撮影は好きなんです。カメラを持って出かけたり、野山を歩いてシャッターを 切るのはまだまだ好きなんですよ。(^^ゞ でも・・・考えてみると、私はもう写真を始めた最初から、写真が好きなのではなくて、 撮影が好きなんじゃないかなって思えます。 写真を撮るという、そのスタイルが好きというか、そういう撮影の行為自体が好きなんじゃ ないかと。 正しく言えば、写真というスタイルが好きで、写真の画像というものにはさほどに 興味がないのかも。結果ではなく途中経過が好きなのかも知れません。 だからといって結果としての写真に不満足だと、撮影する気もなくなるわけですから、 人間というのはややこしいものです。 ある写真初心者が最初はそのカメラの使い方すら知らなくて、それで撮った写真をアップ するも不満足なままの状態。やたらヒネたコメントを続出していたんですが、カメラの 使い方や写真のノウハウを知るようになると、そのコメントは普通に戻りつつあるわけ ですから、やはり写真は結果としての画像は大事だということになります。 そう、高得点の写真を得られれば、人は俄然とやる気が出てきて撮影が楽しくなる。 魚釣だってそんなものだろうから、要は写真とは何かを獲得することじゃないですかね。 ではその獲得物とは何なのか? 自己の存在証明?世界が自分を乗り越えて広く 高く開けること? 美しい芸術を創作でき、それに浸れることなの? これでまた、写真とは何なの?という最初の問の振り出しに戻ったんだけど、まあ、 いいかな。永劫回帰への問いを発しても仕方がなくて要はその渦中に於いて自分が 写真というツールでもっていきいきと生きていることだろうということか。 アンストッパブルという映画のDVDを観ている。 (この映画は実写にとことん拘った映画で知られている) 恐ろしく画質が綺麗。というか眼が覚めるほどにクリアで鮮やかで、このDVDはマスター フィルムから直にデータ化したやつだろうか。無論、フィルムはコダクロームだろう。 レンズはツァイスだろうし。 こういう素晴らしい画像というか映像をみると、この世界はこういうものだったのかと 改めて自分の意識が大きく開けてくるから不思議だ。 考えてみれば、私が見ているのは決して現実光景ではなく、私はただ単にモニターの ピクセルを見ているだけなのにね。 しかし、この映画のアメリカの大陸の澄んだ空気と光が素晴らしいのだ。 そう、今でも写真に教えてもらうことは少なくないのだと。 くそっ!デジタルはフィルムにぜんぜん敵わないじゃないか。(笑)
カラフト、マスの遡上、 再挑戦です。
zzrさんがしきりにシグマを裏街道さんに勧めていますが、それはなかなか難しいでしょう。(^^; 前回、黒白写真の話をしましたが、写真文化の分類として、黒白フィルム写真、カラーフィルム写真、 そしてデジタル写真があるのだということですかね。 しかしここにもうひとつの写真文化があるんです。それはシグマフォビオン写真です。 敢えてデジタル写真とフォビオン写真を分けて考えるわけですね。 黒白写真が最高だって私は言いましたが、いや懐かしんだと言っていいのかもしれませんね。 その黒白写真とは、単なる写真画像ではなくて、いわば文学とか絵画・デザインや探検のような 人間業の多量に内包する総合芸術のようなものであるわけで、手作り感覚いっぱいの何かでした。 そのようなものは今の時代、もう絶対に復活することはできません。とおに失われた文化であるのです。 カラーフィルム写真は、これは商業主義であるわけで、残念ながらこれは文化とはなり得ません。 そしてデジタル写真なんですが、時間系列から言っても、デジタル写真はカラーフィルム写真を 引きずっているところが多分にあります。 しかしデジタル写真はカラーフィルム写真と違い、ユーザーは自前のPCで、ある程度の加工を 前提としているわけです。アンタッチャブルだった商業主義写真とは違うところがあります。 ただカメラが出すその絵は、カラーフィルム写真と基本的に一緒です。 ですから、カラーフィルム写真に慣れたユーザーは、そのまんまデジタル写真にすっぽりと移行 することができたんです。ここのところは非常に重要です。 裏街道さんがおっしゃっている写真感覚、ここはこうすべきだったとか、いや何とかなんとかは、 カラーフィルム写真に対する感覚と同じなのですが、それはカラーフィルム写真とデジタル写真が 絵作りとして同じだからそういうことが言えるんですね。 ところがフォビオン写真にはそのようなデジタル写真とは、何かが基本的に違うという根本的な 相違があるんです。 結論から言うと、私の考えでは、今のデジタル写真愛好家のほとんどは、このフォビオン写真には 違和感があるのだと思ってます。違和感というか拒絶感といってもいいのかも知れません。 カラーフィルム写真とデジタル写真は近いけれど、デジタル写真とフォビオン写真は遠いわけです。 フォビオン写真はデジタルでありながらアンタッチャブルなんです。画像加工というものを基本的に 拒絶します。いじればいじるほど写真としてはダメになります。しかしその分カメラとしての電子機械が 限りなく忠実に現実光景を写し留めてくれるのです。機械的な失敗は多々あるのですが。 とにかく、フォビオン写真を本当に理解している人はごく少数ですね。 フォビオン写真はPCのパワーを要求してきます。それでPCのハードウェアに詳しいというユーザー 条件が必要になりますが、それだけでなく人間の頭脳的に理数系技術系の人間でなければ理解 でないところがあるんじゃないかなって思うんですね。 フォビオンに関心が出て、それでジグマを使ってみるという人は多いのですが残念ながら長続き しません。長らくフォビオン写真に留まることが出来ないのです。 フォビオン写真は難しいと誰もが言います。これは私には不思議なんですが、フォビオンで撮って、 ダメなカットはだめなので私はあっさりとダメなのは捨てます。そしてヒットしたコマだけを相手にする んです。ですからフォビオンの撮影では多量撮影が基本です。 しかし考えてみればデジタル写真一般もそうでしょう。たくさん撮って良いものだけを抽出する。 しかし多くの方はこのコマのカットは構図的に優れているからと、そのダメな写真にこだわって長々と PCで弄くり倒すんですね。そういうことは無駄であるということが分かっていないようです。 写真愛好家のほとんどは、現実光景を忠実に再現するカメラというものには本質的に拒絶感が あるんだと私は考えます。 そうではなくて期待されるカメラというのは、人間が求める心理的期待感を上手く演出してくれるカメラ こそが良いカメラであると考えているフシがあります。 しかしフォビオン写真は冷徹なまでにそういう人間の期待感を裏切るのです。しかし出てくる写真は 現実光景そのもの(のデジタル版ですが)であり、限りなくフォビオン写真は現実のリアルなコピーを 目指すんですね。 この2つのカメラの行き方は本質的に違うものであって、この微妙なしかし決定的に違うデジタルな 写真感覚を理解している人はごく少数です。 ひたすらにリアルコピーを目指すのがフォビオンであり、普通のデジタル写真は人間が求める画像に 迎合する写真であるわけで、その2つはその方向性が違うのです。 現実忠実写真と記憶色写真の違いと言ってもいいでしょう。写真を綺麗に、という考え方をしている限り はフォビオン写真には違和感があります。写真を忠実に、と考える人はフォビオン写真を認めること ができます。ビューティフルかリアルか、その分類です。 写真初心者が撮ったつたない写真には多くのユーザーが拒絶感を示しますね。なぜならばユーザー は綺麗でうっとりして美しい写真を目指しているからです。現実以上にビューティフルに光景の写真 にしたいと考えているからです。 そのような多くのユーザーにとって、フォビオン写真はシャープだけと詰まらないというのです。 フォビオンには解像力しかないカメラだと。そのようなフォビオンに対する話を私は何度も聞いたことが あります。 残念なから殆どのユーザーは空想の世界に生きていて、現実光景のリアルさを求めているんじゃなくて、 現実よりも優れた、より美しい世界を求める道具としてデジタルカメラを使うんだなということですかね。 しかしデジタル写真こそは、フィルムなんかとは違って、直接に光を電子化できてリアルに無駄なく 現実光景を再現できるカメラであるわけですが、そのような優れた特質に注目するのではなく、 あくまでもユーザーが求める空想世界を演出してくれるカメラこそが良いカメラであるという認識しか していないようです。 ここに本質的な問題を見ることができます。メーカーは売れるカメラを目指しています。それを商業主義 というのですが、ユーザーの求めるカメラを開発し発売することですね。ですからメーカーはユーザー に迎合するのです。そういうのはカラーフィルム写真の商業主義とまったく同じです。 実際のところ、フォビオンというカメラ原理を使わなくても、通常のベイヤー方式でもリアルで忠実な 画質のカメラの開発は可能です。フォビオンほどはうまくいかないのですが、リアルな画像を目指した カメラは、かつても数多く存在しました。 しかしなからそういうカメラは売れませんでした。売れなければ商売としては話になりません。 それで今よく売れているカメラは、ユーザーに迎合した理想的な写真が撮れるカメラばかりなんですね。 ですからユーザーの頭のなかの理想写真なるものを叩き壊してくれるカメラなどは商売として成り立ち ません。 フォビオンカメラはプロの方や評論家が高く評価しています。一般ユーザーはそういう権威に弱い ですから、それで騙されたと思って買ってみるのですが、結局のところ自分の理想とするカメラとは違う ということで手放してしまうのです。 フォビオンカメラは忠実にリアルに撮るには実に簡易なカメラですが、ユーザーの理想とする記憶色的 画像を得ようと思えば難儀なカメラです。それでフォビオンは難しいカメラという烙印を押されてしまうん ですね。 黒白写真の時代に、写真を出来る限り現実に忠実にリアルに演出なしで行こうと言う思想なり運動が ありました。リアリズム主義といいました。戦前の大本営写真とか検閲を逃れるための芸術風に振られ すぎた写真からの脱却という意味も込めていたのでしょう。 それにしても黒白写真でリアル?なんて甚だおかしいですよね。現実はカラーなんですし。 まっ、そういう技術的な制約のあるなかでリアルに撮っていきたいという考え方は、黒白写真文化独特 の思想文化を育んだと思われます。人間というのは制約があればあるほど奮い立つと言いますか、 まあ、そういう時代もあったということです。 またそのリアリズム主義の後には、その権威化してリアリズム主義を打ち倒そうとするコンテンポラリー 写真というのも登場しました。これも黒白写真の時代です。リアリズム主義で緻密化した写真を解体し 再び率直にやっていこうというムーブメントでした。 こんな具合で写真の歴史を垣間見ていると、硬直化と解体を繰り返しているかのようです。 写真に限らず、ものごとは変化を停止すると、それを打ち壊そうとする新しい力が出てきます。 また変化を好まず、保守のままで行きたいという願いも人間にはあります。 デジタル写真の本当の方向としては、フォビオン写真のようなリアルで現実に忠実な写真がデジタルの 本当の姿だと思います。 カメラ内で画像加工をせずに直にだす画像だからです。しかしそれでは多くのユーザーに賛同を得られ ませんから、メーカーとしては好まれる画質にするわけですが、その場合にはフォビオンは不利で ベイヤーが有利なんです。フォビオンのなかでもメリルは不利でクワトロは有利です。 ユーザーの理想とする画質が得られるのは、キヤノンとかソニーのカメラでしょう。またソニーのセンサー を使ったカメラですね。それらはリアルではなくキレイがキーワードです。 そしてここ当分は、キレイカメラが覇権を握ったままというか、いや永遠に、ユーザーはキレイカメラを 望んでいるわけですね。キレイではない女性も綺麗に撮れる。そういうカメラをユーザーはいつも 望んでいます。 本当はリアルなカメラで綺麗に撮るのが一番むつかしいんです。撮影には技術力が要りますから。 そういう写真が最も説得力があります。しかしめったにそういう写真は撮れません。 それで高度な技術なくしてもキレイに撮れるカメラが人気になります。 人間は本質的にリアルではなく、キレイというか脳内理想を追い求めるものですね。 猫を見てみますと、本当の猫は山猫のようなやつで、獰猛で野性的です。時たま家猫というかノラ猫で 体の大きなオスはその野性的な獰猛さを垣間見てくれます。ノラのメスも子供を産んだ直後は そうです。 でもそんな山猫では困りますから飼い主は可愛い飼猫を可愛がるのでして、それは本来の猫の姿 ではないのですが、それを人間は理想の猫として求めるんですね。実に勝手な人間の都合です。 山猫はリアルだけど拒絶し、家猫は理想どおりカワイイ、癒されるというわけです。 デジタル写真にもそういう山猫デジタルと家猫デジタルがあるのだということ。どうでしょう?こういう 喩えだと分かりやすいんじゃないですか。(=^・^=) フォビオン写真が技術系の人々には理解されるといいましたが、技術系の仕事をされている人は 常に現実の技術の諸問題解決に慣れているといいますか、そういうところがフォビオンを毛嫌いしない ところなんだと思います。 フォビオンカメラを実際に使っている人は極稀で、私も身近の知り合いで使っている人は建築土木の 技術者ひとりです。もうひとりいましたが直ぐに手放してしまいました。 私はと言うと、およそ技術系の仕事とは言えませんが、好みとしては理数系は好きです。 多くの人々と突っ込んだ会話をしていて思うのですが、合理的に科学技術的に考えることが実に 苦手のようです。最後は自身の信仰や感情になってしまうというか合理精神を拒否してくるんですね。 私と言えばどこまでも合理精神でいけますので、そういう人間は多分大いに嫌われるんですが、 合理性を拒否する人間のことも分かります。もともと人間とはそういうセーフティ機能が備わって いるからです。機能停止ができなければ脳がやられるからです。 現実的にはフォビオン写真はリアルでほんとうの意味でのデジタル写真なんですが、それを普通 のこととして一般ユーザーが使えるようになるのは時期早々といいますか、いやそうではなくて常に ごく一部のユーザーの理解しか得られないということでした。 しかしそれでよいのだと私は思っています。デジタル写真を突き詰めればフォビオンに行き着く。 それ以外は妥協の産物ということで、多くのユーザーはそういうマイルドデジタルが良いのです。 しかし何度も言いますが、フォビオンは難しいのではなくて、事実フォビオンは簡単なのですが、 そのリアルな画像に我々の脳がついていけないということなんです。 そして多くのデジタルカメラは我々の好みですが、できるだけリアルを避けて我々の理想とする画像 にしているのは脳に代わってカメラが画像加工をしているからなんです。これはメーカーの技術者 のお陰なんですが。 そうすることによって初めて我々の脳はデジタル写真を見ても違和感がないと感じるんですね。 zzrさんの「もみ殻焼き」を見ますと、これはもう現実の光景と瓜二つというイメージです。 こういう高画質の写真はビックモニターで見なければ本当の良さはわかりづらく、私はデュアルモニター で見ているんですが、画質の悪いモニターながらそのリアルさには驚くばかりです。 まるで自分がその東北の地の道端に立ち、自分の眼で実際にこの場の光景を見ているかの如くの 錯覚に陥ります。 もしかすれば自分が画面のなかの光景に足を踏み出せるんじゃないかって、そんな気がしてしまう んです。あっ、実際にそうできたら面白いですね。私は一瞬にして東北の山間部の地に行けるん ですから。どこでもウインドウかな。(^^ こういうのが本当のデジタル写真じゃないんでしょうか。現実と同じっていう。 綺麗に加工してしまった写真なんかじゃ、その画面に入り込んでしまうと二度と現実世界に帰れない というか永遠に虚空を彷徨ってしまう気がするんですが、この写真だと現実と写真の中の世界を 行ったり来たりできる。 綺麗なデジタル写真じゃ入り込んでしまえないし、入れば二度と出られなくてミイラになってしまう。 しかしリアルなデジタル写真では写真の中に出入りが自由にできるという。その違いはあまりにも 大きいと言わざるを得ません。 本当のデジタル写真とは現実に足をつけて自分を見失うしなわない写真ではないでしょうか。 そんな気がしてくるんですが、きっと大部分のデジタル写真愛好家の賛同は得られないでしょう。
今日の一枚 納得のいかない写真ですが、再度挑戦してみます。
忙しい人ほど、カメラを持って歩きましょう。 それからカメラは必ず、肩に掛けないで歩いているあいだじゅうは手に持ちましょう。 右手だけでなく左手でも。必ず交互に持ちましょうね。 忙しい人は時間が取れませんから歩く時間は十数分・数十分という具合になるでしょう。 そういう場合は歩く距離を稼げない分、カメラを重くしましょう。大型のカメラとか重いレンズ。 時間が取れる人は数キロ十数キロと歩けるのだから、その距離を踏破できるように 軽めのカメラにしましょう。 だからといって高齢者でない限り、コンデジやミラーレスでは軽すぎて運動になりません。 カメラの重さの感覚は、人によって違いが大きいのですが、中級機に標準ズームが 平均値だとしますと、それを持ったまま10キロを撮影しながら歩けるのが標準体力でしょう。 そのカメラにバッテリーグリップと大口径ズームを着ければ大型のカメラになります。 それだと歩ける距離は半減します。だいたいそんな感じですね。 なぜこんなことを書くかというと、手に負荷をかけながら歩くというのは足腰を強靭に するんですね。実は手ぶらで歩くのは案外に効果は薄いです。 足腰は身体の基本でして、これが強くなれば体力が高まります。いくら上半身を鍛えても 足腰が虚弱では持久力がでません。 カメラを左右に持ち替えて歩くというのは体軸を正すためです。右手ばかりで持っていては 逆に疲労が溜まりますから。(同様の意味で肩に掛けるバッグは小さく軽めに) 忙しい人は少しでも時間を見つけ10分でもいいから、カメラを手に歩く習慣をつけますと 数ヶ月でその効果は出てきます。慣れればカメラを少し重くしてやる。写真を撮れなくても 構わないから、とにかく持って歩くこと。これが大事なんです。 この効果は実際にやってみるとその効果に驚くほどです。 歩く人には大病はありません。病気をしても手に負荷をかけながら歩くと病気は治って きます。 ※写真は神山町、県道31号線沿いの、鮎喰川の支流だと思います。 この道をずっと南に行くと神山の中心地にいけます。
蝶(蛾でも)は華の化身
Camera Profile
発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。
2013年2月21日に発表され、国内では3月14日に発売された。オープン価格で、発売直後の量販店のボディ価格は13万8000円前後と報じられた。D4、D800/D800E、D600とフルサイズ機が相次いで登場した後に、DXの上位を更新した機種である。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD71002レビュー デジカメWatch新製品レビュー:ニコンD7100
ニコンのAPS-C機では、前年のD3200とD5200が既に2410万画素を採用していた。D7100の特徴は、その画素数だけではなく、ローパスフィルターを省いた撮像系と、上位機の測距や操作を組み合わせた点にある。3レビュー DPReviewNikon D7100 In-Depth Review
発売時の専門媒体は、D7100を現行DXの最上位モデルとして紹介した。D7000の操作や機能を引き継ぐ更新に当たるが、登場と同時にD7000を販売終了にしたわけではなく、D7000の販売も続いていた。系譜上のつながりと、発売時点での併売は分けて見る必要がある。2レビュー デジカメWatch新製品レビュー:ニコンD7100
レンズキットには18-105 VR、16-85 VR、18-200 VRIIの三種類を用意した。その後、2015年のD7200が7000番台の三代目としてD7100を引き継ぐことになる。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD71004レビュー デジカメWatch新製品レビュー:ニコンD7200(外観・機能編)
D7000の約1600万画素から有効2410万画素へ増やし、光学ローパスフィルターを使わないセンサーとEXPEED 3を採用した。常用感度はISO100~6400、増感時は最大ISO25600相当で、設定範囲はD7000から維持している。画素数と撮像系を更新しつつ、感度の公称範囲は同じだった。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD71003レビュー DPReviewNikon D7100 In-Depth Review
AFは51点で、中央の15点がクロスセンサーとなる。中央1点は合成F値f/8にも対応するため、開放F4のレンズに2倍テレコンバーターを組み合わせた場合でも中央AFを利用できる。新開発のアドバンストマルチCAM 3500DXを搭載し、AFの下限はISO100・20℃で-2EVと公表された。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
動体撮影に関わるもう一つの変更が、対DX1.3×クロップである。この設定では約1540万画素となり、撮影画角は35mm判換算で装着レンズの約2倍相当になる。レンズの焦点距離を光学的に伸ばす機能ではなく、撮像範囲を切り出すことで画角を変える仕組みである。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
クロップすると、51点のAFが画面の広い範囲を相対的に覆う。連写速度もDX全域の約6コマ/秒に対し、クロップ時はJPEGまたは12bit RAWで最高約7コマ/秒となる。画素数を減らす代わりに、画角、AFの配置範囲、速度が同時に変わるため、単なる撮影後のトリミングとは使う段階が異なる。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
操作面では、ライブビュー画面の任意の部分を基準にするスポットホワイトバランスと、その場の設定画面を直接開くiボタンを加えた。液晶は3.2型約122.9万ドットのRGBW配列とガラス一体構造を採り、メーカーは明るい場所での見やすさの向上を狙った。100%視野率のペンタプリズムファインダーでは、情報表示に有機EL素子を使い、低温時の応答性も改善する構成とした。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
上面と背面にはマグネシウム合金を使い、各所にシーリングを施し、本体のみの質量は675gである。SDのダブルスロットも継続し、順次記録、バックアップ、RAWとJPEGの別カード保存を選べた。撮像系を更新しながら、二枚のカードを使う記録の選択肢も受け継いでいる。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
ローパスフィルターを省いた理由について、ニコンは高画素センサーとNIKKORレンズの描写力を生かすためと説明した。これは設計の狙いであり、フィルター省略による実写上の改善量を一律に示すものではない。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
一方、1.3×クロップは、望遠に相当する画角、AFの相対的なカバー範囲、連写速度を同時に変える機能として訴求された。DXの全域を使って2410万画素を得る撮り方と、撮像範囲を絞って被写体を追う撮り方を、一台の中で選べるようにした設計である。1公式 ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したD7100
内容の確認日: 2026年10月1日
この機種で撮影された写真に寄せられたコメントです。写真について質問したり、撮影設定を相談したりできます。