広島県庄原市 帝釈峡
三連休、かみさんと息子といっしょに、広島県庄原市の帝釈峡に 撮影に行きました。 紅葉は、帝釈峡休暇村のあたりがすばらしかったですね。この写真 は帝釈峡第一駐車場あたりです。帝釈峡もかなり広い範囲になるの ですが、各所の駐車場はいずこも満車で、昼食の時間も少しずらさ ざるをえませんでした。
三連休、かみさんと息子といっしょに、広島県庄原市の帝釈峡に 撮影に行きました。 紅葉は、帝釈峡休暇村のあたりがすばらしかったですね。この写真 は帝釈峡第一駐車場あたりです。帝釈峡もかなり広い範囲になるの ですが、各所の駐車場はいずこも満車で、昼食の時間も少しずらさ ざるをえませんでした。
速足の 後ろ姿に 師匠なり。 http://photoxp.jp/pictures/146748 このzzrさんの写真で気づいたことがありました。 シグマの超高画素写真は、むしろ最初はピクセル等倍で見るべきで、 鑑賞者はピントの合った見るべき部分をまず確りと把握してから、 (この写真の場合は師匠の姿)、それから余裕があれば、その部分から 広げて行き全体をみれば良いのだということ。 最初からシグマの超高画素画像を全体で把握しようとすれば、それは 混乱のもとになるということ。 要は高画素カメラの鑑賞の仕方であるということです。 他の高画素カメラと違い、シグマのピクセル等倍鑑賞は完全に可能で あります。ニコンなどよっぽど良いレンズを着けなければ等倍鑑賞は できませんから。 我々が実際の光景を眼にしている時、視界全体を把握して、それから 部分に行くわけではありませんね。最初に眼前の注目点があって、 それを見てから徐々に周辺へと眼が移動するわけでしょう。 それを同じことをシグマの写真鑑賞でしなければならないということです。 ですから、シグマのカメラは性能として望遠レンズなのであり、そして 同時に、画角は広角レンズでもあるのです。 望遠と広角を一台のカメラで兼ねている。それは人間の眼の働きと まったく同じであるということ。(老眼になるとやや怪しいが) そういう全く新しい視点から、フォビオンのエンジニアはこのカメラを作った のではないかと思えてきます。 考えてみれば超高画素カメラはトリミングなどは自由自在ですしね。 シグマに限らずニコンでもそうですが、超高画素カメラの鑑賞法は、 従来のやり方とは変えなければならない様に思えてきました。 そういうのは、ステッチング写真やパノラマ写真でも、まず部分から 見て次第に他の部分へと視点が移動し、やがて全体に至るという方法 でしたから、超高画素カメラとは、多重撮影カメラを簡単にワンショットで 撮れるようにしたカメラであるということになります。 ステッチング撮影の場合、文字通り、撮影は部分から始まります。 その部分撮影を繋ぎあわせて、1枚の大きな全体写真になるわけです。 そういう撮影の経過がありますから、しかも光学デジイチで撮れば 撮影時の個々のファインダーの記憶も残っているしで、撮影時の 印象と鑑賞時の感想が一致しているんです。 しかし超高画素カメラのワンショット撮影では、撮影時の詳細な記憶 というものがまるっきり乏しいのです。 撮影は文字通りワンショット。速いですね。 まだ光学デジイチならばファインダーが優れているので、まだましなの ですが、コンデジのDPメリルとなるとファインダーがないので、撮影時の 記憶そのものが無きに等しいということになります。 例えばこの写真の撮影の場合、私は若い女性達の笑顔を姿に注目 してレリーズを押したに過ぎません。多少は背後の光景にも構図的に 注意は払っても僅かなことです。 しかし出てきた画像は若い女性達だけでなく周辺の草木も遠景の 山頂も画像内に鮮明に捕らえられています。 つまり撮影時には意図していないものも、超高画素カメラでは写って しまうということです。 そこに大きな齟齬感があって、撮影時の記憶と鑑賞時の再確認に 乖離が出てくるのじゃないかなって感じています。 これは純粋に人間の心理的問題なので、超高画素カメラが技術的に どうのこうのという問題ではないようです。 この、撮影時の記憶と、鑑賞時との齟齬感とか乖離現象というのは、 シグマの超高画素カメラだけに起きる問題ではないことが分かります。 それはファインダーの問題に繋がるからです。 ニコンD800やシグマSD1Mは立派な光学ファインダーを搭載しています。 ですから、比較的この乖離現象が起きにくいのです。 ところがミラーレスやコンデジでは、出てくる画像が凄ければ凄いほど、 自分が撮った写真なのに、自分が撮った気がしなくて違和感があり、 戸惑ってしまうのです。(デジイチでもノーファインダー撮影だとこの 現象がおきます) それはファインダーとしての性能が落ちるから、そういう戸惑いの現象が 出てくるのだと言えます。 私は今、古いDPを使っていますが、だいたいこれくらいの解像度の カメラくらいが、ファインダーのないカメラの(だから撮影時の記憶は ファインダーを通してではなく、フレームのない裸眼での、あいまいな 記憶となる)、限界なのではないだろうかと言うことです。 ファインダーの凄さとその基本的な役割。 そして撮影時の記憶と、鑑賞時の再確認の心理的問題。 さらに裸眼で現実光景をみるということ、それを写真として鑑賞する 場合の決定的相違など。 非常に多くの問題を提示しているのが、この超高画素カメラ、とりわけ コンパクトなファインダーレスのカメラのDPメリルやクワトロだろうと 思います。 ファインダーレスであり、超高画素であり、レンズもよくてリアルに写り すぎるということで、一気に盛りだくさんの問題提起をユーザーにして いるのだと言えます。 ごちゃごちゃと要点を得ずに書いたのですが・・・ 手っ取り早く言うと、DPメリルやクワトロの写真は、ピントの合ったところ のピクセル等倍画像を見ることから始めるべきで、全体像は後回しに すべきであるということでしょうか。 いや、もっと言えば、ピントの合った注目点だけ見て、後は見なくても いいんです。全部見るなっていうことです。 一般に、識者はピクセル等倍鑑賞はすべきではない、という意見が多い ですね。私も従来のカメラや写真手法としては、そう思います。 しかしDPメリルとなると、そういうやり方では通用しないようになっている と思うのです。 写真を作品して全体鑑賞をする時代から、まるで裸眼で現実光景を 見るように、写真を部分(注目点)から全体へという、そういうやり方に しなければ心理的に齟齬感が出てくるような、そういう時代になりつつ あるということです。 グーグル・マップのパノラマ写真は、従来の作品としての写真では ありません。 それと同じようにDPメリルの写真は、既に作品として鑑賞する写真では なくなりつつあるのかも知れませんね。 写真を額縁に入れるかのようにして芸術的に鑑賞をするという、そういう 従来の写真観念からはみ出した写真が、その典型が360度パノラマ 写真なのですが、これからの写真の定義は、さらに大きく広がっていく 予兆をみせていますね。 シグマのカメラは、その最先端にいるのじゃないかと思います。
広島県福山市鞆の浦より仙水島の風景で「日東第一形勝」とは日本で一番景色の良い場所と言ういみです。
山ではなく、あくまで谷の写真ですから。 シグマSD1M/17-50f2.8撮影。 すこしシグマ独自の輪郭強調処理をかけています。 ゴミが出ているなあ。前回ゴミ掃除をして逆にゴミを着けてしまった みたいな。
くどいようですが、山ではなく、谷の写真です。 シグマSD1M/17-50f2.8 等倍現像出力ではなく、1/2の出力です。 それだと、ややシャープさが失われるのがシグマの絵の特徴。
レンズ交換式カメラは、ゴミが付いても自分で簡単に取れる。 そういう点では心配が少ないです。 DPがもし壊れたら、たぶん自分で分解して遊んでみると思う。(^^; 話は変わるけど、あるサイトで、ソニーのデジイチ(ミラーレスもそう) のボディ側のマウントの部分が、一見金属に見えて、実はプラスチック だということを書いていました。 さっそく手持ちのカメラを見ると、ほんとにマウント内側の爪の部分が プラスチックなんです。 こりゃあないでしょ。ということで古いミノルタアルファのジャンクボディ から、オール金属製のマウントを外して、新しいデジイチのマウントと 交換しました。 なかなか古いアルファのネジが外れなくて、1本はドリルで切り取り ましたが、まあ問題なく新しいデジタルのアルファに移行できました。 マウントの口径が、コンマ2ミリくらい違うんだけどOK、オーケーです。 レンズを着けても、カシッとする感じになりましたが、でもデジタルの アルファって、マウントのボディ側の取り付け部分が、やはりプラなので 剛性感は無きに等しいですね。まあ、最近のカメラってその程度です。 しかしプラスチックって、私はそう嫌いではないんです。 まず錆びが来ないし、それから冬場でも冷たくないですからね。 だから外装はプラが好みなんだけど、内部のフレームは金属にして 欲しいなあ。(^^;
台風が過ぎ去ったコスモス畑に行くと、お腹すかした蜂が蜜を吸いに一生懸命頑張っていました。
少年時代 https://www.youtube.com/watch?v=DV3xQ_eSKzA ピントも外れているし、感度はギリギリ。(^^;
秋晴れの最高の天気に散歩がてら撮影を楽しみました。 蜂がコスモスの蜜わ一生懸命に吸っている姿に思わずシヤッターを・・。 写真の撮影タイミングとアングルの勉強中ですが、後でホワイトバランスの設定の間違いを気が付きました。 撮影は体調の都合で近場がほとんどです。
「ひまわり」も「ハチ」も夏が終わりに近くなり一生懸命頑張っています。
JuJuさんがカバーしたSPEEDの名曲「ホワイトラブ」に、 「あなたにとって木漏れ日のような存在になっていたい」 という歌詞があります。 SPEEDの少女たちが絶叫調で歌うと、思春期の思いつめ た様子が伝わってくるのですが、JuJuさんのように成熟 した大人の女性がささやくように歌うとぞくぞくする気分に なりますね。 この写真では木漏れ日というには強烈な光が差し込んで ます。教育ママないしは強烈な奥さんのような存在?
樹そのものです。 SD1merrill foveon三層受光素子の真髄です。
SD1merrillになって、しずる感というか・・そういうものが失われた なんか、ポジのようである、好きな人は好きなんだと思う。 quattroが次期SD1に搭載される時は、どうなるのでしょう・・・???
三連休ということもあって、かみさんとの撮影小旅行、今度は 広島県三原市へ出かけました。 「みなとオアシス」と「筆影山展望台」の二か所でそそくさと 撮影したのみですが、瀬戸内海の眺望がまずまずでした。 気持ち良さそうなヨット、すぐそばを通る大きな貨物船。さらに 奥のほうには水上バイクらしい航跡も見えます。けっこう海上 交通が輻輳しているのも瀬戸内海の特徴というわけです。
1981年公開の映画「魔界転生」では、佳那晃子さんが 演じる細川ガラシャが狂気に落ちながらロウソクの灯りを めでるシーンがあります。 壮絶な狂気とともに色気をただよわせる、佳那さん渾身 のシーンです。映画の中では、狂気のまま将軍家綱との 情事にふけるガラシャ(実は転生者=ゾンビみたいなもの) が、ロウソクを倒したことから江戸城が火の海になり、そこ から明暦の大火となる・・・という展開に至ります。 佳那晃子さんは、最近は、病床に臥せっておられ療養中です。 これほど美しい転生者を演じたのは、他には栗山千明さん (「死国」)、小松彩夏さん(「Miss ZOMBIE」)しか思いつき ません。ご無事に回復されることを祈ります。
誤作動で日中ISO1600で撮影すると、こうなるという見本。(^^; SD1MのQSボタンと、その下にある十字ボタンの上側を同時に 押すと(親指ひとつで簡単に押せる)、スロットマシーンの ようにISO感度が目まぐるしく作動し、離せば任意の数値に 自動固定される。むろん本人の意思とは関係なく。(笑) シグマのカメラ設計のエンジニアには長期テストスタッフが いないのだろうと思う。普通はQSボタンを押して設定を変え るとき、最後はOKボタンで、この設定でよろしいですか?と 確定を要求するようになっているのだが、他のメーカーでは そうでも、シグマはそうはしていない。 他にもいっぱい使いにくいところが満載で、ダイヤルは軽す ぎるし、ロック操作が無いわで、誤動作はもう何度も経験して います。 こういうのはユーザーインターフィスの設計デザイン部門だと 思うのだけど、液晶メニューの使い難くさも合わせて、どうも 設計者は今どきのスマホ感覚でカメラを作っているような気が するのです。 カメラは写真を撮る道具であり、なによりも確実な動作が 求められるのですが、ただ操作を速くするのが正義のネット やメールを閲覧するスマホやモバイルとは根本的に違うと 思うのだけど。 こういうユーザーインターフェイスはやはり歴史のあるニコン やキヤノンが圧倒的に優れていて、見やすさも、誤作動も 起こし難さの点からも優れています。 どうもシグマはそれらの主流からガラパゴス的に離れていて、 設計者の単純な思い込みで作っているのじゃないかと思う。 これはシグマカメラの決定的な悪い点だ。
みなさま、5月のお題「スライス・オブ・ライフ(SOL)」へたくさんのご投稿、ありがとうございました。 5月の結果を発表します。 コメント数については、下記リンクをご参照ください。 http://photoxp.jp/photocon/pictures?year=2014&month=5 73件の投稿をいただきました。 10位までの投票ランキングは次のとおりです。今回は Ekioさんが第一位でした。 1位 「花のある光景」Ekioさん 7票 2位 「ママ」imさん 5票 「歳」笑休さん 5票 「そよそよ」赤いバラさん 5票 5位 「母の日」甲斐さん 4票 「我が家の時計草」甲斐さん 4票 「バラ色」花鳥風月さん 4票 「冬の思い出」甲斐さん 4票 「love letter」笑休さん 4票 「時間は合わせてちょうだい」 一耕人さん 4票 オフィシャル表彰は次のとおりです。 ☆大賞 「花のある光景」Ekioさん ローキーで表現された、グラス、花、酒瓶の光沢・陰影が美しく、ガーデニングをコーデ ィネートした方、そこからワンシーンを切り取った方のセンスに敬服しました。 ☆スライス・オブ・ライフ 「いのち」部門 「冬の思い出」甲斐さん 「生まれたころ」imさん かわいらしいワンちゃんを被写体として、「いのち」を感じました。 ☆スライス・オブ・ライフ 「生活」部門 「ペロペロ」一耕人さん かわいいワンちゃんと、きれいに剃られたヒゲが、「生活」の一コマをスライスしてくれています。ワンちゃんのいる暮らし、うらやましいです、正直。(ハムスターはいますが) 「空を泳ぐ・・」NT2011さん 「そよそよ」赤いバラさん 生活の風物詩、こいのぼりが大空に雄大に舞う様子が心に響きました。NT2011さんは太陽、赤いバラさんは電線を 入れられたことで、それぞれスケール感がばっちりですね。 ☆スライス・オブ・ライフ 「人生」部門 「歳」笑休さん 父親が生きた年齢を超える・・・男にとって、人生の大きな節目と思います。鏡像の中のご自身に、父親の面影を探す日が私にもいつかくるものです。「人生」を見つめ直すきっかけとなるようなお作でした。 「鳥が飛ぶ燕が飛ぶ」stoneさん 光る川面を背景に、懸命に飛ぶ燕が、「ただひたすらに今を生きる」ことを伝えているようです。 以上、皆様、ありがとうございました。引き続き、6月、7月とフォトコン板の盛況が続くことをお祈りいたします。
http://photoxp.jp/pictures/141959 調布のみ氏の「風景板」でのお写真です。 カメラの話しは風景板にはそぐわないだろうと思い、この場を借りて 続き話としましょう。 写真の画質は、レンズ→センサー→映像エンジンと光が電子化され 絵となって行くのだろうと思います。それで一般の方がもっとも注意を 払わないのが映像エンジンではなかろうかと想像しています。 映像エンジンは、カメラ内処理とRAW処理の2段階に分かれているの だろうと推察しますが、映像エンジンとはともかく地味でその効果が分かり にくく、それでメーカー自身もいい加減になる傾向があるようです。 しかし本当にその写真の絵が煮詰められているかどうか、それはやはり 最終段階てある映像エンジンの良し悪し、手抜きをしていない真面目さ がそれを決めてしまうというところがあるように思います。 シグマの話しをすれば、この映像エンジンは手を抜いていないという 気がしています。とくにSD1Mはそうで、シグマは全力を出しきっていると いう気がしています。 ついでに言うと、DP1Mはちょっと映像エンジンを手抜きをしている。 しかしその分は、高速度の映像処理となってユーザーに恩恵を与えて いるのだから、別バージョンということで問題はないと思います。 ちなみに、SD1MのロジックボードをDP1Mのそれに交換した高速処理 タイプのSD1Mが出ても、十分に許されるのではないかと思っています。 SD1Mライト、とでも名づけてリリースすれば、私は2台目のSD1Mとして 購入するだろうと思います。 話が脱線しました。 とにかく映像エンジンというのは地味で、メーカーエンジニアの努力の 割には、ユーザーに認めてもらえないところがありそうです。SD1MとDP1M の絵の違いが分かる人など、たぶんシグマユーザーでもほんの一部の人 だけしか判別できていないだろうと思っていますし。 そして、オリンパスというメーカーも、この地味な映像エンジンというもの を以前から確りと地道にやっているメーカーだということなのでしょう。 何処かのサイトで、オリンパスのエンジニアがソニー製のセンサーを使った M5を開発した時、その映像エンジンの開発は楽だったと語っていたという ことを聞いたことがあります。 それまで使っていたパナソニック製センサーでは苦労したという意味でも あるでしょうし、同時にソニー製センサーの映像エンジンは容易かったと いう意味でもあるのかも知れません。 センサーから出てくる信号がリアルに多ければ映像エンジンの開発は苦労 を極めるだろうし、センサーから出てくる信号が限定され限られたものだと すると映像エンジンの設計は楽になるだろうということ。 だぶん前者がパナソニックセンサーで後者がソニーセンサーだったのかも しれません。憶測でモノを言うのはまずいのでこれ以上は言いませんが、 とにかく、オリンパスはM5のソニー製センサーをM1で再び捨てたとすると、 そのことは何を意味するのだろうかということです。 ニコンの最高のセンサーはD4やDfのセンサーとメーカー自身も認めている ようですが、これはソニー製ではなくニコン製です。設計はニコンで、製造を しているのはルネサスでしょうか。そのセンサーに付けられている映像エンジン もニコン渾身の作であると言えそうです。 けっこう、ソニー製センサーは、カメラメーカーから、今となっては飽きられて いるのかも知れません。 センサー製造も、映像エンジン開発も、要はメーカーの絵作りの思想という ものが根本にあると思っています。 センサーを自社開発していないカメラメーカーは映像エンジンだけで勝負を しなければならない。センサーもエンジンも2つとも自社開発・製造できる メーカーもあるし、その両者とも外部調達しなければならないカメラメーカー もあると思います。それぞれ各社ともに事情があるんですね。 そういえばRAWソフトの外注は多くなりましたしねえ。 一般的には、絵作りの重要度としてユーザーが認めているのは、レンズが 1番、ついでセンサーとなり、映像エンジンなどは忘れられているのでしょうが、 本当に大切にしなければならないのは、映像エンジンだろうと私は考えて います。 また映像エンジンは、JPEG撮影にもモノを言います。JPEG撮影が綺麗にでる のは、オリンパスがそうでしょうし富士もそうでしょう。JPEG撮影エンジンに 手を抜いていないというのは評価できることです。 なお、シグマはJPEGには力を入れていない。RAW専用機というスタンスは 昔からの伝統のようなものです。JPEGにまで行く余裕がないわけです。 ステッチング写真のソフトも実は映像エンジンのひとつだろうと言えます。 古い数百万画素のカメラを使って、最新の2000万画素カメラより格段上質の 画像を得ることが出来る。素晴らしい映像エンジンだということです。 写真は撮影者の思い込みのあるところが多いジャンルですね。 私はこうこういうことで撮影しているのだから、その写真を鑑賞するものも こうこういう観点から正しく評価してもらわないと・・・ ということになりがちなのですが、それは勿論まちがっています。 鑑賞者は観るものの立場で自由に見て感じて構わないのですから。 それで撮影者の意図が正しく伝わるのは、画質だけだと言っても過言では ありません。写真の要素の中の画質だけは、よっぽど目の悪い人以外は 正しく伝わる数少ない要素なんです。それゆえに、画質は大切にしたいと 思っています。
人間の脳は、ーーとかTとかの配列にものが並んで いると、顔と認識するような機能があるらしいです。 それが心霊写真のネタだったり、あるいは発展して カメラの顔認識機能になった?のかもしれませんが、 空になんだか顔が見えてくるような気がしません? 6月はじまりましたね。今月もよろしくお願いします。
フォトコン板をご覧の皆様、いよいよ「スライス・オブ・ライフ」は 最終日となりました。最後まで、ふるってのご投稿お願いいたし ます。 この写真は、宮島は弥山(みせん)山頂にある「消えずの霊火堂」 でのいろいろな祈願ローソク。 ここには映っていませんが、「恋人の聖地」でもあるため、 結婚祈願、恋愛成就、永遠の夫婦仲・・・等を願った絵馬が多数 奉納されています。 数多くの人生を見つめてきた消えずの霊火は、今日も静かに 燃え続けていることでしょう。
あれま、徳島在住の方も掲示板を見てらっしゃっるとは思いも よりませんでした。(^^; この板は、一応、シグマのカメラで撮った画像を。ということに なっていますので、ユーザー数の極端に少ないシグマ板はとても 不利なんですね。 この写真は吉野川の中流域ですが、このような中洲が多く見られ ます。橋の上からの撮影ですね。 緑色の石が露出していますが、緑色片岩でしょうか。徳島では青石 とか言ったかな? いや緑色ですけどね。(^^; 地中深く高圧高温で変性した岩です。 これらが砂や泥となって吉野川中下流に堆積し、非常に肥沃な平野 を形成しています。吉野川が氾濫するたびに田畑に栄養分を補給した のでしょう。江戸時代の徳島名物の藍の生産などはそれを意識して いたようです。
週末吉例?のかみさんとの撮影小旅行、今回は 広島県廿日市市宮島の弥山(みせん)に登りました。 標高535mとそれほど高くないのですが、島の嶺 なので、0m付近から徒歩で登っていくのはけっこう しんどいです。でも、登山道がしっかり整備されている しロープウエーもあるので、山頂にはお年寄りの姿 もけっこう見られます。 この写真では、山頂から東方向、江田島市や呉市 方面を眺望しています。山頂が「恋人の聖地」認定を 受けているせいか、若い人々もたくさん訪れており、 「消えずの霊火」には、恋愛成就を願うたくさんの絵馬 が奉納されています。
最近はSD1Mで写真を撮る機会が多くなってきて、それでSD1Mの 撮影ペースに自分がピッタリとハマっているような気がする。 先日などは、SD1Mだけを持参して、朝から夕暮れまで、60GB近く 撮影したと思う。 レンズは、広角と標準と望遠のズームだけ。みな小さなレンズのみ。 バッテリーは4セット用意して3セット目を入れたと記憶する。1セット はバッテリーグリップに入れる数なので2個となる。手持ちは古いバッテリー ばかりなので持ちが悪いと思うが、元々小さなバッテリーなので そうは負担にはならない。メディアの重さは無きに等しい。 SD1Mは連続して7カットくらい撮影すると、書き込みが済むまで 待たされるのだが、そういう意味ではDPメリルがサブカメラにあれば とつい思ってしまうのだけど、まあ、なければないで慣れてしまっている 自分がいると思う。(^^; SD1Mがスローペースだと言っても、フィルムカメラに比べれば大した 連写能力だとおもうのだけど、物事は全て相対的な見比べから出発 しているので、SD1Mの遅さに我慢ができない人は多いと思う。 私にとって、SD1Mはシグマで初めて満足できるカメラとなっていて、 また他のメーカーのカメラを含めても、高度に満足できているカメラだと 思っています。 なんにせよ、自分なりに満足できるというカメラに出会うことは嬉しい ことです。その満足度の度合いといえば、イオス5D+5D2や、ニコン D700+D600の各々2台分を1台で満足しえていると言えば、大体の ところが想像できるかも思います。 画質と画素数のバランスだと思うのですが、こう両方が高度に満足 できているのがSD1Mだと考えています。 イオスやニコンは連写能力が非常に高くて、バンバンと撮影ができる のだけど、後で思うと撮り過ぎだなって反省することが多いのです。 それで、カメラはあまり高速である必要はないという自分なりの基準 というのを設けると、案外にSD1Mのペースは良いのかもと思ってしまう のです。 そう思わせるような不思議さがSD1Mにはあって、それで、RAWソフトの 遅さも、ともすれば過剰になりやすいデジタル世界に於いて、ちょうど よいブレーキになっているのかも知れないと思ったりもしています。 不思議な・・って書いたけれど、それはあくまで私にとっての主観で あって、私とシグマのカメラの相性と関係があるのかも知れないと 感じています。だから人によってはぜんぜん縁がない場合もあるん でしょう。 シグマの絵が、はたしてどのように他人には感じられているのかは、 私としては正直言って想像することも出来ないのですね。 しかし私にとってはシグマの絵は、大変リアリティに富んでいて他に 代えがたいものだと感じています。そういう独特の世界がシグマに あるのだとはハッキリと断言できますね。 シグマの絵は、一言でいうと実際に見た光景の記憶と、カメラで撮った 絵の表現が、その乖離が一番少ないカメラではないかと考えています。 リアリティというのは言い換えるとそういう言葉回しにならざるを得ない のですが、自分の眼とカメラの眼が離れすぎないというのは、これは 大事なことなんじゃないかなって思っています。 とは申しても、やはりこれも主観的なものなんですね。物事が渋く見える 人もいれば派手目に見える人もいるからです。 上記、写真は徳島県、吉野川中流です。
皆様こんばんは。 5月のオフィシャル、S9000です。 6月のオフィシャルを引き受けてくださる方、 いらっしゃいませんか。 皆さんの写真作品にオフィシャルという立場 で接するのは、楽しい体験ですよ。どうぞよろしく お願いいたします。
徳島、眉山のてっぺん。テレビ塔とパゴダの組み合わせ。 どちらも塔ですね。流している内容はよく似たものでしょう。 庶民の為の精神安定剤。
これは徳島市の吉野川大橋です。近代産業遺跡に指定されて いるのかな? 側面の歩道を歩いて渡れます。この歩道は後付け工事で最近作られた ものですね。しかし私は高所恐怖症なので、1/3ぼと歩いて引き返し ました。(^^;
徳島県と言えば吉野川。その最下流・河口に架かる最新の巨大橋です。 ワイヤー橋かな。と言っても橋下からの撮影ですが。(^^;
徳島市の眉山からの撮影。 徳島県はちょくちょく行くんですが、徳島市は久しぶりです。 ビルも多くなって、もはや四国の玄関の雰囲気が漂っています。 昔は香川の高松が玄関と言われていたのですが、もはやその 地位は徳島市に取って代わられたようです。(^^;
シャッタースピードか遅く、ピントが止まりませんでした。
なんだか解りにくい写真ですが、駅で停車中の列車に注目です。 列車に絵を描いているんですね。 ラッピングというんですかね?瀬戸内国際芸術祭での作品の ひとつです。写真家のアラーキ氏の作品だったかな?