無題
ペンタックスSP-F
https://one-scene.com/products/221?srsltid=AfmBOorjhXYfhC-_MN9AoevFu8CgkAMW2eQ8Izsl73xLPNR35baUH0Wh
このカメラ、実は私にとっても始めてのカメラだったんですよ。
ただし私のカメラではなくて友人が始めて買ったカメラだったんですね。そのカメラをずうずうしく使わせて
もらっていました。
友人の家は金持ちとというわけではなかったでしょうけど、ひとり息子で大事にされていたので、こういう
高級機を新品で買えたわけです。(笑)
他人のカメラを使わせてもらったということでは、先輩のカメラのニコンFフォトミックもそうです。先輩は
写真学校に入学したものの結局は退学して、このニコンを持っていたんでしばらく私が使いました。こっちが
本当の高級機だったんでしょう。その先輩は苦労人の人でしたね。なぜか私を可愛がってくれて、私も先輩
から随分と学ぶことが多かったです。九州熊本の出身でした。
話は前後しますが、私が最初に購入したのはキヤノンFTの中古機です。少しフイルム送りが弱かったですけど
長く使いました。
当初はミノルタのSRTなんかを買うつもりだったんですが、店頭に並んでいたキヤノンを見てすぐさま気が変わり
キヤノンに。そういういい加減な気移りは歳をとった今も続いています。(笑)
そのキヤノンも後輩に譲り、私が新品で購入したのはオリンパスOM1ですか。このカメラではスナップ写真が
撮りやすかったのを記憶しています。私が最高の写真であると思っているショットも、このオリンパスで撮り
ました。そのカメラも後に友人に譲りましたけど。
その後は写真よりもカメラ趣味に行って、キヤノンF-1とかニコンF2なんかを使ってましたけど、そう良い写真
は撮れなかったと記憶しています。
結局、フイルム写真は10年ほどやって、最終的には全てのカメラは手放し、写真を撮らない期間が長く続き
ました。それで20年ほど写真趣味から遠ざかっていたブランクがありましたね。私がフイルム写真をやって
いたのは黒白フイルムであり、自家現像もしていたわけですが、最後のほうは現像所任せになりましたね。
たまにリバーサルフイルムでも撮りました。ネガカラーはほとんどやってないです。とは言えそれなりに
撮ってはいたんだと思いますが。無論すべて現像所出しです。
今となっては随分と大昔の話になりましたね。十代末から20歳代末までの10年間、自分がフイルム写真を
やったという記憶はあまりにも遠い出来事のことなので、懐かしさを通り越して、今では異世界のことの
ように感じられます。(笑)
写真趣味を再開したのはデジタル化になってからです。当時パソコンに夢中になり、スキャナでフイルムを
自家プリントできるようになってからです。そうするうちにカメラもデジタル化をしてしまいました。
コンデジからデジイチへと。どっぷりとデジタル写真に浸かってしまいましたね。
シッポ座さんが今でもフイルム写真を大切にしておられるのを見るにつれ、それは私にとっては自分が
若かった時期を思い起こすわけで、今も大いに刺激になっているところがあります。
それは半世紀まえの出来事であるわけなんですが、当時も現在も同じ私という人間であるわけです。それは
きっと繋がっているはずなんですね。(なかなかそうは感じられないところがありますけど(笑))
残念ながら今の私にはフイルム写真を復活することは不可能です。それで精神的な心の思い出だけになる
わけですけど、当時のフイルム写真の精神だけは決して忘れてはいけないと思っています。
例えば黒白デジタルカメラを使ったこともそれだと思っています。とは申せ黒白フイルム写真と黒白デジタル
カメラとは全く別のカメラで写真であって、次元はまるで違うんですけどね。
今の私は単なる高齢者の一人であり、なぜか今も写真趣味を続けているだけの人間ですね。
先日、カメラを持たずに長い浜を、波打ち際を歩きました。香川でもそういう砂浜がまだ残っているわけです
けど、20代の若い自分を思い出して仕方がなかったですね。そして自然の彩にも深く入りこみ浸りました。
多分カメラを持っていればそういうノスタルジックな感傷には多少はセーブが掛かったでしょうけど。
私は今、カメラを持って里山歩きをしていますけど、山歩きではこのような感傷に浸ることはありません。
しかし安全な砂浜とか海岸の道路とかを延々と歩くと、色々と思い起こすことが多いのですね。そういう
感情の波というのがやってきます。言い方を変えれば雑念とも言いますか。しかしカメラを持てばある程度
はそれを防ぐことができるようです。
これが里山歩きだと、これは多少は危険が伴いますので雑念はあまりないです。むしろ無我という感じに
なるんじゃないでしょうか。静かな海と山では随分と違います。なお海岸でも磯となると危険度が高いので
里山と同じ感覚になります。
過去の感傷に浸ることではなくて、あくまでもフイルムで始めた当時の写真精神というものを思い起こし、
それを繋いで行きたいなと思っています。
例えば写真を撮ってもパソコン画面を出来る限り遠ざけるというのがそうです。そうなって来ますと、
写真は撮りっ放しになるんですが、デジタル時代ではそれは仕方がないことだと考えています。モニター
は見ない、というのは、考えて見ればフイルムカメラにはモニターはなかったわけですし、パソコンも
ネットもなかったわけですよね。
可能な限りフイルムカメラ、フイルム写真の精神に近づけようと思うと、今私がやっているように、
カメラ一台にレンズ一本を付けて、記録写真的に撮っていくというスタイルになってくると思ってます。
デジタルでフイルム写真的にしようと思えば、たとえばミラーレスカメラにフイルム時代のマニュアル
レンズを着けて、じっくりとモニターを見ながら撮影し、そしてパソコンでも綿密に現像する、という
のが普通の感覚かも知れませんが、それだとデジタル時代の弊害であるモニターの罠に嵌まってしまい
ますね。
しかしそれは行き詰ります。そしてそれはフイルム写真の精神ともまるで違います。私はそういうのを
散々とやって、それは間違いだと気づいたわけですね。
そんなわけで、デジタル時代において、フイルム写真の精神を再現しようと思えば、まるで違うアプローチ
をしなければならないと悟りました。
デジタル時代。今は全てがそれです。最近はAIともなっています。無論デジタルですね。
それで本当にいいんですか?という問いが私にはあるわけです。
しかしもうデジタルがない時代には戻れません。ですから否定はできないわけで、それではデジタルの
何が問題なのか、どう工夫をすればデジタルの弊害から逃れられるのか。そういうことを考えなければ
ならないだろうと思っています。
そういう問いかけの私なりの結論として、私が今やっている里山歩きの撮影というのがあるというわけ
です。里山歩きが好きだからやっているわけではないんですね。写真精神を取り戻そうとしてそうなって
いるだけなんです。
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いま取り組んでいる五色台ですが、かつてのカルデラ火山が大本になっているのがわかりました。
コールドロンとも言いますが、1400年前の瀬戸内大火山活動の時期に形成されたカルデラ陥没地形に
溶岩が埋まり、それが五色台というメサ地形の源流になっているとのことです。
実は古代カルデラ跡は香川には他にも高松クレーターとか三豊カルデラとかがあるんですが、もう
ほとんど形態が分かりません。残っているものがあまりない状態ですが、この五色台は、いかにも
という山になってます。小型のカルデラだったみたいでそれで今でも雰囲気的に分かるのだろうと
思ってます。
四国では他に石鎚山山系が古代カルデラの面影を残しています。カルデラの外輪山がいまでも残存
しているわけで、本州で有名なのが群馬と長野の荒船山が知られています。
なるほど、古代のカルデラだったのか。それで私が抱いた疑念が氷解したというわけです。
他の香川の里山とはまるで違いますからね。普通のメサ台地とは違っていてそれらの集合体という
感じですから。そういうのは他にはありません。
五色台新聞 第2版PDF
https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/61322/goshikidai2map_1.pdf
火山学者に聞いてみよう -トピック編-
https://kazan-g.sakura.ne.jp/J/QA/topic/topic12.html