24mmレンズ 作例

伊丹空港・JALディズニー特別塗装機・帰還

 出発から約3時間後、JAL615が帰還しました。  この特別塗装機「JALドリームエクスプレスディズニー100」、ウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念したデザインだそうで、詳しくはこちらを参照ください。 https://flyteam.jp/news/article/138093  千里川土手はファミリー層にも大人気、でありました。  4時間近くこの川土手にいましたが、飽きることもありませんでした。この後、阪急曽根駅に引き上げ、周辺の店で天丼食べまして、実にうまかった、むはははは。

伊丹空港・千里川土手

 おなじみ千里川土手。2018年5月以来、5年ぶりに訪れました。  朝9時から12時まで楽しみました。ずごごごごごっと頭上を通り過ぎる飛行機の大迫力は、ここならではのもの。  5年前と比べて特に変化したように感じませんが、今回は休日だったので家族連れ、アベックが多かったです。こちら側の変化として、野鳥撮影にシフトしたため、千里川や、空港内の草原に野鳥の姿を探しました。  空港内の草原にはセッカがいるようで、例の、ヒッヒッヒッヒ、ジャッジャッジャッが響き渡ってました。空港ではバードストライク対策も重要なお仕事・・・

早起きは三文キックの得

 そんなことわざはない。  光芒を狙って出かけたわけぢやないですが、光芒に出会いました。  笛吹けど踊らず、で、このところ野鳥撮影も低調ですが、これはまさに「光芒も笛の誤り」というところで。  そんなことわざも、ない。  光芒を表現するには、レタッチョにおける流法もいろいろあるようですが、撮影していて感じたのは、光芒は非常に暗い被写体であり、かなり露出を明るめにしないと映らないということです。  そうすると、光芒以外にいろいろ映り込んでくるので、整理する必要があります。車道ぢやなくてシャドウを落とすと光芒もいっしょに落ちてしまうため、ある程度割り切りが必要。  という、光芒の攻防を楽しんだ朝でした。

アニメセル画を写真で再現する・箱絵の世界

 箱絵とはプラモデルのケースに描かれる絵をさすのが一般的で、一方をガラス窓にした箱に照明(透過光)を配して表現する絵画作品について、ここでの便宜上、「箱絵」と呼んでます。  この箱絵は、アニメセル画を、空間をあけて配置して撮影し、奥行きを表現する手法に近いものがあるようで、アニメーションが最終的なアウトプットだとすると、絵コンテ、アニメーター、撮影者、現像者、声優、音楽、効果音・・・編集者、と多くの人が関り、絵画でいえば絵師・彫師・刷師が関わる版画みたいな複数の制作者が登場します。  アニメーションには、絵画や漫画、実写の動画と異なる、独特の表現文法があるはずで、例えば美人を描くときでも全カット美しく描けば足るものでもなく、残像記憶として美人ヒロインは美人ヒロインに、そうでない一般の登場人物はそれなりに、と描きわける必要があり、そのあたりに着目して観察すると、美人撮影に役に立つ、の図。  ただし、美人の解釈はいろいろです。それもまた楽しみ。

あけましておめでとうございます

 今年もよろしくお願いします。  毎年、我が家のおせち料理を撮影しているEOS70Dもこれで10回目の正月を迎えたことになります。不老長寿とまではいかぬが、まあ楽しく暮らしてくれているのならばお互い幸甚の至りというところであります。

コメダのモーニング

 名古屋の娘夫婦を訪ねて、朝食(昼食兼のいわゆるブランチ)を、みんなで食べました。  名古屋発で全国展開しつつある「コメダ」は、モーニングメニューが豊富で、エビカツサンドはなかなかに美味でした。そろそろ2歳となる孫娘も元気に成長し、食欲旺盛な様子が垣間見えて安心しました。

モーニングの夢、夢のモーニング

 しばらくぶりで喫茶店モーニングセットを楽しみました。  このモーニングセットの由来、起源は諸説あるようですが、岡山の片田舎に住んでいた1970年代において、まだ伝播はマダラな状況で、サービスを実施している店もあれば、そうでない店が混在していました。  まだ小学生だったころ、父親に連れられて何回か食べたことがありますが、コーヒーにトーストとゆで卵、サラダくらいのメニューで、今とそう変わりません。  喫茶店でモーニングを頼む、電車通勤する・・・といったささやかな社会人像を夢想していた小学生時代ですが、電車通勤は新幹線通勤してゲップが出た、モーニングを楽しむほど平日の朝に余裕がない、ということで、年に数回、休日のお楽しみとなっています。

唐揚げひつまぶし

 名古屋名物、うなぎの「ひつまぶし」は過去に一度だけ食べたことがあり、素晴らしく美味しかったです。  こちらの「ひつまぶし」は、鶏の唐揚げで構成されていて、このメニューでは普通3~4人前で、大食漢の私でも息子と二人で平らげるのに、少々てこずる量でした。  とはいえ美味しかったですね。息子の下宿から徒歩10分程度の距離にあるお店。

そこな老人、玄米も喰え

 いや、本当に老人に勧められるかどうかは専門家に相談されたい。やわらかく炊かないと厳しいようにも感じます。  栄養面よりも、順調な便通が得られるという点で、玄米食を愛用してます。独特の食感と甘みがあることから、山芋や納豆とも相性がいいですね。  ただしカレーはやや相性がよくないようにも感じます。  我が家のカレーは「ジャワカレー・スパイシーブレンド」ですね。大量に作るときは、トロミを出すために「バーモント辛口」をブレンドします。  麦飯同様、我が家の老人たちは玄米も忌避していましたが、やはり白米に対して憧憬があったようです。  1980年代に、広岡監督の「管理野球」の一環で選手に玄米食を進め、反発を受けたというエピソードが有名ですが、この時代のプロ野球選手のうちベテラン層は「プロ野球選手になれば腹いっぱい飯が食える」と夢みてその道に進んでいるので、食事に関する制約はいろいろ嫌います。  私は玄米がおいしくないと思わないのですが、世の中にはおいしくない玄米も確かに存在するようで、ホテルの朝食バイキングでそういうものに遭遇した経験もあります。  その逆に、今の世の中、玄米オタクというか玄米信仰も出てきていますが、玄米の便通効果も、一定期間たつと身体が慣れてしまうように感じていて、適度に麺類や白米、パンなど、他の主食も選ぶようにしています。あくまで個人の感覚的な感想でありますが。

田んぼの草抜き

 田植えが終わって苗が定着・成長してくると、今度は雑草退治が重要なお仕事でありまして、これを怠ると収穫する米の品質が低下してきます。  そういう出来高の管理は兄に任せて、私は力任せにタデやヒエなどの雑草をひっこぬくだけ。 「水田に生える稲以外の植物はすべて雑草である」  引きちぎるのではなく、根っこごとスムースに抜くのが重要で、その後は畔に放り投げて、夏の直射日光で乾燥させ、最後にまとめて焼却します。  休耕田を再耕作すると雑草の頑張りが目覚ましく、数年はたいへんです。干拓地に入植した人々の塩抜き作業に比べればおままごとのような作業なので、のんびりやるのみ。ふははははは。

そこな老人、麦を喰え

 麦は乙女の特権にあらず、の図。  ということで素麺と野菜天ぷらがこの日の夕食でした。がつがつ。  我が家の老人たちは麦を好みませんでした。祖母も母もうどんを好まず、祖父もその影響かあまり好んで食べない。私は麦飯の独特の食感が好きでしたが、祖父が「米があまるほどあるのになぜ麦なのだ」と不機嫌になるため、言い出しにくく、独立してからときどき喰ってます。  まあとにかく米も麦もうまいことうまいこと。むしゃむしゃ。  

がつがつ

 二日続けて天丼。同席した友人は、カボチャの天ぷらが苦手だということで引き受けました。  メジャーな食べ物で、敬遠するものはほとんどありませんが、卵かけご飯は苦手です。あと天ぷらのエビは、しっぽも食べる派です。  むしゃむしゃ。    こうやって、吸い物がわりに麺類がついているのはうれしいですね。外国のお客様には理解いただけなくても、これが日本の心。ふははははははは。  外国のお客様といえば、日本風の白いやわらかい食パンが苦手、という人も多いようです。あれは日本で独自に進化を遂げたものらしい・・・そういえばドイツ旅行したときも、出てきたのは丸パン、プリッツエルその他ですね。ドイツからフランスに入って、パリで食べたクロワッサンはとても美味しかったです。  今日もむしゃむしゃ。とはいえ普段は外食しませんが・・・

遥かなる夢、天丼

 タイトルの元ネタは「遥かなる星、イスカンダル」より。  宇宙戦艦ヤマトSF設定担当の豊田有恒氏によれば、こうした物語の中の架空の地名に、実際に存在した人名、地名を引用するのは、「実在の地名、人名は音韻が整っていて耳あたりがよい」「視聴者がその後、何らかの形で元ネタとなった人名、地名に遭遇したとき、何らかの感慨を得る効果もある」とのこと。  特に後者は、実体験に基づく様子。  架空の名称ではないが、1970年代のスーパーカーブームで人気トップだった「ランボルギーニ・カウンタック」は、現地の言葉では「クンタッチ」だそうです。しかし「カウンタック」という音韻は当時の少年たちをとらえており、類似した英単語からこの音韻が導かれたにせよ、そのように紹介した人に栄光あれ、の図。    それはともかくも、夢の天丼。広島では天丼チェーンの店があまりないので、天丼を食する機会が少ないです。岡山でうどん店、和食店などで、「天とじ丼」を食べることはありますが、卵でとじていない、かりかりした天ぷらと、独特の甘辛いつゆの天丼は格別の魅力があるのです(^^)v  がつがつ。むしゃむしゃ。

人生は短くトウモロコシは長い

 それはあたりめーだのクラッカー、というもの。  身の回りのトウモロコシ由来の飲食物。  トルティーヤ・チップスこと、ドリトス。これはグラムあたりのカロリーが1割ほどポテトチップスを下回ります。油の関係か。  そしてビール、アサヒスーパードライ。麦、ホップ以外に米とコーンスターチが原料。日本型ビールの進化系。  その後ろはバーボンウイスキー。実際にはモルトウイスキー(爆)。  コーン油もありますし、トルティーヤはパンにもなります。トウモロコシそのままを醤油ダレで焼いて食べるのも美味しいです。またサラダやシチュー、スープの具にもよい。    トウモロコシ由来のエタノール燃料、そしてバイオプラスチックも実用化されていますが、そうした非食用のトウモロコシ栽培は、きわめて強力な肥料や農薬を使うことが多いので歓迎しない、という意見を聞いたことがありまして、これは地域振興の仕事をしていた、13年前のことです。それからどうなったか。  私も、牛さんにもトウモロコシだけでなく国産米を飼料で食べさせれば、と思うところで、それをあてこんで実家で二期作の話をしたところですが、実際には牛の飼料は、米の分量を増やすと消化器障害を起こすこともあるのだそうで、ここでもバランスが問われるようです。 (意外と自家消費の形で日本の酪農家はトウモロコシを栽培しているらしい)  バランスよく食べるべし、というのは人間の食生活でも言われることで、トウモロコシも小麦も米も大豆も、しっかり食べましょう、ということかな。  ちなみにトルティーヤ・チップスはチーズとの相性がいいですね。むしゃむしゃ。ということで、白米も玄米もパンもうどんもラーメンもスパゲティも食べる、S9000なのでした。むしゃむしゃ。  

命短し麦喰え乙女

 麦はどこにある?などと聞きなさんな。カレールーには一人前あたり小麦粉が5~10g使われている、の図。  それはともかく、ご存じ、三木サービスエリアにて。  名物ぼっかけカレー。牛すじ煮込みがうまい・・・けれど、昔ほどすじ肉が美味しいと思えなくなった自分が悲しい。  カレーは、ルーに小麦が含まれる以外にも、パンの一種であるナンともよくあうし、そもそも日本人はカレーパンをわが物としています。ただ、知り合いには、生まれて52年間、カレーパンを食べていないという女性もいらっしゃいまして、何がそんなに嫌なのか、逆に尊敬すらします。  とはいっても、カレーはやはりご飯の上に乗っかっていてほしいもの。炊飯器に、カレー用飯のモードがあるように、やや硬めの炊き上がりが水分油分を吸って、ちょうどいいです。意外と合うのが麦飯で、食感がいい。一方、玄米は食感は悪くないものの、盛り付けていて美しく感じない。このあたりは個人差があるので、いろいろな米が選べるランチバイキングで試してみてください。  カレールーに小麦粉が使われるのは、もったりとしたとろみを出すためで、同様の目的でグラタンソースにも大量のバターで痛めた小麦粉が使われます。しかし、私はさらっとしたものが好みです。家族がそれを嫌うので、家庭で作るときは意図してもったり系にしますが、不本意。  

命短し米喰え乙女

 言われなくても食べている、の図(^^)v  パンもさることながら、麺類で麦を摂取してますねえ。うどん、ラーメン、スパゲティ、ビーフンなどなど(おい、ダウトを探せ。)    ともかくも、20代前半女子に店選びを任せたところ、前菜サラダ、中間は唐揚げなど揚げ物、主菜はパスタとピザ、あとはデザートという、米が一粒も食べられないコースでした。いや、全部好きですよ、食べます食べます、特にピザ。  ピザに米をまぜるとすれば、餅でしょうけれど。  米と麦のせめぎ合いは、別に一方を排除するものでもなく、我々は「うどん定食」「ラーメン定食(ラーメンライス)」など、炭水化物を重ねるメニューに慣れ親しんでます。もちろん体によいとは言えないが、肉体労働(例えば発酵鶏糞1.5トン運び)を済ませた帰り道などは、とにかくラーメンライスが美味しいのです。くけけけけけ。  しかし、麺の食文化がある中国人も、イタリア人も、こうした「炭水化物+炭水化物」は理解しがたいとのことで、日本の調理パン文化に存する「焼きそばパン」は、嫌われるパンの上位らしいです。ついでに言えば、中国人は「餃子(皮は小麦や米粉)」をご飯のおかずに食べる日本人の食習慣が理解できないとのこと。私はそれが逆に理解できない。餃子20個でご飯3杯いけるだろ?  とにかく、米の消費量が低下したとはいえ、日本人は何かと小麦原料で、本来は主食になるものを、副食に取り込みたがります。ピザがおかずになるかどうかわかりませんが、居酒屋ではピザ食べた直後に焼きおにぎりも頼みますので。そしてスパゲティは、弁当で唐揚げの下に敷かれてます。(もともとは油を吸う目的らしく、最近は小麦高で衰退しつつあるが)  どうも「ご飯ばかり食べずにおかずをしっかり」という昭和の食育の成果かもしらんが、わずかなおかず(たとえば漬物や豆腐)でご飯をぐびぐび何杯も食べる喜びはなにごとにも代えがたいようにも思うのです。4人家族で一日4合しか米を消費しない、という家庭(ただし男1人に女3人)の話を聞いて、命短し米喰え乙女、とも言いたくなりますね。  そうはいっても、私も現状は夫婦で一日3合の消費なので、あまり喰ってないです。昨日今日、カレーなので一時的に消費が進んでます(^^)v  

デニッシュの夢・夢のデニッシュ

 実家の稲作を手伝って、米をもらっているとは言え、週に、3,4回はパン食しています。そしてデニッシュパンは、ささやかな夢の朝食にして朝食の夢。ふはははははは。  オタクといえども、優れた文筆家はいるもので、ある無線オタク(しばしば話に登場する「無線おじさん」とは別人、大正生まれですでに故人)の書いた、デニッシュパンに関するエッセイに影響されて、今でもデニッシュパンを好みます。油脂分が多いので、常食はしませんが。  日本の気候風土に稲作があっているのは間違いなく、相対的に比重が下がっても、米が主食のひとつであることはかわりありませんが、なぜ日本人にここまでのパン食が根付いたのか、文献調査ではなく、直感的に思いつく範囲で要因を拾ってみました。 <戦前> ・舶来信仰、欧米信仰  饅頭の食文化がある日本人にはパン生地は受け入れられやすかったかもしれないが、逆に新規性のあるものを好む気質がある、もっといえば文明開化の一環とも。 ・軍の糧食政策の影響  パンは長持ちするし火気を使わず食事できるので軍事携行食に適しており、従軍でパンになれた人々が家庭に戻ってもパン食を推奨した <戦後> ・共働き家庭、長時間通勤者の朝食の手間を簡素化するため  トーストとインスタントコーヒーなら数分で用意できる、駅の売店でパンと牛乳を買い求めて電車を待つ間に流し込む風景が「日本の朝食事情」として海外に伝えられたこともある(そんな食生活で長時間労働している国と経済競争できるわけねーだろ、の図) ・流通上の利便性  単位重量あたりのカロリーがおにぎりを上回り、保存性も上回る。コンビニ食品としても、おにぎりよりパンが消費期限は長い。食パン6枚切は、大人ひとりの食事を三回まかなうカロリーがあるが、コンビニ価格はおにぎり一つと大差ない。 ・菓子パン・調理パン文化  食事にもおやつにも適する柔軟性、多用途性がある、米を使った和菓子は、ポンポン菓子のような廉価なおやつ、団子、せんべい、あられなど日常に浸透しているが、あくまでおやつであり、食事を代替するイメージはない。一方、例えば昼食に「コロッケパンとジャムパン」を選ぶと、主食+主菜+デザート(甘いもの)まで楽しめる。 ・パン給食  コッペパンやブドウパンがソウルフード化している。要素としてはおそらくこれが一番大きい。 ・飲み物との相性の良さ  水分量の少ないパンはたいていの飲み物と相性がよく、飲み物との組み合わせも楽しめる。 ・コーヒー嗜好の反映  パンを食べる、のではなくコーヒーを楽しむにあたってパンをあわせたい、という嗜好からパン食を選ぶ。(茶席を楽しむための懐石料理、のような考え)  この典型が喫茶店のモーニングセットでありましょう。(名古屋のソウルフードだが発祥は広島であるとの説も)  他にもいろいろあるでしょうが、思いつくところはこういうところ。私の実家では、朝食の調理手間を省くため、というよりは、長兄の偏食に対応するためにパンを導入したように覚えてます。トースターなんかなくて、母親はフライパンでパンを焼いてました。(バターが沁みて美味しい)  この食習慣から、私は、バターを塗ってから焼く派です。これは縦型ポップアウト式のトースターでは、内部に油脂が残って不衛生になるため、推奨できない方法ですが。  こうやってパン食を好んでいた長兄が、稲作に興じているので面白いものです。見る限り、現在は朝も米飯である様子。

いいことあるぞお

 ミスタードーナッツ。  とは関係ないが、ファストフードのファストつながりで、ファストファッションのユニクロでカメラTシャツを購入しました。あはははは、似合わぬことを。  どうせならシィグマァ社肝いりの「レンズおたくTシャツ」などを試してみるのも一興ですが。  服地による副次効果ということで、おもしろいこともありました。ということで、タイトルどおり。

藍染の魅力

 広島市植物公園「草木染の世界」展より。  毎年この時期恒例の展示ですが、日の光を透過させた藍染の浴衣はとても魅力的です。    藍染の浴衣、その紺色は後退性、収縮性を発揮して、控えめでかつ痩身な女性美を演出すると言われています。藍染の「あい」つながりで、女優の逢沢りなさんは、藍染の浴衣が似合う女性としてトップクラスです。  カワセミブルーもいいですが、藍染の魅力もまた格別。

トビのいる夕景

 助手席からの撮影でした。夕景を撮影したのは久しぶりですが、やはり野鳥がらみになる、の図。

釜揚げうどん

 いやぢつにうまいのです。    「新巨人の星」では、「宮崎キャンプは釜揚げうどんが楽しみ」と、アツアツを食する巨人軍選手たちがコミカルに描かれます。    描かれている釜揚げうどんは、一般的にそうと呼ばれているものとは異なり、器から直接食べるタイプでした。 https://photoxp.jp/pictures/180387 ↑では、アツアツを食するための特別あつらえのものと推察しましたが、プロ野球選手の昼食が、大盛とはいえ素うどんというのも不自然です。原作者(梶原一騎氏)と作画者(川崎のぼる氏)は、釜揚げうどんの作画のための参考資料は取得しなかった可能性のほうが高いかもしれません。    丸亀製麺にて。こればかりは、岡山で一番うまいと思えるセルフうどん屋でも、食べることはできません。

我が流法は腹減った

 あいかわらず、撮影中は「腹減った」しか考えていません。   昨年食べたものの中で、記憶に残っているもののひとつが、京都「シェイク・シャック」でのメガバズーカサイズのハンバーガー。とても食べ応えがありました。  ファストフードというのには、食べ応えもお値段もなかなかだったけれど、むはははは、でした。

ケーキとローソク

 ブッシュドノエル、とかいうケーキらしいです。しかしながらクリスマスも遠い過去のこと。スーパーでは正月を通り越して、恵方巻のキャンペーンやってます。ふははは。    「巨人の星」の続編「新巨人の星」で、昭和後期の余暇・娯楽の要素を見つけて、楽しんでいます。物語前半に登場するおでん屋台(一徹がもっぱら冷酒をあおるが「おでんはまずい」と敬遠している)、勤労者向けの安い定食屋(飛雄馬は焼き魚定食と焼酎を注文するが、焼酎をがぶ飲みする)などは今でもなくなってはいないと思います。  連載誌が少年誌から青年誌に変更されたので、夜の飲酒シーンも格段に増えた「新」ですが、飛雄馬が悪酔いするのは序盤だけで、アスリートとして再生してからは、つきあいで飲むにせよ適量にとどめるようになっています。  個人的には、「新」の飛雄馬みたいな、酒の席での身の処し方を励行したいところですが、現実は「上司に対するパワハラ」を炸裂させて、後日、上司の上司からお小言を頂戴しています。とはいえ、今年は職場の飲み会はたった一度あっただけですが(笑)  花形邸でのパーティーも含めて、日本人の生活様式が変化していった様子を反映した「新」ですが、世上の評判はよろしくありません。「ホームドラマ化した巨人の星なんか見たくない」ということですが、物語としては現実味が増しておもしろいので、私は気に入ってます。

赤蕎麦撮ったら赤蕎麦食べようキャンペーン2021

 ちょっと前の一枚ですが、投稿するの忘れてました。  今回初めて赤蕎麦を食べました(^^)vその食味については、否定的な意見も聞くところですが、あっさりとした味わいでした。食べやすい長さに切れているのもよかったです。  大盛にすべきだった・・・が、より多くの方々が食べるべきだろうとの判断で、見送りました(^^)vその分、蕎麦湯は三杯いただきましたが。

ガツガツ

 水曜日に急な出張(災害対応する部署の支援)で、島根に行ってまして、本日、75時間ぶりに自宅に帰りました。  撮影中、基本は腹減ったしか考えない私ですが、出張では、食事くらいしか楽しみがないものの、今回はほぼすべてコンビニ弁当かパン、ホテルがあてがわれたとはいえシャワーと仮眠だけ、ということで少々疲れました。  帰宅して一番の楽しみは、まずは茶碗に大盛のアツアツご飯ということで、「米の飯が喉をぐいぐい通過する喜び」を味わいました。すなわち「三度の飯より、飯が好き」  写真は、春先に食べた大盛唐揚げ丼。二人前ですが、三人前でも通用するほどのボリュームでした。私一人で食べられる量ではもちろんありません。

オタクのように爽やかに

 そんな映画があったかもしれない(爆)  オタクというと失礼かもしれませんが、今日、女性の撮り鉄さん3名に遭遇しました。ちなみに「Cという時代の下に(その2)」の新幹線は、N700シュークリームという最新鋭車両で、そのエンブレムを女性撮り鉄さんが熱心に撮影していました。  こちらの写真に写っているのは、ご存じ500系。地上を走る機動物体としては、史上最強の24000馬力相当を発揮するそうです。ちなみにシロナガスクジラが1700馬力相当だとか。  オタクで話をつなげますと・・  「カメラが欲しい」(尾辻克彦著、正体は赤瀬川源平さん)は、「毎日カメラ」に連載したカメラ関係エッセイをまとめたもの。1985年の同誌休刊にあたって、書下ろし追記もあわせて発刊された単行本。私は、古本屋にて110円で購入。現在は絶版です。 言うまでもなくカメラオタクである赤瀬川さん(故人)が生み出した、無数のオタク・エッセイのひとつで、オタク本として特濃な内容ですが、読後感は不思議と爽やかです。  どうやら、その「爽やかさ」の正体は、このエッセイが武勇伝ではなく、「敗北伝」であるゆえ、の様子です。オタク世界は「上には上がいる、それが俺様だ」という、その人にしか見えないヒエラルキーで出来上がっているのですが、赤瀬川さんは、あっさりと「この人にはとてもかなわない」と白旗を掲げた人々を次々と紹介していて、またその列伝も嫌味がありません。  「カメラオタクは写真が下手」あるいは「カメラオタクは写真を撮らない」を証明するように、この本には、フィルムや撮影の話はほとんど出てきません。氏が撮影した写真一枚さえ使われておらず、機材紹介はすべて氏のイラスト。以前に、「機材オタクは機材の損耗を恐れて撮影を忌避する」という仮説を提案しましたが、これに近いことがこの本にも登場します。  この本に登場するミノタウロス、テスラーなどのカメラに魅力は感じない私ですが、エッセイには非常に魅力を感じまして、それが氏の筆力というものなのでしょう。  鬼籍に入られて久しい赤瀬川氏ですが、あちらでも楽しんでおられるのかな。 

Cという時代の下に(その2)

 「一年遅れの入学式」からの帰路。人出の回復、気のゆるみといったことが言われてもいるのですが、新幹線で少しウトウトしてふと背後を見ると、私以外に誰もいなくて、驚きました。  乗車人数の少ない便を選んだとはいえ、新幹線通勤していた時代に、深夜の各駅停車こだまでも、自分一人ということはなかなかありませんで、日曜日の午後でこれということは、やはりCという時代の下に。

Cという時代の下に

 タイトルは元ネタあり。(略)  息子の大学で、昨年行われなかった入学式が今年は行われたのですが、「入学式がなかった去年の一年生」のために「一年遅れの入学式」が、日程をずらして行われました。  息子は対面出席し、私はオンラインで臨席しました。  といって、大学の入り口まではついていきました。何せ私の母校でもある。そのまま、私が通っていたころにも存在したファミレスで、コーヒーを頼んで、入学式のオンライン映像を眺めてました。  この1年は、本人にとっても親にとってもつらい面も多々あったのですが、withコロナゆえに伸びたスキルもあるし、1年を生き延びた仲間たちと「入学式」を迎えたことに、喜びを感じたところです。    

八幡様

隣町の八幡様、創建は280年前とありなんの変哲もないけど 被写体は自分好みです。気合を入れて撮ったのは初。 現像液導入から3日目、有料だけどいろいろと遊べます。