Capture Oneソフトウェア 作例

丸亀城

ちょっとばかしレンズテストです。(^^ゞ カメラはX-T1です。レンズはソニー製アルファ・バリオゾナー24-70f2.8を使いました。 一眼レフ用のレンズです。 マウントアダプターはK&Fコンセプト。一応、絞り変更ができるようになっていますが、 今回は実絞り(F5.6~8くらい)で、絞ったままでピントをあわせました。 実は結果は散々で、まともに合焦していたのはこのレンズのみ。他のレンズはピント 外ればかりでした。やはりきちんと開放絞りでピント合わせ、それからマウントアダプター の絞りダイヤルを絞ってレリーズ、という手順を踏まなければならないようです。 このアルファ・バリオゾナー24-70f2.8はとてもピント合わせが容易で、これは例外とも 言ってよいのです。(コシナ製ツァイス50ミリも合わしやすかったか) 実のところ、このソニー製バリオゾナーを使いたいということだけでX-T1を購入したよう なものです。バッテリーグリップを付けて4万円ちょい。X-Tシリーズの初期モデルは安く なりました。そりゃあ今はモデル3までいってますからね。 あと、ニコンとペンタックスのレンズを使いたくてそれのマウントアダプターも買いました。 マウントアダプターは各3~4千円くらい。K&Fは廉価ですが良製品です。 X-T1はライブビュー時の拡大率が低いですね。ソニーアルファ7Sと比べて大分低い。 それでピントは合わしにくいようです。拡大率の変更項目もないみたいですし。それと モニター(EVFもそう)の明度輝度がすぐに変えられるようになっていません。メニューの だいふ奥深いところにあって変更に時間が掛かります。即座に変えられるソニーと大分 違います。もっと言えばメニュー画面はソニーやニコンと比べても随分物足りないです。 何やかやと不満点はあるんですが、画質はAPSとしては良いですね。

丸亀城

これもアルファ・バリオゾナー24-70f2.8で撮影。右側1/3をトリミングしています。 彼岸桜でしょうか?よく知りません。

フジフィルムのカメラ

海岸沿いを散歩しておりますと、塀の向こうの庭園内部が見え隠れしていました。 何気なく撮影しましたが、こうしてPCで見ると緑が多い、という感想が改めて湧いてきました。 樹木は、ほぼ松と常緑樹のようですので、冬になっても紅葉(こちらでは黄葉とか紅葉はなくて 茶葉ですけど)がなくて依然として、緑のまま。 白銀の世界も写真としては良いのですが、日常の生活活動しては、このようにずっと緑の世界 のほうがありがたいですね。しかしコチラではこれが年中普通なのであって、その有り難さを 忘れそうになりますね。それではいけないねって、zzrさんの冬景色写真を見るたびに緩んだ身を 引き締めようと思っております。 長年の懸念であったカメラの安全性探求が、最新ミラーレスカメラの登場で、もはや念願かなったり ということになり、私の役目もほぼ終わったのかなって思ってます。 ところで・・今やミラーレスカメラ全盛の時代に突入した感があります。 とりあえず、カメラの売れ行き。今はこんな感じになりました。   https://hinden563.exblog.jp/28966683/   1位 イオスR   2位 ソニーα7III   3位 ニコンZ6   4位 フジX-T3   6位 ソニーα7RIII   7位 ニコンZ7   9位 ニコンD850   10位オリンパスOM-D E-M5 MarkII コンデジの5位と8位が抜けてますがD850以外は全てミラーレスですね。そして全て電子シャッター を装備しています。もうこういう時代になってしまったんだと思うと積年の想いがありますね。 カメラの安全性を追求する過程で、私は自分の写真スタイルすら変えてしまいました。ファインダー を凝視しなければ撮れないような写真は撮らなくなったのです。そして写真自体を目的とすることを やめて、写真を道具としてみるようになっていきました。 おそらくこんな逆立ちをしたようなことをしたのは、世界中でも私一人だろうと思ってます。 というよりも、私がしたことは写真をやめてしまったということに他なりません。ファインダーをなくせば 事実上、写真は単なる記録でしかないものになってしまいますから。 もちろんミラーレスにすれば安全、電子シャッターだと安全、とは手放しで言えないところもあるん ですが、普通に正しく使っていれば安全な時代になったのは間違いがないところです。 私の場合は人より遅れた中古買いしかできないので、それで最新のキヤノンやニコンは手にする ことは出来なくとも、数年前のソニーとかフジなどは安全性の基本要件を満たしているため購入する ことができます。 しばらくはそのソニー・フジ・オリンパスの初期モデルでやっていくつもりです。 ブシX-T1の感想。 1600万画素というのは、低画素好みの私にとっては許される限度内の画素数です。 それでも装着レンズは最近の高精細なレンズでなければならないので、そういう手持ちがあるニコン やソニー、ペンタックスのレンズをマウントアダプターで使うことにします。 この3社のレンズは機械的な絞りレバーがあるので実絞り撮影ができます。電子絞りだとキヤノンの 場合は開放絞りでしか撮れませんから。 マウントアダプターは中華製K&Fコンセプト社を使用。廉価ですが高精度加工の、プリセット方式の 絞りダイヤルがあるタイプを使います。 これは既にソニーで使っているので問題がないのを確認済みです。 ソニーのようなフルサイズカメラだと画質に余裕があるので、古くて面白そうなオールドレンズを使う ことが出来ますが、APSカメラのフジではその余裕がありません。比較的最新のレンズでなければ ならないのです。 実はソニーのAPSカメラ6300にしようかと考えていたのですが、画素数が2400万画素で高いという こと。及びまだ中古でも高価であるということで今回は敬遠しました。しかしこの6300も魅力的で、 ソニーアルファとイオス、シグマの新し目のレンズが高速AFで撮影できるという利点があります。 (既所持のマウントコンバーター、ソニー製アルファ用、シグマ製イオス&シグマ用によって) フジの場合はマウントアダプターではAFで不可でMFとなります。絞りも実絞り。撮影はスローモー ですけど、ミラーレスカメラはモニターに拡大機能が付いているので、まあまあ、ソニーと同じくらいに 苦にならないレベルで撮影できるでしょう。 既所持のX-E2と画質や操作系はまったく同じと見ています。背面モニターの精度も同じようです。 それでもX-T1に意味があるのは、バッテリーグリップ装備で、大きな一眼レフ用のレンズを着けら れるようになること。それから縦位置シャッターボタンの存在も。そしてフジだけで2台カメラ体制が とれるということ。私の場合は常に2台で撮影に望みますので。 まあそれだけです。 ※この写真のカメラはフジ製コンデジのレンズシャッターカメラです。X100ですね。その初代。 電子シャッターカメラではありませんがエプソンのカメラと並んで安全なカメラの部類です。画質は 1200万画素で、XPro1より以前のセンサーを使っていて、フジ独自のXトランスCMOSではない通常 タイプの方式。ローパスフィルターもあります。 言わばフジXシリーズの第1世代でしょうか。第2世代が XトランスCMOSになりローパスレスになって 1600万画素になったXPro1とX-E1かな。さらに第3世代が像面位相差AFを追加したX-E2/X-T1と なるみたいです。よく知らないので間違っているかもしれません。 画質的に最も優れているのは第2世代でしょうか。しかしこの第1世代のX100も自然な素朴感があり ます。X100はリコーGXRのバッテリーが使えました。フィルターは逆付となり、しかし接写の場合に レンズが飛び出しますので、何らかのスペーサーを噛ます必用があります。大きさはX-E1/2と同じ。 こんな感じで、当初は見捨ていたフジのカメラが知らぬ間に充実していってますね。 しかし専用レンズは3本しか所持していません。フジノンのレンズは良いねって言いますが値段は 高いんじゃないでしょうか。なおコシナツァイスのレンズがAFで使えるみたいですね。中華製レンズも あるようです。シグマやタムロンのレンズは出ていません。シグマに言わせればXマウントはもう2割 ほど販売が伸びないと市場が狭いのでジグマは作れないそうです。 フジはとりあえずはフルサイズカメラを出さない方針のような気がしますが、それがいつまで粘れる かは分かりませんけどね。しかしAPSカメラで行くということならばそれはそれで意味と価値が出てくる という感じがします。 オリンパスもしばらくはマイクロ・フォーサーズで行くみたいな感じですし。 漏洩電磁波ですが、X100を除いて、メカシャッターだとかなり出ます。一番低いのがXPro1です。 さすがに高級機なので対策がなされているというところです。後の機種は盛大に出ますね。それで XPro1とX-E1は自作スチールグリップで防衛し、X-E1、X-T1は電子シャッターモードで使用します。 私の場合は全てEVFでは撮影しません。顔面を離してのモニター見撮影ですね。 ということで纏めると、フルサイズミラーレスは、ソニー・キヤノン・ニコン・パナソニック・シグマという 5社ですか。中版はフジ。APSミラーレスはフジとソニーとキヤノン。4/3はオリンパスとパナソニック。 こんなところでしょうか。 なにも全社がフルサイズミラーレスにする必用はないと思います。あと、ペンタックスはどうでるのか というところがあります。ミラーレスカメラを出さないわけにはいかないと思いますし。しかし現在の K-1やKPはデジイチながら電子シャッター装備ですから、OVF形式のミラーレスという考え方もでき ます。ペンタックスは積極的に電子シャッター・サイレントシャッターが使えるということを宣伝すべき でしょう。 それからニコンは、APSカメラのミラーレスをどうするのか、という疑問点もあります。ZマウントでAPS カメラもやっていくのか。それともAPSはFマウントのデジイチままで行くのか。 シグマはもうミラーレスのLマウント(ライカ・パナと共通)で行くということを決めました。現行のSAマウ ントはなくなります。 このように、カメラの流れは数年前とは一新しましたね。 私の長年の願いであって安全なカメラは達成できたわけですが、それはファインダーを犠牲にしたまま のカメラであるということには変わりがありません。カメラで一番大事だ思われるファインダーがまだ 理想とは程遠いからです。 私の本当の願望は安全なカメラでありつつ、光学ファインダーを備えたカメラであることです。 光学ファインダーで使用しても安全であるということ。 そのようなカメラは、現在では古いフィルムカメラでしか達成できていないままなのです。 もし、ニコンDfにレバーがあれば。そう、手動巻き上げレバーのことです。チャージモーターを使わない ので連写は出来ませんが、古いフィルムカメラと同じように安全なカメラとなります。 もしくは現行のデジイチのチャージモーターに超音波モーターを使用して貰えたら。高速連写はできな くても良いんです。スローでいいんです。 そのようなカメラが本当にユーザーが望むカメラなんではないでしょうかね。 ミラーレスカメラは本当の意味でのデジタルカメラでしょう。しかしデジタル過ぎますね。ユーザーは 良いカメラが欲しいのであって、デジタル臭いカメラが欲しいというわけじゃありません。しようがなく デジタル臭すぎるミラーレスカメラを買っているに過ぎません。 使いたいのは本当のカメラ。光学ファインダーを持った安全なカメラではないでしょうか。とはいえ、 しばらくは各メーカーともに、ミラーレスカメラとEVFに邁進するでしょう。 背面モニターはファインダーではありません。擬似ファインダーではありますが。 まあノーファインダーの発展したやつ。というくらいのものです。これはこれでいいんです。 ではEVFはどうでしょう。私はEVFはファインダーではないと考えています。 むしろファインダーを壊すもの、という見方をしています。ファインダーを壊し写真を死せるものとする のがEVFである、ということですか。 カメラというものにとって、一番大切なものがファインダーです。 ついで言うと2番がボディ(センサーを含む)、3番がレンズですか。今の私はその大切なファインダー がない状態で撮影をしていますので、もうマトモな写真は撮れなくなってしまい、記録写真だけで やってます。 ほぼ全てモニター見撮影ですから、ノーファインダー撮影のようなものです。 それではEVF撮影とは、どういうものでしょうか。 あくまでも私の考えですがEVF撮影を長く続けると写真はダメになっていくと思ってます。 新しい写真は生まれず、過去の写真の焼き直しになってしまい、写真に活力や創造力が失われて いくでしょう。 キラリと光るような写真は光学ファインダーのあるデジイチでしか生まれないと私は考えますね。 それではEVFの何がいけないのでしょうか。 ひとつは人工光線による肉眼の疲れです。もうひとつは見え方の不自然さです。それを言えば モニターもそうじゃないかと問われるかもしれませんが、モニターは離れて見ている(しかも両眼で 見る)ので客観視できるんです。しかしEVFファインダーは接近しすぎている為にそうとはなりません。 そもそもファインダーとは、被写体と自分の眼との間に設置された窓枠のようなものです。それが 発展して一眼レフのファインダーは、装着したレンズの中を通した光を見るようになってます。 被写体と自分の眼と、その2つを繋ぐ間にある、極めてデリケートで高度なものなんです。 EVFは決してそうではありませんね。EVFは出来上がった写真を見ているようなものです。喩えると、 子供が素朴に疑問点を聞くと、無粋な親がいきなり答えを子供に押し付けて、子どもの成長を摘んで しまうようなものですか。 そんなものが写真の発展や創造に寄与するとは思えませんし、それどころか写真を破壊すらして しまうでしょう。 モニター撮影は写真から遠ざかることになる。疎写真。遠写真。 EVF撮影は写真を壊してしまうことになる。破写真。壊写真。 真に写真を育み発展させるのは光学ファインダーしかないのです。創写真。育写真。 まあ、こんなところです。数年後には死屍累々の写真、ではなく画像が蔓延しているという状態になる んではないですか。 これからは写真は冬の時代に突入します。 ・・・というのは勿論、冗談なんですけどね。(笑) 私が危惧しているのは、そして私自身もEVFを使わ ないのは、EVFの電磁波なんです。それは光という名の電磁波です。 X-T1の話を長々としてきたんですが、それまで使ってきたX-E2とは決定的に違うところがあります。 それはEVFなんですよ。 「X-T1とX-E2を比較して感じたこと」 https://camerablog.jp/comparison-of-xt1-and-xe2 ちょっと人様のサイトをお借りしましたが、X-T1は世界最大のファインダー倍率という項目です。初期 設定ではフル画面になっていて、ほんとに大きいです。それで少し小さ目に変更しましたが、それでも X-E2より大きい感じです。 これはちょっと考えさせられました。これは眼精疲労を招くんじゃないでしょうか。 そういえば、ということでソニーフルサイズのファインダーを見てみましたが、大きいですね。いつも使っ ていないのであまり意識がなかったです。フルサイズだから大きくて当然か。 EVFファインダーの眼精疲労を防ぐには、ひとつはファインダーを距離的に離すこと。もうひとつは小さ くすることです。さらに明度輝度のこともあります。 とにかくEVF自体は発光体です。それを直接に近接の眼で見るというのは最悪の場合は失明を意味し ます。若い人は先が長いので要注意ですね。若くない人も老人になって眼が不自由になるというのは 困りものです。君子危うきに近寄らずということではEVFファインダーは使用しないというのが間違い のないところです。 それからMFモードで使う場合も、モニターは眼の楽な拡大表示でやるべきで、合焦面を際立たせる ギラキラ表示は眼を疲れさせます。 とにかく、モニターの大きさは大きい方が良いんですけど(老眼だから)、EVFファインダーは大きくなくて いいんじゃないでしょうか。むしろ小さ目がよい。 これからは間違いなく、ミラーレスカメラの時代です。それで使い方にもよりますが、最悪の場合は 両方の電磁波(モーターの電磁波とEVFの光電磁波)の被害を最大限に受けることになります。最良の 場合は両方とも一切なしで使用できるんですけどね。 その使い方を決めるのはユーザー自身であって、自己責任ということになるでしょう。 場合によっては、デジイチ時代より厳しい時代になったなあってところでしょうか。 とは言っても、こういう一昔前のカメラで云々していても始まらないわけでして、最新のカメラがどう なっているのかは興味がありますが、イオスRやニコンZが買えない私には分かりません。しかし大筋 ではそうは変わらないと思うんですけどね。 世の中には最新のモノには飛びつかない、という用心深い人もいます。確かに枯れた技術でオーソ ドックスで行くのか間違いのないところです。 フルサイズミラーレスは最新の技術で作られています。電子シャッターとか大きなEVFファインダー。 同時に古い技術も継承しています。メカニカルシャッターがそうですし。しかしそのレガシーも内容が 以前とは違っていたというのもあるので注意が必用です。チャージモーターの電磁波対策ができて いないっていうミラーレスカメラが多いんです。 もしかすると、これからは既存のデジタル一眼レフの方が安全になる。これは相対的にですけど。 そういうケースも考えられます。 時代はミラーレスカメラですから、デジイチのユーザーは控えめな撮影をするでしょう。それはショット 数が少なくなるということ。そうなんですよ。電磁波云々と言っても、一番の解決法は少なく撮るという ことなんですから。 かたやミラーレスの方は我が世が来たということでショット数を稼ぐでしょう。結果的にはデジイチが 安全面で有利ということになるかもしれません。 デジイチは既に盛りを過ぎて老境に達したカメラということになるでしょうか。 大きな音がして撮影するのは恥ずかしいという時代です。大きなボディに重たいボディ。形も古臭い ですね。いくらパンケーキレンズを着けたとしてもデジイチの古臭さは隠せません。 しかしそれだからこそ、撮影は謙虚にできて、控えめのショット数で済ませられるんです。 こういう時代だからこそ、デジイチの良さというものを再発見していきたいものです。 (参考までに。キスデジは小さい廉価機なので漏洩電磁波は大きいです。D40とかD70の中級機が 少なくてスナップカメラに向きます)

溜池の郷土

四国は高知とか徳島、愛媛の南予では南国のイメージがありますが、香川だと南国というよりも、 瀬戸内(瀬戸内海気候)という言葉が相応しいかなって思います。 ですから瀬戸内海に面した地域はほぼ同じ気候帯で、夏は蒸し暑いけど冬は温暖で年間を通じて 雨も雪もほとんど降りません。 同じ瀬戸内でも、中国側は大河川があり日本海から降り注ぐ中国山地の降雨や雪水が瀬戸内側 に流れていて、それを利用することができます。愛媛県もそうでして四国山地に降る水の利用が できます。 ところが香川はそういうことが出来ないんですね。四国山地に降る雨はすべて讃岐山脈で隔てられて いますから。(かたや吉野川の徳島では水害で死者が出るという始末です) 信じられないことですが江戸時代まで、香川では水飢饉による餓死者が村々で出ていたんです。 それがなんとか防げるようになったのは明治に入って西洋型の貯水ダムができてからです。もちろん 明治政府は中央集権の統一国家ですから、水飢饉の香川にしろ東北の冷害飢饉にしろ、餓死者は 出しません。 しかし香川ではそれでも水が足りないということで、それが何とか充足されるのは1974年の香川用水 の完成まで待たなければなりませんでした。(しかしその後も水瓶である吉野川、早明浦ダムの貯水 量不足でしばしば取水制限があるんです) 香川用水の仕組みというかシステムは非常に高度でかつ複雑です。何十というダムと用水で組み上 げられています。大規模な貯水池すらあります。しかし規模こそ小さいものの、江戸時代に出来た 溜池の多くもそれに劣らず高度なシステムになっているんです。これは調べれば調べるほど凄いなあ と思いました。 こういうのは香川に限らず、日本全国で見られることでして、稲作と農業用水の確保というのは日本の 生命線であったわけでして、全国津々浦々よどみなく水が流れて利用できるようになっているんです。 溜池めぐりをしていて、不思議だな、面白いなあって思ったのは、なかなか目指す溜池に辿りつけない というか、山なんかと違って平面な水ですから、高さがなくて池が発見できにくいところなんです。 車で堂々巡りをしてやっとたどり着く。そんな感じです。特に起伏のある地形では見通しが効かずで、 本当に探すのが大変なんです。 とにかくどんな狭いところにも重層的な複雑さというのもがあって、それは極めれば極めるほど複雑さ を増すといいますか、上手く言えないんですが、自分が今まで知っているつもりの道とか地形なんか、 ほんの上っ面の点と線だけだったんだなって思い知らされることなんです。 上空から撮ったグーグル・マップなんかでは絶対に分からない現地での苦労と発見があるんですね。 まあ、私が鳥だったら池なんてすぐに分かるんですけど、人間だとそうはいかない。 しかし苦労して探したあげくの広大な溜池は、その水辺に佇むと何とも言えない嬉しさがあります。 満々と水を湛えた溜池はそれこそ黄金に等しいというかそれ以上です。 この重層的階層的な複雑さというのは、ほんとに物事を知れば知る程、実感できることなんですね。 なにも知らなければ世の中は単純って思うかも知れませんが、もちろんそれは知らぬが仏ということ でしょう。 私はこの複雑さというものを少しは知ることが出来たということだけで、溜池散策は有意義だったなあ と思っています。 ところでね。溜池の工事中の写真を撮っていた時だったんですが、しばらくすると現場監督さんが トコトコと歩いてやってくるんですよ。それで、彼に聞かれること。なんで?どうして?写真を撮っている のですかと。もちろん、私は溜池の研究をしていてそれで撮影しているのだと答えました。 それはそれで:撮影自体は問題なしだったんですが、監督さんがしきりに不思議がっていたのは、私が 一眼レフという大きなカメラで撮っていたのが不思議だったというわけです。 ソニーですからミラーレスカメラで一眼レフではないんですけど、とにかく写真を趣味とするような人が 持つカメラで、何でもない溜池工事の写真を撮っている事が随分と不思議だったようです。 近所の人が記念に写真を撮る場合もあります。そういう場合はスマホとかコンデジです。同業者が撮る ことだってあるかも知れませんが(これは撮られたくないケースかも知れない)それでもコンデジです。 役所の人が撮る場合もあるかも知れないけどそれもコンデジ。 じゃあ、なぜ高級カメラ(一般の人にはそう見える)で撮っているの??という疑問符が、彼の脳裏に 渦巻いてしまったというわけです。(笑) つまり高級カメラを使う写真趣味人間という人種はたくさんいるんだけど、工事現場写真なんて絶対に 撮らないわけです。写真趣味人間は綺麗な風景やイベントなんかでしか撮らないわけですから。 そういう一般常識に反したことを私がやっていたわけで、それで監督さんを戸惑わせてしまったという わけなんですね。 しかし、私としては、これはしめたねって思いました。 どういうことかというと、自分はもう普通の写真趣味人間ではなくなったことを意味したからです。写真 の為の写真っていう写真趣味からは遠ざかってしまったこと。それが他人の眼からみても証明された ということなんです。 写真道楽者でなくなったこと。これは私にとっては大変な収穫ですね。でもカメラ道楽は続いている ので、あまり大した違いはないのかも知れませんが。(笑) ※写真は老築化した堤防の付け替えや耐震の為の工事をやっている現場です。堤防の断面が見て 取れます。ただの土なんですね。しかし粘土質の土を使っているので漏水は防げます。 貯水側の方は砂利とコンクリートブロックを張ります。外側の方は土のまま。 下のコンクリート水路は水抜きの為の設備です。排水だけでなく土砂吐ゲートを兼ねてます。他にも 中水域の排水設備とか、水が溢れるのを防ぐ自然放水路とか、注水川の設備とか色々とあります。 簡単と言えば簡単な土木工事なので地元の小さな工務店でやれます。 ある池では、これらの工事に合わせて、池底のドロさらえもやっていました。これは土砂堆積から くる貯水量の低下を防ぐためと、及び池底の肥沃なドロを農地に客土するためだろうと考えられます。 昔からやっていることなのですが、けっこう大変で泥の曝気が必用で手間がかかります。 溜池は香川の農業には無くてはならない大切なインフラです。末永く後世に技術を伝え保全していく ことが必須な設備です。

雑感

「石川達紘元特捜部長を書類送検、車で男性はねて死亡させたか」 https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-151182/ https://www.asahi.com/articles/ASLDP357MLDPUTIL004.html >警視庁によりますと、石川弁護士は、ギアをドライブにしたままサイドブレーキをかけて 車を止めていましたが、運転席のドアを開けた際、外に落としたかばんを拾おうとして、 誤ってアクセルを踏み込んだということです。  事故の直前、100キロ以上の速度が出ていたということですが、石川弁護士は 「アクセルを踏み込んだ認識はない」と容疑を否認しています。 以前コメントで取り上げたことがあるので、仕方なくその継続版ということで書きます。 まず、シフトレバーをドライブモードにしたまま停車(サイドブレーキボタンを押す)というのは 間違った操作ですね。停車はシフトレバーをP(パーキング)にしてから、一時的だとそのまま でもいいし、さらに車外に出る時にはサイドブレーキボタン押しなんです。 このドライバーは完全に間違った、そして極めて危険な操作をしています。ドライブモードに したまま車外に出ようとしていたわけですからね。動力系統を遮断せずに走行能力のある 無人車にしているわけで。 新聞によると、ドアを開けてバッグを落として、それを拾おうとして、無意識に左足でアクセル を踏んだようです。車はそのまま発進します。(ドアを開けたままでも発進できるようですね) そのままでは、普通は驚いてアクセルを踏んだ足を引っ込めるのですが、このドライバー氏は アクセルを踏んでいるという認識がそもそもなかったみたいです。(??) 車が急発進をすると、お年寄りや運動神経の鈍い人は驚いてしまい、無意識に足を突っ張っ てしまうという研究成果があります。この場合も石川氏はアクセルの上に乗せた左足を、 恐怖心から思いっきり突っ張ったんじゃないでしょうか。突っ張る、踏ん張る、そして踏ん張った ままということはアクセルを底まで踏み抜くということです。 動力は最大能力を発揮し猛然と加速します。 衝突までの300メートルで最高時速100キロ超と記録が残っているみたいで、これは期せずして ゼロヨン加速、ゼロ百加速を試みたという結果になりました。 パーキングブレーキ※には摩擦によって焼き付いた跡があったそうです。 ※パーキングブレーキ https://car-moby.jp/95727 >パーキングブレーキは後輪の二つのみにブレーキをかけ、フットブレーキは四つのタイヤ すべてにブレーキをかけます。それ以外にも、フットブレーキは油圧ブレーキということに対し、 パーキングブレーキはワイヤーによってブレーキをかけています。 電気式のパーキングブレーキでもその構造は変わらないようですね。レクサスにも専用の 小さなパーキングブレーキがリアに付いているのでしょう。それが急加速によって焼き付いた ということ。 大排気量エンジンのハイブリット車は強烈な加速をします。強トルクのモーターが補助動力と なっているからで、知り合いのスカイライン3.5リッターハイブリット車のオーナーも、一般道路で すぐに百キロが出るので困るって言ってましたしね。 とにかくドライバー氏は車の構造、そして正しい操作を何も知らずに日頃から高出力車を運転して いたということになります。それから自分の足がアクセルに乗っていたことも認知できていなかっ たわけですから、これはドライバーとしては大問題です。 人間が驚いた時の、突っ張り、踏ん張り行動というのは、実は極めて危険で、登山なんかでも 足を踏み外して墜落するというのはこれです。そういうときは腰を落として身を縮めて小さく丸く ならないといけないんですが、運動の修練ができていない人はどうも突っ張ってしまうみたいです。 柔術の受け身でもそうで、小さく丸く柔らかく回るっていうのが怪我をしない基本ですね。それが 伸びきって硬直したままでは怪我をしてしまいます。 想像ですがおそらくドライバー氏は、高級車は安全だ、俺はその為に高いカネを出してレクサス を買っている。だからルーズな運転でもいいんだよ、って考えていたかも知れませんね。 しかし安全は金では買えなかったわけです。安全は高度な安全意識と注意力でしか得られない わけですから。 蓋を開けてたみたら、何とも情けない低次元の話であったわけで、カルロスゴーンなんかと同じ くらいの、人間としては問題外の事件でしたね。この頃はこういうのが流行りなんでしょうか。

続溜池

これが大昔のシグマ15-30ミリ3.5-4.5DGの写りです。今の時代では考えられない周辺部の流れ方 です。ピントが合っているのは中央だけ。(笑) 広角側でこうなります。30ミリ側ではこんなことはありません。 このレンズは2本持っていて、EFマウントのは開放絞りでしか使えないのですが、SAマウントのは 自動絞りが効きます。両方ともマウントコンバーターはシグマ製MC-11で使用。(AFは利かず) でも、こういう広角撮影で周辺部が流れていくというのは、私の好みだったりするんです。その方が 自然な感じがするんですよね。 なんでもかんでも全面的にキリリと写るっていうのは、なんか不自然な感じがするんですけど、 そういうのは昔の古いレンズを知っていて、自然に身についてしまっているからかもしれません。 池底には昔の田んぼの跡が今でもこのように残存しています。一度は廃池となって江戸期に再び 溜池として復活したんです。 この池に再び水が張られて貯水池として復活すればまた訪れたいなと思っています。 この池底は2日間かけて隅々まで歩いて撮影をしました。そんなことをする人間って、まあ私くらい しかいないでしょう。(^^ゞ 画面に写っているのは池としては半分といったところです。 現在の私は写真人として、自分の関心のあるマイナーなところしか撮影をしなくなりました。しかし 対象物が狭くなればなるほどに、何故か満足感が出てくるんです。これは不思議ですね。 それは多分、被写体と心のなかで対話できるようになったからかもしれません。 地元の人と言えども池底を隈なく歩くことはしません。私だけが歩いた。私だけがこの池を知った ということです。そこにこの写真としての価値があるのだと思っています。