18-35mmレンズ 作例

画質論の再考

画質論の再考

最近ちょっと、根本的なそして本質的な疑問が出てき始めています。 写真に於いて、本当に画質というものは正義なるものなのか善なるものなのか、ということです。 少なくとも、画質とかが本当に人間を幸せにするのかどうか。もしかすれば不幸をも齎す可能性 だってありやしないかということなんです。 画質の良いカメラやレンズというのはその画面に見惚れてしまうでしょう? 発色やコントラストとか いう画質も解像力(画素数)でもそういうところは同じです。そういうことでは良い画質というのは 正義で人気者です。 しかしそれが本当にユーザーの為になっているのかどうか。それを改めて問うと、画質=幸福とは 言えないかも?ということです。それどころか過ぎたる画質はユーザーにマイナスをもたらすこと だってあるんじゃないですかね。 撮影した画像をPCで現像して調整もしてと、そんな具合でモニターとにらめっこをするんですが、 おそらく良い画質の場合は、その凝視時間は長いんじゃないかなって思いますね。それもただ ぼやーと眺めているんじゃなくて、眼と脳はかなり酷使するくらいの状態になっていると思います。 良い画質、加えて解像力が大きいと(高画素)、さらに脳の疲労度は大きくなると思います。 私の場合は随分以前から高画素カメラは避けています。これはテキメンに眼と頭の疲れが出て くるって分かったからです。それで今はもっぱら低画素カメラを意識的に使っているんです。モニター も敢えて小型のものを使用していますし。 しかし同様に画素数だけでなく画質というものも良すぎる場合は同様に眼と脳を酷使するんだろと いうことなんです。 そんなわけで極論をいうと一番、眼と脳に優しいのはコンデジのカメラかもしれませんね。 シグマカメラの現像は大変に時間が掛かります。それは現像ソフトの性能が低いというのではなくて、 扱う画像が極めて高画質だからです。加えて高画素でもありますし。 シグマ画像を現像したり処理したりするのはパソコン泣かせです。パソコンは機械だから文句も言わず 必死でやっているわけですけど、考えてみると同じような必死さがユーザーの脳内でも起きているん じゃないですかね。そのことに我々が気が付かないだけで。 こういうことは今まで発想すらなかったんですけど、パソコンが大変だったら、きっと人間の脳だった 大変なんじゃないかということですよ。 シグマの画像を撮るためには、まずカメラが大変。カメラは発熱しながら撮ってますから。 次に、データを受け取ったパソコンが大変。必死で現像して偶にフリーズしたりするほど。 ここまで大変が続くと、きっと(多分間違いなく)その画像を見る人間も大変なんだっていうことです。 そういう子どもでも分かることに、これまで思いが寄らなかったんです。迂闊でした。 私が今使っているカメラ。低画素です。だいたい1千万画素前後のカメラです。むろんベイヤー機です。 これらのカメラの現像も処理も瞬時で可能です。そういうカメラの画像をモニターで見ていても疲れる っていうことは感じないですね。カメラもパソコンも人間の脳も疲れないですむ画像なんです。 こういうのはいつもの話の電磁波問題とは関係がありません。純粋に情報処理の問題なんです。 良い画質も高い解像度も扱う情報量が飛躍的に大きくなって、媒体に大きな負担をしうるということ なんです。それは機械も人間の脳も同じだということ。 それでシグマのカメラは困ったことになります。最大の長所が最大の短所欠点になるということ。 シグマのカメラを使う人はそこのところをよくよく考えてやらないと、返ってマイナスを抱えてしまうと いうことかも知れないんです。 クワトロHを導入しました。24-105付きです。無論中古。なかなか時間がとれずで撮影できなかった んですがやっと撮影出来ました。最初なのでLOW-RAWではなく通常モードで撮影。現像は1/2モード です。600万画素くらいになりますか。これはちょうどLOW-RAW撮影した場合と同じピクセル数に なりますかね。次回からは最初からLOW-RAW撮影で行くつもりです。 写真の撮影レンズは18-35です。フルピクセルモードで撮影、1.35倍して18ミリならば24ミリとなります。 バッテリーグリップも手にしましたが、不調部分があったので返品しました。実は撮影をしていて 大変に発熱することが分かり、グリップ付きでは熱が放熱できずエラーが出ることが分かりました。 買わないほうが正解かもしれません。 シグマにしてはAFは速く、それよりもとにかく正確だということです。これが最も嬉しい点。バンバンと 撮り過ぎて、バッテリー交換時やメディア交換時に(書き込み終了まで)延々と待たされました。 やはりこれ1台では撮影できず、サブ機としてdpクワトロが必用になりますね。 手持ちの古いレンズ全てが正常動作しました。古いレンズはさすがにAFは遅いです。撮影時の ピント拡大も容易にできてMFレンズでも使用に不便はありません。 EVFは安っぽいですがモニターは綺麗です。モニター見撮影では良く出来たカメラです。 宝の持ち腐れになるかも知れませんが、このカメラはLOW-RAWの600万画素カメラとして使っていく つもりです。古いCCDカメラが600万画素だったので親しみのある画素数となります。 しかしそれでもソニーなんかと比べると電磁波は出ているし現像も瞬時というわけにはいきません。 やはり私のメインカメラは既に低画素ベイヤーカメラになってしまったんだと再確認しています。

バガボンド

バガボンド

宮本武蔵の漫画、井上武彦「バガボンド」を密かに読んでいます。漫画本ですが 熟読です。(^^;  https://www.youtube.com/watch?v=CZnv86G9nX0 孤高の天才漫画家と言われていますが、宮本武蔵を扱ったバガボンドは圧倒的な 画力と考えさせられる内容で読者に真摯に問いかけてきます。 私が興味を持ったのは、剣、カタナというモノですね。武蔵、ひいてはサムライに とってカタナというのはどういうものだったのか。 カタナがなければ武士は成り立ちません。カタナは人を斬り殺す為の道具です。 いくさがあった時代ですからね、武蔵が生きた時代は。人を切り自分を守り立身する 為のカタナというもの。 しかし武蔵が生きた時代は、同時に戦国時代が終わり平和になっていく時代でも あったわけです。 ところでサムライにとってのカタナは、カメラマンにとってのカメラに似ていますね。 もちろん本物の日本刀というものは凄まじいものです。刃を落としこむだけで肉は 切れ血を吹き出します。とくに武蔵が使ったとされる金重という刀は重く強くて 切れ味鋭く、腕力がないと扱えないものだったそうです。 漫画では、その刀が自由自在に動きまわる。そりゃあ恐ろしいまでの画筆力で、 読むものを魅了させます。 カメラマンのカメラは、それに比べれば軽くて人の生き死になどには関係がありません。 それでも日本刀というのは日本人の精神の深くに確固として存在するものであり、 また工業技術としても日本刀は、現在の日本の工業力の根っこの部分にある わけですね。 カメラは飛び道具だという人もいるけど、やっぱり私はカメラは刀だと考えてます。 三脚も刀だという人がいるけど、これはどちらかと言うと農具に近いですな。(^^; 日本刀もカメラも、これをただの道具として捉えていると過つかもしれないということで ある意味、共通性があるんじゃないかと考えています。

無題

無題

まず最初に。長文になります。あしからず。 この板は、zzrさんが発掘した板なので、一応のまとめ役はzzr氏でしょうか。 別段、私の居心地がいいという場所という意味ではなく、kusanagiは単なる客分の ようなものです。 それから私は、皆さんと和気あいあいと写真をやって行きたいというこだわりもなく、 ただ、このフォトXP写真投稿掲示板を通して、現在のアマチュア写真人の一人として、 可能な限りの自分なりの思想や技術論を展開していきたいと考えているだけです。 また、それらの一連の行為が、記録として後にまで残れば、のちの人間にとっても 参考になるだろうと。 ですからかなりあやふやな仮説も戸惑うことなく記しています。 また、投稿文は日常の人付き合いの口語体ではなく、書籍に使われているような 文語体で書いています。よって本などを読まない人には違和感があるでしょう。 しかしネットでも長文を書かれるコメンターやブロガーは皆、この文語体を駆使して 書いています。 つまり内容のある事を書こうと思えば、文語体で書かざるをえないということです。 余分な挨拶は省きますし、誤解を避けようてして周りくどい書き方もしません。 読解力がない人には向かない書き方です。 それからこのフォトXP掲示板自体も、さほどよく見ているというわけでもありません。 読むに必要でないと瞬時に判断すれば読みません。だいたい私のような読書人の 文章に対する接し方はそういうものです。 斜め読み、スポット読み、速読で一気に平行して数冊を読むということをします。 しかし、これぞと思えば、じっくりと熟読や反復読みもするわけです。 そういうことでは今流行の情報論のはしりのようなものですね。いかに峻別して 素早く内容を把握し、必要でないものは即座に捨てるということ。そうしないと多す ぎる情報量に時間を無駄にしてしまうからです。 本を読む能力と、文を書く能力とは、よく似ているようでやはり違います。読書家 でも文章を綴るのが苦手な人もいます。また本など読まない人がけっこう文章を 上手く書いたりもします。 こちらもそんなに文章を書く力があるというわけではないのです。 それから最後に、ちょっと。 花鳥風月さんは、ある種の精神障害を抱えてらっしゃる人かも知れないと以前から 感じています。自閉症とかアスペルガー症候群というやつですね。 普通人とは知的能力は変わらないのですが、むしろ優れているところもありますし、 とにかく人とのコミニュケーション能力が著しく劣るという場合があるそうです。 場面緘黙症というのもあります。この症状を持っている人とは実際に仕事をしたこと があります。自宅ではしゃべるそうですが、会社では一切喋らず、ただ頷くだけ。 電話を通してぼそぼそと話せただけです。しかし仕事はできました。頭はかなり よかったです。 そうだとすると、レンズ板に登場するのは、彼は本気で自分は写真を上手くなりたい、 だからいろいろと教えて欲しいと願って投稿し続けているのかもしれません。 しかしそれを伝えるすべが自分にはないというか、コメントとして発する言葉はどうしても 五七五の花鳥風月句でしか言い出せないのかもしれません。 花鳥風月句は彼が外界と接する場合の唯一の通信手段なのかも知れません。 しかしちゃんと、文を読む能力というのは高いようです。私の込み入った文章ですら 読んで理解しているような気配があります。 彼には何らかの精神的障害があるのではないかと考えている人は私だけではないと 踏んでいます。掲示板で彼を擁護していてしている人や黙認している人達の中にです。 でもスバリ書くと失礼にあたるとか差別になるとかで言えないだけでしょう。 このネイチャー板は見る人は少ないですし、それで私は書いているのですが、とにかく あまりつつくと、例えば人権団体などから目をつけられる恐れがあります。 ネット上でも、侮辱・名誉毀損罪が適用されるおそれがありますので、善意で書いていた としてもネットは誤解されやすいので要注意です。 ちなみに、鍾乳洞の写真で、レンズを絞りかつISO感度が高いままで1分の露出撮影を しているのがありましたね。 あれは細かく指摘すれば問題があります。デジタルセンサーは長秒シャッターに弱いところ があって、露出1分は最大露出時間とも言うべきで、ほんとに最後の手段です。 ISO感度は微妙ですが、高絞りはミステイクとなります。そもそも絞りはf4とかf5.6くらいで 最近のレンズは最高の解像力を発揮するようになっています。 APSカメラのレンズだともっと開けてもいいかもしれません。昔のフィルムカメラ、とくに 中判カメラなどとはもう仕組みも技術もぜんぜん違います。 ただ強く絞って、高絞りボケ(回折現象ボケ)が出てもよいから使う、と場合もあるのですが、 最近の高画素デジタルは十分に高解像力ですから、今はプロでも高絞りは多用しないと 思います。 回折ボケはとくにセンサーの小さいカメラで、また広角レンズで顕著にでます。 ミリ数の長い望遠レンズだとf16とか、かなり絞っても大丈夫ですが、広角や標準レンズ ではあまり絞らないのが普通です。 ちなみに最近の超高画素カメラは、回折ボケ修正ツールが入っているはずです。5Dsとか ソニー4000万画素とか。ニコンD810もそうかも。しかしソフトフェア修正なので当然限界が あります。 ということで、前置きはこれくらいにして、本題のキヤノン5DSに関して少しばかり書きたいと 思います。 まず、このカメラ、私は持ってません。それはあしからず。 私が超高画素カメラとして所持しているのはシグマSD1MとDPメリル、dpクワトロ、そして 殆んど使っていないニコンD800だけです。 よく使っているシグマは4600万画素の画質は持っていますが、やはり出力画素数は 1500万画素なので、撮影は気楽に行けます。ただし別の意味でニコン以上の画質的ソフト ウェア上の難しさがあります。 この撮影の難しさと、撮れた画像処理の難しさとは全く別のものなので混同をしてはいけません。 シグマは撮影は容易で画像処理が難しい。他方ニコンは(そしてキヤノンも多分)撮影が難しく、 後の画像処理はやさしいと思います。 ところで、この写真、ブレています。あえてダウンロードして拡大して見なくても、ピクセル 等倍表示でブレていることが分かります。 まず基本として、2000万画素カメラならばともかく、超高画素カメラは基本撮影は三脚での 撮影となります。あまり厳密に考えなければ、手ブレ補正レンズを着ければ手持ち撮影は 可能ですが、画質は妥協しなければなりません。 きちっとそのカメラの最高の画質を出したいと思えば、まず丈夫なな三脚に乗せ、ミラーアップ 撮影でミラー振動を取り去り、電子先幕シャッターを使ってシャッターブレを除くことです。 (電子先幕シャッター<これはキヤノン5Ds、ニコンD810、ソニー裏面照射型4000万画素には 装備されています) できればレンズはマニュアルのコシナツァイスレンズを使うのが良いのでしょうが高いですね。 ツアイス・オーティスというのですか?そこまで行けなくとも最新のマニュアルツァイスとか シグマのアートレンズとか、そこらクラスがあればよいのでしょうか。 手ブレ補正やAF機構がない最新マニュアルレンズは、圧倒的な描写力を持ちます。 しかしニコンやキヤノンとそういうレンズを出せない(ユーザーが許してくれない)ので、 サードパーティ製レンズを使うということになります。 レンズの話はちょっとひとまず置いといて、まず撮影が極めて難しいということ。それから 撮影条件も選ぶということが言えると思います。十分な光が回っていないと、センサーや レンズの性能を活かしきることができません。 超高画素カメラは一応、普通のデジイチの形をしていますが、中身はフィルム大判カメラと 同じで、細心の注意を持って撮影に臨まなければなりません。 まずその意識改革が何よりも必要だと思っています。 先ほど書きました、電子先幕シャッターは革命的技術です。これにより撮影時のシャッター がもたらす振動を取り省くことができるからです。 私が使っているD800にはこれがなかったと思います。それでミラーアップ撮影でミラーの 振動は除けても、フォーカルプレーンシャッターの振動が微妙なブレとなって出て来るの です。普通の撮影ではなかなかわかりませんが、超望遠レンズの撮影では顕著にそれが でました。もう何度撮影しても結果は同じのブレブレ。 結局、それは大型の三脚を調整して、やっと初めてまともに撮れることができました。 電子先幕シャッターがなければ、大型三脚にカメラを取り付けるという、つまり慣性重量の 増大でカバーするしか方法がないのです。 ブレに関しては、とにかく確りした三脚を使い、ミラーアップ撮影、電子先幕シャッターを 使うのは基本であること。 それからピント調製は、やはり光学ファインダーではなくライブビュー撮影しかないですね。 ライブビュー撮影だと自動的にミラーアップ撮影になりますし。 またその為の液晶フードは必要かと思います。曇り日や夕暮れだと無くてもいいですけど。 このライブビュー撮影の為にも、当然に三脚は必須です。 そしてレンズは、そのレンズの最高の描写をする絞り値で撮影するのが順当ですが、 それだと描写は解像力優先の平凡な写真になったりしますね。やはり開放気味で撮ったり とかもしたいわけで。 しかし、超高画素カメラは、以前の2000万画素カメラに比べて画質というか、発色はかなり 落ちています。コントラストもそう。 ニコンでもD800は、D600や700に比べて絵の発色はかなり落ちるので、その分は少しでも 発色の良いレンズを使うということになります。 解像力と発色は二者択一でどちらかを取るしかなくて、ここは解像感のある写真を撮りたい と思えばD800で。それよりも発色やコントラストを得たいと思えばD600にします。 いや、自分は両方とも得たいと思えば、先ほど出したような高級ツァイスレンズとか、 そういう話になってきます。 もしくは撮影条件をよく吟味するということです。 この寺院の写真は、もともとコントラストが低く、それをさらに曇り日に撮影されたような 感じです。悪条件が重なり、本来の色を出していないように思います。 こういう曇り日であれば、私ならはコントラストのある被写体、例えば花などを入れた撮影に 切り替えますし、天気が良くなってきたなあと思えばこの寺院を撮影します。 しかし超高級レンズを着けて撮れば綺麗に出るのは当たり前。やはり普通のレンズを使って でも綺麗に出せてこそ、それで初めて超高画素カメラを使いこなしたと言うことになります。 そうなると、撮影条件を選んで的確に撮影するしかないということになります。 これは大型カメラの撮影手法と全く同じなんです。 そう、大型の三脚を使うということも。 それからフードも大事ですね。ただ既成のフードを付けるだけじゃなく、専用の自作フード が欲しいですね。蛇腹フードなどが面白そうです。 フードも三脚もアナログですが撮影の基本です。 とにかく持てる全ての知恵と努力を出しきらなければ、超高画素カメラを使うのは難しい ということです。もちろん大体でいいやってなれば、手持ち、AF、手ブレ補正レンズで OKですけどね。 http://blog.zaq.ne.jp/senri/article/1194/ http://ecran.exblog.jp/14721598/ これなんか見ると、動画撮影の方はここまでやっているんですね。 気軽さがスチル写真の醍醐味とはいえ、超高画素カメラの撮影となるともうそんなことは 言っておられなくなります。ここらは動画撮影の方々を努力を見習いたいものです。 「大人のカメラ作法」は笑休さん独特の近接撮影、ボケ部分多量の写真を理論的に 補佐したものです。 これは既にソフトウエア板で展開したので再度書く必要性は感じませんが、もう一度 言うと、写真の画面いっぱいの高精細な画像は、人間の脳内画像処理の負担を増すのだ ということです。 これは心理学を多少知っていないと理解できないのでしょうか。そんなことはなく常識でも 多少は理解できると思います。 まず人間の眼は、この眼前の複雑な世界を眼では入れていますが、それを脳内処理 にはすべて回していないという事実です。自分の見たいというものだけしか実際には 見ていないと言われる所以です。 よく古いマニュアルレンズは暖かく人間的だと言われますが、それは中心部は解像力が あっても周辺部はボケているからです。それは如何にも人間的、かたや最新のレンズは周辺部 も高解像力を求められますね。 人間の眼の網膜は実際には200万画素くらいだと言われていますが、しかしそんな風には 感じられませんね。それは脳内処理でソフトウェア的に多画素化しているからです。 それも部分的に、かつ動画ですから、随時超高速で200万画素のカメラを、ズームアップしたり コンポジット化したりして(これらは例えの話ですよ)、大変に融通の効く優秀なカメラとなって いるのです。 人間の視力、画像処理に関する脳細胞の割合は非常に高く、他の動物たちとは圧倒的に 引き離しています。それは巨大な脳細胞群、小脳や大脳の働きによるものです。 もしかして、眼が見えているこの世界は当たり前のものだと信じてはいませんか。 とんでもなく、それは奇跡とも言えるほどの高等で繊細な仕組みで動いているものなんです。 そういうことを少しでも知識があれば、私の言ったことは理解できるでしょう。 それでも理解できなければ、まず科学書の読書を勧めます。ある程度の基礎知識の共有が なければ私とのコミニケーションは成り立ちません。 とにかく、笑休さんの撮影する写真は、心理的な情報量の制御に上手くて、写真を見る者を して疲れさせないノウハウに富んでいるのです。 笑休さんの写真を見て、何故かホッとしたり癒やされたりするのは、その手法が上手い からです。高解像度のピントが合っている部分は、画面のごく一部とか、空を大きく入れて (そこには精密な情報はない)、心理的にも情報量をものすごく抑えているのです。 この手法は日本画東洋画のノウハウです。西洋の印象画もそうです。 それから心理的な情報量処理は、実はデジタル画像データの圧縮手法にも使われています。 動画、静止画を問わず、スピーディな展開をするために、大変な努力をして新しいアルゴリズム を常に考案しているわですが、そのネタ本は人間の脳内画像処理が大元なのです。 この心理的情報量、もしくは心理的超高画素論は、出力画素数の少ない(だから撮影は樂) シグマのカメラにも覆いかぶさってきます。やはりあのカメラは4600万画素と言われるわけ です。 ですから、撮影は容易でも画像処理は難しく、さらに人間の心理的な要素にも大いに関わって きて、シグマメリルやクワトロを長く使い続けていくことが難しいのです。 その点は3600万画素のニコン、4000万画素のソニー、5000万画素のキヤノンとても同じで あるわけですが、シグマにはここにもう一つの要素が出現してきます。 それはシグマ画像は圧縮に弱いということ。それでピクセル等倍鑑賞が多くなるということです。 これをstone氏は否定しましたが、彼は事実を知りません。 シグマは1500万画素ですが、実際は1500万画素×3のデータ量を内包しています。 それを思えば、キヤノン5000万画素はベイヤー機ですから、RGBのRとBは1/4の画素数しか なく、Gは1/2となります。要するに4600万画素のシグマと変わらないということです。 シグマ的に言えば、キヤノンは1250万+1250万+2500万の合計の平均値は1600万画素です。 どうですか?シグマメリルの1500万画素と同じでしょう。 パソコンが現像に苦労するのは当たり前ということになります。 このパソコンの処理の難しさが、ほぼ人間の脳内でも行われていると見てよいのです。 シグマやキヤノンよりさらに大きな画像処理を見たければステッチ写真を撮ってみることです。 数十枚の元画像をパソコンは延々とレンダリングしてきますから。その負荷を実感すること ができます。 こんな具合で「大人の写真作法」の心理的高画素論の中身は容易に理解できるものでは ありません。写真とコンピューターと心理学の3分野にまたがっていますからそれらの知識を 持っている必要がありますし、また本当に心底理解するためには、何と言っても実際に超高画素 カメラを少なくともそればっかりで1年間はみっちりと使い倒し悪戦苦闘しないと分かりません。 理論化の為の知識がなくとも、実際に使い続けてみれば、直感として超高画素カメラの凄さや 怖さが分かるようになると思います。 たぶんzzrさんはシグマメリルとニコンD800を使い続けてきて、直感性を持ったのではないかと 思ってます。とにかく彼の撮影枚数は極少ないのです。それから今のメインカメラは低画素(比較 すれば)のD4Sです。 笑休さんも何度もシグマを手にしては突き放しています。今は低画素とも言えるフジですね。 このようにシグマはそれだけを長く使い続けていくことが難しいカメラです。 この話は私などが分かっても仕方がなく、本当はメーカーのエンジニアが理解すべきものです。 そしてフォビオン社の技術者はそれを多少は分かったのだろうと思ってます。 何故ならば、普通はあり得ない前モデルより画素数を低下させたモデルをリリースしたからです。 dpクワトロですね。 私がここで展開している高画素論はあくまで、アマチュアレベルでの問題です。 仕事でプロが使う場合、5000万画素の画素数は必要なのです。もっと欲しいとすら思います。 またカメラは、産業用軍事用として各種分野に使われています。ですからメーカーは超高画素 カメラの開発をやめるわけにはいきません。 生身の人間が超高画素の情報量に耐えられなくとも、機械ならば問題ありません。例えば 10億画素のカメラが出来たとして、その鑑賞ではなくサーチや認識処理をするのは機械という ことになるでしょう。AIコンピューターですね。 もちろん、ここで書いたことはあくまで、私の仮説です。これが正しいとか言っているわけでは ありません。 それから幸運にも最新の超高画素カメラを手に入れられるのは嬉しいことです。 zzrさんが発売直後のD800を手に入られ、それを私が中古で手に入れたのは数年後です。 シグマSD1Mでも同様です。私がキヤノン5DSを手に入れることができるのは何年後でしょうか。 たぶんあまり出まわらないカメラだろうと思うので、私が手に入れるのは不可能かもしれません。 そもそも今のニコンD800対応のレンズさえ買えていないのですから。 しかし事実上、人間が生身のままで鑑賞できるカメラとしては最後から2番手になるかも知れない 超高画素カメラを手に入れ、使いこなして行くことは大変、有意味です。 5DSを手にするのは高価ですが、それだけでなくその観賞用画像処理用には24インチフルHD モニターも不足かなって思いますし(4Kモニターの導入)、さらに一本でもよいから最高のレンズを 手にするともなると合計100万円を越えます。 それだけでなく、カメラやパソコンを使いこなすには体力が要ります。だふん5DSの漏洩電磁波 はかなり高いと思われます。(ニコンD800がそうでしたから。特殊なシャッターを使っているような) まあカメラは三脚を使えば電磁波は問題はないのですが、モニターはそうは行きません。 大画面高ピクセルのモニターはとても体力を消耗するのです。 若く体力がなければ超高画素カメラは本当には使いこなせないということです。 老婆心ながら言いますと、1年間みっちり使ってみて、仕事や生活に差し障りがでるようでしたら、 潔く諦めて使わないことです。 それからモニターはフルHDモニター以上のものは使わないこと。むしろ22インチや23インチの モニターで使うことを勧めます。 私がアドバイスできるのは、三脚の使用、そしてモニターの件だけです。 そして手持ちで撮影する場合は、出来る限りショット数を少なくすること。 こんなもんですかね。 なお、書き尽くしたと感じていますので、コメントを頂いても返事は書けません。

無題③

無題③

③ フォトXPの掲示板を見ておりますと、これは有能な人だなあ、男性的で直感力の ある人だなあっていう方がいます。 もちろん皆さん優秀な人ばかりなのですが、男性的で直感力のある人と限定すれば ある程度は絞られてきます。理屈ではなく突然に思考を超えた無意識の衝動を起こせる人 ですね。 こういう人は占星術では火星系の人達です。それでそういう人達が、突然カメラを池の 中にぶち込んだり、買ったばかりのカメラを盗まれてみたり、また数ヶ月間、突然撮影 を休んでみたりするんです。 もっとも火星系の人は不利益になることもめちゃくちゃにしたりするんですね。まあ過激と 言いますか、なんと言うか。(^^;  じんわりと事を起こさずに何事も極端な行動をとる人達です。しかしだからこそ、物事の 本質を直感で肌で知ることになるわけで、それが回避行動になると、ご当人も驚くほどの 衝動的な事態となるんです。 まあ、優秀なのかバカなのか、ちょっと分からないところがあります。(^^; それからもうひとつ。今度は比較的に穏やかなタイプの優秀な人達です。優等生タイプの 人ですか。金星系・土星系の人達ですね。 こういう方は、今現在、だんだんとデジイチから離れてきているように感じられます。 デジイチではなく、ミラーレスとか、コンデジとか、そういう電気的な出力の低いカメラに 移行してきているように思います。 ●電気的出力の高いカメラをキーワード的に挙げます。 デジイチ(ミラーを持つ光学式一眼レフ)、フルサイズカメラ、プロ機(高速連写機)、 家電メーカーのカメラ、ボディ内手ブレ補正方式のカメラ、等々。 ●反対に電気的出力の低いカメラ。 フィルムメカニカルカメラ、コンデジ(レンズシャッター)、ミラーレスカメラ、フォーサーズ カメラ、APSカメラ、ライブビューカメラ、撮像素子電子シャッターのカメラ、等々。 ●ついでに言うと、電気的出力の高いカメラを低出力的に使う手法 三脚撮影(レリーズ時には顔面を30センチ以上離す)、両眼で見るライブビュー撮影、 撮影ショット数を低く抑える。

瀬戸内のひとびと

瀬戸内のひとびと

瀬戸内の海の良さって何だろうかなっていつも考えているのですが、 瀬戸内海しか知らない自分にはよい答えが出てきません。 とにかく、静かで波がなくて(潮の流れはあるけど)、気候は温暖で(蒸し 暑いけど)、魚はちょっぴりしか獲れなくて、船が始終行き来している。 このように昼間でもモヤっているのも特徴です。おかけで写真撮影には 辛いのです。 ※この写真、DP1Mにいつものリコーワイコンを付けています。向かいに 見える島は小豆島です。 大阪都構想が残念ながら実現不可能になってしまいました。 いろいろと橋下さんは言われているけど、この国を改革しようとする志は 高く評価して良いのではと思っていました。しかし大阪の住民は現状維持 を選んでしまいましたね。 ある識者が新聞で、かつて東京都ができたのは当時の戦時体制で権力を 一極集中をする為に、それまでの東京市を潰したのだということでした。 それは戦後の地方分権の民主主義に反しているのだと書かれておりました。 なるほど・・・って思いました。 しかしよく考えてみれば、これからの時代、いや既に今この時代、大陸からの 猛烈な軍事的圧力、それから日本列島の地学的な不穏状態を鑑みると、 これはもう再び、時代は戦時体制に匹敵する厳しい状況になっているのじゃ ないかということです。 瀬戸内圏とも言うべき大阪の人々はそのことに気がついていないようです。 明治維新の原動力となったのは、薩長土肥であり、東シナ海や太平洋の 息吹を肌で感じている人々でした。 私を筆頭に、瀬戸内は井の中の蛙、ぬるま湯鍋に居座る蛙だったのかも 知れないね。(^^;