シグマ SD1 Merrill 作例

2012年3月9日発売

無題

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おお久しぶりにシグマのカメラを持ち出しました。シグマSD1メリル。 使うのは10年ぶりなのかな? ちゃんと動いたので嬉しい。 レンズは18-35ミリ。バッテリーグリップを付けて、何とか2キロになりました。 (カメラ2キログラムが、私の里山歩きカメラの合格点なので) ついでに死蔵していたカラーエッジも取り出しました。これ24インチということで、 私としては大きすぎると感じ、長らく使っていなかったのです。今は22インチの フレックススキャンを主に使っています。 もう完全にシグマのソフトウェアの操作は忘れていました。 ソフトのバージョンも古いままですね。 現在の眼で見れば、このカメラはそもそも発色も乏しく、ただ解像力だけのカメラ のように感じられます。モノクロか、もしくは意識してロートーンで使うのが よいカメラかもしれません。 とにかくペンタックスモノクロームと双璧の、あまりにもの、奇抜なカメラです。 もうこんなカメラ、二度と出ないでしょう。 SD1メリルは20年前のPCで現像しましたが(操作の遅さに驚く)、最近のPCで あれば、もっと素早く操作でき、現像することが可能でしょう。 SD1メリルは18-35ミリをつければ、ほとんどブラック一色になるのが気に入って います。そしてストラップもロゴ無しブラックです。 この黒子に徹したようなスタイルが気に入ってます。 不思議に手に持っているカメラで、里山で出会う人達のタイプが違ってくるのです。 というか、私としてはそういう気がするんですね。

雑文

雑文

タムロン 24-48mm/F3.5-3.8 http://ja8pmn.fc2web.com/camera/sinri/Tamron_13A/Tamron_13A_1.htm このレンズ、私はたしか2本持っていると思います。 ところで先日、フイルムカメラやレンズのコレクターの方の写真を見せてもらったんですが(スマホで)、 防湿庫の中に入っているカメラは高級機ばかり、レンズも純正レンズだけでしたね。 コレクターという人種の持ち物とはそんなものです。 しかし私の場合は、廉価カメラもありますし、レンズのメインはシグマとかタムロンなどのサードパーティ のものです。高級機や純正レンズもありますがジャンク品も持っているというところが、本格的なコレク ターとは違うところです。ですから私の場合はコレクターとは言えないのでしょう。 SF的に奇妙なレンズウイルスが流行ったとします。ブランドウイルスと名づけられ、キヤノンや二コン、 ライカやツァイスなど、世の中の純正レンズは皆、そのウイルスにやられてしまい、曇って使えなくなり ました。なぜか不思議にサードパーティ製の古いレンズだけは罹患しなかったのです。(^^ゞ  そうなるとタムロンやシグマのオールドレンズの取り合いです。レンズがなければ写真は撮れません。 ジャンクレンズとして数百円から売られているサードパーティ製オールドレンズは価格が高騰し引っ張り だことなるのは間違いないでしょう。(笑) 投稿写真にイグジフ情報を載せないで投稿するという人がいます。一部ではなく全ての投稿でそうで すから、これは敢えて意識して、そうなされているものと思われます。撮影されている被写体は何でもない ものばかりで特別に被写体として価値のあるものではありません。 これで改めて感じたのは、投稿写真にデータがないと、その投稿画像には何の興味も沸かなくなると いう現実でした。これはどういうことかというと、結局は写真というのは、カメラやレンズが撮っているので あって、その機材を保持していた人物はその機材を支えていただけなのか、ということなのかもしれま せん。考えてみれば私などはその典型でしょうね。 もちろん優れた被写体や価値あるものを撮影されている場合は、機材情報などなくても問題がないの ですよ。これは完全に写真として勝負できるからです。しかしそうではなくて、何でもない日々の感性的、 自己記録的な写真の場合には、やはりイグジフ情報のお世話にならないと、我々の写真は成り立たな いだろうという現実でした。 私も含めて多くの人の写真は、自分が撮っているというよりも、むしろカメラとかレンズが撮っていると いうことなんではないですかね。(^^ゞ  実際のところ、私の感覚としても、今日はどのカメラでレンズで撮っていこうかという選択は重要です。 最初にそこから始るという気がしてますね。とにかくイグジフ情報がない写真のことで多いに考えさせら れました。 機材情報というのは、実は大昔から写真に添付されていて、今はなきアサヒカメラや日本カメラの搭載 写真には撮影データが付いていました。大体、雑誌の名前自体が○○カメラであって、○○写真では なかったですからね。(新聞のコンテスト写真には機材データはないですがね) 多くの人が意識するのかしないのかに関わらず、写真とはカメラであり、レンズであるという認識をして いるのではないですかね。 写真に機材情報を入れるというのは、あくまでも写真愛好家同士の場合です。ですから新聞や雑誌と いう一般の方が見る写真には機材情報はいりません。一般の写真を知らない人にとっては意味不明 のイグジフ情報ですが、写真愛好家どうしでは機材情報はなければならないという気がします。 さらに写真はアートだ、というのはあくまでも写真を知らない素人さんには通用するかも知れませんが、 写真を知っているものには無意味な写真画像になってしまいます。 長く写真をやっていくと、本当に写真なんて機材のお陰でやれているというのがよく分かります。 カメラやレンズメーカーのお陰で写真をやれている。今風に言えば、お陰で写真をさせて頂いています。 ということですか。(^^ゞ  今回、改めて写真というものに、機材というものが如何に大事だったか。ということが良く再認識できる ようになりました。そういうことではイグジフ情報なしさんに感謝ですね。 と、ここまでは前書きです。(^^ゞ  リアルな現像をされるシッポ座さんのタムロン写真。これを見て、ヌケが悪いレンズだねっていうのが よく分かります。高級オリンパスレンズとは大違い。しかし古いサードパーティ製レンズというのはこんな ものでして、そのヌケが悪い画像を無理やりコントラストをつけて明度を調節してHDR風に何とか誤魔 かすんですが、それをしなければ、こういうリアルな写真画像となります。(^^ゞ  良いレンズ、良いカメラを使っていると、大体はカメラやレンズが自動的に調整してくれているので ユーザーはあまりなにもしなくてよいんですね。それでレンズが、カメラが悪いとなると、今度はソフトの 出番です。優れた RAWソフトはそれらを挽回する能力があります。もっともそれは誤魔化しの技術とも いえるわけですが、それを言えばカメラ内のチップに植えつけられた画像エンジンですらそうです。 よくカメラの何々モードを有り難がる人がいますが、ああいうのは優れたRAWソフトがあれば手動でも できるものです。ソフトウエアで自分で調節できない人が○○モードを有りがたかっているだけなんで すね。 デジタルカメラが基本的に記録できるデータはあくまでひとつであってそのひとつを画像調節して、いろ いろとあるようにしているだけなんです。そして基本として調整すればするほど画質は劣化します。 そして素人さんはその劣化に気が付きません。ギタギタになった画像を綺麗だと勘違いをしている人が 多いです。 高級なカメラやレンズはアナログ技術がすごくて、そのコストが掛かる技術でもって、可能な限り画質を 劣化させないようにしています。カメラの廉価機中級機と高級機の画質の違いはそのコストを掛けた アナログ技術に拠っています。 レンズなどはまさしくそうです。私も高級機と言われるレンズを一度試してみましたがどんなカメラに着け ても見事に写ります。現像時にもほぼ何もしなくてもOKですし。 逆の考え方をしますと、高級カメラやレンズばかり使っているとそれが当たり前になってしまい、写真と いうものの現実が見えなくなってくるように思いますね。 写真はカメラ(フイルム)、レンズ、RAWソフトの3つの組み合わせで出来ていて、そのどれが欠けても 苦労するというか、もしくは逆に考えれば挽回できるというか、とにかくそういうものだろうと考えています。 しかし完璧に仕上げるだけが良いのかと言えば、そうとも言えないのが写真です。 完璧すぎると現実のリアル感を返って喪失してしまう場合があるんですね。 よく言われますが、美何美女といわれる人の顔のパーツの大きさや配置は、全ての人の平均値である ということです。そこに個性は喪失されていてそれが美何美女だというのですね。そういう美男美女が 面白いかと言えば現実的にはそうではないですね。 それで写真も一点どこか崩れている(特出している)のが面白いのじゃないかなって思うんです。完璧に 仕上げた写真は確かに優れているでしょうけど、どこかリアル感が不足しているという気がしています。 今回のタムロンのお写真。高級PC+高輝度モニターで見ると大変なリアル感(猛暑の)があります。 しかしそうではない普通のPCモニターで見ると暗部が潰れていて現像に失敗していると感じるわけです。 リアル感というのは、そういうことでは一筋縄ではいきませんね。 写真画像の入り口(レンズ)と出口(モニター)は同価値を持つと以前から私は考えています。その真ん中 にカメラ(フイルム)とRAW現像ソフトがあるんでしょうが、とにかくレンズとモニターというのは決定的な 役割を果たしているように思いますね。 レンズの不足をモニターでカバーできるということなんですが、じゃあ、レンズが良くて普通に見られると いうことになれば、今度はきっとリアル感が不足してしまうんではないかと思うんですね。 結局のところ、機材の良し悪しというのは一体何だろうって考えてしまうところがあります。 私がサードパーティ製の廉価レンズを手放せないというのは、そういうところにあるのだろうと以前から 考えています。ようするに廉価レンズとか古いレンズというは面白いんです。 高級と言われるブランドレンズを揃えているのはコレクターです。でもコレクターは写真を実際に撮って 楽しんでいるかといえばそうとは思えません。防湿庫に入れて楽しんでいるだけかもしれないですし。 レンズは色々とあって様々なのでして、それらを使って行くというのは本当に面白いと私は常々思って います。写真の面白さが良くわかるんですね。それで高級レンズを買えばその反対に廉価レンズも手に しなければならないと考えています。 高級レンズ=高価=単焦点=とにかく重い 廉価レンズ=安い=ズームレンズ=軽い こういう相場でしょうが、その中間に 中級レンズ=価格はまあまあ=重さは普通=使いやすくて実用的 というわけで使いやすいのは中級レンズです。これは間違いなくそうでして、画質に凝らずにスピーディ に多量に撮影をする場合は中級レンズのズームという具合になります。 一番使いやすくてそこそこ満足できる実用的な中級レンズに落ち着くというわけですけど、それでは 写真の面白さが分からなくて、それで高級レンズや廉価レンズにも手を出すというのが写真マニアの 常套だろうと思います。と言いますか、普通は高級レンズだけに行って廉価レンズを無視しますね。 しかしそれは間違いでして、高級レンズと廉価レンズ・オールドレンズはセットだと考えるべきです。 コレクターになりたければ高級レンズだけでいいんですが、写真を続けたければ廉価レンズは必須 だと私は考えています。 高級レンズ、そのどこが優れているのか、ユーザーには分かりません。ただ圧倒されるだけでしてね。 それでは面白くない、レンズのことが分かるには廉価レンズを知ることで得られるものがあるからです。 そんなわけで私は廉価なレンズや古い安物のレンズをお勧めします。(^^ゞ  猛暑ということもあり、写真撮影はお休みをしています。撮影をしなければ歩き運動もできないのですが 代わりに水泳をしています。野外で歩くよりなんぼか涼しいですわ。(笑) 

無題

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モノクロ写真とカラー写真の違いは、画像がモノクロかカラーかではなくて、モノクロで撮るかカラー で撮るかの相違です。昔でいえばモノクロフイルムをカメラに詰めればそれはモノクロ写真だとい うことです。 いっぽう、カラー写真が既にあってそれをモノクロ化するというのは、本質的にはモノクロ写真では ないと私は考えます。単に表現としてモノクロにしただけのカラー写真ですね。擬似モノクロです。 この違いを理解できる人は現在ではいません。なぜならば当人にとって写真はカラー写真であって 最初からカラー写真しか知らないからです。 よく似た例でシグマのフォビオン写真があります。カラー写真のひとつですが撮像素子が普通の カラーカメラとは違います。このフォビオンも、そのフォビオンが理解できるようになるには、他の カメラをシャットアウトしてフォビオンばかり使う必要がありますね。それを1年くらいは最低限続ける 必要があると考えています。それでやっと理解の入り口にたどり着くくらいです。 そういうわけですからモノクロ写真も、カラー撮影を止めてモノクロだけにして撮影を続ける必要が あると考えています。もちろんそれは普通のカラーカメラで可能であって、要はそれを続けること ができるのかどうかにかかっています。それを最低限つづけることで、はじめてモノクローム写真 とは何かが理解できるのだろうということですね。 リアルなモノクローム写真、フェイクなモノクロ写真、その2つを見分けるには努力と継続が必要な んだということかもしれません。 この今の現在、人工知能でもって本物と偽者が曖昧になるような時代に突入しています。 それはある意味で大きな時代の危機であるだろうといえます。生成AIはそれを使いこなせる人に とっては朗報ですが、そういう人はごく一部であって、大衆といえる殆どの人は人工知能によって 自らを失うだろうと私は予測しています。識者の間でもそのような危惧が多く聞かれますね。 私自身、この1年は様々な試行錯誤が続いたという気がしています。まずレンズでは単焦点レンズ やオールドレンズへの関心、そしてさらにミラーレスカメラと光学一眼レフへの関心へと移行。 そして偶然にもモノクロカメラが出たということで今は黒白写真に入っていますが、この目まぐるし い試行錯誤は、占星術でいえば木星が牡羊座を通過した為に起こった現象のようです。 ズームレンズと単焦点レンズ、ミラーレスと一眼レフの違いはさほどのことはなくて、これまでも そういう試行錯誤は定期的にやっていたことですが、今回のモノクローム写真は違います。私が デジタル写真に入ってから始めての写真に対する根源的な問いかけとなるようです。 黒白写真は簡単に言いますと、モノクロの眼と頭をもって写真を撮るということに尽きます。 膨大で魅力的なカラー情報を自らシャットアウトすることです。 そんなこと、普通の人間は絶対にしません。百万円くれるというのを、いえ私は10万円でいいです。 というのと同じであって、飽食と清貧の違いというくらいのものがあります。自ら、本来得られるで あろう利益や欲得を捨てるということですからね。 K3M3Mはこれはモノクロ専用機ですから当然なのですが、普通のカラーカメラすらもモノクロで やっていこうというのは、そこに清貧の思想というものがなければできませんし、そもそも黒白と カラーの両方を同時に行うというのは如何にも中途半端であって、それでは多分何も得られないと いう気がしています。

無題

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モノクロ写真といいますと、やはりシグマ・フォビオンを持ち出さなければならなくなります。 シグマSD-1メリルはセンサー数は1500万画素でして、カラー化すればその3倍の4500万画素となり ます。それでモノクロモードにすると1500万画素出力のままです。 原理的に言えば、カラーフィルターもなし、ピクセル補完処理もしないとなると、それはモノクロ専用機 と原理的には同一です。 今回の撮影はRAW-BWで撮影しています。RAWなのでその気になればカラー転換はできますが、 それは見ずにモノクロのままで選別し現像しています。専用ソフトで現像なので、カラー画像は見ない ですむのがメリットです。 1500万画素なのでペンタK3M3Mの2500万画素に比べれば低画素タイプのカメラとなります。しかし 1500万もあれば十分というわけで、APSカメラとしてはこれくらいの画素数がベストかもしれません。 カメラは古いシグマなので最新のK3M3Mのようにスムーズに撮影はできませんが、十分にしてモノク ローム撮影を楽しむことができます。 モノクローム専用機の持ち味は、その高画素の超解像力とシャープな画質にあります。 そもそもモノクロが高解像度だというのは昔のフイルムからそうです。 それはカラーカメラが逆立ちしてもできない芸当なので、それで思うにソニー製のフルサイズセンサー 6000千万画素を是非にモノクロカメラ化して欲しいものですね。おそらくライカM11モノクロームが そのセンサーを使っているのでは?と思われるのですが高価格過ぎです。やはり日本のカメラメーカー がやるべきことだと考えます。 カラーでみるフォビオンの画像と違って、モノクロ画像は眼にはものすごく優しく楽です。これは決定的 なことなので、どうしても言っておきたいことですね。カラー画像はモノクロの3倍は疲れます。(笑) これまで何故にカラー画像に拘ってきたのか、今となっては不思議としか言いようがないわけですが、 私も写真のことがよく分かっていなかったというでしょう。 デジタル時代全盛の今、フイルム写真にこだわっておられる方がいます。それはとても 大切なことだと 私も考えています。地方ではもうフイルム写真をするのは不可能という現実があり、それで私としては デジタルだけどモノクロでやっていくというのも良いのかな?って考えるところがあります。 よく手間暇をかけるのが趣味の骨頂であるといわれますが、デジタルモノクロームは実に簡単で手間 要らずですね。面倒くさがり屋の私には向いていそうです。 今回モノクロ写真をするに、最初に思ったのは、これまで懸念していた超高画素高解像度のカメラも 黒白写真となれば無害になるという現実でした。カラー写真の実質解像度はモノクロ専用機の1/3~ 1/4でしかなかったという事実、これを眼の当たりにしたということです。要は、カラー情報を捨てれば 写真というのはこんなに楽になるのだということでした。

石仏

石仏

石仏は信仰の対象でもあるのですが、製作者にとっては半分は芸術というところがありますね。 この石仏は間違いなく第一級の芸術作品だと思います。 我々の写真は儚いものですが、この石仏は永劫の日々を経過してもなお輝きを失せていません。 9rさんの撮られた石仏写真を思い起こしておりますと、東北にある石仏は芸術レベルが非常に高い ですね。 こういう石仏が重文とか何とかになると建物の覆いが作られたりして雰囲気が台無しになってしま います。あまり有名にならずにずっとこのままでいて欲しいと願ってます。(^^ 写真をお借りして、少し輝度やコントラストを弱めてみました。私の画像処理用PCでちょうどよいか なっていうレベルにしているので普通のモニターでは眠く感じるかもしれません。 石仏群の輝度を落とし逆に背景の海を持ち上げてみました。夕やけのレッドのラインが印象深くて これが石仏に良い影響を与えるようにしなければならないのですが難しいところです。 撮影条件が厳しかったお写真なんてすが、画像処理でもってライトの光源を落としたということにな りますか。(^^ゞ 個人的に、写真は長く見続けることのできるのが良いのではないかと最近考えるようになりました。 画像は基本的に、輝度とコントラストを落とせば画質が柔らかくなります。 https://www.eizo.co.jp/eizolibrary/other/itmedia01_02/ ただ柔らかく眠くなっただけでは面白くなく、やはりその分は豊富な階調が出現しなくてはなりませ んね。しかし良いカメラ良いレンズというのは、コントラストもあるけれど階調も豊かなものをいいます。 画像として一瞬に人目を引く、というのは高輝度高コントラストの画像であるわけです。CMなどの画像 や映像はそんな感じでつくられています。しかし1枚の写真を長く見続けて、写真を深く読ませ、そして 長く記憶に留めさすということでは、高輝度高コントラストは妨げになる場合があるようです。 これはどういうことかと言いますと、まず低輝度低コントラストの画像は長く画像を注視することが可能 なこと。そして豊富な階調と解像力は、ゆっくりとではあるが多くの情報を鑑賞者側に読取らせることが できるのではないかということです。 しかしデジタル写真の基本はあくまでも、高輝度、高コントラスト、強い発色、そして豊富な階調です。 この4つのパワーがないと写真は面白くありません。そしてユーザー自身がそれらを自由にコントロー ルして取捨選択することで、さらに写真は有意義になるのではないですかね。

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