キヤノン EOS 30D 作例

2006年3月18日発売

EOS 30Dの仕様

2006年2月に発表された、EOS 20Dの後継にあたるキヤノンのAPS-C中級デジタル一眼レフである。ハイアマチュアに加えて入門機からのステップアップ層も対象とし、約820万画素CMOSとDIGIC II、9点AF、視野率95%のファインダーといった基本部分を20Dから引き継ぎながら、液晶モニターを2.5型に大きくし、色調整機能「ピクチャースタイル」を新たに搭載した正常進化の機種である。2007年8月には後継のEOS 40Dが発表された。

シリーズ
EOS xxD
位置付け
APS-Cの中級機(ハイアマチュア向け)
先代
EOS 20D
後継
EOS 40D
ライバル
D200

EOS 30Dについて詳しく読む

投稿写真 1597枚

ロータス・ヨーロッパ

ロータス・ヨーロッパ

 今から12年前の企画展で撮影したロータス・ヨーロッパ。残念ながら風吹裕矢仕様の「ツインカムスペシャル」ではありません。  「常にライバルに車のパワーでは負けていた」はずの、「サーキットの狼」主人公風吹裕矢ですが、一度だけ、立場が逆転して、かつての愛車だったロータス・ヨーロッパに追い回され、(レースの一局面とはいえ)苦杯をなめるシーンがあります。  流石島レース、コミック15巻がそれで、天候変化を読み誤った主人公たちは雨用タイヤへの交換タイミングを逃し、ロータスを含むタイヤ交換組に猛烈に追い上げられます。ここで、劇中、さんざん繰り返してきた「大排気量車を相手にテクニックで勝利する」という図式を主人公自らがくらってしまうわけです。 (天候を読めなかったのはテクニックにおぼれて注意散漫になっていたとも言える)  豪雨の中のスリックタイヤで、思うように制御できない中、主人公苦肉の策として、小刻みにハンドルを切ってタイヤを路面にこすりつけてグリップを得る「ソーイング」走行が使われるわけですが、これはまぎれもない蛇行であるわけでスピードは失われ、排気量半分のロータスにつつかれることに。  物語はこれで終わらず、先行した雨天タイヤ組も、輩による妨害工作を受けてリードを喪失し、ロータスのドライバーは悲劇的な結末を迎えます。主人公と競えるだけでも喜びだった、彼の悲哀が物語を引き締めていて、終盤の盛り上がりにつながるのですが、今読み返しても、本当によくできた物語でした。  池沢氏によれば、「漫画で使用したエピソードは半分が(自身が経験した)実話」だそうで、また各局面で、現実のレースでの出来事をモチーフしたシーンも描かれているため、リアリティのある漫画でした。  写真において、私はテクニックは持ち合わせてないので溺れるようなこともないのですが、注意力が散漫になることはよくありますね。写真でも、ひらめきだけでなく注意力が必要なのだと思いますが、あとになって後悔することばかりです。

獰猛なヤツ・ここにあり

獰猛なヤツ・ここにあり

 以前投稿した子ツバメ写真の余剰部分にスーパーカー2台を重ねた画像。子ツバメはそんな獰猛なことありませんが、片目キラリでその雰囲気を。  久々に漫画話。漫画「サーキットの狼」で、この2台、ディーノ246GTとミウラSは、主役級のマシンとして活躍します。(劇中でのカラーリングは逆で、ミウラがイエロー、ディーノがレッド)  中盤、瀬戸内海塩飽諸島の孤島で行われる、真夏の耐久レース「流石島レース」で、この二台の改造マシンが出走します。しかしランボルギーニ・ミウラは、もともとの弱点である排熱問題が露呈し、序盤と終盤で二度も、過熱によるエンジントラブルが発生して後退します。(中盤は雷雨により冷却され、ペースも落ちたので問題にならなかった)  一方のディーノ246GTは、エンジンも載せ替え、徹底的な改造が施された、ディーノ・レーシングスペシャルとして出走し、終盤にフロント部分を軽くクラッシュしてヘッドライトを失うアクシデントに見舞われますが、ライバル車がそれ以上のダメージを受け、直進できなくなってしまうため、差を挽回して優勝します。  私がインチキ・マニュアルフォーカス法として自称している「ソーイング」は、劇中で主人公風吹裕也が、雨中でグリップを失った晴天用タイヤを少しでも食いつかせるために、タイヤを路面に擦り付けように行ったハンドル操作に由来してます。(なんのこっちゃ)  「サーキットの狼」における流石島レースは、たくみな伏線が配置され、登場人物たちの浮沈がドラマチックに描かれた傑作でした。ここが人気のピークでもありました。  実在しない改造車にフェラーリの名前を付けてプラモデルとして売り出したため、版権の問題もあったようですが、裁判沙汰になったとは聞いてませんね。また、「塩飽諸島の閑静な漁村であった流石島」は、本四連絡架橋のルート上にあり、サービスエリアが建設された与島をモデルにしているように思います。劇中描かれた、海上架橋コース「サーフィンライン(ビーチラインとも)」あたりにそのイメージがうかがえます。  実際、与島にもごく一時期ですが、レーシングカートサーキットが営業していた史実がありますたい。  作者の池沢さとし氏は、1975年頃に公表された、与島開発のイメージデッサンを参考にしたのかもしれません。

野球漫画における丸刈り描写

野球漫画における丸刈り描写

 少年野球にて、バントを見事に決める2番バッター君。俊足快打の1番バッターが出塁し、盗塁を決めてバントで三塁へ進めて、三番バッターが返す、という鉄板構図。  少年野球では、ランナー一、三塁だと、一塁ランナーの二盗は、ほとんどフリー、という鉄板構図があります。理由は、キャッチャーが二塁送球する間に三塁ランナーが生還してしまうから。  その鉄板をぶち割ったチームを見たことがあります。ランナー 一、三塁で、一塁ランナーの二盗にキャッチャーが反応し二塁へ送球。当然、三塁ランナーがホームを狙うのですが、なんとこの送球がトリックプレーで、ピッチャーがカットし、三塁ランナーを三本間に挟んでアウトにしてしまいました。定石プレーが頭脳プレーに敗北した瞬間。  残念ながらこのプレーを成功させたのは、息子が所属するチームではなく、相手チームでした。  それはともかく、漫画話。  中学・高校の野球部員は、丸刈りが基本とされていますが、漫画の世界ではそうでもなく、ばっちり丸刈りを描いたのは「キャプテン」「プレイボール」(いずれも、ちばあきお作)くらいのように思います。  「ドカベン」では、スポーツ刈りないし角刈りが主流で、なかには賀間や影丸のようにはっきり長髪の選手もいます。地方大会決勝戦で、里中が熱中症気味になり、監督徳川がヤカンの水をかけて落ち着かせるシーンがあります。ここでも里中はやや長髪。  「巨人の星」でも、丸刈りにしてはみな、黒々しているし、伴忠太は明らかに角刈りプラスアルファだし、花形満は謎の長髪マサカリヘアーだ・・・というように。  しかしながら、これらは、丸刈り描写がめんどくさい、というのもあるかもしれません。  髪形が、大きな転換期の描写につながっているのが「新・巨人の星」。体当たりプレーで長嶋監督の心をつかんだ飛雄馬が、巨人復帰を認められるシーン。ここで長嶋監督は、飛雄馬に、長髪をなんとかするよう指示し、「ジャイアンツでは長髪は禁止だ」と、晴れて復帰を認めることを示唆するわけです。  アニメでは、尺を稼ぐためにか、散髪シーンもていねいに描かれています。  ジャイアンツ復帰後、姉の明子が「さわやかに短く髪を刈った飛雄馬が、3という途方もない背番号をつけてプレーする姿を見ると、泣けた」と述懐するシーンもあり、それまで長髪の風来坊体だった飛雄馬が、短髪に変わることで、プロスポーツ選手として復帰したことがはっきりわかる描写となっています。  全般に、青年漫画らしく丁寧で細やかな描写が目立つ「新・巨人の星」ですが、お色気面は皆無で、あるとすればせいぜい、明子さんのネグリジェ+花形満によるお姫様抱っこ、くらいでした。なんとかわいいものでしょう、あははは。  

ランボルギーニの都市伝説

ランボルギーニの都市伝説

 ランボルギーニ・カウンタックQVX。2012年、広島市交通科学館にて。  カウンタックQVXとは、 ×第5ポジ元素を獲得して脅威の進化を遂げたネガアースの生物群。ポジ元素を回収されることで、元の(比較的)おとなしい生物に戻る。 〇1985年にル・マン24時間参戦を目指して開発された、カウンタッククワトロバルボーレをベースにした、 グループCカー、5700CC V12、最高出力650馬力以上。  非常にレアな車体であり、ランボルギーニがレース参戦を忌避していたことからも、貴重な車体と 考えられています。レース参戦は、資金難でとん挫し、活躍は残せず、コレクターズアイテム化して しまったようですが。  ランボルギーニには、都市伝説が多数あります。 ・創業者フェルッチオ(言い間違えるとやばい言葉)が、フェラーリ車のクラッチが自分が作っていた トラクターと同じものでありながらはるかに高い値段をつけて販売 していたことに腹を立て、面会を申し こんだが断れ、以来、フェラーリに勝つクルマを開発することにまい進した ・ランボルギーニ・イオタは4台作られた、ミウラのレーシングバージョンであった ・ランボルギーニはレース参加に消極的であり、その理由は、レース参加の資金集めのために車両を 市販していたフェラーリの姿勢に批判的だったためである  このうち、一つ目と二つ目は、漫画「サーキットの狼」でも紹介されています。ただし、一つ目は、21世紀 に入って、作者池沢氏が、フェルッチオ・ランボルギーニ氏の未亡人に直接取材した際に「面会を申し込んだ 事実はない」とはっきり否定されたそうです。ただ、ウイキペディアのフェルッチオ氏の項目では、 近い事実ががあったことが述べられており、改善点を文書で申し入れしたが、丁重に断られた、 とやりとりそのものは存在したようです。  二つ目の、ランボルギーニ・イオタの真実は、ワンオフで作られた実験車両であり、事故で全損した ことで喪失されたことが、1970年代のうちにはっきりわかっています。また、イオタは、ミウラのレーシングバージョンで はなく、シャーシも異なる別車両であるが、形状は似ているため、 ミウラをベースに作成されたイオタレプリカは 多数あり、その中には、イオタのスペアエンジンを積んだものもあるそうです。うんうん。  最後の、レース忌避の理由は、諸説があってはっきりしていないようです。  どだい、モータースポーツにせよ何にせよ、公表された方針が本当のものであるかどうかは疑問です。たとえば、ホンダは第二次F1参戦を打ち切る理由を「10年の区切り」と主張していましたが、それを本当のものと受け取る人は 誰もおらず、戦力の相対的な低下、バブル経済崩壊に伴う資源投下の見直しといったことが真の理由 と推定されています。  クルマ、家電製品、カメラにしても、「都市伝説」は、販売・広告戦略や、企業イメージのアップのために、 人為的に作成される可能性が高いことも、理解しておく必要があります。  新興メーカーであるランボルギーニは、フェラーリに冷たくあしらわれたことに燃えた、というエモーション が企業イメージをプラスするものになります。また、先般紹介した、CD規格にカラヤン氏がかかわったというのも、 レコードに依存した保守的な業界を変革するのには、巨匠の名前はとてつもなく有効だということも推定 できます。  ウォークマン開発秘話にしても、井深氏、盛田氏といったSONYのトップが、柔軟な発想で現場と連絡を密にしていた、ということは企業風土そのものを広告基盤に活用できるわけですし。    しかしながら、これらは「都市伝説における陰謀史観」でもあるので、あんまり本気に思わないでくださいね、くけけけけけけ。  カウンタック、ベルリネッタ・ボクサーといったスーパーカーはその諸元においても、人為的な都市伝説と言えるもので、 それぞれ最高速度300km/h、最高出力380馬力前後を主張していましたが、せいぜい260~275km/h、300~330馬力 というものです。これでも十分夢のある数字であったことは間違いなく、芸能人がしばしば年齢を詐称するような もの、と言えるかも。(言えるのか?)

EOS30Dで撮るRX-500

EOS30Dで撮るRX-500

 昨日投稿した写真の4年後、RX-500も広島交通博物館の目玉展示品としてすっかりなじんだ頃の撮影。  イギリスのモーターショーに貸し出されたりもして、なかなか 人気です。1970年のデザインとはいえ、今見ても十分に未来的。 ただし、当時のフェラーリやポルシェなどの、グループ5カーの デザインを意識した形跡もあります、だからヨーロッパ受けする のかも。  強化プラスチックの軽量ボディゆえに、馬力はともかく、走行 性能はイタリア車に負けないようですが、なんせワンオフですか ら、このまま量産して儲けを得ることは難しいでしょうね。  カメラはこの頃も30Dでしたが、晩年を迎えつつありました。こういう撮影 では問題ないのですが、花火をRAWで撮影するときとか、連続撮影 するとバッファが一杯になって困ることがありました。  あと、バックモニター液晶の表示品質がよくなく、緑っぽくも 青っぽくもあって人の肌が美しくなく、今の70Dみたいにその場で 示して喜ばれるようなことがなかったです。ヤノキンは「観賞目的 のディスプレイぢやないっす、確認用でっせ」と説明していました ね。  なお、「ヤノキン」はキヤノンをくさすときに使われる業界用語 (だからどこの、だ?)で、ニコンは「ニコチン」、ソニーは 「糞ニー」、ペンタックスは「痰ペッ糞」などなど。  ともかくもよくがんばってくれた30D。RX-500も久しく眺めて ないけれど、この夏には見に行きたいものです。

マツダRX-500ミッドシップ

マツダRX-500ミッドシップ

 投稿者さんからありがたいご感想をいただいたので、マツダ話を 少し続けます。広島交通科学館の企画展で目玉であったマツダRX-500。  ロータリーエンジンをリアミッドシップに積んだ「高速実験車両」 だそうで、1970年の東京モーターショーに出展され、全国のマツダ 販売店を巡って、販促を兼ねた走行実験に供されたそうです。  「カーグラフィック」2011年8月号のマツダ特集で、このクルマ も紹介されており、「モーターショーのブースデザインを監督した 黒川紀章氏の鶴の一声で黄色に塗られた」「最高速度250km/hも 達成したが、ボディが大きくなりすぎてこの形で市販することは あきらめた」等、デザイナーの福田成徳氏へのインタビュー記事が 掲載されています。  なお、この記事の写真担当は、クルマ撮影では有名な北畠主税氏。http://www.vividcar.com/cgi-bin/WebObjects/f1b8d82887.woa/wa/read/f1bb2a48f5/ を参照。  21世紀になって、1970年代の実験車両を復活させる試みが各社 で行われ、トヨタ7ターボなども実走状態に。このRX-500は、 どうもマツダの倉庫に「30年間放置されていた」そうで、レストア には苦労されたようです。  レストアの過程で、塗装断面が三色三層という、どこぞの カメラ の撮像素子みたいになっていることがわかり、「3台色違いが存在 した」という話は間違いで、1台を塗り替えていたのだということ です。つまり、ランボルギーニ・イオタと同様、「世界に一台」の クルマ。イオタはレプリカが出回ったので、それ以上に貴重かも。  こんくらいでいいすかね。そろそろ漫画話いきますよ(爆)  RX-500が活躍した漫画・・・というのは記憶にありませんが、 ミッドシップ車は、居住性や実用性を犠牲にする分だけ、ストイックな魅力があるのか、各種レース漫画では活躍しています。  「サーキットの狼」では、ミッドシップ車の代表格、カウンタック が「クルマの限界が来る前に、ドライバーがギブアップするほど 居住性が悪かった」という描写をされていますが、池沢氏は、 クルマ好きの友達が多く、自分及び友達のいろいろなクルマ体験 (当然トラブル含む)から、たくみにリアリティあふれるエピソード を引き出し、漫画に反映しています。  「熱にドライバーが負けた」というのも、実際にあったことなのでしょう。  「カウンタック」をち密に描写した漫画は、その名も「カウンタック」、梅澤春人氏作。  少年時代にカウンタックに憧れた主人公が、大人になってカウンタックLP400を手に入れるという、それ自体はありふれたストーリーですが、ストーリー展開がテンポよく、周辺人物の物語もふんだんに織り込まれているので、飽きずに読み切ることができます。  劇中では、カウンタックに軽量化と空力改善を施し、公道で 304km/hを記録する、という描写もあります。史実のカウンタックは、70年代の日本における実走試験で最高速260km/h弱、ゼロヨン 13秒台中盤という、カタログデータには及ばないものの、それで も夢のある数値を記録しており、この漫画では、「本当にカタログ データを達成する」ことが見せ場のひとつ、となっています。  モータースポーツは、スポンサーを獲得しなければどうにも ならず、どの漫画も、「主人公を支援する個性的な篤志家」という 存在は欠かせず、この描写が作者の腕の見せ所、となっています。 「カウンタック」におけるスポンサー描写は、やや池沢氏の漫画に 準拠したところが見られますが、リピートではなく、十分に 個性的です。  スポンサー獲得、というところでは「F」は非常に悲劇的な ドラマが描写されていますが、これはネタバレになるので遠慮 します。  私はエンジン工学に詳しくありませんが、スーパーカーが、 熱効率に劣るクルマであることは間違いないようです。要するに 「頼んでもない暖房を真夏にしっかり効かせてくださる」親切設計。  昔乗っていた、4気筒バイクが、「足元に温風を送ってくれる」 という、「冬限定の」親切設計でした。夏は罰ゲーム(笑)

ランボルギーニ・クンタッチ、あるいはクンタッシュとも

ランボルギーニ・クンタッチ、あるいはクンタッシュとも

 広島市交通科学館の企画展におけるランボルギーニ・カウンタック。  スーパーカーブームの人気ナンバーワン。ただ、カウンタックと いう表記は、Countachというつづりから日本人が無理に読んだもの で、実際にはイタリア語の方言における驚きの感嘆詞である、 クンタッチとかいうそうです。このことは近年、有名なトリビアに なってます。つまり岡山弁でいう「どえれえ」「でえれえ」 「ぼっけえ」「もんげえ」に相当すると。  「サーキットの狼」には、悪役として登場しますが、くだんの 「流石島レース」では、中盤まで快走するものの、そのあまりの 狭いキャビンと、運転者の直後に置かれた12気筒エンジンの発熱 からくる、居住性の悪さに、ドライバーが体力を消耗 し、判断力を失って事故する、という結末を迎えます。  劇中のセリフでは「真夏の耐久レースにカウンタックは不向きだ!」と。  一方、真冬の、雪がちらつく中で行われた「日光レース」では これらはむしろ有利な要素になるのですが、今度はドライバーが 調子にのりすぎて、やはり事故を起こし、落命してしまいます。  カウンタックのドライバーの事故死はショックでして、その回 はリアルタイムで読んでいた私は、 当時のスーパーカーブームの終焉に重なるような印象を受けました。

ムーンクラフト・ロータリーGCマシン

ムーンクラフト・ロータリーGCマシン

 1979年に2座席→1座席に規定改正された富士グランドチャンピオン シリーズ用の、ムーンクラフト製市販レーシングマシン。  グラチャン、GCといった呼称で、このタイプのマシンは 「サーキットの狼」にも2座席時代のものが登場します。  ロータリーエンジン13B(2ローター)、300馬力以上という触れ こみです。広島交通科学館にて。  「サーキットの狼」は、スポーツカーレースの後に、シルエット フォーミュラとGCが混走する「ルマンインジャパン・日光レース」 が国内最後のレースとなり、そこからヨーロッパのF3,F2そしてF1 へとステップアップしていき、主人公はGCには乗りません。  ただし、日光レースではランチアストラトスターボを駆って、 生沢徹氏をモチーフしたプロレーサーが乗るGCマシンと闘うシーン もあります。  史実のストラトスターボは、見事なまでに不出来なマシーンで、 レース中に出火炎上してしまうこともありましたし、 劇中でもターボトラブルで予選通過が危ぶまれる描写がありますが 決勝では快調でした。このあたり、作者の池沢氏はさすがにレース 情報に精通しておられたようですし、子どもたちの夢とのバランス も保ったようで、絶妙でした。

「サーキットの狼」におけるフェラーリディーノRS

「サーキットの狼」におけるフェラーリディーノRS

 フェラーリ308GTB。広島市交通科学館にて。    漫画「サーキットの狼」は、中盤の「流石島レース」が人気の ピークだったと思うのですが、そこで主人公が駆ったクルマは 「フェラーリ・ディーノ・レーシングスペシャル」という、ディーノ 246GTに308GTBのV8・3リッターエンジンを積んで、ほとんど 原型をとどめないくらいに改造を加えた、架空のマシーンでした。 (デザイン意匠はフェラーリ社のプロトタイプ「ディーノ・コン ペティオーネ」に準拠)  劇中では、コーナリングや加速、走行安定性に優れた高性能車 として描かれていますが、排気量がライバル車より小さく、直線 の最高速度で負ける様子が描かれてます。  「体格に劣る主人公が知恵と努力と運で強敵に勝つ」 という少年漫画の王道シナリオでもありますが。  このクルマを直線でぶち抜いていくのは、ポルシェカレラRSR ターボ(2.2リットルターボ過給で史実では304km/hの記録あり)、 フェラーリ365GTB(4.3リットル12気筒、同じく306km/h)など。  ディノRSも「380馬力で最高速度は300km/h以上」と紹介されていて、実際に 劇中ではスピードメーターが300km/hに達するシーンもありますが、実速は290km/h前後と思われます。同じエンジンの308GTBも ルマン出場した際に、284km/hを記録してます。 「なんでレーシングカーがスピードメーターつけているんだよ」と いうツッコミもあるのですが、これは劇中で、公道試走するシーン があり、仮ナンバーを取得するための保安部品、という解釈で。  そのクルマが本当に300km/hを突破すると思われるシーンは、 30度バンクを 下りきるところで、垂直方向に働くGや横方向のショックに各所を 強化しているため、他のクルマがアクセルを戻すところを、全開に 近い勢いでぶち抜いていく、というもの。  これはおそらく、この時代までは存在した、富士スピードウェイ の30度バンクで、外国勢が苦戦し国産勢が躍進したことにヒントを得た設定では ないかと思います。  ディーノ・RSは現在も人気で、レプリカ実車を製作して走ら せる人もいて、作者の池沢氏も大喜びだとか。 https://blog.goo.ne.jp/cyrilsnow34/e/efc08ea0bc4218396466e8f48084fc3e

サーキットの狼完結40周年

サーキットの狼完結40周年

 続編を覗けば、「サーキットの狼」は1979年に完結しており、今年 で40年になります。ちなみに連載開始が1974年だから、今年で45年。  スーパーカーを本当にブームに持って行ったのは、 歯磨きのサンスター社だったという説もあります。一方、 中川右介氏は「ブームはどう始まりどう終わるのか (岩波アクティブ新書)」の中で、 「ヒット商品は作り出すことは できてもブームは作り出せない」「ブームは作るものではなく 発見されるものだ」と、90年代のクラシックカメラブームに 関わった立場から論述しています。  池沢さとし氏が「サーキットの狼」を企画したときも、少年誌の 関係者は誰もそれが子どもに受けるとは思っていなくて、長い 説得を続けてやっと連載にこぎつけ、しかも打ち切りが一度決定 してしまうような扱いだったといいます。  そういうものがブームになるのであって、狙ってあたるブームと いうのは(絶対ないとは言えないが)まずないのかもしれません。  「アサヒスーパードライ」がドライビールの ブームを呼んで、いつしか定番ビールの地位につきますが、 これも、開発当時は社内では非常に否定的な扱いで、そのため、 爆発的に売れ始めても生産体制をくんでいないので追いつかなか ったとか。  「サーキットの狼」完結の1979年に発売されたウォークマンも、 やはり社内で「こんなものが;:」という扱いだったそうですが、 これは定番商品を超えて、それまでに(ほぼ)存在しなかった商品 ジャンルを確立した点で、発明に近いレベルにあるかもしれません。  脱線していますが、「サーキットの狼」は、物語のおもしろさ や作画の精緻さでは、中盤の「流石島レース編」がピークだったよ うに思います。Autosprotやカーグラフィック、その他に洋書も含め て作画資料を集めて丁寧に行われたと思われる、実車の描写、 迫力のあるコマ割り、ストロボモーション的なコーナリングの描写など、子供だましではない魅力がありました。  写真は、劇中にも登場したディーノ246GTと、ランボルギーニ・ ミウラ。広島市交通科学館の企画展にて。

懐かしのスーパーカーブーム

懐かしのスーパーカーブーム

 1970年代後半に大ブームとなったスーパーカー。少年ジャンプ連載 の「サーキットの狼」が、ブームの起点だとの説があります。  読書家さんが、「本は三度読みましょう、一度目はストーリーを 理解し、二度目は登場人物の気持ちを理解し、三度目は作者の気持ち を理解しましょう・・」と督励しているのを耳にしたことがあります。  「サーキットの狼」は少年漫画なので、何度も読まねばいけないような 難解な部分はありませんが、何度読んでも面白い物語でも あります。  主要人物の成長ストーリーという点では、ブレなくよく まとまった、いい物語だと思います。スポ根物の一種かもしれま せんが、劇中で「モータースポーツに根性を持ち込むのはむしろ 危険だ」と揶揄するナレーションもあります。  物語の随所にしこまれた伏線も、きちんとストーリー展開に沿って回収されてます。  人気の落ちた後半、展開が駆け足になってしまい、作画も若干 粗くなったのが残念ですが、最終回は秀逸でした。  写真は、広島市交通科学博物館に展示されていたコルベット。 「サーキットの狼」では、作者の池沢さとしさんが「その頃は アメ車に興味がなかった」ということで、クラッシュ要員の扱い しか受けてませんでした。しかし、二度、ル・マン仕様と思われる コルベットが登場しており、最高速度350km前後という史実に 沿った迫力で描かれてもいます・・・

Camera Profile

EOS 30Dについて

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

EOS 30Dは2006年2月22日に発表され、ボディとレンズキット2種が3月18日に発売された。店頭予想価格は、ボディのみが約16万円、EF-S18-55 II Uレンズキットが約18万円、EF-S17-85 IS Uレンズキットが約23万円である。1プレス デジカメWatchキヤノン、ピクチャースタイルを搭載した「EOS 30D」キヤノンの調べでは、前年2005年の世界のデジタル一眼レフ市場は対前年比約53%増の約380万台に広がり、2006年も同13%増の約430万台への拡大が見込まれていた。2プレス キヤノンキヤノンEOS 30D(ニュースリリース)

後継のEOS 40Dは2007年8月20日に発表され、そのニュースリリースはEOS 30Dを「機能や使い勝手で市場から好評を博した」機種と振り返っている。3プレス キヤノンデジタル一眼レフカメラ“EOS 40D”(ニュースリリース)

ラインナップ上の位置付け

EOS 30Dは、2004年9月発売のEOS 20Dの後継機である。キヤノンは、ハイアマチュアだけでなく入門クラスからのステップアップを含む幅広いユーザーを対象とする機種と位置づけ、2005年9月発売のフルサイズ機EOS 5Dと合わせて、ハイアマチュア層のニーズに幅広く対応していくとした。2プレス キヤノンキヤノンEOS 30D(ニュースリリース)

先代からの進化

撮像素子は20Dと同じ約820万画素のCMOSで、映像エンジンもDIGIC IIを引き継ぎ、当時予想されていた1,000万画素級への刷新は見送られた。ファインダーの視野率95%・倍率約0.9倍と、中央だけがクロス測距の9点AFも据え置かれている。4公式 キヤノンEOS 30D - キヤノンカメラミュージアム

目立った変化は、液晶モニターの大型化とピクチャースタイルの搭載である。液晶モニターは1.8型・約11.8万画素から2.5型・約23万画素になった。1プレス デジカメWatchキヤノン、ピクチャースタイルを搭載した「EOS 30D」ピクチャースタイルでは、スタンダード、ポートレート、風景、ニュートラル、忠実設定、モノクロの6種類のプリセットから選べるようになった。5プレス ITmediaニコンとキヤノンから「EOS 30D」 2.5型液晶でスペックアップ

細部では、画面中央部約3.5%を測るスポット測光、秒間3コマの低速連続撮影、RGB個別のヒストグラム表示、ダイレクトプリントやパソコンへの画像転送をワンタッチで行えるイージーダイレクトボタンが加わり、ISO感度は1/3段刻みで設定できるようになった。6レビュー デジカメWatch【新製品レビュー】キヤノン EOS 30Dニュースリリースと発表記事によれば、連続撮影可能枚数はJPEG(ラージ・ファイン)で約23枚から約30枚に、RAWで6枚から11枚に増えたとされる。CIPA基準の撮影可能枚数も、ストロボ50%発光時で約700枚から約750枚に増えた。2プレス キヤノンキヤノンEOS 30D(ニュースリリース)

発売時のデジカメWatchの新製品レビューは、EOS D30からD60、10D、20Dと世代ごとに大きく進化してきたキヤノンの中級機の中で、EOS 30Dを「実は大きく変わったところがない」正常進化の機種と評した。6レビュー デジカメWatch【新製品レビュー】キヤノン EOS 30D価格.comの掲示板にも、「20Dが色あせないほどの進化」にとどまるとマイナーチェンジ性を指摘する声がある。7掲示板 価格.com『評価高いですね。』 CANON EOS 30D ボディ のクチコミ掲示板

ライバル機種との比較

ライバルのニコンD200は、EOS 30Dより約4カ月早い2005年11月1日に発表され、EOS 30Dの発売時には既に市場に出ていた。ニコンが「D2X/D2Hsに次ぐ中堅機」と位置づけたプロ/ハイアマ向け機で、有効1,020万画素CCD、中央のみクロス測距の11点AF、視野率約95%・倍率約0.94倍のファインダー、秒5コマの連写を備え、店頭予想価格は約20万円だった。8プレス デジカメWatchニコン、プロ/ハイアマ向けデジタル一眼レフ「D200」

画素数とAF測距点の数ではD200が上回る。一方で、高感度時の画質はEOS 30Dが優れるという見方が、発売時のデジカメWatchの新製品レビューと価格.comの掲示板に共通している。価格差はボディ単体で約4万円あった。6レビュー デジカメWatch【新製品レビュー】キヤノン EOS 30D

開発の背景

ニュースリリースは、EOS 30Dの開発を「基本性能の充実とさらなる進化」と「EOS 20Dに寄せられたユーザーの要望へのきめ細かな対応」と説明した。キヤノンは、2005年9月発売で報道・スポーツ向けのEOS-1D Mark II Nと、2004年11月発売で高画素・高画質志向のEOS-1Ds Mark IIを、プロ用の上位2機種として既に展開していた。EOS 30Dには、その「高画質」という強みを、撮影から出力までの一連の流れでハイアマチュア層に還元する狙いがあったという。2プレス キヤノンキヤノンEOS 30D(ニュースリリース)

出力の面では、同時に発表したインクジェットプリンター「PIXUS Pro9500/Pro9000」と「imagePROGRAF iPF5000」との連携印刷の強化も狙いの一つだった。付属のRAW現像ソフト「Digital Photo Professional 2.1」を通じて、ソフトウエアでも連携を図っている。2プレス キヤノンキヤノンEOS 30D(ニュースリリース)

利用者の評判

価格.comのユーザーレビューでは、254件で総合満足度は4.58である。項目別ではバッテリーが4.73、画質が4.52、操作性が4.51と高い一方、液晶は3.35で、カテゴリ平均の4.30を下回る唯一の項目になっている。良い点としては、バッテリー持ちのよさと、820万画素という画素数を使いやすい、バランスが良いとする声が繰り返し挙がる。悪い点としては重さと携帯性、屋外での見にくさなど液晶モニターへの不満が挙がり、常用できる感度はISO800程度までとする意見も複数ある。9レビュー 価格.comCANON EOS 30D ボディ レビュー評価・評判

価格.comの掲示板でも、液晶の画質以外にはほとんど不満がないとする声や、画素数を追わない姿勢を評価する声があり、ユーザーレビューの傾向と重なる。7掲示板 価格.com『評価高いですね。』 CANON EOS 30D ボディ のクチコミ掲示板

評判の出典

5件

内容の確認日: 2026年9月28日

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