シグマ dp2 Quattro 作例

2014年2月13日発売

dp2 Quattroの仕様

dp2 Quattroは、2014年6月に発売された45mm相当の単焦点レンズを持つAPS-Cカメラである。新世代Foveonセンサーは、3層の画素密度を変えることでデータ量を抑えながら解像度を高めた。一方、横長で後方にグリップが張り出すボディには、増大した処理回路と熱源、大容量電池を配置し、画質を優先する設計判断が表れている。

シリーズ
dp Quattro
位置付け
新世代Foveonを最初に採用した45mm相当のレンズ固定式APS-C機
先代
DP2 Merrill
ライバル
GR X100S

dp2 Quattroについて詳しく読む

投稿写真 300枚

無題

無題

なんでもない雑草を上げてみました。この時期にどこにでもある草花です。 しかしダム湖の中ですので1・2年後には湖底に沈みます。そんなこととは関係なく時期がくれば 花は咲き虫がやってきます。草や虫たちには数年後のことなど理解できませんし、何よりも今が 大事です。この今こそが大切という、それは写真人にも言えることなのかもしれませんね。(^^ゞ  人間の意識はDNAという細胞核のなかの核酸が担っているという説があります。核酸は物質です。 核の中にある酸性物質という意味で名づけられたものですが非常に複雑なーで高度な高分子です。 物質が意識を持つというのはありえる話ですね。このDNAの遺伝子情報によってたんぱく質が作られ 我々の肉体そのものもを形作っています。で、意識はどこにあるかと申しますと脳にあるのでしょうが それだけでなくDNA自体にもその原型が存在するだろうというわけです。DNAがなければ脳自体が 存在しないわけですからこれは当たり前なのでしょう。 同じ人間でもその意識の差異というものはあるようです。IQとかEQとかで御馴染みですが、これを 極めて高度にすれば、この世界というものは今の私とはまた違ってきて見えるはずです。 私は一度、随分以前ですが人工的にIQを上げる実験をしたことがあります。酵素という蛋白質を使い ました。たぶん感覚的に150くらいに上がった感じでしたかね。周囲の人は怪訝な感じでした。(笑) しかしIQを上げても運というものは上がりませんでしたからあまり意味がありませんでした。 次に応用したのは磁気です。これは発動までに数年を要しましたが運が上がりました。EQが向上 したと言っても言いのでしょう。 この磁気発動には、それはそうあるべき時期の到来というものがあるわけですが、やはり基本的に は脳内を活発化する日頃の習慣というものが大事だろうということです。食生活や睡眠、運動などで すね。また写真行為にもそれを応用すべきだと考えています。 私が占星術を研究していた時期はIQを上げていた頃だったのでもう今では新しい発見はできません。 今はだた過去の遺産を応用しているだけですね。 不思議な一致なのですが、2019年末からちょっと私の運も下向してきて、それは既に取り戻している のですが、まことに奇妙にこのコロナ禍の時期と一致しているというわけです。この間はあまり読書も できずで歩き撮影も滞り、私の脳は亡羊としていたのかもしれません。(笑) しかしこれからは再び 活発化したいものです。 これからの世の中、この世界がどのようになっていくのか、興味を持って見ていきたいと考えています。

光学一眼レフと、コンデジ・ミラーレスカメラの違いとは・・・

光学一眼レフと、コンデジ・ミラーレスカメラの違いとは・・・

光学一眼レフと、コンデジ・ミラーレスカメラの違いとは・・・ 最初に断っておきますが、私の場合、ミラーレスは背面液晶モニターでしか撮影をしません。電子 ファインダー・EVFは全く使っていません。それでEVFのないコンデジと同じようなやり方しかしてい ないんですね。(^^ゞ  光学一眼レフ・デジイチの方は、光学ファインダーで撮ったり、ライブビューで撮ったりで、その時で 変わります。 デジイチ、とりわけフルサイズ一眼は、そのファインダーも大きくて撮影時には、いかにも写真撮影 をしているねっていう気分を存分味わうことができます。 日中野外の撮影だと日差しがきついので、ミラーレスだと液晶視は辛いのですが、その点、デジイチ は有利です。しかし曇り空だとミラーレスやコンデジの撮影は楽になりまし、夕暮れ撮影でもそうです。 デジイチとミラーレスは、その装備の重さも随分と違います。今回のダム湖内の撮影はdp0とdp2を 持参しましたが、交換バッテリーを含めても小さなバックに入れられて、その軽さが有難いです。 これがデジイチだと、キスデジ2台であっても小型バックから1台はハミ出ます。 ミラーレス・コンデジは、とにかく軽量なので撮影時の歩きが進み長い距離と時間を稼ぐことができるん ですね。なお私の場合、キスデジでもバッテリーグリップ装備であり、シグマコンデジも自作L字グリップ を付けていますので、普通の状態よりも大きくなっています。(重量はさほど変わらず) デジイチはファインダーがありますので、撮影そのものを楽しむことができますね。かたやミラーレスは 撮影自体は淡々としたものですけど、風景という被写体に溶け込んで撮影することができます。常に 被写体の光景のみを見ているわけで、カメラというものを意識せずにすむのが長所です。カメラがデジ イチに比べて小さいというのも機材への意識性が低いです。 この2つの方式のカメラを交互に使っているのですが、そのどちらも捨てがたいものかあるなって思い ます。 私が東北撮影をしたのは2回ですが、最初はフルサイズカメラを持っていきました。画素数は1000万画素 ちょいのカメラ。新潟・山形・秋田を見て回りました。2回目はシグマのコンデジ・ミラーレスカメラです。 画素数はLOW-RAW撮影でしたので1000万画素程度です。撮影地は会津・福島・宮城・岩手です。 そして今になって振り返ってみますと、やはり撮影地の印象として2回目の方が印象に残っています。 それは被写体の差であろうかと思いますね。やはり被災地・被爆地の印象は強烈だったのか、という ことです。会津などは被災被爆しておりませんから、その印象は1回目の撮影と同じくもはや薄れ気味 ですね。 これを考えれば、カメラの違いなどは被写体を前にしてすれば何も関係ないねっていうことでしょう。 APSの1000万画素程度あれば写真画質としては十分ですし、もっと小さなカメラであってもさほどの 違いはないのでしょう。こと写真の長い印象力としては、カメラの違いなどはほとんど意味を成さないと いうことかも知れません。 そのように考えますと、機材は少しでも小型で重さが負担にならないほうが広く撮影できますし、結果 としてミラーレスやコンデジのほうに軍配が上がるのかも分かりませんね。 私のように一般の光景というか風景をメインに撮っている分にはミラーレスかなっていうところ。しかし 望遠とか接写の撮影となるとやはりファインダーのあるカメラが良いでしょうね。EVFも負担にならない のであればミラーレスも可というところです。 東北の被災地にはもう一度行って見たいのですが、コロナ禍で行きづらいところがあります。岩手県は ほとんど見れてないですし。もし行ければその時に持って行きたいカメラはミラーレス・コンデジのカメラ になるでしょう。今度は遠慮せずに高画質で撮りたいですね。 このダム湖は現在、試験貯水をしているところで徐々にダム湖の水位が上がっています。満水には2年 くらいはかかるでしょうけど、やがては地上にある全ての植生や人工物も水面下深く沈むことになります。 もう何度も撮影をしてきましたので馴染みとなった村跡ですが言葉に言い尽くせないものがありますね。 将来には渇水などで再び湖底の村跡を垣間見ることができるかも知れませんが、様変わりしたものに なっていることでしょう。

胆沢城跡

胆沢城跡

「精日」-加速度的に日本化する中国人の群像-古畑康雄著/講談社α新書 前回紹介したこの本を今読み進んでいるのですが、正直言ってどこまで本物なのかどうか。(^^ゞ よく分からないところはありますね。とにかく中国人というのはそもそもよく分からない人種ですから。 「中国、稲作地域マップ」 https://blog.goo.ne.jp/morinoizumi33/e/024535f1561503826c5b4350e3e2a1a0 とにかく信用が置けない中国人なんですが、このマップの小麦地帯、稲作地帯を見てみますと、日本 人と気質的によく似ているのが揚子江以南の稲作地域です。(日本の水田稲作はここからやって来た というのが定説です) お米を食べる民族は、お米のタンパク質でもって小麦食のような肉食をしないですみます。せいぜい 魚食ですみますから。それで米食、稲作地域の人々は性格が温和で平和を好み戦闘的ではありま せん。 そもそも稲作地帯は村の共同作業(インフラ投資も伴う)が必用になって来ますので集団の結束力が強く 組織化されていて工業化がしやすい んです。何よりも日本がそうですし、韓国や台湾もそうです。中国でも大きく工業化したのは揚子江 以南の地域ですから。これから発展するベトナムやバングラデッシュもそうですしタイなどは既に工業 化されています。こういうのは全て稲作地域なんですね。 ところがこういう稲作地域というのは温暖な地域であって、そういうところは国民性が温和で性格が 工業化に向くと言っても、やはり新進気鋭の新しいことをやるとか、学問や科学技術を高度に発展さ せるには気候が温暖すぎて少しまずいところがあります。(^^ゞ  やはりやや寒冷なところが技術の発展には向いているんですね。 それは西欧とか米国を見ていればよくわかります。温暖だけど、やはりちょっと寒いでしょう。それで 東アジアの稲作地帯において、やや寒冷地帯に稲作地域があるのは唯一日本だけなんです。 それから当然ながら降雨量がないと農業も文明も発達しません。よい水がないとだめなんですね。 中国の北の方はやや寒冷ではあっても水か少なくモンゴルでは遊牧地域となります。 それでは中国の北はぜんぜんダメかというとそうでもないんです。 「中国・黒竜江省の稲作」 https://www.jacom.or.jp/kome/closeup/2016/160927-30943.php 「ロシア沿海州の水田地帯」 https://agri-biz.jp/item/detail/6527 こんな感じで、日本の稲作技術でもって新しい稲作地域に発展しつつあるんです。 さらには本当かどうか。こいうのもありました。 「東北(青森県を中心とした)弥生稲作は朝鮮半島東北部・ロシア沿海から伝わった」 http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinjitu9/sousaski.html こんな感じで中国黒竜江省やロシアの沿海州というのは、これから発展をしていく、しかも寒冷地で あるので、単に農業だけでなく工業も技術も高度なものが可能になる地域かも知れませんね。 私は以前から、日本海周遊文化圏というのができるのではないかと考えているのですが、これらは 日本と緯度が同じ(東北と北海道)でしかも水も豊かであるというところから来ているんです。冬は寒い のですが稲の育つ夏は十分な気温がありますから。 中国の国土を見てその中国の未来を占うと、大陸本土では従来のような南船北馬といいますか、 ある程度の信用が出来て工業化できるのは人の温和な南半分だけです。歴史的に北の半分は軍事 でもって南側を支配搾取して成り立っていたわけですから、ハッキリ言って現在の国際社会に於いて は不要ですね。北京なんていらないよ、ワシントンがあるから。というのが本当のところで、中国共産党 なんてのは穀潰しでしかないのかもしれません。 黒竜江省や沿海州というのは、やはり日本に近いですから、日本の文化圏に属しないと発展はして いかないと思います。 ところで今の日本の農業、稲作を見ますと・・・ 『大規模水田農業への挑戦』 http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54016188/ から一例を上げますと、 ○滋賀県 有限会社フクハラファーム・・ここは有名です。200ヘクタールというのは日本随一です。 https://fukuharafarm.co.jp/ ○埼玉県 株式会社ヤマザキライス http://www.yamazaki-rice.com/ ○鳥取県 有限会社田中農場 https://www.farm-tanaka.jp/ ○兵庫県 有限会社夢前夢工房 http://y-yumekoubou.net/ だいたいこんな感じでして、大規模農業法人は皆、あくまで商品作物としてのお米を作っているので 有機農法がメインになります。今時もう有機、オーガニックでない食物なんて日本人は見向きもしませ んからね。まあ戦後の緑の革命までは全部が有機農法でしたから、単に従来の農法に戻っただけと いうことです。もっとも昔と違い経営は大規模です。機械化も極まっています。 しかし世界的に見ればこれは最先端を行っているんです。日本人は工業製品でも農業でも品質第一 です。そうでもしなければ外国の農業製品には太刀打ちできませんから。 こんな感じで私は農業に、それも稲作とお米に関心がありますので色々と取り上げましたが、そもそも 水田稲作というのは単なる農業や作物ではなく文明の形態なんです。しかも根本的で且つ高度な形態 であって、これを失ってしまうと日本が日本でなくなる。と考えています。 自分はパンと麺しか食べないから米は不要だなんていう人がいるかも知れませんが、栄養学的に 見ても小麦食と肉食では日本の気候に向いていないというか、たぶんどこか悪いところが出てくると 思います。そういえば最近は裸麦(大麦のひとつ)も見直されてきて、香川では特産品として見直されて いるようです。 話を中国に戻しますと、これから21世紀以後も中国が発展していくとすれば、もはや中華帝国、中華 思想というのでは無理だろうと思います。 この2000年間以降、秦の始皇帝からずっと華北の小麦地域の国が中国大陸を支配してきたような やり方では、もうやっていけないのではないか、ということです。 しかしどこかに中国人の人達が模範とする国がなければならないだろうと思うのですが、それが日本 かどうかはまだ分かりませんね。しかし米国やヨーロッパが模範となることはないだろうというのは 確かです。それは既にやっていてもう限界にきていますから。 ハッキリ言って中国なんてどうでもいい。というのが私の日本人としての本音なんですが、日本人の 特性として、弱者や劣ったものを面倒みるというのがあるんです。余計なお節介だと思うんですけど、 そういうのも日本なんですね。正直、深入りしてほしくないなあって危惧しています。

猪苗代湖

猪苗代湖

自然の湖を持たない四国の人間からすれば、巨大な水たまりである湖は憧れとなるのです。 猪苗代湖は面積としては103㌔平方㍍で日本で4番めに大きな湖ですが、2と3番が霞ヶ浦と サロマ湖という純粋な湖ではないので、この猪苗代湖は琵琶湖についで2番めの大きな湖と 言ってよいでしょう。 裏磐梯から山越えで猪苗代湖に行ったのですが、最初に遠目に垣間見た猪苗代湖の巨大さ に驚いてしまいました。この湖は磐梯山の山崩れによってせき止められた湖だろうと思います。 堰止湖の分類ですかね。本来は大きな盆地というか平原であるところに水が溜まって湖となった わけですね。これは人工的な溜池と同じ成り立ちなので私としては親近感が出てきます。 (調べると猪苗代湖は、地殻の一部が分断されて上下にずれると高低差が生じて窪地が形成さ れるという断層湖というらしいです。バイカル湖、琵琶湖、諏訪湖などがそうです。これに堰止湖 の要因が加わったのかもしれません。) 猪苗代湖は大きな湖なので、湖沿いの道を走ると、ふと瀬戸内の光景に似ているなっていう シーンが多々ありました。実感としては入江の海という感じてす。しかし湖ですから塩水ではなくて 貴重な真水であるということに意義があります。塩水は農業用水や工業用水や都市の水道には 使えませんから。この猪苗代湖の水が会津盆地の農地を満たしているということで宝の水でも あるんですね。 ついでに言うと奥磐梯の湖沼群の水は磐梯山の麓を周って猪苗代湖に注いでいます。それらの 河川は会津盆地を満たしてから阿賀川となって新潟の日本海に流れ落ちるんですね。 地理的には会津盆地は日本海と太平洋の真ん中に位置するんですけど、地形的には日本海側に 属すると言ってよいでしょう。山形盆地も最上川でもってそういう位置関係にありますからね。 福島と山形は近くて、奥磐梯の山を超えて北上すればそこは山形県の米沢市になります。(桧原湖 で地元の人が教えてくれました)  そして会津若松や喜多方の会津盆地を加賀川に沿って下れば、そこは庄内の酒田市ではなくて、 新潟市になるんですね。そんな感じで、何とも山形の地形と似ていることに驚いています。 ところで地図を見ながらふと感じたことなんですが、自然のダムとも言える猪苗代湖の水を中通りの 福島市や郡山市に持ってこれないかな?ということです。今は地形的に会津盆地に流れ込んでいる のですが、会津は会津で本来は阿賀川の水系の盆地です。別に猪苗代湖の水が無けれれば困る ほどでもないでしょう。他方、中通りには阿武隈川が流れていますが西東北ほど水は豊富ではない かもしれません。 猪苗代湖から中通りまで走りましたがさほどの山脈はないですね。用水路を掘っても難しいことは ないように感じます。そして猪苗代湖の水は磐梯山の火山岩地帯の良質の水ですので、その水で 米を作れば美味しくなるはずです。 ここまで書いていて、もしかすれば既にそういうのは実現されているのではないかと思い、調べて みると、これは既に、安積疏水(あさかそすい)や新安積疏水となって実現されていました。 http://www.maff.go.jp/tohoku/nouson/zigohyouka/zigohyoukatop/pdf/h28sinasakakisokouhyou.pdf そういえばお昔、学校で習ったような記憶が・・(^^ゞ さらに想像を逞しくしてみますと、猪苗代湖の水位を低めればそこには膨大な耕地が自然と生まれ ます。とにかく猪苗代湖の膨大な水と、その広大な面積がもったいないなって思いました。猪苗代湖 を干上がらせれば、ほぼ八郎潟干拓地と同じくらいの新たな農地が生まれるのです。(全部を干拓 することは出来ませんが半分くらいは容易に出来そうです。) 猪苗代湖の湖底はフラットだろうと思いますので大型機械農法が可能ですね。 原発災害で失われた国土を取り戻すっていう意味でもこういうのは考えてもいいんじゃないですかね。 この猪苗代湖干拓構想、誰かが考えていないかなって調べたのですがあまり見当たらないようです。 正直言って、放射線災害で汚染されたところは捨てるしかない、というのが私の感想です。数百年も すれば取り戻せるのですから未来永劫失われるということではありません。 とにかく現時点で除染だ何だと言ったところで今はどうしようもないじゃないですかね。除染事業は 無駄な公共土木事業になっているという見方をする人もいます。 ならば積極的に新たな土地を造ればいいんです。その格好の土地が同じ福島県の中にあるじゃ ないかということです。除染に注ぐ膨大な税金を猪苗代湖干拓に回してくれれば、10年20年で湖を 緑の大地にすることが可能です。勿論都市も工業団地も造れますし。 (もっともこれからの日本人口が激減していく時代になりますから、土地は余ってくるということになり ます。いまさら農地も干拓も必用がなく、新しい土木工事などは出来ないでしょう。) 「帰還困難区域」 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/016/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/10/02/1340046_4_2.pdf 帰還困難区域の人口・面積は約2.5万人・約337k㎡となっています。猪苗代湖の約3倍の面積なん ですね。もしくは琵琶湖の面積670.4 km²の半分です。 378,000 km²とは日本の国土面積ですが、その0.1%の面積が失われているのです。住むことも使う ことも出来ません。 参考までに、おさらいとして・・ 原発の放射線被害のことはなかなか分かりにくいのですが、小出裕章氏の話がわかりやすいように 思います。長いので時間のあるときに。 「小出裕章『3.11から7年 放射能のいま…』2018.1.20」 https://www.youtube.com/watch?v=-vM0OXmYiF4&t=6636s

ノンタイトル

ノンタイトル

最近はけっこうヘビーな話題の本を読んでいます。3.11東日本大震災、満州からの引き揚げ、 それから航空機事故とか。 共通するのはそういう絶体絶命の時に、人は如何にして生き抜いているのか。ということです。 それからその惨事の本当の原因といいますか、主たる誘引は何なのかということです。 原因と言わず誘引と書いたのは、それほどに究明は難しいからです。それから原因は分からなく とも今後の対策としてどうするのか。ということも大事なんです、そういう現実的な諸策も。 3.11の本にのめり込んでいた時は、止まるはずのない腕時計が2度止まりました。ほぼ地震時と その後の津波の時刻に近似していました。 いろいろと考えあぐねて、やはり一番の、そういう危機的事態への対策としては、伝統手法とでも 言いますか、昔からの言い伝えに素直であるということですかね。 それからやはり目の前の状況に目を塞がないということ。頭の切り替えを素早くやるということですか。 また知識と論理力というのも常日頃から大切でしょうね。 一例として津波の犠牲になった小学生の占星術をやってみたんですが、これは大変に参考になり ました。その女の子は数週間前に地震を予知し学校が消滅するのを夢に見ました。それだけでなく その学校の日頃の素性とでもいうものも的確に言い当てていたんですね。 とてつもない子供であったわけですが、そういうものがどういう能力であるのか、ほぼ分かりました。 これが今回の読書での最大の収穫だったかもわかりませんね。 一番大事なのは、人間の脳と脳のネットワークを応用すること。ほぼこれが生死を分けるといっても 過言ではないかもしれません。声なき声を研ぎ澄まして聞くということですかね。第六感とでも言い ますけど、これは大体は人と人との脳間ネットワークのそれなんです。 その雑音だらけのシグナルを拾える人と拾えない人がいて、上手く受信できればいち早く行動にでる ことができます。 よくよく考えて見れば、危機管理の話だけでなくて、そういうのは日常的に使っている手法なので あって、よく見てよく考えてそして昔を思い出して・・というのは当たり前のことではあるんです。 ※写真は人柱伝説がある溜池です。大きな池は大体はそんな伝説が付随しています。 人柱というのは堤防を造るときに犠牲者を埋めて造ると決壊しなくなるという話なんですが、これは もちろん大嘘ですね。水圧の掛かる堤防は混じりっけなしの良質の土や石を綿密に締め固めて使い ます。その中に無駄な有機物を入れるっていうことは絶対にありません。 これは千年前でも2千年前でも土木建築の常識です。 人柱伝説は原因と結果が入れ替わっている物語なんですね。堤防が決壊すれば犠牲者がでます。 過去にも何度も決壊して、その犠牲者の心霊が、それ以降のより強固な堤防建設の為のエネルギー となるということ。織り込まれているのは犠牲者の清らかな精霊です。 これが論理的に正しい物語なのですが、子どもや無学な人々には矛盾だらけの人柱伝説となって 伝えられるのです。それはちょうど夢のなかの脈絡のない物語に似ています。 上記の小学生の女の子でもそうですが、ネットワークを受信する能力と、それを論理的に構築する 能力とはまったく別のもので、それは相対する能力でもあるんですね。この2つが強力に備わっている と人間間のネットワークや自然のネットワークから有意なものを得ることができます。 そしてさらには身近な者へと発信することも可能なんです。 ですからその女の子は自らを犠牲にしても母を助けました。地震のあと、お母さんは何度も子供を 迎えに学校にと行こうか行くまいかと逡巡したのですが、行けばそのお母さんも津波の犠牲になって いた可能性が高いです。 なお、大変な犠牲者が出てしまった石巻市の大川小学校は、その原因というよりそのひとつの誘引と して、あの独特なデザイン校舎が挙げられると思っています。ああいう見かけだけのデザイン校舎は 建築の伝統しては凶相そのものです。私には不吉な校舎というしか印象はありません。 なぜあんな校舎にしたのか。建築当時の発注者の思いつきでああなったとしか思えずで、その不用意 な発想が、長年に積み重なってコントロール不能な学校になってしまったのかも知れませんね。 当時の発案者は、地域に長くシンボルとして残る校舎にしたいと考えたそうですが、期せずして校舎 は震災の犠牲のシンボルとして今後も長く残されることになったそうです。 ある意味、これはブラックジョークなんですが、なぜか人柱伝説と似て不可解さを感じてしまいます。

Camera Profile

dp2 Quattroについて

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

シグマは2014年2月10日、dp1・dp2・dp3 Quattroの開発を発表し、CP+2014で動作機を展示した。この段階では価格も発売日も未定であり、新しいセンサーと外形を先に披露する発表だった。1プレス デジカメWatch新世代Foveon X3センサー採用のdp Quattroシリーズ

最初に製品となったdp2は6月27日に発売された。2レビュー 価格.comSIGMA dp2 Quattro レビュー評価・評判 6月12日の発売決定時点でも、広角のdp1と中望遠のdp3の日程は未定で、3機種が同時に店頭へ並んだわけではない。発売決定記事が示した市場想定価格は税別11万円前後だった。3プレス デジカメWatchdp2 Quattroの発売日と価格を決定

ラインナップ上の位置付け

dp2はQuattroセンサーを最初に採用し、シリーズの標準域を受け持った。開発発表時の構成は、dp1が28mm相当、dp2が45mm相当、dp3が75mm相当であり、レンズ固定式のまま画角を選ぶシリーズである。1プレス デジカメWatch新世代Foveon X3センサー採用のdp Quattroシリーズ

23.5×15.7mmのセンサーに30mm F2.8を組み合わせ、最短撮影距離は28cm。幅161.4×高さ67×奥行81.6mm、本体のみ約410gという外形で、3型約92万ドットの背面モニターを備える。BP-51電池使用時の撮影可能枚数は、公式仕様では25℃で約200枚とされる。4公式 シグマdp2 Quattro 製品情報・仕様

画素数は数え方を区別する必要がある。有効約2,900万画素は3層の合計で、トップ層は5,424×3,616画素、中間・下層はそれぞれ2,712×1,808画素である。JPEGのSUPER-HIGHは画素補間による7,680×5,120画素の出力であり、RAWの画素数を約3,900万に増やすものではない。4公式 シグマdp2 Quattro 製品情報・仕様

先代からの進化

DP2 Merrillからの大きな変更は、各層の役割の配分である。Merrillは各層約1,530万画素、合計約4,600万画素だったが、Quattroは輝度情報を得るトップ層を約1,960万画素へ増やし、中間・下層は各約490万画素へ減らした。シグマが訴求した「3,900万画素相当」はベイヤー方式との比較による解像性能の説明であり、3層の合計画素数とは別の指標である。5インタビュー デジカメWatch新Foveonセンサーはカメラの解像力の概念を変えるのか

処理エンジンはTRUE IIIとなり、2ダイヤルや水準器、ケーブルレリーズ対応も備えた。書き込み時間にも変化があり、デジカメWatchが同一被写体をJPEG FINE/HIGHで撮り、SanDisk Extreme Pro 16GB Class10を使って各10回測定した結果は、Merrillの平均9.2秒に対してQuattroが4.7秒だった。これはシャッターからアクセスランプ消灯までの時間で、次の1枚を撮れるまでの待ち時間を示す測定ではない。6レビュー デジカメWatchSIGMA dp2 Quattro 機能編

レンズの6群8枚という光学構成は継承された。レンズ担当の幸野氏によれば、Merrill用の光学系の解像限界を計算し、Quattroにも十分と判断したという。鏡筒が太くなったのは、AF駆動部をボディ側から鏡筒内へ移し、AF補助光も組み込んだためであった。7インタビュー ヨドバシカメラdp2 Quattroの開発経緯について 3:レンズ

機能は発売後にも加わった。2014年10月23日のVer.1.03でX3Fのカメラ内RAW現像に対応し、撮影後の仕上げを本体でも行えるようになった。8プレス デジカメWatchdp2 Quattroがカメラ内RAW現像に対応

開発の背景

山木和人社長は、Foveon社と次世代センサーを検討した際の目標を解像度の向上と説明している。ただし3層すべてを高画素化すればデータが膨大になる。そこで、細かな明暗の情報を持つトップ層と、密度を抑えた下層とを組み合わせる構造へ進んだ。トップ層は青だけでなく緑や赤にも広く感度を持ち、そこから得る輝度情報と3層の色情報を演算して画像を作る仕組みである。9インタビュー ヨドバシカメラdp2 Quattroの開発経緯について 2:センサー

データ量を減らす工夫は、そのままカメラの小型化にはつながらなかった。山木氏によれば、高特性のAFEが4個、さらに前段に2Gbit、後段に4Gbitのメモリーが必要となり、回路規模はハイエンド一眼レフに近づいた。こうした電子部品を載せる面積が、ボディの大きさを決める条件となったのである。10インタビュー デジカメWatchフォトキナ:シグマ社長 山木和人氏インタビュー

デザイン担当の森行氏は、熱源をセンサーから離すこと、大容量電池を収めること、保持性との釣り合いを取ることから横長の配置を選んだと説明する。外形を先に小さくまとめるより、撮像と処理に必要な部品の配置を優先した形である。5インタビュー デジカメWatch新Foveonセンサーはカメラの解像力の概念を変えるのか

社内には大型化を心配する声もあったが、画質を優先する判断は維持され、最終的なデザインの決定まで約半年を要した。操作系もプロやハイアマチュアを意識しながら、入りやすさを考慮したという。担当者が重視したのは機能を増やすことより、写真に集中して扱える操作であった。11インタビュー ヨドバシカメラdp2 Quattroの開発経緯について 4:UI・デザイン

最初の搭載機にレンズ固定式のdpを選んだのも、画質のための選択だった。山木氏は、ボディに起因するショックを避け、専用レンズで周辺まで解像させられることを理由に挙げている。12インタビュー ヨドバシカメラdp2 Quattroの開発経緯について 1

開発者はさらに、固定式なら個体ごとにレンズとセンサーを正対させて出荷できる点を説明した。一方、EVFは検討したものの、新センサーと新処理系の開発に加えると期間が延びるため見送った。大型プリント向けのSUPER-HIGH JPEGも、こうした解像性能を直接出力するための機能であった。5インタビュー デジカメWatch新Foveonセンサーはカメラの解像力の概念を変えるのか

初期の画像処理には、必要のない場面で色ノイズ除去が働く問題もあった。2014年9月のインタビューで山木氏は、最新版ファームウェアで解決したと説明している。新センサーとともに導入した処理系は、発売後にも調整が続いた。10インタビュー デジカメWatchフォトキナ:シグマ社長 山木和人氏インタビュー

利用者の評判

複数の専門媒体に共通する長所は、低感度での細部の解像と、単焦点レンズによる周辺までの描写である。一方、高感度ではノイズや色、細部の劣化が制約とされ、低感度中心の撮影に向くという評価で一致した。RAWとJPEGでは評価が異なり、実用上限の感度まで各媒体が同じ判断をしていたわけではない。13レビュー デジカメWatchSIGMA dp2 Quattro 実写編

暗所のAFには複数媒体が留保を示し、光量のある場面や静止被写体に適すると評価した。また横長のボディと後方グリップは収納や扱いの制約にも挙げられたが、保持性への評価は一様ではなかった。14レビュー Amateur PhotographerSigma dp2 Quattro Review

2026年10月1日時点の価格.comでは、集計対象22件の満足度が4.87、画質が4.96であるのに対し、バッテリーは3.11、携帯性は3.22だった。ホールド感は4.55で、後年の投稿を含む小規模な集計ながら、画質を高く評価しつつ携帯性や電池には留保する傾向が表れている。2レビュー 価格.comSIGMA dp2 Quattro レビュー評価・評判

評判の出典

5件

内容の確認日: 2026年10月1日

dp2 Quattroで撮った写真の話題

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