光学一眼レフと、コンデジ・ミラーレスカメラの違いとは・・・
Exif情報
メーカー名 SIGMA
機種名 dp2 Quattro
ソフトウェア SIGMA Photo Pro 6.5.4
レンズ 30mm F2.8
焦点距離 30mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/125sec.
絞り値 F4.5
露出補正値 +0.0
測光モード 分割測光
ISO感度 100
ホワイトバランス オート
フラッシュ なし
サイズ 5424x3616 (23.1MB)
撮影日時 2020-01-31 19:38:49 +0900

1   kusanagi   2021/7/2 23:44

光学一眼レフと、コンデジ・ミラーレスカメラの違いとは・・・
最初に断っておきますが、私の場合、ミラーレスは背面液晶モニターでしか撮影をしません。電子
ファインダー・EVFは全く使っていません。それでEVFのないコンデジと同じようなやり方しかしてい
ないんですね。(^^ゞ 
光学一眼レフ・デジイチの方は、光学ファインダーで撮ったり、ライブビューで撮ったりで、その時で
変わります。

デジイチ、とりわけフルサイズ一眼は、そのファインダーも大きくて撮影時には、いかにも写真撮影
をしているねっていう気分を存分味わうことができます。
日中野外の撮影だと日差しがきついので、ミラーレスだと液晶視は辛いのですが、その点、デジイチ
は有利です。しかし曇り空だとミラーレスやコンデジの撮影は楽になりまし、夕暮れ撮影でもそうです。

デジイチとミラーレスは、その装備の重さも随分と違います。今回のダム湖内の撮影はdp0とdp2を
持参しましたが、交換バッテリーを含めても小さなバックに入れられて、その軽さが有難いです。
これがデジイチだと、キスデジ2台であっても小型バックから1台はハミ出ます。
ミラーレス・コンデジは、とにかく軽量なので撮影時の歩きが進み長い距離と時間を稼ぐことができるん
ですね。なお私の場合、キスデジでもバッテリーグリップ装備であり、シグマコンデジも自作L字グリップ
を付けていますので、普通の状態よりも大きくなっています。(重量はさほど変わらず)

デジイチはファインダーがありますので、撮影そのものを楽しむことができますね。かたやミラーレスは
撮影自体は淡々としたものですけど、風景という被写体に溶け込んで撮影することができます。常に
被写体の光景のみを見ているわけで、カメラというものを意識せずにすむのが長所です。カメラがデジ
イチに比べて小さいというのも機材への意識性が低いです。
この2つの方式のカメラを交互に使っているのですが、そのどちらも捨てがたいものかあるなって思い
ます。

私が東北撮影をしたのは2回ですが、最初はフルサイズカメラを持っていきました。画素数は1000万画素
ちょいのカメラ。新潟・山形・秋田を見て回りました。2回目はシグマのコンデジ・ミラーレスカメラです。
画素数はLOW-RAW撮影でしたので1000万画素程度です。撮影地は会津・福島・宮城・岩手です。
そして今になって振り返ってみますと、やはり撮影地の印象として2回目の方が印象に残っています。
それは被写体の差であろうかと思いますね。やはり被災地・被爆地の印象は強烈だったのか、という
ことです。会津などは被災被爆しておりませんから、その印象は1回目の撮影と同じくもはや薄れ気味
ですね。

これを考えれば、カメラの違いなどは被写体を前にしてすれば何も関係ないねっていうことでしょう。
APSの1000万画素程度あれば写真画質としては十分ですし、もっと小さなカメラであってもさほどの
違いはないのでしょう。こと写真の長い印象力としては、カメラの違いなどはほとんど意味を成さないと
いうことかも知れません。
そのように考えますと、機材は少しでも小型で重さが負担にならないほうが広く撮影できますし、結果
としてミラーレスやコンデジのほうに軍配が上がるのかも分かりませんね。

私のように一般の光景というか風景をメインに撮っている分にはミラーレスかなっていうところ。しかし
望遠とか接写の撮影となるとやはりファインダーのあるカメラが良いでしょうね。EVFも負担にならない
のであればミラーレスも可というところです。
東北の被災地にはもう一度行って見たいのですが、コロナ禍で行きづらいところがあります。岩手県は
ほとんど見れてないですし。もし行ければその時に持って行きたいカメラはミラーレス・コンデジのカメラ
になるでしょう。今度は遠慮せずに高画質で撮りたいですね。

このダム湖は現在、試験貯水をしているところで徐々にダム湖の水位が上がっています。満水には2年
くらいはかかるでしょうけど、やがては地上にある全ての植生や人工物も水面下深く沈むことになります。
もう何度も撮影をしてきましたので馴染みとなった村跡ですが言葉に言い尽くせないものがありますね。
将来には渇水などで再び湖底の村跡を垣間見ることができるかも知れませんが、様変わりしたものに
なっていることでしょう。

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