無題
久しぶりに撮影を。 香川では珍しく風が強くて爽やかな天気でした。 写真撮影が出来る喜びを噛み締めながらの撮影行です。 やはり撮影は良い。写真撮影は人生最高のひと時を味わえます。 おおげさです。
久しぶりに撮影を。 香川では珍しく風が強くて爽やかな天気でした。 写真撮影が出来る喜びを噛み締めながらの撮影行です。 やはり撮影は良い。写真撮影は人生最高のひと時を味わえます。 おおげさです。
さぬきうどんの真髄ともいうべきウドンでしょうか。 小麦を昔ながらの石臼で挽き、皮や胚芽も粉に入ってますので(全粒粉)、味わいが 深く旨みが強いです。もちろん健康にもいい。 一般には入手できずで、製粉会社の年に一度のイベントでしか作られません。 写真の容器は発泡スチロール製ですので、一般のウドンはそれに近い白さですが、 このウドンは茶色っぽいですね。小麦は豪州産のものではなく独自開発の香川産の ものです。 このうどんを食べると、もう普通のうどんは食べれなくなります。(笑)
「日本では報道されません…実は今中国がトンデモない状態でした【北村晴男/澁谷司】 28万回視聴 4週間前 https://www.youtube.com/watch?v=Iui8qTW7M0I 「南シナ海で中国軍艦と中国巡視船が衝突事故、フィリピン巡視船への妨害活動中」 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f39f57e00cd1560d8931ad894dec0ed79715bccf フィリッピン巡視艇が中国海警局に追突される瞬間、中国海軍の駆逐艦が急遽止めに 入った(衝突した)という動画が出てます。 こういう動画があると、あながちフェイクニュースとは言いにくいので興味深いです。 行政機関と軍隊が衝突するなど、日本国では考えられない事態ですが、中国では歴史的 に普通のことです。 現在の中国トップの権力も磐石ではなくなったということなんでしょう。 占星術では還暦法というのがあって、現在72歳であればマイナス60で過去の12歳の年代 を繰り返すというわけです。 1963年6月1日午前3時の生まれの人物を仮定すると、10歳代初期&70歳代初期は、火星、 冥王星、金星があります。これを乗り越えるのは大変です。 次の自民党総裁、日本の総理は誰になるのか。ものすごく簡単に言うと、高市さんに なるのかな。 それはトランシットの木星が今現在、蟹座に来ていて、氏の太陽魚座に有利だからです。 同様に石破さんの時は、木星が双子座であったので氏の太陽水瓶座に有利だったのです。 多分、たったそれだけだったでしょう。 あまりにも簡単な占いなのでイイカゲンもいいところですが、高市さんにとっても1年 くらいは有効かもしれません。1年後の来年は小泉さんにとって木星はよいですね。 中国にとって、高市さんがトップになるのは面白くないと思いますが、潮目が変わると いうことでは日本にとって良いことなのかも。
①ハイカーの寡黙 地元の1000メートルくらいの山での撮影。車で山頂までいけるのですが、あえて 8合目で車を降りて、後は歩いて登山。標高200メートル分くらい歩いたという ことになりますか。 標高400メートルくらいの山だと麓から歩いて登山するのですが、状況によって 登り方はいろいろです。 定期的に登山をして体を慣らしておかないと、てき面に体力が低下するのが分かり ます。労働や仕事は上半身の運動だけど、下半身は運動になっていない。 それで意識して下半身、足腰を鍛えるということで、趣味の撮影を生かして体力 を維持しておくということが大切なわけです。 仕事で一番いけないのが椅子に座ったままの仕事。車の運転もそうなりますか。 こういう労働をいつもしている人は意識して歩きの運動をやらないと、最後は 確実に病気になります。立ったままの仕事のほうがまだ良い。 座業が仕事の人が、趣味でパソコンとか釣りとか車のドライブでは何の意味もなくて、 とにかく歩くことが可能な趣味というものを見つけて、それを実践しなければなり ませんね。 私の撮影は歩くことが一番の目的ですから、撮影の待ち時間なんて馬鹿な撮影は できません。常に歩き回っていることが私の撮影だというわけです。歩きは平坦な 道よりも山道とか岩場のような起伏のあるところがもっと良いです。 山を登っていると、如何に多くの人たちが登山やハイキングの趣味をもって実践 しているのかがよく分かります。 こんなに多くの人たちが意識して自分の身体のケアをしてるのかと感心するほど ですが、彼らは寡黙です。 自分の健康と体力維持のことを声高に他人には語りません。 まあ、言ったところで他人には通じないことを知っているからでしょう。
②デジタル写真のフェイク 写真というのは建前があって、よい写真とは綺麗な写真、より高画質である わけで、それを皆さんは信奉しながら、まるでそれに疑いがないような素振りを しています。 しかしそれはやはり嘘なんですね。 私にしてもアップする写真は少しでも良い画質で、綺麗な写真であればと思うわけ ですが、もうそこにも嘘が漂うわけです。 真実は汚い写真も綺麗な写真も、そこに意味というか違いはないということです。 自分が自分の足で歩いて撮影をするという、そのことが本質なのであって、 そこを伏せておいて、写真は画質で綺麗だ、と建前で誤魔化しているわけです。 写真をする人は嘘つきかもしれません。カメラなんか持たずに黙々と山道を歩いて いるハイカーのほうがどれだけ正直であることかと思います。 写真綺麗の信奉は言わば平和憲法みたいなもんです。戦争が悲惨でいけないのは 誰でも知ってます。しかしそれでも戦争は起きるものであって、何もことさら 反戦の信奉論をかざしても何の意味もありません。それは欺瞞で慢心というものです。 あえて汚い写真を撮ろう。意味のない写真を撮ろう。そのほうが拠り真実に 近いというわけです。…というのも嘘ですけどね。 写真は画像に隠れた本当の事実に目を向けることが大事です。それは画像からは けっして見えてきません。
③デジタル写真とインターネット デジタル写真は大きな嘘を抱えています。 私は今、パソコンをやっていますが、ごく基本的なコンピューターとしての視点 でやってます。ここでは嘘は通用しません。少しでも嘘があると動きませんから。 それから写真は、フイルム写真、そのケミカル的な自家現像は嘘ができません。 アナログですから大きくは失敗しなくても失敗は失敗となります。と言いますか、 失敗を自覚することができます。そこが大事です。 しかしデジタル写真とかインターネット(この2つは深く結びついてしまって一大 文化になってしまった)という巨大な技術体系のものは、無自覚に失敗をしても 気がつかないわけです。 嘘を虚として自覚できない。これは大問題です。 それでとにかく基本が大事だということで、私は古いパソコンを探求し続けて います。写真はもうフイルム写真は出来ないので、基本に忠実な撮影に心がけて います。デジタルモノクロ写真などもそのひとつでしょうか。 (これから先、時間の余裕ができれば、若い時期に撮り溜めたフイルム写真を スキャンなり直撮りなどをしてデジタル化し、半世紀ぶりにフイルム写真の復活 ができるようになるかも知れません。かなり時間を食うので実現するかどうかは 不明ですが、面白い試みだろうと考えます。AIでカラー化することも可能です。) もう何度も書きましたが、私のモノクロ写真は最初からモノクロで撮る写真で あるわけで、皆さんのように表現として、元々カラーで撮ったデータを気分転換で モノクロ変換したものではありません。 表現(人に見せるためのもの)としての黒白写真ではなく、撮影からの黒白写真 であるわけで、本質的に皆さんとは異なります。 もともとカラー情報を持っているデジタル写真データを、態々モノクロで撮って カラー情報を捨てるっていう、そういう気概は普通の人にはないでしょう。
省スペースPC、スリム型PCとは何ぞや? 今回は一般的なPCである省スペースPC、別名スリム型PCというものが如何に駄目である かを書きたいと思います。 左側にある大き目のやつがタワー型、ミドルタワーといわれるタイプのパソコンです。 今現在、私はこのPCでネット&文字打ちりワープロをやってます。 直前に使っていたのが右側の小型PCで省スペースPC、スリム型PCと言われるやつですね。 この小型のPCは家庭でも企業でも数多く使われていると思うのですが、今回は不具合が 大き過ぎました。何かの拍子にモニター電源が切れるんですね。実はもうひとつの小型PC でもそれが起きていて、モニターが悪いのかしらん?と思っていたんですが、大き目の タワー型に変えると不具合がなくなりました。 原因はただひとつ、電気的な電力不足です。パソコンって所詮は家電製品なんですね。 結論から言えば小型PCは電源部が小さくてパワーが足りないんです。 タワー型とスリム型の間にあるのがさらに小さな省スペースPCです。これも不具合を 抱えていてネットワークが不全です。DELLのやつ。 とにかく比較対象をするタワー型、スリム型ともスペック上では性能は変わりません。 ほぼ同じですしOSも同じです。しかし決定的に違うのが箱のケースの大きさとそれと 密接に関連する電源部の余裕の相違です。 スリムが200ワット、タワーが300ワットの違いがありますが、大きさは全然違っていて、 実質的なパワーの差は数倍でしょう。電源は最高出力の数値だけを見ては分からないん です。 そして廃熱問題として、優位なのはタワー型です。奥に銀色のパソコンが見えてますが、 これは前回清掃でむき出しのスタイルで投稿したやつです。フルタワーというタイプ です。まあここまで大きくする必要はないのですが、ミドルタワー型くらいは欲しい というのが実感です。 タワー型は電源部のサイズが決まっていて縦横の寸法はみな同じ、取り付けねじ穴も 同じ規格。奥行きが違うだけなので古くなると新品に交換をするというのが常識です。 車のバッテリー交換の感覚ですかね。 スリム型PCはメーカー独自のサイズが多いので電源交換は難しいですし、メーカーの 戦略としては電源が終わればPCそのものを廃棄して新しいものを買って頂戴という具合 なので、メーカーも長く持たせようとかという考えはないのです。 数年でガタが来る。いや最初から電源不足でうまく動かないというケースが多いんです。 とにかくタワー型はケースが大きいので、①廃熱処理が基本的に優位、②電源部が大きく パワーがある。③CPUクーラーファンの大きいのが付けられる。④GPUカードの大きいの も付けられる。⑤各所に換気のファンが付けられる。 こんな感じでスリム型とは基本の性能がまるで違ってきます。正常なのはタワー型であり スリム型は矮小された劣ったPCなんですね。 裏技として、実はスリム型PCの基盤(マザーボード)を取り出してタワー型に移行する ことが可能です。自組みの経験があれば誰にでもできます。 パソコン操作で不具合を抱えていけば、そのパソコンの基本性能を疑ってみる必要が あるということですね。 多くの人が不具合のPCで我慢をして使っているという現実がありますね。特に日本人は 我慢強い。でも私は例外ですけどね。道具や機械を我慢してそれに自分を合わせるという 発想は私にはないです。機械の方を人間に合わせるという発想をします。機械と人間と どっちが偉いんだ?!ということです。
ウインドウズ7で、業務用に使っていたパソコン。2台ほど貰ったのてすが、一度もインターネットには 繋がっていなかったやつです。こういう場合、そのままではインターネットには接続できません。 私が今現在、ビスタやセブンでインターネットに接続できているのは、常からインターネットに接続して いて、常時、更新プログラムを収得していたから可能だったのであって、当初からインターネットに 接続していなかったパソコンでは、時すでに遅くて、OSにあるブラウザのインターネットエキスプローラー はインターネットに沈黙したままなのです。 インターネットに接続できないパソコンって、今どき考えられないのではないですか。(笑) ウイン7はとっくにサポートが切れていますから、そういうパソコンをもらってもどうしようもないわけ です。インストールされているソフト内で遊ぶしか手がない。しかしそういう古くさいパソコンを復活する 手があるんですね。 今回の写真はウィン7プロのSP1インストール済み(IEは8)、エキスプローラーでインターネットには全く 接続できないパソコンを、今回新たにインターネット接続して、ユーチューブ動画と、フォトXP掲示板を 開いた時の証拠写真です。 残念ながらエキスプローラー11も(エッジも)入れたのですが不完全です。ということはアップデート機能 で更新プログラムを自力で自動習得できないということです。 こういうパソコンは捨てられるわけで、ガラクタ集めが趣味の私のところにやってくるわけです。 それで思ったのですが、インターネットに接続できないパソコンは、素のままのコンピューターであって、 一般人が使うには「あまりにも華がない」っていうことですか。 今回、そういう地味なパソコンを、いうなれば白黒写真をカラー化し、花を咲かせたような感じになって、 ああ、これが現在のパソコンの姿であるのだということがよく分かるようになりました。 インターネットなくしてパソコンなし。スマホもインターネットができるから面白いのであって、 電話機能だけだと地味でつまんないのと同じです。
『写真は芸術表現なのか?それとも…』 写真は芸術であるとか、表現のツールであるとか、そういう考え方をなされている人はとても多いの ではないかと思います。 しかしそういう思い込みがあると、場合によると写真というのが自分の心の重荷になることがあるので はないですか。 私は写真とは最初から記録であると思っていて、芸術のひとつだとは全く考えていません。ただ撮影時に 少しでもカッコよく記録できればそれに越したことはないね、というぐらいです。 シッポ座さんのお父さんか撮られた写真はあくまで記録です。そりゃあ妻や子供たちが綺麗に撮れて いればそれに越したことはない、というのはあるでしょう。しかし芸術的に表現をしようとして撮影を されたことは一度もないと言えます。 撮影時に心の何で考えたことは、子供たちが元気ですくすく育ってほしい。女房も達者でいてほしい という純粋な願いだけだったろうと思います。 最近はインスタグラム等のSNSで、すんごく綺麗に写真しないと駄目、だなんていう風潮があります。 そういう綺麗過ぎる画像を見て、鑑賞者がコンプレックスをもってしまうことがあるそうです。 写真投稿のために見栄を張り無理をして衣服を買ったり旅行したりして、自分の承認要求を満たす というのもあるようです。 スマホにしてもキレイキレイモードがあって、自分なのに別人の自分が撮れる?というようなことも。 それから過剰に肖像権とか個人情報を振りかざすというのも写真を狭めていて、それで写真と言えば 自分と仲間だけの自分撮りや、写真は観光地でしか撮ってはいけないもの、とかも。 私のように何処でもスナップ写真を撮っていると、怪しいやつ、不審なやつと見られているようです。 これはら明らかに行き過ぎで、写真が人を不幸にしているわけですね。写真はもっと自由であるべき なのに。 写真が芸術的な表現であるというのは、最初にそういう風に考えた人がいて、特に従来の絵画との関連で、 そんな具合になっちゃったのだろうと思っています。 写真が芸術であり、綺麗に上手く撮らないといけないという風潮は、本当は大嘘でありフェイクなん ですが、一旦そう思い込むと人間というのはなかなかその思考を脱出することができなくなるようです。 一種の洗脳であり、これを子供のときから、また写真を始めたときから受けた人間は、その思考法から 自由になることができなくなるのです。 私が写真を始めた1960~70年代は、写真とは芸術なんかではなく、飽くまでも記録であり、キレイ過ぎる 写真はリアルではないと返って排斥される時代でした。 ですから私は記録以外の写真を撮ったことがありません。カメラという道具は記録するためのもので あって、けっして表現することを押し付けてくるものではありませんでした。 写真が表現だ芸術だという風潮に変わったのは多分、1980年代以降でしょうか。その時代、私は既に 写真から遠ざかっていたので実際はよくは知らないのですが。 私はカメラやレンズのコレクターでもあるので(要するにガラクタ集め趣味のこと)、カメラ機材が 増えても気になりません。パソコンもコレクションしてますしね。本もそうでした。(笑) カメラが芸術表現の為のツールであり、モノとしてのカメラが無言でお前は表現せよ、と訴えてくる のならば、私はとっくに発狂しているでしょう。アゲー・サゲー氏が言うように病気であるというわけ。(笑) ちなみにアゲサゲ氏は写真は芸術であるから点数が付けられると信じて疑わない人物です。他人の 私的な記録に点数を付けられてもねえ。勘違い馬鹿というのは昨今多すぎる気がしてます。 この掲示板では写真を真面目にやればやるほど行き詰ってしまう投稿者がいるわけですが、何度も いうようにそれは、写真は芸術で表現であるから、そうしないと自分の心が苦しいというようになって くるわけですね。 私がいうところの、写真は記録、というのは紙とペンのようなもので平易なメモ書きであるということ ですよ。だから写真は画像ではなく歩きだ、何ていうことも平気で言うわけですね。 こういうように私が言うと、それは写真に対する冒涜だ。と本気で怒り出す人間がいます。 宗教と同じで洗脳を受けるということは、厄介なことなんですね。日本人の美意識は宗教的なまでに 強力化されていて、それが今、民族的なまでに足かせとなって日本人を滅ぼしつつあると私は看破する わけですが、洗脳されて固まった頭を持っている人間にとっては、私は宗教的な異端者であるのてしょう。 私が特別に掲示板で攻撃されるのは、そういう理由があるわけです。 俳句とか短歌というのがありますね。あれも最初は平易な言葉で書く単なるメモ書きだったわけです。 それが誰かが芸術なんぞに高めて(人としては低めてかもしれない)しまったので話がややこしくなった わけです。日本人は凝り性で生真面目なので、何でもかんでも芸術にしたがる悪い癖がありますね。 茶道とか生け花、書道なんていうのもそうです。作法とか美意識とか、そんなの詰まらんことでは ないですか。とくにいけないのは一旦確立された作法や思考法を永遠に変えたがらない日本人の 特質です。改革を嫌うので大勢と自分の考え方が違ってくると止めるしか選択肢がなくなるのです。 全てかゼロか、なんですね。硬直的です。 とにかく写真は表現芸だ、という思い込みは人の脳内にこびり付くわけで、これが写真そのものを 駄目にしているところがあります。写真は綺麗でなければならないとばかり、やたら画像処理をし過ぎ てみたり、メーカーすらもAI的補正を掛けたりするわけです。 最近、若い人の間で古いコンデジが人気のようです。画質は荒いのですがスマホのように自動補正が 掛かっていないので絵が自然だ、という訳です。それが本来の記録としての写真であるわけで、 誤った写真の洗脳を受けていない、若くて率直な人はちゃんと的を着いているわけですね。若い人は 何時だって柔軟な考え方をする人が現れます。しかし多くの知力のとぼしい若い人は間違った写真の虜に なってしまうのです。 もう何度も書いたのですけど、私がモノクロ写真を本格的に初めて、機材の浪費壁が止みました。 写真に色彩というキラキラ感がなくなるとカメラもレンズもみな同じって感じになるので、色々と試して みたりする必要がなくなるのです。 モノクロカメラを買って2年ほど。もうすっかり浪費壁もなくなったのでそろそろカラーでも撮って みようかと思っています。写真はモノクロで十分完結するのであり、写真の本質は色彩ではないという ことが分かりました。それさえ分かれば目的は達成したわけです。 しかし当初は、モノクロカメラを手にしたとは言え、最初は自分をモノクロ化するのは大変でした。 しばらくはモノクロカメラしか手にしませんでした。普通のカラーカメラでもモノクロは撮影できる わけですが、カラー情報を内在しているため、JPEG+RAWで撮影して、PCではそれを別フォルダ保存して モニターで見るのはJPEGフォルダのみ、ということをしてました。 それぼと苦労を重ねて自分自身をモノクロ写真向きにしたわけですが、その結果として自然と機材に 対する無駄な欲望というものが無くなったわけですね。 カラー写真という、頭にこびり付いた積年の垢を削り取るのは実に大変だったということです。 写真は芸術で表現だ、というのは私に言わせれば、そういうこびり付いた垢や焦げのようなものでして、 これを取り去るのは大変だろうと思ってます。しかも私のモノクロのケースとはもうひとつ次元が違う わけですね。 シッポ座さんが思い切って手持ちの機材を処分した、というのは大いにうなづける話です。 たぶんそうしないと、こびり付いた脳内の思い込みをクリアにすることは出来ないと思いますね。 本当に写真が好きならば、将来また写真を始めるわけで、とにかく今は写真から離れてみる、という のはベストな選択肢だろうと考えます。 お父さんの撮った写真等は大変に参考になろうかと思います。純粋に記録として撮られた写真なので 学ぶべきことは多いと思いますね。家族写真というのは写真の原点というところがあります。家族の 記録ということ以外を考えていないからです。 写真は記録である。リアルな事実や真実の記録であるという当たり前のことが忘れられて久しいです。 この真実を取り返さないと写真をすることが苦しくなるだけです。なんだ、記録だけだったのかと分かる と写真は気楽に続けられます。
カメラマンはいつまでも馬鹿をやってはいけない。 なぜならば、その馬鹿癖とは、結局は透過直接光という電磁波(広義の意味で、可視光線も電磁波のひとつだ)の 悪影響の結果に過ぎないのだから。つまり可視光電磁波弊害です。 これに気が付いた掲示板の投稿者は多いです。私もやっと遅ればせながら分かったに過ぎません。 可視光弊害はデジカメだけではなくてパソコンやネットでも同じく悪影響がでてきます。当然にスマホでも。 要するにモニターを持つ電子機器(その最右翼は古くはテレビだろうしパチスロなんかもそう)は、人の運勢を停滞 させます。人生時間の無駄使い、つまり消尽をさせるのです。しかも当人にはそれに気が付かせずに。 これを名付けて、私は浦島太郎シンドロームと言うことにしています。 今現在、一時的にPCモニターを黒白表示にしていますか、エヌビディアのコントロールソフトでやっています。 エヌビディアといえばグラフィックカードのメーカーですから、そういう黒白表示の要望があるということを 分かっていたわけですね。仕事で長時間作業をする人は、こういう問題に敏感なはずです。それでその要望を 汲み上げていたというわけでしょう。 ウインドウズ10や11だとOSからもできるようです。なんにせよ、しばらく黒白モニターでやっていこうと思って ます。いろいろと知ることができるのではないでしょうかね。
このところ、やっと年度末の忙しさが峠を越したかな、というところ。ホッとしています。同時にリフォーム もやっているし、免疫に関する本も読んでいて、やっていないのは写真撮影だけ。(笑) 無難なところで糖質制限をしています。これ、かなり効果がありますね。やっばり一流の学者が書かれた 本は素晴らしいです。これまでの食に関する自分の知識が生半可であったのはよく分かりました。 運動不足、歩き不足を食事法で補おうという魂胆ですが、もちろん運動も不可欠であるのは言うまでも ありません。 大分暖かくなってきました。もう3月も半ばですからね。時間ができれば散策したいところを既に何箇所 か、見つけています。カメラを持って野山を街を歩くっていうのは、遠ざかってしまっている今だからこそ、 しみじみと良いものだなあって実感していますね。 こんな贅沢はちょっと他にはないのではないかと思えるほどで、カメラ散歩と言うものはいいです。 人生、最高の贅沢であり楽しみであるのだということですか。
私の場合、主に1970年代に撮ったフイルム写真が1000本ほど眠っていると思います。2000年前後に 撮ったものもありますか。それらの写真をスキャンなりをして、その殆どがモノクロ写真なので、最近の AIでカラー化して楽しみたいと切に願っているわけですが、例にって時間がなくて叶わぬ夢となったまま です。 自分が写真を始めた頃は、カメラはメカニカルです。喩えばペンタックスSPとかオリンパスOM1や二コンF やニコマート、キヤノンFTやF-1なんかですね。フイルムは殆どがコダック・トライXですか。長巻を買って きて、パトローネに自分で詰めて使ってました。40コマくらいはとれましたかね。 メカニカルカメラですから、フイルム装着は手動。このカメラにフイルムを装填するがまたいいんですね。 銃器に弾丸を詰めるのと同じ感覚のように感じられました。そもそも1コマ1コマレバーを巻いてシヤッター を押す感覚はデジタルにはないですから。 フイルム時代の写真を知らない人は不幸なんじゃないですかね。黒白写真は自家現像もやっていたので 印画紙に画像が出てくるわくわくした感覚もデジタルでは絶対に味わえないものです。 デジタル時代は自分だけでは満足できずで、ネット投稿をして他者からコメントを貰って初めて満足感に 浸るようですが、アナログのフイルム時代は自分で写真を撮るだけで充分に満足感がもてました。たとえ ばコメント文にしても、私は書くだけで満足をしているので他人に見てもらうことを意識していません。 今の時代は不満足の時代なのであって皆さん貧相な顔ばかりしていて、それがデジタル時代の本質だ。 というわけです。 写真や音楽は、ほぼ完全にデジタル時代になったようですが、書籍はまだまだアナログが頑張っていま す。この書籍を大事にしたいということで、私も今はリフォームに大わらわなんですが、万単位の蔵書を 本棚に並べたいという願いがあるんですね。 しかし書籍出版は最後の形の本はアナログ式の紙ですが、それまでの流れは完全にデジタル編集となり ました。そう考えれば、写真もカメラはデジタルになったとしても写真を紙媒体で写真集などにすれば、 それはアナログのままでありうるということです。 最近はオンデマンド印刷が普及しましたので小部数の自費出版が可能です。そういう写真集の本に すれば、写真を知っているか知らないか、画像だけで写真をやっていると勘違いをしているのかがよく 分かろうというものです。未だ持って写真界の何々賞受賞というのは写真集にしないと認められません。 ネットで写真をいくら貼り付けても無意味というわけです。それは画像であって写真ではないというわけ です。 私の場合は写真ではなくて他に研究したいことがあるので写真集は出しませんが、写真をやっていきた いと心から願っている人は写真集を出すべきですね。数十部や百部から本というのは出版できるもの です。自分でデジタル編集をして完全なデータで印刷屋に持ち込めばオンデマンド印刷ならば安い値段 で印刷ができます。フォトブックなんてのもあるくらいですからね。 そして写真集は写真を知らない普通の人達に見てもらうが良いですね。ドキッととした有益な感想が 帰ってきますから。くだらないネットのコメントなんかとは次元が違います。 時代がデジタル化すればするほど紙媒体の書籍や写真集が値打ちを持ってきます。それで写真は写真 集にしか存在しないという具合になるだろうと思ってます。ネットの写真は飽くまでも画像なんであって、 そういうことでは実に明解ですね。
「食うために働くのか、働くために食うのか」 ・・・・これが、ヨーロッパ、西アフリカ、西インド諸島をつなぐ、悪名高い三角貿易であり、この貿易は ヨーロッパに莫大な富をもたらし、後に産業革命の原動力となった。 ・・・・西インド諸島のプランテーションで、黒人奴隷の血と汗で作られた大量の粗糖は、イギリスに 運ばれ、精製されて純白無垢な砂糖に生まれ変わり、ヨーロッパ中の食卓にのほつた。 砂糖はその白さで奴隷労働の悲惨な現状を覆い隠し、甘さで人々を魅了した。ヨーロッパの人達にとっ ては砂糖生産現場はあまりにも遠く、それがどのようにして作られているかまで考える余裕もなく、 工場で働き続けた。 生産地と消費地の距離が離れれば離れるほど、消費者は生産者のことを考えなくなり、生産の現場で 何が行われているかに無頓着になる。その究極の姿が、「食のグローバル化」であり、食糧生産の 「ブラックボックス化」だ。その発端はこの時代にあったのである。 砂糖は、短い休憩時間疲労を回復させる魔法の薬だった。事実、砂糖を摂取すると、疲労感はなくなり 空腹感も収まる。このため産業革命期の工場主たちは、休憩時間になると、労働者に砂糖入り紅茶を 提供するようになった。たっぷりと砂糖を入れさえすれば、労働者たちは疲労から回復し、また長時間 働くようになるからだ。工場主にとっては最小限の出費で労働者を管理できた。 しかもその砂糖が極めて廉価で手に入り、栄養価の高い健康食品(当時はそう言われていた)でもあっ たわけだから尚更である。 そして結果的に、嗜好品である砂糖(糖質)の持つ習慣性・中毒性が、労働者支配の手段として有効に 作用した。 この砂糖を、同じ糖質である米(白米)に置き換えると、明暦の大火からの復興のために全国から集め られた大工や職人の労働の関係に重なってくる。彼らは故郷では1日に2度の食事をしていて、米は ほとんど食べていなかった。しかし江戸には米が溢れていて最も入手しやすい食料だった。村ではめっ たに口に出来なかった米の美味さに驚き、江戸で働くことの幸福を文字通り噛締めていた。 雇用者側は労働者を安い賃金で長時間働かせたいが、労働者側は炭塵労働で高い賃金を手にしたい。 そこに砂糖や米を介在させると労働者側の欲求を上手くすりかえることが出来る。嗜好品である糖質は 労働者に麻薬的に作用し、賃金を得ることと糖質を得ることの境目が曖昧になっていき、どちらが目的 か分からなくなってしまうからだ。 そうなると労働者たちにとって、働くために糖質を欲するのか、糖質が欲しくて働くのかは区別も曖昧 になってくる。これは工場主や幕府にとって最も好ましい情況といえる。米も砂糖も安い商品だからだ。 19世紀のヨーロッパでは砂糖を渇望して労働者が働き、日本では米を食べるために職人たちが働いた。 まさに嗜好品である糖質でしかできない技である。 『炭水化物が人類を滅ぼす』夏井睦著 光文社新書刊より摘出
・・・・などと語った杏里さん。依存していた抗不安薬が抜けている時は、極めて知的で理路整然と話す タイプだった。当時はキャバクラのナイトワーク以外の仕事はしていなかったが、高校在学中に習得した エクセル検定など幾つかの資格もあって、施設退所後は事務職の派遣先でつつがなく契約延長をし、 新たに医療事務の資格習得にも鋭意取り組んでいた。結婚した夫からの2年半にわたる暴力で、メンタル を破壊し尽されるまでは・・・・・。 小銭の散らばる派手な音に振り向くと、ドラッグストアのレジ前で、床に両膝をついて小銭を拾い集め ようとしている杏里さんの丸い背中が見えた。 深夜に行った何度目かの聞き取り取材の終了後、夜間託児に預けた息子を迎えに行く前にその日の 食材を買ってしまいたい、と言う杏里さんと寄ったドラッグストアは早朝にもかかわらず客が多く、杏里さん の背後にも何人か現場仕事らしき男たちがカゴいっぱいのおにぎりやカップラーメンを持って並ぶ。 小銭を集めようとする杏里さんの手は何故か酷く拙く手際が悪く見えて、肩で息をして何やら言葉になら ない呻き声も聞こえる。伏せた顔から鼻水が床に落ちるのを見て、彼女が激しく泣いているのが分かっ た。 だが、後に待つ客や僕が小銭集めを手伝おうと駆け寄る前に、彼女は立ち上がるやいなや、少し 怯えた顔の店員の前に会計には多すぎる札を数枚叩きつけるように置くと、店から飛び出して行って しまった。すれ違いざま、真っ赤になった杏里さんの鼻から、漫画みたいな鼻水が垂れるのが見えた。 会計の終わった商品は、レジ前に置かれたままだ。急ぎ店員に知人であることを告げてお釣りをもら い、手当たり次第に買い物した品を袋に詰め込み、僕も屋上の駐車場に駆け上がった。真夏の早朝の 薄闇の中、杏里さんは僕の車のそばで地べたに座り込み、放心したような顔で、手にした携帯の真っ黒な 画面を見ていた。 ・・・・・・・・・・・・ 正看護師の資格を持ちながらもやはり夫の暴力を主因とする、うつ失職から貧困に陥った女性の言葉 として…「お金の計算も私、できない。買い物に行くとレジに提示された数字を見るじゃないですか。 それを見てお財布からお金を出そうとすると、いくらだったか忘れる。もう一度見ても、お財布を見ると 忘れる。店員さんに数えてもらう。こんな私が、どんな仕事ができるかって…」 (著者は) 2015年脳梗塞を発症し、高次機能障害の診断を受けた僕は、まさしく前出の正看護師の コメント通りの体験をすることとなった。病棟内の売店で僕は店員が口にした、そして目の前のレジスター に表示されているたった3桁の支払額を財布から取り出すことができなかった。 店員が、788円です、と言う。だが手元の小銭入れに目を落とした瞬間、もう788円の数字が頭にない。 液晶表示で確認しても目を離した瞬間、もう788円の数字が頭にない。表示を再確認しても目を離した 瞬間に788は頭から消える。 ならば百円玉7枚から数えよう。小銭入れに集中し、百円玉を手にとっていく。だが今度は数枚数えた 時点で、自分がいま何枚の硬貨を数えたのか分からなくなる。何度もなんども数えては失敗し、振り出し に戻った。 『貧困と脳』鈴木大介著 幻冬社新書 はしがきより
『免疫学問答』 安保徹&無能唱元著 河出文庫刊より抜粋 「命を賭ける」 無能…がん治療の本を読んでいたら次のように説明が書かれていました。それは膵臓がんについて。 「膵臓がんの治療は手術が基本です。」「このがんはリンパ節への転移が多いので、がんが出来て いる部分と周囲のリンパ節を切除します。」とためらいもなく書かれています。 「がんが膵臓の頭部にできている場合は、膵臓全部を摘出し、十二指腸や胃、胆嚢の一部など、 膵臓周辺の臓器も摘出する場合があります。なお切除した周囲に放射線を照射したり、抗がん剤 を投与したりします。」 さて、この内容が医師から患者へ告げられた時、患者はどんな気持ちがするでしょうか。それは 死刑の宣告にも似た、ぞっとする内容であり、患者への衝撃は察するにあまりあるものです。 ほとんどの患者にとっては、その治療法について選択の余地はありません。ただ唯々諾々として、 手術、放射線、抗がん剤への行程に赴くのみでしょう。 先生…まあ、それが一般人の常識でしょうね。 無能…しかしここで大きく迷う人も出てくるのではないでしょうか。それは、手術、放射線、抗がん剤の 現代の三大医療をやめて、たとえば、玄米や菜食などをベースとした自然治療法などの道を選択 することです。また先生の自立神経免疫法を採用し、三大医療を一切放棄することです。 しかし、これは患者にとっては実に恐ろしいことです。なぜならそれはがんを直接攻撃したり、除去 することをやめることだからです。そして免疫力を高めるということを行い、その効力をじっと待つ だけなのです。その間に、がん細胞は増殖してしまうかもしれないじゃないですか。 患者は迷い、周囲の人々に助言を求めます。しかし多くの場合、親しい人は三大医療の方を勧め、 がん直接攻撃の対症療法を採用するよう説得するのです。こうして繰り返し免疫能力は痛めつけ られ、力を失い、患者は短期間のうちに死に到ります。私たちは、この有様を長い間見せ付けられ てきたのです。 先生…しかもなお、多くの人達は目覚めようとしません。がんを直接攻撃することは、生命を直接攻撃 することであることを。 無能…患者は最終的には、代替療法に切り替えるかどうかは自分で選択し、決断しなければならない のです。それは孤独な恐ろしいまでの決断です。なぜならばそれは、何ものにも替えがたい自分の 命を賭けることだからです。ここでの決断は、その人の人間力を試されるものであるかもしれません。
「苦しい状況から抜け出したいと思っているあなたへ!!ホリエモンがヒントをくれます!!」 https://www.youtube.com/watch?v=rvwXImDiLXI この冒頭の部分がモノクロ映像になってます。その後はカラーなのでモノクロとカラーの基本的な違い が見た目で分かるようになってます。 「起業を志す方へ。東京大学 駒場祭2023 堀江貴文講演「アントレプレナーシップ(起業家精神)について」」 https://www.youtube.com/watch?v=HRPkW_IUWcI 最初のところで近代文明とレンズの関係が話されています。写真に関心のある人には興味深いです。 堀江氏はAIや脳や知能に関しても造詣が深いです。大体は正しいと思ってます。 彼はすごく精神年齢が高い人なんですね。占星術で言えば太陽は蠍座で上昇宮は山羊座です。火星 は天秤座で天王星と土星が密接にリンクしてます。天才的ですし、たまにとんでもないことをしでかし たり言ったりしますが、実は案外にマトモな人間なんですね。 基本は極めてオーソドックスな人間です。まあ興味があれば彼の動画を検索をしてみてください。 ネットで「ひきこもり」と検索をかけますと、幾らでも出てきます。それらを丁寧にひとつづつ見ていった わけですが、ひとくちに引きこもりと言っても、その段階は様々です。普通の人が一時的になる場合も ありますし、高齢者になってから足腰か立たなくなって引きこもる場合もあるでしょう。 しかし重度の引きこもりという場合だと明らかに何らかの疾患がありますね。精神的な病気とか知能 の遅滞とか、そういう場合だと解決は難しくて、法的な手続きを踏んで社会的な保護の申請を受けなけ ればならないでしょう。そういう権利が基本的人権として我々国民にはあります。 知能が高く健康で優秀な人は、この世の中を生きることは容易いわけです。さほど努力らしいことを せずとも高収入を得て社会に認められることができます。しかしそういう人がいる一方で、それと同数 の、生きることすら困難な人達がいるというわけです。そういう冷徹な現実を知るということでは、引き こもりの問題は、痛切にこの世の中の隠された真実を知る良い切っ掛けとなりました。 堀江氏は引きこもりの人とは真逆の位置にいる人なんですが、でもまあ全ては生まれ持った運命の なせる技だとすれば、さほどの違いではないのかもしれません。 AIの進歩は急激ですが、堀江氏のいうようにIQ100くらいまで進化しているにしても、それがそのまま 200位までに行くことはないと思ってます。それで仮に100で止まるにしても、現実的にこの世界の人口 の半分くらいの人は既にAIに知的に敵わなくなっているというのはあります。 さらにAIがロボットという肉体を獲得しますと、人類の半分の人は労働力としての活躍の場がなくなると いうことです。仕事がなければ稼げなくなり生活が困難になります。つまり子どもを生み育てることが できなくなるということですね。政府が無償で金を配るという手もありますが、それは人間として正常な 生き方とはならないので意味がありません。 依然としてこの世界を牽引しているのは人類人口の、大きく見て2割から、シビアに見れば数パーセント の優秀な人達ですね。この構図はAI時代でも変わらないと思います。そういう優秀な人達は、数学の 大数の法則によってランダムに生まれ出てきます。ご両親が知的に高いから子どもも優秀とはならな いわけです。ですから世界の人口が減れば当然に技術発展は止まります。 ですからAIの出現というのは結果的に文明力を低下させる方向に向かうだろうと思ってます。 しかし人類は充分に、いや過剰なまでに文明を発展させ続けてきたわけで、もうここらで一休みをする のはちょうど良いのかもしれません。 戦争の武器における核兵器と同様に、AIの出現は度が過ぎた行き過ぎという気がしています。
Sunny G ちゃんねる -- ひきこもり記 8050問題-- https://www.youtube.com/@sunnyg3763/videos 個人の動画投稿ですが、読み上げもなく文字テロップだけ、そしてスローテンポがゆえにか、深く 考えさせられる動画です。 社会のこの深刻な問題は、一般的には親の過干渉とか毒親とか散々に言われていますが、そう 簡単な問題ではなさそうです。 まず免疫学(医学)的に言えば、子供が育つ環境が人工化(化学物質汚染等も)され清潔になり過ぎ たという事実がまず挙げられるでしょう。これは子どもの体力や精神力が低下することになるから です。つまり弱い子どもに育つというか、自然の中で育つ逞しさとは縁遠くなるわけです。 私はこれが基本にあるのではないかと考えています。 それから現象的には知力の問題です。子どもの知能指数が高ければ引きこもりにはなりません。 知能指数をネット(グーグルAI)で調べると… 一般的なIQの平均値は100であり、90~109が平均範囲に該当するでしょう。110以上は「高いIQ」 とされ、120〜129が優秀、130以上がきわめて優秀とされています。 130以上の人々は「ギフテッド」 と呼ばれ、先天的な高い知能や学習能力、特出した才能を持っているとされています。 東大生のIQの平均が120と言われますが、それを超える子がなんと40%もいる。 こちらがペラペラと 話したことを全部理解してしまう、とんでもないクラスになってしまっているんです。 IQ(知能指数)は、知能検査の結果を数値化したもので、知識や問題解決能力、記憶力など幅広い 能力を示します。 これは知的障がいの診断や支援に用いられるほか、知能の判断基準とされます。 知能は単なる読み書き計算能力ではなく(これらは学力のことです)、多様な能力の集合のことです。 … 一般には頭が良いと言われるのは、勉強をして学力が高いことを言うのかも知れませんが、知能指数 というのは地頭、つまり生まれつきの頭の回転力であり強さです。総合力でもあって特に東大生はこの 能力に優れています。(入試問題がそのようになっている) 知能と学力とは違います。ここを混同する人か多いです。学力は勉強ができる環境に育たないと獲得 できませんが、知能はほぼ生まれつき、つまり母体内環境とか乳幼児期に形成される可能性があり ます。 神戸少年Aは知能指数が85だったといわれています。知的障害ではありませんが、ぎりぎりの数値で あって現代社会では普通には暮らせません。彼は本も出版していますか、文章を綴るというのは本を 読んでいれば誰にでも書けるものです。ソロバンの計算力と同じようなもので数学とは違います。 そういえば永山則夫も本を出版してベストセラーになってますね。この本は私も若い頃に読みました が、内容がありませんでした。何の記憶にも残らないもので、つまり模倣文だったというとです。論理的 にも統制がとれていない文なわけです。 個人的に50代の引きこもりの人を知っていますが、地元のトップの進学高校を出てます。高校とか 大学の入試は抜群の記憶力があれば合格するものです。しかしそれだけの能力では社会での実力 競争には付いて行けず脱落します。実学がないからです。 逆にベトナムやインドネシアの、学力も学歴もないが知能が抜群に高い青年に簡単に負けてしまうと いうわけです。近所でそういう外国人の若い人がいますが少し話しただけで優勝さが伝わってきます。 日本も昔はそういう東南アジアの国々と同じような自然環境で子供達が育ちましたね。頭の良い子も 悪い子もいたわけですが、総じてみな逞しく実学を操じることができました。それできちんとそれに合っ た職業を得て家庭も持てたわけです。 日本製鉄会長の橋本英二氏ですが、熊本の田舎で自然環境いっぱいの子ども時代を過ごしていま す。彼はそれを強調していますね。橋本氏は日鉄を立て直した人物で、今話題のUSスチールの 買収を決定したした人ですね。こういう気骨のある人が日本にはまだまだ数多くおられるわけですが、 そういう人は、ただ学業成績や学歴がよくてエリートだというのとは違うわけです。 この橋本氏、私が親しみを持つのは、自分が若い頃、尊敬していた先輩に顔がそっくりなんです。 その先輩も熊本出身でしたね。その先輩からは哲学や宗教学の影響を受けました。余談です。 8050問題。これは深刻です。最後は国や社会で救済するしかないのですが、とにかくこれ以上、引き こもり人を増やしてはいけないということです。引きこもりという不幸を増産してはいけませんし、少子 高齢化と合わせて国そのものが持たなくなります。登校拒否の現状を見ると今後は就労者の数パー セントの成人がまともに就労できなくなるというのは異常な事態です。もちろん登校拒否=引きこもり ではないんですけどね。 それからやはり巷で言われているように親の子どもに対する過干渉というのは当然にあります。普通 の子どもは過干渉されれば反発するわけですが、それを素直に受け入れる子どもも中にはもいるわけ です。 この過干渉(過保護)をなくするだけで、登校拒否や引きこもりはある程度減少すると思います。しかし それが難しいと言われているわけです。親が意識改革をしないといけないのですが上記の動画ブログ を見ているとそれは至難の業という気がします。 親や大人というのは自分の成功体験に自信を持っているわけですね。特に段位は。良い学校を出て 良い会社に勤めているという自信です。自分の人生は成功していると、自分は間違っていないと信じて 疑わないわけです。そういう親が危ないのかもしれません。 そういえばこの掲示板でもそうではないですか。 自分の写真に対する考え方は正しい。クサナギは間違っていると頭から信じているわけですね。 でもそんなの、たまたま自分が運が良かったから成功したわけで、その自分の考えがこの世の不変の 真理ではないわけです。 私は占星術とあわせて、人の運勢の向上の実利的ノウハウというものを研究してきました。しかし 今回は無力であると悟りました。私の開運の術はあくまで高い知能と体力や免疫力を持って生まれて きた人間にしか通用しないものであると分かったのです。実際そのとおりでして、過去にも人様に アドバイスをして、受け入れてくれた人達は極めて優秀な人達ばかりでした。 優れた人達がより幸運になってどうする。そうではない人達こそ開運術を知ってほしいと願うわけです が、考えてみると、それは最初から無理な話であるということです。 「意外すぎる、体調不良の原因を明かします|野中鉄也×川嶋政輝」 https://www.youtube.com/watch?v=-W15UKAb7wU 日本製鉄のUSスチール買収をバイデンが阻止, トランプが再考するか【及川幸久】 https://www.youtube.com/watch?v=h_hnsq3FwUg
久しぶりにフルタイムで撮影をすることができました。とは言っても半分の時間は車の移動でしたが。 いつもの数時間とか半日などで、ちょこっと撮影するのとは違って、やはり一日中の撮影だと 歩きの 運動になって良いですね。これだから写真はやめられないところがあります。 最近は、何はさておいての急務ということで、コロナウイルス、コロナワクチン、そして免疫システムの 読書に掛かり切りで、200冊くらいは本を読んだのではないでしょうか。頭の中がごっちゃまぜになり そうですが、今後は仕上げのノートも取ってみようと考えています。 紙の本の読書、そして手書きノートというのは、最高度の思考力を養うことができます。 かたや、パソコンやインターネットというものがあるわけですが、そればかりに頼っていては、人間、 退化するんですね。退行して思考力を失います。手書きは良いもので、キーボードで字を打つのとは 違って、じっくりと考えながら物事を進めることができます。 そう考えると、写真に於いては、フイルム写真とデジタル写真の相違というものは、アナログとデジタル の違い。また、紙の読書とネット閲覧。ペンの手書きとキーボードというものに例えられると思ってます。 本当の写真はフイルム写真でしか味わえないですね。デジタルだけでは写真とはならないように思い ます。デジタルは飽くまでも写真でなく画像です。どこまで行ってもデジタル写真は画像しか得られ ないということですか。 デジタル写真には思考がありません。言うなれば感覚だけですかね。 ですから、デジタル写真しか知らなくて、フイルム写真の経験が乏しいという人は、本当の写真という ものを知らないでいるわけです。デジタルだけで写真をやって行くと、どこまで行っても画像のレベル に閉じ込められていて、写真の本質を知ることは永遠にできないだろうと思ってます。 モニタースクリーンで本が読めるか、そんなの読めないに決まっているわけです。やはり紙の本で 読んで、紙のノートに手書きするのが本当の読書なんですが、それと全く同じ理屈で、写真はデジタル だけではできないです。 読書の本、出版はなくならないですね。今回のコロナやワクチンの問題で、つくづく分かったのは、 マスコミは嘘ばかりであるということ。プロパガンダでしかないということ。それでテレビと新聞しか 知らない人は完全にアウトです。 少なくともネット情報に接していないと真実が分からなくなってきます。またマスコミの端くれというか、 週刊誌とかはまだ正しい情報が書かれています。そして規制が激しいのですがとにかくネットは 頑張ってます。そこに加えて、私は新刊書を読むので、さすがに紙の本ですから情報は最も正確で、 しかも内容が頭に強く入ることになります。 200冊くらい買った新刊書の半分以上は古本屋で買ったものです。最近の古書店の本は綺麗ですね。 綺麗ということは最初に本屋で買って読んだ人は、パラッとめくるようにして眼を通しただけであって、 それでハイ分かったということで古書店に売り飛ばすわけですが、それでは本当に理解はできません ね。本というのは再読、熟読をしないと本当に頭には入らないわけです。 もっとも本を持つ、蔵書をするということは大変なことで都会の住宅事情の方はできません。 そういえばカメラもそうですよね。綺麗キレイに使って、新しいデジカメが出たから今のカメラを売り 飛ばしてニューのカメラを買う。そんなんじゃ本当の写真なんで出来ようはずもありません。 あーっ、もっともそういう人が多く居るから、私は中古カメラも中古本も安く手に入るわけですけどね。 とにかく、ワクチンは大変なことでした。私も3回ほど接種しているわけですが、回数が増えれば増える ほど、人の免疫系を壊しています。何もせずに過ごしていくと、そのうちに大変なことになるわけです。 ですから対策が急務でして、一日でも早く手を打つほうが良くて、強く意識して免疫力を高めていか なければなりません。 高齢者はもとよりですが、若い人でも基礎疾患や持病がある人は、何もせずにのほほんと過ごして いますと、そのうちに間違いなく病気になります。寿命も縮まるでしょう。脳か心臓かガンか膠原病。 そんなところです。このワクチン後遺症、これから逃れるためにはな並大抵の努力では足りません。 まあ、考え方を変えれば、世界の人口は多すぎるというわけで、高齢者が長生きしても仕方がない ということでしょう。そういう人口の間引き、ということを考えれば、ワクチンにも意味があるということ なのかも知れませんが、少なくとも私は間引かれる方には入りたくないですね。(笑) いやもう自分は充分に生きたし、やることはやったので、そろそろ逝ってもいいかなっていう人は スパッといっちゃってくれていいわけです。ただ介護保険を使ってうじうじと税金を使って長生きして ほしくはないですね。 それにしてもトランプさんは元気ですね。酒もタバコもやらないそうです。親父さんは厳しい人でして、 軍隊式の学校にぶち込んだそうです。そういう親を持ったからこそ、不屈の精神でやれるんで しょうね。 そういえばイーロンマスク(今、伝記本を読んでる)も厳しい子ども時代をすごしています。やはり親は 厳しければ厳しいほどいいんだなっていうことです。おそらく大谷選手もそうなんじゃないかな。 甘やかされた子どもは一生、不幸になります。子どもの能力を奪ってしまうんですね。 そうそう、免疫系から言っても、赤ん坊の時から甘やかしは駄目なんです。弱い体になってしまいます。 そういう厳しさのない、甘やかされた時代が現在の日本なんですが、そういう日本でワクチン後遺症 が出てくるというのは、これは必然かなっていう気がしてます。なるべくしてなっているということでしょう。
ちょっと老婆心なから。… 匿名さん。ORCAMさんだけには関わるのはやめたほうがいいです。この方、以前はGGとか のネームで投稿していたんですが、その後2度ほどネームをくるくる変えて現在のORCAMに なっています。 この掲示板は色んな人が(コメントも含めて)投稿されてるんですが、この人だけは別格です。 本物の嘘人です。 それで、分かっている人はORCAM(GG)氏を相手にしていません。少し前もペッタックスで投稿を されていた人が、たぶんORCAM氏の本性に気がついたのでしょう。去っていきました。熊が 出たから危ないねって。(笑) こういう人に関わると、御自分の運勢をなくしてしまいます。たかだかネットなんだから、という のは間違いで、運のやり取りというのは距離は関係ないんですね。相手をリアルで知らなくても 他人の運勢を削る人間っているんです。 匿名さん、カモにならないようにしなくては。それとも、もう従属されているんですか。まあ、もう 少ししたら、彼の本性が分かるようになるでしょうけど。遅きに失してはいけません。 写真には光の部分と闇の部分があります。多くの人達の写真は光がテーマなのですが、中には 闇こそが生き甲斐、という人もいるんですね。誰それと言っているんではありませんよ。 そういう光も闇も含んでの写真であるわけなので、闇の権化のような人でも、それはそれで 写真人類のひとり、と言うわけです。 写真には落とし穴があるんです。大概の人はその落とし穴を落ちないようにすり抜けているわけ ですけど、稀に落っこちちゃって身動きができない人がいます。 もうこうなると写真をすればするほど悪化していく一方なのですが、それだけで済まずに、周囲 に毒素をばら撒くわけですね。 この掲示板は懐が深いわけです。ぺンタックス板にリコーのカメラを投稿しても咎める人は いないようです。リコー板にペンタックスを投稿するのは良い訳ですけど。ペンタックスはリコー 資本ですけど、ブランドとしてのペンタックスは生きています。まずリコー自身、ペンタとリコーを 混同するようなことはしていませんね。 こんなことは些細なことです。 ところで、ORCAM(GG)氏が投稿して、写真データを載せているサーバの記憶装置は私が寄贈 しました。サーバ本体はカズさんが。メモリ装置はキヤノン板の人で。 そんなわけで、ORCAM(GG)氏の画像は、宿敵?クサナギの手の中にあるんですね。これ知って ましたか。だからと言って、それを自慢したりはしたくないですし、さらにORCAM(GG)氏の写真 を排除したいとは露ほども考えていません。 なぜならば私は闇の写真も必要だと考えているからです。光の写真と闇の写真を両方掲載して、 それでみんなに考えてもらう。そういう掲示板であれば、と思うからです。 どっちの写真をしたいと思いますか。どっちの人間になりたいとおもいますか。という具合です。 もちろん私がどう考えようと、そんなことは一切関係なく、掲示板の運営者は管理人さんお一人です。 ところで匿名さんは九州の人ですか? 福岡県? 私は九州の人には縁があって各県全てに 知り合いがいました。それぞれ県民性が微妙に違っていて面白かったです。いまはもう殆ど交信 もなくなってしまいましたが。 九州の人はとにかく皆さん個性があってそれを互いに大事にしています。みなさん好い人ばかり でした。 ORCAM(GG)さんは愛知県にお住まいですけど、出身は群馬県でしたっけ。ここは独特の県でして 近県の栃木県や茨城県ともぜんぜん違うみたいですね。 日航機123便の墓標がありますし、谷川岳や浅間山という、(谷川岳遭難世界一、浅間山山荘事件)、 闇の力が強く働く場所のようです。とても興味深い県であるわけです。 いつかは行って見たいな群馬県。というところ。 私は写真とは、その極めて強力な力は闇から生じるものと想像しています。占星術で言えば蠍座。 そういえば群馬県にいながら富士(光です)をテーマに撮り続けている人がいます。気持ちは分から ないではありませんが、一般的に言えば少し残念ですね。もっと地元群馬県を撮ってほしいような 気がします。 とにかく写真は光に憧れます。これは誰もがそうです。 しかし写真とは根本的に闇があるから光が際立つのであって、闇の存在を無視しては成り立ちません。
新型コロナワクチン5種類を比較 レプリコンを使用する医療機関は?ワクチン選択の現状【大石が深掘り解説】 https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=zXl_8emndQw やはりファイザーですね。 そして問題の明治製菓は、ベッドを抱えた大きな病院と、高齢者施設のようです。 そういうところは閉鎖空間なので、正直ホッとしたところ。 しかし考えてみれば、老人の施設に入所すれば、もういいようにされるということです。入った時点で それは覚悟していないといけないということ。 ですからたとえ手足が不自由になっても、ご自1人だけになっても、住み慣れた自宅で頑張らないと いけないということです。ご自身で自らを介護しながら、頑張っていかないといけません。 ついでなのでもうとつ、大石解説を。 コロナワクチン接種後 手足に赤い斑点 2年たっても消えず…医師「40年で一度も見たことない症例」スパイクタンパク検出が意味するのは?【大石が深掘り解説】 https://www.youtube.com/watch?v=Q1GlPBCkgxo ワクチン由来のスパイクタンパクの映像がみられます。(佐野栄紀医師(高知大学特任教授)) ところで今回のノーベル賞は平和賞で日本が受けました。 これって違和感のある人が多いんじゃないですか。新聞もさほど喜んで取り上げていません。 深読みをすれば、これはファイザー社の日本人に対する御礼なんじゃないですかね。日本では 大変儲けさせてもらいました。ありがとさんね。というところ。 前回は変な科学者のカタリンカタリコがノーベル賞を受けましたが当然にファイザーが決めてます。 そして今回の日本人へのプレゼントもそうだ、というのは何とも分かりやすいですね。 ノーベル賞と世界遺産が大好きな日本人を馬鹿にしているんでしょう。変人博士といっしょに されたんではね。(笑) でもそのカタリコの紹介本は1冊読んでます。その本の表紙の顔は 奇顔です。 こういうとてつもない時代になっているわけですが、そういう中で写真というものを考えていかない といけません。良心的な医者は患者に対して、とにかく歩きなさい。と勧めます。しかし歩かない 患者も多いようです。歩くのが苦痛な人っているわけですね。 私は歩くことは見ること、発見することであり、同時に考える時間でもあって、日頃難問として 考えていることを歩きながら反芻して考える癖がついています。歩くことは考えることだ、という わけです。 しかし考えることがもう苦手、という人も多いんですね。それってもう人間をやめたんじゃないか なってとも思えるんですけど、思考力がなくなってしまっている人は多いです。 広く言えば認知症や痴呆症の前段階であるわけですけど、本格的にそういう段階になってくると、 今度はめちゃくちゃ歩き出すんですね。徘徊というやつです。電車やバスは使わずに、ただひたすら パジャマ姿で歩きとおします。そして警察に保護されます。 そういうとき、痴呆者は何か考えているかというと、ただ昔に通っていた会社のある方角に歩く だけでして、全くの無我で歩いているんじゃないかと想像しています。 でも、認知症になってから無心で歩くんではなくて、なる前に病気にならないようにと思って歩かな いと。 歩いている時、人は自由です。車で走っている時もそうですね。動物は移動するのが本能であって じっとしている動物なんていません。歩くことは動物としての人間の本能そのものであって理屈 ではありません。 その、人としての本能を上手に利用しているのが写真の撮影です。ですから写真をするという ことは、人としての本能に忠実であるということであるわけです。 歩いて立ち止まり写真をとる。また歩いて、という具合です。しかしそれ以外の撮影以外の写真 の要素は、それは本能というのではありません。 良い画質にしたいとか、絵として様になるようにしたいとか、こんなカメラが欲しいとか言うのは 写真としては邪道ということになります。本能からは外れているからですね。 そういう邪道に陥ったとき、病魔が忍び寄ります。不運が襲います。くれぐれも良い写真を撮ろう とか皆んなに認められる写真を撮ろうとかは思わないことです。ただ写真を撮っているから自分 は大丈夫だ、とは思わないことです。そんなに甘い話はありませんから。 しばらくは投稿する写真はモノクロームで行こうかと。モノクロ撮影もありますが、カラーでとった 写真もモノクロにして上げることにしています。もうモノクロでもカラーでも拘りなく写真ができる ようになったのでモノクロだけにする必要はないのですが、ああ、黒白だとkusanagiだと瞬別で きるので便利かと思うからです。 コバンザメのようにくっついていた匿名氏もいなくなったみたいですし、変人GGさんは相変わらず ですけど。まあ皆さんも歳なので無理はなされないことです。 写真が好きな人。撮影が好きな人、そういう方々はみなさん同士で仲間のようなものです。 古書店で20冊ほどワクチンや免疫の書籍を仕入れました。これから他の書店も回ってみなくては。 本を読むのは時間と労力を必要で大変ですけど、撮影とリフォームとも兼ね合いで無理せず やっていくつもりです。
⑤ ワクチンの話ばかり続いてしまいましたが、これは今、逼迫している事柄だからですね。 高齢者が多いこの掲示板では、定期接種と化したコロナワクチンの接種を受けようか、 どうしようかと、お考えの方もおられるでしょうから。 https://www.noda-iin.jp/news/2024/47.html これは一例ですが、医院のサイトで… 新型コロナウイルスワクチンの定期接種(ファイザー社:コミナティ筋注シリンジ12歳以上用のみ取り扱います)を開始いたします。 と書かれていますね。この医院ではファイザー製のみ打つてくれるということです。 こういう具合に、各医院では通常1種のメーカーのワクチンしか用意していないと思います。 ですから近くの医院に行って、武田製のワクチンをと言っても、当院ではそれはございません となるわけです。事前に医院で電話をして、どのメーカーのワクチンなのか確かめる必要が あります。 https://www.city.suginami.tokyo.jp/news/kansensho/covid-19/vaccine/use/index.html 杉並区でも、 医療機関により使用するワクチンは異なりますので、直接医療機関にお問い合わせください。 とあります。 おそらく各医療機関で人気なのは実績のあるファイザー製でしょう。しかし5社で分け合っている と思うので人気のワクチンメーカーは早々になくなるかも知れません。 だふん不人気なのは明治製でしょうか。苦笑。それで人気ワクチンが無くなれば不人気ワクチン を使わざるを得なくなるかもしれません。まあ、一番いいのは打たないことです。 最近身体が鈍っていて、それで歩かなければと思い立ち、無理やり時間を作って撮影をしています。 ところが、足が重い・・・・・・。ぼとぼと、としか歩けず。とほほほほ。それでも歩かなくてはと思い、 時間が掛かってもいいからカメラを持って歩いて撮影をしています。 歩くことは手っ取り早い免疫をアップさせる手段です。
③ 前出の「新型コロナワクチン影の輪郭」の、あとがきで、こういうような一節がありました。 --------- コロナ禍に苦しむ日本社会を報道してきて気づいたことがある。 多くの人が、自分の頭で物事を考えなくなったのではないかという点だ。国が言ったこと、 医療機関が言ったことを全て鵜呑みにするばかりで、どうすべきかを自分の頭で考え、 疑い、判断しなくなっているのではないだろうか。 「国がいうことは正しい」と、最初から疑問すら持たない人が増えたような気がする。 ワクチン接種後に苦しんでいる人達の多くも、もともと「反ワク」ではなかった。むしろ、 ワクチンの効果を期待して接種した人がほとんどだから。 接種後の副反応で自分が歩行困難になっても、大切な家族を失っても、ワクチンには 一定の効果ょを認めている人もいるくらいだ。 ただ求めているのは、「国が主導する形で接種を促進したのだから、責任を持って 救済すべき」ということ。 そもそもワクチンだけでなく、効果と副作用・副反応だ。本来は効果を伝えつつも、 副作用・副反応のリスクも同時に伝えることが求められるが、新型コロナワクチンに ついては、この副作用・副反応を伝えることを極端に嫌う人が多いようだ。それも 医療関係者だけでなく、コロナワクチンを接種してきた人達まで幅広くだ。 医療関係者であれば、自分たちが接種を勧めて打たせた行為が「間違っていた」 とは思いたくないだろうし、自己否定に繋がる側面もあるから、リスクがあるのを 伝えることは嫌うだろう。接種した人も同じだ。激しい副反応が出ていない人で あれば、なおさら副反応に関する報道は理解に苦しむはずだ。 --------- これ、文章としては3項目のうち、1番下から中の2番目、そして冒頭の5行と なっているのです。 つまり、多くの人々、被害を受けた人達も含めて、ワクチンは正しかった。自分は 偶々運が悪かっただけで、だから国が責任を持って補償をしてくれと言っている わけです。 なんとも優しく良い人達という気が私としてはしています。 私は最初から、コロナ騒動もワクチン接種も、国を挙げての陰謀であると確信して いましたので、ワクチンが正しかったなどとは一滴も思わないのですが、多くの 善良な日本人の感覚はそうではなかったということです。 遺伝子ワクチンは人間の免疫システムを壊す働きしかしなくて、それで副反応が 出なかった人達は、人が本来持つ自然免疫でワクチンを無効化できた人だったわけ です(つまり毒物を消滅できた)。 副反応や後遺症が出た人は免疫機構が弱かった(もしくは鋭敏すぎた)からワクチ ンの本来の効果が出ただけのことでしょう。 どう考えても、ワクチンが正しかったとは言えないわけです。 そういう認識に到っている人は殆どいないのではないかということなんです。 自分はたまたま運が悪かった。でもワクチンは間違っていない。 国が勧めたのだから国が責任を持ってね。 その程度の認識しかできていないただろうということです。 正直言って、これは私としてはビックリです。 国としてはワクチン接種は自己責任だと言っていたではないですか。義務化は されていませんでした。努力義務とか変な言葉を使ってましたけど、義務でも 強制でもなかったはずです。任意の接種でしたね。 その結果で被害にあったならば、それは自己責任であるべきであり、国に補償を 求めるのは筋違いという気もします。 薬物というのはワクチンであろうがなんであろうがリスクを伴います。それは常識 でして、重篤な患者の場合は、死ぬか助かるかの瀬戸際だから、危ない薬でも 博打で打つわけです。効果が出て助かれば儲けもの、という具合。 健常者に打つワクチンでもその基本は変わりませんね。 そういう認識が一切なくて、自分の都合の良い言葉やニュアンスだけを受け取っ ているという気がしてます。 私はそこに日本人の甘えと狡さがあるのではないかと感じています。 この善良で平和な日本人の小狡さがある限り、まだまだ日本で遺伝子新薬 の実験はできるのではないかと、製薬会社は考えるだろうと思います。 ワクチン1本15000円、これを実費で全額支払え、となっていたら殆どの日本人 は打たなかったでしょう? タダだから打ったのではないですか。 でもタダほど高くつくものはないとの諺があります。そのとおりになったわけ ですね。 ワクチンで死亡したりとか、その後遺症が出て苦しんでいる人達の多くは、 とても元気で活動的で、スポーツをやっていたという人が多いという印象を 受けます。 しかし見方を変えてみればそういう活発にしていた人達は過労でもあったと 言えるのではないですか。有り余る体力で無理をしていた。それはつまり 免疫力が落ちていたとも言い換えられますね。 そこを突いたのがワクチンでした。普通の健常に人であれば自然の免疫 で無効化できたワクチンでしたが過労で免疫力の落ちていた人には利いて しまったというわけです。そしてそれが本来の遺伝子ワクチンの効力です。 ちゃんと効けば副反応や後遺症があるのが正解なのです。 こういうことを書くと、ワクチンで犠牲になられたり苦しまれている人を冒涜 しているように思われるかも知れませんが、そういう意味で書いたのでは ありません。 ワクチンで身内をなくされた方々、ご自身がワクチン禍で苦しまれている 方々は心底、後悔をしているのです。なぜ息子に接種を勧めたんだろう、 どうして自分は打ってしまったんだろうと大変な後悔でいっぱいなのです。 しかし一方で1回もワクチンを打っていない人が国民の2割はいるんです。 自分は持病を抱えているから打たない。自分の信条や予感から打たない。 そういう人達が多くいたわけです。 国に補償を求めるのはいいでしょう。ぜひそうしてください。そうしないと 生活が成り立たないでしょうから。しかしその国の補償費は国民の税金 から出ています。そのことも忘れないでくたさい。
④ 人の免疫システムというのは、脳の機能と肩を並べるくらいの複雑で 巧妙なスーパーシステムです。 哺乳類の免疫システムでもっとも高度なのは知能の高い人の免疫だと 言います。そして人それぞれによってそのシステムは異なるようです。 大まかな基本は同じですが、微細では人毎に異なります。そして進化も し続けているそうですね。 私が思うに、人の心は脳だけでなく、この免疫機能も、心の形成に密接に 与っているのではないかということです。こころが穏やかで落ち着いている 人は免疫が優れている、という風に捉えることができそうです。 その免疫の中心は腸です。つまりお腹。武士が切腹するのは腹ですね。 断腸の思いという言葉もあります。 つまりそこにこそ、人の心というものが内在しているのではないですか。 脳は合理的で冷たいですね。頭の良い人っていうのはそんなイメージ。 しかしこころというのは暖かくて柔らかくて、という感じです。 人間は脳だけでは生きていけません。心がないとだめなんです。 その自然が与えてくれた免疫という、かけがいのないものを、遺伝子操作 することによって破壊しようとしている。それが現在の文明の実態であり 現実です。 一方の脳は、AIによって蹂躙されようとしていますね。これは同時進行 で破壊が進んでいるということです。 これはもう正気の沙汰ではなく、人類が滅亡の危機にすら陥っている ということです。 こういう認識を持てる人は、ある本に書かれていましたが、人々の 2パーセントであるということらしいです。私の言い方で言えば4次元の 思考法ができる人です。 しかしそれは脳の働きだけで言ってますね。 私が注目しているのは日本人の20パーセントの人達がワクチンを打って いないという事実。ここにこそ希望があると思ってます。こころがある と言い換えてもいいですね。こころを破壊するような薬は打たない。そう いうことだったかと思います。 そして脳と免疫はリンクしているという気がしてます。脳の働きが落ちると 免疫も落ちる。免疫が衰えると脳も衰える。 えーっ、脳のぐにょぐにょした姿と腸のぐにょぐにょは似ていませんか? 発生学的には当然、腸が先です。草食動物の腸は長いです。そして 草食動物は優しいですね。 とにかく脳と腸の免疫は密接に繋がっていて、どちらかを高めればもう ひとつも高められるという気がしてます。 とにかく、これからの破壊的な時代を生き抜くには、脳も免疫も全力で やらないと生き延びられないだろうということです。
① コロナワクチン被害に関して、他とは少し違うタイプの本が出ています。 「新型コロナワクチンの光と影」方丈社刊 「新型コロナワクチン影の輪郭」同上 両方とも大石邦彦氏の著作です。所謂、大石解説。ユーチューブでお馴染みですが、CBCテレビ アナウンサーの方です。CBCテレビとは名古屋の地方局ですかね。全国的なキー局ではありません。 そもそも名古屋はユニークであって、中日新聞や東京テレビもそうですし。 比較的まともなマスコミであって独自の取材でやられているようです。 今回のコロナ騒動、ワクチン禍問題では、大手マスコミのテレビや新聞が信用できないという事態 になっていて、それで私としては、ネットやネット動画、週刊誌、そして著作出版に眼を向けざるを 得ないようになりました。 興味深いことに、日経新聞などの書籍広告では、所謂反ワクチン関係の新刊書の広告を堂々と 載せてくれているのです。私はそれで出版情報を知り、本屋で注文をしています。 週刊誌でも取り上げられるのは大手マスコミと違い、記者クラブに属していないので真実の報道 ができるそうです。 多くの日本人はテレビを視聴し、新聞を読まれているわけですが、そこにはワクチン推進の報道、 プロパガンダ記事しか載せられていません。コロナ流行に関しても嘘ばかりですね。 テレビと新聞が正しい報道をして、週刊誌やネットなどはイカサマであると固く信じて疑わない 人達は、容易に政府や製薬会社の洗脳を受けています。 そして百人に1人なのか、数百人に1人くらいなのかの割合で重篤なワクチン被害に遭い、苦しんで いるというわけです。勿論亡くなられた方も大勢おられるわけです。 超過死亡と言って、日本全国で2021年2022年の2年間で通算20万人くらいの方が、それ以前の 平均的な死亡率を超える何らかの理由で死去しているわけです。これは事実です。 例えば東日本大震災では2万人の方々がこの超過死亡になられたわけですね。20万人と言えば 大きな市が丸ごと消失するほどの規模です。この2年間で20万都市の住人が死亡してしまった。 これってウクライナ・ロシアの戦争で亡くなった人達と同じレベルではありませんか。もしくは ハマスやヒスボラの人達とおなじような。つまりこれは戦争のレベルなのです。 戦争は遠い国ばかりで起きているのではない、というわけです。 そして被害を受けた方は死亡した20万人の人達ばかりではなく、その何倍にも及ぶ後遺症を 抱えてにっちもさっちもいかなくなった人達がいるわけです。それは戦争での負傷者の数と同類 のものなのでしょう。この2つ合わせて死傷者という言い方をします。 そういう大被害を受けている、受けつつある、そしてこれからも受け続けるであろう、というのが、 今この日本の現実であるわけです。 例えば100万都市があるとして、その内の20万人が死亡し、80万人の方が負傷している。これは 原爆並みの規模ではありませんか。また100万人と言えば地方の県レベルですから。それが丸ごと 壊滅しているといわけです。 話を元に戻しましょう。 大石氏の著作は読みやすく、一般の人でも読むことができます。特に女性の人達には親近感 を得るでしょう。そして思うに、ごく普通の生活をしていた方が、平凡だけど善良で家庭をもち 家族と平和に暮らしていた人が、一瞬にしてその幸せを奪われるというわけなんです。 善良で何ひとつ悪いことをしていない人達がワクチン接種により地獄を見る。そしてさらに医療機関 の多くは患者の味方ではなくさらに患者を苦しませているという現実があります。 ワクチン後遺症を調べて様々な著作を漁っているのですが、一般の人にも読みやすい本と いえるかもしれません。著作の中には強烈すぎるのもあって、その内容に普通の人には耐え られず違和感を持たれる場合もあるんですが、この本に限っては柔らかく書かれているので お勧めです。 なお、この本の印税は被害に遭われて苦しんでおられる団体に寄付されているそうです。
② 長い間、自分は写真をやってきて、感じることは、写真というのは自分の見る力というものを 知らず知らずのうちに養うことができるのではないかということです。 ワクチンで被害を受けた方々は、みなさん善良な人達ではありますが、やはり御自分のもの事 を見る能力や、自分で考える力というものが、やはり不足していたという気がしないでもありません。 皆が言うから、国がいうから接種した。というのが多いです。 中には強い職場での圧力で副反応に何度も苦しみながらも複数回接種して最後にはどう にもならなくなったという方もおられます。しかしそれでも覚悟を持ってその職場を去れば打つこと はなかったわけです。 そこに自分の見方や考え方の不足というものが感じられるわけです。 写真撮影というのは、よっぽどでない限り、自分の意思に従って撮影をします。撮るのも 撮らないのも自分の意思決定の結果です。どういうふうに撮るのかも自分の見る力と考え方に 基づきます。誰それがやっていた写真画像を思い出して、それと同じような写真を撮る人間 などいないわけです。まあ、偶にはいるかもしれないけどそういう写真はクズです。 長く写真をやっていると自分の考え方が自然と身につく。何よりも見る知るという直感的な 感覚が研ぎ澄まさせるのではないでしょうか。 ご自分で長く写真をやっておられる方は、この写真の感覚をよく知っています。写真とは真実 を見ることであり、それが正義に直結するということを理解されています。 しかし写真をしなくて与えられた写真画像しか知らない人は容易に騙されるわけですね。 もちろんそれは真実ではありませんし、邪悪なものです。 今回コロナワクチンでは多くの善良な人達が騙されて苦しみ、命を落とされました。なんとも 歯がゆいことですね。 それでこの私としては、デジタル写真暦20年余。若い時のフイルム写真暦10年を入れれば 30年余の写真の経験があるわけです。それでなのかコロナ騒動が始った時点で、これは おかしい、陰謀論の臭いがしていている。として調べました。この調べる能力があるのは 写真とは関係がないわけですが、私にはそういう能力があるようです。占星術などがそう。 それで自分の写真的直感に基づいてワクチンは接種していません。もっとも世間的には 3回はしたことになっているのですがね。嘘も方便であり身を守る術です。 もし自分が写真をやってなければ、もしかすれば考えもせずにワクチンを打っていたのかも しれません。ワクチンを打っても確率的には副反応も後遺症もでない確立が高いです。 しかし出たかもしれませんね。 それから感ずることは、学歴・学力・知能(知力)の問題です。 学力、特に基礎学力が高ければ自然と高学歴になります。無論経済力も必要ですが。 しかしそれらと知能とは別物です。これを混同している人が多いですね。知能というのは 遺伝です。脳が優れているというわけで、心臓や肺が強い、筋肉か強い、肝臓や腎臓が 強いというのと同じで、その機能が生まれつき優れているということです。 しかし学力や学歴というのは育った家庭環境や地域性と関わってきます。地方の田舎 で親が子どもの学力に関心がなければ、どんなに知能が高い、地頭が優れていても 勉強はたいしたことはなく大学にも行けないかもしれません。 それで問題になるのは、知能指数が120という子どもが2人いるとします。1人は田舎で のほほんと育った人。もう1人は都会で教育熱心な親に育てられた人。 のんびりと自然に囲まれて育った人は、その120の知能の半分くらいしか使わずに 大人になります。もうひとりの都会で育った人はしっかり勉強して一流大学を出て 一流企業に勤めます。その時点で知能の120を全て使い切ります。つまり伸びしろは ゼロ。かたや田舎もんは社会に出てもまだ半分の能力しか使っていないので、社会に 出てから、大人になってからも大いに伸びるということです。 全ての教育は洗脳である。ということから高学歴の人は学力が高い分、融通性に 乏しく、自分を変えることができないかもしれません。もっとも知能が130や140という べらぼうに高い人はたとえ高学歴であっても頭は柔らかいですね。 知能が高いかどうか。それは対面して話をしてみれば10分くらいでだいたい掴めます。 学力とか学歴などは問題外で職業も関係ありません。 流石に学力(英語が堪能とか)や学歴が高い人が社会では高い地位に付くのですが、 それは世界が平和で変動しない場合です。現在のように激動の時代では、それらに プラスする知能の高さが必要です。 しかし知能が高すぎると(130とか140とか)、学者には成れても政治家や企業家には 向きません。一般の人々(知能が100前後)と乖離してしまって上手くいかないのです。 そうなって来ると知能は110から120で良いから、学力や学歴が乏しい人が有利であり、 求められるということです。そして脳だけではなく強い身体を持っている人が良いの です。体力や免疫力が強ければ少々のことではへこたれません。(進次郎さんのイメージ) 実はこれはこのまま、もうすぐやって来るRNAワクチンや医薬品の時代に対処できる 人間像となります。 コロナやワクチンの話を身近な人達にすると、私の話に理解を示してくれるのは、 その多くが女性です。そして学歴の高い男性は反発をしてきます。頭が硬直してし まっているので聞く耳を持ちません。そしてやはり女性は年齢に関わらず優れて います。もともと柔らかい頭であり、学力も学歴も高くないからでしょうかね。 来年辺りからインフルエンザワクチンもmRNAタイプになるみたいです。コロナと複合 して接種ということになるかも。そして各種の薬も遺伝子タイプになると思われます。 これはどういうことかと言うと、人が本来持っている免疫というスーバーシステムを 壊してしまうということです。 免疫というのは極めて脳に近いですね。その脳の能力を破壊するのが教育、そして AIでしょうか。同様に免疫を破壊するのもRNAの遺伝子産業ですか。そういうフラクタル な関係があると私は見ています。 ( 23年7月に南相馬市にmRNA医薬品の原液を製造する工場が完成しました。 工場ではmRNAワクチンの原液製造から製剤化までを一手に行う予定で、年10億人 分の製造が可能です。mRNA医薬品の受託製造工場は国内初で本格稼動すれば 世界最大規模となります。経産省が補助金を出しています。 事業者はアルカリスというmRNAクチンの米国企業。武田薬品と、創薬ソルーション・ プロバイダー・アクセリードを共同で設立。500億円を投じてmRNAワクチンの一貫 製造工場を25年にも設立予定。) 武田はこれが本命だったようです。 脳を壊し免疫も破壊する。全てはお金の為です。人類は滅亡の危機に瀕するかも しれません。というのは大げさですが、日本は危機に瀕すると思います。 それらから、せめて自分だけでも生き延びるということを真剣に考えないといけま せん。実はこれから免疫システムを学びたいと思って書籍を多量購入中です。 自分がこれからも生きられるかどうかは分かりませんが、できる限りのことはやって みようと思ってます。
【緊急声明】一般社団法人日本看護倫理学会 2024/8/7 https://www.jnea.net/wp-content/uploads/20240806kinkyuseimei.pdf 「新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために」 明治製菓ファルマからの反論 https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/pdf/notice/notice_01.pdf 《わかりやすく動画で説明》 「Meiji Seika ファルマ社長、非科学的主張くり返す専門家に「法的措置も!」説明会で発言!日本看護倫理学会の緊急声明にも言及!【心理カウンセラー則武謙太郎】」 https://www.youtube.com/watch?v=r2olMKKy5ug 明治製菓ファルマは日本看護倫理学会だけでなく、所謂反ワクチンの良心的な識者達にも宣戦 布告をしているみたいです。文字通り戦争の様相を呈してきましたので、これから消される方が 多く出てくるでしょう。良質な情報が手に入り難くなりますね。 こういうどうしようもない時代では、あまり社会的なものに関心を持たずに、自分の世界に閉じこもる のがよいです。まあ、引き篭もりですかね。(^^ゞ そういう意味では写真は、最高レベルでの、自分だけの世界に向かうことができます。 写真撮影は、自分の眼を養います。他者の眼、誰かに制御された眼ではなく、あくまて自分で考えた 自分独自の見方をすることができます。そしてその直感に従っているうちは大丈夫です。 そして自分の眼を持っているということは、孤高な存在であり続けることができるということです。 この社会、この世界というのは、占星術的に示された時代そのものであって、それは現在、しかも 当分は、詰まらない時代が続いているというわけです。そんな時代に有益であるべき自分を合わせる 必要など、さらさらありません。 土星・天王星会合周期:45年前後で会合する。各時代の点数を付けるとすれば… 1805年11月18日 23度天秤座21分 …良 1852年3月15日 2度11分牡牛座 …可 1897年9月10日 25度35分蠍座 … 可 1942年5月4日 29度20分牡牛座 … 可 1988年2月13日 29度54分射手座 … 不可 2032年6月29日 28度1分双子座 … 不可 2079年3月1日 29度55分山羊座 … 良
まずは入り口から… 中野駅前内科クリニック糖尿病・内分泌内科 https://nakano-dm.clinic/blog/post-401/ 024年10月1日より、高齢者などを対象としたオミクロン株JN.1系統対応の新型コロナワクチンの定期接種が開始されました。 これに先立ち、2024年9月12日には、厚生労働省の専門家部会がオミクロン株JN.1系統に対応した新型コロナウイルスの次世代mRNAワクチン「レプリコンワクチン(コスタイベ)」の製造販売を承認しました。 このワクチンは、通常、医薬品の導入が遅れがちな日本において、世界に先駆けて大規模接種が実施される予定となっています。 これは2013年に設立されたアメリカのアークトゥルス・セラピューティクス社が開発し、日本ではMeiji Seika ファルマ社が製造・販売を担当しています。 ベトナムで実施された第Ⅲ相臨床試験では、コスタイベとの因果関係は否定されているとのことですが、いくつかの死亡例が報告されています。 さらに、2024年10月1日現在、このワクチンは開発国のアメリカや大規模な臨床試験を実施したベトナムでも製造承認が得られていない点も懸念されます。 加えて、既存のmRNAワクチンでも指摘されている「シェディング」という現象が発生する可能性も一部で懸念されています。 シェディングとは、mRNAワクチンやレプリコンワクチンの接種により体内で産生されたmRNAやスパイクタンパクが、接種者の呼気や汗などを通じて他者に影響を与えるという仮説です。 体内に長く留まるという特性は、既存のmRNAワクチンと比較してメリットと考えますが、デメリットと捉える方もいらっしゃるかと思います。 ARCALIS アルカリスは世界最先端技術を有するGMP準拠統合型mRNA医薬品CDMOです https://corp.arcalis.co.jp/ 世界のバイオロジクスをリードする日本初のmRNAに特化したCDMO CDMOのリーディングカンパニーであるARCALISは、mRNAワクチン・治療薬の開発と製造に特化しています。ARCALISは 、日本初の創薬プラットフォーム企業であるアクセリード社と米国を拠点とするグローバルな後期臨床mRNA医薬品・ワクチン企業であるArcturus Therapeutics社との共同出資により2021年に設立されました。最先端のmRNA医薬品・ワクチンの研究開発ノウハウと製造技術で、製薬企業やバイオベンチャー企業に対する創薬支援とCMC開発・医薬品製造支援サービスを提供します。 CDMOのリーディングカンパニーであるARCALISは、mRNAワクチン・治療薬の開発と製造 に特化しています。ARCALISは 、日本初の創薬プラットフォーム企業であるアクセリード社と米国を拠点とするグローバルな後期臨床mRNA医薬品・ワクチン企業であるArcturus Therapeutics社との共同出資により2021年に設立されました。最先端のmRNA医薬品・ワクチンの研究開発ノウハウと製造技術で、製薬企業やバイオベンチャー企業に対する創薬支援とCMC開発・医薬品製造支援サービスを提供します。 ARCALISは2023年7月、福島県南相馬市にcGMP対応のmRNA原薬製造工場を建設 2024年から、世界で初めて承認された次世代mRNAワクチン(レプリコン)の商品化を予定 アルカリスは原薬施設に加え、製剤施設・製造技術開発施設を拡張します。完成すれば、mRNAの鋳型合成、ワクチンや治療薬の原薬と製剤の製造・LNP製造といったサービスを一気通貫での提供が可能となります https://corp.arcalis.co.jp/about/ グループ企業 https://corp.arcalis.co.jp/group/ ARCALISは、画期的な医薬品を開発し上市するためのプラットフォームをグローバルに提供する企業・アクセリードと米国のmRNAを用いた医薬品開発のリーディングカンパニーであるArcturus Therapeutics(アークトゥルス・セラピューティクス)と共同で設立されました。 グループ企業 Arcturus Therapeutics, Inc アークトゥルス・セラピューティクス社 Arcturus Therapeutics, Inc.(NASDAQ:ARCT)は、2013年設立の米国カリフォルニア州サンディエゴを拠点とする後期臨床ステージの製薬企業であり、世界的なメッセンジャーRNA(mRNA)医薬品およびワクチン企業です。同社は(i)LUNAR®脂質ナノ粒子媒介性ドラッグデリバリー技術、(ii)STARR™mRNA技術、(iii)mRNA原薬および医薬品製造の独自の技術とノウハウを持ち、感染症用ワクチンをはじめ、肝臓や呼吸器等の希少疾患に有効なmRNA医薬品の研究開発を行っています。 グループ企業 Axcelead,Inc.日本 アクセリード アクセリードは、2017年に武田薬品の創薬プラットフォーム事業を継承した日本初の創薬ソリューションプロバイダーであるAxcelead Drug Discovery Partners株式会社(ADDP社)を中核とする、創薬プラットフォーム事業グループです。現在、ADDP、ARCALISを含め4社を傘下に持ち、世界レベルの創薬の実現に向けて事業拡大を続けております。2018年にウィズ・パートナーズと武田薬品が日本の創薬エコシステムの推進を目的とし共同で設立した創薬維新ファンドの旗艦投資先企業であり、日本のみならずグローバルのヘルスケアビジネスに様々な貢献を果たしていきます。 VLP Therapeutics Japan: VLP セラピューティクス・ジャパン https://vlptherapeutics.co.jp/ VLP Therapeutics Japan株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:赤畑渉)は2020年、米国VLPセラピューティクスの100%子会社(当時)として設立されました。2024年現在、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)1、AMED先進的研究開発戦略センター(SCARDA)2及び厚生労働省3の支援により、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)等に対するワクチンを、VLPセラピューティクス保有の自己増殖RNA(レプリコン)技術を用いて研究・開発中です。 AMED事業名:令和2年度「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発」(2次公募)/課題名「自己増殖RNAテクノロジーを用いたわが国における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発」 AMED SCARDA事業名:令和5年度 「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(一般公募)」/課題名「レプリコンプラットフォームテクノロジーを用いた今後出現する株を含めたユニバーサルコロナワクチン開発」 -------------------------------------- アークトゥルス・セラピューティクス社(米) アクセリード(日) アルカリス(米日) VLP セラピューティクス・ジャパン(米) の4社が出てきました。アクセリードは武田薬品でしたね。アルカリスはセラピューティクスとアクセリード との共同出資会社。VLPセラピューティクス・ジャパンはその日本法人。 アルカリスは南相馬市に工場を建設。事実上、ここでレプリコンワクチンは作られるみたいです。 明治製菓ファルマはビンに詰めてパッケージするだけなんでしょうか。 武田は巧妙に振舞っているという感じです。 もし、レプリコンワクチンが失敗だったとして、その追及は明治製菓が矢面に立ち、ついでアルカリス。 本丸はアクセリードとなるわけで、武田は免れるようにできてます。といいますか、武田は半信半疑で 参加しているという気がします。 第一三共のmRNAワクチンもありますね。こちらはまだ調べていないのですが、ここもちょっと危ない かもしれません。占星術では明治も第一三共も天秤座であり、2025年夏から土星と海王星の凶星を 食らいます。これ、3年続きます。そして武田は関係がない。 ファイザーやモデルナはまだ免責条項が生きていると思うけど、明治や第一三共はそういうのがない でしょう。集団訴訟に発展すれば屋台骨が揺らぎます。 遺伝子や免疫学者の間ではmRNA薬品は全て失敗すると見ています。私もそう思います。 ファイザーやモデルナは大儲けしたけど、2匹目のドジョウはいないと見るべきです。 「私たちは売りたくない」のメンバーの方は、明治が駄目になるかもしれないと心配されていました。 そうなる可能性は大きいですね。 mRNA薬品を大きく市場に出したのは米国と英国だけです。欧州製薬資本は出していないです。 そしてついに日本のメーカーが手を出すことになったわけです。日本人を実験台にしてですね。 米英日同盟も軍事的にはいいとしても、今回のワクチンはまずいんじゃないかと思います。 医療問題啓発し続けている内海聡氏が、2025年に日本は滅ぶ、米国の奴隷国家になると以前から 言ってましたが、何か、本当にそうなるような気がしてきました。苦笑。 フランスの遺伝学者のアレクサンドラ・アカリオン=コード氏がスパイクタンパクを消すにはスイカズラ のハーブティー(スイカズラ茶)が良いという記事を見つけました。スイカズラは日本在来種です。 写真は四国村 灯台守りの住居です。
書籍紹介:『私たちは売りたくない!』 ゛危ないワクチン゛販売を命じられた製薬会社現役社員 の慟哭 チームK 著 帯では、世界初のレプリコン(自己増幅型)ワクチンの正体とは? 日本人は実験動物!? 安全を示す充分な証拠なして、なぜ接種開始する? これまでは安全だったインフルエンザワクチンも、今後は危機に!? あなたと大切な人を守るために、どうしても伝えておきたいこと。 ワクチンを一番販売していた明治製菓ファルマ現役社員か警告をならす。 方丈社刊 1600円 知る人は知るということで、そういう人達の間では話題の本です。 内容はとても分かりやすい本でして、ワクチンのこと、新型コロナや免疫のことなど、誰にでも分かる ように噛み砕いて書かれています。さすが著作者は一流企業の営業をしているだけのことはあります。 これは自己増幅(増殖)型mRNAワクチンの話です。普通の人々はテレビと新聞しか見ない読まない ので、本来、スーパーシステムと言われる極めて高度な人の免疫機構のことは理解できません。 そしてウイルスやワクチンのことに関しても同様です。 テレビで打ちなさいと、言われれば喜んで腕を差し出すでしょう。あげく、命を取られても気にしない のではないでしょうか。苦笑。 このレプリコンワクチンは、現在問題になってる、シェディング(伝播)が極めて強いだろうと予想されます。 接種していない周囲の人々にも移っちゃう(ほぼ感染と同じ)という深刻な問題を抱えています。 私も正直言って、これは大問題だと考えていて、これから自分は果して生き延びることができるのか どうか、大いに危ぶんでいます。 とにかく伝播や感染を防ぐことができないのであれば、自己免疫を鍛えて行くしか手はなさそうですね。 余単ながら… 明治製菓の社員はワクチンを売りたくないのですが、おそらく明治製菓という会社も本当は製造も販売 もしたくないと思っているでしょう。しかし国の圧力があるのでしょうね。そして日本国も、米国の政府、 及びその背後にいる勢力の下にいるというわけです。 そしてとりあえず、日本人の65歳以上(60歳以上の基礎疾患を持つ人)の人達を実験的に差し出す、 ということになったのではないでしょうか。まあ、年寄りなら構わないかなっていうところでしょうか。 最大限に抵抗した結果がこれだった、という言い訳が聞こえてきそうです。 ところが現実はそうはいきません。シェディングや再インフェクションの問題がある限り、若い人や子ども にも悪影響が及ぶというわけです。 この決定を下した政府高官や企業のトップの人達にも、子や孫がいるでしょう。しかもうそういう想像力 すら働かなくなっているというしかありません。 武田薬品のトップはフランス人です。米国にシッポは振りません。それで今回の定期接種ワクチンでは 従来型の真っ当なワクチンを出してきました。武田はこの種のワクチンは失敗する。と踏んでいるはず です。事実、欧州の、スイスの大手製薬会社は遺伝子型ワクチンを出していません。 もう新型コロナのワクチンなど打つ必要はないのですが、どうしても打ちたいということならば、タケダの ワクチンにしましょう。武田製ワクチンを接種する医療機関を探してそこで打つのです。とにかく明治製菓 ファルマ製を打つのだけはやめましょう。御自分の家族や孫達のことを思えば明治だけは打っては いけません。 そして将来的には命が助かったとしても、レプリコンワクチンを打ったということで生涯差別を受けます。 まともな市民生活ができなくなる恐れがあります。 一番望ましいのは、明治を打った人は副反応ですぐさま即死していただくことです。そうすれば周囲の 人達に迷惑がかかりませんから。お国のために残り少ない命を差し出す。美談ではないですか。 写真は、四国村 久米通賢旧宅 https://www.shikokumura.or.jp/guide/facilities/kume-tsuken-residence/ 質素な家ですけど、この家に住んでみたいなあと思わせるものがありました。
新型コロナワクチンに反対されている方は大勢おられるんですが、その中の一人で内海聡さんと 言われるお医者さんがいます。若いですが大変優秀な人です。 その方が気になることを言っておられました。 2025年に日本はなくなるという、こと。数年前から言っているそうです。 つまり来年ですね。 これは期しくも、たつき諒さんの津波予知予言と時期が一致しています。 内海氏は津波予言などとは関係のない人で、日本の医療政策の現状を憂えての発言であるわけ ですが、それが、たつき氏の予言と年代が不思議に一致するというのは、これは極めて興味深いです。 メモ 占星術では、2025年4月5日に土星と海王星か魚座25度で正確に合します。ついでに水星と金星も 合です。それに火星(蟹座)がトラインとなってます。これらは布石かもしれません。 問題の7月5日はと言うと、土星と海王星は合したまま牡羊座でつるみ、木星が蟹座でスクウェアと なっています。そして太陽は蟹座。つまり木星と合です。 占星術的には巨大惑星の土星・海王星と木星が合&スクウェアというのが問題となります。それに 太陽や月が絡む構図。それらは大きな災害を引き起こす星相だからです。 ただこの3つの天体は牡羊座と蟹座というカーディナルサイン(能動星座)であることが重要です。 簡単に言うと、一発ドカーンときて後腐れがないというやつです。 付け加えると、土星と木星が正確にスクウェアになるのは6月18日です。(火星と天王星もスクウェア) 一番に考えられるのは東南海トラフ大震災というのが思い浮びますが、たつき氏さんの予知では 純粋な津波だという。?ふーむ、そこら辺が私にはよく分かりません。 とにかく巨大な地震なり津波が日本列島を見舞うと、もうワクチンとかそんなのは消し飛んでしまい ます。そんなアホなことをやってる余裕はゼロですから。 たつき氏と内海氏は生年月日を知ることができ、それで占星術してみますと、お2人に共通するのは 太陽が射手座(預言者の相、なにしろゼウスですから)と、そして蠍座や冥王星が強いことです。 蠍座・・・私はその星や星座を強く持っていないので実感が涌きませんが、ある種の能力を持つタイプ のようです。破滅予知とでも言いますか。 うつみ さとし(そう) ・ たつき りょう この音感も良く似てます。(^^ゞ そして非常に重要なことは、内海氏には海王星があります。たつき氏には不明ですが、津波予知を する方ですから当然に海王星なり魚座が潜んでいるはずです。 予知能力というのは、この魚座・海王星がモノを言います。それとトラインの関係にある蠍座や蟹座 が援助するという構図関係です。 ちなみに、予知と予言とは少し意味が違うんです。予言は預言であり神の信託(神託)ですから。 私はこの海王星と魚座が強く、かつ蟹座が強力にバックアップしているので占星術というものがやれ るんですね。予知力…まあ別名、蒙昧とも言いますが。(笑) 海王星は惑星としては太陽系最外惑星です。外部宇宙空間にもっとも近い。この海王星と天王星が 常識外れの天体で、天才的な人は皆これを持っています。 冥王星は海王星よりも外の天体ですが準惑星であり、やはり小粒です。スケールの大きさでは海王星 や天王星に敵いません。しかし一発突破の能力がありそうです。 脱線ついでに言うと、太陽系で最大の惑星は木星と土星。この2つが時代を決します。言わば正統派 ですね。私はこの2つがもの凄く強いです。 この木星・土星、さらに海王星・天王星。そして太陽が豊穣の海であり、スケールの大きさであるわけ です。地政学的に言えば、欧州と北米。そして日本。ただ太陽の帝国日本は、やがてはその太陽を 中国に受け渡すようです。(もう、しているのかも) 脱線が過ぎましたが、問題提起として、たつき氏と内海氏が同時に2025年を指し示しているということ が興味深いということなんです。私としては一点突破の集中力の蠍座が乏しいので、正直なところ、 2025年というのが、もうひとつピンとこなくて理解ができないでいますが。 2025年に大災害なんかが起きて、日本は滅びるというのであれば、まず株式は手仕舞いしましょう。 そして預貯金は外貨で所持しましょう。日本株・円とも大暴落しますから。 2025年の日本国総理は石破さんかな。米国大統領はトランプ氏かな。若い総理や女性総理・大統領 では無理でしょう。 スケジュール的にはもう1年もないので、やれることはやっておかないと後悔します。 後述:石破さんが新総裁になったようです。木星が双子座を運行しているので順当なところ。 米国大統領選では、この木星がトランプ氏にもハリス氏にも微笑むのですが、今の時代の趨勢から 言ってトランプ氏になるんですね。ハリスさんは大統領候補になれただけでヨシとしないと。
現在、リフォームは中止して、コロナワクチン後遺症の本をばんばんと読んでます。 ワクチン後遺症は、これは当人の方にとってはかなりな問題でして、それから新たなシェイディング という問題も発生しているといわれていて、これも大問題です。 シェイディングはワクチン後遺症を発生させている人から、他の正常な人にスパイクタンパクなどの 発散物質が伝播するというやっかいなものです。ワクチン禍と同様の症状がでます。 私はもうコロナもワクチン問題も5類になって済んだものとして考えていたのですが、この後遺症問題 とシェイディング、さらに今回、レプリコンワクチンいう新しいワクチンが登場してきて、もしかすると これから日本は大変なことになるかも知れないと思いました。 はっきり言って、これはもう戦争です。 比喩で言っているのではなく、本当の本物の戦争が始まったということかもしれません。今は戦争を 知らない世代ばかりなので、私がこう言っても理解できないかも知れませんが。 コロナワクチンを一度も受けていない人が日本で2割もいるそうです。そんなにいたのか、と驚く数字 ですが、これはどういうことを意味しているかと言うと、駄目になった日本人と言われながらも、マトモな 考えを持っている人が2割もいたのか、ということです。 20パーセントも正常な人達がいる。正常な、というのは身体のことではなく、精神的なことを意味して います。 そしてこれまでのコロナワクチン禍で地獄を彷徨った人やその家族の人達もいます。 ワクチン非接種者2割というのは、私が以前から考えている考え方と一致しています。 1次元と2次元しか見られない普通の人達は8割いるということ。そして3次元の思考が出来る人は2割 いるのだ、という、アレです。 とにかく、2割の方が真実を見据えていたということで、非常に嬉しく思っているわけです。 がしかし、そういう人達も、これからレプリコンワクチン接種が始りますと、そういう、まともな非接種者 にも、接種者から間接的に伝播や感染をするということで、もう無事ではすまなくなります。 この国はゾンビ大国になる可能性が出てきました。 これは大変だということで、今は情報を集める作業に邁進しています。 ワクチン非接種者、またワクチンは打ったけれど幸いに症状が出なかった人、またワクチン禍から 立ち上がった人達の、それは私も含めて、重大な健康と命の問題であるわけです。 久しぶりに撮影をしました。やはり歩かないと健康は維持できないと判断し、何はさておいても歩きは 大事だ。ということで。 免疫力は落ちるし体力は低下するしで、しばらくぶりですので軽く歩くという感じです。 撮影で歩きをする時は、いつも食事は軽くして半ば軽い断食ということでやってます。2重に健康には 良いかなっていうところ。 しばらくカメラを使っていなかったし、現像ソフトも立ち上げていなかったので操作を忘れ気味です。 写真は海岸にある小さな神社。杉板塀が気持ちよいです。バベの木(ウバメカシ)は瀬戸内のありふれた 雑木です。RAW撮影ですがDNGなのでJPEGというかTIFF撮影というところ。次は本物のRAW撮影を してみるか。