連投すみません。 いったいどういう事か注視したら、首の皮1枚というか折れた枝がかろうじて繋がっていたのです。 昨今の強風とかで折れたのでしょうが、ド根性のあらわれですね(^_^;)
昭和記念公園での銀杏並木、いくらか黄色に色付いたのも出てきましたね。 あれっ?あれは何??とりあえず撮ってしまいます(^_^;)
「いそのかみじんぐう」は、天理市にある神社。 御神体は布都御魂剣で神庫には百済から献じられた 七支刀(ななつさやのたち)・国宝がある。 尚、ベイスターズの三浦監督は高校の時に、ここと 大神神社で戦勝祈願をした。 先日、ベイの石上が決勝タイムリーを打ったが、 因果関係の有無は不明。
中伊豆・筏場 天城山に降った雨の恩恵を 受けています。
連投すみません。 立派な鉄ちゃんに育ちますように(^_^;) ※軽くトリミングあり。 レンズが変わったので少し雰囲気が変わります。
引退間近の車両を撮影しようといつもの何倍も人が訪れています。 運行に携わる人たちの苦労も大変でしょうが無事に世代交代が出来ると良いです。
流鉄はワンマン運転を実施しています。 大手私鉄の車両ならば車外カメラとかホームドアで安全を確保するのですが、ここでは全て「人」が主役です。 運転士の真剣な眼差しがミラーを通して見えました。 沿線の流れる風景だと面白みが少ないので駅のホームに進入したタイミングでの撮影です。 背景は「このレンズ」だから撮れる表情だと思います。 いや、「このレンズ」でしか撮れない自信があります。
流鉄の「なのはな」号の前を通り過ぎるのは常磐線特急「ひたち」です。 以前のアップの時に書きましたが、19編成のうちのリバイバルカラーが5編成、黄色は1編成なので大当たりです。 昭和生まれの普通電車、平成生まれの特急電車、別世界の風景です。
三重の塔です。 カメラ Makina 6x7 ネガフィルム
9月14日をもって引退となる流鉄の「あかぎ」号です。 流鉄は千葉県、赤城山は群馬県・・・なんでだろうと調べてみたら・・・ 大昔に赤城山が崩落して流れた土で出来た小山が「流山」、そこに作られたのが「赤城神社」でした。なるほど。 ※引退となる車両は西武鉄道からの「黄色い電車」です。
連投すみません。 前のアップで飛んでいたのはユナイテッド航空です。 コンチネンタル航空と合併した際に社名は「UNITED」となりましたが、尾翼にはコンチネンタルの地球のイメージが残りました。 その後、ユナイテッドのブルーを基本に整え、細いラインを波打たせるなどの変更がありました(手前2機)。
少し引いた場所で着陸を狙ってみました。 降りてくるのをカメラを振りながら追いかけて、コースが読んで少し先回りして空間に顔を出したらシャッターと言う感じです。
1934年、メルクルを隊長とするドイツ隊がパキスタンの ナンガパルバット(8125m)をめざすが、吹雪に閉じ込められ 隊長を含む数名が遭難死。 初登頂は1953/7/3オーストリアのヘルマン・ブール。 午後7時頃頂上に立ちピッケルを残し、帰路岩壁で立ったまま 一夜を明かした。数年後チョゴリザで雪庇を踏み抜いて滑落死亡。
「アナ雪」ラッピングの機体が動き始め、誘導員が手を振って応えています。 右側から離陸態勢に入った機体が見えましたり 間に合うかな?良し!間に合った!
駐機場にまとまった数のグランドスタッフがいました。 こんなにいるはず無いし、なにより動きがぎこちない。 良く見ていると見学ツアーの一団のようです。 画面外の右側の出発準備中の機体を観察していました。 あー、いいなぁ、羨ましい。
大室山からの溶岩が侵食されてできた
連投すみません。 一応撮り比べなのですが、ズームだと卑怯なので画角が近い単焦点です。 ディスプレイを見ながら追い込めるので、当たり前ですが安心してシャッターを押せます。
流鏑馬について以下の話があります。 1187年、一ノ谷の合戦等で活躍した熊谷次郎直実が 鶴ケ岡八幡宮の流鏑馬で、射手ではなく的立役を 命じられたので 「御家人は皆、同列に扱うべきなのに差別がある」と拒否。 頼朝は「的立役は賎しい約ではなく適材適所を考えている」と なだめたが、従わなかったので、所領の一部を没収した。
善峯寺(京都西山) 「遊龍の松」は、元は全長が54mだったが、平成6年に 松食い虫のために北側15mほどが切られた。
当日の馬の調子はaiで分かるだろうか? ただ実績データの分析では有効だと思われる。 距離適性、馬場状態、開催競馬場適正 左右どちら周りか? 先行か待機か レース前馬体重 前走との間隔 等
これが今回のベストでしょうか。 手前の花には申し訳ないですが、主役は後ろです。
背景の花、Booth-Kさんがmasaさんに名前を尋ねておられたかと思いました。 私はと言えば背景として合わせるのに夢中でした(^_^;) いつものように開放ですが、少し絞っても良かったかな?
連投すみません。 こちらは透過光の緑の葉っぱを柄として漉き込んでいます。
結局のところ望遠ズームが一番役に立ちました。 まずは珍しく暗めの1枚。
歴代玉縄城主、北条綱成、氏繁、氏勝。 玉縄城は伊勢宗瑞(北条早雲)が1512年三浦道寸を撃ち 大住郡の岡崎城と三浦郡住吉城を攻略して相州を併呑した際に 築いた小さな山城で、5年後に城主となった北条綱成は、戦では 黄絹に八幡大菩薩の背旗を付け、先陣で疾駆、退かず 関東では黄八幡の異名で知られた。
連投すみません。 この花の丸さは、是が非でも丸ボケと合わせたくなります。
こちらは使用頻度が一番のレンズです。 換算で50-100mmと言うレンジが自分には扱いやすいです。 夏の日差しは強過ぎるのですが、なるべく優しく撮りました。
連投すみません。 レンゲショウマ、まずは単焦点での1枚です。 光が小さく漏れるポイントと花を被せるのですが、平地のように動き回れないので難易度が高いです。 本当は右側の花を使いたかったのですが、穴を掘らないと位置取りが出来なさそうでした(^_^;)
今回はほとんどのショットをレンゲショウマに費やしましたが、これがちょっと気になりました。 いつもの事ですがmasaさん、ご教授願います。
友人からの画像です。 第一応援歌・瓔珞みがく 佐藤一雄君 作歌 置塩奇君 作曲 大正9年 瓔珞みがく石狩の 源遠く訪ひくれば 原始の森は闇くして 雪解の泉玉と湧く 2. 浜茄子紅き磯辺にも 鈴蘭薫る谷間にも 愛奴(アイヌ)の姿薄れゆく 蝦夷の昔を懐ふかな