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ミラーレス
シグマSAマウント・APS-H・3,860万画素
2016年12月20日発売
sd Quattro Hは、APS-HサイズのFoveonセンサーを搭載し、2016年12月に登場したレンズ交換式ミラーレスである。一眼レフ用のSAマウントを残しながらミラーを取り除き、既存レンズの利用と細部の解像を両立させようとした。フルサイズより小さいAPS-Hの選択には、画素数だけでなく、ファイル量と処理速度を考慮するメーカーの判断があった。
投稿写真 285枚
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サンプル3
サンプル
サンプル
日当たり強すぎでした。
日陰です。
このレンズは廉価レンズ。18-50ミリのAPSレンズですが、インナーフォーカス方式で全長が変化しない という特徴があり、とても使いやすいです。F2.8-4だったかな。 この女性は片手でパチパチと写真を撮っていました。その軽やかさが素敵でしたね。
これはAPS10-20ミリf3.5です。10ミリ撮影では周辺部は流れますが、なんとかギリギリでイメージサー クルをカバーしています。以前に使った10-20f3.5-5.6よりはよい画質です。
これも50ミリF1.4で撮りました。ボケの具合、さほどにはよく感じません。多分最新のアートレンズだと また違ってくるかも。
風景写真はあまり撮れなくなったので最近は小品でお茶を濁しています。クワトロHは撮影は1/4では なく標準なんですが、現像は1/2ピクセルでやってます。それで画質はかなり落ちてくるのです。 本当はフルピクセルで現像したいのですがデータ量が大きくなりすぎるので。大元のRAWデータをSPP で見るのとは大違いですね。これをTIFFで現像し、他のソフトで圧縮すればまだましなのですが面倒 なのでやりません。 シグマの単焦点レンズはこの50ミリ(アートではなく初期型のやつ)、35ミリアートがあるんてすが、この 50ミリ、AFも割りとスムーズです。50ミリで1.3倍で65ミリ相当となり、日頃広角ばかり使っている私でも なんとか使える範囲内です。 それからzzrさんには感謝しています。私がニコン爺さんを叩いたとき唯一彼に見方をしてくれたのが zzrさんだったからです。以前にGEMさんをバシバシやった時もレンズ板のメンバーは彼の見方をしていて揺るぎなかったですね。人間とはそうであらねばなりません。 もっとも私がニコン爺さんを代表として写真芸術主義派を叩くのはあくまでもこれはプロレスなんです。 写真論議というのはそういうものであって別だん個人攻撃をして面白がっているのではありませんから。 掲示板の多くの方はそういうことが分かっていたわけで、またあの二人はプロレズごっこをしている わい、という程度の覚めため眼で見られていましたね。まあ大人というかなんというか。 あっ、笑休さんが少し、むにゃむにゃと言ってましたね。よくわからんかったですが。 掲示板というのは表面上良いことばかり書いて本当は相手に無関心、というのではいけないのです。 みんなが仲良く、というのは理想的かもしれませんが現実的ではありません。この掲示板がいつまで 続くのかは分かりませんが、この掲示板があるかぎり積極的な態度で向かいたいなあと思ってます。
Nikon爺さん、zzrさん、裏街道さん これまで、お世話になりました 皆さん、お体にお気を付けください これが、LASTとさせていただきます。
一応、運転の話題とし言うことで↓からの続編です。 https://photoxp.jp/pictures/202697 AT車で左足ブレーキはどうだろうか?ということでちょっと数日間、試しにやってみました。 慣れればどおってことないなあ、ということなのですが、やはりスピードを出して高速でカーブを曲が ろうとすると、体の軸がどうしても不安定になってしまいます。レース車のように腰から背中全体を サポートするシートならいざしらず、普通の車では、やはり左足は、床なりフットレストに置いて おかないと身体が定まらないなあという感じです。 しかし普通のスピードを出さない街乗りでは、何ら左足ブレーキは問題ありませんでしたね。 ところで上記サイトの、80歳の優良ドライバーが駐車時に事故を起こしたという事例なのですが、 確かに加齢はそうなんですが、本当にそれだけの問題なのかどうか。私としては、どうしても引っ掛 かってしまうところがあったんですね。 それで少し感じたのですが、シートベルト問題です。私の場合はシートベルトの圧迫感が嫌で、 それでベルトに自分でクリップを使ったストッパーを付けているんです。それで長く運転しても疲れは あまりないんですね。 ところが今回の東北行ではそのストッパーを外して運転しておりました。それでなのか、初日の一気 乗りで会津まで行くと、足腰はガタガタになってしまいましたからね。 シートベルトって案外に足腰に来るんですよ。 このシートベルト。装着しないと反則切符を切られてしまうので殆どのドライバーはシートベルトを して運転していると思います。優良ドライバーならばなおさらでしょう。しかしシートベルトというのは 自分でも気がつかないうちに疲労感というものが溜まってくるんですね。特に足腰に来るようです。 それが体力のない高齢者であればどうなるか。いろんなミスをするようなるということです。安全確認 の見落とし、操作の間違い。そういうありとあらゆることがらです。 「シートベルト、確り装備で、ペダルの踏み間違い 挙句は園児の列に突っ込むぞ」 こういう安全標語はないのですが、シートベルトというのは、ドライバーの身を守り、そこは安全かも しれませんが、歩行者にとっては悲惨な結果になるかもしれないのです。 もしすればこのシートベルトの厳密な法令施行こそが、昨今の高齢者の悲惨事故の多発に結び ついている可能性があるかもしれませんね。昔は高齢者ドライバーといえども、ブレーキとアクセルの 踏み間違いなど、聞いたことがなかったですからね。 そうそう、バイクなどは、アクセルとブレーキの操作を間違いましたっていう事故例はないでしょう? バイクはシートベルトをしませんから。(^^ゞ 調べてないので不明ですけど、こんなにシートベルト厳守を取り締まっているのは日本くらいじゃない ですか。それで高齢者の悲惨事故は特に日本で多いように感じるんです。アメリカなどでもネットを みればけっこうコンビニなんかに突っ込んでいる映像があるんですが、まあアメリカもシートベルトに 関しては厳しいのかもしれません。(日本はアメリカを真似ているだけ) でもヨーロッパなどではあまり 聞きませんね。 シートベルトをして上半身を固定化されますと、まず腰のベルトで血流が悪くなって下半身にあまり 血が通わなくなると言いますか、足の感覚が麻痺します。それだけでなく胸のベルトで身体の動きが 拘束され、言わば飛行機のエコノミー症候群と同じであって、それが特にAT車であれば足も動かさ ないので益々状態は悪くなるということです。 それで、いざという時に体を、特に足を動かせなくなってくるんです。 それでシートベルトを装着しないか、もしくはベルトにストッパーを付けて上半身を自由にしておくと この問題はかなり解消されるんではないですかね。 このシートベルト問題。おそらく解っている人はプロのドライバーの間では多いんじゃないでしょうか。 しかし表立っては言えないですね。学者の間でも言っている人はいないです。そんなことを言うと 社会的立場が危うくなりますから。 法令厳守の優良ドライバーですら間違い操作をして事故を起こすんです。このことはよっぽど自分で 考えなくてはならないでしょう。 シートベルトって安全性では万能じゃないんですね。正面衝突しか効果がありません。横とかの 衝突では関係ないですから。私は山道を走りこむ場合(四国の狭い山道ね)、シートベルトは外して 走ります。ハンドル操作は大きくなりますし、カーブの見通しなんかで状態を大きく動かさなければ ならないからです。道路の高低差も大きいです。シートベルトは邪魔の一言ですから。 事故を起こしてからの安全策よりも、まず事故を起こさない運転方法が大切なんです。 まあ、普通はシートベルトにストッパー装備で十分ですね。シートベルトの機能には問題はないですし 身体の疲れはないからです。ストッパーを装備するのが面倒というくらいですか。 こんな感じで、言ってはならないシートベルトと操作ミス事故の関連性を書きましたが、これが事実だ とすれば高齢者の事故はこれからもなくならないというわけです。 世の中にはこういう政策や法令の過ちっていうのは多いんですね。アベノミクスなんてのはその典型 ですから。しかしまあ、上に政策があれば下には対策があるということで、とにかく自分だけは確りと 自らの身の安全を守っていかないといけません。 それから歩行者の方も、車を信用していてはいけません。のほほんと不用意に車の前後を横切った り、横断歩道もぼんやりと渡ってはダメですね。自分の身は自分で守らないと。 法律が守ってくれるというのは事故に会い被害者となってからの話であって、規則を守っていれば 事故に合わないというのとは違いますから。 ハイブリッド車は特に気をつけないといけません。エンジン音がでないのに走りますから。 写真は会津盆地の喜多方市です。道路幅が広くて、香川とはぜんぜん違う街並みに驚きました。 これって、アメリカ映画の西部劇の街並み雰囲気だねって。(^^ゞ 馬車でも走るとサイコーかな。
「日本精神が世界を飲み込む(精日)」 http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-381.html http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-488.html 面白そうなのでコピペします。 Newsweek記事、中国の「精神的日本人」は軍事オタクにあらず(李小牧)、が元になっているよう です。 >▲中国の歴史を振り返ってみると、その核心は、歴代王朝が採用していた「中国人愚民化政策」 の繰り返しだということに気がつく。 歴代の為政者が、「国民はアホでいいのだ」とずーと考えて いたということだ。 「民」という漢字が、「針で目を潰した奴隷」を意味する漢字ということを知れば、その核心部分に 納得するであろう。 基礎教育を軽視し、漢字を通常人が読めないほどに難解化し、漢字オンリーの 漢文という文章では、高度な概念を「正確に」他者に伝えることができない。 唐詩選を読んでいて、原文と日本語による読み下し文とを比較すれば、理解できるであろう。 つまり、中国人は他者からの言葉・文章を、「ぼんやり」としか理解していないのだ。<いや中国人 自身は、ぼんやりとは感じていまいが--> 上のような背景から、19世紀においても中国人の識字率は、せいぜい5%の世界だった。 表題の洋務運動とは、日本の明治維新に刺激された中国人なりの「西洋化、富国強兵政策」であっ たが、上でふれたように愚民化され識字率5%の世界では、世間を動かすことができなかった。 21世紀に入り、識字率もようやく30%程度となり、インターネットの普及もあって、ようやく、従前の 体制に疑問を抱く「覚醒した人たち」が出現したようだ。 まぁ、日本の明治維新になぞらえば、「中国 における志士達」という感じなのかもしれないな。 (以下はこのサイトの方の文章) >「漢文という文章では、高度な概念を「正確に」他者に伝えるのが難しい。中国人は他者からの 言葉・文章を、「ぼんやり」としか理解していない」と上記は言っていますが、要は中国語そのものが 現代では欠陥言語なのであり、中国が近代化に失敗した大きな要因であり、そしてこのような言語を 持つ国は世界では多数派である。 高度に発達した文明社会では言語の果たす役割は大きく、その高い表現力、抽象化、等を求められ 現代文明を牽引する言語は極論すると欧米語と日本語のみだ。それをさらに突き詰めると、それは 英語と日本語のみとも言える。 もともと漢文とは特権階級しか扱えない愚民化の道具であり、中国文明衰退の最大要因でしょう。 その漢文と対極にあるが日本語であり、明治維新成功と日本発展の原動力である。日本語は漢字は 用いるが、同時にひらがな、カタカナを併用するので大衆性があり特権階級専用ではない。 もっと言うと、この大衆性こそが現代文明の核心なのだ。中国は勿論、欧米すら立ち遅れた階級社会 なのであり、世界で唯一日本のみが大衆社会に突入しているが、これが漫画やアニメの爆発的普及 の要因であり、世界が日本に憧れる日本成功の秘密なのである。 「精日」-加速度的に日本化する中国人の群像-古畑康雄著/講談社α新書 前回紹介したこの本を今読み進んでいるのですが、この中出てくる中国の識者の文章が素晴らしいん ですね。しかし考えてみれば、これは著者が書いた日本語訳が素晴らしいのであって、本当の中国語 の文章ではそうではないと思うのです。 今日中国大陸最精彩評論:美帝亡我之心千万不要死! これを日本語にすると・・・ 今日、中国で最も素晴らしいコメント:米帝国主義が我々を滅ぼそうとする心は決して無くならないで 欲しい。 これは毛沢東が言った、「米帝国主義が我々を滅ぼそうとする心は決して無くならない」(美帝亡我之心 千万不死!)(The spirit that US imperialism tries to destroy us will never disappear.)をもじって、 と言うか茶化しているわけなんですが、見ていただきのは、中国語だと文字数が極端に少ないんです よね。 ほぼ日本語の半分です。それで日本語で200ページの本があるとすると、それを中国語訳しますと100 ページですむんです。日本語を英訳する場合はそれは日本語とほぼ同じくらいの文字数になります。 美(アメリカ)帝(国)は、亡我之(の)心〈我々を亡ぼすの心は〉、千万(年)不死(である)! 美女が帝王切開をしたので私の心は千万回死ねなくなった!なーんて風にも読めそうじゃないです か。(^^ゞ こんな感じで中国語なんて、立て看板のスローガンみたいなもので、ほぼ思考停止の言語なんですね。 読むのも最初から棒読みです。メイディワンウォヂーシンチィェンワンブースー! 日本の音読みでは、ビーテイボーガシーセンマンフーシー!ですか。 馬鹿みたいな言語でしょう。(笑) こんな言語ではノーベル賞はおろか科学技術も発展できないし文学 も生まれません。中国人でもノーベル賞をとった人はいますけど米国在住の人です。魯迅は文学者で すけど日本に留学しましたからね。それぞれ頭のなかでは英語や日本語で考えているわけでして。 こんな感じでね、本当に精日というのであれば日本語が出来なければ本当じゃないです。英語でも いいんですけど、中国語しか知らないんではお話にならないということなんですね。 中国語は本来表意文字ですが、日本の漢字も表意文字です。欧米語は表音文字ですが日本語の ひらがな・カタカナも表音文字です。日本語というのは表意表音の2つ要素が入ってます。明治以降は ローマ字も導入しましたね。 本来の表音文字は難しくて、その文字の語源とか多数の熟語・事例とかを知っていないと正しく読め ません。ですから古来中国では文人のみが本当の中国語を操れたんです。 その点、表音文字は話し言葉をそのまま書いた言葉ですから割りとわかりやすいのです。しかし方言 が多くなってヨーロッパのように多元化していくのが欠点ですかね。 結論を言うと、中国がこれから本当に発展するとすれば、それは従来の中国語を捨てなければならな いということなんです。英語で行くか日本語でいくか。そう考えると台湾や韓国が発展したのは日本語 の素養があったからですし、香港は英語だったからなんですね。それから現在の中国が曲がりなりに もここまで発展してきたのは米語の力です。 中国のこれまでの発展は、沿岸部の都市ですむ4億人の人々が牽引してきたと言ってもいいでしょう。 しかしそれも内陸部の農村からの農民工を植民地化して出来たことです。14億人の人口のうち、10 億人は未だに貧しいままの無知な人民です。しかしこの人民の海が中国共産党を本当に支えている と言ってもいいかも知れません。無知蒙昧な中国語しかできない素朴粗暴な民が、共産党のみならず 歴代の中華帝国を支えてきたと思うんです。 日本の所謂植民地というのは台湾では日本語教育をしたんですね。朝鮮ではハングル語と日本語の 両方をやったようです。とにかく日本語を教えるということから始まっているのでして、これが案外に 正しかったというのは、それらの戦後の発展を見ていればわかります。 その国の言葉、言語を変えるっていうのは、乱暴な話ですけど20年から100年あれば変えられます。 初等教育をみっちりやれば案外に言語を変えていくのは難しくはないんです。日本でも英語を初等教 育化するようになりましたので少しは変わってくるでしょうね。(良い意味でも悪い意味でも) この悪しき逆例が↓これです。ハングルの漢字廃止。 http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-484.html 巨大な中国を変えていくというのは大変です。 しかし日本に理解と憧れを持っている若い中国の 人が日本に来て日本人化するというのはそうは難しくありません。そもそも日本の歴史をみてもかなり の数の中国からの渡来人が来ていますから。 これまでの歴史と同じように溶けこんで日本人化するでしょうね。 興味深いのは中国の僧や禅僧が日本によく来ていたということです。招聘するという形になっていた みたいですが、中国で位を極めた僧が日本にやってくる。仏教を広めるという使命感もあったのでしょ うが、本当のところは自分の仏法をより完成させたくて日本に来たんじゃないかなっていう気がしてますね。 山形の羽黒山を訪れて感じたのですが、鬱蒼と茂った山寺の雰囲気というか、本当の仏教という宗教 というか、宗教的な人間の生き様を貫こうと思えば、それは中国ではなくて日本の方が相応しいので はないか。そう考えていた僧侶は多いんじゃないですかね。 中国でいたんじゃどうしようもない。そう考えて共産党の幹部の子息はアメリカ等海外に出国している んですが(笑)、そういう実利の人間じゃなくて精神的にもっと高くに行ってみたい、そういう中国の人が いるのならば日本語を習って日本に来ればいいじゃないかって思います。 日本人になるには、日本に住むこと、日本語ができて日本語で考えるようになること、日本食を食べる こと。この3つだと思うんですね。肌に色が黒かろうが白かろうが、そんなの関係ないです。もともと 日本人というのは雑種です。いろんな所から来て混血しているわけでして、純粋な日本人なんていま せんから。 中国からの観光客はとどまりを知りません。香港や台湾、韓国もそうです。中国の人が国内旅行に行く のならば日本に行く。何度もなんども日本に行きたい、日本に触れたい。 我々日本しか知らない人間には解らないのですけど、よくよく考えて見れば、この私が、日本の中の 日本とも言える東北に足を運ぶのと同じことなのかも知れませんね。 日本は本当に美しいです。こちから東北に行くには舞鶴までいって日本海をひたすら北上するのです がその行程のどこもが美しいのです。そして光景が緻密です。どこまでも無限に緻密さにあふれていて、 これで終わりということがありません。世界が凝縮されていると感じます。それは日本の国土の狭さを 十分にカバーし切れていて、心理的な国土面積は実際の数倍あるのではないかと感じるほどです。 追加︰香港が大変なことになっているようです。若い人のデモが収まりません。インターネットを通じて のデモなので、かつてのチュニジアのジャスミン革命を思い出させます。 日本政府がとうとう韓国に対して経済制裁を発動するようです。日本は半導体産業を米国に奪われて 久しいのですが、何のことはなく、米国の指導のもと、台湾韓国中国で製造する半導体の原材料を握って いるということなのです。上に(米国)政策があれば下には(日本には)対策があるというやつです。 まあ、安倍さんはトランプの対中政策を真似ているだけなのですが(笑)、そもそも東アジアの経済発展 そのものが米国や日本の深謀遠慮の元に行われているということを知らない人民が多いようです。
高速道や自動車専用道なるものを写真の被写体にする方はあまりいないと思われます。それは 鉄道写真を撮る人はいても、自動車交通を写真する人があまりいないのと同じ事情でしょうか。 歌曲をみても鉄道や連絡船、鉄道駅の歌は多々あるのですけど、ハイウェイとか道の駅を題材にした ものはあまり見当たりませんね。 「JR東海 X'MAS EXPRESS」 https://www.youtube.com/watch?v=zK_eX4Oe5kA 「シンデレラ・エクスプレス JR東海」 https://www.youtube.com/watch?v=VmfSBH1XTJQ 「駅」 竹内まりや https://www.youtube.com/watch?v=ax2A87M46qw 「別れの朝」 ペドロ&カプリシャス https://www.youtube.com/watch?v=IknrIKF8wmM&list=RDIknrIKF8wmM&start_radio=1 しかし探せばあることはあるんです。ほぼロック系に限定されますか。 太陽へ続くハイウェイ 長渕剛 XV1900A ROADLINER S https://www.youtube.com/watch?v=CwjRLIX1c9U 俺らの旅はハイウェイ 長渕剛 30th PREMIUM of the ARENA TOUR https://www.youtube.com/watch?v=QEsBIjntTQk 氷室京介 TO THE HIGHWAY~ ハイウェイに乗る前に https://www.youtube.com/watch?v=TJ4-2lNrSes 矢沢永吉~雨のハイウェイ~涙のテディボーイ https://www.youtube.com/watch?v=AEl6bPN22zA 別離のハイウェイ -男闘呼組- https://www.youtube.com/watch?v=Uv3j_TOXqqI まあ、これらは海外、アメリカからの影響でしょう。一般的に日本人は鉄道に絡む情景に郷愁を感じる ようです。じゃあ、鉄道とハイウェイとくらべて、何が違うかというと、鉄道はお客さんとして乗車して、 移動としての旅自体は人任せであるというか受け手の移動であるということです。 かたやハイウェイの旅は自力で走らなければならないということ。大名気分に浸るわけにはいかない というわけです。 多分日本人に向いているのは集団移動というか強制移動でもいいんですが、受動的な移動手段や 受け入れ体制ほ好むっていうことでしょうかね。 ところで江戸時代において、高速道はおろか鉄道すらなかった時代です。その当時において、まさに 日本近代文明の礎とでも言うべき海のハイウェイを作った男がいます。 河村瑞賢という人物ですね。 『江戸を造った男』 伊藤潤著 朝日文庫 『男たちの船出』 伊藤潤著 光文社 2冊とも読みやすい小説形式ですので、興味のある方にはお勧めします。 河村瑞賢は幕府の国策的な大事業を手がけているんですね。開運航路整備(東廻り航路・西廻り航 路)や治水(淀川・大和川)、灌漑、鉱山開発まで、とにかく命の尽きるまで働きに働いた人です。 一介の材木商であった瑞賢が大きく飛躍をしたのが江戸を焼きつくしたといわれる明暦の大火でした。 ・・・明暦の大火・明和の大火・文化の大火を江戸三大大火と呼ぶが、明暦の大火における被害は 延焼面積・死者共に江戸時代最大であることから、江戸三大火の筆頭としても挙げられる。外堀以内 のほぼ全域、天守を含む江戸城や多数の大名屋敷、市街地の大半を焼失し、死者数については諸説 あるが3万から10万と記録されている。・・・ウィキペディアから この明暦の大火で瑞賢自身も我が子を失っています。この大火の後始末から幕閣とのコネクションが でき、以降は江戸幕府のインフラ整備に邁進するという形になっているようです。江戸100万人の台所 を支えた沿岸航路を整備したのは瑞賢と言ってもいいようですね。 簡単に言うと、東北の米を大消費地である江戸に持ってくるということ。その航路の開拓です。船の 建造などもやっているようです。いわゆる千石船です。 米の生産地ランキング http://www.komenet.jp/faq/ot_kenbetu.html 1位から6位までを北陸・東北・北海道が占めています。お米なんて今の人は関心がないかも知れませ んが依然として食料の王者であることには変わりありません。私自身も特に米には並々ならぬ関心が ありますので、新潟を含む東北地方に強い関心があるというのは、基本的に米に関する興味から来て いると思っています。 ところでモノというものはただ生産するだけではダメです。その物を動かして別の地域、消費地まで 運んで流通させなければ意味が出てこないところがあるんです。それが物流トラフィクとかロジテックス というやつですね。 これが物凄く大事なことでして、それを整備するのは基本的に国家の役割となっています。 モノを移動させる。人を運ぶということ。江戸期ではこれが近海沿岸航路でしたが、明治は鉄道が加わ り、昭和は道路や高速道、高速鉄道、航空路も高度に整備されました。平成に入ってからはインター ネットなどもそうですね。これからの令和時代は高度な移動通信網の時代になるようです。 ちなみにローマ帝国が数百年も続いて覇権を握ったのはローマ街道のお陰といわれています。ローマ のインフラ整備としては水道とか浴場とかも有名です。 現代のローマ帝国である米国幕藩体制において、新興の中華帝国が挑戦している分野は、南シナ海 やインド洋の真珠の首飾りや、ユーラシアのシルクロード構想、それから5Gインフラとかですね。 中国がただ世界の工場としてモノを作るだけではダメで、それらの流通経路を握ることであると考える のは当然の成り行きです。 そしてそれをさせまいとして圧力をかけているが米国幕府です。 ちょっと余談ですけど・・・ 中国はよく日本に対して、君たちは米国の属国であるであるのは情けない。米国から独立しなさいと 呼びかけられるのですが、もちろん本音は、米国の属国から正真正銘の中華帝国の属国になるべき だと考えているわけです。 この甘言に容易に飛びつくのが日本のリベラリスト達というわけです。日本が米国の属国であると いうのを最初に言い出したのは、そういう中国共産党が最初であるわけですが、それを日本の左翼が 真似て、そして庶民もなんとなくそう考えているというのが日本の米国属国論の本質です。 何事にも言葉には裏があり、それを知っておくことは大切ですね。 そもそもロジテックスという言葉は軍事用語だったのかも知れませんね。ローマ帝国はその整備された 道路網でもって紛争地に軍隊を素早く移動させ、ロジテックスである兵糧も大量に送ることができまし た。このロジテックスの盤石さがローマ帝国を根本から支えていたというわけです。 そのようなものは現在の米国でも同じです。米国海軍の強力さはどの国も敵いません。空母艦隊スト ライカー打撃群というのは唯一米国でしか実現されていません。 中国この空母打撃群に対しても挑戦しているようで、とりあえず空母3隻体制に持ってこようとしていま す。遼寧とあと2艦を建造中でこの3隻体制でもって常備に空母を運用できるというわけです。 よく日本の大型護衛艦を空母だという人がいますが、あんなのは空母だとは言えません。垂直離発着 のできるF35Bを搭載したところで所詮はヘリ空母レベルしかないのですから。 本格的な正式空母というのは艦載機を含めて1隻1兆円かかるそうです。さらに空母を護衛する艦隊も 必用です。そしてそれらの維持費も凄いことになるので正に傾城の軍艦であるというわけです。中国は それをやろうとしているわけですから、米国としてはやれるものならやってみなはれ、というところでしょうか。 米国が南シナ海において航行の自由作戦なるものを行っているのは、要はロジテックスの問題なんで すね。また日本ではシーレーンという言葉もよく耳にします。世界中の艦船が世界の海を自由に航行 出来なければ貿易はできず世界の民は干上がってしまいますから。 ちなみに中国が南シナ海を牛耳るようになりますと、海の関所を設けて日本の船から航行料をとるよう になるでしょう。漁業は中国のもの、海底資源も中国のもの。そして通行料も取れる。また沿岸諸国は 中国海軍の圧力によって中国の言いなりになってしまいます。 南シナ海やインド洋を中国のものにしたい。彼らにとっては当然の目論見となります。 江戸時代においても現在でも、東北を初めとする北日本の食料資源が日本を支えてきたという事実が あります。江戸100万都市を支えたのは東北にある幕府天領の米ですね。17世紀末には約400万石と 言われた天領からの年貢は幕府の財政を支えました。(他にも鉱山とか貿易港も天領でしたね) この天領からのお米を江戸に持ってくるという、そのために河村瑞賢が奔走して航路を開いていくとい うのが伊藤潤の小説の粗筋なのですが、日本の近海の海はけっこう荒れて厳しいんです。 太平洋側の銚子沖とか紀州・遠州の海とか、津軽海峡も。さらに冬場だと佐渡海峡ですか。ここらを 大型船でもって安全に運行できなければ日本のロジテックスは確保できないというわけだったんです。 それらの航路が安全に整備されたのは江戸時代になってからでした。出羽で穫れたお米は日本海を 下り下関から瀬戸内に入って大阪へ。さらに紀州遠州を回って江戸湾に入ったんですね。陸奥の国の お米は太平洋を南下し伊豆の下田まで行き、それから江戸湾に入りました。 鉄道や道路の時代からは考えられない遠回りをしていたように思えますが、当時の陸路というのは お話にならない貧弱さでしたから海運に頼る他はなかったのです。 西廻り航路が開発される以前は、出羽のお米は一旦敦賀に陸揚げされ陸路で山越えをして、さらに 琵琶湖北岸から水路で大阪まで来ていたんです。このルートは私も一度車で走りましたが、大変だな って思いました。大した量は運べないでしょうし。 下関から大阪までは瀬戸内の航路ですが、これもまた大変なんです。座礁の危険性があるんです。 ですから今でも瀬戸内航路は水先案内人が必用です。 なんやかんやで物流に関しては私も関心があります。国内物流だけでも面白いですよね。 江戸の昔は参勤交代というのがありました。それで高知藩なんかはどうしていたかというと、四国の山 を歩いて越えたんですね。これはもうびっくりですね。それで瀬戸内の香川県に来てそれから船で大阪 に。大阪からは東海道を歩いて江戸へ。その四国の山越えのルートには今は高速道が走ってます。 本当は船で一気に江戸まで行ければいいんでしょうけど、幕府がそれを許さなかったわけでしょうね。 香川の高松藩にしても大きな藩船を持っていたんですが大阪までしか利用していません。ここらあたりの非合理性は問題なんですが、こと物を運ぶ物流に関しては、大型船を近海航路で縦横に走らせて いたということだったのです。 千石船、和船というのは古臭いと思われそうですが、実は明治の半ばころまで使われていたのです。 鋼鉄船に比べて建造費が安いですし燃料も食わない。そして積み荷も結構大きいんです。1本帆です けどヨットと同じような横風も受けて走らせますしジクザクで向かい風でも行けました。 西洋船のように外洋は無理でしたが沿岸の近海航路では合理的な船だったんですね。こと物流の船 に関しては幕府のトン数などの制限はありませんでした。1本帆の制限もなかったそうです。
猪苗代湖の南東部に当たる浜辺です。あいにくの小雨で磐梯山は霧の中。 風があれば湖面は波立ちもしますが、この日は沖には波があっても浜辺は静寂に包まれていて、 なんとも不思議な感覚に戸惑うほどでした。この不思議な静謐感を感じられたことに大いに満足を して未練を断ち切りこの湖を発ちました。 瀬戸内の遠浅の浜辺は、私には当たり前の光景ですが、他県から来た人に聞くと、さすがに海だから 波打はあるのだけど、とにかく穏やかで優しい浜辺に感激をすると言います。 そして夕日が素晴らしいと。(これは湿度が高いことと関係があるかもしれない) 太平洋や日本海を見慣れた人々からすると、内海とは独特なものなんだろうということですかね。 その穏やかな内海を見慣れた私から見ても、猪苗代湖の静寂な優しさは驚きだったのです。 ここはもしかして天国なのか?と錯覚をするほどに。(^^ゞ 不思議に燕が無言でせわしなく飛び交っていました。 東北へ行くと、しばらくは東北病とでもいうものに陥ってしまい、こちらの香川の光景に無感覚になる んですね。一種の鬱ですかね。(^^ゞ それで現実感を取り戻すにはしばらくの時間がかかります。 しばらく遠ざかっていた瀬戸内の遠浅の浜辺に行ってまいりました。1キロほどの自然の砂浜の海岸。 誰もいない私だけの浜辺です。そこをいつもの様に裸足で波打ち際を歩いてみました。 猪苗代湖と比べれば、まず小さいながらも立派に波があり潮騒の音がします。瀬戸は干満の差は 激しいので、総じて水か(潮が)生き生きとしているということ。そして砂浜には貝やカニや様々な虫達。 浜辺を歩く足にボラが驚いてくるくるとご愛嬌。 そして海と空には夕日が。あいにくの曇り空と多量の湿気が幻想的な色模様を出してくれています。 そして潮の匂いがなんともいえません。 燕がピイピイといいながら飛んでいました。 つまり瀬戸内は猪苗代湖に比べれば圧倒的な生命感にあふれているのです。清潔感はないかも しれませんが、浜辺に打ち上げられた生活ゴミも含めてその命の躍動感は全く違うんですね。 瀬戸内は泥臭い現世そのものなんですし、猪苗代湖は、今にして思えば私には天国のようだったかも 知れません。 東北は本当に美しいのです。信じられないほどに透明感があり、広大で遠目が効いて本当にこの世の ものとは(私には)思えないほどなのです
昔読んだ漫画で、髙橋ツトム氏の『SIDOOH/士道』(しどう)のがありました。 その中に猪苗代湖を配下に遠望する磐梯山の光景が印象に残っていたのです。 https://aplac.net/thisweek/essay849/849.html この写真は奥磐梯の桧原湖(ひばらこ)なので猪苗代湖ではないのですが、そもそも奥磐梯の 湖沼群は、明治の中頃の磐梯山の水蒸気爆発でできた新しい湖なので、上の漫画の幕末時代 には存在しませんでした。 会津磐梯山は宝の山よ♪という民謡がありますが、噴火と山崩れを繰り返して湖を造るっていう のは何とも壮大で、火山がない四国では想像の他だったのです。 四国にも過去のカルデラの名残があるようで、石鎚山がそうなんです。しかし日本列島ができる ころの話ですから大昔ですね。それでも独特の風景があって、他とは何か違うって感じます。 この磐梯山や裏磐梯の湖沼群はジオパークの気分として散策しましたが、また今回の原発災害 との比較も私の脳裏に上がりました。 磐梯山の水蒸気爆発による山崩れはスケールが大きいのですが、数百年に渡って人が住めなく なるというのではありませんでした。被害額としては原発の方がはるかに上でしたね。 時間さえあれば山にも登れるのでしょうけど、後に控えている浜通りの震災避難地区の予定があり、 それでも裏磐梯に1日、猪苗代湖に1日と過ごすことができました。なんとも会津はいい。心底そう 感じました。
久々ぶりのカメラネタで行こうかと思ってます。(^^ゞ FringerのキヤノンEF→富士フイルムXマウントアダプター https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190524-00000067-impress-ind なお、 Fringer FR-FX10 電子マウントアダプター(キヤノンEFマウントレンズ → フジフイルムXマウント変換) で検索するとアマゾンで購入できます。 ミラーレス電子シャッターカメラこそが私のメインカメラなんですが、それでソニーアルファ、オリンパス OM、そして富士Xマウントのミラーレスを使っているのです。 問題はレンズですね。私には新規にミラーレス用レンズを購入する余裕はありません。それでマウント アダプターでもって(電子接点付きの)、デジイチ用のレンズを使い回すということをしています。 ソニーに関してはデジイチ用レンズが豊富にありますし、ソニー・ミノルタアルファレンズ、キヤノンEF レンズ、シグマSAレンズと、ソニー製、シグマ製の各マウントアダプターで豊富なレンズを使うことが できます。 オリンパスも同様で、オリンパスとパナソニックのフォーサーズ・デジイチ用レンズを使えますね。 ところが富士Xマウントミラーレスカメラに関しては、それができません。富士には純正品としての デジイチカメラとレンズが無かったからです。(富士のデジイチはありましたがニコンのカメラを使って ましたから) 富士Xマウントの純正レンズは高価ですし、また種類が豊富とも言えません。それで富士のカメラに 行き詰まっていたのですが、上記のリンクのように、サードパーティ製の電子接点マウントアダプターが あるのに気がつきました。装着レンズはEFマウント。ソニーやニコン、ペンタックスと違い完全電子 マウント方式ですからできる話ですね。 とりあえずEF(EFS)マウントのレンズはそこそこ持ってますし、面白いのはEFマウントのシグマレンズも 動作するようですから、間接的に富士Xマウントのシグマレンズが出来上がってしまうわけです。 * 富士のセンサーは技術力が高く、その画質は素晴らしいのですが、使えるレンズが限られているの ではあまり面白くないのです。いろいろと各社のレンズを試せるから、レンズ交換式カメラというのは 意味があるわけでして、富士のカメラに富士のレンズだけっていうのではどうしても限界があります。 どんなに最高と言える良いカメラとレンズだけの組み合わせだけでは人間は満足できません。 最高のカメラと最高のレンズ。それだけでは、そもそもそれが最高のもの、ということすら理解できない のがユーザーです。良い悪いは、飽くまでも他者との比較で初めて理解できることなのですから。 真なる、よるべ【寄る辺/寄る方】の意味を知ることは大切なことなんですね。 それから、小型のミラーレスカメラに、大型のデジイチレンズを着けて撮影することには意味がありま す。それはカメラ全体を大きく出来て、撮影時の運動効果を得ることができるからです。 ミラーレスカメラは小型だからよい。というのは既に時代遅れの流行です。そういうのはカメラ女子や ガジェット好き兄ちゃんに任せておけばよいんです。 伝統的なハイアマチュア人間は、カメラを大きくして使う、もとより大きく重いカメラを使う、というのが 正統派のカメラマンたる所以です。 裏街道さんが高速道SAの、歩いての出口云々を書かれていましたが、これはSAに車を止めて、そこ から写真撮影のための歩き運動をされるからなんですね。職業ドライバーにとって歩き運動は死活を 制します。 そもそも写真趣味の効用とは何か。いえ、写真趣味の目的とは何か。それは写真道なるものを極める ことではなく、また芸を磨くことでもありません。そういうのはあくまでも建前なんでして、本当の目的は 健康と体力維持だけです。私はそう言い切ってしまいます。 写真趣味という金の掛かる趣味をして、その投資に見合うものは、この健康と体力維持しかないのが 本当ですよ。 ですからカメラなんてのは何でもいいんですが、ひとつ条件をつけるとすれば、ある程度の重さという のがなければ良い歩き運動にはならないのです。これは当人の体格にもよりますが、最低限1キロ グラムを超えなければカメラではない、ということです。重ければ重いほど良いカメラですが、重すぎる と肝心の歩き距離が稼げませんからね。ほどほどでないと現実的ではありません。それで大型の三脚 を持つのは難しいです。 そしてカメラは持ちやすいのが良いカメラです。それでグリップの追加は良い選択です。グリップは 既成品だけでなく自作も視野に入れたいものです。 こういうカメラ運動の視点からすれば、軽く小さなカメラであるミラーレスを、デジイチ用の大きなレンズ で満たすというのは間違いのないことなのです。それで準理想のカメラとなりますから。 とにかく、写真の本当の意味合いを忘れて、建前だけの思考をしていては人間、進歩ができません。 写真趣味とはまずカメラ運動であるということ。そのためにカメラを選ぶということ。まあ、それだけで、 他のことはさほどに必用がないですかね。 * 最近思ったのは、もうRAW撮影はしなくてもいいんじゃないかっていうことです。JPEG撮影で十分じゃ ないのかっていうこと。写真趣味は撮影こそが大切なのであって、パソコンの前で座るのは最低限で よいのです。ましてや画質なんていうものがナンボのものでしょうか。 画質はそこそこで良い。そう心底思います。 私の今回の撮影は画質をわざと落としての撮影でした。データはLOW-RAWでしか撮ってません。 クワトロHの装着レンズはAPS18-200と10-20というエントリーレンズでした。それで十分と考え、他の レンズは持参しませんでした。 今回の撮影は被災地をメインにしたのですが、強く感じたのは、写真とはきっかけに過ぎずで、本当 に大切なことは、自分がその現場に立つことであるということでした。自分がその場を、自分の足で 歩いて、ついでに記録として写真を撮ったというに過ぎなかったことです。 そこにはイワユル写真ノの為の被写体を目指した写真というものはありませんでした。 ただこの私とカメラがあっただけです。 今回の最大の写真機材はむしろ車でした。後はコンデジで良いと考え、写真の大部分はdpクワトロ ゼロでの撮影でした。LOW-RAWですから画質的には本当のコンデジそのもです。 写真の画質を意識して落とそう。それは2年前の東北行でもそうでした。古い1000万画素クラスの カメラで撮影をしましたから。 それはなぜなのか。今に自問すれば、良い画質をゲットすればそれに反比例して、自分の眼で見た 記憶というものが薄くなるという予感がしていたからです。 その考えは今も変わっていず、それで今回も自信をもってシグマも低画質撮影をしたのです。結果として正解だったと思ってます。 それでは高画質&高画素のカメラで撮影する場合はどうすれば良いのか。答えは簡単です。撮影数 を減らせば結果として同じことになります。つまりは撮影した総データ量で計算すればよいのです。 自分の撮影するデータ量をみずから制限していくというのは強い自制心が求められます。しかしそれを やらなければならない時代に来ていますね。 最近1億画素のカメラがリリースされました。1億画素と言えば1千万画素のカメラの10ショット分です。 ということは総データ量の考えからすれば1/10ショットでやれば良いということになります。 このような超高画素カメラ、またシグマのような高画質カメラを使うのは魅力的ですが、それは同時に 自制心というものも強く求められる時代になっていると思ってます。 JPEG撮影でも良いのではないか。と冒頭に書きましたが総データ量方式から言えばRAW撮影よりは ショット数の点で有利になります。優れたJPEG画質のカメラであればJPEG撮影は視野に入れておき たいものです。
韓国問題・・・私は韓国は日本国内問題に等しいって以前から考えてます。北朝鮮は別として、 韓半島の南側は米軍陣地の日本支店なんであって、韓国がダメな時は、同時に本社の日本も同時に ダメになっているというのが真実だろうと思っています。 恥韓論シリーズは私も数冊読みましたが、面白いのは最初の部分だけで、だんだんと瑣末論になって いって最後まで読み通すのは難しいですね。(^^ゞ しかし親日家にとって四面楚歌の韓国内であれだ け書けたというのは凄いと思ってます。 韓国問題も北朝鮮問題も、大元は中国共産党が元凶です。(ソ連・ロシアも多少ありますが) その中国共産党を潰してやろうと180度舵を切ったのが現在の米国政府であり、もう連邦議会もそう なってます。これは21世紀の米中の大戦争の幕開きというわけです。 中国政府と中国公営企業だけが敵的ではなくて、その中国の国体(核心)である共産党体制の打破 こそがアメリカの目指す本意なのですから。 私の今回の東北最後の訪問地は、岩手県の胆沢でした。今の水沢市(奥州市)ですね。かつてこの 地で平安時代の桓武天皇の時代、中央政府である大和朝廷に対して大々的に反乱が起きたんです。 これはNHKテレビドラマの「アテルイ伝」が分かりやすいと思ってます。 東北の中で一番強力な軍事力を持っていたのが陸奥の国の、今の岩手県なんです。馬と鉄と狩猟 採取の民の軍事力というのが背後にあったわけで、多分、今でも岩手県人が一番強烈な県民性を 持っているんじゃないですかね。 最後には坂上田村麻呂に負けちゃったわけですけど、その戦ったという歴史はその後も歴史に大きな 影を投げかけています。(藤原秀衡の平泉など) それでね、当時の朝廷というのは今の中国の政体をそのまま移行したような専制主義的な独裁政権 であったわけです。当時の東北人は蝦夷(えみし)と蔑まれ、徹底的に収奪の対象になっていました。 この平安時代の中央集権時代が、時代が下り武士台頭の時代となると、今度は地方独立の時代と なっていくんですね。(この地方独立時代を得て、日本は国力を着けて豊かになりました) しかし奈良・平安の時代の、当時の大和朝廷に言わせれば、中央集権でもって強固に日本の国力を 高めておかないと、中国大陸、当時の唐に立ち向かえなかったし今後も日本が独立性を保てないと いうのはやはり正しいんです。当時というか今もそうですが大陸の外圧というのは強力なんですね。 (飛鳥奈良時代というのは日本は中国の日本支店そのもののような時代でした) その大陸の外圧というのは、その後も元寇という形でやってきました。そして現在の国際情勢という のも全く同じでしょうね。日本列島というのは常に、大陸の外圧というものに脅かされ続けているんで すよね。 もし今後、アメリカという同盟国がなければ日本はどうなっていくのか。これは間違いなく中国共産党 の支配下におかれていくと思いますよ。共産党の息のかかった誰かが総理になっているかも知れま せんし。中国語が第二国語になっているんでしょうし、そこらじゅうに中国人がいて日本人を見下して いる有様になるんじゃないですかね。民主主義も自由も人権なんてのは無きに等しくなるでしょう。 もちろん日本人でも中国・朝鮮が大好きという人間がいます。戦うよりかは屈従して生きていくのが よいという人間は必ずいるんです。しかし日本の歴史をみればアテルイのような東北の抵抗があった わけですし、また鎌倉武士は大陸の日本進行を阻止しましたしね。 地政学的な大きな歴史の胎動を見ると、それは時代を2千年で括るのですが、その前半は専制主義 の大陸の勢力が強く出るんです。(後半は日本のような島国や海洋の国家群が強くなる) それで大陸勢力が強くなる時代は20世紀の終わりに既に始まっていて、それで今世界は中国におび やかされつつあるというわけです。地理的に日本は近いですからほんとに大変です。米国だって 国運を掛けて中国と対峙していこうという腹づもりでしょうけど、結果はどうなるかは分かりません。 日和って日本を見捨てるかもしれませんし。 とにかく時代の流れは中国に味方していると言うべきでしょう。今後200年400年は中国の時代といって よいかもしれません。そういう時代のなかで日本は自主独立の路線を歩んでいけるのかどうか。 ご先祖様に誇れるような生き方をできるのかどうか。そういうことが問われていると思っています。
今回の旅では、福島第一と第二の原発の遠望が出来ましたし、女川原発も近くまで。また柏崎狩羽 原発は構内見学もできました。それで、なによりも自分の脚で原発被災地区を見て回りました。 そういう原発の旅でもあったのですが、私の考えを少し言わせてもらえれば新規立地は無理としても 現状ある施設については再稼働、再利用をすべきではないのか、という感想を持っています。 それにしても東電は今の大和朝廷であり、福島の蝦夷人たちが一方的に被害を受けているという 事態は、かつての時代を彷彿とさせるわけですが、福島の人達はよく耐えているわけです。それから 正確に言えば被爆したのは福島だけでなく、東北のかなりの部分や関東もそうなんですよね。そういう のも皆さん、もう忘れておりますが。 被爆というのは恐ろしいのです。実は私も被爆していたなって確信しています。一時的に胆機能の 低下が見られましたから。これは初めての経験ですが原因がセシウムの被爆によるものとしか言い ようがないですからね。そしてまる1日24時間寝込みましたし。 もっとも私の場合はほんの一時的であり今は安全な四国で居られるんですからありがたいわけです。 この今も被爆を続けている福島の人達に対しては投げかける言葉がみつかりません。 話戻すと、原子力や核というものを無くしていけば、日本は大陸に対して立ちゆかなくなるというのが 本音のところにあるんですね。経済的にも軍事的にもそうなんですよ。 もしものときには大陸全土を核攻撃、核汚染できるだけの潜在的な力というものを所持していなけれ ば日本は大陸からの独立を保てないと思うからです。大陸をイノシシとニワトリしか住めないように できるという能力を持っているというのは国防上きわめて大事なことなんです。 そして経済的には、原発は稼働しなくても膨大な維持費がかかっているのですし、ならば動かして 電気を稼ぐのが得策だろうというのは誰にでも分かることですから。(歴史的にはそもそもは原発の 材料のプルトニウムを得るために原発を作ったんですね) 帰宅困難地区でイノシシをみかけました。見慣れたヤツですが彼らにとっては自分たちの天下みたい なもんですかね。イノシシにとっても被爆は手痛いのですけど人間がいないというのはもっと素晴ら しいことなんですから。 それにしても、あの膨大な国土の中国大陸がイノシシしか住めなくなるというのは、さすがの毛沢東 も想像ができなかったろうと思います。(笑) 車は入念に洗車し室内も掃除機でホコリを吸い取り雑巾がけもしました。靴も丸洗い。 最初に帰宅困難地区を走った時、なんか空気がチリチリというような感じがしました。喩えて言うと 高ボルトの高圧電線下にいるような空気感とでも言いますかね。営業していたコンビニに入った時、 ちょっと目眩がしました。(ここ何十年も目眩などしたことがないのに) しかし本当に被爆というものを知ったのは、帰宅後数日が経ってからです。まる1日、食いも飲みも せずにこんこんと寝続けました。その後1日は下痢が続きました。 まあ、それだけです。(笑) 写真は車窓からの福島第一。
しばらく、潜ります。
特にありませんが。
散発的に、撮りためたものです。
毎年通う、藤です 来年の、藤まで・・投稿はいたしません。
最近ちょっと、根本的なそして本質的な疑問が出てき始めています。 写真に於いて、本当に画質というものは正義なるものなのか善なるものなのか、ということです。 少なくとも、画質とかが本当に人間を幸せにするのかどうか。もしかすれば不幸をも齎す可能性 だってありやしないかということなんです。 画質の良いカメラやレンズというのはその画面に見惚れてしまうでしょう? 発色やコントラストとか いう画質も解像力(画素数)でもそういうところは同じです。そういうことでは良い画質というのは 正義で人気者です。 しかしそれが本当にユーザーの為になっているのかどうか。それを改めて問うと、画質=幸福とは 言えないかも?ということです。それどころか過ぎたる画質はユーザーにマイナスをもたらすこと だってあるんじゃないですかね。 撮影した画像をPCで現像して調整もしてと、そんな具合でモニターとにらめっこをするんですが、 おそらく良い画質の場合は、その凝視時間は長いんじゃないかなって思いますね。それもただ ぼやーと眺めているんじゃなくて、眼と脳はかなり酷使するくらいの状態になっていると思います。 良い画質、加えて解像力が大きいと(高画素)、さらに脳の疲労度は大きくなると思います。 私の場合は随分以前から高画素カメラは避けています。これはテキメンに眼と頭の疲れが出て くるって分かったからです。それで今はもっぱら低画素カメラを意識的に使っているんです。モニター も敢えて小型のものを使用していますし。 しかし同様に画素数だけでなく画質というものも良すぎる場合は同様に眼と脳を酷使するんだろと いうことなんです。 そんなわけで極論をいうと一番、眼と脳に優しいのはコンデジのカメラかもしれませんね。 シグマカメラの現像は大変に時間が掛かります。それは現像ソフトの性能が低いというのではなくて、 扱う画像が極めて高画質だからです。加えて高画素でもありますし。 シグマ画像を現像したり処理したりするのはパソコン泣かせです。パソコンは機械だから文句も言わず 必死でやっているわけですけど、考えてみると同じような必死さがユーザーの脳内でも起きているん じゃないですかね。そのことに我々が気が付かないだけで。 こういうことは今まで発想すらなかったんですけど、パソコンが大変だったら、きっと人間の脳だった 大変なんじゃないかということですよ。 シグマの画像を撮るためには、まずカメラが大変。カメラは発熱しながら撮ってますから。 次に、データを受け取ったパソコンが大変。必死で現像して偶にフリーズしたりするほど。 ここまで大変が続くと、きっと(多分間違いなく)その画像を見る人間も大変なんだっていうことです。 そういう子どもでも分かることに、これまで思いが寄らなかったんです。迂闊でした。 私が今使っているカメラ。低画素です。だいたい1千万画素前後のカメラです。むろんベイヤー機です。 これらのカメラの現像も処理も瞬時で可能です。そういうカメラの画像をモニターで見ていても疲れる っていうことは感じないですね。カメラもパソコンも人間の脳も疲れないですむ画像なんです。 こういうのはいつもの話の電磁波問題とは関係がありません。純粋に情報処理の問題なんです。 良い画質も高い解像度も扱う情報量が飛躍的に大きくなって、媒体に大きな負担をしうるということ なんです。それは機械も人間の脳も同じだということ。 それでシグマのカメラは困ったことになります。最大の長所が最大の短所欠点になるということ。 シグマのカメラを使う人はそこのところをよくよく考えてやらないと、返ってマイナスを抱えてしまうと いうことかも知れないんです。 クワトロHを導入しました。24-105付きです。無論中古。なかなか時間がとれずで撮影できなかった んですがやっと撮影出来ました。最初なのでLOW-RAWではなく通常モードで撮影。現像は1/2モード です。600万画素くらいになりますか。これはちょうどLOW-RAW撮影した場合と同じピクセル数に なりますかね。次回からは最初からLOW-RAW撮影で行くつもりです。 写真の撮影レンズは18-35です。フルピクセルモードで撮影、1.35倍して18ミリならば24ミリとなります。 バッテリーグリップも手にしましたが、不調部分があったので返品しました。実は撮影をしていて 大変に発熱することが分かり、グリップ付きでは熱が放熱できずエラーが出ることが分かりました。 買わないほうが正解かもしれません。 シグマにしてはAFは速く、それよりもとにかく正確だということです。これが最も嬉しい点。バンバンと 撮り過ぎて、バッテリー交換時やメディア交換時に(書き込み終了まで)延々と待たされました。 やはりこれ1台では撮影できず、サブ機としてdpクワトロが必用になりますね。 手持ちの古いレンズ全てが正常動作しました。古いレンズはさすがにAFは遅いです。撮影時の ピント拡大も容易にできてMFレンズでも使用に不便はありません。 EVFは安っぽいですがモニターは綺麗です。モニター見撮影では良く出来たカメラです。 宝の持ち腐れになるかも知れませんが、このカメラはLOW-RAWの600万画素カメラとして使っていく つもりです。古いCCDカメラが600万画素だったので親しみのある画素数となります。 しかしそれでもソニーなんかと比べると電磁波は出ているし現像も瞬時というわけにはいきません。 やはり私のメインカメラは既に低画素ベイヤーカメラになってしまったんだと再確認しています。
Camera Profile
発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。
シグマは2016年2月23日、APS-Cのsd Quattroと、より大きな撮像素子を使うsd Quattro Hを同時に発表した。この時点では価格も発売日も未定であった。1プレス ASCIIシグマがAPS-Hセンサー採用sd Quattro Hなどを発表
Hの発売日が告知されたのは12月7日で、12月20日発売、価格はオープンとされた。発売に合わせて現像ソフトSIGMA Photo Pro 6.5と、遠隔撮影用のSIGMA Capture Pro 1.3も提供する予定であり、カメラ本体に加えて撮影後の処理やPCからの撮影を支えるソフトも整えられた。2プレス ASCIISIGMA sd Quattro Hの発売日決定
公式カタログは、APS-Cのsd Quattroを画質と基本性能のバランスを求める機種、Hをさらに高い解像感を求める利用者向けとして分けた。Hは別マウントの新システムではなく、SAレンズを用いるシリーズ内の上位側である。3公式 シグマSIGMA sd Quattro / H カタログ(2016年版)
撮像素子は26.7×17.9mmのAPS-Hで、装着レンズの画角は35mm判換算で焦点距離の約1.3倍となる。三層を合計した有効画素数は約3,860万画素だが、トップ層は6,200×4,152画素で、通常のHIGH画像は6,192×4,128画素である。平面上に3,860万個の異なる撮影位置が並ぶセンサーという意味ではない。4公式 シグマsd Quattro H 公式仕様
Quattroの層ごとの画素数は、下層・中層・上層が1:1:4となる。上層の輝度情報を下二層にも利用し、データ量と画質のバランスを取る構造である。メーカーの「5,100万画素相当」という解像力の訴求は、三層の合計画素数や通常記録画像のサイズとは別の指標として読む必要がある。3公式 シグマSIGMA sd Quattro / H カタログ(2016年版)
ボディは約147×95.1×90.8mm、電池・カードを除いて約635gで、動画記録を持たない静止画専用機である。約236万ドットのEVFに加え、背面には画像用の3型約162万ドット液晶と設定表示用のサブモニターを備える。画像と撮影設定を別々の画面で同時に確認する構成だった。4公式 シグマsd Quattro H 公式仕様
レンズ固定式のdp Quattroで使われたQuattro技術をレンズ交換式へ展開し、Hでは撮像面もAPS-Hへ拡大した。三層の信号を扱う画像処理系にはTRUE IIIを2基搭載し、高解像センサーからの情報を並列に処理する。操作面ではシャッターボタン近くにQSボタンを置き、上面のLOCKで不用意な設定変更を抑え、フォーカスピーキングやファインダー内拡大も利用できた。3公式 シグマSIGMA sd Quattro / H カタログ(2016年版)
RAWには異なる仕上げの経路がある。14bitロスレス圧縮のX3F/X3Iに加え、12bit無圧縮のDNG出力に対応し、互換性のある現像ソフトを選べるようにした。ただしDNGとJPEGの同時記録、カメラ内でのDNG現像には対応しない。ビット深度や圧縮方式も異なるため、同じデータを拡張子だけ変えて保存するものではない。5公式 シグマsd Quattro H English Manual
SFDモードは、露出を変えた7枚をX3Iとして保存し、SIGMA Photo Proで合成してノイズとダイナミックレンジを改善する方式である。AまたはMモード、ISO100、RAW HIGHに固定され、三脚の使用とレンズOSのOFFを指定する。合成結果をカメラ上で確認することもできず、通常の1枚撮影とは異なる、撮影からPC処理までを含めた使い方となる。5公式 シグマsd Quattro H English Manual
連写はDCクロップOFFの場合、HIGHで最高4.4コマ/秒・8枚、LOWで最高6.2コマ/秒・16枚である。DCレンズを装着すると初期設定ではAPS-C範囲へ自動クロップし、HIGHの画像サイズは5,424×3,616となる。DCレンズを使えることと、APS-Hの全域をそのレンズで撮影できることは別であり、クロップのON/OFFは手動でも切り換えられる。5公式 シグマsd Quattro H English Manual
山木和人社長はCP+2016のインタビューで、Foveonが描く細部では小さなピントのずれも目立つと説明した。ミラーレス化の理由に挙げたのは、ミラーショックを避けることと、一眼レフで問題となる焦点精度への対応である。解像性能を実写で引き出すために、光学ファインダーとミラーを持つ方式から離れる判断をした。7インタビュー Imaging ResourceSigma Q&A at CP+2016: CEO Kazuto Yamaki
その一方、マウントは一眼レフ用のSAを維持した。山木氏が述べた理由は、既存の顧客が手持ちのSAレンズをそのまま使えるようにするためである。ミラーのないカメラへ移行しながら、利用者のレンズ資産を引き継ぐことを優先した設計であった。7インタビュー Imaging ResourceSigma Q&A at CP+2016: CEO Kazuto Yamaki
APS-Hの採用にも処理系を含めた判断がある。山木氏は、フルサイズにするとファイルが大きくなり、処理も遅くなることから、APS-Hが顧客に適した大きさだと考えたと説明した。撮像面を拡大するほどよいという選択ではなく、Foveonのデータを扱う負荷までを考慮したサイズである。7インタビュー Imaging ResourceSigma Q&A at CP+2016: CEO Kazuto Yamaki
一眼レフ用レンズを使うことはAF方式にも関わった。山木氏によれば、既存レンズではコントラストAFだけだと遅くなるため、位相差でピント位置へ近づけ、コントラストAFで最後を合わせる方式を採った。速さと最終的な合焦精度を分担する考え方であり、SAレンズの継続利用とミラーレス化をつなぐ仕組みだった。7インタビュー Imaging ResourceSigma Q&A at CP+2016: CEO Kazuto Yamaki
複数の専門媒体が共通して評価したのは、低感度での細部の解像である。一方、AFや書き込みを含む反応は遅く、動体を追う用途よりも静物や風景に向くという評価でも一致した。高解像の静止画に撮影の力点を置く性格が、実写での評価にも表れている。8レビュー DPReviewSigma SD Quattro H Review
DNGによって現像ソフトの選択肢が広がる点も、複数媒体が利点とした。ただしファイルの大きさは留保となっている。こうしたDNGの評価は、専用ソフトを用いるX3Fや7枚合成のSFDとは経路が異なるため、すべての現像方法に同じ結論を当てはめるものではない。9レビュー Photography BlogSigma sd Quattro H Review
内容の確認日: 2026年10月1日
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