Capture Oneソフトウェア 作例

琵琶湖

湖の撮影は海岸や河川の撮影と違い、奇岩や波浪波打ち、激流というのがなくて、平凡な 風景しか撮れないのが欠点といえば言えそうです。 この琵琶湖もあくまでも静謐(せいひつ)で、ただ静かに湖面が横たわっているだけでした。 琵琶湖は面積・貯水量ともにダントツで日本の他の湖とは比較になりません。水深だって 最大100㍍ありますし。 琵琶湖は分類では「古代湖」になり、世界でも古代湖は20箇所ほどでしか確認されていない うちのひとつなんです。歴史もあるんだということですね。 古代湖とはおよそ10万年以上存続している湖の呼び名です。一般的に湖の寿命は数千年 から数万年と言われていてこれは、流入する河川からの堆積物で湖が埋め立てられるから なんですね。琵琶湖は堆積する一方、湖底が沈下して湖の消滅を免れているんです。(構造湖) アメリカ大陸のヨーロッバ人による発見後、最初に五大湖を見た人は驚き歓喜しただろうと 思うのですが、同様に大陸からこの列島に渡ってきて琵琶湖を発見した人は驚いたろうと 思います。真水が豊富にあるというのは生活でも農業でも有利ですからね。 琵琶湖の島 http://www.asahi-net.or.jp/~ge5h-sdok/biwakonosima/biwako.html 有人島・沖島 http://webmist.info/okishima/ まあ、瀬戸の小さな島と変わりませんね。

最上川

五月雨をあつめて早し最上川 今回の私の場合は、雪解け水を集めて速し最上川、でしたかね。芭蕉が詠んだ時期 よりも1ヶ月位は早かったみたいです。 最上川に限らず、雪国の川は圧倒的な水量を誇ります。こちら吉野川は台風時などは 川幅いっぱいの水量なのですが、日頃は枯れ川のように細々としか水は流れていませ んので。 もちろんその水の源は冬場に降った積雪なんです。それが徐々に溶け出てそのまま 地表を流れるのもあり、または土に染みこんで伏流水や地下水となるのもあります。 鳥海山のように火山性の土壌だと伏流する水はとても多いでしょう。 山に積もった積雪は言わばダムのようなもので、冬場は溜め込んで春先になれば川に 流れ出て生物万物や人間どもの生産活動に寄与することになります。 火山性土壌の伏流水はこれも言うなれば地下のダムです。それで此方四国には積雪 もなく火山性土壌もすくなくてそれで人工的にダムや溜池を造らなくてはなりません。 狭い香川の土地に一体どれほどの溜池やダムがあることか。 自然環境を破壊するダムなどはいらないっていう人士は、そもそも豊富な水に恵まれて その有り難さが分からない人達だろうって思っています。平和状態に恵まれ続けている と国土の防衛力すら不要とする考え方に似ていて、近視眼的と言うか自分の身の丈三寸 しか見えない人達なんだろうなあってことですか。 とにかく日本列島は、豊富な水だけは恵まれています。いえそれだけでなく火山活動も 盛んですから新鮮な栄養分豊富な土壌にも恵まれて、人々は豊かな暮らしをすることが できます。 火山列島ですから災害が多いっていうのは確かのようですが、しかしその恩恵も大きい というのが本当のようです。巨大カルデラ火山が噴火すると列島の半分は死んでしまう のですが、その後は火山がもたらした有為な資源に益することが大なのです。 それを言えば雪国の積雪も、地表に生えた草花などは壊滅してしまうのですけど、春に なればフキノトウのようにメキメキと新芽を出し、春という新世界を謳歌することができる のです。 この列島はそういう、死と再生の繰り返しっていうことも出来ますかね。そう考えれば 長い目で見れば原発事故も一旦の死でありますが、やがては見事に自然は復活し再び 人間どもの前に豊かな自然を見せてくれるのではないでしょうか。まあそう考えるしか ないんじゃないですかね。

鳥海山遠望

鳥海山遠望 今回の東北道遠征の第一の目的はまず鳥海山を見てみたいということ。 私の頭のなかでは、鳥海山は東北、出羽の山のなかの代表なんです。それをみれば 東北の山が分かる。ひいては東北というのはそういうものであろうという、まさに思い込みの 代表格だったわけですね。(^^ゞ 鳥海山が気に入っているのはまずその山容からして広大な山麓を有していること。 富士型のコニーデ火山でありながら相模の富士ほどには単調ではなく連山的であること。 そしてなにより海に面していること。 今回、5合目まで車で登りましたが、それ以上は積雪がありました。これが真夏だと頂上 まで登るのはそんなに困難ではありません。たぶん此方の石鎚山に比べれば比較的登山 しやすい山だと思いました。 しかし本当の鳥海山の魅力は頂上に登ることだけではありません。その膨大な雪解け水 の伏流水が到るところで滝となり泉となって東北の大地を潤しているのですから。 鳥海山ひとつあれば東北の民は生活には困らない。そういうレベルの山が東北には数多く 存在するわけですから、東北の自然の豊かさというのは限りがない。そう思いました。 あまりコメントを書き連ねると返って気落ちして写真を投稿できなくなる。(^^ゞ それで各写真 にはコメントを付けませんが、撮影場所は帰って知らべて詳細に把握できました。

八郎潟干拓地遠望

何故か長い間の念願だった東北行きが叶いました。この連休、纏まって休みが取れたもので。(^^; カメラは持って行きましたが、写真撮影のために東北に足を伸ばしたのではありません。 あくまでも些細な観光というか、自分の目で見て自分の足で自らを東北の空間に留めおきた かっただけなのです。 実質6日間のドライブでしたが行きと帰りにそれぞれ1日づつ計2日は使いましたので、東北の 地に滞在出来得たのは4日間ということになります。 随分と欲張ってしまったので駆け足観光となりましたけど、北は秋田の男鹿半島・八郎潟から 鳥海山、象潟、酒田市、庄内平野、山形平野、最上川、出羽山、新潟平野、親不知、琵琶湖 北端と、気の赴くままにさ迷って参りました。 よく現地で、写真を撮るために来られたのですか?と言われるのですが、そのように言われる のは自分としては本当に心苦しくて、「いえ違います、観光に来ただけです」と即座に言い返す のが常なのですが、それは心底そう思っているわけで、私の目的は決して写真撮影ではないと いうことになります。 所謂写真撮影趣味などというものは、所詮はカメラ趣味などとちっとも変わるものではないかと 考えていて、ならばカメラ機材も、それどころか写真そのものも、単なる何かへの道具に過ぎない のだと達観する方が健全なのではないかと思うようにしています。 今回の観光で、各地でパンフレットを多量に集めることができました。ジオパーク関係のものも 多くて、これからじっくりと読んでいきたいと考えています。 ジオパークは突き詰めると自然、ネイチャーだけでなく、文化や歴史とも深く関係があり、経済や 政治、軍事とも関連付けて考えられるべきものだと思っています。 これからそのパンフレットや買い求めた冊子を読むのも楽しみです。 ところで観光、サイトシーイングとは、本来は観行というのが現実には相応しいと思うですが、 敢えてなのか、幕末明治の翻訳家は直訳的に観光という光の高貴な文字を当てはめました。 それはちょうど、フォトグラフィが光画ではなく、写真という翻訳をしたのとは真逆なのかも知れ ませんね。 旅関係では英語として、トリップ、トラベル、ジャーニィとか、いろいろとあるんですがそれぞれ 意味合いが違ってきます。私の場合はやはりサイトシーイングかなって考えます。 それで観光となるとやはりカメラを持って出かけるというのは道理に合うのかなって感じですかね。(^^; 実質6日間延べ7日間に渡る行程は殆ど睡眠もまともに取れずで肉体的には厳しかったのですが、 しかし精神的には十分に満足の行くものであり、この東北の地を見ることによって自分の中の 意識はこれから随分と変わっていくのではなかろうかと期待しています。 とは言っても気候の良い時期に、しかも日本海側の一部を垣間見たにすぎないのですが。(笑)

藤

あまり花写真は特異ではないのですが・・・ 山に自然に生えているものをついでに撮りましたので。

別子鉱山跡案内板

別子銅山 - 失われた空中都市を訪ねて http://www.tsoftware.jp/douzan/ 別子の東平(とうなる)の煉瓦遺跡の写真を見て、東洋のマチュピチュだなんてイメージを 膨らませる方は大勢いらっしゃるのですが、正直言って尋ねるとがっかりなさるでしょう。 あまりにも規模が小さくて、なんだ?これ、ってなるかも知れませんね。 実は東平よりも、もっと規模がスケールが大きくて、これは凄いっていうのはあったのです。 それは東延(とうえん)という場所ですが、上のサイトの旧別子の地図で書かれている場所 でした。 http://www.tsoftware.jp/douzan/pics/map3.jpg でした・・というのは、それはもうとっくに自然の土砂崩れで破壊されて、もう既に存在しない からです。 http://h2o.sakura.ne.jp/bessi/Qbessi/33touen/touen.html 私が別子、特に旧別子を尋ねたのは35年ほど前からなのですが、その当時は東延の勇姿 が見られました。ところが以降何度か登山するうちに、東延の遺跡は大規模土砂災害で なくなってしまったのです。 残念ながら当時は写真趣味を休止していた時期なので、その東延の写真はありません。 別子を訪れる観光客の大半は、上の看板写真で見ますところの、⑤マイントピア別子(端出場)と、 ⑩マイントピア東平の2つ、さらに加えて④銅山記念館というところになるでしょう。 ④と⑩と⑤は自家用車ですぐに行けます。⑩などは道の駅になっていますしね。 (なお⑤は冬場は閉鎖ですが)  しかし本当に別子の凄さを知るには、登山スタイルで赤石山系の南側、旧別子の山の中を 歩かなければなりません。 それからこれは残念な、というより本当は喜ばしきことであるわけですが、別子の山は植林の 杉がだんだんと大きく育ってきて、遺跡群そのものを隠してしまいつつあるのです。 別子の山は住友鉱山から住友林業に継承され、そもそも本来は私有地であり、観光というより も自然に山を返すっていうことが住友側の本道であるわけで、遺跡群が樹木に覆われて 自然化するのは当たり前のことであるというわけですね。 そこのところが、自然放置の住友側と、是非にと観光化を目論む自治体側との違いがあった わけで、それは35年前の当時から旧別子の役場の担当者が悩んでいたところでした。 自治体側としては別子の持つ観光資源に早くから着目していたようで、住友と折衝して何とか 観光登山に協力してくれないかと折衝をし続けていたようです。 当時は私のように旧別子の魅力を見出していた人間は殆どいずで、別子の資料を見せてほしい と役場を尋ねた私が珍しかったのでしょう。いろいろとお話をお聞きすることができました。 それにしても東延の勇姿が失われてしまったのは、今思ってもつくづく残念で、あれば健在で あれば、本当にマチュピチュ遺跡に匹敵するという宣伝コピーがまんま通用したでしょう。 とは言え、今でも別子の鉱山遺跡群は山中に此処かしこに多く点在して見られ、この世界的な 鉱山遺跡群は長く保存すべきであるという、そういうポテンシャルは十分にあります。 私にとって、この別子と早明浦ダムは自分の写真の原点であり、そういう写真のドキュメントと 記録というのは、私の写真哲学の原動力になっています。 私は写真に、ただただ綺麗っていう花鳥風月などは求めませんが、自分の写真には今あるこの 社会の原点とは何かという視点を求めて続けているつもりです。そういう意味で私の写真に対する 考え方は皆さんとは随分と違うでしょうね。 ところで世の中も随分と変化してきて、日本も老大国というような超先進国になってしまいました。 そうなると近隣の若い元気な諸国から学びの観光客を呼び集めることができます。東アジアは 世界で最も大規模な経済発展地域なわけで、今後とも多くの観光客を日本に呼び寄せ続けることが できます。 東京や京都・大阪にかぎらず、各自治体もオラが国自慢の観光資源の発掘に躍起ですね。 香川県もウドンとアートという看板をもって観光客誘致に邁進していますけどね。(^^ゞ そういう現代の世界的な視点に立てば、別子の自然回帰の緑化事業こそが本当に意味のあること なんだということになります。 高野山は海外観光客にも人気ですが、巨大な杉の大木に囲まれた山中の宗教都市は神秘的な イメージを漂わせていますね。そういう具合に別子の森もそのようになる可能性があるんですよ。

別子鉱山跡

久しぶりに自分なりの写真撮影に行ってきました。 愛媛県新居浜市、別子銅山跡、東平(とうなる)というところです。別子銅山は広大な面積を 誇っており、銅山跡の遺跡は各所に散らばっています。ここ東平は比較的観光地化されていて 行きやすいところですが、それでも冬場は閉鎖されていました。 別段、自分は鉱山マニアというわけではないのですが、地中から掘り出される金属というもの には大変、興味深く思っています。この金属というものがなければ、そもそも文明は成り立ち ません。 文明=金属の歴史であって、特に産業革命以降はエネルギーも地下から掘り出されますね。 遠くに見えるのは瀬戸内海、燧灘であり、その海側に新居浜市があります。無論、この別子 銅山のよって都市化された町です。 この銅の鉱脈が海底下まで続いていて掘り出されたのですが、その銅の算出は膨大なもので あって、江戸期から昭和まで、日本の経済を支えてきました。銅は主要な輸出品だったんですね。 別子の銅に限らず、足尾の銅、石見の銀、佐渡の金、そして古くは奥州の金と、日本は貴金属 を産出して、それを輸出品として、中国や南蛮から文明文化物を仕入れていたんですね。 今でこそ、日本は高度な工業製品を輸出して外貨を稼いでいますが、そういうのはごく最近の ことであって、歴史的には日本の輸出品は金属と海産物(俵物)でした。 もしこれから日本も海洋開発ができるようになり、深海からレアアースやメタンハイドレートを産出 できればそれらも輸出品になるでしょう。 なんかそちらの方が、本来の日本のスタイルという気がしないでもありませんね。 とにかく、江戸の昔から別子の歴史は始まり、それが住友財閥というものまで作り上げ、世界に 銅を輸出して日本近代産業の基礎を作ったということは間違いがありません。 文明の基礎たる金属やエネルギーというのは、人里離れた深山とか砂漠とか海とかになるの ですが、そこから、文明にはなくてはならない金属やエネルギーを生み出されるということ。 ここで働いていた鉱夫達の食料や日用品などは全て、麓の平野部から持って来ていたわけですね。 鉱夫はただひたすら鉱石を掘りその鉱石を精錬し銅の地金としていたのです。農繁期に農民が 片手間に鉱夫をやっていたわけではありません。 そういう専業の専門家というか職業群がいて、それを纏め上げ経営する資本家もできていたわけ です。最終的には国家としての藩営とか幕府直轄とか、そういうレベルの話でしたね。 今でも石油・ガスや有望な鉱山などは、政府の国営とか、巨大資本とかが牛耳っていますから。 想像がつきにくいでしょうが、この遺跡の周囲は、操業していた当時は樹木などはなくて所狭しと 丸裸な急斜面に住宅などが立ち並んでいたんです。それらは今、全て植林された木々の中に埋も れています。この全山全てが鉱山跡の遺跡群である、と言っても過言ではありません。

別子鉱山跡

丸々と肥えて美味しそうなトカゲがいました。 マムシもいるとかで要注意な観光地ですね。

別子鉱山跡

植林された住居跡に生えていたもの。何かしらん? 下の石はコンクリートですね。

別子鉱山遺跡

川底にまで降りてきました。水のせせらぎが気持ちよく、新緑が眼に眩しい。 本当はもっと鮮やかな薄緑なのですが上手く現像できていません。(古いカメラなので殆ど 手動で現像です) この石組みは、何らかの鉱山設備の跡らしいです。そこに鹿の角が落ちていました。 せせらぎの水に浸かりたいという欲求は強かったのですが、あまりに冷たい冷水に負けて しまいました。脚と手を洗ったのみ。 この下はちょっとした瀑布になっていました。野鳥も目前を横切っていきました。まさに桃源郷。

車のはなし

放電アルミテープを貼って何も効果がないというのはありません。全て何らかの効果があります。 例えば室内に貼って体調を崩すっていうのも、ある意味効果のひとつです。 まず最初にzzrさんの車が何なのか。これにより、テープを何処に貼ってどのような効果を期待する のか、という基本計画が最初に必要になるのです。 仮に車を中型・小型のSUVのAWDと仮定しましょう。トヨタ・ハリアーとかホンダ・ヴェゼルとかね。 こういう車のは、その大きな車輪と車重によって直進安定性は元々良いのです。ですから高速の 直進安定性をさらに高める必要はありません。 私の車は小さくて非力に車だったので、しかも箱形で空気抵抗が悪い。またサスペンションが柔ら かくて、ハンドリングも軽く、直進安定性がとても悪かった。それでアルミテープの目的はただ一つ、 高速直進安定性を高めることだったのです。 それで中型・小型のSUVのAWDでアルミテープを貼る目的は、空気抵抗の現象、それによる軽快な ハンドリングと低燃費という方向になります。むしろ直進安定性はここでは無視します。 ちなみにハンドリングが軽くてシャープっていうのは、私の車がそうですけど、運転していてとても 楽しいんです。そりゃうそうでしょう、まっすぐしか走らない車なんて面白いはずがありませんから。 なお、直進安定性と軽快なハンドリングは相反するものであり、どちらに振るのかという問題です。 この写真をオリジナル拡大をしてみますと、タイヤハウスの縁、ホイールアーチの部分、テープを 貼っているのが分かるでしょうか。このテーピングによって直進安定性は増しました。このタイヤの 部分は空気抵抗が特に発生するところで、ホントはカバーがあれば良いんですがそうもいきません。 テープの幅は3センチを半分に切って巻きつけました。 ついてに言うと、アーチ内部のプラスチックカバーにも貼っているんですけどね。 大型タイヤのSUVではこのアーチは巨大であり、テーピングによって大きな効果が得られるでしょう。 さらに、アルミホイールの部分も注視してください。細かな小片のアルミテープをたくさん貼っています。 これにより軽快なハンドリングが得られます。 実はボディ各部にテープを貼って、直進安定性がよくなったものの軽快なハンドリングが無くなった ので、それでホイールに貼ったんですね。ホイールのテープは外側だけでなく内面のフラットな部分 にも貼ってます。1本当たり数十枚貼ってますよ。ギザギザハサミで空気との接触面を増やしています。 このホイールに貼るのは、ハンドリングだけでなく確実に空気抵抗、及び燃費に好影響があると考え ています。ブレーキ冷却にも効果があるかもしれません。特にホイールの大きなSUVに絶大な効果が あるものと推察できます。 なお、テープはアルミで十分でありステンレステープの必要はありません。 ホイールのテーピングは、そもそも路面とタイヤとの摩擦から膨大な静電気が発生するのですから、 それを出来る限りボディに伝えない為のものであり、非常に効果があるのだと思ってます。タイヤに 貼るのが一番効果的ですが、タイヤに貼っても剥がれ落ちてきます。 ですから、ホイールのテービングは、ただ単に走行中の空気摩擦の低減効果だけではないのです。 ここは非常に重要なポイントなんです。 次はフロント及びサイドのアンダースポイラーの部分です。 私の車は、以前付けていたフロント下部スポイラー部分のテープは取り除きました。実はサイド下部 にテープを貼って、それで直進安定性が大きく削がれたことから、フロント部分も剥がしたのです。 それはどういうことかというと、私の車では車体下部には空気を入れないようにするのが良いという ことなんですね。ですからイメージとしては、車体下の空気は前方や両サイドに力ずくで押し出して 走るというイメージです。つまりそれが本来のスポイラーの意味そのものなんですが。 しかしながら中型・小型のSUVのAWDとなりますと、むしろ積極的に車体アンダーにも空気を流し込む のが空気抵抗・好燃費としては良いのではないかと考えることもできます。 つまりSUVは最低地上高が十分にあり、また最新の車だと車体下部はわりとフラットです。 それでフロントパンパーのスポイラー部分の下部にもテープを貼って良いのだし、リアスポイラーは 当然に貼っても構わないということになります。流石にサイド下部のテープはどうかな?というところ ですが、やはり此処は貼らないほうが無難でしょう。前方下部から入った空気はストレートにリアにまで 流して排出するっていうイメージですかね。下手にサイドにまで空気が流れると直進安定性やハンド リングに悪影響があると思うからです。 以上、ホイールアーチ、アルミホイール、スポイラー下部の話をしましたが、これらは貼ったとしても 外観上の美観を損ねません。 それから、私の車の外観からは見えない部分、例えばエンジンルームやドアの内側(室内ではなくて) の部分にも相当に貼っているんですよ。バンパーだって外から見えない下側部分にも貼っています。 とにかく出来る限り、ボディに帯電した静電気を車外に放電させる。そういう考えでやっています。 ただし今回書いたように、絶対に室内には貼らないこと。これは守ってください。車内の空気が汚染 されて人体に悪影響がありますから。 エンジンルーム内ではエアインテーク関係は徹底して貼ってます。ここもダクトの中を高速で空気が 流れますからね。それへの静電気対策です。 それからサスペンションのショックアブゾーバーの部分も貼ってます。私はステンレステープを貼りまし たがこれもアルミで十分です。ショックアブゾーバー内にはオイルとか空気が入っていて常に激しい 上下運動に晒されています。此処に溜まる静電気を逃がすのは効果的で、乗り心地や性能を高め ます。この部分も外からは見えません。 マフラーは出口の細いパイプ部分に貼ってます。太鼓の部分にも貼りましたが剥がれましたね。 テーピングのコツは少しづづ効果を自分で確かめながら貼っていくことです。そうしないと効果が分か らなくなるからです。テープはホームセンターのもので十分。一応は日本製のが信頼できるようです。 (接着糊が薄くないと電荷を伝えにくい為) 後はカッターやハサミ、ギザギザハサミ(百均のはダメ) くらいです。 最初に述べたように、中型・小型のSUVでは放電アルミテープは、燃費の改善(つまり空力を良くする こと)と、軽快なハンドリングを達成することを目的とすべきでしょう。 やってみれば非常に面白い。自分の車がまったく別の車になったような効果が得られます。

シャーベット

小さな花も拡大すると花びらがシャーベットみたいになるんですね。