Capture Oneソフトウェア 作例

蕎麦の花

撮影はニコンD600(フルサイズ2400万画素)とD7000(APS-C1500万画素)で撮影しましたが、 よく似たような結果でした。やはりD7100(APS-C2400万画素、ローパスフィルターレス)の解像力 は凄いと思いました。加えてレンズの違いというのもあったかもしれませんが。(タムロンは優秀 という気がしています) それからこのD7000はAFがよくなくて(D600もそうです)、花びらにピントが来ていませんね。来て いればD800並にシャープだとは思うんですが、なんにせよD7100には完敗です。(^^ゞ やはりD800、そしてD7100は高性能です。メーカーにはよく似た品番のカメラが並んているのです けど、本当に優れたカメラというのはそんなにないという気がしています。 よく見ていると、白花蕎麦と違い、赤花蕎麦は一斉に開花していませんね。枯れた花と蕾が同居 しています。より原種に近いという気がします。

閑古鳥

空港は閑古鳥です。ここは高松空港が見える展望台なのですが、ほとんど飛行機が 離発着していません。若いカップルがベンチで寝そべってました。 三菱の旅客機開発もダメになったようです。数千億円をつぎ込んた開発費もパァですか。 天下のご意見番氏。CGさんなのだろうけど嘘しか書かない人間ですね。

蕎麦の花

蕎麦の花です。前回のはシャープ過ぎたので今度は柔らかいカメラにしました。(^^ゞ レンズは古いニコン60ミリマクロ。赤い花が咲く蕎麦は、白いものよりも収穫量は1/3だそう ですが甘みのある蕎麦になるとこのと。

傘

小雨と霧の蕎麦畑でした。標高800㍍の山の中です。おかけで何も見えず。写真の女性は 御夫婦で来られて、旦那さんは写真にも蕎麦にも関心がなく車の中で寝転んでました。(^^ゞ 最近は中高年の女性も写真に関心があるようですね。アメリカでもそのようですし。 フジ板にKazさんのコメントがありました。そこに1年ほど前のリンクが貼ってあるのですが、この 2番3番の投稿時の差は1分しかありません。ということは物理的に言っても2番3番は同一人物 の投稿ということになります。3番は自分ではないと言うのならば2番もそうなります。 これ、本気でそう言っているんですかね?それとも、もう忘れているだけなのでしょうか。もしくは 平気で嘘も言えるということでしょうか。答えは最後のものだと言いたいです。(善意で) 私としては、こういう人間が写真掲示板にいるということ自体に興味がありますね。嘘が書ける人 はその投稿する写真も嘘だということになります。いやこれは順番が逆であって、嘘写真を投稿 し続けていたからこそ平気で嘘を書けるということでしょう。 写真は真実でも嘘でも可能なのですが、嘘写真の代償は高くつくと思ってます。嘘でもいいから 本当の写真を撮らなくては。(^^ゞ

APS2400万画素

ウィキペディアより・・ 祠(ほこら)とは神を祀る小規模な殿舎。語源は神道用語の「ほくら(神庫、宝倉)」の転訛という。 小祠(しょうし)、小堂(しょうどう)とも。もともとは古神道に由来する信仰であるが、神仏習合に よって道祖神に関連した仏(地蔵菩薩など)も祀るようになった。 ・・とあります。 祠には木造も石材もあって多様です。この祠は弁天様を祀っているようですね。赤い塗装の祠は 始めて見ました。山池の畔にあり、その鎮護も兼ねているようです。 ニコンD7100の実力をみた思いで、思いきって高データの画像をアップしました。少しトリミングして いるのですが画像調整はせずに、ほぼそのままの画像です。撮影時の光量はたっぷりとあり、 直射光が射しています。少し白飛び気味のところも。近接撮影ですので条件はよいです。レンズは 35ミリ単焦点F1.4。現行のレンズだと思います。APS-Cで2400万画素ですから画素ピッチは狭い のですが、ローパスレスも相まって、実にシャープに、かつ怜悧に色もでますね。我ながら驚きまし た。このカメラ、AFも良いですね。前モデルのD7000とは性能が違っていました。 このカメラの画素ピッチをそのままフルサイズに拡大しますと、仮想的に5600万画素となり、 (参考) https://photoxp.jp/pictures/211790 5000万画素のキヤノンとか6000万画素のソニーになる感じです。5~6000万画素のカメラなど、 私は必要とはしていないのですが、仮想的にはそうなるということです。しかし超高画素高画質の カメラ、技術的には関心があり、私4000万画素前後の機種をそこそこ試してみましたがまだよく わからない所だらけです。なお、こういうカメラ、仕事て写真をやっている人には当然に必要なカメラ ですね。と言いますか、仕事でなければ使うことが適わないカメラだと思います。 D7100に話を戻しますと、仮想5600万画素の片鱗がありながら、実際には2400万画素のカメラです。 高精細なレンズを着ければきちんと描写をしてくれて、価格も手頃であるという利点があります。 たとえ解像力のないレンズを着けたところで、半分の1200万画素くらいで見れば問題はないです。 アマチュアとプロの違いというのは、決定的なのばアマチュアは趣味ですから時間の余裕がないと いうところです。それを無理をしてプロ並のことをしようとしても限界があるのです。 ですからアマチュアとしてはD7100くらいが限界であり、フルサイズカメラにしても同じく2000万画素の カメラまでしか使えないのじゃないかって考えてます。そこを無理して4000~6000万画素のフルサイズ カメラに行くのは危ういということですかね。 それからプロとアマチュアにはもうひとつ決定的な相違があって、プロは写真に目的を持っています。 こうこういう写真を撮り、こうこういう処理をして写真を提供するという合目的性です。だいたい写真 そのものが自分の為の写真ではなくて、あくまでも依頼された写真ですからね。 ところがアマチュアには目的がありません。こうこういう写真をテーマ性をもって継続して撮るということ すらしていないのではありませんか。目的も目標もないのですから、たとえ時間が多くあったとしても 危ういものですよ。小人閑居して不善をなす。ということになりかねません。 というわけで高性能な機材を持って写真をなさる方は自分なりの確固たる目的をもって写真に臨ま ないといけませんね。またその目的が世間的に通用するものでないといけません。 この世間的に通用するというのは、これは難しいんですよ。アマチュアの写真というのは大体は自分 よがりの写真であって、一般には使えない写真ばかりなんですね。記録としてすら役に立たない写真 です。世間様に通用する写真を撮ろうと思えば、ほんとに一から全部、変えていかないといけません。 それでそういうものがクリアできてはじめて世間に奉仕できる写真が撮れるというわけです。 とにかく世間様にに役立てるような写真が撮れるようになれば、たとえ高画素カメラを使ったとしても 写真の病理というものは発生しないと思われます。

なんでもない光景

地方の田舎の、ほんとに何てもない光景です。(^^ゞ しかし車から降りて、歩いていると自分の 心象風景に自然と出会えます。そういう時こそ自分は写真をやっていた良かったなあと思える 瞬間です。

写真の病理

アサヒカメラ(既に休刊)の2020年6月号に立木義浩氏の写真観が掲載されていました。 フィルムカメラのことを主に書かれているのですが、このようなことを言っているようです。 ・・・今ではモニターで写真をみるのが当たり前になっているが、写真はプリントが最終形だ。 透過光で見る画像は一見インパクトが強く感じられるが、細部が味わいにくく存在感に欠ける。 対して反射光で見る優れたプリントは平面でありながら奥行きを感じさせ、長く見続けても 飽きない。・・・ これ、別の言い回しをすれば、透過光のモニターは長く見続けることができない、ということ かもしれません。そして細部もよく見えていないということでしょう。考えてみればこれは写真 として致命的なような気がします。 透過光の画像としては映像がそうです。動画の映画、デレビなんかです。反射光での動画は まだ実現されていませんね。静止画ではスライドがそうです。これらはアクションとして、また 同時に多くの聴衆に見せるには便利なのですが、細部までよく見て鑑賞し、写真というものを 深く読み取るという意味では相応しくないものなのでしょう。 デジタル写真は透過光モニターで鑑賞することが可能です。もちろんデジタル写真でも立派に プリントをすることは可能ですし、現在の全ての印刷物は写真も含めて全てデジタル媒体で やってます。 しかし透過光モニターで見る写真は立木さんの言うように本当の写真ではないのかもしれま せん。長く見続けることができず細部も不鮮明では、写真鑑賞として致命的なのかも知れな いわけですね。 その結果、現在ではどのようなことが起こっているかと言いますと、物事を深く見ることができ ない、深く考えることが出来ないというようなことが習い性になっているのではありませんか。 私は印刷業という職業がらで文字の校正をよくするのですが、この場合、モニターで確認という のはよく間違いを起こすのです。それで必ず紙にプリントをして確認をするというのが鉄則です。 文字だけでなく図形もそうです。各パーツのレイアウトも紙だしでないと上手くバランスが確認 できません。結局モニターではほとんど分かっていないというのが事情なわけです。 ある産業衛生に関わっておられた方がおっしゃられていたことが思い出されました。最近は 企業の従業員のなかでも誇大妄想的な発言や行動をとる人が出てくるそうなんです。患者当人 は自信を持って絶対正しいと思いこんでいるのですが、攻撃的であり周囲に軋轢を起こしてし まいます。そしてこのようなことは昔はなかったことだと言いますね。(躁鬱病) これで気になったのは、ネット世界での自主警察的なことや、自動車でのアオリ運転や暴走 事故なんかですね。ようするにネット接続やネット上での発言というのは、とても安易で誰にで も可能なことです。キーボードを押せばすぐさま字がでてきます。今まで文章なんか書いたこと がない人でもなんとなく文章がでできたような気になります。そして驚くべきことにこれを世の中 に向けて発信できるのです。車でもそうですね。最近の自動車は誰にでも運転できアクセルと ブレーキひとつで接近走行や暴走走行が可能なんです。 どうやらそういう安易さが時代の病理を生んでいるということかもしれません。 デジタル写真もプリントをするとか印刷に回すとなると格段に難しくなってきます。モニターで 見て綺麗だったのに印刷したものはそう綺麗じゃない。そう思う人がいれば、それは元の写真 データそのものが大したことがなかったということなんです。と言いますか、モニターだけでは 何も見えていなかったということが言えるんですね。 印刷業では個人でイラストレーターなんかでデータを作り、それを印刷屋に持ち込んで商業印刷 をすることが可能です。しかし個人であれデザイン屋さんであれ、そのデータはだいたい不完全 です。モニターで見ている分には完璧だと思っても本当はそうではないのです。ネットで使う分 には通用するかも知れませんが。いやでも考えてみればネットでもそうではなくで隙を突くハッカー などにやられるんじゃないですかね。 そう考えれば、モニターというのは一種の幻の画像なのかもしれません。 Artist Daido Moriyama – In Pictures | Tate https://www.youtube.com/watch?v=foWAs3V_lkg&t=1s これは森山大道の動画ですが、中で森山氏がパソコンのオペレーターに指示を出しているシーン があります。森山氏自身は高齢でもありPCでの画像処理などはしないようです。彼自身は黒白 フィルム写真時代に薫陶を受け写真を始められた人です。当時は自らの手ででフィルム現像をし 紙焼きプリントをされていました。 また写真とは印刷をしてナンボだと彼は言ってます。森山は膨大な東京の写真を撮り、出版をして いるのですがその写真は全て、最終形は印刷であるということのようです。 森山氏は既に世界的に評価の高い写真家であり、特に若い人の人気も相当なもののようです。 奇しくも立木氏もそして森山氏も同じことを言っていて、写真とは紙にプリント、印刷をするという ことなんですね。それでプリントも印刷もしない写真というのは、ネットやモニターで見る写真のこと ですが、それは写真ではなくて未完成の画像だということになります。 これは肝に命じておくことかなって思います。そしてこの未完の画像をやればやるほど、のめり 込んでいくほど、人は病むのかもしれません。 今現在進行形で、この掲示板てその病む姿というものが見られます。結果的に非常に貴重な 記録となっているわけですが、これは何方でもそのような病理に陥るかも知れないのです。 少しメモがてらに記すと、 その病理に陥らない有効な手立てとして ①高級機は使わない、カメラは中級機以下で十分 レンズは手頃で十分 ②PC/モニターも普及レベルでよい 高性能、大画面を使うな ③何かひとつは拘りのものが欲しい 例えばポートレートでの職人技 またマニュアルライクで  の撮影とか ④撮影はとにかく歩くこと 森山大道も東京を歩いてます ⑤撮影範囲は身近でよい 森山大道は地元東京ばかりの撮影です。郷土愛かな(^^ゞ そして  自分の写真に長いテーマを持つこと 写真以外の関心を常に持つこと ⑥写真は芸術だとは考えないこと よしんば芸術だとしても、モニター画像は絶対に芸術なんか  じゃない。芸術をやりたければプリントをしろ

山里

久々にニコン7100を使ってみました。確かセンサーは東芝製だったかと記憶しています。 小ぶりなボディ、そして軽やかなシャッター音。とても使いやすいですね。使っていても 気持ちが良いです。レンズはDX18-50のコンパクトなやつです。 写真は讃岐山脈(香川と徳島の県境に連なる山脈、標高千㍍足らず)の中腹から撮影。 ちょっと最低シャッタースピードの設定を甘く見すぎていてブレ気味です。 向こうに見えるのは四国山地。紀伊半島と並んで日本有数の山塊です。真ん中の畑は そば畑。

可愛いクモ

これもタムロン90ミリf2.8マクロです。やはりD800は画質に余裕があるみたいです。 というか、そういう映像エンジンにしているんでしょうね。フルサイズでもダメな画質 のカメラ、いっぱいありますから。

蕎麦の花

蕎麦の花。こんどはタムロン90f2.8のマクロレンズで撮ってみました。 カメラも前よりも高精細なカメラです。しかし、色、あんまりよくないですね。(^^ゞ

カワセミ

土器川の上流のです。気まぐれで川に降りたのですが、とたんにチィーという鳴き声と 共に小鳥が右から左へ飛んだような気がして、目クラめっぽうでシャッターを押しました。 後で見ると何となく、写ってましたね。(^^ゞ 画面の左1/3の中央辺りの水面に、青い飛行物体がみられます。無論ブレていますよ。 ただ素朴に、カワセミが画面内に入っていただけで嬉しくなり投稿しました。(笑)

蕎麦の花

生まれて始めて蕎麦の写真を撮りました。(笑) こんなに可愛い花だとは知りませんでしたね。なんとなく満開の桜の花のようです。 古いレンズなので(ニッコール135ミリf2.0)色収差が盛大に出て青や赤のフリンジに なってます。(^^ゞ 撮影は夕暮れなので厳しかったかも。

溜池地蔵

過去に撮ったものですが(とは言え今年の4月)、記憶にあったこの画像を探しだすのに苦労 しました。どこで撮ったのか完全に忘れていたもので。(^^ゞ 撮影はしても後で見直すことがないので記憶を強化できてないのですね。実にイイカゲンな 写真をしているのですが、今年はコロナで撮影場所が近場ばかりで錯綜としていることも あるようです。 こちらの溜池の堤防には、だいたいこんな小さな地蔵さんが立っています。 読むと、昭和7年夏・・俗名タメノとあります。おそらく幼児でしょう。この小さな池で溺れ死した ものと思われます。小さな池ですが山の谷池なので深いです。なお、この堤防は数年前に 新しく作り変えられたものでしょう。そして地蔵さんも再び設置し直されているわけです。手前 の線は獣(いのしし)避けの高電圧線です。

巡礼

これは徳島県阿賀川沿いの遍路道です。小さな洞穴の中に不動尊の地蔵があります。 居合わせた清掃中の地元の方に聞くと、遍路で行き倒れになった霊を祀っているとのことでした。 石が白いのはこの山全体が石灰岩でできているからです。近くの神社に鍾乳洞らしき洞窟が ありました。 その鍾乳洞神社では、都会から来られた首にニコンをぶら下げた年配者がおられて、聞くと母が 先だって亡くなり、その母に子供の頃に連れられて来た故郷の鍾乳洞を見たいとのことでした。 しかし見つからずでそのままプリウスに乗って帰られました。 そこで私が代わってその意志を継ぎ隈なく散策しますと、見つかりましたね。鍾乳洞が。(^^ゞ 早々と諦めて帰るバカ息子の不甲斐なさよ。冥土の母より。(笑)

三角寺

このレンズがタムロン35ミリf1.8手ブレ補正付きです。撮影カメラはAPS-Hサイズですので フルサイズよりフレーミングされています。(APS-Cカメラよりは大きい) そして風景を撮るカメラでもないので色は浅くて単純です。なのでレンズでカバーする必要 があります。なお、このレンズは古いカメラでもAFは合い、手ブレ補正も正常でした。

ゆり

四国霊場札所のお寺での撮影です。てっぽうゆりですかね。境内中いっぱい咲いていました。 レンズは最新タムロン35ミリ。

瀬戸内海

少し前の撮影です。ノウゼンカズラですかね。天気が崩れそうで崩れなかったのですが(^^ゞ 背後の瀬戸内(燧灘)の向こうでは雨雲から雨が降っておりました。荘内半島、紫雲出山山頂 展望台からの撮影です。荘内半島は瀬戸内海国立公園のエリアとなっています。 レンズは16-55ミリ標準ズームレンズです。

里山

標高200メートルくらいの里山なんですが、そこからの俯瞰撮影。JR予讃線の特急のようです。 今はもう新しいタイプに変わりつつあります。後ろの白いのは溜池です。 レンズはフィルム時代のニコン135ミリF2。古いので解像力はありません。

地蔵さん

これも古いカメラに古いレンズの組み合わせ。レンズはフィルム時代の古い タムロン300ミリF2.8です。AF撮影ができるやつ。手持ち撮影ですので、ブレが 出てます。 こういう地蔵は、常には広角や標準レンズで撮るんですが、今回は意匠を変えて 望遠レンズで撮影してみました。案外に新鮮な感じの撮影でしたね。 望遠レンズでスナップポートレートを撮る方がいて、では私も、とはいかずで(^^ゞ、 人物の代わりに地蔵さんの撮影でやってみました。 だいたいデスタンス(撮影距離)10メートル前後での撮影ですね。 撮影中、通りがかりの人が不思議な眼で通りすぎ行きましたね。そりゃそうです。 地蔵さんに10メートルも離れて撮影する人なんて普通はいませんから。(笑) さすがにこれが地蔵だはなく人物だと、私はこういう撮影は出来ませんね。地蔵 さんだから何も言わずに許してくれるわけでして。(^^ゞ この地蔵さんは首だけ新しいものにすげ替えられています。元の顔がどうだった かは、もう誰にも分かりませんね。もったいないの精神で(信仰心)で、お顔だけ おニューになりました。涎掛けが新しくなったばかりで、聞くと年に2度新調される そうです。全部で300体近くの地蔵さんがありますので、けっこう大変な事業です。 コロナが今後も長く続くようだと、よだれ掛けと帽子にマスクも追加されるんじゃ ないかと心配ですが、まあそんなことはないでしょう。(笑) 古いカメラにレンズというのは、地蔵さん撮影に向いていて温かみがあります。 こういうのはしばらく忘れていた感覚ですね。緻密な解像度を持つ新しい機材は 遠景風景撮影には向くかもしれませんが、こういう特定の被写体を選んでの撮影 の場合は昔のカメラやレンズの方が良いかなって感じてます。

タムロン200-400

これはまさしく、古いカメラに古いレンズでの組み合わせ。 レンズはタムロン200-400ミリ。直進ズームのフィルム時代の古いレンズです。 色はドッと出てきますね。被写体の輝度差は大きいのですが、そんなものものとしない パワフルさです。このレンズ、2・3千円で買ったものですが気に入りました。(^^ゞ 当然に解像力はないし周辺収差も激しいのですが、とにかくこの発色に感激してます。

タムロン200-500

このレンズはタムロン200-500です。2004~2014年に発売されたものですがら一応、 半分はデジタル時代のレンズということですか。解像力はありますが発色が平凡です。 このレンズも直進ズーム的に使うことができます。

カメラ乗り

これ、ヤマガラですかね。? 小鳥には関心がないのでよくしらないんですが、手乗りする人懐っこい小鳥です。 地蔵さんを撮影していると、やたらホバリングでまとわりついてきて、構えている カメラに止まろうとするので、カメラを放置すると案の定、乗っかかりました。(^^ゞ 撮影レンズはタムロン200-500ズーム。

手乗り

これが手乗りですか。手にあるのはひまわりの種。鳥は餌付けされています。 撮影レンズは古いタムロン300ミリ。

爺神山地蔵

古いカメラに新しいレンズの組み合わせですかね。カメラはソニーアルファ900、レンズはタムロン 45ミリf1.8です。(ちょっと手ブレが出てます。というかミラーシャッターブレかな) とにかく、一番むつかしいのは古いカメラに古いレンズの組み合わせ。とは言えソフトは新しいもの を使います。それで中間の折衷技として、古いカメラに新しいレンズ、もしくは、新しいカメラに古い レンズです。一番簡単なのが新しいカメラに新しいレンズですか。(^^ゞ では何故、古い機材を使おうとするのか。答えは簡単です。新しいと、安易な写真となってしまう からです。写真というのは歩留まりが悪いほうが面白いんですね。(笑) そう言えば昔のシグマが そうでした。 新しい機材は設計上、カメラやレンズで未然に失敗撮影を防いでくれています。写真は綺麗に写っ て当然だという考えもあるかも知れませんが、私は本当はそうではないと考えます。 どんな条件であっても何でも綺麗に写るというのは、考えてみますと写真としてのリアルさをスポイル していて、言うなればCGと言いますか、リアル風なコンピューターグラフィックのようなものかもしれ ません。その場その場の一枚として同じ条件ではないはずの写真を、一律に、こんなもんだろうとして 綺麗に提供してくれるのが現在の新しい機材であり写真術です。 しかしそのような写真は偽物であると私は考えています。ですから新しい機材をいち早く導入して 常に新しい機材で写真を撮られている方は、この時期に及んで真に写真を楽しむことが難しくなって きているように感じられます。 それは本当の意味での写真のリアルさが失われてしまっていることに、無意識ながら気がついた のかもしれないと私は想像しているのです。(それだけでも立派だと思ってますけどね) 昔のカメラと昔のレンズでの組み合わせは難しいと書きました。ということは、昔はデジタル写真が 本当に難しくて四苦八苦していたということです。しかしだからこそ、面白くて皆さん夢中になって 写真を楽しんでいたのではありませんか?  写真の撮影条件は千差万別でして、とくに風景写真がその最たるものです。光の条件、空気の状態。 距離感の違い。この2つ3つだけとって見ても、写真は同じ条件のものはふたつとしてないわけです。 それが全部、同じように綺麗に写るという時代は、どこかがおかしいと考えなければなりません。 さらにカメラを変え、レンズを変えればまた違った顔を見せるのが本当の写真です。 それらの違いを見て、ああ写真というのはこんなに千変万化するものだと分かることが本当の意味 での写真の面白さだろうと考えているのです。

土器川

ソニーアルファ900にミノルタ85ミリF1.4(フィルム時代の)。夕暮れでの手持ち撮影です。 さすがに今年の夏は暑すぎて、撮影があまりできていません。まる一日を使った撮影は皆無です かね。それでかなり運動不足になってます。(^^ゞ 写真の面白さとは歩くことであり。その運動性に あると考えている私には今年の夏は最悪でした。 日本国の首相が変わることになりました。菅総理の誕生ですね。かなり期待ができるのではないか と私は考えていて、この菅政権は長期政権になる可能性が十分にあると見ています。 米中に囲まれた日本は、本当に実力のあるトップを据えていかないと舵取りができなくなり、下手を すると二流国になる可能性すらあるわけで、現時点では菅さん以外には総理になる器の人はいない ですね。後は、よく補佐してくれる人を据えられるかどうかということだけです。

財田川

タムロン45ミリf1.8での撮影。D800に着けて撮ると綺麗です。特にD800は優れてますから。 アンバーかぶりをしていたので少し色調修正。 8月に入ってから雨もふらず気温も高くて撮影には向かなくなりました。そしてコロナですからね。 久しぶりに使ったニコン。やはりシャッター音がニコンサウンドしてますね。(^^ゞ 低速シャッターにも強く、ブレやすいイオスとは違います。 カメラはニコンの方が画質的に優れていますね。しかしこの優れているというのがアダになって いるような気がしてます。少し難しい。普通の方はキヤノンが使いやすいですから。 平凡なキヤノン、こだわりのあるニコン、という気がしてます。 時代はもうミラーレスカメラになりました。しかししばらくはデジイチでやってみたいと考えてます。 コロナになって良かった(写真に関して)と思うこと。県内四国内での撮影ができ、より深く考える ことができるようになったこと。被写体に関しても機材に関しても余計な目移りがしなくなった ことでしょうか。考え方、やり方が変われば、(実際無駄な撮影はしなくなりました)、念願だった 超高画素高画質問題にも対処ができるのではないかと考えています。 どこにでもある有りふれた川ですが、こういう水辺の写真を撮り続けて長いです。しかしこれからも こういう写真を撮り続けるでしょう。