Capture Oneソフトウェア 作例

占星術

少しばかり、占星術の話をしたいと思います。本来難しい話なのですが特別にある部分だけを分かりや すく取り上げたいと思います。 占星術は星と星との組み合わせなのですが、例えば土星と冥王星という場合を取り上げましょうか。 昨年2020年には土星と冥王星の合(0度)が山羊座で見られました。これと同様なことが2001年にもあり ました。土星双子座と冥王星射手座の衝(180度)です。合も衝もタイトなアスペクト(角度)で凶相というわけ なんです。 その前は1982年に天秤座で合が起きました。その前は1967年に土星魚座と冥王星乙女座の衝です。 なんの事やらさっぱり分からないでしょうけど、土星と冥王星のタイトなアスペクトは、例えば人々の死と か激烈な事態や、また陰謀というものを表すようです。占星術では言葉の意味は多重性を帯びます。 これと歴史的事実を組み合わせますと何かが少し見えてきます。 2020年は新型コロナとワクチンですし2001年は米国の同時多発テロとテロ戦争ですし、1982年はソ連 崩壊の一助となったレーガンのスターウォーズ計画です。1967年は多々ありすぎて不明ですがジョンソン 政権時のベトナム戦争や黒人のデトロイト暴動などが起きています。 82年のそれは人の死とは関係がないようですが、スターウォーズ計画はソ連を追い詰める陰謀であった というのは定説になっています。スマートなやり方なので天秤座らしいです。2001年の同時多発テロは 既に米本国でも陰謀であったというのが半ば定説となりつつあります。しかし遺族の方の記憶もまだ生々 しいので難しいところです。その後に続くイラン進軍も石油欲しさであり、フセインが大規模破壊兵器を隠 し持っていたというのは嘘だったことが既に判明しています。 そういう具合になってきますと2019年末から今に続くウイルス騒動や、それとセットになった世界的なワク チン接種も陰謀の匂いがしてきますよね。(^^ゞ では誰が陰謀を仕掛けたか。星の合が山羊座で起こっ ていることからすると米国政府です。当時の大統領はトランプでしたが彼は何も知らなかったでしょうね。 しかし陰謀と言うのは必ずしも狙ったとおりに行くとは限りません。(笑) 大体はドタバタで何がなにやら という事態になるんですね。それはアフガン・イラク進軍と同じです。石油欲しさに仕掛けたことが米国を 大いに疲弊させ、結局は石油やガスは米国発のシェールオイル・ガスで挽回することになったわけで、 テロ戦争はくたびれ儲けでしかありませんでした。 今回もおそらく仕掛けた米国はサーズやマーズと同様に東アジアだけで被害を限定するつもりだったん じゃないですかね。ところがそうは問屋が卸さなかったわけで、あれよあれよと言う間に全世界に広がり、 しかも被害甚大だったのはアジアではなく米国や欧州でした。しかし彼らも只では起きないわけでして、 用意されていたワクチン(遺伝子型)を発動せさました。 このワクチンに関してはこの動画が分かりやすいかと思います。 【最新刊】「新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実」を世界一わかりやすく要約してみた。【本要 約】 https://www.youtube.com/watch?v=OnR-WPb4q_Y&t=784s ここで言われている核酸ワクチンというのが、一般に言われている遺伝子型ワクチンのことです。 ビルゲイツの陰謀論として言われているように、次の戦争は生物兵器を駆使し疫学戦争であるというの は当たっているでしょうし、その為の研究は米国のみならず欧州でもやっていたわけです。 そういう意味では新型コロナ&ワクチンは戦争そのものであるといえます。従来の戦争のようにドンパチ とモノは壊しませんが(モノは生産を停滞させるだけ)、人はやはり死ぬことになるわけですね。 占星術的にいって戦争は土星と冥王星だけで起きるのではありません。これは土星と天王星で起きると 言って間違いがないでしょう。全ての大きな戦争はその星相がありますから。現在は土星と天王星の矩 (90度)が起きていますからね。 当初、私は今回の戦争は米中戦争として東アジアで起きると予想していたのですが、実際には起きてい ず、それは世界的なウイルスとワクチンの戦争に取って代わられたようです。ほっとしたのは中国でしょう かね。(笑) 核酸ワクチン・遺伝子ワクチンで不明なのは、これまで経験知が無く、いきなり全世界の人々に試験的に 大規模な実験接種をして行っているということです。こんなことは前代未聞であって普通ではありえないこ とです。 医学や疫学においては経験論がものをいうのであって、理屈でこうこうだからというのは如何にも危険で あるわけですね。おそらく仕掛けたほうも想定外だったろうと思いますよ。混乱しているのは眼に見えて いて、ワクチンなど使わなくとも製薬で対処できるわけですしね。(インドはそうやって収めました) そこには研究として先行していた欧米の製薬メーカーの思惑もあるでしょうし、当初から感染症にはワク チンで対処すると言う計画のままに流されているところがありそうです。 そもそも感染症にワクチンというのは、少しでも疫学のことを知っていれば出てこない考え方なのですが、 ビルゲイツをはじめ、プランを練った人達は本当の事実を知らないんでしょうね。ほぼ素人の考え方だと 言えます。もっとも素人だけでなくバカな専門家も実は分からなかったりしますから。(笑) 遺伝子ワクチンで本当に怖いのはアナフィラキシーやADE(抗体依存性増強)ではなくて、もっと将来の 副作用のことです。これがまったく不明なんですね。ある本に、猫にコロナウィルスの遺伝子ワクチンを 接種して、確かにワクチンの効果が認められたそうです。実験は成功したわけですね。ところが2年後に、 接種された猫はみんな死んでしまっていたそうです。猫だから2年だけど人間ならば20年後はどうなるの か、ということですか。私は高齢者だから20年後にはいないかもしれないのでワクチンを打ってもさほど 変わらないわけです。(笑) しかし20歳代の若い人は20が経っても壮年です。そういうのはフクシマの 放射線被害でもさんざん言われたことではないですかね。 こういうことが今の世の中でもう分からなくなっているわけです。正常な知力や精神が働かなくなっている んでしょうね。 若い人達がこれからワクチン接種に向かうわけですけど、全員が全員受けるのはやはり危険です。また もう少しすれば従来型の安全な日本製ワクチンも出回ってきます。また自分は受けないという考え方の人 もいてよいわけですよ。 ワクチン接種は義務ではなく任意という自己責任のものですからね。権利はあっても義務はなく、結果は どうであれ全て自分で責任をとらなくてはなりません。それからワクチンメーカーは薬害訴訟からは免除 されています。 なお、若い人でもワクチンを接種しても将来的にも副作用が出ない人は当然に必ずいるわけです。免疫 力が強いと言うか、そもそも生命力が強い人達です。しかしそういう人ばかりではありませんのでね。 言わばパンデミックとワクチン接種は戦争の一形態であり、国民国家の総力戦というか、徴兵されている ようなものかも知れません。戦争に全員が駆り出されているようなものですかね。徴兵忌避.もできますが 社会的経済的に不利益をこうむるかもしれません。ベトナム戦争の頃の米国では徴兵忌避.を選んで刑務 所行きなんてこともありましたよ。まあ、そう大げさに考えずとも(笑)、今の日本では法的に強制接種は できませんし、世間の眼もそう冷たいものではないでしょう。 なお今回の新型コロナやワクチンに関しては日本は蚊帳の外であり、日本にとって政府も資本家も国民 も皆、何の利害関係もありません。欧米の圧力があるから仕方なく、というのが本当です。そういう国は 多くてインドなんかもそうですね。上に政策があれば下には対策があるということで、やり過ごそうとして いるようです。 ワクチン接種を避けても日本人の眼は優しいですし、ほんの一部の欧米資本の手先だけのような人が 物申しているたげです。本心を言えば日本政府もこんな茶番はやりたくないというのが本心なのですが、 欧米の権力を握っているやつらがうるさいので仕方なく、というのが本当かもしれません。(笑) 日本でも積極的にワクチンを宣伝している人はいますが、彼らにはまず金が絡んでいるでしょう。 今回ここで申し上げたことは、ウイルスとワクチンには陰謀があるということですし、その陰謀は既に破綻 していて、形骸化されたスケジュールだけが自動進行しているという状態です。そしてこれはひとつの 戦争状態であって、世の中はその興奮で正常な判断力が失っているということですか。 そして何よりも新型ワクチンはその将来的な副作用(実はこれこそが本作用)が恐ろしいということです。 将来の歴史家は2021年を振り返ってどう考えるでしょうか。 100年前、インフルエンザが猛威を振るって世界で数千万人の方がなくなりました。特にアメリカでは本来 免疫が強いはずの若い兵士達(当時は第一次世界大戦でした)が数多く死亡しています。この原因はアス ピリンという解熱剤が原因であるということが判明しています。アスピリンは当時敵国のドイツの特許でし たが米国はそれを無視して製造し、米国の若い兵士に多量投与して死なせてしまったわけです。バカとし か言いようがないのですが、今回もそのようなことになってしまうかも知れませんね。 なお今回の投稿は、キヤノン板の、 https://photoxp.jp/pictures/217489 この5番コメントの続編のような形になっています。(^^ゞ  静かにこの世界を揺るがしつつある事態に関して、何も書かないというのでは写真人として失格かなって 思って書いたのですが、正直申して気は重かったですね。 高齢者がワクチンほ打つのは遊びでできるわけですが、将来ある若い人にとっては、もしかすれば人生 を賭けた博打のようにものかも知れません。 しかしたかだか、効くか効かないか分からないようなインチキワクチンに博打をしても割が合わないじゃな いですかね。損得で考えれば、ワクチンを打たなくても若い人は大丈夫ですし、ワクチンを打てば将来的 にどうなるかもわかりません。そもそもこんなのは博打とは言えません。得をすること一切なし、損をする ことが多数あるばかりというわけです。 それにしても占星術的に見て、今この現在の星相には大変なものがあり、普通だったら国のひとつや ふたつがぶっ飛んで百万人くらいの人が亡くなっていても不思議ではない状況です。ああ、こんなことも あるんだなって不思議がってるわけですが、歴史の渦中にいると案外に分からないんでしょうかね。 とにかく今私の言えることは、ただ、若い視聴者の方々が無事でいられることを願うのみです。

電磁波と免疫の関係

ちっょとネットで検索しているとこういうのが出てきました。 「わたしの日常」 『自分の目で見ることを忘れていた、だから写真を撮るのをやめた』 https://day.watamemo.com/post-6493/ とある主婦のブログですが淡々と書かれていて好印象です。 デジイチとミラーレス(コンデジ)の最大の違いは、デジイチはどうしてもカメラの眼をとおして光景をみて しまうんですね。それは立派な光学ファインダーがあるからです。ミラーレスはそれがありません。 ちいさな背面液晶の画面なんてファインダーとは言えないものですから。 そういう意味で、ミラーレスカメラは、自分の眼でみてのカメラであり、カメラというよりも裸眼で見ること のできるカメラと言えそうです。そして撮った写真は見なくてもいいんですよ。(笑) そして注目すべきことは、ミラーレスで完全電子シッャター方式だと漏洩電磁波はほぼ皆無ですし、ミラー シャッター音もしませんし、カメラも小さいので写真を撮っているという雰囲気から逃れることができます。 この電磁波と人間の健康について、特に免疫力には深い関係があるだろうと私は考えてます。 私が本格的にミラーレスに行ったのは3年前ほどですが、実はそれ以来、毎年冬恒例の風引きがなくな りました。ここ3年、2019~2021年の2月の風引きがありません。それ以前は必ず冬場に1度風邪をこじら せていましたから。この原因はおそらくカメラをデジイチからミラーレスに移行したのが理由だろうと考え ています。 この免疫力は、新型コロナウィルスの現在では注目すべき事柄でして、ウイルスや細菌に罹らなければ 新型コロナウィルスは怖いものではありません。電磁波は何もカメラだけで出ているものではなく、各種 の家電や自動車、変圧器や送電線、電波塔からもでております。それらから身を守ることができれば人の 免疫力は正常に保たれるということです。 考えて見ますとウイルスや細菌などは周囲の環境に、そして大自然ですら、うようよといるものでして、 身体の呼吸消化管内でもそうですね。それが悪さをするのかどうかは、ひとえに免疫機構が強く働いてい るかとうかにかかっています。 今回のコロナ禍では5G(移動通信網)との関連がフェイク的に言われています。5G通信はマイクロ波です ので高エネルギーの電波を環境に撒き散らしますが、それが身体には良くないといわれています。それと 今回のコロナ禍との関連は、ニュース的には事実ではないと思いますが、5Gに象徴される電磁波環境が 人間の免疫力を大きく低下させ、翻っては疫病を流行らせるというのは真実の匂いがしてきますね。 ともかく私が風邪をひかなくなったのは事実でして、その主因は電磁波の出ないミラーレスカメラに変えた から、というのは確かでしょう。その仕組みとは電磁波と免疫力の関係ですね。 このことを考える時、やはり電磁波を出さないミラーレスカメラは有利です。少し断っておきますがミラー レスカメラとはいえ、電子シャッターモードにしなければ、機械式シャッターではむしろデジイチよりも漏洩 電磁波は大きいことを知っておいてください。それからいつも言ってますがEVFを使うと別の問題が噴出 してきますね。 この電磁波や免疫のことを考える時、圧倒的に有利なのは電子シャッター装備のミラーレスカメラです。 なお、電子シャッターは最近のデジイチのライブビューモードでも採用されていますからね。それから電子 シャッターが採用されていない古いミラーレスカメラやコンデジ(レンズシャッター)でも、背面液晶視で 撮影するならば、手の被爆は仕方ないですが頭部顔面の被爆は避けられます。この効果も大きいのだと 知っておいてください。 それにしても私が3年前にミラーレスカメラに主軸を変えたとき、まさかこんな新型コロナ問題が浮上する とは思いもしなかったですし、当時は電磁波と免疫の関係もよくしりませんでした。ただ電磁波は体調を 崩すし運が悪くなるというくらいの認識しかありませんでしたから。 太陽活動の低下から今後も疫病が流行るだろうとはよく言われています。それを思うとカメラはやはり ミラーレスカメラが有利な時代になっているねって感じます。 光学ファインダーを持つ一眼レフが良いと言ったり、今度はミラーレスカメラだといったりでくるくると見解 は変わっているように見えるかもしれませんが、写真は撮影カメラだけで済むものではなく、パソコンや モニターも含めての総合力的判断ということになります。漏洩電磁波問題だけでなく、VDT症候群も問題 ですから。

ついでなる蝶撮影

ダム湖の風景撮影に散策していたとき撮影。蝶はなかなか止まってくれないのですが偶々静止 してくれたのですばやく撮影。虫に馴染みがない者には、イモイモっとしたお腹や胴体がキモイと いうところもあるんですが(笑)、しかしイモムシだった幼年期と成長して蝶となった今を比べれば、 唯一共通点があるのがお腹ですね。そんなわけでお腹は大事にしなくちゃって思います。(^^ゞ 

ついでなる蝶撮影

葉の裏で眠っていた蛾。露出が適正でなく、またピントも怪しくて強く画像処理しています。 ダム湖撮影。

ついでなる蝶撮影

飛んでいる蝶、当てずっぽでシャッターを切ったのですがなんとか止まって写ってくれたようです。 レンズはシグマ50-100ミリ。AFは弱いレンズなのですが。浜辺での撮影。

私のシグマの使い方

私のシグマの使い方 【Ryzen搭載】DAIV A7をレビュー!Ryzen 9 3900XへカスタマイズRAW現像でCPUをテスト https://harucame.com/daiv-a7/ 「DAIV Z7」をGeForce RTX 2060 SUPER RAW現像(写真編集)をテスト! https://harucame.com/daiv-z7/ 現在最新PCのスペックはどういうものかのか、ということでリンクしています。マウスコンピューターの DAIVシリーズが特別に良いということではありません。 シグマのカメラを使うに当たって、やはり一番肝心なのはCPUでありその処理能力です。周波数の高い ものが望まれます。Core i7-9700K Core i7-10700K Ryzen 7 3700X Ryzen 9 3900X と言ったと ころのようです。 今自分が使っているPCは10ほど前のPCですので、これで十分にシグマ以外のカメラの現像は問題なく できます。しかしシグマのメリルやクワトロはややおぼつかない。時間が掛かりすぎるのです。 現像や調整処理に時間がかかればそれだけストレスが増えます。ここを如何に短縮するか、それが シグマのカメラを使う肝とも言えるものです。 イオス5DSでの現像は古いPCでキャプチャーワンでやっているのですが、このソフトが優秀でフォルダの 読み込み時点で現像の前準備が済んでいますので、モニターに望んでの調整処理はすばやく、現像も そうです。なおSSD/HDDを複数台積んでいるメリットも享受できているように思います。 この今やっている感じでシグマを処理したいという気持ちがあるんですね。とにかくシグマのSPPは高性 能CPUを搭載したPCが必須です。これさえ解決すれば問題の半分はクリアできたのと同じです。 後は無駄な画像レビューを見ないこと、すばやく目的の画像を探し出せるさせるスキルですね。そして 何よりも自分の目的とする撮影以外はしないことでしょうか。 普通のカメラは良いレンズを使うとか、そんなところがありますが、シグマで肝心なのはそれはPCであり CPUです。と断言してよいかと思ってます。 シグマのフォビオンカメラを当初から評価して使っておられたユーザーは、カメラ趣味の人も多くいたで しょうがPC趣味の方も多かったのではないでしょうかね。どうもそんな気がしています。それで単純に 写真が趣味という方にとってはハードルが高かったというところがありそうです。 ただ写真が好きで写真の腕を上げたいという方は、ハードウェア的な考え方が苦手だろうと思いますし どうしても思考が精神的になりがちです。しかし精神論ではシグマは歯が立たないというのが現実だと いえそうで、そもそもフォビオンを開発したのは米国ベンチャー企業です。日本人的な精神では通用しな いと思われます。 シグマと言えば会津で純日本企業のイメージがありますが実際はそうではなく、その頭脳は東京であり むしろ海外に近いようです。 よくシグマは解像力だけだ、と言われたことがあります。画質に於いての解像力だけの意味なのか、それ ともAFやシャッター力などの撮影能力が乏しいという意味なのかは不明ですが、日本人は案外に情熱 的なので、怜悧な解像力が前面に出たシグマを嫌ったということでしょう。 しかしこの印象は実はメリル以降のカメラというかメリルだけを評したカメラ観ではなかったでしょうか。 SD9/10/14/15などはとても情緒があって雰囲気がありますし特別に解像力が高いというわけでもありま せん。 SD9/10/14/15はレンズを良くしてやれば画質は上がりリアルな良画質になりますが、不思議にメリルは レンズを上げても画質が良くならない?というか、むしろ古い性能のよくないレンズのほうがよい雰囲気が でます。これは不思議ですね。クワトロになると再びよいレンズで画質はアップします。 普通のカメラは良いレンズを着ければ単純に画質は上がりますので、どうもメリルだけが特別だ、という 気がしているんです。シグマファンの中でも、自分はメリルが好きだ、いや嫌いだ、という好みの分裂が 出ています。しかしこのメリルほど、写真界にインパクトを突きつけたカメラはありません。 この4500万画素のメリルから超高画素高画質の世界というものが開けて、力ずくで新世界の門戸を開い たカメラだったからですね。それ以降の他のメーカーのカメラも、基本的にこのメリルを目標として開発さ れていると思います。 今でも思うのですけどメリルを使いこなすことが、写真の画質ということに於いての主目標だろうと思って います。究極のカメラだったからこそ、レンズの良し悪しで評価の印象が違ってくるのだと思ってます。 私が好きなカメラとして、このSDメリルとdpクワトロがあります。もっと詳細に書くと、SD-1にオールド& 廉価レンズか、dpクワトロゼロです。この2つのケースがもっとも人間的な写真、コントローラブルな写真 が撮れる気がするんです。 私が撮る写真は接写でもなく望遠でもなく、人間の通常の視覚領域ですから、雰囲気の調整が可能と いう要素はとても大事なんです。 ※添付の写真は私が今もっとも気に入っているレンズ、シグマ50-100です。このレンズ、中古で購入しま したが、前ユーザーが使った形跡はありませんでした。理由は単純、重すぎるからです。そしてAFはよく なくてかなりな比率で外れます。しかし重くても持って出たいという画質の良さがあります。 下のダム全景の写真はシグマ24-35です。あまりにものズーム比の少なさに唖然としますが、ファイン ダーが明るく、24ミリの単レンズと思えば納得がいきます。こちらは比較的小柄なレンズです。この全景写 真、背景のダム湖はボケたのを採用しています。全ピントだと息苦しく感じたので。 新築ダムの試験貯水をしています。満水になるには2-3年はかかりそうな雰囲気。建設時から定期的に 撮影をしています。

キヤノンユーザーはなぜシグマに関心があったのか

キヤノンユーザーはなぜシグマに関心があったのか https://photoxp.jp/pictures/216997 (その4番ですね。6番は脱線のようです) これはキヤノン板でS9000さんから啓示というかインスピレーションをもらって、それでキヤノン使いの ユーザーが地味なシグマになぜ関心があったのか、その理由が少し分かりかけてきた、というお話です。 カメラの陰陽理論としての私の仮説です。(^^ゞ  光派メジャー・・・キヤノン、ニコン (強い陽) 光派マイナー・・・ペンタックス、オリンパス (やや弱い陽) 色派・・・ソニー、フジ、ツァイス (光が物質化したようなイメージ) 陰派・・・シグマ、ライカ、パナソニック、リコー (強い物質感、シグマ以外はやや付けたし?) この陰派に、中判デジタルカメラを付け足してもいいかなって思ってます。中判デジタルは国産メーカー ではペンタックスとフジがあります。センサーサイズはフルサイズの1.7倍です。 キヤノンユーザーは光派・陽派として積極的な写真展開をしていくというところがありますね。自信と実力 に溢れていますし、多方面に興味と好奇心があります。それはちょうどかつての西洋がキリスト教を全世 界に伝播しようとか、現在では米国が西洋民主主義を普遍的なものとして世界の隅々まで普遍化しようと するのに良く似ていると思います。 これは光の立場に立てば当然のことであって、闇とか陰というのは光の威力が及ばなかった状態である と彼らには考えられるからです。 キヤノンユーザーは自分は写真を征したという自負があり、それで彼らにとってキヤノンの対極に存在す る陰派の小さなシグマ、これがどうしても気になるということだったのだと思います。ついでにシグマも制 覇してみたいという気持ちになったんではないですかね。そうすると名実共に自分は写真の王者になると 考えたのでしょう。しかし実際にやってみると随分と勝手が違った。そういうことだったと思っています。 ところでシグマユーザーとしては自分はささやかな写真趣味をやっているだけでキングのキヤノンなどに たてつこうかと言う気持ちなどはさらさらありません。隅っこで自分の好きなカメラで気に入った被写体を 撮っていればそれで満足という立場です。シグマユーザーは目立ちたがり屋ではないのです。 陽のキヤノン、陰のシグマ。ユーザーの気分はだいたいはそんなところだったかと思います。 とにかくナポレオンの冬将軍のロシア遠征のごとく、キヤノンのシグマ制覇は失敗に終わったというところ なのですが、シグマを征することができなかっただけでなくご自分の写真すら危うくなってしまったわけで すね。そういうところが写真の面白いところです。 そもそも写真は光である(象徴的な意味で書いてます。文字通りに受け取らないで)、というのは陽派の 思い込みなんであって、写真は光も影もあるから成り立っているわけですね。陰陽ともに存在しなければ 写真というのは原理的に成り立ちません。そういうことに考えが至らずに一方的に光であると決め付けた 時点で本当は崩壊が始まっていたとみるべきでしょう。 私としては彼らにはもっと長期で長い眼で挑戦して欲しかったのですが、本当に写真のことが分かって おられるだろう、と言うキヤノンユーザーはシグマなんかには行きません。これは分かっています。それは 長くシグマユーザーをしている人がキヤノンには行かないというのと同じですから。 ユーザーには向き不向きのカメラメーカーというのがあって、何も不得手なことはしなくてよいわけです。 私の場合としては、基本的にはキヤノンニコンのユーザーだろうと思います。しかし他者の影響を受けて シグマに入ってしまったというところがあります。シグマの画質は素晴らしいけれど現像がおぼつかない のが困るという程度の感覚しかなかったと思います。そして1年ほどシグマばかりで撮影したのですが、 これは大変なことだと自覚することになったわけです。 そのことの実感が超高画素高画質の問題として出てきたのですが、ズバリ言えばシグマのカメラのこと であり、キヤノンやソニー等の高画素機のことではありません。話を普遍化するために使った用語なんで すね。超高画素高画質問題とするとモニターのそれも含むことになり4Kモニターの弊害も含むことにな りますから。さらに演繹すれば EVF問題へと通じます。ようするにVDT症候群の問題ですから、これは。 こういう諸問題、シグマを長くやってこられたユーザーは既に自分で解決済みのことなんですが、にわか に他メーカーのカメラから、初めてシグマに来られた方は知らなかったわけなんですね。 私の記憶では、SD14辺りからPCは高性能でなければ動かない、つまりPCに縛り付けられるということに なり、これは良くないねーと思っていましたが、初めてメリルやクワトロから始めたユーザーは面食らった と思います。私にはそれなりのシグマの経験がありながらも、それでもディープにシグマに入りこむと想像 以上の結果が待っていたわけですね。 今にして思えば、良くぞ気が付いて一旦シグマから遠ざかれたと思います。 現在の私のやり方は、撮影はするけどPCモニターでは見ない。という極端路線をやってます。(笑) それくらいしないとシグマの高画素カメラは私としてはやれないだろうということです。キヤノンニコンの癖 が付いてしまったユーザーには、それくらいしないと手がないというか、シグマには太刀打ちできません から。 しかし私の場合、自分の写真として大変革を遂げたのは、シグマで危うかった時期から後のことです。 ミラーレスカメラに行き(直接の切っ掛けは漏洩電磁波のない電子シャッターを使う為)、そして写真の楽し みを捨てる決断をしたことです。それはどういうことかと言うと、光学ファインダーのないカメラは記録写真 用途としてしか使えず、敢えて写真独自の楽しみと言われているものを捨てたことですね。 写真界からは遠ざかったかもしれませんが、新たに地理的地形的、また文化歴史的な観点から写真撮影 をしだしたことです。これは脱写真です。 つまり言い換えれば、通常の写真としての芸術性や人気性を完全に捨てたということです。これが本当の 大変革だったかもしれません。もっともこのお陰で掲示板における私の立場は大きく縮小していきました が。とにかく私にとってのシグマショックから立ち上がるにはこれしかなかったということでしょう。 今は再度、ミラーレスからデジイチという光学ファインダーを取り戻した撮影をしていますが、これはPCモ ニターで撮った写真を見ないですむ為の一時的方便で試みですかね。 私の立場は、あくまでも写真の安心安全を最優先するということですから、その為には写真の楽しみすら 捨ててしまいます。というか別の楽しみにシフトしたということです。 今現在、シグマで撮影されている方は昆虫や野鳥の撮影であって、芸術的な人気を得る為の写真では ありませんね。オタク的な写真でしょう。 それは私の非芸術的な観点から風景を撮影をするということと同じではないですか。彼らの写真は極め てクールな写真であり、それは陰性の写真そのものであって陽性の芸術写真とは真逆の写真ですから。 シグマユーザーの写真は人気の獲得に関心がありませんし、芸術性や観光色をいれて読者に媚びると いうことをしません。あるいみ超然としているところがあり、しかしながら高度な写真術なり哲学を持った 読者からは高い評価を得ているものと想像しています。 このような写真のやり方は大昔の白黒写真文化を彷彿とさせますし、現在ではネイチャー写真がそれに 近いかと感じてます。 しかしながら写真には、通常風俗を織り込みながら全く写真を知らない人でも楽しめるという写真も必要 ですね。そのような写真が得意なのは依然としてキヤノンニコンのユーザーではないでしょうか。富士山 の写真になんかは典型的なのですが、誰もが知ってる被写体を綺麗に仕上げて視聴者を楽しませること の意義はおおきいですよ。 少し脱線しましたが、画素数の低い情報量の少ないカメラならば芸術志向の写真をとってもかまわない でしょう。しかしシグマの高画素機のような多量の情報量をもったカメラ(陰極のカメラ)では、芸術嗜好・ 人気志向であってはならないだろうということなんです。 それは陽派のキヤノンユーザーが情熱に燃えてシグマに挑戦をして敗れ去ったという、その真実を言い 当てているようにも思えます。結論としてシグマの高画素カメラは芸術や人気志向としては使えないカメラ であるということ。この観点は大事にしたいものです。 そして多分デジタル中判もそうでしょう。 中判デジタルはアマチュアでもハイクラスの方がネットで見ると使っておられるようです。比較的入門しや すいのはペンタックスですか。豊富なレンズの中古市場がありますので。フジはボディ単体は安いので すが、専用レンズは高価です。しかしフジにはマウントアダプターでもって多く出回っている中古レンズを 着けて撮影するという手がありますね。ハッセルレンズを着けてみたいというユーザーは多そうです。 場合によっては135判デジイチのレンズもイメージサークルを言わなければ取り付けられそうです。シフト レンズなどは合格するでしょう。 フィルム時代でもそうですが、135フィルムカメラとは別格の画質をもたらしてくれました。私もペンタ645、 67、マミヤ645、67、フジ645、69などを使っていた時期がありました。白黒時代の大昔はトプコン、トヨなど も。フィルム時代はれっきとしたユーザー層があったものですが、デジタル時代になるとそういう中判層は フルサイズデジタルに吸収されていきましたね。私も中判デジタルにまで行きたいとは考えていません。 しかしシグマのことを考えると、おそらく直観力の鋭いキヤノンユーザーは、シグマのカメラは中判デジタ ルに近いイメージを持っているのではないかと、そう考えたのかも知れませんね。 シグマフォビオンカメラにはまだフルサイズカメラはありませんが、APS-Cのメリル、クワトロのAPS-Hで すら、ベイヤー方式のフルサイズカメラをある部分では上回っていると私も思っていますし、キヤノンユー ザーもそう感じたのではないでしょうか。フルサイズを上回るということでは中判デジタルの分野を侵食 しているということです。もしシグマがフルサイズフォビオンをリリースすれば、それはフルサイズの1.7倍 のセンサー面積を持つ中判デジタルをカモッてしまうでしょうね。 もしもPCモニターというものがなくVDT症候群を回避できれば、シグマは最高の画質の写真をするカメラ となり真の王者となるべきカメラです。そういうポテンシャルを持つカメラが存在ししかも廉価で手に入る。 写真のトップを目指すキヤノンニコンのエッジなユーザーは挑戦したくなるのは当然であったということで しょうね。しかしそうはならなかったということ。 シグマは依然として人知れずな深山の孤高であり誰もが知る富士とはなっていません。 私はそれを嬉しく思っています。 私が写真を論ずる時、そのベースにはやはりシグマの写真があり、そして多くのシグマユーザーの投稿 者の存在があります。おそらく私の写真論の殆どはシグマユーザーと、シグマに挑んだ挑戦者から学ん だものばかりではないでしょうか。もしシグマというカメラがなければ私はこれほど長く写真に没入すること はなかったろうと思ってます。

シグマファンという存在

フルサイズで3000万画素オーバーのカメラを便宜的に超高画素高画質機として私は考えていますが、 接写の撮影であれば普通のAPS-C機のカメラと何ら変わりはありません。画質もまったく同じですから。 参考:イオス5DS https://photoxp.jp/pictures/216939 ニコンD800 https://photoxp.jp/pictures/211790 ニコンD7100 https://photoxp.jp/pictures/211789 同様に野鳥撮影なんかても同じだろうと思います。接写撮影も望遠撮影も画面の中で部分的に被写体 があってその周囲はボケてくるからですね。ボケ部分はないのと同じですから。 問題は一般風景撮影のピントが全面的に及ぶような写真です。総情報量は大きくなって、それを見る人 の眼と脳を刺激するからです。ですから何でもかんでも超高画素高画質機が危ないというわけではあり ません。フルサイズの超高画素高画質機と言ってもAPS-C機の2倍の面積があるに過ぎないと捉えるこ ともできます。その2倍の面積で余裕を持って接写体や被写体ポイントを捉えることができ、撮影は楽に なります。 肝心なのは、撮影者が何を撮り何を表現するかが明確になっていないと混乱を起こすということです。 接写体として小花や昆虫を選ぶとき、そのほとんどはボケの海であって、島のように目指す被写体が 浮き上がってくるに過ぎないからです。そこで画面の余裕があるのがフルサイズ高画素機であり、普通は APS-C機で十分であるのですが余裕があれば嬉しいね、というに過ぎません。特に撮影の難しい野鳥 の飛翔撮影なんかではフルサイズ超高画素機は優位にたちます。 風景撮影、ボケがなくてとりわけ全面的にピントが立つ場合には、これはフルサイズの圧勝となります。 フルサイズよりもっと大きな中判デジタルだともっと凄いことになります。私が超高画素高画質機を注意 すべきだというのはこの撮影分野ですね。圧勝なんだけど危険性も高いということです。 中判の1億画素なんかだと、これはもうステッチングパノラマ撮影がワンショットで撮れるというくらいの情 報量になるでしょう。そういう撮影をするにはそれなりの覚悟というか目的意識と技術が求められるという ことだと考えています。 “写真家・西澤丞の仕事論”の記事一覧 1~5シリーズ https://next.rikunabi.com/journal/tag/%E5%86%99%E7%9C%9F%E5%AE%B6%E3%83%BB%E8%A5%BF%E6%BE%A4%E4%B8%9E%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E8%AB%96/ これじっくりと読むと非常に為になり、アマチュアと言えども参考になること請け合いです。写真に目的を 持ち意識して計画的にやり遂げるということが一番大切だというわけです。こういう具合に自分の写真に ビジョンを持っていると、写真やカメラに自分が負けるということは起きないだろうと思います。写真やカメ ラから無用なストレスを受けて自分の運勢が乱れるというのは、それは写真に対しての明確な目的も ビジョンも自分が持っていないからそうなるのであって、要はアマチュアと言えども何となくの写真をしては いけないということでしょう。そういう写真はこれから淘汰されていくということでしょうね。 しかしそれでも思うのですが、シグマの超高画素高画質機は難しいです。これは別格だと思えてきます。 とにかく画質優先なのでPCの取り扱いが極めて難しく時間がかかります。そして画質は圧倒的ですよね。 ニコン、キヤノン、ソニーの高画素機はちょっと注意をすれば問題は起きないと思いますが、シグマのカメ ラだけは別格だと今でも思ってます。 このシグマのフォビオンカメラにはデープなファンがいるんですが、彼らは極めてマニア意識が高いと私 は感じています。メリルもクワトロも同じように普通のカメラとは違いますが彼らはそのことがよく分かって いるみたいです。 今でも私のシグマメリルやクワトロは眠ったままでして、それを取りだして本格的に使おうか、という気に はなっておりません。しかし画素数の低い古いシグマは使っていますし、またシグマはレンズに眼が向い ていてキヤノン機なんかで使ってます。いずれはfpに行ってもいいかなって思ってます。私にとっては それほどにシグマの高画素フォビオンに関しての恐れとも言えるものがありますね。 シグマの写真の表示や現像時の時間が掛かり過ぎるというPCストレスは、これは最新のPCに変えれば 大分解決するでしょう。しかしそれでも根本的な解決にはなりません。 この掲示板には月に3000人以上の視聴ユーザーがあるとのことです。3000人というのはPCやタブレット やスマホを含めての総件数でしょうからダブりを除けば、実際には1000人以上の方が見られていることに なります。 かたや写真の常連投稿ユーザーが数十人と少ないのですが、その百倍の視聴者がおられるということで しょうね。その視聴者のなかで特にシグマに関心がある方がおられ、そして稀ではありますがコメントを 投稿される方がおられます。中には捨てハンを使った元写真投稿ユーザーの人もいますが、そうてはな いコメントもみられるわけです。 純粋な気持ちでシグマや写真全般に関心がある方が視聴者にもおられるということ。そういう方々が存在 するうちはこの掲示板は存続できるのではないかと感じています。 元写真投稿ユーザーが奇妙に捨てハン化するのは、それほどに写真投稿を継続していくというのは大変 だということです。これは何も超高画素高画質機のユーザーに限りません。普通のカメラユーザーでも デジタル写真の罠に陥りますから。これまでにも多数の方々がデジタル写真に疲れ、そして静かに去って いきました。そういうことでは写真掲示板とは死屍累々のものであるわけです。そして中にはゾンビ化する 人もいるということでしょう。 私がこの掲示板に写真を投稿し、写真よりもコメント重視で投稿し続けてきたのは、2011年の東日本大震 災をきっかけにしましたが、それは多くのデジタル写真ユーザーが身体的精神的な安全性の危機に晒さ れているとみたからです。私もそれまでは視聴するだけの人でしたね。 それから10年が経ち、ますますその危機感は増加しこそすれ解消には向かっていません。技術の進歩が 人間を置いてきぶりにして留まることがないからです。 技術ばかりが進歩して、人間のユーザー側がそれに対抗する手段もテクニックも持っていないという状態 ですね。多くの写真ユーザーはまるで無垢の子供のようであり、カメラや写真に負け続けています。それ がこの時代の大勢であってこの状態が変化することは当分ないでしょう。 しかしながら何事にも例外というものがあり、時代の大きな濁流に反しながら冷静に自分を保っていく方 は必ずいるものです。世の中とはそういうものなんですね。数学的に言ってもそれは真実ですし。(笑) それは多分、シグマファンの方々の中におられるのではないかと深く感じるところがあります。 ところでシグマ社はフォビオンを捨てた?というところがあり、事実は一時休止なんてすが、とりあえず休 止して、新しいカメラにはこれまでとはまったく違うセンサーを搭載してきました。カメラの形はDP系のスタ イルで、SD系ではありません。それは勿論fpシリーズですね。そしてフラッグシップのSDのカメラは欠番 的扱いになってます。あえて言えば、アートレンズとして形を変えてリリースしています。 このシグマ社の行き方は大いにシグマファンは学ぶべきだと考えています。もしシグマがミラーレス機の フルサイズフォビオンの6000万画素をリリースしていれば、それはどういうことになったのか。私は間近い なくシグマファンを総なめにして刈り尽くし死屍累々の有様になっただろうと思ってます。 幸か不幸かそれは実現しませんでしたね。シグマはその企業というよりもシグマを支える多くの意識ある ファンが支えているというか、もしかすれば精神的に牛耳っているようなところがありそうです。シグマとい う新しいタイプのブランドは、時代に先進的意識をもつ世界中の多くのシグマファンが作り上げているとこ ろがあるからです。そのファンの共同無意識性がフルサイズフォビオンを出させなかったのかもしれません。 シグマファンの中にはフルサイズフォビオンができなくて残念という方もいるでしょう。しかし私はそうは 思わなくなっています。フルサイズフォビオンの開発製造に失敗して返って良かったのではないかという ことですね。フルサイズフォビオンを登場させるには早すぎる、ユーザー側の体勢が整っていないからと いうことです。 この掲示板の視聴者の中には実際にシグマのカメラを使っている方もいるでしょう。この私のその中の 一人にしか過ぎませんから。その多くのシグマファンがどう感じているか興味のあるところです。 最近リリースされたカメラの中で、私が興味を引いたのはリコーペンタックスK3ⅢとシグマfpLですね。 前者はカメラの形は一眼レフでよいのだというリコーの主張。後者はミラーレスカメラはコンパクトでよい のだという主張。今、本当の時代の先端を走っているのはこの2社だと思っています。シグマもペンタック スも共通して、根強いファンがいるブランドです。 投稿した写真はシグマ24-35ミリF2です。非常にファインダー視が明るいレンズです。これとシグマ50-100 ミリF1.8が最近の常用レンズとなっています。前者はズーム倍率が低すぎ、後者はAFがいまいち、そして 重すぎるという欠点はあるものの、ファインダーの明るさと画質には大いに満足しています。

竹の花

竹の花 新聞記事で竹の花の開花を知り、のこのこと出かけましたが殆ど開花は終わって、竹林全体は枯れか かっていました。僅かに残った出遅れの花を探し出すのは大変でした。実というか種はたくさんなって いましたが。60年から120年のサイクルで竹も花を咲かせるようです。私も幼児期、郷里でほぼ60年くらい 前に竹林が開花したという記憶があります。その後竹林は枯れましたが根が残っているので竹の子が 出て数年後には復活するんですけどね。 人生で2度、開花を見れたということで有難いなあって思ってます。(^^ゞ とはいえ、竹の開花は不吉と 捉えられている節があり、竹の実が救荒食物であるということもあって、天候不順の不作の時代をも意味 します。これからは疫病だけでなく食料不安の時代になるかもしれませんね。 レンズはコンパクトマクロのEF50ミリF2.5です。フィルム時代のレンズですが、皆さんご存知のように使い やすいレンズです。カメラは何かと問題の多いフルサイズ高画素機ですが、こういうマクロ撮影ではその 性能を遺憾なく発揮してくれます。と言いますか、画質はAPS-Cカメラの2000万画素と同じです。(笑)  下方を少しトリミングしています。フルサイズの必要はない撮影ですが、マクロ撮影をしながらすぐさま通 常風景撮影に移れる利便さがあります。

カメラ雑誌休刊

月間カメラマン2020年5月号で休刊、アサヒカメラ2020年7月号で休刊、日本カメラ2021年5月号で廃刊。 こんな感じでカメラ雑誌の休刊が相次いでいます。直接的にはコロナ騒動でメーカーからの広告収入が とれなくなったからでしょう。カメラ雑誌だけでなくカメラメーカーの撤退も騒がれています。既にカシオは 撤退してますし、オリンパスはカメラ事業部を売却しました。パナソニックはデジカメ事業からの撤退の瀬 戸際らしいです。パナは既にカメラのセンサーからは撤退してます。ニコンはどん底らしいですし。 「日カメよお前もか──3大カメラ誌の消滅で写真文化はどこへ行く」ヤフーニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/586372aedcfba306a999864d059e599dde8fdd9c 少し抜粋して・・・ >デジタルカメラの登場以降、写真のあり方は大きく変化した。主流は、「反射光」で楽しむプリント中心 の写真から、「透過光」で楽しむディスプレイ中心の写真へと変わった。写真共有の在り方も変化し、雑誌 や写真集からウェブやインスタといったネットワークで写真が消費される時代になった。「映え」「いいね」 で積みあがる写真文化はどこへ行くのか。日本カメラの休刊と3大カメラ雑誌の終焉は、こうした時代を 象徴し、カメラと写真文化の岐路を示す大きな出来事だ。(BCN・道越一郎) ・・・反射光の反対語は透過光なのですが、ディスプレィに映し出させる画像はステンドグラスなどの透過 光や映画のスクリーンなどというよりも、画像自体が光を発する直接光という気がします。つまり光源に 直接情報を載せるやり方です。 それにしてもこのヤフーニュースの記事はみごとに的確であって、昔とは写真の楽しみ方や見方自体が 大きく変わってきたということでしょう。 我々がプリントや雑誌などの印刷の写真を見る場合、実は写真全体を一気に見ていることは稀であって 写真の中のほんのごく一部だけを見ていて、それが時間の経過とともに視点は移り行くという鑑賞の仕方 をしているはずです。その視点移行の間隔が数日から数年ということもあります。これは写真を見ている というよりも写真を読んでいるというやり方をしているんでしょうね、きっと。 ところが、ディスプレィの透過直接光の写真画像の場合、それは一気に暴力的に押し寄せてきて有無を 言わさず画像情報を脳内に詰め込もうとしますね。これは本を読書する場合に何日もかけて自分の気に いったところから少しずつ読んでいくのではなく、本の全ページの情報量が一気に脳内に押し込まれるよ うなもの、と言えばその凄さが想像できるかと思います。もちろんそんなことができるはずもなく、結局は モニターの透過直接光方式は思考の破壊をするだけだろうと言えます。 反射光の写真と直接光の写真はそれほどに違うのではないかと思うことですね。 参考までに書きますと私のモニターは輝度を大きくダウンさせて表示させています。そしてディスクトップ 画面は濃いグレーです。ウィンドウの中も可能な限りグレィにしてます。それで直接光というよりも柔らか な透過光の雰囲気にしてます。部屋は明るめですね。本当を言えば反射光のモニターが欲しいわけです が。(笑) とにかくコロナ禍をきっかけにして時代は大きく変化して特に写真は壊滅的になってくるかもしれません。 今図書館から半月間の日本カメラを借りて読んでいるのですが、最近カメラ事情はミラーレスカメラばかり になっているようです。そして最新プロ機のアルファ1、イオスR3、ニコンZ9が凄いです。 スゴイのですけど、私の想像ではこれらのカメラは生身の人間が使えるカメラではないだろうという気が してきてなりません。もう人間が持つカメラではなくなりつつあるのかもわかりませんね。 唯一これは面白いと感じたのはペンタックスK3Ⅲです。リコーという会社は昔から面白いところがあるん ですね。そしてシグマfpLもユニークです。 多くのユーザーは自分の所持するカメラをひいきしますし、そうすることて間接的に自己肯定をするんで すが、同時にカメラメーカーの動向も気になるんではないでしょうか。カメラメーカーの未来が開けていれ ば、ひいきのプロ野球チームが勝っているように嬉しくなるということで。またメーカーの未来が暗いと ユーザーの気持ちも暗くなる。 カメラやカメラメーカーと自分とはなんの関係もないと思うんだけど(笑)、普通のユーザーはあまり自分と いうものがないわけでこれは仕方がないところがあるようです。 そんなわけで私がカメラの未来を腐しますとご気分が悪くなる人は多いかもしれませんね。当人と写真と カメラはそれぞれ独立しているでして何の関連もないと思うのですが、これが分離未発達のユーザーだと 全て同じものの別の顔というスタイルをしてくるみたいです。 ミラーレスカメラの大きな欠点は、ファインダーをなくしてしまったことでしょう。ファインダーという世界を 消滅させてしまうと、写真の楽しみの半分は失われてしまいます。ミラーレスカメラはレンズ交換式コンデ ジであって、それはスマホと同類のものであるということ。 そして、今回判明したことはEVFはとんでもない代物だったということです。私はEVFは使わないので想像 するしかありませんでしたが、 EVFを長く使うともう写真はできないでしょう。すくなくともアマチュアの楽し んで写真をするということはできなくなります。 そんな感じでまとめると、紙媒体の写真文化は廃れて退廃し、カメラも今までとは違う世界に行きつつあ るわけで、撮影もままならなくなるという時代に突入してきました。その影響はこの掲示板にも現れてきて いるでしょう。 しかしながら考えて見ますと、昔は写真をするという人は僅かなマニアだけでした。今のような猫も杓子も デジカメってことはなかったわけで、それが贅肉をそぎ落として昔のようにスマートになるだけという見方 もできます。マニアでもオタクでもいいんですが、そういう限られた人たちだけが写真をやれば良いんでは ないですかね。そう考えると写真の未来はとても明るいです。 本当に写真というものが分かっている人だけが写真をすればよいのであって、ブームにのっかかっただけ の人たちはこれからは写真から去っていくということかもしれません。 超高画素高画質カメラそしてEVFプロ機は、バブル的に膨れ上がったユーザー層の淘汰を諮るべくして 登場し、結果的に写真を浄化させる機能を持つカメラなのでしょうか。どうもそんな感じがしてなりません。

デジタルカメラとは《 2部 》

デジタルカメラとは《 2部 》 世の中にはというかユーザーの中には超高画素高画質機に行かなくて、2000万画素くらいのカメラに留 まるという人もいます。そういう人は物事を良く知っていて賢いのでしょうか。それとも君子危うきに近寄ら ずで単に今の運が良いというだけなのでしょうか。 私には、ただ問題を先延ばしにしているだけという風に見えています。当人が画素数が自分は2000~ 3000万画素でよいと確信していても、これからのカメラは画質が上がってくるからです。ミラーレスカメラ化 です。そして新たな問題として撮影時のEVFのこともありますしね。それで2000数百万画素でも、私が言う 超高画素高画質機問題が現実のものになってくるでしょう。 とにかくシグマというカメラ、メリルとかクワトロというのは時代の先端を走っていて、それでそれらのカメラ を使うユーザーはいち早くこの問題の核心を知るチャンスに恵まれたとも言えるわけです。 少なくとも私はそうでして、他者からの影響でシグマの超高画素高画質機を始めたにせよ、その問題核心 を深く知ることになりました。行幸だと感じています。 最近の私は、撮った自分の写真すらもうまともにはPCモニターで見ていないということで随分と突き抜け て来ていますね。(笑) 幸い私にはITの知識がありましたし健康オタクでもありましたから、この問題の 核心が見えたのだと思っています。しかし普通の写真マニア・カメラマニアの人は、おそらく私の言ってい ることが全然解らないだろうと思いますよ。(^^ゞ でも判らなくても私がこういうことに警告を鳴らしていたと いうことだけでも覚えていてくれたら十分だと感じています。 唐突ですが日本カメラが廃刊になりました。出版社自体も解散ですから。その最終の5月号に荒木経惟が こう言ってます。「近所が浄土。ファインダーの中が俺にとっての楽園」 このファインダーというのは光学ファインダーのことです。彼はフィルム写真家ですから。EVFなんかでは ありませんしPCモニターに写しだされた写真画像でもありません。近所が浄土というのは、被写体という のは無限にあるものでわざわざどこかに出かけなくても写真はできるという意味でしょう。そしてなにより も撮影するという行為そのものが楽園だということ。 そういうことですね。考えてみればデジタルの写真画像なんて、もしかすれば地獄ではありませんか? ですので私の写真行為は撮影時で終わるものであって、撮ったものの確認の為に、多少地獄の入り口 までは行くかもしれないけど地獄に住もうとは思っていません。 このようにデジタル写真には天国と地獄が共存しているということですかね。 私がここまでの結論に達するには私だけの考察では無理でして、陰には多くの協力者の方々がおられ ました。それらの人たちには感謝をしております。彼らの存在、彼の果敢な挑戦によって、今の私の考察 があるのだと思っています。 最近のミラーレスのカメラ、イオスR3とかアルファ1とかをみておりますと、EVFを駆使が前提で作られた カメラとなっております。大変な性能であって光学ファインダーのデジタル一眼レフ時代とは別物ですね。 しかしこの強力なカメラに生身の人間であるユーザーはきっと耐えられないと思います。 デジイチの漏洩電磁波問題とは比べものにならないほどの弊害で苦しまされることになるでしょう。そんな のだったらまだミラーレスカメラで背面液晶で動画を撮っているのがましとなるわけです。 そしてもう私としては、ミラーレスカメラは従来のやり方のコンデジ方式(背面液晶視)で行ってEVF式ミラー レスカメラは拒絶するものとなります。ミラーレスカメラはレンズ交換式コンデジという役割で十分です。 そういう穏やかなミラーレスカメラでも残念なのはレンズを通して眼で見ることができないことです。(笑) 一眼レフでないので当然のことですが、いくら高性能のレンズを買っても画像としてしかレンズを見ること ができない。これはいかにも無念なことです。(笑) それで私のカメラ遊びはデジイチの世界で終わることになります。電子シャッターに引かれて少しばかり ミラーレスに入りましたが、サブカメラで終わることになります。カメラメーカーは多々ありますが、デジイチ をまだ作っているメーカーは、国産ではキヤノン、ニコン、ペンタックスだけになったんですかね。本当に 使って楽しいカメラを作るメーカーは3つしかありません。 確かに性能はミラーレスカメラの時代です。デジイチとは次元が違ってきていますね。でも楽しく写真を やれなければ意味がないのではないですか。オリンパスとかシグマのカメラなんかは小型なのでミラー レスでも長所が多いカメラですからよいのですが、デジイチの後継機として作られた本格EVFミラーレスカ メラは、もう私の関心を引くことはないでしょう。あれはカメラではなくロボット機です。 しかしよく考えてみるとデジイチという光学ファインダーのデジタルカメラは、フィルムカメラとデジタルの 折衷時代の一時的な産物だったのかもしれません。本当のデジタルカメラはイオスR3やアルファ1のよう なカメラでしょう。純粋デジタルロボットカメラです。そういう時代になると撮った画像はAI自動処理でという ことになるでしょう。秒間30コマで撮った高精細画像を人間の眼でみることなどできませんから。デジタル 時代とはそういうことなんですね。

EVF問題

https://photoxp.jp/pictures/216451 >SPAMチェックはGoogleのreCAPTCHAというサービスを使っており、どのように判定するかはAIのみぞ 知る?ところでありまして・・・という管理人様のメッセージがありました。いろいろと試されているようで すね。(^^ゞ  私がこの掲示板を閲覧しているのは、ウインドウズ・ビスタのインターネットエキスプローラー9ですが、 掲示板での広告が一切表示されません。同じようにウインドウズ・セブンのエキスプローラー8でもそうです。 また同じセブンでも最終型のエキスプローラー11となりますと広告が表示されます。 そして、ビスタもセブンもブラウザが、グーグルクロームの場合ですと広告が表示されます。 そして簡単に言いますと、閲覧と写真投稿(1番のコメントあり)は、広告なしのブラウザでOKなんですが、 コメントの単発投稿ができません。そして広告が表示されるブラウザではどれでも単発コメントの投稿が 可能なんです。(その投稿には手順が必要なのですが。) なかなか現金に出来ているものだなって関心 しています。(笑) それはよろしいのですが、やはり広告が非表示の掲示板はすっきりとして実に見やすいですね。(^^ゞ  考えてみると、私が長文で投稿できるのはこの広告なしのブラウザのお陰なのだろうと思ったことです。 私の長文はあくまでも投稿者の皆さんの投稿写真やコメントに啓発されて、そこからアイデアが浮かぶ ことから始まりますので、その投稿された写真やコメントが見やすいという条件が必要なのです。やはり 広告に挟まれている写真やコメントはどうしても集中力が散漫になりますからね。 とはいえ、広告がなければこの掲示板は運営できませんから致し方がないところがあります。 この掲示板の投稿者が少なくなったのは、この広告と深い関連があるのではないかと私は考えています。 昔と違ってスマホに負けてカメラの売り上げが落ちているとか、そういうマクロ的なものではなくて純粋に 掲示板のスタイルやデザインの問題のような気がしています。 『EVFに関しての考察』 https://photoxp.jp/pictures/216530 の5番に書きました。非常に重要な問題になると思うので、もう少し考察を進めて行きたいと思います。 そもそもEVFを使う方はご年配に多くて、若い人は比較的、背面液晶モニターを使うような気がします。 この方がコンデジ的スマホ的で親しみやすいですしね。何よりも高齢者がEVFに拘るのは老眼の問題が あるからのように思えます。EVFならば視度調整が利きますが、背面モニターは両眼視なのでそれが できません。 それともうひとつ、年配の方はファインダーやモニターで写された絵をよく凝視されます。ピントだけで なく、写真には「構図」という要素が大事だと考えていて、隅々まで熟考熟視し時間をかけて撮影される のではないでしょうか。いわゆる構図主義者ですか。 若い方はそこらへん、数打てば当たるというざっくばらんなところがありそうです。私などもその手の口で して、構図なんて考慮する必要がないものだと思っていますので撮影は極めてスピーディです。(笑) もうこれだけで大分違いますね。おおざっぱにアタリだけ付けて撮影すればファインダーをさほど凝視 せずに撮影できますから。 ネットでEVFの弊害とやらを検索してみました。まあこんな感じです。 「EVFで「目が疲れる」原因はなんなのか?」 https://hinden563.exblog.jp/21842721/ 「EVFの目への影響」 https://blog.goo.ne.jp/popos735/e/25354354804516537c7e12de94dcc1ba 「カメラ (ミラーレス機,レフ機) のファインダーによる視力低下などはあり得ますか?」 https://jp.quora.com/%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9-%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9%E6%A9%9F-%E3%83%AC%E3%83%95%E6%A9%9F-%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%A6%96 「EVFかOVF 価格コム」 https://bbs.kakaku.com/bbs/K0000903380/SortID=23129774/ ソニーが最初にEVFをカメラに付けた・・・かどうかは知りませんが、熱心なのは確かです。ソニーはビデオ カメラの長い実績があるので問題ないと考えたのでしょう。 ところで動画や映画に構図というのはありません。写真のような構図を考えることはないですね。 そもそも構図というのは絵画から来ていると思ってます。無から絵を描く絵画はその基本線として頭の中に 予めに構図というものがなければ描けませんから。 写真で構図を言う人間はこの絵画と写真を混同している人でしょうか。本来写真には構図というものはない はずだと私は考えています。写真にはフレーミングやトリミングがあるくらいですから。 動画には構図がない→よって動画の場合はEVFを大体の目見当くらいにしか見ていない。 構図に拘る写真家→EVFを隅々まで良く見て凝視し続ける。 ソニーの開発者はあくまでEVFを動画的なアタリ見当で使うだろうとしてEVFをカメラに着けたのではないで しょうか。ところが実際にはそのEVFを見つめ続ける構図主義のユーザーが存在することに想像が及ばな かったのかもしれません。 カメラの進歩として、まず自動露出、そしてAFでピントが大丈夫になった。手ぶれ補正でさらに。そんな 具合なので、現在では適当にノーファインダーでそこらへんを無造作に撮っても綺麗にとれます。 そこで写真のユーザー側としては、構図というのが最後の砦として出現したというか、見直されてきたところ があるんですかね。それは最後のマニュアル操作が発揮できる部分ということでしょうから。 そんなわけで、写真における構図主義をやめればEVFは使えるのではないかということです。そしてどうしても 構図主義から逃れられない方は、凝視し続けても問題がない一眼レフに行くのがいいんではないですかね。 私にとってはEVFも構図主義も縁遠いものですので、これらは全て想像で書かざるを得ないのですけど、 それで本当のところは解りません。(笑) 多くのEVFユーザーは、たぶん今までの一眼レフの延長線上で なんとなくEVFを使っているだけかも知れませんね。単なる習慣です。 私はカメラのファインダーは光学ファインダーで良いのだという考えです。ミラーレスカメラは背面液晶で見て 十分ですしね。私も老眼ですけど液晶モニター視で十分だと感じています。 最近分かったことは、撮影後のPCでのモニターリングをしなくても済む、ということで一眼レフは良いものだと いうことです。それは撮影時にどういう具合に撮れているかが記憶として残っているからです。 撮影時の記憶があるということ。これがミラーレスだと、どうしてもPCでのモニター閲覧での確認が必要です。 ミラーレスの場合、撮影時には眼見当の撮影しかしていないからですね。 撮影後のPCでのモニター閲覧という、どうしても眼疲れが発生することを、可能な限りニグレクトしようと考え れば、やはり一眼レフは良いです。時間と労力の節約になりますから。(笑) 私の場合、写真の楽しみは撮影にあって、カメラを手に野外を歩いて、良い景色に出会えば嬉しいし、また 山道で道に迷って疲れ果てたというのも、それもまたよい記憶になりますしね。それらが全てなのであって、 写真の画像などはもうどうでもよいと考えるようになりました。 一眼レフはファインダーが素晴らしいのですが(特にフルサイズカメラ)、どうしても重たいという欠点がありま すから、ミラーレスやコンデジも良いものだと思ってます。これからはそんなミラーレスカメラの時代なのですが イオスR6やシグマfpなどを見ておりますと画質の素晴らしさに驚くところがあります。もっともあまりにも良すぎて PCの前に居座り過ぎというのも問題になりますが。(笑) そう言えば裏街道さんが、最高の撮影は三脚とライブビュー(デジイチ)で撮影することだと述べていたことが あったように思いますが、それは違うでしょうね。 https://photoxp.jp/pictures/216543 最高の撮影は自らが持つ豊富な経験と想像力で撮るものだと考えていますから。機材やそのアイテムなどは 関係はないのではないでしょうか。ですからライブビューもEVFも必要ないです。 何でもかんでも「見える化」すればよいというものでもありません。返って見えなくなるものが出てきますから。 そもそも一番大切なものは肉眼で被写体を見ることではないですか。その肉眼で見たものの記録として 写真があるだけのことですから。しかしそれでもフレーミングの記憶は撮影としても大切で、それは写真の要素 のひとつですからね。それで光学ファインダーを持つ一眼レフは使いやすいのかもしれません。 最後にS9000さんが上げた投稿写真から抜粋です。若い女性ばかりですが、大体はこんな風にして使って いるみたいです。S9000さんの写真は現代風俗描写として歴史に残る写真群だと思っています。 けっこうEVF撮影が多いのですが、これは撮る被写体にもよりますね。漠然とした広角での風景撮影では 液晶視撮影が多くなるように思えるのですが。これぞという場合はEVFになるとかで。 https://photoxp.jp/pictures/216397 オリンパス EVF https://photoxp.jp/pictures/215998 ソニー 液晶 https://photoxp.jp/pictures/215266 オリンパス望遠 液晶? https://photoxp.jp/pictures/214673 ミラーレス望遠 EVF https://photoxp.jp/pictures/211528 番外・キヤノンデジイチ液晶? https://photoxp.jp/pictures/210665 ソニーアルファ EVF https://photoxp.jp/pictures/209878 ソニー 液晶 https://photoxp.jp/pictures/207992 ミラーレス 液晶 https://photoxp.jp/pictures/207001 ミラーレス EVF https://photoxp.jp/pictures/206371 コンデジ?液晶 https://photoxp.jp/pictures/205598 ミラーレス EVF https://photoxp.jp/pictures/200113 オリンパス望遠 EVF https://photoxp.jp/pictures/191732 オリンパス 液晶 https://photoxp.jp/pictures/181981 ルミックス 液晶 https://photoxp.jp/pictures/178060 オリンパス 液晶 https://photoxp.jp/pictures/177148 フジ 液晶 追伸として、EVFの弊害と、超高画素高画質カメラ問題とは別のものではなくて、同一のものだと私は考え ています。つまり人工光線のEVFや高品質PCモニターの弊害としては同種だからです。眼疲れ脳疲れの 原因というわけですね。場合によっては大変なストレスを受けることになり、それが高画素高画質という多量 の情報量であればあるほど弊害は大きくなります。 人間が捌くことのできる情報量には限界があり、それを超えると人は反発をするようになります。その原因 を究明することが大切なのですが、それはなかなか難しいと思ってます。 私の場合は極端に、撮った写真はもうPCで見ない、としてやってますから、写真の撮影は楽しいです。(笑) 馬鹿話のように聞こえるかもしれませんが、やって見るとこれは本当だとわかります。写真の画像から 自由になると写真そのものは楽しいことなんだと本当に理解できるようになります。 撮影に於いても、私はファインダーはあまり見ていないです。さっと見るだけ。それは光学ファインダーであっ ても液晶モニターであってもそうです。昔からカメラのファインダーを長く見続けることはしたことがないという わけです。ですから、よくカメラのファンダーを凝視し続けているカメラマンをみていると昔から違和感を感じて いるんですね。 今回はEVFから始まって写真の構図主義まで行きましたが、そのどちらも私はしたことがないので、書いた ことは自分の経験ではなくて想像ばかりです。構図主義は構造主義に良く似ていて(笑)、私には理解でき ないのです。そんなわけで今回は歯切れの悪い文章になってますね。

【生き物景色】 写真①

写真①は徳島県阿南市の福井川と椿地川が合流することろの県道6号線の橋の上から撮影したもの です。写真②も同じく阿南市の蒲生田半島と椿半島の付け根の椿八幡神社内で撮ったもの。 香川県と徳島県は方言も一緒で違和感のないところなのですが、雨量と水量がまるで違います。そして 水が豊富なので植生は豊か。ゆえに徳島県は南国の雰囲気がたっぷりというところがありますね。 地形的に言えば四国の中央構造線(赤石山系や讃岐山脈)から南に大きく離れているのですが、構造 線より南側は地質的に付加帯構造になっていますので、やはり構造上東西に平行に山の峰が連なって います。ですから河川は東西の流れとなります。地質そのものは香川とは随分と違いますが植生は 基本的に同じだと思います。どちらの地域も温暖ですから。 気温と植生が同じならばおそらく諸動物たちも同じものがいるだろうと推察していますが、そこらへんは 詳しくないのでよくわかりません。とにかくサギもカエルも此方で見るのと同じ種類のものでした。(^^ゞ  また、これらの写真に写っている数多くの植物たちの名前も生態も私は知りませんが、すべて自然に 生えたもので雑木であり雑草の類です。近辺の里山を見ても人の手にかかっているものは杉と檜の植樹 と竹林くらいのようです。 今回はこの蒲生田地区と南阿波サンライン地区を散策したのですが、地元の方に聞くと猿と鹿と猪の 農作物への獣害がひどくて大変だということでした。そういうのは香川と変わらないのですが、人口密度 が低い分、徳島県はおおきな負担になっているでしょう。獣害が増え始めたのは人間の山での活動が 大きく低下したからですね。食物連鎖の頂点としての人間の活力が低下したわけで、本来は狼や山猫 などの肉食動物が果たしていた、草食動物の数の間引きという生態系の維持ができなくなってしまった からだと思います。東北などでは最近は熊が肉食化して鹿を食べているようです。 大型動物だけでなく、蛇や梟といった肉食動物も増えすぎた鼠などを食してくれるので有用なのですが、 それらの数も維持できているのかどうか。里山の農地造成などもコンクリート化してますので。今回の徳 島行では海岸地に鳶の数が多く見られました。上昇気流のって舞い上がる様は見事ですね。 自然と人間の共生は大昔からの大切な問題なのですが、ここ数十年の文明の変遷や生活様式の変化で 大きく人間の自然へのアプローチが変わってきたこともあって、最近は多くの諸問題が噴出しています。 特に最近は気候温暖化が大きな問題となっています。東北などでは冬に雪が降らないとかは大問題と なってきています。 私の場合、撮影は風景撮影がメインですので、取り立てて動植物をとりあげて撮影するということはあり ません。あくまでもついで撮影となります。着けているレンズもマクロや望遠ではなくて標準と広角ズーム のみです。偶に望遠レンズをバックに忍ばせることはありますが稀です。今回も70-300のレンズを持って いったのですが霞で遠望がきかないこともあって使いませんでした。 標準や広角で諸動物を撮りますと、自然と背景が大きな面積を占めて周囲の環境を取り入れる結果とな ります。(笑) 周囲環境はすなわち環境問題に通じる(笑)かも知れずで、とりあえず広い目で物事を 考える手立てにはなりそうですかね。(^^ゞ  このアオサギは山のごとくではなくマネキンのごと動かざること、でした。撮影場所の橋の上からこっちに はこれないことを熟知しているのでしょう。南国徳島の緑は濃く大地は隙間なく緑に覆われています。 tontonさん、麦畑にテントウムシの写真は記憶からなくなっていましたが私が投稿したもののようです。 再掲載ではなく今回は最近撮影した別の写真2点を上げました。(^^ゞ 

【生き物景色】 写真②

このアマガエルにとっては雑草でも大木のようなものかも知れません。こちらも動かざるは岩のごとくでし たが、ひっ捕まえるとションベンを掛けられるので小学生のような真似はしませんでした。(笑) この写真に写っているだけでも10数種類の被子植物が見られます。この世界が彼の縄張りであり、蛇や トカゲや鳥などに食われないように生きていかなければなりません。日々の餌にありつくだけでなく彼女 も見つけないといけないしで大変なんでしょう。(^^ゞ

女厄坂

ちょっと面白い写真を。(笑) 画像処理でおどろおどろしくしたのではありません。壊れてしまった カメラですね。コンデンサが終わってしまってCCDセンサーへの電源供給がままならない状態です。 昔のフジのカメラではよくある故障です。というかこのカメラは寿命ですか。

遍路さん

こちらの事情ですが、単体のコメント投稿が出来難くなっていて、ただし掲示板への閲覧と写真投稿と 同時コメントはできるので、少し書いてみたいと思います。 狐は日本のヤツとそう変わらんですね。(^^ゞ 犬よりも小さく、オオカミよりも大分小さい。そしてやせっぽち。 ブルックリン橋は歩いて渡れるということでよい橋だと思います。こちらでは今治大橋が歩きと自転車で 渡れるで人気です。 キヤノンのカメラは肌色がきれいに出るということでポートレートカメラマンには人気ですね。 米国ではまだまだ一眼レフが不動の人気を保っているようで、ミラーレスカメラが普通になりそうな日本 とは違うようで嬉しい限りです。カメラが皆ミラーレスになってしまうと、写真撮影は面白くなくなるんじゃ ないですかね。 写真は四国霊場薬王寺での撮影です。外人さんの遍路さんでした。

太平洋

こちらの事情ですが、単体のコメント投稿が出来難くなっていて、ただし掲示板への閲覧と写真投稿と 同時コメントはできるので、少し書いてみたいと思います。 コウタロウさん、ユキノシタ、バラ、ミツバチと写真を拝見させていただきました。自然なものは眼に やさしいと感じます。 ペンタックス50ミリは大昔のレンズが今も売られているということで、しかしながら考えて見ると標準 辺りの短焦点レンズはどのメーカーも古い設計のままです。既に完成されつくしているとても言うべき でしょうか。 MTさん、先日寺の境内て真っ赤な花のシャクナゲを見ました。まさに花の女王に相応しい風貌でしたね。 このシャクナゲの花の名前を思い出すのに数分かかりました。まあ思い出せてよかったです。(笑) 徳島へ足を伸ばしました。この海は紀伊水道よりも南なので太平洋とでも言うべきでしょうか。 向こうにうっすらと見えるのは室戸岬です。晴れてはいたものの見晴らしはいまひとつで、写真は コントラストを上げています。それで海の色が青すぎ。(笑) クルーザーが走っています。豪華なタイプ のようです。この崖下にはところどころ人家があるのですが、過疎となり田畑は荒れたままになって いました。農家の人に聞きますと、サルや鹿の被害がひどいとのこと。以前、別の場所(徳島)では そのうち猿の惑星になるんじゃない?って冗談混じりに嘆いていましたが。徳島県は香川県に比べて 道が悪くて整備もおぼつかないところがあります。自然は豊かなのですが過疎と高齢化でどの県も 厳しい状況ですね。 レンズはニコン24-70F2.8です。昔のフジのカメラはニコンのボディとレンズを利用していたんです。

キヤノンとニコン 2

以下は、 https://photoxp.jp/pictures/216451 これへのコメント返しとなっています。 管理人様、コメントありがとうございます。(^^ゞ しかし心配はご無用でして、私の場合はただ単に古い OSのビスタを未だに使っているから起きる問題でして、セブンPCからは難なく投稿できます。セブンを 使わずにビスタを使っているのは、ただ単に古い機種を大事に使っていきたいと (それはカメラでも そう) いう私の趣旨からくるものでして、極めて個人的な事柄であり、一般的な解決すべき事柄ではあ りません。(笑)  そもそもビスタを未だに使っているのが間違いなのですが、しばらくはこの歓迎すべき不便さを楽しん でいきたいと考えています。 S9000さん、今回のニコンとキヤノンという題材は、よくあるカメラの対比趣味ではなく、そのユーザー 達の生態観察というところがあって、キヤノンユーザーにも他のメーカーのユーザーのことを知って おいて欲しと思ったからです。自分の使っているカメラとそのメーカーだけしか知らないというのでは 知識として不足しますから。またこの掲示板でもキヤノン板だけではなくて多くの板があるわけですし。 私の場合、当初から多種のメーカーの機材を使っていて、逆に言えば単メーカーのカメラしか使ってい ないというユーザーの心理が分からなくなったというのがあります。 思いの他にメーカーの独自性というものは強いものだと考えています。メーカーの出す機材には歴史 や思想というものが込められていて、皆それぞれ個性的なのです。 それらは企業の社風とか歴史やイメージというもので我々ユーザーには知られていますが、メーカー がユーザーに一方通行で押し付けているものではなくて、そのイメージの形成にはユーザー自身が 大いに参加しているのです。むしろ多くのユーザー達がカメラメーカーのイメージを育てているという ところがありますね。 キヤノンユーザーとニコンユーザーの服装とか装備とか、それらの海外でのイメージも日本と同じじゃ ないかと感じました。キヤノンユーザーはどちらか言えばざっくばらんですし物量も大きいです。ニコン ユーザーは服装はキチンしていますし装備もストイックなところがありましたね。あくまでも比較論での 感想ですけどね。 キヤノンもニコンも日本のメーカーですがユーザーやファンは世界中にいますし、的確にイメージを 捉えている結果となっているわけです。考えてみればこれは不思議なことですね。 このイメージと言いますか空気のようなもので、初心者は自分の使うカメラを選ぶっていうところがあります。最初からキヤノンを買っていたからずっとキヤノンという単純なものではなく、自分にはキヤノン のイメーが合っていたからこそ、今もキヤノンを使っているということです。きっと多くのユーザーはそう 感じているはずです。 またキヤノンとニコンだけでなく他メーカーにもそれぞれの個性があり、それぞれ形成されたイメージが あります。個人的にMN研のペンタックスファンは注目しています。K3マーク3という優れたカメラが出現 しています。 ニコンDfはニコンらしいカメラですね。ニコンはオーソドックスなところがありニコンSというレンジファイン ダーの復刻版を出したこともあるのです。こういう儲からないことはキヤノンはしませんね。(^^ゞ  キヤノン一筋のユーザーでも、交換レンズは純正、そしてシグマ、タムロンといった他メーカーのものが 選択肢になります。可能な限り他メーカーのものを使うと世界観が広がります。マウントアダプターを 使えば、マニュアル操作になりますがニコンのレンズを使うことも可能です。レンズ交換式カメラは実に 有難いものだと思います。 裏街道さんのサンダルは写真撮影に於ける正しい装備ではありませんが、裏街道さんには彼なりの 特殊な事情があります。運転時と同じサンダル履きで撮影をするのは、つまり撮影に深入りしたくない 為の苦肉の策だろうと私は推察しています。服装を充実させると(特に足元を)ついつい撮影に夢中に なり、撮影に深入りすれば場合によっては仕事に大きな支障があるからです。電話で何時呼び出しを 食らうかも知れませんし、常に即座に仕事に復帰できる態勢にしていなければなりません。裏街道さん の仕事とはそういうものではないですかね。ついでなから言うと素足にサンダルは長距離トラックドライ バーの正装です。(水虫になり難い、ほんとか?) おそらく撮影中も仕事のことが脳裏から離れないでしょう。24時間何日も拘束されながらも、自由にな る時間などほとんどないのが長距離トラックドライバーの実情だと言えます。 それでも裏街道さんはわずかな時間を見計らって撮影をし掲示板に投稿して、我々に全国の写真を届 けてくれています。仕事三昧の人であり、リアルな写友もあまりいらっしゃらないかと思います。皆さん も是非に彼を応援してあげてください。(^^ゞ  1DXは少し以前に中古購入しましたが、漏洩電磁波が極めて少なく、計測すると70Dと同じレベルでし た。極めて安全なカメラということで、撮影ショット数の多い野鳥カメラマンがフルサイズカメラを購入す るということであればこのカメラをお勧めします。ただしもう中古でしか手に入りません。後継の1DX2/3 はシャッター機構が1DXとは違っていますので同様に低電磁波だとは限りません。たぶんもっと高いで しょう。 最近はミラーレスカメラとなるわけですが、確かに電子シャッターを使えば電磁波問題はクリアするも のの、光学ファインダーではなくなりますので、今度はモニター症候群・VDT症候群という別の難問が 待ち受けていることになります。 イオス5DSなども光学ファインダーであるのは良いのですが、形成される画像は超高画素高画質なの で後のPCのモニターで苦しめられることになるわけです。私には1000~2000万画素の光学ファイン ダー式カメラが最適ですね。ミラーレスカメラも使っていますが、主に広角レンズで使っていて事実上の ノーファインダーでの撮影と割り切っています。時間がなく記録の撮影に徹する場合は、軽量で背面 液晶撮影による簡易なコンデジ撮影ができるミラーレス機は有用です。 キヤノンやニコンのフルサイズプロ機は光学ファインダーが極めて優れていて、装着するレンズの可否 まで分かるということで、その撮影時の楽しみは最高度といえます。次いでフルサイズ高級機もそれに 当たります。キヤノンからば5Dシリーズ、ニコンならばD850とか。また最近はペンタックスも浮上してき ましたね。APS機ながら素晴らしいファインダーを持っているようです。 優れた光学ファインダーは撮影時の、ひいては写真そのものへの満足感を大きく満たしてくれます。 そういうカメラを使えることは最高に贅沢であって、撮影時に至福の時を過ごすことかできます。当然 に着けるレンズは高級で明るいレンズが、さらに至福感を増大してくれます。裸眼で見るよりもファイン ダーで見るのが優れているという結果にもなりますから。 添付した画像は5DSの、Rではないタイプです。ローパスフィルターがあるタイプですね。背景がうるさく ないように全面ぼかしでやりました。こういう高画素のカメラを全ピントでやりますと、その膨大な情報 量で閲覧するだけで精神的にまいってしまうところがあります。それでほとんどぼかしでいって一部だ けクリアにするのがアマチュアとしては有効です。またRタイプでない方が眼に優しいです。 閲覧者の中には超高画素カメラがブランドで偉いとか、写真の画像処理は楽しいとか思っている方も おられるかも知れませんが、仕事でやっている人にとってはそれらは地獄の世界です。50も過ぎれば 廃人になるのではないかと思うほどです。高精細な写真の画像処理はPC作業の中でも一番にきつく、 使っているPCもモニターも高品位なものになります。写真の画像処理はいち早くAI自動化すべき事柄 だと私は考えています。 使用したレンズは古いEF85ミリF1.8です。なかなか良いレンズですが、ピントがクリアにいくのは中心 部だけです。全ピントで使えるレンズではありません。最近はバイクライダーが増えてきて、車で運転 していてバイク集団に囲まれると、うるさいわ、くさいわ、邪魔だわで、コンビニにでも入ってやり過ごし ます。(笑) 投稿写真はオリジナルの縦横1/2ピクセルでアップしています。面積比やデータ量では 1/4になりますか。オリジナルのデータでも中心部のピント部はクリアです。 背後の山は切り取られた山容をしています。採土されて最後は建物が建つのでしょう。その現場を見 に行くときに撮った写真です。 裏街道さんが現役ドライバーを引退して、それで写真趣味はどうなるのだろうかと考えると、想像する だけで面白いですね。(^^ゞ トラックを降りても、今度は自分のハコバンで車中泊をしながら全国を回る のでしょうか。それとも退職を機に写真趣味はきっぱりとやめてしまうのでしょうか。 裏街道さんは全国区の方なので、写真三昧でやろうと思えば切りがないほどに被写体は豊富です。 しかしながら現役時代は撮影対象は自分でテーマを決めて撮影することはできませんでした。仕事の 都合で選ばざるを得なかったわけです。それが今度は自分で自由に選択してよいのですし時間の制 約もありません。ちゃっちゃっちゃで撮影することはできませんね。(^^ゞ きちんと靴を履いて藪の中に 分け入り、岩場も歩かなくてはなりません。撮影に没入して時間を忘れるということもあります。車中泊 のベテランなのでそこは困りません。 そして今度は撮った写真はどうするのか、という問題に突き当たります。プロドライバーの副産物として の写真では済まなくなるからです。地元の写真クラブに入ろうか、とか、公募展に応募しようか、とか 考えるのでしょうか。海外での撮影もこなして見たいと思うかもしれません。しかしそれには当たりきで すね。これまで時間に追い回されて来たギリギリの生活から比べれば暇つぶしの道楽としか思えない でしょう。 心的外傷後ストレス障害(PTSD)というのがあります。米国の兵士が戦場で受けた精神的な傷と言わ れていますが、本国に戻って来て、その平和な生活に違和感か出て逆にストレスを受けるというやつ です。たぶん裏街道さんもそのような違和感を、退職すれば味わうことになるのではないですか。 ところで、現役時代は仕事に没入し、退職をすれば今度は趣味三昧に行くんだ、というやり方は大体に おいて失敗するそうです。それで趣味という心を豊かに保つものは現役時代から始めていないとモノ にはならないというわけです。 そういう意味では裏街道さんもS9000さんも順当なやり方をされています。写真という自分の心の拠り 所を早い内から身につけておくことは、現役引退という社会の断絶のショックから身を守ることになる からです。現役中は、会社とかの看板で生きてきたわけでして、その後ろ盾を失うことは誰にとっても 痛手です。それを克服するには、きっと写真趣味は役立ってくれると思うんですね。写真があれば自分 はこの社会との接点を完全には失わないでいられる、というわけです。いや、そもそも写真はあくまで も個人のものですからね。個人としての自分を強くするものですから。 退職後から始めた趣味は失敗すると言いましたが、それは時間つぶしの道楽だからですね。考えても みれば、若い時からやっている方に対しては、歳をとって退職後から始めた人が彼らに敵うわけがな いじゃないですか。技能だけでなく考え方からして敵いません。特にその思想とか哲学という事柄に 関しては雲泥の差がでできます。形だけ真似てどうにかなるということではないんですね。 私が写真を単なる芸事や美術して捉えるのではなく、社会的な全体感や総合力として考えるべきだと 常に主張しているのは、そういう断絶をしないですむように考えるからですね。さらには社会性だけで なく、人間としての生き方にまで高める必要があるのではないかとも考えています。ここまでくると本当 の意味での芸術や宗教性になりますか。生き方の芸術であり、それは形だけの美学ではありません。 写真をしていくという生き方を選択したという意味です。当然に写真をしない生き方もあります。しかし そういう場合も何かの手立てを見つけて自分の行き方を育てているのであって、何も写真をすること だけが偉いというのではありませんよ。 とりあえず写真を選んだのだから、当分はこれでやっていこうじゃないかということです。(笑) 何事も基本が大切です。写真人生もそうです。この基本を見失うと間違った方向に行ってしまいます。 写真を撮影するという、単純な一挙一動の基本を思い出せばよいのです。そこに全ての答えがありま すから。写真というものは目の前にあるものしか写せないのです。それだけを精一杯考えていればよ いということですかね。

キヤノンとニコン

https://photoxp.jp/pictures/216350 以下のコメントは、このキヤノンとニコンユーザーの考察の続編ということで書きます。(^^ゞ  ニコン派かキヤノン派か。というのは要するにその2社メーカーの持つ社風によるところが大きいのじゃ ないかと私は考えています。大体はキヤノンユーザーはざっくばらんな人が多そうですし、ニコンユー ザーはストイックで厳格なという感じです。それは撮影時の服装にもよく現れていますね。 キャノン使いのカメラマン https://photoxp.jp/pictures/216273 ナイコン使いのカメラマン https://photoxp.jp/pictures/216232 ネイチャー海外カメラマンの紹介・・・ David Yarrow Reveals his Photography Secrets - YouPic Inspiration for photographers ニコン派 https://www.youtube.com/watch?v=QcVRe9X5Prs Safari of my Life - Wildlife Photography Documentary with Klaus Tiedge キヤノン派(長いです) https://www.youtube.com/watch?v=ugTThtin5Ng 今回の動画はアフリカのサファリです。前回の北極圏のオオカミと比べればそう厳しい撮影環境ではあり ません。ここでもニコンとキヤノンのカメラマンの違いというのがよくわかります。ニコン派のカメラマンは 突っ込んだ撮影をされています。(写真はやや大げさではないかと言う気もしますが) キヤノン派の方は だいたいのところでオーケーねっていう感じですか。(笑)  それはそうとアフリカのサバンナの光景というのは圧倒的で、大陸そのものであり山がなく海がなく隠れ る森も樹木もなくて、それこそ弱肉強食の世界のようです。 機材的にキヤノンかニコンか、ということでは・・・ https://aozora-ref.com/nikon-canon https://www.rentio.jp/matome/2019/02/canon-nikon-compare/ こんな感じだと思うのですが、現実的にはキヤノンユーザーがニコンユーザーの2倍以上は多いのじゃ ないかと思われます。既にキヤノン対ニコンかというような構図ではありませんね。もしかすれば日本で はソニーユーザーがニコンユーザーの数を今では上回っているかもしれません。 先発したニコンがキヤノンに負けてしまったというのは、その社風のもたらす厳格さが返ってあだになっ たところがありそうです。ややゆるやかなキヤノンは、結果的に多くのユーザーを取り込むことに成功し ました。 総合的なカメラとしての性能ではキヤノンが上ですね。特にAFが。露出もそう。両メーカーとも使っている 私の感想です。(これらは今では改善されていますが) デザインも(使いやすさの)キヤノンが上でしょう。 レンズは好みというところがあります。シャッター音はニコンが断然に良いです。 私の場合、以前から不思議な気がしていたんですが、ニコンの場合は比較的純正レンズを多く持ってい るのですが、キヤノンの場合は純正率が低くて、その分シグマが多いんです。今回その理由がやっと わかってきました。 シグマは多分ニコン的だと思います。(タムロンはキヤノン的かな) シグマにはストイックなイメージがあ ると思っています。それでキヤノンにシグマを着けると、ニコン的になるんじゃないですかね。(笑) あくまでもイメージの世界の話ですけど、そういうイメージがユーザーの心理におよぼす効果は高いと思ってます。またキヤノンは多く出回りすぎているから避けるという方もいます。 写真は面白いもので、あまりにもキレイに撮れすぎるカメラは嫌だなってところがあって、それでむしろ 打率の低いカメラの方が愛おしいというところがあります。その典型がシグマのカメラなんてすが、要は 小細工をしないストレートなカメラの方が面白いということかもしれません。最初から画像処理している ようなカメラは便利かも知れませんが面白さには欠けますから。(実は技術的に言っても、キレイ過ぎる 画像のカメラは純粋さがスポイルされていて、画像の威力、パワーが落ちています) それを言えばキヤノンも素の画像が出てくるカメラですので良いカメラだと思います。ニコンは偏っている ところがあるのですが当たれば極めて良い画像が得られます。 写真は記録でよいと言えばそうですが、やはり面白さがなければわざわざ写真を撮ろうかという気は起き ないのではないでしょうか。それから写真もカメラも、イメージが大切なので機材の持つ雰囲気も大事に したいなあという気がします。自分が納得できるというイメージですね。 この自分が確立するべきイメージを持っていないと、やたら写真を量産して自らが戸惑うことになるから です。逆にまた極右になりすぎて機材への思い込みが強すぎるというのも問題ありですかね。 ところで今回、特に私が眼を見張ったのはカメラマン氏の服装です。(笑)  この件に関してはニコンユーザーの勝ちというところです。きちんとした服装でなければ自分の納得した 写真は撮れないと思いますから。とにかく何事も基本が大切です。どんなに短時間の撮影でも、キレイで なくてもボロ着で良いから、キチンとした服装(サンダル履きなんかではなくて)で撮影に臨みたいものです ね。自分の写真へのイメージを持ち上げるには、まずは服装です。 そしてこの服装というのは、ハレとケの哲学に通じます。ケという当たり前な日常とは別に、ハレという 特別の時をもってして写真をするということ。ですからケのスマホでは、画像ではあっても写真にはならな いという気がしています。要は気持ちの問題だということですか。 なお予めお断りしておきますが、この投稿に関してのコメントを頂いても(その心配はないわけですが)、 返事のコメントはできなくなりました。掲示板のセキュリティが上がり、ご覧のように写真投稿はできても 文字だけのコメント投稿が私のPCではできなくなりましたので。ただし閲覧は可能なので、今後も皆様の お写真なりコメントは見ることができますので楽しみにしています。

お父さん家族

お母さんは所要があってサイクリングに参加できなかったみたいですね。(^^ゞ  ペンタックス50ミリf1.4レンズ。銘玉というか、マニュアル時代から設計が変わっていない古いレンズ ですが今だ現行品のようです。図らずしも生き延びてしまった銘レンズでしょうか。(笑) ペンタックスはフジと同じで現像時には何もしなくて良いという画質で、面白くないと言えばそうですね。

出水

先週の日曜日の撮影から1週間後の今日、やはり小雨の中の撮影になりました。(^^ゞ  桜の花びらはほぼ散ってしまって落ち葉ならぬ落ち弁です。撮影地は出水(ですい・でみず)で、 鹿の井出水と言います。出水にも形成的にいろんなタイプのものがあるようです。これは昔の 旧河川が出水になったようですね。綺麗に整備されていますが、地元の人しか知らないミニな 観光地です。(笑) レンズはシグマ50-200APSレンズ(超音波式)です。ペンタックスマウント なのに手ぶれ補正付きレンズ。

菩提寺

小雨の中の花見になってしまいましたが、門前の桜と境内の大木桜が満開でした。 ペンタックスはまともなレンズを所持していず、これはシグマAPS用18-50F2.8です。まあ解像力は ある方のレンズですかね。とにかく実用レンズです。 しばらくはペンタックスを使ってみたいと考えていて、何はともあれ、まともなレンズを持っていない、 というのが面白いかなと考えてます。古いフィルム時代の標準ズームレンズ、壊れていたのですが バラして組み立てなおすと動きました。

センサーの話

クワトロHの画素数を計算すると、4128x6192ピクセル出力なので、フォビオンセンサーのトップ側の ブルー層は2550万画素だということになります。グリーンとレッドの層は各1/4づつですから、それぞれ 640万画素ですか。640万+640+2550万画素。合計すると3800万画素ですかね。これはニコンのD800 と同じということになります。私の感覚からいってもそんな感じです。 クワトロHには大きな弱点がありまして、それは像面位相差AFセンサーがイメージセンサー内に埋め 込まれているということ。これがあるために結構ノイジーになる場合があります。その点、dpクワトロとか シグマfpなどはコントラストAFのみなので画質が綺麗です。その違いは相当に大きいと考えているの ですが、この指摘をされている方はあまりいないと思います。私は画質のことしか考えないので、この 点に関しては大いに気になっているところです。 これは画質の印象として、漠然とした表現ですが、画質に「しっとり感」という湿度があるかどうかで推し 量ることができます。このしっとり感覚を感じるには、性能のよいPCとよいモニターが必要になります。 ですから純粋にクワトロの画質を楽しみたいとなると、dpクワトロを選ぶべきだと考えるんですね。 シグマfp、言うまでもなくこれが今後のシグマの路線です。ソニー製ベイヤーセンサー、フルサイズ2400 万画素でローパスレスです。そしてAFはコントラスト検知のみなので、画質は非常に綺麗ですね。 シグマfpのRAWファイルは、フォビオンセンサーのカメラと同じ形式ですので、シグマSPPで現像でき ます。ネットで作例を見ても、ソニー製カメラよりも私的にはしっくり来ます。ソニーアルファ7よりも画質は 優れていると私は考えますね。 fpはマウントが新しいライカLマウントなのでそのLマウント専用レンズを購入するか、もしくはシグマ製の マウントコンバーターを購入すれば一眼レフのシグマSKレンズが装着できます。 シグマSDメリルはクワトロ方式ではなく純粋なフォビオンセンサーなのですが、総画素数は4500万画素。 ですからクワトロHは画素数でも劣っているということになります。無論SDメリルには像面位相差AFセン サーなるものはありません。画質としては明らかにメリルが上です。クワトロHが勝っているのはセンサー 面積が大きいということ、それだけだと言えます。 そのセンサー面積のことを言えば、当然にシグマfpが上ということになります。フルサイズですからね。 おそらく位相差センサーを埋め込んだsdクワトロとsdクワトロHのセンサーは既に生産を終了している ものと考えられます。dpクワトロのセンサーはまだ作られていると思いますけど。 ネットを見ておりますと中途半端なsdクワトロセンサーよりもシグマfpのほうが良い、という指摘もあって、 私もほぼ同感かなっていうところも無きにしもあらずです。(笑) シグマSD10、SD15と並んで迷機だった ような気がしてますね。しかしdpクワトロは画質的には名機だと言えます。混同されてはいけないので 強調しておきます。 今回のアップ写真はニコンD2Hというカメラで、400万画素APS-Cカメラです。特徴的なのはLBキャスト というCCD的なCMOSセンサーを搭載していたということです。このセンサーは不人気で後続機はD2H Sのみで短命に終わってしまいました。私的にはこのセンサーの絵は好きです。撮影条件が良くなければ いけないのですが、たっぷりとした光量があれば良い絵をだしてくれます。

ペンタックスK20D 野鳥

シグマSD14とバッテリーが共通ということで、これもまた久しぶりでペンタックスを持ち出しました。(^^ゞ レンズは20-40F2.8-4でしたか。小さいですがカワセミが写っています。 カワセミは池でも川でもいっぱい居るのですが、標準レンズ撮影では小さすぎて撮影には向きません。

リアルなレンズ

このシグマ50-100ミリは、一言でいうとバカレンズですかね。重さは1.5キロほどあり太く長いです。 それでこんなレンズを使う人間もやはりバカカメラマンということになります。シグマのレンズでも売れて いない筆頭だろうと思いますね。およそ実用には程遠いレンズだろうと思いますから。 しかしこのレンズもシネマレンズに洋装を変えますと、よく売れているレンズだそうですね。ズームとい うのが大きなメリットだろうと思いますから。 このレンズを光学一眼レフカメラのファインダーで見ますと、驚くことに裸眼で見る光景よりも綺麗なん です。綺麗に見えるというのは、やはりコントラストが付くからでしょうね。たいへん抜けが良いレンズで すし、コントラストも強まり、フレアもないので逆光状態では特にクリアに見えますし。 それでファインダーを見てると何でもかんでも綺麗に見えるから写真を撮りたくなるんです。しかし綺麗 に見えるからと言って、必ずしもキレイに撮れるかというとそうとも限りません。(^^ゞ ちょっと面食らうレンズなんですが、とにかくそのファインダーの美しさは特筆モノです。まあ最近の シグマアートレンズは全部そうだろうと思いますが。 最近はズルをして、撮っても写真画像を見ることもしていないので、私の場合は撮影時に如何に良い 気分になれるか、キレイに見えるか。それが第一条件になってしまいました。(笑) これは光学ファイ ンダーカメラの恩恵です。 そうそう、今回の撮影は露出の失敗をしてしまいました。いつものように-0.3EVで撮影するとアンダー の写真が多いんですね。これはきっちりと+-0でないといけないようです。 出てきる絵は大体は地味でのっそりしてます。それを画像処理で上げればシャキッとしてくるんでしょ う。この絵はそんなに処理をしてません。 印象として、良くも悪くも恐ろしくリアルに撮れるレンズではないかなって気がしてます。ですからキレイ に撮れるレンズではありません。しかしこのリアルさ、というのがシネ撮影では有効なんだろうと思いま した。

郷土

ちょっと画像の引っ越しです。(^^ゞ 東北岩手 https://photoxp.jp/pictures/205860 金毘羅 https://photoxp.jp/pictures/205924 綾歌岡田七荒神(塚・古墳) https://photoxp.jp/pictures/206483 飯野山 https://photoxp.jp/pictures/206657 志々島 大楠 https://photoxp.jp/pictures/208076 まんのう町 備中池 https://photoxp.jp/pictures/208794              https://photoxp.jp/pictures/208791              https://photoxp.jp/pictures/208792              https://photoxp.jp/pictures/208793 まんのう町 天空盆地 https://photoxp.jp/pictures/208790 まんのう町 毘沙門天 https://photoxp.jp/pictures/208804               https://photoxp.jp/pictures/208802                  https://photoxp.jp/pictures/208801               https://photoxp.jp/pictures/208800               https://photoxp.jp/pictures/208799               https://photoxp.jp/pictures/208798               https://photoxp.jp/pictures/208797               https://photoxp.jp/pictures/208796               https://photoxp.jp/pictures/208795 徳島 那賀川 https://photoxp.jp/pictures/209468 最初と最後を除いて全て地元県内の撮影です。 私kusanagiが生まれ育ち、現在も住んでいる香川の写真ばかりです。 これは私の写真でもあるのですが、それ以上に地元の写真でもあるということで、当初から 郷土の記録としての観点から撮影をしています。 写真の為の写真ではなく、機材のサンプル写真でもなく、自分の写真自慢でもありません。 もし私にも写真の強さというものがあれば、それは地元の写真を撮り続けている、その一言で あろうかと思います。 たまには気分転換で県外の写真も撮りますけど、あくまでも個人的な小さな記録ということで 済ませています。県外、四国外の写真は借り物です。 写真の本質は、おそらくは身近な郷土に関する記録であり、少しの表現であり、また新たな 発見であろうかと考えています。それ以上でも以下でもないようですね。 長く写真を続けて楽しもうと思えば、何かひとつ目的がなければならないでしょう。その目的は 極めて具体的でなければなりません。一番簡単なのは郷土の写真を撮り続けることです。 中には高画素のカメラも使っています。極めて危険とも(私が)言い続けている超高画素カメラ ですが、そういうカメラも使って行きたいと考えています。郷土の写真を撮り続けている限り、 その本来の目的を見失わない限り、機材によって自分を失うことはなかろうと思いたいです。 しかし用心はしていかないといけません。 逆の観点から考えれは、自身を見失う者は、高級なカメラやレンズを使うこと。ブランドを求める こと。そして写真の為の写真をしていること。つまり写真文化の中だけでしか思考していないこと。 高級機材とは、プロ機、超高画素モデル、高額なレンズ、解像力のあるレンズ、フルサイズの カメラ、ローパスフィルターレス、フォビオン素子、などなど・・・・切りがありませんが。 こういう機材は魔物なので不用意に使うと自分を失うのかもしれません。 そしてこの掲示板をみても分かることなのですが、廉価機やオールド機、オールドレンズなどを 使っている方は自分を見失っていません。また撮影対象を身近なものに限っている方もそうです。 こと写真では経済学で言うところの限界効用逓減の法則が強く当てはまるように感じられます。 つまり極めようとすればするほど本来の姿からは遠ざかってしまうということです。ほどほどの 機材で程々の撮影をしているうちは良いのですが、つまりその地点で最高の効用が得られると いうこと。それで欲を出して、もっと良いものを得たい、もっともっとと、際限なく求めると、しっぺ返し を食うということです。 これは人文的な思考法ですね。一見して技術的な科学的な考えではないみたいですが、しかし よく考えれば、技術工学の分野でも十分通用する法則であり考え方です。つまり落とし所がある ということですかね。 ①高級機材、②広げた撮影対象、③写真文化への欲望、この3つのうち、全部があれば超危険 です。(笑) 1つだけならば問題がないです。2つならば注意信号です。 添付写真は塚とも言われる小さな古墳です。写真に写っている向こう側は平野ですが、写真の 背後は台地地形になります。その狭間にこの古墳はあるんですね。古地図ではもっと多くの古墳が あったそうですが、現在残っているのはこの古墳のみ。 なんにせよ、生き残るというのは大変なんです。