Capture Oneソフトウェア 作例

無題

よかったです。なんとか古いPCでも写真投稿ができて。(笑) 下の写真はオリンパス・フォーサーズ用12-60青線です。 この写真はパナライカ12ミリf1.4。 マイクロフォーサーズのカメラは、古いフォーサーズ用レンズを装着しても軽すぎるという欠点があり、 次には古い一眼レフのフォーサーズカメラも使っていきたいと思ってます。やはりカメラはある程度の 重さがないと運動にならないといいますか、上腕筋の運動が疎かになって身体のバランスが崩れます。 脚という下半身だけの運動では不十分であると痛感しています。

たつき諒著 『私が見た未来 完全版』

たつき諒著 『私が見た未来 完全版』 幻の「予言漫画」復刻!飛鳥新社刊 22年の沈黙を破り、作者が新たな警告!10月5日発売・・・ その帯に、本当の大災難は2025年7月にやってくる、とありました。 本を読むがきり南海トラフ地震ではなくて、信じがたいことですが海底火山の一種で、スーパーホット プルームという巨大爆発のようです。こういう火山爆発は滅多になくて、何万年何十万年に一度の 出来事なのですが、(地質学的年代ですね)、著作の詳細な内容を見れば、例えば台湾・香港・フィリッピン などが陸続きになるような・・・という下りは、膨大な火山排出物の軽石が吐き出されればそういう現象 が起きるわけですから、極めて理屈には合っているわけです。 それから大災害ではなく大災難という言葉に拘っているみたいですが、災害は自国領土で起きるもの ですが、他国の領土や公海で災害が起こって、その災害を不本意にもらってしまう、ということでは災難 という言葉であるわけですね。 南海トラフだとそれは日本の経済的排他区域ですから自国領土であるわけですが、発生する場所は フィリッピン海プレートのど真ん中、つまり公海上です。これで大災害ではなく、大災難という言葉が出て きたようです。 作者は夢占いのような予言であるということなんですけど、こんなに理論として理路整然とした夢がある ものなのかと、私としては不思議でしようがないわけですね。 とにかくその爆発で日本列島には大津波が押し寄せてきます。太平洋側の海岸に面した平野は、ほぼ 水没するということです。津波の高さは東日本大震災の3倍とか。当然に西日本の太平洋側が災害に 会います。 なお、津波の発生時刻も書かれていて、2025年7月5日午前4時18分のようです。 占星術では、土星木星の合、天王星と金星の合、太陽と木星の合と出てきます。天底にはどうやら火星 があるみたいですが。まあ確かに惑星のこういう会合の多い時に地震などが発生しますので、占星術か ら言ってもあながち間違いとも言えません。 それからフィリッピン海プレートのど真ん中の爆発ですから、津波が日本にやって来るまでに時間がかか ります。それは十分に非難する余裕があるということですね。しかし身一つだけ助かっても困るわけなん でして、それであらかじめ何年か先に予言のようなものが、もしくは当然に科学的観測で火山予知などが あれば、持てる物は予め非難しておくことが可能です。 それともうひとつ、著作には書かれていませんが、巨大火山爆発があれば、それは東南海トラフ大震災 を必ず引き起こすということも考慮に入れておかなければなりません。間髪を於いて大地震も併発すると いうことです。 著作者のたつき諒さんという方は漫画家をやっていた女性の方ですが、2011年3月の東日本大震災を 言い当てたということで話題になった人物です。次回の2025年7月が予言的になぜその日なのかの理屈 は不明ですが、とにかくそういうことを書いている著作です。 普通に第2弾の著作を出して、本が売れれば・・・という軽い考えであれば、それは普通に東南海大震災 の予言とするでしょう。これは何時来てもおかしくない地震ですからね。しかし海底火山という、しかも巨大 な、滅多にない地質学的にも稀な火山爆発を出してきたのは、これは本当に不思議です。 もちろん、たつき諒さんはスーパーホットプルームという巨大火山爆発だと言っているけではなく、単に私 が書いているだけなのですが、科学的にそのように大災害を起こすのはそれしかないという意味です。 とにかく如何にも不思議で理解に苦しむ著作であるわけです。しかし非常に理屈に合っていることを書か れておりますので、だた一点、信じがたいけれどスーパーホットプルーム爆発があるということを私の頭 の中で突破さえすれば、極めて容易に氷解するものであるわけです。 2025年7月と言えば、あと4年後弱ですね。その程度の未来であれば十分に視野の中にいれておく事が 可能です。 今回は突拍子もないことを書きましたが、もしこの予言が現実のものとなると、大災難を受けるのは日本 だけではなく、東アジア全体がこうむる被害だということです。これでは戦争どころではないわけですね。 この大災難から立ち上がる国力、国民の力が試されるということです。例えば中国の原発は沿岸部に多 数存在します。それらは放射能災害を乗り越えられるのでしょうか。極めて疑問です。 著作には少し分からないところもあって、二匹の龍のことなどはそれです。ドラゴンと言えば中国なので すが、その意味するところが不明です。グーグルマップの太平洋海底図がドラゴンに見えただけの意味 でしょうか。 ホットプルーム爆発はプレートとは関係のない理由で起きるわけですが、結果としてフィリッピン海プレー トがやがては太平洋プレートに飲み込まれていくという、そういう地質学的な未来予知のようなものかも知 れません。 それにしてもスケールの大きな予知ですね。これには感心してしまいます。(^^ゞ  津波の後では霧が出る、とあります。これは考えられる話です。それから街にはプレハブで古着屋が開店していて新しい服はないとの描写も。5つの階段がある歩道橋という描写は不思議です。港には桟橋があ り、諸外国の人々が船で日本に来ているようなことも。韓国人、米国人、インド人、フランス人・・・。大災害 ですから各国の関係者が日本に来るでしょう。こういう繊細な描写もあって、妙に現実感もあるんですね。 著作者は横浜の人ですから、東京湾もそのように津波に襲われるということでしょう。 東京湾より以西の太平洋側は当然に津波に襲われます。沖縄などは震源地に近いので悲惨なことにな るはずです。相模湾、敦賀湾、静岡、名古屋、大阪湾、高知、九州、そして韓国南部、台湾、中国沿岸部 フィリピン、インドネシア、ニューギニア・・・津波は最後には太平洋の東端まで届きますから。 私の住む香川県は内海ですらそんなに津波の被害はないでしょう。それでも東の方は海側の街が水没し そうです。隣県の徳島はたいへんですね。高知平野は全て水浸しかもしれません。 当たらない予知であって欲しいと願うばかりですが、もしもの時は、日本海側の人々が日本を支えること になります。 著者は、大災難後は希望の持てる明るい未来が見えていると書かれていますが、それは慰めのようなも のであって、現実は悲惨です。ただ人的な被害は少ないだろうと思えますね。人さえ無事であれば復興 はできますから。 まあ、想像力もこの辺までかな。(^^ゞ  ※写真は溜池を歩いておりましたら、桜らしきものが咲いていました。彼岸桜でしょうか。 しばらく私の古いPCでは掲示板が閲覧できませんでした。現在は可能です。投稿の写真はできますか。 コメントはできませんけど。

丸亀

https://photoxp.jp/pictures/218369 の続きということで書いていきます。 パナソニックのマイクロフォーサーズ機には1200万画素のカメラと1600万画素のそれと、2機種あります。 PC/モニターがよくないと、そのレンズの性能を見ることができないということを書きましたが、それは高画 素版の1600万機種の場合です。というのも1200万の低画素機はPC/モニターの性能差が少ないのです。 つまりセンサー密度が高くなると、そのレンズの性能を見るには高品位PC/モニターの助けを借りなけれ ばなりませんが、低画素機ではそれが不要であると言うことです。このセオリーはフォーサーズだけでなく 全てのフォーマットのカメラで原理的に言えることです。 高画素カメラという、カメラの解像力や画素数というものと引き換えに、豊かな発色を失うというのが高画 素・高密度のセンサーでカメラであるということなのでしょう。 今回上げた写真もPC/モニターによる相違があまりありません。しかし木々や水面の緑の色などは豊か な中間色で出来ていますので、やはり画素数が少なくなると発色に関しては有利であるということでしょ う。 正直言って、GF2という、コンデジと変らない大きさのカメラが、こんなに良く撮れるとは以外だったので す。要は画素数を取るか、色をとるか。そういう選択であるということかも知れません。 ところで、この写真、建物の歪が大きいですね。建前の建物の屋根のラインが、大きく糸巻き型に曲がっ ています。これでは観光写真としては落第であって、このパナライカ、良い描写をするものの歪が大きす ぎるという欠点があるようです。ここらは本来はカメラメーカーではないメーカーのものなので致し方ない のかも知れませんが。 (このレンズ歪みは、このレンズが12ミリであって、けして24ミリではないといことに本質的な原因がある わけです。逆の視点からみればフルサイズ機の広角レンズは設計上とても有利なのです。) そんなわけで、フォーサーズ機に於いても、カメラのセオリーである低画素有利の法則(発色に関して)が 見られて有意義な発見というか再確認ができて良かったと思ってます。 フォーサーズは他のフォーマットに比べて、もとより高密度のセンサーを採用し続けていますので、容易に 限界特性が発揮されて、結果的にカメラの仕組みが良く分かるような教材機となり得てます。 私がこのフォーサーズ機という小型のカメラを評価しているのは、ひとえにカメラの本質がより良く理解で きるからだと言うことです。 軽自動車の排気量や馬力に限界が設けられているように、フォーサーズ機もそうでありセンサーサイズを 大きくすることができません。軽自動車では時速200キロは出せませんね。それで安全に限界特性を知る ことができるのですが、フォーサーズ機もそのようになっているということでしょう。 私が今オリンパスやパナソニックで試していることを、もしフルサイズ機などで試せば大変な心労を伴うこ とになり、とてもではないですがもう私にはできません。 1200~1600万画素だと画素数的に安全であり、画像を見ていても疲れがありません。これがフルサイズ だと3千から6千万画素の土俵になりますからね。 フォーサーズ機は現在、ソニー製の2000万画素にまで上がっていますが、それでも2000万画素であり、 APS機やフルサイズ機としては普通機種です。その普通機と同じ画素数のレベルで、カメラの限界特性を 知ることができるというわけですから、フォーサーズ機の有利さを感じます。フォーサーズ機、実は知る人 ぞ知るマニアックなカメラだということでしょうか。

中津

昨日の投稿で、丸亀中津万象園の話が出ましたので、ちょっと見てきました。外周の散策のみで園内 には入らず。撮影場所は讃岐浜街道の金倉川河口の橋の上からです。まさしく川の砂州の上に築庭さ れたという感じそのものです。松ノ木が茂っているのが庭内で、椰子の木のところは運動場ですね。 昔は庭園の一部でしたが以前の持ち主が市に寄贈されたようです。 今回は園(大名庭園)そのものではなく、その立地に眼を向けての撮影でしたので、いつもと勝手が違い ましたが、特定の目的を持って撮影するのも面白いと思いました。

中津

上の写真は金倉川河口の西方向の撮影でしたが、東側はこのように造船所となっています。 古い大名庭園に、最新の造船所の組み合わせが面白いと私は思っています。昔は塩田だったところな んですね。藩主はなによりも藩の産業の発展を願っていましたので、この光景を見て泣いて喜ぶだろうと 思います。私はこの巨大クレーンこそが現代の天守閣だろうと思ってますよ。(^^ゞ 

中津万象園

撮影中、微風が吹いていて、久しぶりに松風の声を聞くことができました。今の若い人は松の風音などは 知らないだろうと思いますが、三橋美智也の古城で、松風騒ぐ丘の上 古城よ独り何しのぶ・・・という歌が ありました。松林に風が吹きますと、さぁーとか、ざぁーとか独特の音がするんですね。これは松ノ木独特 の音です。物悲しいような、しかしそのざわめきに何か期待感があるような風音ですね。何かがやってくる という感覚です。 松ノ木の林そのものが無くなりつつありますので今回は懐かしく風音を聞くことができました。 ♪松風騒ぐ瀬戸の海 古庭よ独り何しのぶ・・・

丸亀港

これは丸亀城のある丸亀市の古い港。そこに立つ太助灯籠(江戸講中灯籠)です。つまり金比羅詣での 港だったいうわけです。この灯篭の直ぐそばに、丸亀うちわの創始者 瀬山登の像があります。 「伊予竹に土佐紙貼りてあわ(阿波)ぐれば讃岐うちわで至極(四国)涼しい」と歌われている丸亀団扇を 産業化した立役者です。これも金比羅詣での参拝者のお土産に最適というのもあったでしょうね。

丸亀港

太助灯籠からの撮影。レンズはパナライカ15ミリF1.7。松竹梅の竹か梅レンズ。 今回パナライカの12ミリf1.4をメインに撮影しましたが、その圧倒的な描写に、買って良かったと涙してい ます。(^^ゞ このレンズとオリンパス14-35f2が私のお宝。(笑) オリンパスのような色気はあまりないん ですが、その怜悧な解像力と豊かな発色が気に入っています。 なお、このレンズをパナのカメラに着けると、プログラムモードの絞りプログラム値が開け気味になるんで すね。オリンパスのカメラだと普通絞り設定ですが。パナは態とそうしているのかもしれませんが、私は 絞り開放気味で撮る癖はありませんので、いちいちプログラムモードを正常にずらさなければなりません ので不便ですね。 良いレンズを買えば、どんな古いカメラでも蘇るということであり、レンズの魔法を楽しむことになりまし た。だたこのレンズはミラーレスのマイクロフォーサーズのレンズですから、古いデジイチのカメラには着 きません。というよりも、ミラーレスのレンズだからこそ、これほどの性能を出せるということなんでしょうか ね。このレンズ、まだまだ性能に余裕があるようで、GH2ではなく、もっと新しいカメラに着ければよいのか も知れません。 ただ少し気をつけなければならないのは、フォーサーズのような小さなセンサーの画像と言うのは、最近 はスマホのカメラもそうなんですけど、注意深く見ていかないと本質を見逃してしまいます。 例えば、この撮影したパナライカは15ミリはトルクフルなレンズです。発色は濃くて高コントラスト。しかも 解像力も確りとあります。しかし中間色は12ミリに比べれば単調ですね。これは小さなセンサーの欠点を 補う為に、わざと中間色を飛ばしているのでしょう。 小さなカメラやスマホなんかが綺麗で良く見えるというのは実は錯角なんでありまして、高性能なPC/モニ ターで見れば、この15ミリと12ミリの描写の違いというのは歴然としています。しかしPC/モニターがよく なければ逆転現象が起きるんです。安いレンズの方が良く見えたりしますから。 ここに大きな落とし穴があって、多くの人達がそれにはまっているという気がしてます。10万円を超えるよ うなレンズは高級レンズですから、それなりにPC/モニターがよくないと、そのレンズの性能を見ることが 永遠にできません。

丸亀城

仕事の合間に、ついで撮影ということで。丸亀城ですが、石垣修理はいつもの定点観測撮影です。 使ったカメラはパナGF2で只みたいなカメラです。初期のG1と同じ1200万画素ですが、古いレンズも AFが効くというくらいのメリットしかありません。動画ではフルHDが撮れるということですか。 使ったレンズはオリンパス14-35F2とパナライカ12ミリF1.4です。後者は非常に解像力がありますね。 今回、初めて使用しました。 よく ピンからキリまでと言いますが、姫路城から丸亀城までと言い換えてもよさそうなくらい、この城は 何もない城です。あるのはちっさな天守閣と大手門だけ。しかしその分、樹木は多くて散策にはもって こいのところかも知れません。昔はもっと大木が茂っていたのですが石垣保全の為に伐採されました。 現在の城郭は観光の為のものですが、おそらく築城当時もその程度の意味しかなかったろうと思って います。城主の威厳を知らしめる為のものであり、外から見てカッコよければそれでよかったのです。 この城で特徴的なものは石垣であり、石は豊富に使われています。全て花崗岩ですかね。瀬戸の島 から切り出して運んできたものと思われます。この城は港に近い場所にありますので、さしたる労苦は なかったろうと思われますがそれでも相当な年月がかかっています。(藩主は生駒家、山崎家、京極家 と短い間に変っています) 面白いのは築城当時は大手門は、この写真の反対側の南側にあったようですが完成時には北側の 海に面した方向に作り替えられています。南側の中讃平野ではなく瀬戸内に表を向けるという意味は 当時の、時代の経済の変遷を垣間見る思いがして興味深いです。 第2代藩主の京極高豊の時代に海岸際の中津万象園の別邸が造られ、藩主はそこで政務をとられて いたのではないでしょうかね。 もっと面白いのは丸亀藩の支藩である多度津藩ですが、たった1万石しかないのですが良港を備えて 瀬戸の海運を握っていたというものです。それで江戸末期すら明治初期にかけては豪商が多く出て、 その蓄積資本によって香川の近代化の先陣を切ったという歴史的経緯があります。鉄道、電力、銀行と、 その発祥は多度津藩にあったというわけです。それらが現在のJR四国、四国電力、114銀行と受け継が れています。 私としては撮影対象は山里とか溜池とかが本業なのですが(^^ゞ、たまにはこのような観光的なものも 撮影しています。観光と言いますか、土木建築物も好きなのです。最近は特に石が好いねえっていう ところがあり(笑)、この城の膨大な石群が心地よいです。

無題

瀬戸内の穏やかさは、これを見てくれれば一目かと思います。風はほぼ無風(というか何時も風はないん ですな)です。となりの島まで数キロはあると思いますが、小じわのような小さな波だけであり、その波は 浜に打ち上げる波と変りません。大波が来たとすればそれは大型船の引き波ですね。 遠泳が得意であれば隣の島まで泳いでいけそうですが、しかしそうはできません。画面でも縞模様となっ て見えていますが、これは潮の流れなのです。この潮目を突っ切るには手漕ぎであればカヌーが必要で す。大きく流されてしまいますので泳いではいけません。 瀬戸の海を泳いでいると、海水温が急激に低くなったところが潮の境目で、これをよく知っていないと危険 です。 しかし光景としてみる瀬戸の海は、これほど平和であって太陽はさんさんと照り、島影で変化に富んでい て眺めていて飽きることがありません。自然の海岸線がつづく道路をサイクリングしながら走るのは最高 の心地よさがあります。気候として温暖で日照時間がながく風がなく雨もふりません。夏場は蒸し暑いの ですが、冬はないと言っても過言ではありません。瀬戸内といえばミカンであり、これは日照時間の長さが 必要で、海面に照り返す日射量がさらにミカンの甘みとなります。ブドウとかオリーブとかもそうです。 瀬戸の海はまた朝焼けや夕焼けも素晴らしい景観を見せてくれます。とくに四国側から見る夕日は絶景 のようて、よく広島県のカメラマンが香川に訪れます。夕日スポットとしては香川の観音寺や、三豊市の 荘内半島が絶景です。愛媛では越智半島の西側から見る夕日でしょうか。ある程度の海の広がりがあり 且つ、島影もあるというのが絶景ポイントとなるみたいですね。(^^ゞ  もし一点だけ夕日スポットを挙げろと言われれば、荘内半島の紫雲出山の山頂からの眺めでしょうか。 東に北に備讃瀬戸が見下ろせ(讃岐平野も)、西に燧灘と芸予諸島、南に四国山脈の連なりが見えて、絶 景の満載となります。ちなみに此処は浦島太郎伝説があります。もしかすればここは竜宮の地そのもの かも知れません。 瀬戸内からは外れるかも知れませんが、愛媛県の宇和海も絶景です。奇妙な半島が数多くあり海は美し いです。 日本列島は一千数百万年前にアジア大陸から分離しました。剥がれ落ちたというのでしょうが、そこで 日本海が生まれ日本列島が誕生したんですね。プレートテクトニクスの大きな作用が働いてそうなったの ですが、その時の副産物として瀬戸内は同時に生まれたんではないでしょうか。小型の日本列島の中の さらに小型の部分列島が四国だったのかもしれません。もちろん氷河期には陸地になるほどの深さしか ない海ですが、このミニチュアのような海は意外と古い歴史があるように思えて仕方がありません。 この瀬戸内は古くは九州を分断する海をも含む長さをもった海だったようで、今の有明海と続いていたの かもしれません。なお北と南に2つに分かれていた九州はその後の火山活動(阿蘇山や雲仙岳、国東半 島)によって現在はひとつの島となっています。 これは瀬戸内の西側の話ですが、じゃあ東側はどうなっていたのか。と問えば、おそらく近畿を南北に分 断していて、古琵琶湖や伊勢湾にまで連なっていた可能性があります。 そういう古い瀬戸内を想像するのはなかなか楽しいものがあります。(^^ゞ  つまり九州から中京に到る西日本圏というのは、ダブルの二重線の列島だったのではないですか? それは中央構造線を見てみれば一目瞭然であり、そのラインの北側が瀬戸内になるわけですから。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A#/media/ファイル:Tectonic_map_of_southwest_Japan.png こんな感じでして、考えてみれば瀬戸内海はその列島二連構造を今に残す古い地形であるということに なりそうです。サイトの画像では、中央構造線は最終的には南関東の太平洋にまで延びていますね。 とにかく地形的に見て、瀬戸内とは日本列島最古の地形構造ということになりそうです。ただ正確に言え ば中央構造線は数億年前に出来たものでして、日本列島がまだ誕生していない頃の話なんですね。(^^ゞ  ですから瀬戸内は日本列島よりも遥かに古い時代のものなんです。(なので上記の記述の…その時の 副産物として瀬戸内は同時に生まれたんでは…というのは間違いということになります) 大風呂敷を広げてみますと、古代の瀬戸内海は、今の九州有明海から瀬戸内海、古大阪湾、古琵琶湖、 伊勢湾、そして東京湾にまで連なる長大なものであって、この南北列島二重構造の証しとして、今もその 当時の姿を残しているのが今の瀬戸内海ということになりそうです。 日本列島は東西でもダブル構造ですが(フォッサマグナや伊豆半島を入れれば3重構造)、実は南北でも 2重構造であったことになり、この日本列島の生い立ちの複雑さを見る思いがしますね。 ( この話は九州から北海道道南までの話しでして、沖縄などの南西諸島孤島群、北海道中央から樺太、 道東から千島列島、伊豆諸島などはまた別の成り立ちとなっています)

無題

瀬戸内の魅力のひとつに、と言いますか、そもそも海の魅力のそれには、船に乗る、というのがあると 思います。海は眺めるものではなくて渡るものなのですね。(^^ゞ それは山を眺めるのではなく山に分け 入る・登るということと、とてもよく似ていると思います。 本土から海や島を眺めるのは風景でありますが、船に乗って海を渡り島に入れば、それは自分がその 風景の中に入ってしまった、というようなことになるはずです。もちろん山もまたそうですね。 ですから本当に海を知ろうとすると、また感じ取ろうとすれば、やはり島にいかなければなりません。しか し大きな島や賑やかな島だと、淡路島とか小豆島や直島なんかだと、あまり島とか海とかを感じずにすん でしまいます。やはり過疎の島が、島らしいですし、海を身近に感じることができます。 過疎の島にはほんとうに何もありません。自動販売機すらない島もありますから。ないと言ったら本当に ないのです。でも船はあるんですね。(^^ゞ 車はなくても船はあるのです。そもそも船がなければ島に 渡れませんし、漁船も多くあります。 この撮影は小型のフェリーから撮影していますが、写っている船は小型のチャーター船ですね。このよう なタイプの定期客船も運航しています。小型なのでスピードが出て、車並みのスピードは出るでしょう。 瀬戸の海と島を巡る旅の、その大きな魅力のひとつが、この小さな船旅であるのは確かです。乗船した 瞬間に、私は海にでた、海に入ったという情感が強く湧き出でくるのです。船の振動と揺れと潮風の匂い と、巻き上がる潮で顔が塩っぼくなり、そして空にもカモメが舞います。 小さな過疎の島は、常に海が視界に入り、海の存在を一時たりとも忘れることがありません。そよ風は 常に潮風であり、自分が立つ陸地の小ささを意識せざるを得ません。島に住めば必然的に海の人である ことを意識させてくれるのでしょう。 しかし海は船さえあれば陸地よりもスムーズに移動する人ができ、その積載量は陸のそれの比ではあり ません。この瀬戸内の海は多くの船主たちを生み出しました。海運業であり造船であり、瀬戸内は今でも それらが強いです。 日本の歴史を見ていても不思議に、海人たちや水軍たちの話があまり出てこないんですね。これは恐らく 戦後史観の特徴なのかもしれません。左翼知識人の頭の中はひとえにソ連とか中共とかの影響が強く、 彼らは大陸の人々であるからです。海に縁がない国々です。 海から眺めた本当の日本史観を是非とも構築して欲しいものです。 そういう海からの眼で瀬戸内を眺めてみますと、地味がうすく雨が少なくて貧乏な県ばかりである、という お話が少しづく覆ってくるんですね。三大財閥といわれる三菱・住友・三井ですが、三菱と住友は四国の 出身です。三井は近江ですか。琵琶湖です。つまり海と大きな関わりがあるんだということです。 なぜ香川県のような小さな県が独立してあるのか、というのも海運の海からの歴史観から見れば納得が いく話であるわけです。 江戸期の香川の特産物としてあげられるのが、採石と塩業と綿花ですか。それらには全て瀬戸内の海と 深い関わりがあります。石は重いので海際でなければ産業が成り立ちません。綿花は魚肥が必要で燧灘 の鰯が使われました。古くは瓦製造なども香川の特産物でした。花崗岩が風化した粘土が豊富でしたし、 これも重いので海運がなければ成り立たない産業です。 江戸時代、天下の台所の大阪と北陸東北の米どころを結んでいたのは瀬戸内の海運業者が主だったん です。咸臨丸の水夫の多くは瀬戸内の人々でした。その伝統は今でも続いていて、日本帝国海軍、海上 自衛隊も瀬戸内が本拠であるわけです。潜水艦を造れるのは瀬戸内の神戸だけですし、造船業日本一 の地域は瀬戸内です。そして海の神様の金比羅山は香川県にあります。 そういえば金比羅山というのは実は香川の内陸にある山なんですね。海の神様なのに海際にはない。 これは不思議に思うかも知れませんが、金比羅山のある象頭山・大麻山は香川平野ではどびきり高くて 600㍍あります。他の山が皆低いのでこれでも高いわけです。そして形が台形型をしていて、これは見る 位置によって姿が変わって見えて、それで備讃瀬戸を行きかう船乗りにとっては親しみのある山となって いるのです。 金比羅詣では伊勢神宮などと並んで江戸期に大流行をしました。今で言う旅行ブームですか。これで 香川は大分潤い、団扇産業なども発達しました。そういえば讃岐うどんなどもそうですね。香川は降水量 が少なく日照時間も長く、平野の地形が緩やかな扇状地地形なので水はけも良くて、麦の栽培に適して いました。サトウキビ栽培もそうですね。 この小麦と塩業の塩と燧灘のカタクチイワシで讃岐うどんが出来上がるのです。(^^ゞ 金比羅山にお参り すれば、うどんを食って土産の団扇を買う。そして参拝者達の湊として高松、丸亀、多度津などが潤いま した。ちゃっかり観光産業もやっていたということです。 この金比羅観光でも、やはり根底には瀬戸の海というものかあるわけで、全国津々浦々の庶民がオラが 村にはない内海という光景に憧れてやって来たものと思われます。 明治期に入って最初に国立公園に指定されたのは備讃瀬戸の海です。正直言って私のように子どもの ころから瀬戸内に馴染んできて今も此処に住むものには、瀬戸内海の風景のよさというものが分かりま せんね。(^^ゞ 自然に昔からそこにあるものですから、良いも悪いも判断することができないわけです。 瀬戸内は広いですが、どこに行っても香川の海の光景と同じ雰囲気がします。同じような故郷の感覚で あるわけです。 私も稀に本州に出かけて北陸や東北を旅して、そして帰りに瀬戸の海を見た瞬間に、我が家に帰って 来たという気持ちが出てきます。山口でも広島、岡山、兵庫でもみな同じ光景と匂いを持っているんです ね。それは土地という地面ではなく、海というものが醸し出す独特の感覚や特性かもしれません。 考えてみれば金比羅山、伊勢神宮、出雲大社、それらはすべて海と深く関わっています。それらは奈良 や京都の寺とは赴きを異にします。大陸からの伝播文化とは違うものなのでしょう。 この国には、どうやら大昔からの海人の緩やかな文化文明と、そして稲作伝播と国家的大陸文化の大き な2つの流れがあるように思えてきます。時代の脚光を常に浴びているのは後者の文化文明なのですが ここにもうひとつ、瀬戸内に代表される海人の長いながい歴史があるように思えてならないのです。

無題

久しぶりに瀬戸の島撮影をしました。持ち出したカメラはパナGH2と、保険の意味でのオリM-1。 レンズは古いオリ14-54の竹レンズと、同じく古い9-18のフィルター外し梅レンズです。 今回もまた少し失敗です。ISOオートが最高400にまでしかなっていなかった。(^^ゞ 室内での撮影の半分 はブレ写真でした。保険のオリでカバーできますけどね。それともうひとつ失敗。16:9のワイドで室内まで 撮ってしまった。3:2に戻すのをうっかり忘れていました。 とは言え、このGH2の撮影画像はかなり良いです。欠点はシャープネスの半径が大きく出ること。毎回、 修正が必要です。もうひとつ全体的にアンバーがかかること。しかしこれは欠点というよりも修正の余地を 残しているということで好感が持てます。 画像処理用のPCで、上記の2点だけ修正して現像しましたが、ネット用のPCに送って見ればやや安っぽ い感じに見えますね。(^^ゞ しかし当初のRAW画面でみる画像は相当なものがあります。 このGH2、カメラとして使いにくいところが満載ですけど、まず3:2の画像で撮れること。そして修正は必要 だけどオリジナルと言いますか、現実の光景に極めて近い絵が撮れるということで、非常に良いカメラだ と思いました。 画像の雰囲気として、オリンパスのようなアンバーを抜いた透明感はないのですが、これはこれで忠実な 画像であって、パナソニックの画像エンジンは優秀だと感じます。しかしそれを見るには、それなりのPCと モニターが必要というのは、やや一般的ではないかもわかりません。 今回の島巡りは古民家撮影と、後は自由な撮影でしたが、自転車を持ち込んでの撮影行でした。マイク ロ・フォーサーズのカメラは小さくて自転車の前カゴにすっぽり納まる大きさなので助かりました。後ろの 荷台にはペットボトルやサンドイッチを乗せていましたので。自転車と言ってもママチャリで、坂道は押さな けねばなりませんが、荷物を持って歩くよりは随分と楽です。下りは怖いほどのスピードになります。(^^ゞ  最近は自分で投稿をして、自分で考えるというパターンが身に付きましたね。(^^ゞ 完全な自己満足の写 真になるわけですけど、到って気が楽ということになります。自分の気に入った写真が出来ていればそれ でいいという感じですけど、本来、写真というものはそういうものかも知れませんね。 フォーサーズが良いとか、パナのセンサーが好いというのは、極めて個人的な感覚です。しかしそれを突 き詰めていかないと自分の写真にはならない、ということかも知れません。

無題

久しぶりに使うパナソニックは、その設定を完全に忘れていて今回は大失敗の巻きでした。(^^ゞ  G1とGH2を持ち出しましたが、G1は気に入っているオリンパスの9-18ミリF4-5.6が、不思議にAFが効き ました。他のレンズは全滅で、MFになるのに。これは嬉しいです。 GH2はRAW設定が失敗。また液晶設定も失敗で見難いままで撮影しました。ちっとは勉強してから撮影 に望まんかい、と言いたいところ。(^^ゞ しかしお陰で、RAW圧縮すると相当に画質が落ちるということを 学びました。JPEGよりはマシな画質ですが、何にせよ圧縮は画質を落とします。 今回GH2の画質は分からないのですが、G1の画質はなかなか良いです。当然にGH2の画質も良いはす ですね。 なをG1は当初ISO設定を間違って撮影していて、その高感度の画質は良くなかったです。 G1は古いミラーレスなので当然だと言えますね。GH2は多分それほど悪くはないと思いますが、なべて パナソニックは高感度撮影に弱いと言われています。しかしその分、通常の撮影では良い画質であるわ けですね。こういうのはシグマと同じスタンスだということでしょう。 G1とGH2はボディ内手振れ補正がありませんので、オリンパスM-1と比べれば撮影力が弱いですね。 それとサイレント電子シッャターがないので、これも不便。小型ミラーレスカメラはメカニカルシャッターを 使うと膨大な電磁波を浴びます。ほぼ無対策であるわけでEVFを使うのは危険です。当然に最近のパナ ソニックはこれら諸問題は既に解決されているので問題はありません。ある程度の新しいパナを買ってみ ようかと考えています。 そして思うに、どうやらパナのモデルですら、1600万画素まではパナソニックセンサーだけど、2000万画 素のセンサーとなるとソニー製になるようです。 オリンパスのM-1は1600万画素でパナセンサー、そして像面位相差AFのセンサーです。かたやパナの 1600万画素は、同じくパナセンサーですが、位相差AFが仕組まれていなくてコントラストAFのみですか ら、原理上はオリンパスよりパナソニックの画質が良いということになります。実際にはどうだかは分かり ませんがね。 ※写真はG1で、オリンパスのマイクロフォーサーズレンズ40-150ミリF4-5.6です。キットレンズなので手持 ちはしていたのですが、使うのは今回初めて。プラスチックマウントです。 カイツブリでしょうか? 住宅地に囲まれた小さな池で、鳥も大分人馴れしているようです。

無題

フォーサーズと言えば、オリンパスだけでなくパナソニック(ルミックス)もあります。私が所持しているパナ のミラーレスはG1とGH2くらいですが、久しぶりに使ってやろうと箪笥から取り出しましたが、G1のほう は塗装が加水分解してベタベタでした。ある程度はぬぐいましたがまだきちゃないままです。(^^ゞ  しかし電池を入れれば動きましたので、次回はこの2機種を使ってみようかと思ってます。 G1は確か初めてのミラーレスカメラだったかと記憶しますが、GH2やオリM1に比べれば画質が未熟で 暗部はノイジーです。そして大体のフォーサーズレンズをアダプターで着ければAFではなくMFになりま す。(画像拡大はする) 画素数は1200万画素ですね。 GH2はそこそこ新しくて1600万画素。オリM1と同じです。フォーサーズレンズでもAFが利きました。 ただしM1と違いコントラスト検知AFのみですので合焦は遅いですね。そしてG1もGH2も電子シャッター がなくて機械シャッターのみのようです。M1のサイレントシャッターに慣れていたので、レリーズを押して 音が出るのに最初は戸惑ったほどです。(^^ゞ  とにかくこの2台とも正常に動作するので嬉しいですね。とくにGH2の特筆すべきことは4:3、3:2、16:9 のフォーマットでも撮影が出来、その対角距離は全て同じと言うことで横長撮影をしても画質が落ちませ ん。ちなみに4:3では1600万画素ですが、3:2では1500万画素、16:9は1400万画素となります。 フォーサーズではどうしても長辺が短くて広角レンズ使用に不利だったのですが、GH2ではそれを挽回 できます。 パナはオリと比べて、ゴミ取り機構やボディ内手振れ補正がなくて(私の持つ古いカメラでは)、いまひとつ というところなのですが、このバリアブルなフォーマット形式は気に入ってます。 とまあ、此処で書いたことは全て忘れておりまして(笑)、カメラを触りながら、且つネットで調べて書いた わけです。最近は忘れることが多くなりましたね。と言いますか、どうでも良いことは忘れるようにしてい ます。(^^ゞ  しばらくフォーサーズカメラが続きますが、このカメラを使ってみて改めて感じたことは、小型のカメラを 精一杯使って行くことの面白さです。フォーサーズの1600万画素の撮像密度を、フルサイズにしますと、 おそらく6000万画素くらいになるのではと考えます。これはほぼイメージセンサーの限界であるわけで、 その限界性能を1600万画素という、心身共に負担にならない画素数で試せるという面白さです。 そして多くのフォーサーズの撮像素子はパナソニック製であって、私のお気に入りなのです。古くはコダッ ク製CCDであり、最近のものはソニー製なのですが、私としてはコダックとパナソニックのセンサーが気に 入っているのです。パナソニックのセンサーが好きな人なんて普通はいませんよね。(^^ゞ みんなソニー 製センサーが良いと言います。今の時代、もうソニー製とキヤノン製ばかりになってしまいました。

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このオリンパス9-18f2.8-3.5のレンズ、あまりピントの合いが良くありません。迷ったり合わなかったり します。( なお、この投稿写真自体は、わざと現像の段階でぼかしてます) それで次回の撮影ではフィルターを外して撮影しようかと考えています。フードは72ミリの金属製広角 フードを付けてますが、その外寸が86ミリなので、取り外した時は社外品のレンズキャップが使えます。 ちょうど7-14ミリの出目金レンズのような具合で使おうかということです。 もうひとつ、オリンパスの70-300の他社製のフードは金属製のものをつけているのですが、かなり浅くて 不満です。 ピントがイマイチという気がするのは、フードが適切でないと感じているからです。それでネットでオリジ ナルを探してみますと、なんと私が今使っているフードよりも短いのですね。 これでは意味がないということで、余っているフードを3個つなげて゛自作してみました。テープでくっける だけの簡単な工作です。そうするとフードの長さは18センチにもなりました。しかしなんと、この長さでも 最短70ミリ側はケラレないのです。驚きでした。 結局メーカーのフードというのはケラレの問題というよりも、使いやすさのレベルで決められていることに なります。 究極に画質を目指すならば、使い勝手を無視して長いフードでも良いことになります。例えば自分は300 ミリ側しか使わないので、それ専用のフードということになりますと、きっとフード長は30-40センチでもよい ことになるはずです。(^^ゞ  こんな感じで自分なりのカスタマイズをしようとすればいくらでも可能かなって思いますし、それで画質を 上げる事もできるというわけです。なにも無理して高価な買い物をする必要はありません。 フォーサーズカメラは性能に上限があります。軽自動車とおなじように限られた中での開発であるわけ ですが、それはユーザー側にとっても同じであって、逆に考えれば、このカメラやレンズの最大の性能を 引き出すことが容易いのですし、またその限界に挑戦すること自体が楽しみにもなってくるわけです。 軽自動車は低馬力ですからドライバーはフルスロットルが可能です。しかし普通車の高出力車はとても ではありませんがフルスロットルは不可能ですね。免停になるか事故を起こすかです。 そこに、小さなフォーサーズカメラの真骨頂があるように思えています。

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フォトコン板・キヤノン板に興味深い写真が載っていました。 https://photoxp.jp/pictures/218202 https://photoxp.jp/pictures/218200 撮影者は西関東の方ですので、こういう用水路が当地では未だ健在であるという珍しい写真となっ ています。 注目すべきはこのように末端の用水路が木製の杭打ちで造られていることです。こちらではあまり 見かけなくて、古い末端用水路は簡単な石垣です。もっとも今はコンクリートが殆どですよ。さらに 最新のものは塩ビの暗渠方式となってますし。 この田んぼもおそらく古の方式を保存しているような施設かもしれませんね。用水だけでなく田んぼ と畦の間にも角杭が見られます。ともかく面白い写真を見せていただきました。 ※写真は初期のオリンパス14-45のレンズ。

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最近はマイクロフォーサーズのカメラばかりを使っていて、その使いやすさに安心感があります。 フォーサーズは最高画素数が2000万画素となっていて、それ以上に行くことはできません。(特殊な 撮影では可能) この画素数の限界という安心感も大きいのかもしれません。 最初はマイクロフォーサーズレンズを使いましたが最近はアダプターを介して古いフォーサーズレンズ も使っています。やはりある程度の大きさがあると現場では使いやすい気がします。 フルサイズなんて本当に必要なのかな?って思うほど、マイクロフォーサーズカメラは使いやすいです。 メーカーは撮像素子サイズに限界を設けていますので、必然的に画質には上限がありますが、それでも 十分な写りをしてくれますし、コンパクトで撮影に出かけるのに大げさな用意は必要ありません。 この手軽さがフットワークの軽さに繋がり、撮影に出かけやすい雰囲気を出してくれます。もっとも各社 メーカーは軒並みミラーレス機となり小型化したのは事実です。 しかしそれでもフォーサーズの意義は無くなっていないと私は考えていて、それはやはり画素数の上限 が2000万画素で打ち止めということなのかもしれません。APSならば3000万画素行きますし、フルサイズ ならば6000万画素までいきます。シグマのコンパクトなカメラでもフルサイズ6000万画素なんですね。 自分の心を制御してフルサイズを2000万画素で止めて置く、としてもやはり画質は高画質ですし、さらな る高画素への誘惑というものがあります。しかしフォーサーズの2000万画素はもうギリギリの画質ですし、 背伸びいっぱいという感じで下手をすると、すぐさま画像は破綻します。その精一杯さが気持ちいいと 私は感じています。これは皮肉で言っているのではなく本当にそう思います。 なんていうんですかね。これは軽自動車のようなものかも知れません。排気量と寸法が決められていて その規格をオーバーすることなく軽自動車は作られているのですが、馬力がないゆえに安全な車になっ ているということです。もし皆が全員軽自動車やフォーサーズカメラであれば世の中は平和ではありま せんか? フルサイズの数千万画素の高画素高画質機などというものは300馬力のGTカーのようなもので、あっと いうまに100キロ180キロでます。それは恐ろしいほどの車やカメラではありませんか。 多くのカメラマンがこのフルサイズ信仰によって倒れていってしまったのではないかと私は感じています。 オリンパスの1600~2000万画素のカメラが、考えてみればフィルム時代の135判小型カメラに当るのて はないかと思い始めています。それでフルサイズなどは確実にフイルム時代の中判カメラ、大判カメラと なっているはすです。そういうカメラで多量に写真を撮影していったいどうしようと言うのでしょうか。 どうしてもフルサイズを使いたいならば、せめて低画素タイプで、レンズはスタンダードレンズで行くべき でしょうね。 まあ、これが私のカメラへの最終結論のようなものかもしれません。

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フォーサーズならば望遠レンズでしょう?ということで、70-300ミリF4-5.6青線ED入りです。超音波式で はないのが残念。この手の70-300ミリクラスは手振れ補正付きで各社から出ているメジャーなズームレン ズですね。オリンパスはボディに手振れ補正がありますのでこのレンズはブレ補正なしのレンズです。 300ミリ側となるとブレの収まるのに時間が掛かります。もっとブレ補正の強力なカメラが欲しくなりました。 車のルーフにレンズを持つ手を置いての撮影です。一脚さえあれば手振れ補正をプラスすればかなりな 撮影をこなせそうです。 この写真のように溜池には大体は石碑があって、何の池か名前が分かるようになっています。 今のところは溜池や水辺、神社に石像が私の撮影のテーマらしきものです。(^^ゞ 

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こちらにある出雲大社の別社です。島根の本社と同じ様式ですね。オリンパス14-42ミリF3.5-5.6青線 スタンダードレンズ( このレンズはこの後沈胴式となり、現在のマイクロフォーサーズにも引き継がれてい るようです)で撮影、マウント部は金属ではなくプラスチックです。ボディキャップ代わりにしていたんですが 今回初めて使いました。

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山の中の古寺跡で見つけた磨崖仏です。蚊に刺されながらの撮影でした。オリンパス9-18F4-5.6の レンズです。後期型の青線で一応EDレンズが入ってます。

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この写真も初期のオリンパス14-45ミリF3.5-5.6のスタンダードレンズです。それなりにきちんと写ります。 ある古寺の石造の仁王さんです。左腕は失われています。当然ながら左右2対ありまして、これは左側 のものです。相当に古そうですね。山門は朽ち果てていました。本堂等は既に何もなし。

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オリンパスのレンズの松竹梅で述べたように、メーカーが販売するレンズには使用途によって段階的 なクラス分けがなされているようです。価格とスペックでかなり明確にされていて、ユーザーが一目で 分かるようになされていますね。 それはレンズだけでなくカメラボディもそうなんですが、やはり分かりやすいのはレンズです。同一ボディ に同じミリ数のレンズで、スーパーハイクラス・ハイクラス・スタンダードの各レンズを付け替えて撮り比べ てみれば、レンズにおける描写の違いというものが良く分かるというものです。 そうすると最も現実の描写に近いのがスーパーハイクラスのレンズになります。とくに絞りが開放値に 近くなればなるほど顕著です。良いレンズは、まず抜けがよくて透明感があります。中間色が豊富に出 で発色が優れています。コントラストはあってもそれが汚くないです。つまり柔らかい描写をするので、 画像処理で自在にコントラストを強めたり弱めたりしても画像が崩れません。 そして当然ですが各収差は抑え込まれていて画面のどの部分をみても綺麗です。ピント面はシャープで ボケ部分もなだらか。F値が明るいので光量の少ない状態でもISO感度を抑えて撮影できます。画質も 荒れないということです。 このような性能を達成するために、レンズは大きく重くなります。場合によってはAFができないレンズも 存在します。そして価格はうなぎのぼりとなりますね。視力と体力と財布に自信がある方はそういう超 高級なレンズを買うのも悪くはないでしょう。 それではそのような高価格のレンズがユーザーにとって、どのようなものをもたらすのか。どんな結果 となるのか、ということを考えて見たいと思います。 それから高級レンズを試すにはそれなりのパソコン環境というものが求められます。そんなにハイスペッ クでなくともよいのですけどPCもモニターもそれなりのものが必要です。 高級レンズを使われている(いた)方々は、この掲示板でもそうですが様々な方がおられました。ただ撮 影する対象としては主に身近なものを対象物として選んでいたように感じます。取り立てて特別の対象 物を追いかけるということはされていなかったように感じますね。 ごく普通の視点で、ものごとや光景を見ていたという気がしてます。言わば日常の延長での視点だった というところでしょうか。その日常的な視点を追求してその結果として高級レンズを求めた、という気が してくるんですね。 ハレとケという言葉があるんですが、これはハレ=改まった特別な場や日や対象物、祭りとかイベントと か旅行とかですか。そういう日常とは明確に区別できる特別な空間です。 そしてケというのは、我々が日々すごしているありふれた空間です。 そういうふうに我々の眼の視点というものを考える時、ハレの写真は小型で機動力のある機材でよく、 とにかく写っている対象物が写真としての勝負になります。 ケの方はこれはありふれた日常の視点ですから、我々が無意識に過ごしている空間であり、とにかく見 過ごされやすい視点の写真ですかね。特別に何かを撮ったとかいうのではなくて、言うなれば雰囲気、と いうものが持ち味です。そういう写真の場合は、やはり特別なレンズでなければ表現できないもの、と言 えるのかもしれません。 この2つの写真に対する視点は、実はものすごく大きいのではなかろうか、という気がしています。 それは写真に対する根本的な考え方の違いがあるように思えるんですね。ケの日常的な写真を撮る方 は内省的であり、自分のものの見方こそが大切であり、写真として何かを押し出そうとは考えていないの かも分かりません。 私も少しばかり優れたレンズを試してみると、その描写力により何でもない光景が生き生きと語りかけて くるのが分かるような気がするんです。これは質的な感覚ですかね。うまく表現できませんが。 よく言われるように、レンズにはレンズ沼というものがあるそうです。これは深くディープにはまっていくと いう感覚ですが、言うなれば質的なものでしょう。これと反対に位置するのが量的なものであって、次々 と数多くの撮影をこなしたいという欲望です。こちらは領土拡大欲のようなものかも知れませんが。 ひとつだけ確かなものがあって、それはレンズは無限ではないということです。つまり高級なレンズには 限りがあって、その最高級なレンズを手に入れてしまえば、自分の探求というか、つまりは沼の底に達す るということです。最深部でも最高峰でもいいんですがそこに物理的な限界があるということです。 私の場合は標準ズームや20ミリまでの広角レンズで十分なのですけど、その範囲でレンズをさがして みると案外に対象となる高級レンズは少ないということです。超望遠や超広角など何でもかんでもという と限りがなくなりますが、メーカーを限定して自分の求めるレンズを見てみると、そんなに多くはありませ ん。ということは目指すレンズを手に入れてしまえば満足するということでしょうね。 レンズ沼なんて言うと底なし沼のイメージがありますが、けっしてそんなことはなく、出費は強いられます が無限に落ち込んでいくというのではないのです。ここのところが案外に知られていないのではないでしょ うか。 例えばツァイス・オータスレンズの場合ですが、これよりも上の描写をするレンズは各メーカーをみても 存在しないようです。ニコンとキヤノン、コンバーターを介せばソニー、の各メーカーで使えるのですが、 どれかひとつの高画素カメラがあれば十分であり、(ボディの違いはさほどないというか、そこまでに高め られたレンズです)、私の場合は準望遠には興味がなく、広角28ミリか標準55ミリがあればそれで終わり なんですね。もっともこのレンズ、私には使える能力がありません。 ハイグレードなレンズの話をしてきましたが、そういうレンズを使うっていうことにどんな意味があるのか なって私なりに考えて見ました。もしかするとハイグレードレンズは質的に自分の写真をセーブする働き の意味が大きいように思えますね。 それからハイグレードスペックレンズは、ただ一本だけあればよいように思います。後は普及レンズで 十分です。 それは画質という写真の深度を知る指標になるだけでよく、その精神的なセーブの力でもって他のスタン ダードレンズを精神的に制御できると思うからです。撮影はやはり小型のスタンダードレンズが機動性が あり、歩きを稼げるので理にかなっていますから。そして安くて数を揃えられますし。 ※写真はオリンパス14-45ミリF3.5-5.6。フォーサーズ登場初期のスタンダードレンズです。今やジャンク レンズと言ってよいでしょう。画質は物足りないのですがそれでもちきんと写っているわけです。 この狛犬さんは子持ちですね。(^^ゞ けっこう名の知れた彫士さんが作られたようですが、私としては 様式化された普通の獅子像のほうが好きです。

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このレンズは40-150ミリF3.5-4.5のフォーサーズ初期のスタンダードレンズです。そつなく写っていますが やはり画質はプレーンで深みがありません。しかし小型で持ち運びはよいです。 この神社の拝殿は最近建て替えられたばかで新品です。(^^ゞ 何億というお金が掛かっているでしょう ね。数百年は持つように頑丈に造られています。 https://www.suga-ac.co.jp/info/movie/entry-4697.html https://www.youtube.com/watch?v=wXa_DDExxoE

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このレンズはフォーサーズ後期のレンズ(青線)で9-18ミリF4-5.6です。画質はイマイチですが小型で 歩きに負担にならないですね。ほぼこれと同じ設計のレンズがマイクロフォーサーズのレンズとして発売 されているはずです。 9ミリで撮ればフルサイズでの20ミリ感覚で撮影できるので気に入っています。 私としては広角は20ミリあれば十分なのですが、一度古墳り撮影で20ミリでは収まらなくて再度、12 ミリのフルサイズで撮り直したことがありました。条件によっては超広角レンズも必要なんだなっていう ことですか。 このため池は最新のものでして、ほぼ真四角という形をしていて、香川用水の調整池としての役割を 果たしています。水質を保つ為の工夫が随所にあって、飲料水にも耐えられます。風がなければ鏡面 の広い水面が得られます。普通の溜池は農業用水としての役割が殆どですが中にはこのような池も あるんですね。

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現在のマイクロフォーサーズレンズではなく、デジイチ時代のオリンパスレンズの時は、クラスを松竹梅 に例えて呼ばれていました。 スタンダード(梅)、ハイグレード(竹)、スーパーハイグレード(松)ですか。 この撮影レンズは、E-1を購入した時に着いていた14-54ミリf2.8-3.5でして竹レンズでしょうか。 なかなかよい写りをします。この上に私の秘蔵子として14-35F2.0があるわけです。なお梅レンズは14- 45F3.5-5.6ですが3本ほどあると思います。中古カメラを買うと自然についてきたわけで。 この狛犬さん、なかなか立派で、大きさもあるんですが彫刻のレベルが高いです。同じ金を出しても 製作者の絵心といいますか腕で大きな違いが出てきますね。(^^ゞ 出来上がってしまったものを文句を 言っても仕方がないので設置するわけでずが、中には下手だなっていうのも結構ありますからね。

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このレンズは竹レンズの11-22ミリF2.8-3.5ですか。ミリ数が中途半端ですけど、それは4:3のフォーサー ズだからでして、普通の3:2比率であれば24ミリ相当からとなるはずです。長辺の短いフォーサーズは 横位置ワイドな撮影に不利ですね。 そもそもフォーサーズカメラはセンサーが小さくて、望遠撮影に有利で広角撮影には不利なのですが、 オリンパスは、フルサイズのレンズかっていうほどに鏡胴が太くて、テレセントリック性を稼いでいます。 画質は全てのクラスのレンズで他メーカーよりも優れていると思ってます。しかしフォーサーズ時代後期 や、さらにマイクロフォーサーズ時代となるとレンズは小型化してきたのですが、スタンダードクラスの 画質は劣ってきたように思います。やはり大きなレンズは伊達ではなかったということでしょう。私は初期 型の大きなレンズが気に入っています。 ついでを言いますと4:3のフォーマットは建物を撮る場合には有利なところがあって、言わばシフトレンズ 的な使い方ができて、この写真の場合、下1/4をトリミングすれば建物の歪が少なくてすむんですね。 レンズを上向きにしますとどうしても歪が目立ちますので、つまり柱の縦線をまっすぐにしようとすれば 建物は画面の上の方の寄らざるを得ないのですが、4:3フォーマットは撮影後のトリミングでカバーでき ますね。 神社の造りや維持も、地元の氏子さんらの懐事情や熱心さによって様々です。(^^ゞ この神社は忘れ さられ気味の神社ですかね。今の時代、維持管理するのは大変でしてご苦労様というしかありません。

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おっと、お賽銭ではなくて、お供え物でしたか。(^^ゞ 椀の賽銭入れには写真で見ると何もいっていない みたいな。(笑) 私、一度山の中の小さな神社で、お供え物(缶ジュース)を失敬したことがありました。のどが渇いて いたんですね。(^^ゞ 賞味期限も大丈夫でしたし陽も当たらないところでしたので飲んでも問題はなかっ たです。代わりに空き缶とお賽銭5百円を置いてまいりました。困った時はお供え物に助けられることも あるということで。(^^ゞ