ソニー α7R 作例

ミラーレス

35mmフルサイズ・3,640万画素

2013年11月15日発売

α7Rの仕様

初代α7Rは、2013年11月15日に発売された、解像力を重視するソニーのフルサイズミラーレスカメラである。有効約3640万画素と光学ローパスフィルターレスの撮像系を、本体のみ約407gのボディに収めた。高精細な画像を得ることと、実際に持ち歩ける大きさにすることを同時に追い求めた設計であり、姉妹機α7とはAF方式やセンサーの選択にも違いがあった。

シリーズ
α7R
位置付け
解像力を優先した初代フルサイズミラーレス
ライバル
D800E

α7Rについて詳しく読む

投稿写真 558枚

自然現象2

自然現象2

写真とは、本当は自然と人工の間にあって、我々はそこを行きつつ戻りつして悩みながら やっていくものだと思ってます。 常に自分の写真に納得が行かず、あーでもないこーでもないと言葉の束縛や形の それらから自由に羽ばたきたいと心底願うこと。またそういう試行錯誤の繰り返し。 それが本当の写真という行為ではないかなって思ってます。 写真はカメラやレンズではありません。同様に写真としてしたためた画像でもないと いうことです。写真には形がなく、それは我々の心に形がないのと同じです。 変化自在のこころというものが最も写真というものに近いということですか。 しかし現実世界では経済的に写真というものが成り立っていて、そういうマスプロ的な 画像や映像が幅を利かせています。それらは商品であり形(イメージ)を持ち、言葉の 思い込みをして我々をコントロールするのです。 ところで 東京五輪八輪のエンブレムマークが決定しました。組市松紋という、かなりの通好み のデザインになり他の候補とは圧倒的な投票差を見せました。 印刷の側から意見を言わせてもらうと、この色は一般特色の紺藍カラーインキと同じ です。ということはプロセスカラーで印刷することも可能ですが、圧倒的に優れたインキ の特色カラーインキでも刷ることができ、その仕上がりは素晴らしいということです。 CMYK4色インキを使ったプロセスカラーがベイヤーカラーだとすれば、特色インキとは フォビオンカラーに相当するという喩えだと如何でしょうか。(^^;  ちょっと驚いたのだけど、今の日本でこれほどに優れたシンボルマークがつくられる というのは正直、驚きました。ちょっと日本も変わりつつあるのかも知れません。

マツダ

マツダ

衰退のきっかけは“AT限定免許”!本格的に復活の兆しが見えてきた「MT車」 (1/3) http://autoc-one.jp/special/2626541/ 一周して最先端、オートマにはないMT車の“超”可能性 (1/4) http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1603/07/news058.html 「常識が通じない」マツダの世界戦略 (3/5) http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1507/13/news034.html 様々なタイプがあるシフトレバー… なぜゲート式レバーは急速に普及したのか?ストレート式に戻す車種も http://car-me.jp/articles/3630/2 何年か前に、アメリカでレクサスが暴走して時速160㌔時くらいでクラッシュして4人が 死んだという事故がありました。アクセルペダルが規格外のフロアマットに引っかかって 戻らなくなり、そのまま暴走して事故を起こしたわけですが、車種によっては高速走行中 には無論エンジンを切ることもできないし、それどころかシフトレバーをニュートラルに入れ ても即座には駆動力をキャンセルできない場合があります。 フルスロットルで暴走する車をブレーキだけで止めることはまず不可能であり、ほんとに 止める手段がない!というとんでもない現実があったりするんですね。 そういう場合に、確実に駆動力をカットできるのはマニュアルトランスミッション(MT)車で あり、ニュートラルだけでなくクラッチでも駆動を切れるわけです。 先だっても観光バスが暴走し多くの被害者を出しましたが、これは逆にギアが入らずにニュートラル の状態のままで下り坂を暴走して事故を起こしました。(バスは基本はMT車ですがコンピューター 制御されている半AT車ですね) こういうのは、自動車会社が車を保護する為にコンピューター制御でドライバーの不適切な 操作をカットし、結果としてドライバーの操作を無視してしまい、重大な事故になってしまった ということなのです。車を壊さないためのコンピューター制御が返って人間を殺してしまった という皮肉な結果になっています。 AI人工知能による自動運転とか言う前に、既に今の車もコンピューターによって大きく制御 されていてドライバーが自分の意志で運転できているかと問われれば、いやそうではない のが現実だと言わざるをえないのです。 そこで今、マツダが面白いということなんですね。 日本車は北米では強いのですがヨーロッパではあまり売れてません。そこで気を吐いている のがマツダであり、また上のサイトでも分かるように、MT車に力を入れているメーカーでも あるんですね。 いま日本の車でMT車が設定されているのはスポーツカーか、低価格車だけという現実が あります。それをちょっと崩しているメーカーがこのマツダなんですよ。 高齢者のアクセルとブレーキペダルの踏み間違い事故っていうこともあってか、最近MT車が 見直されてきているみたいですが、AT車やコンピューター制御の車が本当に怖いのは車が 勝手に暴走した場合に止める手段がないというのが、本当は一番の欠点というか恐怖なんですね。 そういうことを皆さん考えずに日々車を使っているわけですが、もしもの場合に暴走車を止める 自信がありますか? zzrさんが広島に来ているとのことであり、ついこないだは北海道だったのにね、と思いつつ、 まあ、裏街道さんはそんなのいつもの事ですから大したことはないのかな。(^^; それで広島と言えば、やっぱりマツダなんです。今のマツダ、なかなか良いですね。 ※写真は古いシグマ20ミリF1.8レンズ。キヤノンマウントなので当然ながら開放でしか使えません。

蕩けボケ写真とは

蕩けボケ写真とは

マクロレンズによる「蕩けボケ」、これが日本人には好まれるっていうことで、 でも海外ではさほどじゃ好まれるわけじゃないということだったですかね。 そういうことが少し前に掲示板で書かれていたことがあります。 この話題は、私もイワユルBOKE写真論ということで、日本人は「手抜きをする美学」が 大好きで、写真における総情報量を極端に低下させるための手法として発達したのじゃ ないかと、以前書いた記憶があります。 写真にはその画素数が大きくなればなるほど、精密で表せる情報量は巨大になる という基本的な仕組みがあります。 メーカーとしては超高画素カメラは、当然ながら高精細な描写をする為の道具として 作ったわけですから、ユーザーがそのカメラへの対抗策として、ボケ多用でもって 高精細な写真でなくしてしまったら・・・ちょっと開いた口が塞がらないということになります。 蕩けボケは別の見方をすれば、日本人はマクロレンズが大好き、ということになるのじゃ ないでしょうか。接写撮影大好きなんてすね。ボケてくるのはマクロレンズですから仕方が なくて、ピントが合う極狭い範囲しか絵にならず、他の大部分はボケの海です。 マクロ接写撮影の対象は、だいたいは花とかであって、虫とかもそうです。水滴なんかも 対象物になります。 もの凄く小さなもので、基本無害で平和な対象物です。被写体はあくまでも撮影の為の 被写体であり、ホントにその被写体に関心があって撮影しているわけではありません。 ちなみに、蝶とか昆虫とかのマニア的な撮影をされる方は、その被写体そのものに関心が あって撮っているわけですから、これは決して蕩けボケ写真を撮っているわけではありません。 同じく野鳥の撮影をされる方も、望遠レンズを使うため、被写体から外れた部分は盛大に ボケ状態になるんですが、野鳥マニアは決してボケ写真を撮りたいと思っているわけじゃ ありませんね。 ところが蕩けボケ写真を目的とする方は、ボケそのものが目的であるという不思議なところ があって、言わばボケの織りなすミクロな世界観そのものが目的であるところがあります。 自分が小さな虫になって、粘っこい空気をかき分けながら飛んで見たりとか、見上げる花の 大樹に感激したりするという、ファンタジーの世界観に浸っているというところがありそうです。 昆虫写真家は決して自分が人間であることを忘れることはありません。所詮、虫は虫だと 考えているでしょう。 実際に光学的には矛盾があって、もし自分が虫になったとすれば、その視覚度は「虫の目レンズ」 でなければ正しくなく、人間が使う長焦点のマクロレンズのボケ世界など、虫の世界には 決して存在しないものなのです。 ですから、蕩けボケ世界などというのは、人間の想像の世界だけしか存在しない世界なん ですね。現実には存在しない抽象の世界、それが蕩けボケ写真です。だから昆虫マニアは 蕩けボケ写真など見向きもしません。非現実的だから。 しかし一般的に言って、蕩けボケ写真は人気があります。一般の人はスマホでも何でも写真を 撮れる時代になっているんですが、未だに人気なのは一眼レフを使ったボケ写真であるわけ です。まあ人気というのはその程度のもので、少し写真をやった人はボケ写真だからといって 特別に意味を認める人はいません。 蕩けボケ写真を撮影する側からの視点で想像してみると、蕩けボケは暇写真だと考えています。 時間つぶしのための写真ですね。はんば写ることを拒否している写真ですから撮っても撮らなくても いい写真です。 蕩けボケのトケは蕩尽(トウジン)の意味であって、蕩けボケばかり撮っていると、多分本当に 写真を撮ることを忘れてしまうようになるでしょう。最後には写真が撮れなくなってきます。 写真が撮れなくなってくるだけでなく、写真を撮る為の自分の視点そのものがなくなってきて溶けて 霧散してしまうでしょう。 簡単に言うと、蕩けボケ写真は文字通り脳みそのボケを誘発するという気がしています。 私は正直言って、ボケ写真はものすごく危険な写真であると考えています。 ※写真は引き伸ばし機のレンズで撮影。フジ75ミリF4.5

一眼レフよ、さようなら

一眼レフよ、さようなら

写真を皆さん飽きずに撮り続けているわけですが、それは撮っていて面白いから でしょうね。夢中にさせる何かの要素がカメラや写真にあるからやり続けているん だと思います。 それから最近はネット投稿の面白さというのも付け加わっているだろうと思います。 人によってはそういうのが合う人もいるわけで。 そういう要素の中で、とりわけ面白いのは、一眼レフの光学ファインダーでしょうか。 なにしろ装着するレンズによってファインダーそのものが変化するわけです。 それに一眼レフ光学ファインダーは既に完成され尽くしていて、画面は美しくて、かつ 高性能で実用的です。 もちろん光学ファインダーのないカメラもあるわけで、そういうのは液晶モニターがその 代わりをするわけですが、晴れの日中はともかく、夕暮れとか曇り空では威力を 発揮できます。 それで光学ファインダーのないシグマdpやソニーアルファで写真を撮って行くと、 写真撮影そのものが、そう夢中になるほど面白いことだとは思えないことに気づきます。 しかしカメラとしては十分に実用的で、また撮った写真は大変高画質でデジイチ には負けません。でも何かがデジイチと比べて不足している。そういう感じはずっと 抱いたままです。そういうのをきっと撮影のモチベーションというのでしょうか。(^^; しばらくデジイチから離れてみて、私としてはデジイチのない現在の写真趣味生活の 方が、返って居心地が良くなっているという気がしています。 今にして思えばデジイチを担いで夢中になって写真を撮り続けていた時代が、 それが良かったとか懐かしいというのじゃなく、あれは一種の中毒に罹っていたんじゃ ないかって、極めて例外的な時期だったって考えられるわけです。(^^; 私がデジイチをメインカメラから外したのは、それに飽きたからではなく、電磁波症状 に悩まされたからです。それで電磁波被害の少ないコンデジやミラーレスにした だけなんですね。そういう極めて個人的な理由からです。 今でもデジイチは使いますが電磁波を避ける手法でやってます。(三脚とかアングル ファインダーとかで) それで実際には、光学ファインダーを捨てたっていう結果になっていて、撮影の所謂 モチベーションはちっとも上がりません。(^^; でも今はこの方が居心地がよくて、本来の自分らしさでやれるのがいいかなって 考えています。 そういえばカメラの中でも、昔はレンジファインダーカメラとか、カメラ自体にファインダー がなくて外付け光学ファインダーを着けたのとかがありました。私はけっこうそういう カメラが好きでした。 光学一眼からすれば不便なのですが独特の雰囲気もあって、利便度としては 今の背面液晶ファインダーのカメラにちょうど匹敵という感じだったでしょうか。 どっぷりと撮影に夢中になって撮影するカメラではなかったわけですが、それがいい 塩梅だったというところがあります。 光学一眼レフックスカメラというのは、やっぱり何か魔性の魅力を秘めていて、 大該の人はそれにやられます。(^^; それで自分を見失う時期があるんですが、何かの 切っ掛けでハッと目が覚めて、再び自分を取り戻すわけですね。でもその時は既に 写真趣味は辞めているわけですよ。 私は写真をやめないで自分を取り戻せたらと、ここ数年やってきたわけですが、 太く短くではなく、これは細く長くのやり方だったですね。(^^; 

カメラを手にして歩くことの楽しさ

カメラを手にして歩くことの楽しさ

カメラは道具ですが、単なる道具ではありません。自分で勝手に歩いてくれるカメラは ありませんので、撮影者が手にもって歩きやすいカメラであるのが第一です。 さらに当然ながら撮影時にスムーズに操作ができるということも。 あまり歩かないような一箇所に留まっての撮影もありますが、ほとんどは歩きを伴います。 良いカメラは持ちやすく長時間手に持っていても疲れません。 こういう良い道具としてのカメラをメーカーは日々研鑽して作り続けているのですが、 手にしてついウキウキと歩き出しそうになるカメラだと、そのカメラは成功したも同然です。 なんといっても写真人にとっては、野山や町中を歩くということは最大の喜びであり、 得られた写真は上手く撮れていればなお良いというくらいのものです。 ネットで写真を見せたり語ったりすることは、まあ付け足しみたいなものです。なくても いいんです。 誰に何の影響を受けずとも粛々として、自ら歩いて撮影を続ける。それが写真の哲学みたい なものでしょう。 カメラなんて持ちやすければ何でも良いと思ってます。軽すぎず重すぎずで、調度良い 大きさと重さが求められます。それは人によって微妙に違うからメーカーは見極めが 大変です。 ただ画質のためにカメラやレンズが大きくなりすぎたり重くなるのは、写真の道理を微妙に 取り違えています。一時は話題になったりしてもやがてコンシューマーは冷徹に見放して いくのです。 シグマクワトロ画質が不評だというような口コミが席巻したことがあります。 これは何でもかんでも、カメラやレンズは画質だという間違った考えをしているユーザー の戯れ言でした。 クワトロの画質がイケないというのは、本当はdpクワトロのデザインがイケないということを はっきりと言えない人間のずるさや弱さだったのです。 実際のクワトロ画質はメリルよりも圧倒的に優ていてほぼ文句のないものでした。 しかしメーカーは一般ユーザーのその勘違いの評価を見抜いていました。 そりゃそうだ、その程度も見抜けなくてメーカーをやってられませんから。 それで、今度のsdクワトロの画質は素晴らしいというユーザーの声が高まりそうです。(^^; それにしても我々ユーザーは、モノの真贋を見抜く力にあまりにも乏しい。それはなぜ だろうか。 写真が座業になっているからである。写真は歩かなければ本当の写真とは言えないという ことをすっかり忘れているからです。 歩けば物事を見る力が着きます。頭が冴えてきます。これはあたりまえのことですね。

オールド&クラシックとは?

オールド&クラシックとは?

アルファ7でもって、マウントアダプターを介して、古いマニュアルレンズを付けたり外したり して遊んでいるのですが、改めて気がついたことは、AFレンズではない古いマニュアルレンズ はとても小ぶりであるという事実でした。 昔のレンズはこんなに小さかったのだと改めて思い至りました。 確かに現在のフルサイズデジタルの画質基準から言えば、周辺部分はお話にならない レベルだと思うけど、そんなに周辺の画質が大事なのかなって考えると、真ん中さえきっちり とピントが合い、画質も良ければそれでいいじゃないかということです。 それよりも小ぶりなレンズは機動性があるのです。小ぶりな単焦点レンズを多目にバックの 中に入れても移動にはさほど苦にならない。 これが今だったら、大きなAFズームレンズ一本を着けてそれだけで撮影を済ますっていうこと だと思います。大きな1本か、小ぶりな数本か。そういう選択になろうかと思いますね。 そういうのは、多分、撮影者の撮影スタイルと密接に関わっていると言えそうです。 とにかく古いマニュアルレンズを久しぶりに取り出してみて、大昔の自分がふつふつと蘇って くるような気分がします。すっかりと忘れていた感覚がオールドレンズから染み出てくるかの ようです。 オリンパスOM、ペンタックスM42、キヤノンFD、ニコンAI、ミノルタMD、コンタックスRTS・・・ こういう時代のレンズは自分の青春の思い出が詰まっているし、そういうことを知らない今の 若い人が使っても、小ぶりな凝縮感のあるレンズは新鮮だろうと思います。 何と言っても適度に粘り気のある調整幅の広いピントリング(ヘリコイド)の感覚が素晴らしい。 最近はクラシックな外観を纏ったカメラが多数出ています。しかしカメラの外観だけをクラシック にしても、その本当のエッセンスは味わえない。昔の良さを体験しようと思えば、やはり実際に 古いレンズを着けて実際に使ってみるしか方法はないはずです。 それにしてもなぜ、最近の製品はクラシックなイメージを求めるのだろうか。 もちろんその根底には行き過ぎたオートマチック、デジタル指向に疑問を持ち始めた人が多く なったからではないでしょうか。商品開発者はそういう時代の気分を敏感に取り込み始めている のでしょう。 外観だけのクラシックデザインに満足する人間は多いです。9割方はそうでしょう。 しかし本物のマニュアルなアナログ性を追体験してみたいという人間も必ずいます。そういう 人間が写真好きならば、最近はとても良い時代になりました。

マニュアル操作

マニュアル操作

少し前に、高齢者の操作ミス(ブレーキとアクセルの間違い)による車の事故を見たこと もあってか、車とは関係ない話ですが、カメラもマニュアルレンズの方が人間にとっては 良いのでは?という気分になっています。(^^; どうも、オートマチック車は操作ミスを起こしやすいようです。理由は簡単でしょう。たぶん 手足も頭も楽をして機械任せでサボるようになるからです。 そう考えると、写真撮影も、ズームよりは単焦点レンズ、AFレンズよりはマニュアルレンズと なるはすですね。(^^; 光学デジイチとマニュアルレンズの組み合わせは視力が良くないと出来ず、ピント合わせは 大変でしたが、最近のミラーレス機とマニュアルレンズの組み合わせはピント合わせは格段に 楽になって、間違いなく実用の機材となっているようです。 それでもまだ敷居は高くて、遠近両用メガネは必要ですし(若い人は不要)、マウントアダプター は昔に比べれば安くなってよいのですが、まだまだ調整や妥協が求められます。 ホコリを気にする潔癖な人や工作が不得手な方には向かないみたいですね。 アルファ7でマウントアダプター+マニュアルレンズを試していくと、マニュアル操作が楽しい。 ということで、画質なんかは二の次で、操作感の愉快さを味わうことになるのです。 画質ということでは最新のレンズを着けてまっとうに使うのが良いわけだし、その究極が レンス非交換のシグDPマクワトロになってるわけでしょ。 そういうことに満足を見出す人もいるわけで、それはそれで良いわけです。 しかし完全オートマチックのカメラがいくら高性能であっても、それが本当に人間に相応しい のかと問うと、ちょっと待って下さいなと言いたくなります。 それからアルファ7には何もクラシックなマニュアルレンズばかりでなく、異種メーカーの最新 AFレンズも装着することが可能です。自動絞りも効いたりするアダプターもあり、もっと行けば AFも出来たりするんだけど、そこまで行くとやり過ぎかなって思います。 あくまでもピントや絞りを手動で操作をすることを体験したいわけで、AFになってはいけない ですね。(^^; オートマック、自動化社会が行き過ぎてしまうとスマホ的になるみたいで、このフォトXP掲示板 もだいぶスマホチックになってしまいました。象徴的にスマホ時代とは、人と人との間に機械 が挟まるということです。もしくは機械が挟まったような状況になることです。 直接的に人間同士が交流することができなくなる。そういう時代ですかね。今は。

Camera Profile

α7Rについて

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

α7Rは2013年10月16日にα7と同時発表され、国内では11月15日に発売された。ソニーが掲げた「世界初」は、発表日時点でAFを搭載するノンレフレックス型レンズ交換式デジタルカメラにおける、35mmフルサイズセンサーの搭載を指す。価格はオープンで、発売日の専門媒体のレビューでは量販店の実勢価格が21万9800円前後と報告された。1公式 ソニー世界初35mmフルサイズ搭載ミラーレス α7シリーズ2レビュー デジカメWatch新製品レビュー ソニーα7R

ラインナップ上の位置付け

α7シリーズは、初めてのフルサイズ購入者を含む幅広い層に向けたα7と、プロやハイアマチュアの解像力志向に応えるα7Rという二つの方向で始まった。α7Rは有効約3640万画素のフルサイズExmor CMOSを採用し、光学ローパスフィルターを省いた。商品企画の郷大助は、最高の解像感を得るという目的から、この画素数とローパスレス構成を選んだと説明している。1公式 ソニー世界初35mmフルサイズ搭載ミラーレス α7シリーズ3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

質量は本体のみで約407g、電池とカードを含めて約465gである。国内ではα7Rはボディのみで販売され、標準ズームのキットを用意したα7とは構成も異なった。マウントはEマウントを使う。郷は、NEXという名称をやめてαへ統合した理由を、システム全体を認識しやすくするためと説明しており、フルサイズ機の登場は名称の整理を伴うものでもあった。4公式 ソニーα7R 主な仕様3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

先代からの進化

α7Rはシリーズの初代であり、特定の先代一機種を置き換える更新ではない。新しい画像処理エンジンBIONZ Xを搭載し、ディテールリプロダクション技術と回折低減処理を導入した。AF時間は従来比で最大35%短縮したと発表されたが、これはメーカーがNEX-7を比較対象にした値である。1公式 ソニー世界初35mmフルサイズ搭載ミラーレス α7シリーズ

AFはコントラスト方式のファストインテリジェントAFを採用した。速度優先連続撮影は最高約4コマ/秒、通常の連写は最高約1.5コマ/秒で、いずれも条件によって変動する。電子先幕シャッターとボディ内手ぶれ補正は備えず、手ぶれ補正は対応するレンズ側で行う構成であった。4公式 ソニーα7R 主な仕様3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

ライバル機種との比較

同時に登場したα7は、有効約2430万画素で光学ローパスフィルターを備え、像面位相差を併用するファストハイブリッドAFを採った。α7Rは画素数だけを増やした同一仕様の機種ではなく、解像感を優先する撮像系とコントラストAFを組み合わせている。同じシリーズの二機種で、重視する撮影の方向に応じた設計を分けていた。3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

専門媒体は、約3600万画素のニコンD800/D800Eも比較対象にしている。近い画素数のフルサイズ機に対し、α7Rは小型軽量なボディという違いを持つ。高画素のフルサイズ画像を得る機材を、どの程度の大きさと重さで持ち出すかという比較でもあった。5レビュー DPReviewSony Alpha 7R Review

開発の背景

小さなボディに1/8000秒のシャッターを収めることは、開発時の具体的な課題だった。設計責任者の須藤貴裕は、部品を削り、配置を何度も見直したと説明している。画質がよくても重さのために持ち歩かれなくなるカメラを避けたいという考えから、小型化の目標は曲げなかった。外形の小ささは完成後の副産物ではなく、開発を通じて守った目標である。3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

コントラストAFにも制御上の工夫を加えた。空間被写体検出によってピントのずれを予測し、合焦位置の近くでレンズを減速させる制御を開発している。α7とは異なるAF方式を採りながら、その方式で応答を高める仕組みを用意した。3インタビュー デジカメWatchソニーに聞くα7R・α7のこだわり

トップカバー、フロントカバー、内部構造体にはマグネシウム合金を使い、防塵防滴に配慮した設計とした。また、Wi-FiとNFCを内蔵し、スマートフォンへの転送やリモート撮影にも対応する。携帯性を重視した構成に、外装と連携機能を合わせた形である。1公式 ソニー世界初35mmフルサイズ搭載ミラーレス α7シリーズ

電源面では本体内充電に対応し、CIPA準拠の撮影枚数はEVF使用時で約270枚、液晶使用時で約340枚であった。小型ボディを持ち出して撮影する際には、この撮影枚数も運用を考えるうえでの仕様となる。4公式 ソニーα7R 主な仕様

利用者の評判

発売期の複数の専門媒体は、小型のボディで得られる高精細な画質を共通した長所として評価した。一方、電池持続時間と撮影速度に関わる制約も共通して指摘し、アクション撮影より、落ち着いて画質を追求する使い方に向くと説明している。解像力と小型化というメーカーの狙いは評価につながったが、撮影の速さや電池には別の判断が必要だった。5レビュー DPReviewSony Alpha 7R Review

2026年10月1日に取得された価格.comの85件の集計では、総合満足度は4.55、画質は4.83、携帯性は4.80であるのに対し、バッテリーは3.08だった。発売時点の集計ではないものの、画質と携帯性が高く、電池持続時間が相対的に低いという項目の傾向は、専門媒体で共通した長所と制約にも重なっている。6レビュー 価格.comα7R ILCE-7R ボディ ユーザーレビュー集計

評判の出典

4件

内容の確認日: 2026年10月1日

α7Rで撮った写真の話題

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