雑感
電車内の、つり革の長さが違うというのは何かの記事で読んだことはあるのですが、写真で見るのは 初めてです。こうして見るとけっこう違和感がありますね。(笑) しかしこれは大変に合理的です。 私が考えるに写真の効用の最大のものは、新たな「気づき」だろうと考えています。写真やカメラは もうひとつの自分の眼であると思うので、やはり自分で写真で撮って、それを自分で見るということは大 事だと言えますね。 デジタルデバイドという言葉があるのですが、一般に、情報通信技術(特にインターネット)の恩恵を 受けることのできる人とできない人の情報の違いとか格差というものらしいです。 同様なイメージで、写真をやっている人といない人の間にも、何らかのデバイドがあるように思われま すね。 しかしネットの接し方にも利益と不利益があるように、写真に対してもプラスだけでなくマイナスもある ということを知っておきたいと思ってます。 私が感心させられているのは、スラムさんの一連の日常的な光景の記録ですね。等身大レベルで 身構えることなく淡々と写真を撮られています。そしてそこに御自信の新たな気づきというものが多々 生まれているのではないかということです。 写真は二度見るといいます。ひとつは撮影時に自分の眼でみること。もうひとつは写真になってから もう一度みるということです。経理も何の仕事も確認が大事です。何度も見ることが深い意識を呼ぶの でしょう。 そしてシッポ座さんも写真に対して、表現というものだけでなくて、そういう日々の気づきの記録という ところがかなりありますね。 お二人とも栃木県の人らしいので、これは県民性というものかもしれません。(^^ゞ 地味だけど非常に 堅実な県民性だと感じています。 ※写真は愛媛西条市のお墓。やたら背が高いのが多いです。もしかすれば南に聳える四国最高峰の 山々の影響かもしれません。(^^ゞ