キヤノン EOS 5D Mark III 作例

2012年3月22日発売

EOS 5D Mark IIIの仕様

雑

『ゴジラ-1.0』VFXメイキング<大ヒット上映中!> https://www.youtube.com/watch?v=tej6GCean34 日本最強コンテンツ 70年愛される「ゴジラ」最新映画 制作の裏側(2023年12月1日) https://www.youtube.com/watch?v=OQJWwXmGZNQ 山崎監督も雄叫び!アカデミー賞にゴジラがノミネート 日本映画は今後どうなる? https://www.youtube.com/watch?v=TJ8C3ClgMPg オマケ War Thunder Cinematic : J7W1 Shinden From Godzilla Minus One ゴジラ-1.0, 震電 https://www.youtube.com/watch?v=k87eYYFsgHE こういう映像画像の制作現場というのは、これはプロの仕事ですから、我々趣味の楽しみ方とは全く 違います。そういうのはプロの写真家とも同じです。頭はフル回転させていますし時間にも追われ ています。じっくりと画像に没入するというか無駄に耽溺している暇はないんですね。 良く似た画像とも言えるものをモニターで見ていても、プロとアマチュアとは脳の中が全く違います。 そういうのは仕事でゲームを製作する人達と、その出来上がったゲームを楽しみ消費する人達とは 頭の脳内の働き方が180度違うということだと言うわけです。 一方はそれで金を稼いで他方はそれで時間も金も失っているということ。 よく似た画像でも、金をとって人様を満足させるのか、それとも密かに自分だけを満足させるのか。 その違いはあまりにも大きいです。大方のアマチュアはそのことがよく分かっていますので謙虚な 写真行為をしています。

雑文

雑文

占星術などは、一般的には関心のないことなのですが、私はこの占星術という、人の人生、及び時代 の風景の解析に興味があります。そしてこの占術と写真とは、案外に関係があるのではないかと 以前から感じていたのです。 今になって思うのは、写真は写真でも黒白写真に限定して、両者は関係があるのかもしれません。 私は昨年から黒白写真を始めました。もしかするとカラー写真にはもう戻れないかもしれません。 この黒白写真というのは、カラー写真と違って、すんなりとは写真が見えません。カラー情報がないので 特別な分析をしないと見えてこないというところがあります。しかし写真としての骨格は勿論あります。 それでカラー写真とは、随分と見方が違ってくるのだと考えています。 人の人生や性格や運勢というものも、色気を取り去ったところから見えてくる法則性というものがあると して考えるのが占星術なのですが、それは極めて黒白写真のスタイルに似ていると思うのです。別の 言葉で言えば、この2つは共時性があったということです。 私のこれからの人生は、残り少ないかも知れませんが、この占星術と黒白写真でやっていこうと考えて います。この20年余、無駄な時間を過ごしてしまったと思っています。それは後悔というのではなくて、 時代がそうだったのだと考えることにしています。しかしこれからの10年余はそうではないでしょう。 確実に時代が変わってきていることを感じるからです。 https://photoxp.jp/pictures/226611 この桐島容疑者の分析は、リバースエンジニアの類で、出生時刻が不明の場合、ネットからの色々な 情報を得て肉付けして分析し、不明の出生時刻を割り出すやり方です。時刻がでれば占術として動きが 出てきて、また占星術として完全となり、自由に計算ができるようになるのです。 そのためには、言わば写真でいうところのカラー情報というものが必要になります。 そういうわけですから、黒白写真(占術世界)だけではダメであって、カラー写真(現実世界)もなければ ならないとなるのです。 ここでの私の能力とは、黒白とカラーの間を行き来できることだと思っています。 余談ですが、生成AIでもってモノクロ写真をカラー化できるようになりました。そうならば占星術もAI化 するのは時間の問題です。しかし本当に大事なのは、占うことではなくて占術を探求することのほうが より大切です。最近はもっと上があるのではないかと考えるところがあります。

ダッジ・チャレンジャー

ダッジ・チャレンジャー

まず最初に。 https://photoxp.jp/pictures/225255 このコメントで・・・ >この車、マニュアルトランスミッシュンです。しかもシフトは 通常のHパターンではなくてシーケンシャ  ルタイプですね。映画の中だけの改造車でしょうか。 これは誤記でしたね。MT車ではあるんですが、普通の4速Hパターンのシフトでした。しかしちょっと 変わったデザインのシフトですね。下記の動画を見ていくと分かると思います。 動画・・・ 生涯の相棒。ダッジチャレンジャー|Andfamilys Co.®︎ 村上 游(Dodge Challenger_1970) https://www.youtube.com/watch?v=XU4MA8r0T2M 【初代ダッジ チャレンジャー】1974 DODGE CHALLENGER爆走試乗あり。ずっと憧れだった初代チャレンジャー買った青年の物語。NA大排気量を途絶えさすな。 10 Little Known Facts About Kowalski's '70 Challenger - Vanishing Point https://www.youtube.com/watch?v=aWl4AWJ9LHs https://www.youtube.com/watch?v=9juSfDUCpVI 1970 Dodge Challenger R/T arrival at our hotel in Carlisle. https://www.youtube.com/watch?v=MgqA2PDu71U Vanishing Point (1971) https://www.youtube.com/watch?v=p6oEgHeN6t8 Vanishing Point - Start and end scenes finally edited together https://www.youtube.com/watch?v=ElKHlwKuSYs Best of the Vanishing Point Challenger https://www.youtube.com/watch?v=2UG6UW6xxTI After the Action: The Fate of 10 Movie Car Chase Icons https://www.youtube.com/watch?v=rvzl7lwrmTs Dodge Challenger 1971 RT 440 Sixpack Cold Start https://www.youtube.com/watch?v=lSzyZ-ubGaM the LAST Vanishing Point Challenger - 1970 Dodge Challenger RT HEMI https://www.youtube.com/watch?v=lJnZ-Nsl05I このチャレンジャーは米国でも人気なんですね。初期型チャレンジャーを追っかけていきますと いくらでも動画かでてきます。 人気の秘密は、ますはデザインが秀逸です。前後左右ともオーバーバンクが大きくて、それが いかにもアメリカン・カーという雰囲気を醸し出しています。そしてシンプルなデザインで無駄が ありません。とにかく大変に美しい車なんですね。 そしてチャレンジャーは初期型が4年ほど生産されて、以降事実上モデルとしては途絶えています。 この希少性というのも人気のひとつです。そして映画の人気というのも大きくあるでしょうね。 動画リンクで最後のものが(その最後で)、アメリカの田舎を走っている姿が見られます。 東京の首都高を走るチャレンジャーには、ちょっと違和感がありますが、それもいいかなって思い ますが、やはりアメリカ車はアメリカの大地を走るのが自然という気がしますね。

映画バニシング・ポイント

映画バニシング・ポイント

『超名作カーアクション『バニシング・ポイント』 50年ぶりに4Kリマスター版で3/3より全国劇場に帰って くる』 https://bestcarweb.jp/news/entame/601601 https://bestcarweb.jp/news/entame/601601?prd=2 >ちなみに、このチャレンジャー、クライスラーの426 hemi V8と言われているものの、実際に搭載して いたのは440キュービックインチ(7210CC)のV型8気筒エンジン。どうもこちらが正解のようだ。・・・  どちらにせよこれは今で言うところのマッスルカーですね。 予告動画 https://www.youtube.com/watch?v=QwRYwNRLdE8   途中で、アメリカン・ニューシネマの枠を超えた鮮烈かつ孤高の雄篇、最後には、地上最後の自由 の魂が解き放たれる・・・とありますね。大げさですが記憶に残る映画でしたね。 https://www.youtube.com/watch?v=_hCB7m3s7XI   この車、マニュアルトランスミッシュンです。しかもシフトは 通常のHパターンではなくてシーケンシャル タイプですね。映画の中だけの改造車でしょうか。 https://www.youtube.com/watch?v=4hU6OdT9u2I  この映画、音楽がいいんです。私のこの映画を50年前に劇場で見た内の一人です。 https://www.youtube.com/watch?v=u83_Q14MSsY  これはVANİSHİNG POİNT 1997というまがい物のリメイク版(TV版かな)のようです。  動画の1/3のところで地元警察官のダッジ・チャージャーが挑んできますが、このチャージャーはATで  すね。リヤバンパーに、マイ・ワイフ・イエス、マイ・ドッグ・メイビー、マイ・ダッジ・ネバーなんてふざけて  描いてますが、ATだというのはトラックにぶつかりそうになった時、ツーぺタルなので分かります。  このチャージーもチャレンジャーも高出力のR/Tモデルなのですが車重とミッションがまるで違います。 今回、ネットで動画を詳細に見て初めて、このチャレンジャーがMT車であるのが分かりました。 確かに、MT車でなければ、いくら映画でも何でもフリーダムなんては言えないわけですね。AT車はカップ の車ですから。MT車は自分で車を操っているのですが、AT車は車に乗せられているだけですからね。 初期型チャレンジャーは前後のオーバーバンクが長くてお世辞にも運動性能が良いとは言えない車です。まだ初期型ムスタングの方がよいでしょう。しかしこのチャレンジャーのスタイルは日本の4代目スカイ ラインに影響を与えたようです。 ダッジ・チャレンジャー・ウイキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC 昔なので4速MTですね。 7リットルがクライスラー・ヘミエンジン搭載のようで半球型燃焼室・クロスフロー吸排気方式です。7.2リット ルよりも高性能です。とにかくたった4年しか発売されていないので幻のスぺシャリティカーですね。 初期型ダッジ・チャージャーはこちでもたまに見かけるのですが(映画ワイルドスピードの影響か)、初期型 チャレンジャーは私は見たことがありません。この映画と写真でしか見たことがない幻の車ですね。 日本のポリスカーは長らくクラウンであったわけですが、そのクラウンがSUV化しました(FFベースの 4WD)。もっともセダンタイプのも出るようなので(水素カーのミライと同じシャシのよう)、そっちになるんだろ うと思いますが、そろそろパトカーもSUVスタイルというのも悪くはないですね。どちらにせよパトカーは 酷使されるので、オートドックスなFR方式を選ぶんだろうとは思います。 日本のパトカーがハイラックスのようなボンネットトラックになることは考えられないですね。大き過ぎます から。まあ丈夫では良いんですが。

雑

とりあえず、撮影場所は小さな半島である庵治半島の、そのまた小さな半島の「庵治町創造の森」を 巡った北側にあります。歴史的には「船隠し」と言われていて、源氏と平氏の屋島合戦の時代の話です。 https://photoxp.jp/pictures/224887/gallery これですね。あっけないくらいに小さなところです。 なお、「創造の森」には野鳥観察の看板が多く掛けられていました。 城岬公園はこれですね。埋立地に作られた新しい公園で、石の芸術作品が展示されています。 https://photoxp.jp/pictures/224889/gallery https://photoxp.jp/pictures/224888/gallery 白黒で仕上げているのではなく、もともと白黒写真しか撮れないカメラなんですね。(笑) 私には宝の持ち腐れでして、白黒オンリーですけど、解像力やシャープさは物凄いものがあります。 そうですか。迷鳥は自分で帰れるんですね。小さな体なのに想像を絶する能力です。脳内には地球的 な地図がインプットされているようです。 迷子になって野垂れ死にするようなことはないようで安心しました。 当方の古いPCのブラウザでは、新規写真投稿はできますが、コメント返しが投稿できません。それで 新規写真を探すも鳥写真が見当たらずで、子猿の写真で代えさせていただきます。(笑) 撮影は愛媛県四国中央市、赤石山山系の麓。

雑感

雑感

現在の日本人の平均寿命は、男は81歳、女は87歳です。 そして健康寿命は男73歳、女75歳ですね。あくまで平均ですよ。(^^ゞ それでその差年は介護を 要する期間となるわけです。一番いいのは生物寿命と健康寿命が一致することです。つまり介護 期間がゼロとなることが望ましいです。 平均寿命が延びれば伸びるほど2つの寿命差が開いていくんですね。 そして介護を要する最大の疾患が脳卒中と認知症なんです。そしてこの2つは生活習慣病そのもの と言っても過言ではありません。そして同時にもこの2つの病気は血液性の疾患であるのも共通して います。 具体的に言えば、高血圧、糖尿病、脂質異常、喫煙、飲酒、心房細動、腎臓病等々です。これらは 全て生活習慣病であり、これが認知症と脳卒中の共通の因子・原因となっています。 脳卒中には、脳梗塞、くも膜下出血、脳出血の3つがあり、認知症には、アルツハイマー型、レビュー 小体型、前頭側型と3つ。 例えば、アルツハイマー型は、まず脳には視神経細胞とそこに栄養を送り込む血管があり、血管の 動脈硬化が進むと神経細胞への栄養補給が途絶え、老廃物の排泄も出来なくなる。その結果、 神経細胞が減り脳の容積が減って萎縮するというわけです。当然に脳の機能は低下して認知症に なるんですね。 健康寿命は男73歳。だからといって73まで何もしなくて良いかというとそんなことは絶対ありません。 73歳になってからはもう遅いんですね。(笑) 私はその20年前から準備をしていかなければならない と考えています。つまり50歳を過ぎれば、健康には強い意識を持って維持と体力保全を心がけなけ ればならないということです。 最近は老後資金が2千万円要るということで騒がれていますが、健康で体力さえあればそんなには 蓄えが必要ではなく、仕事をしながら健康を維持して人生を全うできます。要はお金よりも健康が 大事というわけです。少子化の今の時代、雇用は多くあり選ばなければ仕事は十分にあります。 むしろ潤沢な蓄えをお持ちの人の方が、病気がちというか生活習慣病に罹患している人が多いのが 現状です。ちょっと皮肉めいていますが、得てして世の中はそんなものです。 結局、お金というのは他力のものなんですね。金を払って他人に何かをしてもらう。人が作ったものを お金で買う。これらは全て他力の生き方です。しかし自分の健康は他力では得られないというのが 真実なんですね。 つまり自力。自分の健康と体力は自力でしか得られないということ。幸運ではなく自助努力という実力 の世界です。この実力のある人だけが健康寿命を延ばせるというわけです。 私の場合、写真という趣味を健康維持ということに最大限の意味を見出してやっています。デジカメ を始めた当初からそういう意識でもってやっていますので、健康に害があるということがあれば写真 の形態が変わろうとも気にしません。 電磁波を発生するカメラならばノーファインダー撮影を厭いません。電磁波を出さないミラーレスカメラ は逸早く導入しましたし、眼に悪いと考えるEVFは使いません。最近は黒白写真は眼にやさしいかも ということでやってます。(笑) そしてやはり、写真撮影は歩きです。歩くことは生活習慣病を防ぐには最大の武器ですからね。 この歩きをするためにこそ、私は写真趣味をしていると言っても過言ではありません。 撮影ごとにいつも人様から言われる、写真とは良い趣味ですね、っていうのはこの歩きのことだと 捉えれば、それはそうですね、そのとおりだと思っています。 また単純に歩きだといっても多くのノウハウがあります。そういうのも自分で見つけないといけないで すね。

雑感

雑感

今や人気のイーロン・マスク氏。前回も少し言及しましたが、その生まれ時は如何なものか。(笑) つまり彼のホロスコープを想像してみようというわけです。 生まれ日は判明していますので生まれ時刻を逆解析してみようという試みなんですが、第一候補と して午前8時30分頃かな?というところです。アセンダントは水瓶座17度前後。 大変に早熟です。早くから目覚め、成功の可能性の高いホロスコープですね。成功の秘訣は5室の 初めにある金星( これが火星とタイトにトライン)でしょ。彼は人気があるし金運も良いんです。 しかしそろそろ息切れがしそうな感じもします。40代以降はあまりよい星がないからです。50代の半ば ともなると吉凶の星が同時に来そうですが。 それはともかく面白い星があって、タイトな木星と海王星の合、そしてそれが土星と衝になっていて、 それぞれ重要な10室と4室に位置しています。加えて変革の水瓶座ですので、これは天才の相となり ます。やたらエックスの字が好きな人ですが、それは8室に月があるからかもしれません。 ところで有名人とか言っても特別に普通の人とのホロスコープの違いはないのです。成功する人は まずは遺伝子とか環境が普通の人とは違うんですね。ただホロスコープは人生の時間を制しますので、 それを見ることができるのが占星術の面白さです。占星術のメリットはそれだけです。 後天運の時間とか、大体の性格とかは見えますが、当人の能力までは占星術では見えません。大体 男か女かも占星術では分からないのですから。(笑) しかし考えてみれば、人間の能力とか実力とか知能とかいうのは、個体間で差があるように見えて、 それはそんなに重要なものではないような気もします。有名人で大金持ちであろうが、その反対に質素 で平凡な生活をしていようが、そんなに違いはないんじゃないですか。 それが証拠に人は自分の運勢というものをセルフコントロールすることができないからです。 実力も運のうち、というのがあります。ハーバードのマイケル・サンデル氏が言っていることですが、全く そのとおりだと思います。良い家系に生まれ両親が高所得であれば良い学校に行けて実力が高まり ますが、それはひとつの運であるということです。これは現在の能力主義への批判であるわけですね。 しかしそういう実力というのは本当の実力というものではなさそうです。 高学歴で有名大学を出た人は確かに仕事も良く出来ます。しかしその仕事というのは現在の時代の 仕事という前提が着きます。本当に世の中の為になっているかどうかは今は分からないのですね。 イーロンマスクがロケットを作り電機自動車を製造しましたが、それが本当に世の中の為になっている かどうかは判別できません。もしかすれば地球資源を無駄使いしているだけかも知れないからです。 時代の流れにのって成功はしていますが、それは時代に乗るのが上手いだけだったりするじゃないで すか。 占星術での本当に実力がある人は実に地味です。そしてごく普通に市井にいて特別に有名でも何でも ないんですね。しかしそういう人が満遍なく世の中にいるからこそ、社会は世界はまともに運営されて いるというわけです。 それから時代の流れというものがあります。良い時代に於いては本当の実力のある人が活躍できる でしょうが、時代が下がり気味になると実力的には劣る人が活躍するんですね。この時代の流れという ものも占星術で決められていて、それを人為でくつがえすことができません。 こういうのは人物だけでなく国家でもそうです。現代では時代は下がりつつあるというところです。 だいたい成功する人というのは中くらいの人物で平均的な人が多いんです。そういう人が遺伝子的に 家系的に恵まれていれば成功します。現実とはその程度なのだと思うべきですね。

雑

少し自分の写真を( この掲示板にアップされた)、振り返ってみて思うに、やはり私の写真は「歩き」 です。けっして黒白写真でも狛犬写真でもないんですね。(笑) この歩き写真だったからこそ、コロナ禍の端境期でもコンスタントに写真を投稿できていました。 しかし今年の夏場の2か月は、その歩きを休んでいました。今はもうその歩きを再開していますが、 たった2ヶ月でも歩きをサボると、体力は落ちますね。今はその体力を復活させている最中です。 歩きこそが私の写真そのものなのであって、それで画像して表れるものはただの副産物です。 おそらく、こうは明言しなくとも無意識にそう考えておられる人はきっと多いことでしょう。 写真を長く続けるコツはいかに歩いているか、・・・ではないでしょうかね。 こういう画像にならない写真術というのは、おそらく多くの人がお持ちだろうと思います。またあえて 言葉にしない写真術というのもあるわけでしょう。 私はできるだけその絵にも言葉にもしないというものを、このコメント欄を借りて書き続けています。 ところで白黒写真の投稿は、殆どの閲覧者が私の投稿をバスしてくれるので良いかなって思ってます。 雑音のような投稿には飽きあきしていましたらね。 「水」は私の写真のテーマのようなものです。この水を追い求めて写真を続けているところがあります。 この地球は水の惑星。水蒸気でも氷でもなく水です。常温で液体となる水があるからこそ、地球には 生命が生まれました。我々はそれの成れの果てです。そして水こそが資源のないこの国の唯一の 資源たるものです。水さえあればなんとかなる。(笑)  そして我々写真家には光が命というわけです。正確に言えば光の陰影。光と闇の両方です。 それは水と大地の関係に似ています。当初、地球は全て水球であって大地は隠されていました。 そこに島や大地が生まれ水が流れ光がさし、この今の世界があります。まさに神話のとおりです。 岩場を流れる水の美しさは、多くの写真家が題材とするところです。

雑

フイルム写真から写真を始めた人は、やはりフイルムカメラを使うというのが、しっくり来るね、という のが本当だろうと思いますね。 私の場合はデジタルカメラの以前にはパソコン趣味をしていたので、その延長でデジカメをやり始めた というところがあります。ですからデジタル機材にはあまり違和感は感じないようです。それでちょっと 人様とは事情が違うかもしれませんね。 それで私はデジカメはコンピューター機材の延長として受け取っていると思います。 なにせ黒白フイルム写真をやっていたというのは遥か50年前ですから。(笑) 黒白フイルムを10年程 やって、それ以降は完全に写真趣味からは遠ざかりました。 やはり自分にとって純粋に写真の原点というのは黒白写真しかなくて、それでデジタル趣味の延長 としての写真ではなく、過去にやっていた純粋写真に立ち返りたいと思ったわけです。 多分、フイルム写真は写真という文化の中に納まるとすれば、デジタル写真はそれから大きく食み出 している部分が多くて、言わば、写真+アルファという具合になっているものと思われます。 そのプラスアルファとは、インターネットでしょうね。もしインターネットがなくて、写真画像を、こんなに 多く多量に自由に見ることができなければ、たとえデジタル写真になったからと言っても、そんなにフイ ルム写真時代とは変わらなかったと思ってます。 インターネットは写真を幸せにしたのかどうか。(^^ゞ そんな問いは変ですけど、やはり深く考える必要 があります。 私が今やっている黒白写真。低画素のJPEGで撮影して、ほぼそんまんま掲示板に投稿するという スタイルは、できるだけ当時の黒白フイルム写真に近づけようとしてやっているわけです。写真としては 情報量が少なくて何が写っているかすらも分からないというレベルでしょう。 しかし当時の写真もそういう程度だったんですね。何が写っているかが分からないからこそ、写真を 見ようとする人は、よく写真をみて自分で考えることが写真の大切な要素だったと思うわけです。そこに 写真という文化が芽生えたと思うんです。 現代のデジタル時代の、インターネット時代の写真は過剰なほどにサービス満点でして、それが返って 写真を観る者に物事を見えなくさせていると思うのです。 黒白写真をやり始めて少し分かったことは、昔はこんなに不便なことをやっていたのかと言うか、カラー 写真のように、パッと見て分かるような写真じゃなくて、黒白はよくよく見ても分からない、そういう写真 だったのだ、ということなんですね。これは本当に身に沁みます。自分はこういう写真を、昔は粛々として やっていたのだということですから。 半世紀前の自分は現在の私とは違います。もはや別人ですね。(笑) 今回、黒白写真をやるよい機会 に恵まれましたので、その別人の自分を再発見してみたいって感じですかね。えーっ、二十歳前後の 当時の自分が少しずつ甦りつつあるっていえばお笑いなんですが。

彼岸花

彼岸花

シッポ座さん。「村へ」のコメント、ありがとうございました。 しばらく黒白で写真をやってみようかと考えています。理由は簡単で、カラー写真だとどうしても 機材などへの欲が生まれるからですね。黒白だとそういうものは遮断してくれますから。(笑) 黒白で、しかもJPEGの低画素で撮影をする。これは写真としては最底辺の写真だろうと思います。 しかし撮影への意欲は黒白もカラーも変わりありませんし、撮影をして歩くという行為にも影響は でませんから。 だからと言って、人様へは黒白写真は勧めません。やはりカラー写真が自然です。 カラーは圧倒的な情報量を持っていますし、だいたい人間の眼はカラーなのですから、やはりカラー 写真こそが自然で当然というところです。 私がしばらく黒白でやってみたいというのは、本当のところは若かりし頃の黒白フイルム写真の 頃を思い出したい、というのがその牽引力になっているかと思ってます。 昔を思い出してみたい。そのころの写真の意味を再度、獲得したいというのがあるんです。 歳をとって、新しいことをするのではなく、むしろその逆を行ってみたいというところですかね。 そうすることで少しでも精神的に若返りたい、という願いもあるんじゃないかって感じています。 高齢者が、若い人に負けずに同様に新しいことをするというのも悪くはないんでしょうが、どうも それは違うんじゃないかって感じるところがあります。 むしろ昔とった杵柄をもういちど奮いなおしてみたいというか、古いモノをもう一度、現代の新しい 技術で磨き直してみたいといったところでしょうか。 そういうのはマニュアルなオールドレンズをデジタル時代で使うというのもそうだろうと言えます。 最新のミラーレスカメラを買って、さらにミラーレスのレンズで使うというのは、それでは最新過ぎて、 そこには自分はどこにも居なくなるという気がします。 ところで、「村へ」のタイトルは、北井一夫氏の写真集のタイトルからとりました。氏は第1回木村 伊兵衛賞を受賞した写真家です。 彼岸花は黒白で撮りますと、レッドなどのフィルターを噛まさない限り、緑に溶けて分からなくなり ます。(笑)

雑文

雑文

【生命の起源】原子はなぜ“生命”になったのか|解明・宇宙の仕組み (ディスカバリーチャンネル) https://www.youtube.com/watch?v=3Lx4Yu54FCg この映像を見て大いに参考になることがあります。それは生命の発生自体は案外にありふれたことか もしれませんが、その生命が持続し進化することは極めて難しいということです。 この映像でもその最大の難関は、多細胞生物への進化ですね。それと大気酸素の発生とはどうやら 深く結びついているようです。生物が酸素を利用できるようになれば飛躍的に進化は進むからです。 現在の地球上の生物(直接的には植物)は太陽の光エネルギーを利用しています。生命発生時は そうではなかったようですね。この光のエネルギーを利用して我々人類も(植物を食らうことによって) 生きていられるわけです。 ごく最近ですが、人類文明も光エネルギーを直接に電気変換してエネルギーとして利用できるように なりました。これは生物が葉緑素を発明して以来の大進化のひとつです。 狭い日本に居ては分かりませんが、この太陽光発電は生物の育たない砂漠地帯に設置することで 持続可能なエネルギーを得る最大の手段となりそうです。 それは本来砂漠地帯に無駄に注がれていた光エネルギーを利用するものですから、それを文明地帯 で利用しても、地球の総体的な熱エネルギー収支は変わらないわけです。 広大な砂漠の面積を覆う太陽光パネルの設置は、地球の気候や生態圏すら変えてしまうほどのものに なるでしょう。 What If We Covered the Sahara With Solar Panels? https://www.youtube.com/watch?v=62ASvupr8Zg&t=291s サハラ砂漠全体をソーラーパネルで覆い尽くすと何が起こるのか? https://gigazine.net/news/20210713-sahara-solar-panel/ サハラ砂漠で太陽光発電。実現すれば欧州で使用される電力7,000倍分をカバー、しかし問題も https://ampmedia.jp/2020/03/24/sahara/

雑文

雑文

イーロン・マスクという人がいます。こんなに面白い人はなかなかいるものではありません。 変顔で写真に収まる人でも有名です。(笑) イーロンのホロスコープはネットでは見つけることが出来ませんでしたが、彼は南半球の生まれなので 各惑星のサインの意味がダブルになるのが要注意な点です。 太陽は蟹座、月は乙女座、火星は水瓶座ですが、同時に山羊座・魚座・獅子座でもあるようです。 そしておそらくアセンダントは、獅子座か水瓶座というのが順当だろうと考えられます。 イーロン・マスクのスペースXは実にユニークですが、使っている技術は既に出来上がっているもので して、それを現代風にアレンジして、ローコスト化、大量生産化して現実味を持たせています。 彼の目標は火星に人類を送り込むこと。まるで少年のような夢を語りますが分かりやすくて良いですね。 きっと火星には到達できるでしょう。しかし火星に住み続けるには現代の技術では難しそうです。 しかしスペースXの作る大型ロケットは太陽系の探索には革命をもたらすことは間違いのないところです。 こういう面白い人物が世に出てくるのがアメリカというものです。 50年前、人類は月に到達しましたが、私としてはあまり面白いものとは考えませんでした。なぜならば 使っているロケットがICBMの大型版でして、私が子供の頃に絵本で見たロケットの姿とは違っていた からです。ところがスペースXのロケットは翼が着いていて、絵本で見たロケットとそっくり。そして何度で も燃料を給油すれば再び飛び続けることができる。そもそも宇宙ロケットとはそういうものでしょう。 とにかくイーロン・マスクは分かりやすくて良いのです。(笑)  人類が宇宙に関心をもつのは、やはり時期というものがあって、巨大惑星が射手座から魚座の間に 留まる期間がそうです。特に土星が重要ですかね。かつてのスプートニクやガガーリン・アポロ計画も そうでした。I国際宇宙ステーションISS計画もそうでした。今回も土星や木星がそういう位置にいたため 宇宙への関心が出ていますが、現在もやがて数年後には良い位置に惑星がいなくなりますのでブーム は下火になるでしょう。 果たして今回の時期に火星まで行けるのかどうか。あやしいところですが、とりあえずは月にまで 行ったところで計画は頓挫してしまう可能性は高いです。しかしそれからも地道な惑星探求等は続くと 思われますから、私としてはスペースXの大型ロケットを使ってこの太陽系を探求するプロジェクトの方に 関心があります。 イーロンマスクとスペースXの最大の功労はその革新的なロケットにあるように思います。持続可能な 宇宙探査がこれからも可能になります。

雑感

雑感

少し遠眼にした写真ですが、海浜の公園での、中国の楽器、二胡を演奏されている方です。 色々と楽曲を聴かせて頂き、ついでにお仕事関係の写真もタブレットで見せていただいてと、いつも のように、さて私は写真を撮りに行ったのか、世間話をしに行ったのか分からないようになりました。(^^ゞ  写真撮影+歩き運動+世間話、というのがどうやら私の写真スタイルのようなものになっています。 この方は高音用と低音用の二台の二胡を持たれていて、その2つの音色を聴かせてもらいましたが、 二胡は小さいので、同じバックに収まるのがミソでした。 なるほどー、これはカメラ2台体制で撮影に臨むというのと良く似ているなと。(笑) しかし写真はその場で人様を楽しませることは出来ませんが、楽器はやはり圧倒的です。音楽は多く の人を楽しませ和やかにするする力があります。音楽を楽器を演奏できる人は羨ましいなと感じた 次第です。 音楽は人様を喜ばせることができますが、私の写真はそうではありません。人様や自然から光景として 貰うだけのものですね。そのお返しが全然できていないわけです。一方的に奪うだけというわけです。 そこのところが何とも苦しく不甲斐ないなあって常々思ってます。 写真は密やかな個人趣味なんではありますが、そうは言っても、とにかく私がカメラを持って撮影をする ことで、その行為、そのスタイルというもので、写真の何たるかを人様に想像してもらえれば良いかなっ て思うことにしています。 昨今では写真を撮って、その写真を人様にあげたところで、そんなに喜ばれるものではありませんね。 写真はもう誰でも何処でも容易に撮れるものになっているからです。写真や画像は溢れるほどですから。 写真そのものに値打ちはもうあまりなくなりました。 私が最初に写真をやっていた50年前はそうではなく、撮った写真を後で送付してさしあげると喜ばれ ました。当時は写真をする人は少なくて、ましてやレンズ交換式のカメラは珍しいものでしたから。 しかし今や、何方も所持しているスマホで綺麗な写真を即撮ることができるのが写真です。時代は変わっ たものです。 一人で黙々と撮影をする。その姿というかそのスタイルが、あえて見せ所というかそれしかないという 感じです。デジイチが出始めた当初は私も人出の多いところで、祭りとかイベントなどで撮影をしていま したが、今やそのようなところは避けています。もうそういう場所はカメラでいっぱいで、私が出る出番は ないと思うからです。 デジタルカメラを始めて20年余、この年月でもすらも写真事情は大きく変りました。今はもう人混みを避け て、出来るだけひっそりと撮影をするだけですね。しかしそれでも現地の人とお話ができるのは有り難い ことだと思っています。 この時代の、写真や画像が溢れるばかりの世相。もう写真そのものの値打ちなどほとんどないのでは ないか、というのが現実です。それでも写真を撮影をやっていきたいという、私の密やかな願い。 どんなに時代が変わろうとも写真は続けていけるのだろうか、という疑問もありながらも、カメラマンが 存在する限り写真はなくならないだろうとも思っています。

雑感

雑感

バイク好きの方が最近はとても多くなったような気がします。とくにコロナ禍で加速したような感じです。 占星術ではバイク好きは牡羊座・獅子座・射手座という火象宮の方ですね。大体の人はこの3つの内 のひとつは持っているので、まあ皆さん全員バイクは好きだということなります。(^^ゞ  バイクは腰を痛める、というのを聞いたことがあります。振動がよろしくないんでしょうかね。乗り心地 の良いスクーターならば問題ないんでしょうか。よく知りませんが。(^^ゞ  『海水温が史上最高を更新、地球環境に厳しい影響 』- BBCニュース https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66413956 EUの気象情報機関、コペルニクス気候変動サービス提供のようです。 ここに掲載されている折れ線グラフが凄いことになってますね。2023年8月の20.96度は これまで最高だった2016年3月の20.95度を超えました。海水面温度は3月ごろが最高になって 8月は下がるのですが(地球の平均温度なので)、今年は下がらずにずっと上昇を続けました。 それで過去の2016年3月の占星術チャートを見てみますと、面白い絵がでてきました。 射手座土星と魚座海王星と乙女座木星がT字のスクウェアになっています。つまり巨大惑星が 強固なアスペクトを形作ると異常な気温状態になるということでしょうか。 そして今年の8月。魚座土星と魚座海王星は合してこそいませんが同じ星座入りです。さらに 牡牛座木星と牡牛座天王星はほぼ合。つまり巨大惑星が魚座と牡牛座という2つの星座に集中 しているんですね。その4つの惑星の角度は90度内に集中してしまった、というわけです。 水瓶座土星が魚座に入ることによって形作られた惑星集中のパターンですが、土星の魚座入りは 今年の3月半ばからです。土星と海王星は足が遅いのでしばらく魚座に留まります。再接近は確か 2025年夏だったかと思います。 木星は動きが速く、木星は2023年5月半ばに牡牛座入りしたのですが、2024年の6月には牡牛座 を抜けて双子座入りします。木星は1年間だけ同じ星座に留まります。とにかく木星だけでも この惑星集中パターンから脱却しないことには、この異常事態は収まらないと考えられます。 2025年7月1日は南海トラフ大地震の時といわれています。?^^ゞ  その時、土星と海王星は1度内の角度で牡羊座1~2度で合。木星と太陽は蟹座初めで合。天王星と 金星は牡牛座最後で合。火星と月は乙女座で合。そして土星海王星と木星太陽は矩のスクウェアの アスペクトを形作っています。(これが決め手) 太陽を含めた巨大惑星がタイトなアスペクトを作るとき、何も起こらないということはないですね。 南海大地震などの天変地異が起こる可能性は十分にあると思います。 そして興味深いのは、その2025年の夏は冷夏だったとのことです。いつになく涼しい夏。 未来のことなのに、冷夏だった、というのも変な表現ですが。 星の動きを見ておりますと今年だけでなく、2024年の来夏も暑いだろうとは直ぐに予想がつきます。 しかし2025年の夏は惑星集合からは少し崩れていますので、そうは暑くならないのかもしれませんね。 とにかくかなり以前から、惑星の集中は続いていて、それがコロナ禍やロシアウクライナ戦争、そして 異常な気象と続いている原因のようです。 気温が上昇するのは二酸化炭素増加などの長期間の積み重ねの人為的な影響が根本にあるので しょうけど、CO2だけでなく文明の活動によるトータルな熱量の増加も見過ごせません。またそれたけ でなく自然な太陽活動等の影響も大きいのでしょう。 詳細は分かりませんが、とりあえずの動きは占星術でも追えると私は考えています。 太陽活動といえば、現在は黒点が出ない時期なので太陽の活動は低下しているといわれています。 しかし何事にもタイムラグというものがあります。とくに海洋の海水面温度というのは比熱が大きく バッファが大きいので、今年の暑さは過去の積み重ねが一気に出たという感じです。 【太陽活動の影響】太陽の異変 宇宙線が揺るがす気候変動|ガリレオX第15回 (2011年放送) https://www.youtube.com/watch?v=-jZJ7BcWwTE 10年以上前の放送ですが、現在の異常気象を見事に言い当てていますね。放送では太陽系宇宙 環境が地球に影響を与えていると言ってますが、まさしく占星術はその太陽系宇宙の擬似科学でも あるんですね。(^^ゞ  それにしても今年の夏は例外的な暑さだなって感じていて、それがグラフに表わされていて、納得 した次第です。それでこの夏は写真撮影は私は止めています。7月の始めに撮ったのが最後で、 9月いっぱいまでお休みにしようと思ってます。 ちょくちょく撮影は休む、というのが私のやり方で、過去には半年ほど撮影しなかったこともあります。 撮影と野外の逍遥遊を休んだときは、こんどは読書に励むというパターンなってます。(^^ゞ  最近読んだ本で面白かったのは 「間違える脳」櫻井芳雄 岩波新書  脳の実際の仕組というのが、面白いことに占星術と考え方や仕組みにそっくりなんですね。有る特定 の部位が何々の機能に定められているというのではなく、その代替機能はあらゆるところに備わって いるという説。 脳は極めて可塑的で融通が利くというか、これは機械的なコンピューターなんかとは決定的に違う ところですが、占星術でもその考え方でいかないと上手く読めないというのがあるんです。 そして脳だけでなく、実はこの身体も可塑性代替性が強くて一筋縄で捉えられないのが健康学や医学 です。 ところで、趣味の写真と、他の趣味を同時進行するというのは難しいですね。 過去には写真と俳句を組み合わせてやるという人が掲示板におられましたが、やはり長く続かなかっ たようです。また写真と音楽などともやはり同時進行はむつかしいのでしょう。 写真というのか簡単なように見えて、本格的にやるとなるとやはりいろいろと考えることが多いです。 写真をやるときは写真だけが趣味、というのが無難ですね。 私も写真以前はパソコン趣味でしたが、写真に入ってからはパソコンは実用だけに振ってます。 写真とパソコンは比較的近い趣味ですけど、それでも同時進行は難しかったです。 私の占星術の趣味はといえば、これも写真趣味とは同居できません。しかし占星術と読書は私の場合 一緒になっていて問題ないんですね。それで定期的に、写真と歩きの趣味、読書と占星術、との2つの 趣味を交互に繰り返して続けてます。 私の場合、写真と占星術・読書の趣味が、この掲示板では混合されていますが、本当は別のものを 無理やりくっつけているというわけです。この掲示板ゆえの(長文が可能)特別な異端的なことをしてい ます。 しかしただ写真なのだとしても、例えば私の場合はやはり読書趣味からの、歴史や農業や産業、地理 や地学の影響を強く受けていて、単純に写真的な美学や記録性だけでやっているわけではありません。 そういうのは、植物の博物学、昆虫や野鳥学、天体や星辰の知識でもって写真をやっておられる方が 非常に多いというのとまったく同じですね。 写真趣味を長くやれている方は、そういう付随する知識や趣味が豊かであるという気がしてます。 それで写真という画像のみの美学に狭めてしまうと写真趣味は長続きしないという感じです。

雑

先日、知り合いの20歳代の人から、仲よしグループ4人で連休に県外に旅したという写真群をスマホで 見る機会がありました。ほぼ私がかつて20代に撮った写真と同じ感覚ですね。(^^ゞ だた時代は変わって カメラが違いますので、そこらへんの事情を除けば、やっぱり変わらへんねっていう印象。 写真ってカメラという外部機器で撮るものですから、ほぼ人間がすることってあまりないのではないで すかね。 ただ時代は現在と、私が写真を始めた時とは違います。友人や恋人の写真を撮りましたが、主に私が 撮影をしたのは政治色の強い市民運動とかの写真を撮っていました。路上に寝泊りする人たちの写真を 追いかけたこともありました。そういう感覚は今の平和な時代ではあまりなさそうです。 この国の今の時代は、高齢者が牛耳っているといいますか、若い人は総体的に少数派であって、それで 自分たちの意見や考え方が通らない、という気持ちが根強くあるのではないかと思います。 若さは馬鹿さかもしれませんが、そういう若さ一徹の時代に対する貫通力というものが、今は失せ気味 です。それは日本だけでなく、高齢化が進む先進国はほとんどそうなっています。 しかし平和な安定した時代がずっと続くのか、と問えばけっしてそうではありません。この時代が行き詰っ てくると、そこは若い人の出番です。いつかは若い人たちが時代を引っぱり世界をがらりと変える時が 来るのでしょう。 写真を最初に始めるという、その時期に意味があると考えています。 できれば学生時代、家庭を持つ前の若い時に写真を始めて夢中になって欲しいものです。 社会人に家庭を持ってから写真を知るというのでは遅すぎて(既に常識人になっているので)、若い時 だからこそ身につくという、写真の何かがあるようです。歳をとってからの写真は模倣に終わりますね。 写真という画像に留まるといってもいいでしょう。 若い時期に学ぶのは写真という行為そのものの本質であって、その本質を感じとることであるわけなん でしょう。それは模倣の写真しか知らない人にとっては想像の他となります。 多くのプロ写真家は例外なく若い時期に写真に入っています。そして趣味写真人の多くは歳をとって からの趣味芸なんですね。その二つは似たるも非なり.、というわけですね。 写真に、もし撮影という行為がなくなれば、私は写真をしないでしょう。 カメラを持って写真を撮りにいく。この形態は現在も百年前も変わっていません。しかし今後は手ぶらで ただ眼をウインクすれば、もしくは念じるだけで写真が撮れるという時代がくるかもしれません。 でもそれは多分、写真じゃないです。 とにかく現在でも写真とは、自分の足で歩いて、手にはカメラを持って、それで写真をするということなん ですね。この歩くこと、持つこと、この二つにも大いに意味があるとするのが、私の考える写真です。 パソコンの前に座って画像をいじるのは写真画像ではあるんですが、写真そのものではありません。 弄くればいじるほど本来の写真からは遠ざかっていきますね。やがてその弄くりはAIがやってくれるよう になるでしょう。 ですから撮影はしても、その画像をPCで一度も見ることがなかった、というのも写真であるというのが 私の考えなんです。(笑) だいたいどんな写真が撮れているのかは撮影時に分かっていますからね。 カメラの液晶スクリーンを見てのことじゃないですよ。 カメラを手に持って、自分の足で歩き回って写真を撮るというその行為自体に、私は無類の喜びを感じ ています。よく知りませんが、釣り人が魚を釣ってその後は魚をリリースするうらしいてすが、それと よく似ているかもしれませんね。 (食いしんぼの私には折角釣った魚を食わないのは合点がいきませんが) しかしこれは自分にとっての写真は全くの趣味だから言えるのでして、職業カメラマンならば失格です。                   ※ ところで、仕事というのは何の職業でも一人ではできません。多くの皆の努力の集合として仕事は成り 立っていますね。自分のできないところは人を信頼して任せるしかありません。しかし自分のテリトリーの ところは間違いなくやり通したいですね。 私も最近は仕事の幅が広くなってきて、それで様々な機械を使うことが多くなりました。それで思うに 機械というのは人を裏切りません。上手くいかないのは機械のせいではなく、機械を正しく操作できて いない自分せいだということです。それで使う道具や機械を徹底的に見て分析して仕組を知り、そして 改善をしていくと、当初は考えられなかった性能を発揮することを知りました。 おそらく前任者の2倍3倍の効率で今は道具や機械を動かせていると思っています。もちろん品質も向上 させてのことです。こんな具合で自分ひとりでも改善できることは数多くあり、それを日々積み重ねて いけば、結果として仕事全体に良い影響を及ぼせると思ってます。 人を動かすというのはなかなかできないです。どんな仕事や職場でもそうでしょう。しかし自分は動か せるし変えることができます。また自分の配下にある道具や機械も変えられます。人が教えてくれと言 われれば喜んで教えますが、人に無理強いはできませんね。 後は時間が解決してくれます。 そもそも人も会社(法人)も、生まれ持った人格というものがあって、彼らには彼らなりの運勢というものに 則って生きています。 例えば東枕が良いというのは人類不変の法則ですが、それを他人(たとえ身内でも)に強制することは できません。でも本当はそれでいいんですね。なぜならば不運になって始めて人は自分で深く学ぶこと ができるからです。その学びの機会を他人が奪うことはできないからです。                   ※ 私自身が今、ある程度自分を変えられているのは、やはり健康であるからです。少なくとも病気では ありませんから。ですから何はなくとも健康維持だけはきちんとやっておきたいと願うのです。 例えばですが、コロナウイルスとワクチンに関しては相当数の著作を読み、週刊誌やネットでも調べ まくりました。それで健康体であればウイルスは心配ないこと。そして新型ワクチンは危険であるという ことも分かりました。それで最初からマスクなんか信用していませんし、ワクチンは一度も打っていませ ん。 周囲の人を見ると、ワクチンを打つたびに体力を焦消耗しあるいは持病が出てきたりとか、そういうのを 見ると、御上や他人を信用し過ぎる(無責任な持たれ合い)ことの危険性が嫌というほど見えてきますね。 写真というのは自尊自律の行為ですね。自分の意思でやってその結果は自分でとります。他人は関係 ないというのがその基底にあります。(水瓶座) しかしそれだけでなくて他律的な愛というのもあるわけ です。(蠍座)  ですから他人に褒めてくれることを安易に期待して写真をするものではありません。 私が学生時代に写真部に出入りして、学んだことは正にそれでして、私の撮った写真は最初からケチョン ケチョンに貶されるだけでした。それでも写真をやりたいやつだけが写真をやればよいのだ。と、そういう ことを言っていたのだと分かったんですね。 今の写真の時代、互いに褒めすぎなんではないですかね。(^^ゞ もっと貶しあいをしないと写真は上達 しないというか、写真の真実やリアルを知ることはできないだろうと思ってます。                   ※ 「美食地質学」入門 -和食と日本列島の素敵な関係- 巽好幸著 光文社新書 というのがあって、ここにも讃岐うどんについての興味深い考察があります。 ただし多くの人たちは知らないのでしょうが、さぬきうどんの小麦粉はオーストラリア産です。 NHK 讃岐うどん 支える小麦 産地オーストラリアと日本の開発最前線 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230510/k10014062521000.html 「ASW(オーストラリアン・スタンダード・ホワイト)」 https://flour-net.com/column/australia_flour/post.html  ASWはオーストラリア産小麦生産量全体の約4%程度を占める程度の、西豪州で収穫される、日本向け  独自仕様の小麦銘柄です うどん遍路・・・? 西日本放送 https://www.rnc.co.jp/news/udonhenro2/backnumber.php 四国新聞社 https://www.shikoku-np.co.jp/udon/ こういうやつですか。(^^ゞ  でもやめた方がいいです。糖尿病になりますよ。(笑)  絶対に蕎麦がいいです。上記の著書には蕎麦の話も載っていますので。

雑

ペンタックスの歴史・リコーイメージング https://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/pentax/pentaxhistory/course/ この最後のほうで、(さらに追加して) 2003年・・PENTAX *ist D発売 2006年・・PENTAX K100D・PENTAX K10D発売 2008年・・PENTAX K-m発売 2009年・・PENTAX K-7・PENTAX K-x発売 2010年・・PENTAX 645D発売 2011年・・PENTAX Q発売 2012年・・PENTAX Kー01発売 2013年・・社名を「リコーイメージング株式会社」 に変更 2013年・・PENTAX K-3を発売 2014年・・PENTAX 645Z発売 2016年・・PENTAX K-1発売 2017年・・PENTAX KP発売 2021年・・PENTAX K-3 Mark III発売 ・・・となっています。ネットでペンタックスのワードで検索しますと、良いも悪いも毀誉褒貶の多い 見方が出てきます。私の場合では2012年までのモデルは大体は所持しています。しかしその 強度の漏洩電磁波の問題があったのでコレクションだけで使わないカメラになっていました。 シャッターは電磁波だけでなくギッチョン音でしたしガサツなイメージがしてありました。カメラとして 最低限の評価しか下せないカメラメーカーだったんですね。 ところが今回のK3マーク3でその見方は180度ひっくり返りました。 実は645Dはわりと低電磁波でした。しかしこれはボディが大きいので例外としていました。 それで小型カメラでハッキリと低電磁波が確認されたのはK3マーク3が始めてです。そうなると スタイルのよく似たKPとかK1マーク2が気になるというものです。もしかすればこれらも低電磁波 の可能性がありますね。 このフォトXP掲示板で昔と変わらずに盛んな投稿が続いている板はMN研板ですね。そのメンバー の多くがペンタックスユーザーとなっているのが特徴です。使われているカメラはK3マーク3、KP、 K-1マーク2です。もしすればダメチョンだったメーカーがいつの間にやら優れたメーカーに変わって いたのかもしれません。そこらへんは実際にカメラを手に入れて計測器で測ってみるしか確認の 方法がありませんけど。 しかしながら、この書き方は誤解を受けそうです。デジイチの電磁波対策はどのメーカーもモデル によってバラつきがあって、対策ができているとかできていないというのは気まぐれだということです。 リコーもK3マーク3は強固に対策ができていても、次のモデルではそうではない可能性は十分に あるということです。 私はたまたま、K3マーク3という優れたカメラに出会っただけなのかもしれません。そう簡単にメーカー に信頼を寄せるというのは間違うのだということも忘れてはなりません。 K3マーク3で超音波モーター等のレンズ内モーターではなくカプラー方式のレンズを使う場合には、 電磁波問題からはMFで使うのがベターなのですが、これは結構使いやすくできています。 光学式ファインダーを利用する場合は、フォーカスエイドが働きます。電子音も出ますし。ライブ ビュー電子シャッター方式では、メインボタンを押せば拡大表示でき、そのままレリーズを押せば 拡大表示は普通表示になりそのままレリーズできます。キヤノンや二コンのように左側に拡大 ボタンがあるというのとは違います。しかし拡大ボタンはカメラ上部にして欲しかったですね。 カメラやレンズの良し悪しというのはやっぱり自分で手に入れてみないと分かりません。特に電磁波 対策が真面目にできているとかは、表に出ない情報なのでネットでも調べようがありません。 K3マーク3は偶然にというかまぐれで当たリにであっただけ、だとも言えるんですね。電磁波対策を するのかどうかはコストに関わってきます。またスペース的に技術としてできない場合もあります。 メーカーもそこら辺は苦しい事情があるはずです。 しかしながら、リコーはデジイチで行くと、ミラーレスは行かないよっていうイメージが出来つつある メーカーなので、やはり電磁波対策はこれからもきちんとやって欲しいものです。 そして予想を超えて良かったのはライブビューでの電子シャッターを、ミラーレスカメラでもないのに 搭載してくれたこと。これは凄く嬉しいです。別名サイレントシャッターともいう電子シャッターモードは 今のカメラには必須であるとさえ言えます。 K3マーク3はまだ実際には撮影をしていないのですが十分に手応えを感じています。ペンタックス 以外のブランドやメーカーがごそってミラーレス方式に行く中、ペンタックスだけは光学ファインダー を失うことなく現代化をしているということで高く評価をしたいと思ってます。 考えてみますと、デジイチのメーカーがミラーレスに行く場合、そこには膨大な投資が必要となるわけ です。ボディだけでなくレンズ群も変えなくてはなりません。それと同時にユーザー側も大きな負担を 強いられるんですね。メーカーもユーザーも損を被る。そんなの、もうエイディジーズの考え方に反して いるじゃないですか。それよりも枯れた技術をさらに磨きを掛けてみんなが得をするようにするのが 今風ではないでしょうかね。 よくピンチはチャンスとも言います。リコーは弱小カメラメーカーなので、もはや一からミラーレスシステム を構築する資力がなかったとも言えて、それならば逆点の発想で、ユーザーの皆がみなミラーレスに 賛同しているわけではないのたがらと、光学一眼レフの存続に全力を注いでいるとも言えそうです。

雑

ペンタックスK3マーク3をはじめて触ってみました。モノクロームのタイプです。 ペンタックスはK5ⅡSまでしか使ったことがなかったわけですが、実はK7から始る角ばったデザイン のシリーズは、K5、K3と来て、直前モデルのK3マーク2までは同一ボディのカメラですね。バッテリー グリップも共用ですし。 ところがK3マーク3となってから、完全にそれまでとは別のモデルになって、全く違う別のボディとなっ ています。これがややこしくてK3マーク3は誤解を受けそうなネーミングになっています。 圧倒的に違ったのはシャッターです。K3マーク3は電子シャッター装備をしていてライブビュー撮影時 にはサイレント撮影となります。ミラーレスカメラと同じですね。または二コン850とも同じです。 そして光学ファインダー撮影ではメカニカルシャッター撮影となるわけですが、その漏洩電磁波の数値 は驚きのもので、多分私の記憶では過去最低限の低い数値がでました。 ということは光学ファインダー撮影、ライブビュー撮影のその両方に於いて、漏洩電磁波対策は万全 だったということです。 上記のK5ⅡSまでは、ペンタックスのカメラは電磁波出まくりの、ほぼ無対策というデタラメなメーカー であったわけですけど、今回のK3マーク3は全く違ってきたということですね。 現在、リコーは光学一眼レフで行くというそういうスタンスでやっているそうですが、そうであるならば 絶対に光学一眼の根源的な問題である電磁波対策ができていなければならずなのでであって、それ には見事に合格をしたということになるわけです。もしこれが過去のペンタックスと同じく酷いシャッター であったならば、30万を出して購入した意味が無くなっていたというところでした。 K3マーク3が優れた画像をたたき出す、ということはこの掲示板のユーザーの投稿写真から既に把握 したいたわけですが、電磁波の問題だけは分かりませんでしたからね。とにかくその博打には勝ちまし た。二コンやキヤノンとは違う独特のシャッター音ですがまあ、いいんではないでしょうか。 二コンキヤノンではシャッター音でシャッタースピードを感じ取れるわけですけどK3マーク3はそうでは ありません。しかし必要にして十分な性能をもっています。 連写が続くと発熱がしたりとか細かいところはありそうです。例えばカプラー方式のAFレンズだとボディ 内モーターを使うわけですが、その電磁波は高い数値です。しかし超音波モーターなどのレンズ内モー ター式レンズだと問題ではありません。古いカプラー方式のレンズを使う場合はMFでいくとか、ライブ ビューでやるかですね。 それと付属の無料RAWソフトはシルキーピックスなのがいただけません。使いにくくて使う気が起きない というか。 しかしこんな細かなことは大したことではないので、まずは優れたカメラに仕上がったK3マーク3に素直 に賛美を送りたいと思います。ペンタックスが電磁波対策なども含めて品質が向上したのは、やはり、 リコー傘下になってからでしょうかね。デザインもよくなっていますし。 私が手にしたモデルはモノクロ専用機なので、それで現像にもレンズにも凝るつもりはありません。 シルキーRAWソフトは使う気になれないので撮影はJPEG撮影とします。モノクロなので撮って出しの状態 ではJPEGもRAWも変わりません。画像修正をすると違ってくるでしょうけど、私はモノクロ写真に画像 処理で楽しもうなんていうことはないですからね。 私の場合のモノクロ写真は、あくまでもローコスト撮影ができるというだけの意味だと思っています。 表現としてモノクロが好きだというわけではないんですね。もし写真表現としてのモノクロを考えている のならば、フルサイズのカラー写真カメラで、カラーデータをモノクロ化して画像処理するほうが断然に 綺麗になると思いますよ。 現在、私が所持しているマトモに使えるレンズは2~3本だけです。古いレンズはAFでは使えないようだし MFで使うなんてのも面倒です。しかし2~3本あれば記録撮影には十分ですね。 大してモノクロに愛着があるわけではないし、それなのにモノクロ機を買ってしまったといういい加減な ところなんですが、ただ、モノクロ撮影=ローコスト写真であるという視点からちょっと気になるところが あるので使ってみようかなって考えてます。 ※ローコスト写真とは私の造語ですが、デジタルに於いては手間暇を掛けない写真というくらいの意味 です。画像に凝らないので多量撮影をしても苦になりません。ですから低画素数のカメラの写真もロー コスト写真となります。

無題

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最近読んだ本。『半導体有事』 湯之上隆著 文春新書刊 帯には・・・米中戦争の引き金になる。アメリカが中国に突きつけた半導体規制  狙われているのは世界トップ企業台湾TSMC 日本は再び失敗を繰り返すのか。 ラピダス「2027年までに2ナノを作る」なんてできっこない。 ネット参考: 「衆議院 2021年06月01日 科学技術特別委員会 #04 湯之上隆(参考人 微細加工研究所所長)」 https://www.youtube.com/watch?v=iCbyGzxFPWE なかなかに面白い本です。興味深いのはラピダスは絶対に失敗すると言い切っているところです。 それでラピダスの設立日で占うと、2022年8月10日ですが法人の占いなので厳密ではなく、また 時刻もわかりません。しかしその太陽は土星と火星・天王星と凶角のT字スクゥエアとなり、非常に 厳しいアスペクトとなっています。 簡単に言うとこの企業が成功する確率は限りなくゼロに近いですね。だいたい企業経営で、国が しゃしゃり出てきて(税金を投入するプランで)過去に成功した験しがありませんから。 このラピダスのチャートを見て思い出したのが、ファイーウェイです。1987年9月15日。国家よりも 共産党の権威と権力が強い国なので占いの信頼は低くなるのですが、太陽は火星・金星と月、 そして土星・天王星とT字スクウェアとなっています。金星と月という吉星が混じっているので一時 の成功はありましたが今や完全に米国に狙い撃ちされていますね。 そして参考になるのが台湾のTSMC。1987年2月21日。これはなかなか良いです。凶星が見られず 月は木星と吉。そして創業者のモリス・チャン、また任正非(ファーウェイ)も調べることができました。 これは創業者と自ら創業した会社との相性を見るためです。当然によろしいです。 残念ながらラピダスの社長の小池淳義氏のデータがわかりませんでした。顔写真を見ると派手な 感じの人のようです。世渡りも上手そうな感じも。もちろん小池氏は自らラピダスを創業したわけでは ありせんね。 それにしてもラピダスという名は、エルピーダとルネサスの愛の子のような名前です。誰が付けた のでしょう?電通でしょうか。(笑) ネット動画で著作者の湯之上隆氏を見ると、率直な感じの人で、いかにも元日立出身というイメージ がして好感がもてました。 こんな感じで、西洋占星術は人だけでなく企業などの法人も占うことができます。それを利用して 株式投資をされている人もいるんじゃないですかね。

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風景板で・・・ https://photoxp.jp/pictures/223703 "コンラストの効いた写真もいいが今はフラットな写真に好感を持つと・・・" いう下りは興味深い ですね。 これは、そもそもデジタル写真画像というのは、各ユーザーの使っているPCやモニターの影響を 強く受けるわけです。 私が画像処理に使っているPCは輝度もコントラストも発色も強いので(EIZO)、そのままのデータ では、画像が眠く浅い色の画像になるんですね。しかしそれをそのままネットに投稿したのでは、 皆さんが使う一般的なPCモニターでは見難くかろう、というのでコントラストを少し強くしています。 そういうサービス精神が良いのかどうかは微妙なところですけどね。(^^ゞ  ネット情報というのは広く浅く、そして素早く、というのが長所でして、それをきっかけにして、私の 場合だと本という著作に行きます。本当に頭に入るのはやはり活字ですね。そして写真にしても ネットのモニター画像ではなく、写真集などの紙媒体の写真がいいわけです。と言いますか写真 文化の発表の場は、プリント写真(展示会)であり、写真集という出版物が本当のものです。 それで写真評論をしようと思えば膨大な出版物をコレクションしなければならずで、もしくは公共 の図書館の利用ということになりますかね。 そんな面倒くさいことは私にはできないので、私の場合、写真と言えば人様の撮った写真の評論 なんかではなく、あくまでも実際に自分が撮影に出かけて、それから得られる様々なことが写真と いう、私が考えるところの総体的な意味での写真趣味ということになります。 下調べて知って出かけても、実際には其処はつまらなくて、しかしその途中で見た光景に魅せら れて、そっちの方に撮影に夢中になるということは良くあることです。撮影にでかけても撮影よりも 地元の方と話すほうが面白かったりもするわけです。私は撮影にでかけて見ず知らずの人とよく 話し込みますね。そういう場合にこちらが大型のカメラを持っているということが身分証明になる のかなって感じてもいます。 誤解を受けるかも知れませんが、私はインターネット情報は信用していません。しかし参考には なるので利用しているということですね。とくにネットで、モニターで見て勉強ができる、知見が広め られるなんて全く思っていません。それどころか、ネットは逆に人間をダメにしかねないと考えています。 子供たちにスマホを与えて学力が落ちてしまった、子供の成長を阻害してしまったというのは本当 にあることです。PCでのネットはスマホに比べればまだマトモですかね。画面が大きいだけに。 世の中には経済的時間的な諸般の事情で実際に写真撮影ができない方が多くおられます。 私にしても20歳代後半から50歳代半ばまでは写真とは無縁でした。そんな余裕はなかったです からね。それで写真趣味は学生時代か、歳をくってからの趣味というのが相場だろうと思いますよ。 若い時期はしっかり仕事をして稼いで家族を養う。仕事をすることで学び社会に貢献できることが 本命だろうということです。 最近思うに、今の比較的若い人、就職氷河期以降の世代の人達は、仕事に邁進するチャンスに なかなか恵まれていなかったという場合があるんではないかということですね。女性の場合はそう は感じませんが、男性の場合は自分の仕事に阻害感があるような人が多くいそうな気がしてます。 もちろん優秀な人は別なんんですが、普通はそういう人ばかりではありませんからね。そういう意味で ちょっと不幸な時代が続いていたなという気がしてます。 まあ、これからはそういう時代も変わってくるのじゃないかなって期待感がありますげとね。

雑

極まれにですが、中古でレンズを購入して、この胴体の文字が擦れてしまっている物があります。 確かによく使われているレンズではあるんですが、文字が消えるほどの摺れはあるものの、レンズ 自体にはさほどの劣化は見られません。 これはどういうことなのかと誰もが不思議に思われるのですが、私の達した結論とはこういうものです。 つまり、とりわけ左利きの人間がレンズ鏡胴を常に持って撮影に及んでいるということです。 普通は右手でカメラのグリップを持つわけですけど左手も強い場合は、レンズを左手で鷲掴みをする のではないかということです。 それで試しに左手でカメラのレンズを持ちますと、消えている字の部分がちょうど指と合います。 カメラを常に手に持ったまま撮影に及ぶというのは、それは私と同じですが、私の場合はやはり右手 でカメラ自体を持つ時間が長いです。そして疲れれば左手でも持つわけですが、その場合にレンズ ではなく、バッテリーグリップを装着していますからそこを持つわけです。レンズ自体を掴むこともあり ますけどそんなに長時間は持ちません。 ともあれ不思議なレンズもあるものだということですね。そういうレンズは使う頻度が高い標準ズームに 多いです。また標準ズームレンズは掴むにはちょうどよい大きさです。 こういう話をするのは、私と同様に撮影の歩き中、ずっと手に持ったままのカメラマンが、私以外にも いるということ。それを現物でもって知ったということですね。 左利きの人でなくとも長く右手でカメラを持つことは難しいですから、左手でも持ちたくなる。私はそう いう場合を想定してカメラには必ずグリップを追加しているのですが、グリップを着けていない場合は 必然的にレンズ部を持つことになるのか、ということでしょう。 写真撮影は、歩くという以前に、まずカメラを持つ、ということから始ります。そしてカメラを持つという こと自体で、数あるカメラの中で最も持つ事にこだわったカメラが光学一眼レフです。 どのデジイチも立派なグリップをもっているのですが、それはカメラの中では一番重いからですね。 小型のカメラの中にはグリップ部がないカメラもあります。そういうカメラは手に持つという実用性では なくて、ファッショナブルに机に置いた状態のスタイルを重視するからでしょうか。M型ライカなどの スタイルはそうです。しかし結構重いカメラなので後付けグリップを着けている人は多いです。 カメラにグリップ部が大きく出来始めたのはカメラが大型化したAF一眼レフカメラからです。それ以前の 一眼レフは小型でしたのでグリップ部はなかったですから。 この大きなグリップによって、撮影の瞬間だけでなくそれ以外の歩きの時でもカメラを手に持ったまま、 ということが可能になりました。それでも最も撮影しやすいカメラはデジイチとなったわけです。 それを受け継いだミラーレスカメラにも当然に立派なグリップがありますね。デザイナーはこのグリップ を取り除きたいという気持ちがあるようですが、現実にはユーザーの要望により、立派なグリップが 無くなることはありません。ミラーレスのソニーアルファも当初のモデルは控え目なグリップでしたが 次第に立派なグリップになっています。 カメラの中には縦横の両方のグリップが最初から備わっているモデルがあります。プロ機と言われる カメラですが、やはり長時間左手でカメラを持つには、後付けグリップのタイプがよろしいようです。 確実に左手の指でカメラを持つことが可能です。そうは言っても後付けなのでネジが緩むことがまま あり注意が必要です。 グリップと並んでカメラに大事なのは、ストラップなんですね。私も常にカメラを手に持ったまま、という ことはなくて両手を使いたい場合はカメラを肩に掛けます。ストラップは無くてはならないものです。 しかし常はストラップはブラブラしていますので邪魔だってことになるわけですが、実はこのブラブラの ストラップが、私はカメラを持っていますよっていう他人の目には無言のしるしになるんですね。無用な 時が多いのたけどやはり意味があるということ。 私はストラップは短くしています。長いと何かに引っかかってしまいますので。それでカメラを落とした こともあります。 アクセサリーとして後付けグリップ、そしてストラップを書きましたが、もうひとつ大事なのがレンズの フードです。私はフードを必ず着けます。フードの意味は余計な光を除くことですが、他にも・・・ 人混みの込み入った場合には、フードが緩衝材になって他者を傷つけることを防ぐ役割。そしてショット 時に自分の指が写り込むことを防ぐという役目も。 そしてストラップと同様に、カメラを大きく見せられるので、私はカメラをもっていますよというシグナル にもなるのです。ですから逆付けしたままのフードではいけません。 こういう具合に所持しているカメラを大きく見せることが大事となります。小型カメラで盗み撮りなんかは しませんよっていう意味を持たせられるからです。100メートル先からでもカメラを持った人が来るのが 分かるっていうのが、私のカメラの使い方です。 それは何よりも自分の写真趣味に自信を持っているからだろうと言えます。卑屈な写真は撮らないと いうことです。自らが発起してカメラを持ち、そして写真を撮る。撮った写真はたまにネットに投稿もする。 卑屈な心などは何一つないということを、カメラの大きさで示していこうということですかね。 というのはまるで大げさですけど、最近は写真をするのに自信がないなあっていう人が多いのですかね。 どうもそんな気がしてます。自信はないけどプライドだけと多分にある?という人もいそうです。 そういう人にとっておきのやり方が、カメラを常に手に持ったままで、そしてカメラ自体も大きく見せる ということなんだと私は考えています。そうすることで逃げも隠れもできませんよねって。コバンザメの ような卑屈なこともしないですむわけです。 私はコンデジですら自作グリップと自作フードでデジイチ並みの大きさのカメラにして撮っています。 写真というのは、物事を生産するということでは大いに意味があります。消費ではなく生産です。 生産活動として写真を捉えると、まずは初期投資として中古でいいからカメラとレンズを買う。パソコン も必要ですね。中古で十分。スマホだけでは写真はできません。写真を投稿しようと思えばネット環境も 必要ですが、スマホを持っているのならそのネットインフラを利用することも可能です。 そういう最低限の環境からでも写真はできます。カメラひとつにレンズ1本からで撮影はでき、PCで現像 もできます。アプリも必要ですがまがい物で十分。 写真を撮り画像を編集することは写真というモノの生産を開始することです。それは誰の写真でもなく 撮影をしたものの生産物です。そのモノが売れる(人気がある)かとうかは関係ないです。自分で写真 というものを作ったということ自体が大切であって、また、ネットに上げればきっとどこかの誰かがコメント をくれるでしょう。 とにかく自分で撮影から投稿までやってみる。それが大事です。 写真というものはそういうものなんです。

無題

無題

このところの生成AIブームはもの凄いものがあるようですね。 考えてみますと、米国が自動車を大量生産をしだしてから自動車ブームがはじまりました。日本に 於いては戦後の高度成長時代からモータリゼーションがはじまりましたが、発展途上国や中国では 21世紀に突入してからです。 多少の時代のズレはあるんですが、人類は自動車というものを持つことによって文明が発展し、そして 人々は『歩かなくなった』というのは歴史的な現実のようです。 それと同様にAIブームはモータリゼーションに続くものだと考えてます。 人間、歩かなくなれば考えることができなくなります。 自動車に次いで人工知能が出現するというのは既定の路線だったかも知れませんね。そういえば車も 自動化AI化していて操作し考えることなく走れるようになっています。 これからは、人々が『考えなくなった』という時代のはじまりです。 これらを人類の文化の進歩と言えるのかどうか、文明の進捗と捉えることはできるかもしれませんが、 人としての人類的には、もしかして退歩であって劣化というものではないですかね。人々の幾ばくかは 私と同じくそう捉えて抵抗をこころみるだろうと思いますが、多くの人々はきっと自ら進んで劣化の道を 選ぶだろうと思われます。

雑

「村上春樹『ノルウェイの森』のあらすじ・要約」 https://manapedia.jp/text/1360 今はもう便利なものがありますよねー。(^^ゞ これを見て、なるほどーと思いました。 まず、ノルウェイの国とは何の関係もなかったということ。ノルウェイが小説の舞台かと思っていたら そうではありませんでした。 人と人との関係なんですが、特に男女の仲は、占星術的には相性とかシナストリーというものがあり ます。それだけではなくて、自分の運勢に一致する他者を、人は無意識に求めるんですね。 この小説では、弱い方向←キヅキ・・直子・・僕・・みどり→強い方向、というのがあって、 つまり、こういう様な登場人物の構図というか基本レイアウトがありますね。 占星術では人の性格の強さ弱さというのも見ることができます。強い人というのは自身が独立して存在 しうる能力、強い性格や身体力を持っている人です。弱い人というのはその反対で他者に頼って生きる 人ですね。これは運が良いとか悪いとかとは全く別の見方です。 村上氏には、山羊座(太陽)という強い星座もありますが、双子座(月)とか魚座(ASC上昇宮=地球) とかいう弱い星座もあるんです。ボク、弱いんです。と言ってはばからないところがあるかもしれません。 現在ではこの弱さというものを前面に出して、それが多くの読者の共感を得るというのがあるようです。 占星術的には1980年代末くらいから弱さの時代が始ったというところがあって、それが今後も当分続く と思われます。(時代を大きく決める土星と天王星の会合) 村上氏は、時代を捉えるのが上手いようですね。彼が30歳のころに作家デビューをしましたが、1980頃 に、これも時代を画する土星と木星の風象宮での会合(グレイトコンジャンクション)がありました。それまで の地象宮という堅苦しい時代から、形式張らない柔らかな時代に突入したのですが、見事なまでにその 時代の空気というものを彼は嗅覚的に感じ取っているような気がします。 時代の持つ弱さを前面に出すというのは、歌手の綾香さんもそうなのかなって思います。村上氏もその 方向で成功しているという感じですかね。彼の文体は感覚的なんですかね。そして読みやすい文体だ とも聞きます。つまり弱い人でも読めて共感が得られるというような。 話を元に戻しますけど、この小説では、人と人との繋がりでもって、人は救われたり救われなかったりする ということが書かれているように思います。繋がりというかコミニケーションですかね。恋愛小説とのこと ですけど基本的に人と人との関係性を書かれているみたいです。 占星術でもやはり人と人との関係性というのは大事です。強い人が弱い人を基本的に引っぱっていったり 助けたりしているようですね。これは現実社会の成功不成功とか、また人気とか人望とも関係がなくて、 純粋に力学的な人と人との関係性があるような気がします。 村上氏にしても、おそらく彼を陰から支えているのは奥様ただろうという気はしてますね。 文中に、生と死は正反対のものではなく、生の中に死があるということをこのとき僕は実感しました。 とあります。占星術では元より生死はホロスコープの中にこそ存在していて、それは弱さ強さ、そして 人に、また時代に与えられた星という形での試錬によって決まります。オンオフというか全く別の世界の ような簡単なものではありません。 星にはラッキーな幸運の星もあり、そして凶星という試錬の星もあるのであって、実は本当の実力の星 というのは、案外に凶星でもってでしか身につかないというところがあります。つまり苦労をしなければ、 ということ。しかしそれには強い性格と強い身体が必要です。そしてまた、何といっても人と人との繋がり というものも大いに助けとなるわけです。辛い時に助けてくれる人というのは有りがたい存在ですよね。 ちなみに、人は強くあれ、と求めたのが地象宮や火象宮の時代であってそれは16世紀から20世紀まで 続きました。つなわち男性原理です。それが現在の21世紀は女性原理の、人と人との繋がりを大事に しようね、というように様変わりしています。 例えば今回のウクライナ戦争ですけど、ロシアのプーチンは古い時代の観念で強者の支配を求めたの ですが、ウクライナを支援する国家群は繋がりと助け合いで持ってロシアに対抗しています。時代の 正義としては間違いなくウクライナ側にあるのが分かります。

雑

機器の発する電磁波障害とスクリーンを見続けることによるVDT症候群(別名ゲーム脳ですがこれは 認知症でもあるんです)のどちらが怖いかというと、もちろん両者ともに恐ろしいものです。 電磁波は主に身体にでます。無論、脳も身体のひとつですが。例えばパーキンソン病などもそれです。 心は正常ですが体の運動機能をやられますね。 そしてVDT症候群は身体というよりも直接的に脳、つまり心とか精神にでます。ですからその人の運勢 や運命を直撃するんですね。私としては電磁波よりもVDT症候群のほうがより広範囲に影響が及ぶ為、 深刻の度合いがより深刻なのではないかと感じています。 そして何事も許容範囲というかその限界を超えてしまうと元の正常な自分に戻ることができなくなって しまいます。身体でも当然それはありますが、ここでいう精神の分野でもあるわけですね。 それでこの掲示板を見ておりますとヘビーな写真ユーザーは、これ以上自分が写真をやることは危険 だと察するとスパッと写真から遠ざかるみたいです。最近では長らく米国からの投稿をされていた方が 投稿をやめました。かなり画像処理に凝っていたと思うので自分でも限界を察したのだと推察していま す。 長いあいだ夢中になっていた写真をやめるっていうのは、なかなかできないことというか、それをやる というのはよっぽど限界地が高かったのだと思います。しかし人間には決断が必要な時があるんですね。 精神というのはアプリのようなソフトウェアのように思われている方が多いと思いますが、つまりダメだっ たら入れ替えることができるような。しかし人間の脳はパソコンとは違います。生きた細胞で物理的に 精神という形を作っているわけです。精神や心を変えるということは、それまでに作られた膨大な細胞 のシナプスを作り変えるということてあって、それには大変な負荷を脳や身体に強いるのです。 それから、一言いっておきますが、写真を自ら撮らない人間は、この掲示板に投稿されている方々に とっては存在しないのと同じです。この掲示板は自分で苦労して楽しみ苦しみながら写真を続けている 人達の場です。そんなことも分からないなんて、もしかすればアラシ君は本物の馬鹿だったのか。(笑) 写真を只みるのが好きというのと、実際に自分で写真をするというのは天と地ほどの違いがあります。 それは別として、写真を続けてきて自ら限界を感じてスパッと写真をやめるなり投稿をしなくするという のは改めて偉いなあって思ってます。もちろん忙しくなって写真どころではないって止めるのは私にも ありました。写真趣味を再開できたのは時間的金銭的余裕ができてからですから。 そういうのとは違う理由で、写真を自ら限界までやってきて、それで力尽きて、写真から遠ざかるという のは、なんかカッコイイですよね。私はそういう人間をこころから尊敬しています。 ※写真はタムロンの200-500のズームレンズでの撮影ですが、画質が厳しいので200ミリ限定で撮影 したものです。200ミリだとなんとか見れる画質となります。 ※音楽に詳しいヴィター氏の投稿写真が新鮮です。私は音楽のことはからっきしですがリズムや メロディー゛か聞こえてきそうな投稿写真、これからも期待してます。(^^ゞ 

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