10-20mmレンズ 作例

雑感

雑感

キヤノン板に笠岡湾干拓地の写真が上げられています。 https://photoxp.jp/pictures/219471 https://photoxp.jp/pictures/219479 「備中ひと・風・景~高梁川流域百選(85)笠岡湾干拓地(笠岡市)」 https://www.youtube.com/watch?v=qh8m7f9Bqus 動画「笠岡湾干拓地」 https://www.city.kasaoka.okayama.jp/site/furusato/9234.html 「笠岡湾干拓事業」 http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/detail-jp/id/kyo/M2004090621142237650 笠岡湾干拓地は、国の干拓事業としては最後のものになるかも知れませんね。歴史的に干拓と しては何と言っても児島湾干拓地が有名ですし、八郎潟や諫早湾なども大スケールです。なお こちら香川や愛媛でも小規模の干拓地があります。 千ヘクタールの農地と言っても海外では普通だったりしますね。しかもそれは個人営業主の農地 だったりするわけで。日本で最大規模の農業経営は200ヘクタールでしたか。琵琶湖沿岸の滋賀 県だったと思います。大体は数十ヘクタールでして、日本の単位田畑の狭さだとそこら当たりが 限界となります。大陸ではない日本では、海や湖を干拓して農地を広げるという手法しか機械化した 大規模農法はできません。 食物(穀物)とエネルギー(石油やガス)さえあれば人間は生きていけるし、国はやっていけます。 もちろんカメラや野鳥がなくても何も問題はありませんね。(笑) ところで、ロシアがウクライナに熱心ですが、プーチンが言うところのNATOがどうのこうのというのは あくまで建前です。ロシアやプーチンの本心はウクライナの肥沃な農地が欲しいだけだと思ってい ます。ロシアはエネルギーは豊富なのですが、でも食い物がね。 それを言うと日本には食料もエネルギーも無いんであって、金さえあれば調達できると思っている ようですが、それは平和な時代だけにしか通用しません。歴史的事実として、日本が大陸満州を 獲得したいと思ったのはそこに肥沃で広大な農地があったからですね。 ではなぜ今ウクライナの肥沃な大地が欲しいのでしょうか。それはおそらくロシアの農業生産が落ち ているからではないですか。それから既に寒冷化が始まっていると思います。小氷期がこれから やってくると言いますね。太陽の活動が衰えていますから間違いのないところだと言えます。 地球はこれから寒冷化に向かいます。そしてアフガニスタンや中東で明らかなように大陸の西側は 今世紀始め頃から旱魃とかで農地が荒れていますね。その影響を受けていて、ロシアは食料に窮し ているんではないかと思います。(欧州は大陸西端ですが気候的には例外です。) プーチンが言うところのNATOの東進とか、ウクライナがロシアと歴史的民族的に同胞であるという のは、体よく取ってつけた理屈に過ぎないと思ってます。しかしずはりウクライナの農地が欲しいから 取るんだとは言えませんからオブラートに包んでいるだけでしょうね。 プーチンは学者でもないしソ連主義者でもないでしょう。政治家なだけです。ですからロシア国民を 食わせていかなければならない。それでどうしてもウクライナが欲しいんでしょう。背に腹は代えられ ないんですな。 というような解説をしている情報機関もジャーナリストも皆無です。(^^ゞ 単にプーチンの野望としか 捉えられていないですね。私は占星術からして今回のプーチンの試みは失敗すると考えているの ですが、そういうことは別にして、現実的にとにかく人々を食わせていかなければならない立場とい うのは辛いものがあるのだろうと思ってます。ブラジル大統領やフランスの外交官の人が、プーチン は3年前とはまるで別人のようだと言っているのが印象的でした。

無題

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★BBC World Service 米高官、ロシア軍は「大規模な軍事行動を開始できる状態」 ウクライナ情勢 2022/02/12 https://www.youtube.com/watch?v=XtC2eIDWgpY ウクライナ緊張が高まっているようです。オリンピック閉会まで待てないとなると2月16日が 危険かなって思ってます。 占星術的には政治軍事の星である土星と天王星の□は過ぎているのですが、此処にきて 一気に取り戻すかもしれません。これまでコロナということで星の動きか停滞していました からね。 ★「緊迫のウクライナに日本政府の対応は? 邦人保護、対露制裁の方向性は?」【テレ東 官邸キャップ篠原裕明の政治解説】(2022年2月14日) https://www.youtube.com/watch?v=cDDOhMC9Nog ここでも16日が出てきましたね。太陽と月が衝となる(満月)日です。火星と金星も合ですか。 この1年間、コロナで世界中が遊んできたところがあります。本当の危機から眼を背けて きたんですね。さあ、世界はどうでるか。脱炭素とか言っても所詮は口だけの遊びでして、 ロシアのガスが欲しいわけでしてね。そういう欺瞞も一気に吹き飛ばす事態となるかも知れ ません。 以前にも書いたとおり、2月28日は極めて危険で作戦上の山場という感じです。しかし短期で 終わるというのは大方の見方でして2週間くらいで一気にウクライナを取るんでしょう。 そしてその後に発動する米国の経済制裁がどう出るか。プーチンは大したことにならないと 見ているのでしょうが、これがずっと尾を引くのは確かです。とにかく選挙不正の無能バイデン を選んだ米国のツケは大きいと言えます。

無題

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プーチン大統領が今ちょっと気になっていて占っています。(^^ゞ ウクライナへの侵攻問題ですね。 新聞では北京五輪閉幕後に侵攻するのではないかという見方が出ていますね。そうなると2月28日 くらいが危ないんではと思います。火星金星冥王星と月の合が見られますので。 ところでなぜプーチンがウクライナ問題に異様に拘るのか。これは現実的ではないですね。政治家 として実利的な行動をしていないです。それで実際に侵攻するのかどうかはさておき、軍を集結して ウクライナに圧力をかけ、西側に揺さぶりをかけた事自体が政治的には誤りです。侵攻してもしなく ても失敗だと私は見ています。この件が元でプーチンは失脚すると思うのですが、さてどうなるか。 プーチンの占いに当たって彼の出生時刻を調べたのですが日本のサイトも海外のそれも、大体午前 中の線で出しているようです。私は仮に10時45分出生かなって占ってみました。 現在の彼には迷いがあります。迷いに迷っていて自信も喪失しているかも知れません。こういう時の 判断は失敗するものです。 プーチン大統領は人気があるようです。肉体美を強調したカレンダーが人気だとか。(^^ゞ 普通まとも な政治家はそんな子どもみたいなことはしません。そうやって強く見せないと人気が保てないという のなら、それは大した政治家ではないということです。これまで彼を高く見すぎてきたきらいがあるの ではないですか。 ウクライナ侵攻問題は失敗すれば(私は失敗とみています)、ロシアにとっては不利益ですが、同様な 事が中国と台湾でも起こりかねずで、それでロシアの失敗は日本にとっては有利に働きます。台湾を 中国に取られれば日本は著しく窮地に追い込まれるからです。 東ヨーロッパが西側になびくのは、これは時代の趨勢です。これをひっくり返すのは容易ではなくそもそも 無理というものです。ここの基本的なことがプーチンには分かっていないようです。 まあ写真とは関係のない話だったもしれませんが、こういう時代や人物を見抜くというのも写真を長く やってきていると自然に身に付くというものです。ここしばらくは写真撮影から遠ざかる予定です。昨年 はかなり撮影をしましたので休止も必要かなって考えています。

無題

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ちょっと私の最近の写真暦を振り返ってみますと、2018年がエポックメイキングな年でした。 その年の前半は撮影せずで、後半から復活したのですが、そのカメラはミラーレス機でした。 それ以前の2017年は高画質なシグマのカメラを使った年でした。しかし2018年の初めに限界が 訪れて撮影を止めました。仕事がマトモにできないくらいに脳力が落ちていたわけです。 そして2018年に写真的に大転換をしたわけですが、今を振り返ってみて非常に興味深いことに、 2019年初めには風邪をひきませんでした。以降、現在に到るまで風邪ひきとは無縁です。 だいたいその年の1月か2月に1週間ぐらい風邪をひいていたんですね。随分前からです。年明け 恒例の風邪ひきであったわけですが、2018年にカメラと写真をガラッと変えてから2019年以降は 風邪を引かなくなりました。 これは何かと言いますとカメラの電磁波、およびPCモニターのDVTシンドロームから離れてきた ということだと思ってます。2018年後半から一時的に膝が痛み出したのですが、それはまた別の 理由からです。とにかく現在は風邪もひかないし、膝も痛くありません。それどころか昨年末に は体重を落とすことができました。なんなく6キロほど落とせたので拍子抜けするほどでしたが、 そのせいでか、免疫力があがり歯痛とも無縁となりました。 というわけで現在は体調はよろしいのですが、こうして改めて考えてみると、写真やカメラの弊害 というものは相当なものがあったと言わざるをえません。 2020年2021年は新型コロナの年であったわけですが、もしこの時に風邪でもひこうものなら、即ち それは新型コロナであったわけでして、正直、危ういところで逃げ切れたという気がしています。 新型コロナは、その後遺症が恐ろしいですね。ワクチンの副反応がおそろしいというのと同じ現象 です。それは極度に免疫力や体力、生命力が落ちているとそういうことになります。 多くの理由によって人の免疫力は低下するのですが、その数多くある理由のひとつに写真行為での 低下が上げられるというだけです。 今現在コロナの後遺症に苦しんでいる人は、根本的に免疫力や生命力を引き上げなければだふん どうにもならないだろうと思います。現在の文明生活はあまりにも不自然であって、人として自然に 生きることが出来難い時代です。そういう正しい認識から再出発しなければならないでしょう。 そういう意識改革を施してくれるかもしれないという切っ掛けとなるのがコロナなのかもしれません。 後遺症に苦しむといっても命までは取られなかったのだから不幸中の幸いであるというわけです。 最終的にはすべて時間が解決してくれるわけでして、つくづくもの世の中は物理学と天文学とででき ていると思いますね。 ウクライナがますます不穏になってきました。隣国のベラルーシにもロシア軍が詰めているようです。 ここまでくれば、何事もなく脅しだけで済むということにはならないでしょう。プーチンは勝負にでる つもりかも知れません。米国が認知症の大統領であるうちに畳み込みたいと考えているのでしょう。 ロシアにしてみればウクライナを取られればロシアの弱体化は、はっきりと眼に見えています。 それは、もし台湾を中国に取られれば日本の未来もない、というのと良く似ています。

オタクよ、熱く君を語れ

オタクよ、熱く君を語れ

 いやいや、オタクはもともと熱苦しい(爆)。  ふたたびみたび、鈴鹿PA展示の1992年型マクラーレンホンダF1 MP4/7。馬650頭分以上の力持ち。  さて、吉例オタク話。  航空機由来のF-1技術用語に「バイ・ワイヤ」というものがあります。60年代以前の航空機は、操縦桿やペダルを人間が操作する力を油圧等によって増力し伝達することで操縦されていたのですが、1970年代以降は、操縦桿やペダルは、操作を電気信号に変換するインターフェースとなり、操作は電気信号に変換されてコンピューターが舵、エンジンを最適にコントロールし、人間業では困難な、複雑かつ迅速な機動を行うようになりました。F-15は、その発展の途上に位置し、油圧等の操作系統をコンピューターがアシストする仕組みになっています。  旧来の制御方式は、特に呼び名はないものの、「ワイヤ」に対応して「(力を物理的に伝達する意味での)ケーブル」をあてて、フライ・バイ・ケーブルと呼ぶ場合があるようです。これは、デジタルカメラが開発されたことによって、「フィルムカメラ」ないし「アナログカメラ」という呼称が発生したのと似た図式。ちなみに、操舵ケーブルが描かれた数少ない漫画が「わが青春のアルカディア」(松本零士、コクピットシリーズ)。  F-1では90年代に、アクセル踏力を電気信号に変換し、電子燃料噴射装置を制御する「スロットル・バイ・ワイヤ」が導入されています。その第一号が、ほかならぬ、この写真のMP4/7なのです。古舘伊知郎氏の造語「音速の貴公子」同様に、当初は航空機にならって「フライ・バイ・ワイヤ」と呼ばれ、そのうち「ドライブ・バイ・ワイヤ」に。しかし、ハンドルまでは電子化できないので、「スロットル・バイ・ワイヤ」に落ち着いた様子。  でもって、例えばシグマが、レンズのフォーカスリングを機械駆動から、センサーを経由した電子制御に代えるにあたって「バイ・ワイヤ」と呼ぶなど、カメラ業界にもこの概念は流入しています。  極端にパワーバンドの狭いF1エンジンを最適に制御するためには、スロットル・バイ・ワイヤは利点が多いものですが、レンズのフォーカスはもともと30年来、電子制御されてきているので、ここにきて今更何だそりゃ、と思わなくもないです。機械式では実現できないような大きな減速比や、操作方向の反転なども自由にできるので、利点があるのかもしれません。個人的には、チョウトンボなどを撮影するときに使う「ソーイング法」がバイ・ワイヤでも機能するのか興味がありますが、そのあたりはレンズオタクの人々にお任せしませう。  ♪オタクよぉ~熱く君をぉ語れぇ~♪

テスト

テスト

テスト  何故だか知りませんが、コメント投稿ができなくなっているようです。投稿写真だといけるのか?と いう気がして・・・ ごめんなさい、tontonさん。小民家ではなくて古民家でした。(^^ゞ  日本語変換ソフトIMEを、グーグルからマイクロソフトに変えたので、誤変換が多いです。 要するに中古の古い家を再生して再利用することですね。潰してしまうんではなくて。大体は昭和の 建築のものですけど、古いのは明治・江戸時代というのも。 ある程度は建築時に良材を使い設計が確りして金がかかっているものでないと再生の対象には ならないようです。潰す場合でも古材の再利用というのもありますよ。 昔はこういうのはよく行われていたんです。しかし高度成長以降、なんでも廃棄ってことになっただけで、 本当は家というのは昔は大事にされていました。現在、地方では高齢化と人口減少で多くの民家が 見捨てられているんですね。その多くは既にシロアリなどて使い物にならないのですが、この状況を なんとかストップさせたいという願いが根本にあります。 時代も変わって家屋だけでなく、何でも捨てていたものをリユース・リサイクルという考え方は大分浸透 してきたと言えます。それでも多くの消費者は、消費者の言葉のごとくにモノを過剰に欲しがりますね。 特に新しいものを。そうしないと経済が持たないというのもありますけど、それは経済に対する考え方 次第なんですけどね。 空、といえば最近は、太陽光発電や風力発電が本格的になりました。これらは地下の資源に頼って いたエネルギー源を、こんどは空に視点を向けたと言うこともできます。再生可能エネルギーというよりも 空の太陽を現在資源とする方向に変わっていると言うべきでしょうか。石油やガスの地下資源は、過去 の太陽エネルギーの蓄積エネルギーであったわけですから。 森が消失するのは辛いことですね。しかし地方ではかつての過剰開発された田畑が見捨てられて、森に 変わりつつあるのを見ます。瀬戸内の過疎の島々は典型的で、もはや鬱蒼とした常緑樹の森に変わって います。この傾向は都会でも、その周辺部での過開発はストップしているのではないですか。日本の 人口は減少しつつあるので、この宅地も40年もすれば取り壊されてもとの自然な森に戻るかもしれませ ん。

オタクは夢か幻か

オタクは夢か幻か

 鈴鹿PAに展示されている、1992年型マクラーレンホンダF1 MP4/7。V12エンジン3497cc、650馬力以上を発揮するモンスター。  「サーキットの狼」は、最終27巻で主人公風吹裕矢がF1グランプリに到達し、ラストは、序盤から登場していた第二副主人公格の飛鳥ミノルとともに勝利したことが示唆されています。  作者池沢さとし氏は、将来を嘱望されながらも早逝した実在のレーサー、風戸裕、川合稔らが活躍する幻を、登場人物に仮託したそうで、おそらく物語の構想時点で、全体のストーリーは完成していたと思います。現実のクルマ趣味で出くわすいろいろなシーンから物語の着想を得て、漫画のシーンにおいて再構築する才能はすばらしいものですが、残念なことに「狼」ですべてを出し切ったのか、その後に着手したゴルフ、カメラ(!)の漫画は、いずれも成功してはいません。  さて、吉例オタク話。  1980年代後半、1990年代前半までのF1ブームは、私はモータースポーツオタクとして、その立ち上がりから失速まで眺めていました。実況中継を担当した古舘伊知郎氏がアイルトン・セナに「音速の貴公子」と通名をあたえ、テクノポップスを流す華やかなテレビ中継が行われるなど、何かと賑やかなブームでした。  しかし私は航空機オタクでもあったので、「F1はたかだかマッハ0.27。どこが音速だ?それが言えるのなら、年棒2700万円の野球選手も一億円プレーヤーだろう。」と、「音速の貴公子」という表現には懐疑的でした。といって、私はどちらの分野も、初歩的なオタクにすぎなかったのですが、あるF1オタクが「最新F1マシンには、戦闘機と同じ、エリアルール理論が取り入れられている」と解説したことを受けて、戦闘機オタクが「エリアルールは遷音速で初めて意味をなすものだ、いい加減なことを言うな」と、憤慨するのを見たことがあります。(航空専門誌における記述)  実際には、F1のリアウイング翼端で、縮流現象による水蒸気のストリームが発生するなど、飛行機に類した現象が見られること、飛行機もF1も大切なのは対地速度ではなく対気速度であり、その測定のためにピトー管を使うなど共通点も見られます。  音速の貴公子ことアイルトン・セナは、レース中の不幸な事故で命を落としてしまい、F1ブームも終息します。この時期、「サーキットの狼」は続編「モデナの剣」が連載されていましたが、「狼」がフォーミュラレースに入っていった段階で人気が急落したことを考慮してか、「剣」では、市販車ベースのレースより先に進みませんでした。    無理やり写真の話に持っていくと、F1でもおなじみのスリックタイヤは、「路面に食いつく」というその特性が買われて、タムロンレンズの操作用ゴムバンドに応用されたことがあります。しかし、本当のスリックタイヤは表面が過熱により微妙に融解することで路面に食いつくので、そのまんまの特性をレンズのバンドに転用すると、操作する人の指が常に真っ黒、ということになりまして、あまりよろしくもありません。(あくまで応用であって、そんなことはなかったと思うが)  まあそんなこと言わなくても、モータースポーツもエアロプレーンも、被写体として人気であります。レッドブルレースが「空のF1」と呼ばれるように、F1イメージを飛行機側が拝借することもあるので、オタク同士仲良くすれば・・・というところですが、それができないのがオタクなのです(^^)v

マイクロレンズ(フィルター)

マイクロレンズ(フィルター)

前回のSD10と同じ池での撮影。SD9の画質は10に比べて色濃度は落ちるのですが解像度は9が上 のようです。使ったレンズは同じです。ただし20ミリ側。立て位置の写真ですがモニターで見やすい ように寝かせたままでの投稿です。 こちらは古い機種のカメラで十分満足していて新しいカメラには関心がなくなっています。そしてミラー レスカメラよりも光学一眼レフが使いよいと思うようになっています。こういうのは私だけでなく、最近は 多くのカメラユーザーが同じような考えをしているようで、おそらく時代が変わってきているのじゃない かなって感じてますね。 SD9/10はバッテリーグリップ装備で使うのですが、中判カメラかと思うほどに大きく重くなりますが、 ファインダーはフルサイズなので、撮影時の満足感はとても大きいです。最近はもう、パソコンで画面 を見るのが面倒くさくなってますんで、撮影時の満足感だけで充足できるカメラが良いかなって考えて ます。そうなってくるとカメラはフルサイズ並みの光学ファインダーがあるカメラに利点が出てきますね。 しかしミラーレスを捨てたわけではなくて、こちらにも多くの利点があり、小型で軽量というメリットは捨て がたいところがあります。忙しくて多量に記録撮影する場合はミラーレスが向いていますね。カメラも レンズも小型なので、複数台のカメラ(レンズは各々に着けっぱなし)でスピーディな撮影ができます。 また、考え様によっては、ミラーレスの背面液晶はパソコンモニターと同じであると考えると、それこそ 撮影後にパソコンを見る必要はなくなるということで、撮影時ビューだけですべてが完結するカメラである わけですね。(^^ゞ まあ、ものは言いようです。(笑) シグマのカメラはそんなに良いレンズでなくとも画質が良くて満足感があるのですが、他のメーカーの カメラだと、やはり高品質なレンズを着けないと太刀打ちできないところがあります。この差は大きい ですね。しかし逆に考えれば古いベイヤー式カメラでも、高品質のレンズを着ければカメラが蘇えると いうことであるわけでしょう。ジャンクな古いカメラを多数持っていても、良いレンズが1本さえあれば、 全てのカメラが息を吹き返すということであり、やはりレンズ交換式カメラのメリットを自覚できるところ です。 もうひとつの解決方法は、センサーのサイズを上げてやることですね。APS-Cならばフルサイズカメラ にしてやる。たとえレンズがAPSレンズであったとしても、フルサイズカメラで撮影すれば印象画質は 随分と上がります。 とにかく古いカメラを蘇えらせる方法は多数あるのであって、今回の撮影にしても、このカメラが発売 していた当時には存在しなかったレンズで撮っているわけであって、当時の事情とは随分とちがって いますね。これとは逆に、古いレンズを最新の高画素カメラで撮って楽しむのもあります。発色は面白い のだけど解像力の落ちるレンズを、今度はカメラの力で上げてやるというやつです。そういうのも印象 操作であるわけですが実利を感じることができます。 いろいろと試して見ると、画像というのは何通りにも作り変えられるものであって、多面的な見方が 出来るようになります。これを「画像思考」というように考えても面白いですね。 SD9とSD10の大きな違いはセンサー表面に付けられたマイクロレンズの有無の違いです。これがある なしでこれぼとに違った画像になるのかと、今更ながらに驚いています。ローパスフィルターの有無で 画質が違ってくるのは皆さんご存知でしょうが、マイクロレンズでもそれがあるわけです。 そんなわけで古い機材と言えども飽きるということがありません。壊れて使えなくなるまで古い機材を 使い倒していきたいと考えています。

喜多方市

喜多方市

一応、運転の話題とし言うことで↓からの続編です。 https://photoxp.jp/pictures/202697 AT車で左足ブレーキはどうだろうか?ということでちょっと数日間、試しにやってみました。 慣れればどおってことないなあ、ということなのですが、やはりスピードを出して高速でカーブを曲が ろうとすると、体の軸がどうしても不安定になってしまいます。レース車のように腰から背中全体を サポートするシートならいざしらず、普通の車では、やはり左足は、床なりフットレストに置いて おかないと身体が定まらないなあという感じです。 しかし普通のスピードを出さない街乗りでは、何ら左足ブレーキは問題ありませんでしたね。 ところで上記サイトの、80歳の優良ドライバーが駐車時に事故を起こしたという事例なのですが、 確かに加齢はそうなんですが、本当にそれだけの問題なのかどうか。私としては、どうしても引っ掛 かってしまうところがあったんですね。 それで少し感じたのですが、シートベルト問題です。私の場合はシートベルトの圧迫感が嫌で、 それでベルトに自分でクリップを使ったストッパーを付けているんです。それで長く運転しても疲れは あまりないんですね。 ところが今回の東北行ではそのストッパーを外して運転しておりました。それでなのか、初日の一気 乗りで会津まで行くと、足腰はガタガタになってしまいましたからね。 シートベルトって案外に足腰に来るんですよ。 このシートベルト。装着しないと反則切符を切られてしまうので殆どのドライバーはシートベルトを して運転していると思います。優良ドライバーならばなおさらでしょう。しかしシートベルトというのは 自分でも気がつかないうちに疲労感というものが溜まってくるんですね。特に足腰に来るようです。 それが体力のない高齢者であればどうなるか。いろんなミスをするようなるということです。安全確認 の見落とし、操作の間違い。そういうありとあらゆることがらです。 「シートベルト、確り装備で、ペダルの踏み間違い 挙句は園児の列に突っ込むぞ」 こういう安全標語はないのですが、シートベルトというのは、ドライバーの身を守り、そこは安全かも しれませんが、歩行者にとっては悲惨な結果になるかもしれないのです。 もしすればこのシートベルトの厳密な法令施行こそが、昨今の高齢者の悲惨事故の多発に結び ついている可能性があるかもしれませんね。昔は高齢者ドライバーといえども、ブレーキとアクセルの 踏み間違いなど、聞いたことがなかったですからね。 そうそう、バイクなどは、アクセルとブレーキの操作を間違いましたっていう事故例はないでしょう? バイクはシートベルトをしませんから。(^^ゞ 調べてないので不明ですけど、こんなにシートベルト厳守を取り締まっているのは日本くらいじゃない ですか。それで高齢者の悲惨事故は特に日本で多いように感じるんです。アメリカなどでもネットを みればけっこうコンビニなんかに突っ込んでいる映像があるんですが、まあアメリカもシートベルトに 関しては厳しいのかもしれません。(日本はアメリカを真似ているだけ) でもヨーロッパなどではあまり 聞きませんね。 シートベルトをして上半身を固定化されますと、まず腰のベルトで血流が悪くなって下半身にあまり 血が通わなくなると言いますか、足の感覚が麻痺します。それだけでなく胸のベルトで身体の動きが 拘束され、言わば飛行機のエコノミー症候群と同じであって、それが特にAT車であれば足も動かさ ないので益々状態は悪くなるということです。 それで、いざという時に体を、特に足を動かせなくなってくるんです。 それでシートベルトを装着しないか、もしくはベルトにストッパーを付けて上半身を自由にしておくと この問題はかなり解消されるんではないですかね。 このシートベルト問題。おそらく解っている人はプロのドライバーの間では多いんじゃないでしょうか。 しかし表立っては言えないですね。学者の間でも言っている人はいないです。そんなことを言うと 社会的立場が危うくなりますから。 法令厳守の優良ドライバーですら間違い操作をして事故を起こすんです。このことはよっぽど自分で 考えなくてはならないでしょう。 シートベルトって安全性では万能じゃないんですね。正面衝突しか効果がありません。横とかの 衝突では関係ないですから。私は山道を走りこむ場合(四国の狭い山道ね)、シートベルトは外して 走ります。ハンドル操作は大きくなりますし、カーブの見通しなんかで状態を大きく動かさなければ ならないからです。道路の高低差も大きいです。シートベルトは邪魔の一言ですから。 事故を起こしてからの安全策よりも、まず事故を起こさない運転方法が大切なんです。 まあ、普通はシートベルトにストッパー装備で十分ですね。シートベルトの機能には問題はないですし 身体の疲れはないからです。ストッパーを装備するのが面倒というくらいですか。 こんな感じで、言ってはならないシートベルトと操作ミス事故の関連性を書きましたが、これが事実だ とすれば高齢者の事故はこれからもなくならないというわけです。 世の中にはこういう政策や法令の過ちっていうのは多いんですね。アベノミクスなんてのはその典型 ですから。しかしまあ、上に政策があれば下には対策があるということで、とにかく自分だけは確りと 自らの身の安全を守っていかないといけません。 それから歩行者の方も、車を信用していてはいけません。のほほんと不用意に車の前後を横切った り、横断歩道もぼんやりと渡ってはダメですね。自分の身は自分で守らないと。 法律が守ってくれるというのは事故に会い被害者となってからの話であって、規則を守っていれば 事故に合わないというのとは違いますから。 ハイブリッド車は特に気をつけないといけません。エンジン音がでないのに走りますから。 写真は会津盆地の喜多方市です。道路幅が広くて、香川とはぜんぜん違う街並みに驚きました。 これって、アメリカ映画の西部劇の街並み雰囲気だねって。(^^ゞ 馬車でも走るとサイコーかな。

宇宙戦艦ヤマト著作権闘争

宇宙戦艦ヤマト著作権闘争

 安芸高田市花火大会2018より。2画像の多重合成。  花火を10mmで近距離から仰角撮影すると、実際に肉眼で見える釣鐘型を斜め下から覗いたような形の収束をせず、四方八方に火炎が飛び散るように映ります。この日は風が強かったので、その四方八方もちょっとバラバラになることも。この撮影のとき、かみさんは(たぶん、本能的に)広角で近距離撮影するポジションを嫌い、もう少し高台から撮影して、なかなかバランスのよい形におさめてました。やるなあ。 (撮影中はお互いの自由意思に任せるとりきめ)  この「四方八方に火炎がひろがる」というのは、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」で、宇宙空間での爆発を表現する際に「ヒトデ爆発」と呼称されています。業界用語になるには至っていないようですが。  この前、「漫画の原作者と作画者の関係性」に触れましたが、良好な場合もそうでない場合もあるようです。  「宇宙戦艦ヤマト」は、原作漫画の存在しない、最初からのアニメ企画でした。漫画雑誌「冒険王」に連載された松本零士氏による漫画は、放映と並行して連載されたもので、月刊誌が毎週放映されるアニメを追いかけたため、内容を回顧録形式にせざるをえないところがあり、リアルタイムで読んでいた私も不自然に感じていました。  この連載漫画「宇宙戦艦ヤマト」は、原作は松本零士氏とされていたのですが、世紀末をはさんで、アニメプロデューサーの西崎義展氏と松本零士氏の間で著作者確認訴訟が起きており、一審判決は西崎氏の勝利、そして控訴中に裁判外の和解で松本氏が折れ、西崎氏が原作者となりました。  漫画の原作・作画のように、分担関係がはっきりしていれば問題ないはずですが、「宇宙戦艦ヤマト」の場合は、西崎氏が不祥事をおかして立場が弱くなったところを松本氏が突いたようにも見え、また裁判が起きた時点では「ヤマト」は世間的にはオワコンだったので、奇異に感じました。  ただ、私はこの裁判の推移をリアルタイムでは見ておらず、結果を知って「そうだろうな」と思った程度です。  他の松本氏の漫画に比べて、「ヤマト」は大きく毛色が違う(ストーリーがち密)、第2作の結末に松本氏が不満を持っていたことが少年雑誌で報道されていて、松本氏がストーリーに決定権を持っていなかったことを理解していたため、です。  同作の脚本を一部担当した、藤川桂介氏が著作「アニメ・特撮ヒーロー誕生の時」に「宇宙戦艦ヤマトのメカデザインは、それまで担当していた普通の美術担当では難があり、この分野に強い松本零士氏を招いた」と述懐していること、また「ヤマト」のストーリー骨格はSF作家の豊田有恒氏が「西遊記」を引用して設定し、そのことを知った西崎・松本両氏が驚いたと述懐していること・・などから、少なくとも複数の人物による合議で作成されたことは疑いのないところです。  かといって、松本氏のメカデザインがなければ、そもそも「ヤマト」の企画が魅力的なものに仕上がることもなく、陽の目をみなかったと思えるので、「ヤマト」における松本氏の功労は大なるものだと思います。そうならないのが、関係者たちのキャラクターなのでしょうね。  豊田氏は特にこの点を重視して裁判において松本氏を支持し、藤川氏も、制作過程での軋轢から、著書で西崎氏を「N氏」と呼ぶなど毛嫌いしている様子。 (藤川氏によれば、西崎氏は不在時に会議を盗聴録音するなど、異常な行動が目立ったとか)   西崎氏は、決して穏やかな人物ではなかったらしく、成功と失敗繰り返し、自社の倒産、自身の破産、果ては服役まで経験しています。2009年になって「ヤマト」の続編、復活編を制作、全国公開するのですが、集客は伸びませんでした。翌年から、実写版、リメイクアニメが制作されるなど、それなりに人気が復活していくものの、西崎氏自身はそれらを見ることもなく、2010年に海難事故により75歳で命を落としています。  内容が重たい、難解、ということで「ヤマト」は初回放送時に人気が出ず、繰り返し再放送されることでその良さが認識され、映画化されて爆発的なブームになる、というものですが、同様な経緯をたどったものに、「ルパン三世」があります。こちらはきちんと原作漫画が存在して著作権紛争もなさそう。作者のモンキーパンチ氏は今年、昇天されました。冥福をお祈りします。