雑
写真というのは、見る力が必要ですが、これは何も写真に限らず、物事を見る能力というのは重要
です。そしてそれに劣らず、聞く力というのも大切だと私は思っています。見ると、聞く。この2つは同じ
くらいの深い意味合いがあるんではないですかね。
例えば人の顔を見て話すというのと、むしろ相手の声を聞いてこちらも話すというのがあるわけです。
もしかすると見るよりも聞くほうが間違いがないのではと思う時があります。見ることだけでは案外に
相手を知ることができないかも知れなくて、それよりも相手の声を聞くほうの方がより正確なんでは、
と感じることがあります。
写真というのはともすれば見ることだけで完結してしまいそうになるわけですが、これは大いに片手落ち
のところがありそうです。投稿写真にはコメントがつきます。これは言わば聞くことに通じるわけですが、
それは読むというになるとしても、基本は相手の思いや考えを聞いている、ということになるのだろうと
思ってます。
そして写真という画像自身も、ただ見る・見せるということだけでなく、相手の語りかけという声を、画像
から読み取る、もしくは聞き出すということをしなければならないだろうと考えるわけです。
仕事柄、相手と会話する時、この場合は見ることではなく圧倒的に聞く能力がものを言います。正確に
聞き取れなければこちらも話すことができないからです。相手の話すことを最後まで正確に聞き取る。
これが営業職の第一歩ですかね。(笑)
そういう社会生活のいろはがあるとしても、やっぱり、この聞き取る能力を写真に生かすことは難しい
かもしれません。写真はやはり見ることと見せることに軸足を置いているものなのですから。
それでも、この、聞くこと、聞かせることを写真なるものに生かせれば、面白いのじゃないのかなって
思うことがあります。
見ること、見せることは一瞬で完結するのですが、聞くこと、聞かせることは、一瞬ではなくて、時間の
経過や流れが必要です。ですから、静止画よりも動画のほうが、聞く・聞かせることに長けているよう
な気がしますね。しかし我々は静止画という写真マニアですから。
とにかく、自分でも分けがわからんことを書いてますが(^^ゞ、これからの撮影では、ただ見る、観察する
だけでなく、被写体の声を聞くことを考えながら、写真を撮って行きたいなって考えてます。
結局は、人は見たいものだけ見て、見せたいものだけを見せるという我意識があり、その点は、聞くと
というのは比較的我意識が少ないと感じるからです。