コンタレックスの赤
Exif情報
メーカー名 SIGMA
機種名 SD1 Merrill
ソフトウェア Photoshop Elements 9.0 Windows
レンズ
焦点距離 50mm
露出制御モード 絞り優先
シャッタースピード 1/60sec.
絞り値 F2.8
露出補正値 +0.0
測光モード 分割測光
ISO感度 200
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4704x3136 (763KB)
撮影日時 2013-11-16 16:01:42 +0900

1   笑休   2013/11/17 04:02

昔、使ってた・・コンタレックスの赤の色をおもいだしました。

2   花鳥風月   2013/11/17 07:28

冬の夕 暖かそうな 赤い菊

3   kusanagi   2013/11/17 09:28

↓ここにもSD1の赤があります。
ttp://maros-notebook.txt-nifty.com/notebook/2013/11/sd1sd1-merril-3.html
でも笑休さんの方が上手いから参考にならないかも。

コンタレックス・・・こんなのだったんですねえ。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
超高級機のカメラです。もの凄いカメラをお使いだったんですね。

いつの間にやら菊のシーズンになりましたね。この菊、笑休さんが
育てたやつですか? 
私が好きな花、菊と椿とバラです。
それしか知らないというか、単純ですわ。(^^;

4   笑休   2013/11/17 16:13

花鳥風月さん この花は菊なんですね・・知識がないんで・・おはずかしい。
kusanagiさん コンタレックス、殿様カメラと呼ばれてました。
ツアイスイコンが技術を知らしめるために造ったカメラ・・中古でも結構な価格でした。
デジタルの現在・・・マウントアダプターでレンズが使える機種があるようです。

5   kusanagi   2013/11/18 20:48

コンタレックス・ブルズアイ + プラナー50mmF2
http://koujiyacamera.hamazo.tv/e4503032.html
動画もあります。作例も。
西独ツァイスイコン社最後の超弩級の超高級機とか。
結局、これを最後にツァイス・イコンはカメラの製造から撤退したのでしょうか。
その後は、日本製カメラの大躍進っていうことかな。

ところでツアイスの歴史を見ますと・・・(以下、ウキペディアより)
1920年3月28日 - イカとコンテッサ・ネッテルが利益共同体を成立させた。
1925年9月29日 - 利益共同体にゲルツとカール・ツァイスが参加した。
12月10日 - 利益共同体にエルネマンが参加した。
1926年5月8日 - 利益共同体が成立したが各メーカー間の競合はなくならず
合理化も進まなかったことから、カール・ツァイス財団の主導で有力カメラメーカー
であったイカ、エルネマン、ゲルツ、コンテッサ・ネッテルの4社が合併契約に
調印した。 8月25日 - 新会社の設立契約が締結された。この際新会社名が
ツァイス・イコンと決まった。
・・・とあるんですね。これは合掌連合でしょう。
方や純血を貫いたライカは今でも現存しています。

日本のITメーカーのエルピーダやルネサスとかの様相です。家電のテレビも
似たようなものです。個別メーカーの個性がなくなると社会主義みたいなもの
になって活力を失ってしまうんでしょうね。
もし、日本のカメラも、キヤノンとニコンとソニーだけの寡占化になってしまったら、
同じようなことになるでしょう。(事実、ITの半導体製造装置のステッパーでは
ニコンとキヤノンの寡占から、フィリップにトップを奪われました)

そういうことは製造メーカーだけじゃなく、政治政党とか国家群にも言えそうです。
一党独裁や二大寡占政党の弊害、ユーラシアの巨大専制政治国家とヨーロッパ
半島の群雄割拠国家群を歴史的に比べてみても分かります。
弱小メーカーとか政党や国家の存在意義がそこにあるように思えます。
もっとも現在は、企業も国境を越えての戦いとなりますからね。図体を大きく
したいという気持ちもわかりますが・・・


6   笑休   2013/11/18 20:54

補足ですが、記憶ではコンタレックスSEが最終機だったと思います。
電子制御シャッターでした。
その前のコンタレックスSはプロ向けに露出計のない、フィンダー交換できるのもだしてました。
プラナー85ミリ1.4もわずかですが製造しています。

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