1 stone 2015/5/22 21:43 昭和の半ばまで広く里山景色でしたが山はほとんど住宅地に変わり、お寺だけ山の風合いが残っています。
昭和の半ばまで広く里山景色でしたが山はほとんど住宅地に変わり、お寺だけ山の風合いが残っています。
2 oaz 2015/5/22 22:25 stoneさん、今晩は。 日本の都会地の住宅は、狭いところに背の高い住宅がびっしりと立ち並びゆとりが全くないですね。マンションにたくさんの家族を詰め込むのと一緒ですね。
stoneさん、今晩は。 日本の都会地の住宅は、狭いところに背の高い住宅がびっしりと立ち並びゆとりが全くないですね。マンションにたくさんの家族を詰め込むのと一緒ですね。
3 たか 2015/5/23 00:20 この写真大好きです!
この写真大好きです!
4 Ralick 2015/5/23 19:13 左の石垣や木塀の古き良き時代を感じます。開発は、その場の雰囲気を残してはくれないですね。
左の石垣や木塀の古き良き時代を感じます。開発は、その場の雰囲気を残してはくれないですね。
5 stone 2015/5/23 20:48 こんばんはoazさん、一つ二つだと丘と言ってもよいくらいの小さな山が連なる場所でした。それぞれに熟成した森があり、野うさぎや狸もいたのです。もちろんカブクワをはじめ、多くの昆虫たちがおりました。時代の傷、と言うのは乱開発による自然への傷のことかもしれませんね。たかさん、初夏の光に懐かしさを感じながら石畳(?)の坂道を撮りました。ここから先はお寺の私有地(母屋側)のようで勝手には中へ入れなくてしゃがんで低い視線から眺めてみました。これって子供視線なんだなあと、ちょっと思いました。Ralickさん、開発の始まりは大きな団地建設だったようです。S35年頃建設だったでしょうか、その団地も老朽化で取り壊され、団地を飾るソメイヨシノが山を覆っていましたがソメイヨシノも伐採されていました。哀しいくらいに無残な暴挙と感じます。腕が回らないくらいに太く立派な桜たち、端っこに数本のこしてほぼ無くなっていました。
こんばんはoazさん、一つ二つだと丘と言ってもよいくらいの小さな山が連なる場所でした。それぞれに熟成した森があり、野うさぎや狸もいたのです。もちろんカブクワをはじめ、多くの昆虫たちがおりました。時代の傷、と言うのは乱開発による自然への傷のことかもしれませんね。たかさん、初夏の光に懐かしさを感じながら石畳(?)の坂道を撮りました。ここから先はお寺の私有地(母屋側)のようで勝手には中へ入れなくてしゃがんで低い視線から眺めてみました。これって子供視線なんだなあと、ちょっと思いました。Ralickさん、開発の始まりは大きな団地建設だったようです。S35年頃建設だったでしょうか、その団地も老朽化で取り壊され、団地を飾るソメイヨシノが山を覆っていましたがソメイヨシノも伐採されていました。哀しいくらいに無残な暴挙と感じます。腕が回らないくらいに太く立派な桜たち、端っこに数本のこしてほぼ無くなっていました。
6 CAPA 2015/5/23 23:36 里山、山寺も時代によって変わっていくもんですね。この写真に現れない、人の諸事情、行為があるんですね。
里山、山寺も時代によって変わっていくもんですね。この写真に現れない、人の諸事情、行為があるんですね。
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