五斗長ひまわり祭りのテント張りに行ってきました。せっかく行くのに写真を一枚。あいにく曇り空でした。でも暑かった。五斗長垣内遺跡(ごっさかいとういせき)は弥生時代に鉄器を製造していた炉跡が確認された事で知られる様になりました。表に出ている以外に遺跡を2mの土で覆い埋めて保存してあります。昨年は淡路島の西淡地区で青銅器「銅鐸」が見つかり日本中?(淡路島だけ?)で大騒ぎになったとか?(^^歴史に弱い僕には難しい。(^^ゞ
こんにちは。淡路島にもスッゴイのが有るんですね~ 遠く昔の人達はどんな船で本土から渡って行ったのでしょう。ロマン溢れるドラマが頭の中を駆け巡ってます(大袈裟かな^^?).。。でも、凄いよね~ テッペンの垂形のトンガリも当時の再現かな~
こんばんはNikon爺さん淡路島の歴史はすごいんですよん。古事記、日本書紀に記載された神話がありますが伊弉諾(イザナギ)が最初に創ったのが淡路島、次に本州、四国、九州を創ったとか。詳しい事は難しくてわかりません。(^^ゞでも青銅器「銅鐸」は聞いたことあるでしょ?去年ニュースで言ってたから。とんがりも再現じゃないの?(^^昨日、聞き忘れていました。(^^ゞ今度来た時、案内しますね。
大規模な遺跡ですね淡路島は魚介類・穀物等豊富で生きる基盤が備わっていたのでしょう次はヒマワリの良い時にお願い致します
こんばんは。ここを淡路の定宿にしてもよろしいでしょうか・・・。(^^;)
今晩は。 私も、この様な藁屋根のお家に住んでみたいです。憧れます、電気のないのも我慢します。
こんばんはF.344さん実は僕もひまわり祭りなのでひまわりを期待していましたが時期が遅く、向日葵がこんにちはしていました。ちょっと植えるのが早かったのでしょうか?(^^こんばんは裏街道@流れ者 さんぜひ、定宿にしてください。淡路市に一人転入者~~。(^^こんばんはoazさん大昔の方はここで住んでいたんですね。弥生時代はどんな生活なんでしょうね?
真ん中に囲炉裏が有り、それを囲むように板張りの座敷が有りました。昭和20年代までの農家の座敷も側が四角以外は伝統を受け継いでいたかと。
こんにちはoazさん真ん中に囲炉裏ですか、いいですね。弥生時代から受け継いでいますね。ご近所、どこに行っても見かけなくなりました。
これは個人宅だったのでしょうか、それとも村の共同の穀物倉庫みたいなものだったのでしょうかねえ。しかし、これは屋根の葺き替えするの、めちゃ大変そう。
こんばんはKazさんそこまで聞いてなかったな~(^^ゞ23棟ほど埋まっている(埋めてしまった)と言っていたので個人宅じゃないかと・・・。屋根の葺き替えどうするんでしょうね。ボランティアの募集があればKazさんに連絡しますね。(^^みなさん、ありがとうございました。
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