春
aus jena ddr t 2.8/50 tessarレンズと思います。 ボケもしますし、近距離撮影0.35、 遠景にも使えると存じます。 アップし過ぎてしまったのでしばし小休止です。 良き日を
一眼レフ
キヤノンEFマウント・35mmフルサイズ・2,110万画素
2007年11月29日発売
2007年11月29日に発売された、キヤノンのデジタル一眼レフ最上位機のうち、画質を重視するEOS-1Dsシリーズのモデルである。有効約2,110万画素の35mmフルサイズCMOSを搭載し、中判デジタルカメラに迫る高解像度を掲げて、ポートレートや商品撮影、風景写真に向く機種と位置付けられた。2011年には、1Dsシリーズと高速性能重視の1Dシリーズを統合した後継機EOS-1D Xが発表された。
投稿写真 956枚
aus jena ddr t 2.8/50 tessarレンズと思います。 ボケもしますし、近距離撮影0.35、 遠景にも使えると存じます。 アップし過ぎてしまったのでしばし小休止です。 良き日を
二輪草です。 まだちらほらとですが、淡く桃色に色付く二輪草が咲いていました。
目線をうすせばひらひらと桜の咲く季節が好きです。
境内に咲く河津桜でしょうか ある方に言わせると咲きはじめの頃のピンク色をした桜がとても好き!だそうです。
静物には意外と気を遣うものです 高感度域を使いたくないので露出開放でなければふっー 息を吐いて一寸慎重に脇を締めてアングルをそのままに体全体を留めて「今だ!」ってなタイミングでカチョンとシャッターを切る。。 けれど、まあピントがどこかいってしまいます。
こちらの掲示板では初めまして、お邪魔します〜 ざる蕎麦や冷やしたぬきうどんが食べたくなる陽気です。すてきな1日を。
asahi takumar 300mm f4で撮影した今朝の太陽です。 月が反対方向にほぼ丸い形を帯びて浮かんでいました。
少し動くと汗をかいてしまうくらいの日差しと気温です。ミモザきれいですね
PENTAX K-3 MarkIIIというカメラは最新OVFカメラなんですが、APSフォーマットカメラでありながら、 その光学ファインダーはフルサイズとさほど違わないほどの高倍率を持ったカメラです。素晴らしい ファインダーだけでなく、APSセンサーの画質もフルサイズに負けないほどのカメラとなっています。 ペンタックス(リコー)はデジイチのことが良く理解で来ていて、とにかくファインダーが優れていないと カメラではない、という確信のようなものを得ているようです。 優れた光学式ファインダーに、良いレンズを組み合わせれば、そのファインダー視には魅入られる ほどの魔力というものがあるようです。私もMFレンズで最近は撮影をしているのてすが、なかなか ピントを合わせるのは難しいです。(^^ゞ しかし最新の優れたレンズであればピント確率は随分と 高くなります。これはレンズのお陰です。オールドレンズだとピントは難しいですね。 野鳥撮影の方はその光学式ファインダーで鳥を眺めているだけで充足感があるといいます。それは よく私にも理解できるところです。たとえ600ミリF4レンズを持っていなくても。 こういう具合に光学式ファインダーの魅力というものは大変なものがありました。その最たるものは 中判カメラの光学式ファインダーでした。なにせファインダーが大きかったですからね。フィルム時代 に写真をやっていた方の多くは中判カメラを使っていて、要するにその優れたファインダーに魅入られ ていたのだと思っています。 時代はうって変わって中判デジタルもミラーレスの時代です。確かに得られる画像は大変なものに なりましたがEVFファインダーでは面白くないのではないでしょうかね。 多くの方々が、時代の流れということで大人しくEVFミラーレスカメラを受け入れています。大人しい といわれる日本人だけでなく全世界的にそうなっていますね。(笑) 私が思うに、ミラーレスカメラを受け入れるということは、もう自分は写真から離れようと無意識の内に 思っている人たちなのではないかということです。 考えてみますと写真道楽なんて、そんなにいつまでも続けるものではないでしょう。その止める切っ掛け としてミラーレスカメラに代えるんではないですかね。光学式ファインダーの魅力というものが得られ なくなれば、自然と写真からは離れていくというものではないでしょうか。 まあそれはともかく、最高の光学式ファインダーとはフルサイズのプロ機に高級単焦点レンズを装着 した場合となります。 今回、ひょんなことからコシナツァイス55ミリMFレンズを格安中古で手に入れました。ソニーミラーレス で使っていた最初は、まあこんなもんかな、って具合でしたが、そのレンズをイオス一眼レフで着けて 撮影すると別世界が待っていたことに気かついたというわけです。 最初はシグマの単レンズよりも優れた画質のレンズを試したかっただけでしたが、結果はそういうレンズ こそが光学式ファインダーのカメラで生きるのだということでした。そしてファインダーとは、それこそが 写真の本質そのものであることに具体的に改めて気がついたというわけですね。 よい勉強になったと思ってます。
いつもより少しだけ早起きして朝日を撮ろうと歩いて近所を散策していました。 大したレンズなど皆無なので55ミリの他に135ミリをポケットに忍ばせて出歩いてみましたが、目はねむ目まなこでピントもろくすっぽ合焦せず。。 地元なので普段と変わらずな風景ですが角度や時間帯などでやはり景色は変わるものですね、ちょっと楽しかったです。 良き1日をお過ごしください。
最近は神社とか祠に凝っています。これは河川の土手に浸食された祠ですが、なんとなく小さいながら 鎮守の杜もあるみたいなので散策してみました。 レンズはコンタックス645用の45ミリF2.8。アダプターに電子接点はないです。このレンズ、ソニーアルファ では露出も安定し、素晴らしい描写を見せますがイオスでは使いにくい。(^^ゞ ソニーアルファ7がオールドレンズ御用達のカメラであるというのは良く納得のいくところです。
土手の祠社にあったライオンの置物。たぶん狛犬のつもりなんだと思います。
紫外線が強く青い空が紫色ににじむ頃です。
キヤノン板も、もうすっかりと閑古鳥が鳴くようになってます。 皆さんもう投稿に飽きたのか、それとも撮影自体からも遠ざかってしまったのか。 私の方は最近はミラーレスのソニーから、デジイチのキヤノンに戻ってきています。 なかなかキヤノンというのは良いカメラですね。 今回投稿した写真は偶々まぐれで撮れたものです。夕暮れの撮影でしたので何が 写っているかも分からないで撮ったものです。現像してみると、どうやらコウノトリが いるみたいなんですね。まぐれでピントも合っているのかな? 使ったレンズはMFレンズです。フォーカスエイドも効かないくらいの夕暮れでした。 むろん手持ち撮影です。カメラやレンズに手振れも付いていません。 キヤノンのデジイチでMFレンズを使うのはとても楽しいですね。特に単焦点の標準 ミリ数のレンズは昔をも思い出します。学生時代に中古で買ったキヤノンのカメラは 標準レンズだけでそれで何でも撮影していたものです。 歳をとれば、新しいことはせずに昔やっていたものに戻るっていうのが私のセオリー のようなものですので、今回はキヤノン+MFで上手い具合にやれたかなって感じて います。
こんばんは。 同じ被写体をf2.5で狙ってみました。
① ソニー板の、爺児さんの一連の写真に注目しています。オールドレンズに関して私の知識は皆無なので コメントはできませんが、投稿された写真に関してはとても美しいですね。ただ観る側は、かなりのPC/ モニターでないと正確には観られないかもしれません。 昔の古いレンズを加工して最新のミラーレスカメラに着けて撮影をされているようですが、レンズ遊びと 言えばそうですし、こういうスタイルの撮影もあるのだと言えば゛充分納得のいくところでもあります。 私にはとてもじゃないですが真似ができません。そもそも、もうマニュアルでピントを合わせるということ 自体がもう不可能になってきてるので。(^^ゞ これからも爺児さんの写真を静かに鑑賞していきたいと願っています。 人には真似のできない写真スタイルを持つということは強みになります。それは自分ひとりだけでも写真 を継続していくことができるからです。多くの写真人は同好の写真人と相まって連携して写真をやり続け ているわけですが、本来、写真というものは個人的な技であるわけです。たしかに連携の妙もあるわけ ですが、やはり基本は一人でも写真ができるという能力が必要です。 この掲示板がそういう独自スタイルの方のためにも役立つことを願っております。
前回のコメントの続きとなります。 裏街道さんが、自分は写真画像を練って楽しむのが好きであって・・・と言いますのは、これは謙遜で 申されているわけでして本当は、自分の写真は単なる記録撮影ではなくて創造としての生みの写真、 作品活動としてやっているのであって・・・と、いうことになるでしょう。 そういう風に考えると、写真には2つの方向と言いますか二面性があって、ひとつは芸術的出的な創造 性と、もうひとつは記録といいますか本当は記録というよりもより良くこの世界を見たい、観察したい、と いうこの両義性です。 それで写真を簡単に言って芸術として捉えている人は、これは光学ファインダーを備えた一眼レフでなけ ればならないということです。ミラーレスカメラで芸術写真をやっているような人は見たことがありませんし また出来ないだろうと思います。 美的写真を撮るにはPCモニターの前で画像をいじるだけでなく、そもそも撮影時から意識してやらなけれ ば決して芸術写真とはならないからです。その為には優れたファインダーが何よりも必要となります。 そもそもミラーレスの液晶画面では自分の創造性が湧くものではありませんよね。(^^ゞ そういうわけなので創造的美的芸術性のある写真を目指している方はデジイチ、とりわけフルサイズ一眼 という選択肢しかないのです。 もしもそういう芸術派の人が、ミラーレスカメラでもって自分の写真を貫こうかとすると必ず行き詰るでしょ う。そこにデジイチとミラーレスの根本的な相違というものが横たわっているわけです。 ミラーレスカメラは画質が優れていますね。ピントは正確だし専用レンズは高性能です。デジイチよりも後 で発売されたものだから総合的な技術が勝ってもいますし。 それでユーザーは最新ミラーレスに行きたがるのですが、ところが実際に使ってみると感が狂うことしかり であって、こんなはずではなかったのに。ということになるのではないでしょうか。 https://photoxp.jp/pictures/220346 この写真のコメントで、S9000さんが建物を擬人化した・・と書かれていて、彼の新鮮な発想に舌を巻きま した。ここで言う擬人化とはつまり写真の作品化ですね。 そのように考えると、写真の作品化芸術家とはおしなべて擬人化なのではないかと思えてきます。 たぶん最終的には風景写真であってもそれは撮影者自身の擬人化的投影であるということになるのかも しれません。 立派な富士の写真を撮る人は、自分もこんなに立派で美しい人間であるからこの俺を崇めろ、って暗に 言っているように聞こえます。それこそ権威主義的写真ですかね。ちなみに裏街道さんは富士を撮っても 遠景で小さくしかいれません。謙遜が働いているものと思われます。(^^ゞ 写真の擬人化とは別の言葉で言えば、写真は鏡であるということかもしれません。写真は窓か鏡か、とい うことでは、ミラーレスカメラは窓にしかなり得ず、デジイチは窓にも鏡にもなるというところでしょう。 ついでに言うとS9000さんは芸術的な権威主義的写真ではなく、ほぼ窓的な、見たい知りたいという方向 で写真をなされているようです。APSデジイチではなくフルサイズを使っていたならば、もしかすれば芸術 方向に振ったかもしれませんが。 ともあれ、これから光学一眼カメラがなくなっていきますと、写真は芸術も作品も権威も失っていくという 方向に定まっていくと思ってます。ごく普通の、見たい知りたい、そしてちょっぴり化粧も、という程度の写 真だけになっていくのではないでしょうか。 そしてそれは古くからの写真文化の喪失となります。この作品化写真と共に消滅していくのがもうひとつ あって、スナップ撮影ですね。この撮影はノーファインダー撮影を除いて優れてよく見えるファインダーの カメラでなければできない写真ですね。デジイチとかライカでなければ上手くいきません。決定的瞬間に 欠けるスナップではね。しかし現代ではそれを動画で補うという方向に来ています。いやスマホの動画撮 影こそが現代のスナップ撮影となったようです。 この古い写真文化の喪失と言いますか、時代の流れで駆逐されていくというのは残念なものがあります が世の中の流れには逆らえません。この私にしてもミラーレス機が主流であって、デジイチも使ってはい るものの、その使い方はすでにミラーレス流です。 たまに思い出したようにしてデジイチでスナップ的な撮影をしても、ああ昔はこのように撮っていたのかと ノスタルジックに浸るだけのことでした。 時代の流れは大変なものがあります。プーチン氏か昔のノスタルジックでロシアの栄光を掲げても、現実 には西側の先進兵器でコテンパンにやられているのを見るとノスタルジックよりも滑稽ですらあります。 私の場合には光学ファインダーカメラで作品的な写真こそやらなかったものの、スナップ撮影はよくしてい ました。それがもうできなくなっています。スナップ撮影文化は消滅してしまったわけなんですね。じゃあ それに代わるショート動画をするわけでもありませんし。 こんなわけでだいたいはこれからの写真の方向が見えてきたかなって思いますし、それを言質する技術 の変遷にも理解できたように思ってます。一抹の寂しさこそありますが時代の流れに沿って自分の写真 術をやり続けていくしかりません。 私の場合は写真は歩きの健康維持の為。それが主目的ですから。これからもそれに邁進することにしま しょう。
ちとっと記録がてらに・・・ https://photoxp.jp/pictures/220368 https://photoxp.jp/pictures/220378 https://photoxp.jp/pictures/220394 キヤノン板で投稿したものですが、裏街道さんの助言のお陰で、これまでの高画素高画質カメラの弊害 というものが私もかなり分かりかけてきたように感じます。そのコメントへのリンクですね。 最初は軽くデジイチとミラーレスの違い程度に話を始めたわけですが、私の最終的な結論として、高画素 高画質カメラのVDT症候群の弊害は主に(デジイチではなく)ミラーレスカメラに於いて起きると言うこと。 これですね。 画像処理が好きで写真の画像を練って楽しむという場合に、デジイチならば相応しいかも知れませんが、 ミラーレスだとそうはならないというわけです。 ミラーレスの楽しみ方は個人的記録撮影であってそ、れ以上に踏み込むと、つまりデジイチでやっていた ように画像をねったりしすぎると、そこには危険なVDT症候群が待ち受けているというわけです。 それは何故なのかは上記のコメントに書いたつもりですが、デジイチという優れた光学ファインダーの援 助があってこそやれたことなので、それがないミラーレスでは煮詰めた写真とすることができないのだ、 ということですかね。それでミラーレスにはミラーレスなりの写真の仕方があるということ。デジイチと同じ ようにはいかないのです。 上記の220368の写真は単純にEF35-350のレンズが手に入ったのでレンズの性能を見たくて撮影に出か けただけで、それで偶然に2人の女性に被写体として遭遇しただけなんですね。ほぼ同じシーンを100 ショットくらい撮影しました。考えてみればミラーレスカメラでは考えられないショット数です。このレンズを 使うのは4度目ですが(カメラはイオス1DX、1D3、1DS3)、すべてにミラーレスカメラでは及びも付かない 撮影ショット量を稼いでいます。 ミラーレスの背面モニターでの撮影とは雲泥の違いでありまして、なるほどー、これがデジイチなんだなっ ていうことです。被写体にわずかな違いが光学ファインダーではわかります。それでショット数が多くなる んです。 それで帰宅してPCモニターで見ても各ショットでの記憶がまだ頭に残っていて、パラパラと画像をめくって いっても違和感なく画像をピックアップできるんですね。目指す写真を探し出すのが速いんです。 ミラーレスカメラだと撮影時の記憶がほとんどありません。それでいちいち画像をめくっていくのが最後は もうめんどくさくなる。それで撮りっぱなし写真になるんですね。 そうなんです。 デジイチは撮影時の記憶があるけれどもミラーレスではそれが曖昧なんです。これはPC作業においては 圧倒的な作業能率の差となって表れます。 それで無理やりミラーレスをデジイチと同じようにしてPC作業をしていくと疲労困憊となるんですね。 私はそれを、脳がやられるVDT症候群だとするのですが、私の場合はシグマのコンデジ(実質的にミラー レスカメラでした)であるDPメリル、dpクワトロ、そしてミラーレスのsdクワトロHで実体験(実験体験)をした ということになるのでしょう。シグマの場合、RAWソフトが遅いので尚更です。 考えてみれば同じシグマでも一眼レフのカメラで脳がやられるという感じはありませんでした。おそらく クワトロに入ってから、(このカメラはdpもsdもメリルに比べて多量に撮影できます)だろうと言えますね。 それに影響されてDPメリルの2連装使用にしたくらいですから。 それとミラーレスでも高画素と低画素の違いというものはれっきとしてありますね。シグマを捨てたあとは ソニーの低画素ミラーレスに行きましたから。アルファ7Sというカメラ、このカメラによって私は現在の自分 の撮影スタイルを決めることができたということで記しておきたいカメラです。このカメラはシグマに比べ ればPC展開が速くて且つ低画素なのでPCモニターの作業に負担を感じないで済みました。それは今は メインで使っているマイクロフォーサーズカメラでもおなじです。確かに低画素カメラというのはPCが楽な んです。 ソニー以降のミラーレスカメラで新しい撮影スタイルとしたのは、撮影は歩きの健康維持のため。撮影自 体は凝らずにショット数は少なくする。そして撮影後のPC作業は本当に最低限であって見ない場合もある ということ。 そして写真自体を捨てました。カメラは写真するものではなく、歩きの為の道具であり、記録であって、 それには、写真以上の自分の趣味、つまり郷土での撮影でもって地理的地学的歴史的文化的な視点で 見るということ。それが一番に大切なことであって、写真などはもう意味がないということなんなだという ことでした。 それで水の文化に関心があったので県内の溜池などを撮影していったんですね。あくまでも自分の記録 撮影です。ですかにその写真を人に見せても仕方がないんですね。そして溜池から神社というものに興 味が移っていきましたが、これも写真ではなく自分への記録です。 そういうのは考えてみれば鳥が好きな人は鳥を撮り、植物や花が好きな人はそれを撮る。ということと同 じなんでしょう。 まあ偶にオリンパスの一眼で獅子舞を撮ったり、今回のイオスで連写するのはありますが、あくまでも例 外です。まあデジイチに望遠だったからそうなっただけの話です。今ではデジイチでもミラーレスと同じよう にショット数は少ないですし、後でPCで写真を見ることはほぼないです。 そういうことではもう私の中ではデジイチ的な写真スタイルは淘汰されているということでしょうね。 ただ今回、裏街道さんの言葉に霊験を受けて、これまで繋がらなかったデジイチとミラーレス、そして高画 素高画質カメラの弊害が結びついたというだけのことです。つまりは理論的に完結したということだけです かね。(^^ゞ これからも高画素カメラを撮ることはあるでしょうし、シグマクワトロを使うこともあるでしょう。しかしもう 以前ような写真スタイルはもうできませんしすることもありません。これからも撮りっぱなしで行きます。 一旦変ってしまった自分の写真スタイルを元に戻すことはないわけですからね。 カメラを持って歩けるだけで十分なんでしてありまして、写真がどうのこうという贅沢なことを言っていれば バチがあたりますから。(笑) とにかく今回の理論完結で、何故シグマクワトロを使っていたユーザーが全滅したのかがハッキリと判明 しました。こういうのは多分、高画素のフルサイズミラーレスや中判ミラーレスでも起こりうることだろうと 思います。 デジイチの高画素カメラというのがあって、私の場合はニコンD800やキヤノン5DSやシグマSD-1、ペンタ 645Dなんかが当たります。 高画素ミラーレスに比べれば優しいカメラだと思いますが電磁波が強かったりRAWソフトが問題だったり しますね。それでそんなに使うことができるカメラではないです。とにかく私の場合はどんなカメラを使おう とも、もう写真好きスタイルの写真はしないでしょう。 私がこの場で書いていることが理解できる人はこの掲示板にはいませんし、日本全国探しても僅かな人 しか理解はできないだろうと思います。しかし現実はそのように動いています。 ※ちょっとイオスのミラーレスを調べてみました。 ★EOS R – 2018年10月25日発売 3030万画素 最高約8.0コマ/秒 660g ★EOS RP – 2019年3月14日発売 2620万画素 最高約5.0コマ/秒 485g ★EOS Ra – 2019年12月5日発売 天体撮影専用のモデル 3030万画素 660g ★EOS R5 – 2020年7月30日発売 4500万画素 最高約12コマ/秒(電子シャッター時は最高20コマ/秒) EOS初のボディー内5軸手ブレ補正搭載 738g ★EOS R6 – 2020年8月27日発売 2010万画素 12コマ/秒(電子シャッター時は最高約20コマ/秒) 680g ボディ内手ブレ補正によって8段分の手ブレ補正実現 ★EOS R3 – 2021年11月27日発売 2410万画素 裏面照射積層型CMOSセンサー(裏面照射式のメリットは電子シャッター時のブラックアウトフリーと歪み激減) 最高約12コマ/秒(電子シャッター時は最高約30コマ/秒) 1015g ★EOS R5 C – 2022年2022年3月10日 プロ向けのデジタルシネマカメラ 4500万画素 ボディ内に手ブレ補正機構を搭載していない 680g こんな感じですかね。現時点ではEOS R6が最高ですね。いつか中古で安くなれば欲しいですね。画質は 良いですし、今のキヤノンでは最高だろうと思ってます。
裏街道さん、つつじ写真にコメントありがとうこざいます。(^^ゞ まず最初にちょっとだけ書きますが、裏街道さんクラスの画像処理をやっているのは、ここに投稿されて いる方々は全員ともどもです。それはデジタルでは当たり前だから敢えて言わないっていう感じですね。 全くの素のままで投稿する人間というのは私くらいですよ。(^^ゞ それでも最低限のことはやってます。 ですから裏街道さんだけが特別なことをやっているわけではないのであって、そこのところは最初に押さ えておきたいと思います。 そして次に、画像処理が好きな人達、例えばstoneさんやKazさんなんかは本格的な画像処理のレベル でやってました。それで彼らの使っていたカメラはデジイチなんでしたよね。つまり、デジイチというカメラ と画像処理趣味というのは相性がいいんです。これホントです。 じゃあミラーレスというと、結論から言うと画像処理とは相性がよくないです。それで無理やりやっちゃうと 限界がくるんです。それはどういうことかと言いますと、デジイチというのはその光学ファインダーで撮影 時によく見て、記憶にもよく残っていて、自分が撮ったショットを覚えているからなんです。どのショットに 写真としての手応えというのがあったかもよく覚えているんですよ。 ところがミラーレスというのはファインダーの質が悪いですね。それで自分が撮ったショットシーンの記憶 が曖昧なんですよ。だからPCモニターで改めてその全部の画像を検証しなおしてていかなければならな いんです。 これはデジイチに比べて2重手間になっちゃいます。ちなみにデジイチでもノーファインダーで撮影したも のは、ミラーレスとよく似た感じになっちゃいますね。これ誰が撮ったんかいな?って感じですから。(笑) ところで、私がよく言う超高画素高画質のカメラなり画像は、VDT症候群で脳をやられちゃうって言うのは 主にミラーレスカメラでの話です。私の経験から言うとその最右翼がシグマのミラーレスカメラやコンデジ シリーズです。これでばかり撮影していた時期は私の脳力は著しく低下してましたからね。 しかし同じく高画素のデジイチのシグマではそういうことは起きないということです。キヤノンの5000万画 素デジイチとかペンタの4000万画素中判デジイチでも同じくそうですね。 キヤノン5DSは電磁波が猛烈なのであまり使っていませんが、電磁波の低いペンタはよく使っています。 それでその4000万画素の文字通り高画素高画質のカメラですが本当に難なく使えてしまう。脳の疲れ はありません。 ここまで書いてくると、デジイチとミラーレスの両方を使った経験がある方だとピンと来るはずですね。 と言いますか両機種のカメラを使っていない限り、けっして分からないことなのです。 それでミラーレスを本格的に使い続けていくコツというものを習得していくのですが、それはまず、画像処 理などには凝らないこと。PCモニターの前ではさらーと流すこと。そして写真趣味が独立してあるんでは なくて、もっと別の自分の趣味をメインにして、写真はそれへの従属的な、つまり記録的な写真に留め置く ということになるんです。写真よりももっと好きなものを見出すということ。 自分はミラーレスカメラで写真趣味をするんだと凝り固まると、しかもそれがシグマsd1クワトロHのような 壮絶なものだとすると間違いなく裏切られますから。 つまり、デジイチからミラーレスへの移行は、自分の写真の概念を根本から変えていく必要に迫られるん ですね。これは無理やり抵抗しようとすると私のように脳をやられます。(^^ゞ 多くの方がデジイチからミラーレスに行くのは只単に時代の流れで流行だから、というのが実際でしょう。 別に大したことを考えてのことではないです。しかし私の場合はデジイチの漏洩電磁波の害を乗り越えた いということで、切羽詰ってミラーレスに行ったんですね。多くの人とは動機がまるで違います。 そこでミラーレスに行ったものの、本当に伏兵に襲われるようにしてというか地雷を踏んでしまったのが、 VDT症候群でした。デジイチの電磁波は身体を蝕むけれど、ミラーレスカメラのVDT症候群は脳をやられ ちゃうんですね。なんともはや、という感じです。(^^ゞ 私は今、メインのカメラというものはフォーサーズカメラなんですね。2000万画素もいかないカメラですし、 画質もセンサーが小さいですからそれなりです。もう画質も画素数も全く問いません。フォーサーズでは 光学式のデジイチとミラーレスの両機種がありますが、やはり使うのはミラーレスが多いですかね。 ミラーレスは背面液晶モニターで見て撮影してます。EVFは使いません。シャッターは可能ならば電子 シャッターでやってます。これだと電磁波は出ません。 そして撮影する対象物を主眼にして考えて撮影してます。真に写真なる趣味はゼロですね。自分の記録 としての写真なわけです。そして、やはりカメラを持って野山を歩くことこそが本当の目的なんだと自覚 してます。ただ野山を歩くだけだと手持ち無沙汰になるので、カメラを持っているだけかもしれませんね。 そして敢えて言うと地元の歴史や文化を探るのが私の写真だということかもしれません。 これは極めて個人的な目的に振った写真行為ですよね。自分の健康維持と個人的な探求趣味で写真を 利用しているに過ぎないのですから。既に写真の社会性や写真自体の探求心などはもう眼中にはありま せん。こういうのはおそらくyouzakiさんも、方向こそ違え、良く似たものではないですかね。youzakiさんは 高齢でありながらも元気に写真を撮り続け投稿をされています。あっぱれと言うしかありません。 息を吸うようにして写真を撮る。私は歩くようにして写真を撮る。理屈で写真をやるんではないんですね。 私は長文を書くから理屈っぽいと思われているかもしれません。しかし自分の実体験で経験したこと以外 は言いません。極めて手足型の地べたタイプの人間なんですね。カメラ好き人間かも知れませんがモノ を愛でるタイプではなく荒っぽい使い方しか出来ない人間です。買う物は中ぶるだけですし。 裏街道さんはデジイチしか知らないのでなんですが、デジイチを使っていてミラーレスに移った人がこの 板にもおられます。本当はそのような方々にこのコメントをささげたいなっていうことで書いてますよ。(^^ゞ 少しキヤノンのRシリーズを調べましたが、もし私が将来中古のRを買うとすればそれはR6になります。 2000万画素の、今となっては低画素くらいのしかし優れた画質のカメラで、電子シャッター式であり低照度 の撮影が可能です。その次にいいかなって思うのはR3ですか。プロにも使えそうなEVFを採用している みたいなので、その性能を知りたいところがあります。 余談を言えば、これからのミラーレスカメラの克服すべき課題は、なんといっても自然で健康を妨げない EVFだと考えてます。光学式ファンダーと同様な、いくら見続けても問題がない自然なファインダー。もし これができれば時代は完全にミラーレスカメラのものになります。しかしそれはやはり難しいでしょうね。 またまた自分の話を出して恐縮ですが、シグマミラーレス(コンデジ)に敗れて次に行ったのが、ソニー アルファ7Sです。1200万画素フルサイズ電子シャッター式カメラです。優れたモニターが装備され、日中 でも背面モニターが見やすく使いやすいカメラでした。このカメラでもって、自分なりのミラーレス式写真 の構築できたかなって思ってます。地元の溜池を次々に撮影していきました。今考えても本当に名機だと 思っています。多分キヤノンではイオスR6がそれに当たるのではないかと考えています。 このソニーからガラリと私の写真に対する考え方が変わり、それが今も続いていて、たとえ使うカメラを 違えたとしても、地元への個人的な記録写真という撮影スタイルは変っていません。 だいたいカメラというものは高画素は必要なくて、1000~2000万画素で十分なんですね。それ以上は害 はあっても益は少ないと考えてます。センサーサイズが同じならば画素数が少ないほうが画質は良いの ですし。経済学に限界効用低減の法則というワードがありますが、カメラの画素数で言えばそれがマック スのピークが2000万画素くらいだということです。 4000万画素とか6000万画素というカメラも多々ありますが、それはトリミング前提で使うということになり ますかね。プロの撮影はトリミング前提なので高画素カメラを使うのですが、アマチュアはフルフレームで 使うので2000万画素でオーケーなんです。 長い時代のスパンで見れば、デジイチというデジタルの光学ファインダーカメラは、純粋にデジタル時代 のものではなくて、フィルム時代のアナログを引きづったカメラでありまして、本当にデジタル時代のカメラ はミラーレスカメラです。このカメラから本当のデジタル写真というものは始まるというところでしょう。 ですからミラーレスカメラを知らずして自分はデジタル写真をやっているとは言えないのかもしれません ね。 それと肝心なことですが、これまでの写真は優れたファインダーに頼りすぎた写真であったこと。これは やばり事実ですね。 ファインターというかフレームです。それを打ち砕いてくれたのがファインダー性能の低いミラーレスです。 カメラ好きの人間から言わせてもらうと、デジイチの光学ファインダーはファインダーで見てレンズの良し 悪しが分かるというメリットです。余談ですね。(笑) ※投稿写真は古いフィルム時代のトキナー24-200の高倍率レンズでの撮影です。 上記の、何々に頼りすぎた、という下りは含蓄に富んでいて、ハイアマチュアが犯す過ちに、良いレンズ ばかりで撮影して(キヤノンだとLレンズとか)、そうでない低廉なレンズの味というか意味を知らないという ことが挙げられます。全ての機材の良し悪しは相対的なものであって、その一方しか知らないというのは 片手落ちというしかありません。 こういう安物の廉価レンズをそれなりに見せようとすれば本来の意味での画像処理術が必要になります。 この画像はカメラが優れているので問題はないのですが、フォーサーズなどのギリギリカメラでは限界を さ迷うことになります。良いカメラや優れたレンズばかりに頼りすぎることは写真技術の向上にはマイナス になるんですね。 私が自分の第一のカメラとして挙げたフォーサーズは、そういうことでは容易に画像や写真の限界に近ず くことができ、それが案外に楽しいじゃないかということが理由として挙げられるんです。 本当に画像処理技術を目指してスキルアップをしたければ廉価な機材を試さなければなりません。RAW ではなくJPEGで撮るとかソフトも安価なものも使うとかもそれにあたります。 ※S9000さんが、(巨大)建築とはなべて権威主義的であると申されておりました。それを言えば写真の中 のジャンルとして建築写真がありますが、そういうのも権威主義的建築家とグルになって権威主義を流布 しているということになるのかもしれませんね。(^^ゞ 写真に権威主義のあるのか、と問えば一番よく見受けられるのが高級機やブランド機材を使う写真です。 高画素カメラもそうでしょう。偉そうな高そうな機材を使う写真は暗に権威主義を醸し出していると言えそう ですね。ですから高級機材は中ぶるを買えば権威主義からは逃れられると思ってます。一番有効なのは もちろん元々廉価なものをさらに中古で購入すること。廉価、中古万歳なのが庶民的な写真術だという ことになりますまいか。(^^ゞ そして撮る被写体でも権威主義的であるかどうかが判明します。どこにでも転がっているものを撮るのは 権威主義からは遠い写真となります。S9000さんの、どこにでもいそうな娘さん撮影は、およそ権威主義 からは遠い写真だと言えますね。まあ何々の有名人に似ているとかいうのはちょっぴり権威主義?の 匂いがしないではないですが実に可愛いものです。 冗談はともかくとして、S9000さんの人物スナップ写真は、現在では貴重な社会性のある写真文化であっ て絶やしてはならない写真ジャンルだと思っております。そして思うのは彼が使うカメラがデジイチだから こそ、人物スナップ写真という文化性を持った写真が撮れるのじゃないかって考えてます。 街角スナップ撮影がし難くなった時代です。S9000さんの絶ゆみない御健闘を祈ります。
裏街道さん、瀬戸内へのコメント、ありがとうございます。私のつたない写真を見てくれるのはyouzaki さんと裏街道さんくらいなもんです。(^^ゞ 今回ちょっとキヤノン板に出しゃばったのは、ミラーレスカメラに浸潤される状況で、従来カメラ使いの 方が気落ちしてくるんじゃないかと、老婆心ながら危惧したからなんですね。 デジイチもミラーレスもどちらも長短があって、どちらかが優れているとか、時代の流れはこちらだ、とかいうではないのだと言いたがったわけです。たぶん、本当に心から自分は写真が好きだ、という方 はデジイチ(とりわけフルサイズ機)であり、自分は写真と並んで別のものにも大いに関心があるよ、と いう方はミラーレスが相応しいかなっていうところです。 私は皆さんよりも早くミラーレスカメラに行きました。オリ/パナやシグマ、ソニーなんかですね。しかし ながら未だにデジイチも大いに使っています。それでどちらか一方というのてはなく、出来れば両機種 を並行して使えば写真というものがより深く理解できるようになるのではないかということです。 今はそれが容易にできる贅沢な時代となっています。 経済合理性という観点からは、未来には光学ファインダーのカメラはやはり淘汰されていくでしょう。 いくら優れているからと言っても工業製品や商品としての一眼レフカメラが今後も安価で生き延びられ るとは言えないところがあります。それはフィルムカメラを見ていれば十分に予測可能ですね。もっと 古くはレンジファインダー式カメラが一眼レフに取って代わられたこともそうです。 しかしながら今はまだまだ光学式一眼レフカメラが使える環境じゃないですか。ならば十二分にそれで 写真を撮ってやろうじゃないかということですね。デジイチを捨てるのはまだまだ時期早々です。 ※投稿写真は35-350の35ミリ側での撮影。
裏街道さんに触発されて私もひとつ投稿です。(^^ゞ これも光学ファインダー式カメラでなければ撮れないだろうという写真かなと考えてます。この2人の女性 が砂浜を行って戻るまで100ショットくらい、ファインダーを見続けながらの撮影でした。ミラーレスのEVFで それを追い続けることは難しいですから。まず眼がやられますね。背面モニターで見るのはもっと無理 ですね。 レンズはEF35-350ミリなので画質は悪いです。加えて瀬戸内の靄ががりですのでクリアとはいきません。 しかし市の場合は撮影に主眼を置いているので画質は問いませんから。 最近、この手の高倍率ズーム(バリフォーカル)レンズが気に入ってます。なにせ標準画角から望遠まで 一気にレンズ交換なく撮影できますからね。このようなレンズは他にはシグマ50-500があり、かなり貴重 なアイテムとなっています。しかしカメラ込みで2~3キロとなるので久しぶりに持ち出すと身体にきます。 写真以外に例えば植物や鳥の博物学等の多彩な趣味があり、それを写真として記録するというのならば ミラーレスカメラでも良いわけですが、純粋に写真の世界オンリーに浸りたいとなると、やはりフルサイズ 一眼レフは必須かな、という気がしています。さらに行けば中判レフカメラかな。 もっともこれはあくまでも私の考えなので皆さんは別の考えをお持ちでしょう。人の考えに影響され過ぎる というのも良くはありませんから。
こんばんは。 低速で流れるキャビン内からノーファインダーでの一枚。 f16まで絞ると多くのゴミが映り込みショックでした。
新年おめでとうございます。 なんとなくカメラを出す気になれず写真に関するユーチューブサーヒィンばかりの 昨今でかなり出遅れてしまいました。 HowTwo本より動画の方が理解度を増すようです。
https://photoxp.jp/pictures/216997?focus=1 これはキヤノン板でS9000さんを相手にして論じたことですが、私としてはオタク論議をしていたわけで はなくて、GGさんの写真論を結論付けたいとして語ったわけです。 結論としてはこのリンクの22番の最後の、 >最後に余談ですが、群馬県と長野県は内陸県です。海から遠いと、どうしてもコミュニケーションが苦手 なところがあるようです。それはご本人たちが一番よく知っているわけでしてね。 しかし写真もまた、表現やコミュニケーションであるわけで、言葉と違って読み取るには大変難しいので すが、気持ちを人に伝えることができます。 これですね。(^^ゞ ただし、コミュニケーションが苦手というよりも、内陸県で育った方は考えかたが純粋で あって意思も強いということとして捉えています。山の中の地域というのは人と人との交流が少ない分、ご 自分の思想や考え方というものを強く育てるところがあるように思えます。そういうことでは正統派の写真 論であるわけですね。 GGさんは確か群馬県の育ちだったろうと思いますし、ニコンをお使いの方も群馬県におられました。長野 県ではキヤノンで、とある板で投稿されていました。 しかしこれらの方々は今では掲示板に投稿をされていません。今では写真に対して気合を入れておられ た方は皆無に近くなってますしね。 高級機と高級レンズを駆使して真摯に写真をやっていくという時代は、もう過ぎたのかも知れませんが、 そういう時代もあったのだということでしょうか。 群馬県といえば漫画「イニシャルD」とか(笑)、富士重工のスバルを思い出してしまいます。他にも連合赤 軍事件とか日航機ジャンボ墜落事故もありましたか。 スバルというのは元は中島航空機なんですが技術に拘りがあり、そして原理原則に忠実です。性能と品 質、安全には特に。これらは飛行機を作っていたころからの社訓のようなものかもしれません。朴訥なま での車作りであるわけですが、それゆえに未だに小メーカーなのですがその人気は世界的に評価を受け ています。 まあ、写真というのはオーソドックスな原理原則だけではいかないところもあるわけで、軽めのフットワー クでもいけるんですね。重装備の写真術だけではないというわけです。 私などは重量級の機材を持ちながら、撮影としては軽さの写真で行っていたわけですし、発言としても 芸術の看板を背負った重装備写真を批判していたところがあります。そこらあたりがGGさんには気に食 わなかったろうと思いますね。 高級機材を駆使して芸術的に写真をやるというのは、実はカラーフィルム時代に完成した写真術なんで すね。その典型が中判フィルムカメラです。ところが写真にはそれ以前の、黒白フィルム写真というものが ありました。私が写真として薫陶を得たのはこの時代です。この時代のカメラは重装備なんかではありま せんでした。例えばライカM型はスナップ用の小型機です。そして写真は黒白なので、カラーと比べれば 軽いです。黒白は情報量が圧倒的に少ないですから。 こんな感じなので私の写真の思想は芸術には振っていないんですね。多くの写真人はこの時代をあまり 知りません。それで軽めの写真は不真面目に写るんではないでしょうか。 しかしながら現代のデジタル写真というのは、この黒白フィルム時代に良く似ているんです。容易に写真 を始めることができますし、自家現像というのも同じです。 それで内陸県の方は写真の歴史というものをあまりよく知らなかったのではないかと思っています。 そして現実として、デジタル写真を重装備(フルサイズの高画質・高画素)でやりますと、ユーザーの眼と 脳はかなりな負担を覚悟しなければなりません。私はこれにいち早く注目して意識した人間だと思ってい ます。それで旧来の重装備の芸術写真では実際にはやっていけないから無理なんだということを書いて いたわけです。 画質というのは確かに素晴らしいものです。微細な感覚まで表現できますし。高性能のカメラとレンズを 駆使し撮影も綿密にして、現像するPC/モニターも最高のものを使えば、確かに素晴らしい画質の写真が できます。それで写真の鑑賞者の方は満足がいくでしょう。 しかし撮影者の側としては、自分を犠牲にしてまで写真の趣味をやる必要はないのではないかということ ですね。それよりも画質を捨てた、撮影そのものを楽しめる軽めの写真術でいいんじゃないかと思うんで す。 画質だけでなく綿密に撮影をしようとすればファインダーをよく見てカメラに近づけて、そしてショット数も多 くなります。それは電磁波の害を多く受けるということです。EVFのファインダーでも別の害がありますし。 とにかく写真は自分を犠牲にしてやるもんではないです。 写真を鑑賞者の為に行うんではなくて、撮影者が安全に楽しめるように、考え方を変えていかなければな らない時代だと思ってます。 今現在、この掲示板で数多く写真を上げてらっしゃる方はそこそこの使いやすい廉価機で、ご自分の楽 しみの為に写真をやってらっしゃる方が多いですね。そして閲覧者の、写真を鑑賞したい方々が期待する ような、高級機材を駆使して投稿する方はほぼなくなってしまいました。 ※投稿写真はプロ機に重量級のレンズの撮影です。APSレンズをフルサイズカメラで、しかも開放値で とってますんで周辺の減光、画質低下が激しいです。レンズ性能をみているような写真ですが、こういう 写真もありか、ということで。山頂の鳥居は、「天空の鳥居」と言われている観光スポットになっています。
飛んでいる蝶、当てずっぽでシャッターを切ったのですがなんとか止まって写ってくれたようです。 レンズはシグマ50-100ミリ。AFは弱いレンズなのですが。浜辺での撮影。
こんにちは。 五月に入ってからGWの影響かコロナ対策の影響か仕事が少な目になり強制連休中ですが売上げが心配です。 たまには良いかとゴロゴロしながら各ソフトで遊んでます。 ルミナー導入時に鳥を足す加工をしてPCの背景として使っていたのですが 『鳥が多過ぎ飛ぶ方向が一定で無い』との不満がありました。 で、足した鳥も消せるのかを試してみたら以前よりはスッキリ感じるのですが如何でしょう。
こんばんは。 連休最後の日は家の中で・・・ゴロゴロと・・・。(^_^;)
僅かな風にも揺れる一輪草は難敵でした。
おはようございます。 道路がそんなに広くなく建物が密集している阿佐ヶ谷での荷下ろし待機は肩身が狭く気が引けます。
↓と同じ写真をAI機能のスライダーを50%に設定した一枚。 好みにも寄ると思いますが私にはちょっとドギツ過ぎると感じます。
Camera Profile
発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。
本機は2007年8月20日に発表された。発表時の発売予定は11月下旬で、実際の発売日は2007年11月29日である。1公式 キヤノン【デジタル一眼レフカメラ】EOS-1Ds MarkIII 機種仕様価格はオープンプライスで、デジカメWatchは店頭予想価格を先代EOS-1Ds Mark IIと同じ水準の90万円前後と報じ、マイナビニュースも先代と同程度になる見込みと伝えた。2プレス デジカメWatchキヤノン、2,110万画素になったフルサイズデジタル一眼「EOS-1Ds Mark III」
1Dsシリーズと1Dシリーズを統合した後継機EOS-1D Xが発表されたのは、約4年後の2011年10月18日である。3プレス キヤノンデジタル一眼レフカメラの最上位モデル"EOS-1D X"を発売その後の2013年7月30日には、レンズを付けていない状態で電池の消耗が早くなる現象と、レリーズ時に「Err 70」が表示される現象を修正するファームウェアが、EOS-1D Mark IV、EOS-1D Mark IIIとともに公開された。4プレス デジカメWatchキヤノン、「EOS-1Ds Mark III」「EOS-1D Mark IV」「EOS-1D Mark III」の最新ファームウエア 電池の消耗が早くなる現象に対処
DPReviewは本機を、キヤノンのプロ用EOS-1Dシリーズの7機種目、フルサイズの「s」系統の3機種目と数えている。5レビュー DPReviewCanon EOS-1Ds Mark III Review同じ最上位クラスでも、EOS-1D Mark IIIがAPS-Hセンサーで10コマ/秒の高速連写を優先したのに対し、本機は画素数を優先した位置付けだった。6
キヤノンは本機の用途として、ポートレート、商品撮影、風景写真を挙げた。高解像度に加えて防塵・防滴性能とライブビュー機能を備えることも、発表時に打ち出している。7プレス キヤノン約2110万画素・35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載した「EOS-1Ds Mark III」
有効画素数は先代EOS-1Ds Mark IIの約1,670万画素から約2,110万画素に増え、DPReviewの算出では26%の増加である。RAWの記録とA/D変換は14bitに対応した。5レビュー DPReviewCanon EOS-1Ds Mark III Review記録画素数は5,616×3,744ピクセルである。常用ISO感度は100〜1600で、拡張でISO50とISO3200を選べる。測光は21分割から63分割に細かくなり、ダスト対策としてセルフクリーニング機能も新たに載った。2プレス デジカメWatchキヤノン、2,110万画素になったフルサイズデジタル一眼「EOS-1Ds Mark III」
AFはF2.8対応のクロス測距点19点とアシスト測距点26点の計45点で、クロス測距点は先代の7点から19点に増えた。連写は最高約5コマ/秒と先代の約4コマ/秒から速くなり、連続撮影可能枚数はJPEG(ラージ)で約56枚、RAWで約12枚である。画像処理エンジンはDIGIC IIIを2基搭載し、処理速度は従来機の約4倍とされた。8ボディ面では、シャッターの作動耐久が20万回から30万回に引き上げられ、背面液晶は3.0型・約23万画素に大型化した。記録メディアはCFカードとSD/SDHCメモリーカードの両方に対応した。ファインダーは視野率約100%、倍率約0.76倍で、キヤノンはクラス最高と説明している。7プレス キヤノン約2110万画素・35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載した「EOS-1Ds Mark III」
DPReviewによれば、本機の米国価格はボディのみで7,999ドルで、ニコンD3と直接競合する位置付けだった。5レビュー DPReviewCanon EOS-1Ds Mark III ReviewDXOMARKのセンサー比較では、本機の総合スコアは80点(色深度24bit、ダイナミックレンジ12EV、低照度ISO 1663)で、ニコンD3Xの88点を8点下回り、ニコンD3sの82点とほぼ同じ水準だった。色深度はD3sの23.5bitを上回る一方、低照度性能はD3sのISO 3253に大きく劣る。9レビュー DXOMARKNikon D3X vs Nikon D3s vs Canon EOS 1Ds Mark III
価格.comのレビューは90件で、満足度は5点満点の4.72とカテゴリ平均の4.58を上回る(2026年9月28日時点)。項目別ではバッテリー4.88、ホールド感4.82、デザイン4.81が高く、携帯性3.66と液晶3.52はカテゴリ平均(携帯性4.25、液晶4.30)を下回る。レビューの記述にも同じ傾向が表れており、バッテリーの持ちの良さを評価する声と、背面液晶を弱点に挙げる声が、それぞれ複数のレビューに見られる。10レビュー 価格.comCANON EOS-1Ds Mark III ボディ レビュー評価・評判
個人ブログのレビューも、バッテリーの持ちを長所に挙げ、背面液晶の粗さと携帯性の悪さを弱点としており、価格.comの傾向と重なる。高感度性能も、複数の出典に共通する弱点である。天体写真の専門サイトの検証では、ISO1600で顕著なダークノイズが出た。11レビュー 天体写真の世界キヤノンEOS-1Ds MarkⅢ価格.comのレビューには常用ISO感度の上限が1600であることへの不満があり、同じ個人ブログもISO1600までという高感度性能の限界を指摘している。12レビュー ぽちろぐフルサイズ最上位機種キヤノンEOS-1Ds Mark IIIレビュー。
内容の確認日: 2026年9月28日
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