白い彼岸花はベージュ色?
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 Canon EOS Kiss X4
ソフトウェア Photoshop Elements 9.0 Windows
レンズ
焦点距離 163mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/320sec.
絞り値 F5.6
露出補正値 +0.0
測光モード スポット測光
ISO感度 100
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2240x1400 (1,855KB)
撮影日時 2016-09-25 15:34:49 +0900

1   stone   16/10/05 16:34

黄色っぽいとも言えるかな^^
でも肌色って感じしますね。
時々まとまって生えています。川原の土手ですが花壇風の場所です。

2   kusanagi   16/10/05 21:18

彼岸花に関して・・・
http://話題.biz/manjusaka.html
ちょっとおどろおどろしいですが、納得のおはなし。
彼岸花って本来、好かれるべき花じゃないはずなんですが、歳時記カメラマンはこの花を
よく撮ります。ただ単に色が赤くて写真の見栄えがするだけの話なんでしょう。
でも、彼岸花の写真を撮ると、このように不幸がやってくる・・かもしれない。(笑)
私は縁起担ぎの人間なので、危うきには近寄らず、彼岸花写真は撮りません。キッパリ (^^ゞ
しかし白い彼岸花は大人しくていいですね。

3   stone   16/10/06 20:12

日本では彼岸花を切花にしちゃダメだとか
縁起が悪いとかって言われていますね
花には何の罪もないのに(笑)
お彼岸の時期に咲くだけで変な名が付けられときっと憤慨していると思う私です。
こういう記事もありました。
>別名は「曼珠沙華」(まんじゅしゃげ)。
> ”天上の花”という意味。 おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から、ふってくるという仏教の経典による。

彼岸花の外来種にピンクや黄色もありまして
外国では普通に愛されています。
ラメが入ったようなピンク花は可愛らしいですよ。

4   kusanagi   16/10/08 23:40

「彼岸花 嫌い」で検索してみますと、いろんなものが出てきます。
特に秀逸だったのは、これ。
http://pochi3.info/1995.html
彼岸花の毒性を、農業や生活に利用しているという見解です。
とくに田圃の畦といのはモグラの害が天敵なんですね。
これは実際にだんだん畑の畦道を歩いていて、もぐらの穴道を踏みつけるとわかります。
そこから畦が崩れてくるんですね。
段々畑の綺麗に咲いた彼岸花は全て人が植えたわけでその目的は畦の保護です。
写真家の方は、ただ単に綺麗だからという単純な気分だけで写真を撮っているんでしょうが、
本当は大切な農業技術のひとつなんであって、彼岸花に関する多くのタブーは稲作やお米に
関しての数多くの伝承のひとつだったということです。
例えばお米を一粒でも粗末にすると目が潰れるとか。そういう言い伝えですね。

そう言えば猫に関する嫌気もそうでしょう。今は猫が嫌いな人はいませんが、昔は猫が
怖いとか、化け猫とか猫の祟りとか、けっこう猫も彼岸花と同じく遠ざけられていたんです。
漫画で猫目少女とかヘビ少女とか言うのもありましたっけ。
犬は昔から可愛がられていたのと比べると猫の扱いは不当という気もしないではありませんね。
しかしこれも理由があって、そもそも猫は犬に比べれば虚弱です。そして猫はネズミを獲って
くれるから農業には無くてはならないものであって、だからこそ弱い猫を虐めるなっていうことだったと思いますよ。そう言えばヘビもそうですね。
もちろん、彼岸花も引っこ抜いてはいけませんよ。(^^;
実際にネズミの害にはもの凄いものがあって、家の中のネズミも厄介ですが、田畑や穀物庫の
ネズミ害を防ぐのは絶対課題だったんです。そういうことでは猫は有用家畜です。

猫やヘビ、彼岸花に悪さをするのは子供です。大人はしませんよね。だからこそ子供にでもわかる
ように数多くの言い伝えができたんだと思います。
今の人は豊かで平和な世の中に暮らしていますので本当の自然界の厳しさとかを忘れています。
とにかく江戸以前どころか戦前までの時代では、稲作だけがこの国の生命線であったといっても
言い過ぎではなく、飢饉や冷害が起きると特に東北などでは悲惨な歴史を積み重ねてきたんです。
最後は人が人を食うということにもなりかねませんでした。(彼岸花の球根を食うという時は、まさに
そういう悲惨な時でした)
稲作一本でやって来た日本の、特に江戸期の農業政策は誤りなのですが、他に農業技術が無く
どうしようもなかったんでしょうね。しかし西日本には米が余っていても流通が乏しくて(幕府は大型
船舶の禁止、道路整備も禁止で)、東北では農民に死人が出るという経済政策も大きな失政でした。

そういうかつての時代を想うと、ただ単に彼岸花が綺麗だから、という理由だけで写真を撮るのは、
それは飽食の時代に自分達が生きているという、苦労も飢えもなく豊かに暮らせていけるという、
たったそれだけのことのように私には思えてくるんですね。
勿論、そういう時代に何の疑問もなくどっぷりと浸かって写真を撮るのは悪いことじゃないですね。
いや、実際に目出度いことです。しかし過去の歴史を本で読んで知っているだけですが、農村出身の
私には、彼岸花と飢饉の歴史が二重写しになって、彼岸花の美学的撮影は出来そうにありません。
もちろん私も彼岸花を撮りますがそれは農村風景としてであって作品的に撮ることはありません。

5   stone   16/10/09 20:03

飢饉という言葉、とても切ない言葉ですね。
稲作を考える時、その不作の原因は大雨増水であったり
雨が降らないことであったり、
竹の開花によるその実りがネズミの異常発生であったこともあったようですね。
或いはイナゴの大発生ということも。
毒持つ花、毒持つ草木は非常に多いですね。
ジャガイモの毒も有名かと思います。
痩せた土地で美味しく育つ、そういう農作物も時にとても有難い存在でしょうか
乏しい知識をひっくり返して探してみると蕎麦とトマトなどが思い浮かびます。

彼岸花には蝶がよくやってきます。
大きなアゲハチョウなどがやって来ると、花だけ撮るよりずっと楽しくなります。
花だけ撮ること随分少なくなりました。
掲示板に貼ると、とても不気味な不快なコメントが付くこともありますので
赤い彼岸花は貼らない事にしています^^;

6   kusanagi   16/10/12 21:06

たかだか彼岸花ごときで大袈裟に書いてしまいましたね。(^^ゞ
彼岸花、写真の撮影ということでは手軽にできますから大いにやれば良いのではないでしょうか。
秋は彼岸花とコスモスですが、そのコスモスも休耕対策として国が勧めています。
それで彼岸花とコスモスは何処にでもあり撮影は容易です。豊富にあるものは大いに利用する。
それでいいんではないでしょうか。

ところで、stoneさん苦手の、野鳥シーンの大砲レンズ、私も初めて大砲カメラマンが群れているところ
を見ました。600ミリクラスが3人、後は手持ちの望遠ズーム2人で5人のグループ。
大砲3人はレンズのみならずご自分のファッションまで迷彩色で統一。高級三脚、高級雲台、無論
高級カメラに高級レンズ。とにかく高級のオンパレードでした。
聞けば、野鳥の(ハイタカとか)海峡渡りを撮影するとのことでした。一般観光客の為にしつらえた
展望台のいいところを占領していたわけですが、もちろん彼らも観光客であるわけですからね。(^^;
気軽に口を利いてくれた人は望遠ズームの方。大砲カメラマン達は一般人を相手にせずの雰囲気
かなって思いましたが、まあ気のせいでしょうか。
(このズームレンズ手持ちカメラマン氏には、状況を詳しく教えて頂いて大変感謝でした)

★高級カメラマンは孤独である。
そういう雰囲気を漂わせていて、しかしながら高級カメラマン同士はぺちゃくちゃとだべっていました
から、要は階層が違う人間とは一切相手にせずの心意気なのでしょう。
★だから、高級カメラマン同士は群れる。
私のような低級カメラマンはいつも一人で撮影をするのですが、その分一般の人達には開かれて
いて、地元の人とはよく話をするんですが、高級カメラマンはそういうことは多分ないのでしょう。
ちなみにその時、私が所持していたカメラはエントリーモデルのミラーレスカメラ。
★高級カメラを持つことは一般の人とは隔絶する覚悟がいる。
そんな気がして、私は高級カメラマンではないのだけどそれでもよくよく気をつけなければならないと
思いました。

だからとって、これは高級カメラを持つことを非難していると受け取られては困ります。
群れないカメラマンはどんなカメラを持っていようが関係ない。また高級カメラでも古くなると高級でも
なんでもなくなるので注意。(^^; とにかく案外世間の人はけっこう、カメラマン氏の所持物をよく観察
していて、それがどのように使われているのか想像以上に察知しているという気がします。

参考までに言うと、私の知り合いの野鳥カメラマンはいつも一人で撮影にでかけます。皆が撮る鳥
は撮らないからです。鳥の種類を絞っての撮影ですかね。
三脚は大型だけどキズだらけ。雲台はジンバルの安物。カメラもレンズも昔高級だったヤツ。(^^ゞ 
来ている服はいつもよれよれのジャンパー。
そういう野鳥カメラマンが普通だと思っていたら、どうもそうではないのかも知れませんね。
今回、ファッショナブルでピカピカの大砲カメラマンを見て、あらためて多分こっちのほうが普通なん
だろうって思い直しました。

しかしそういう写真ライフ、悪く無いでしょう。一見で百数十万の機材をスパッと買えるのは高所得
であるからで、それは彼らが有能であることの証です。高級野鳥カメラマンはその趣味がステータス
であることをよく実感しており、それを姿形で全身で表しています。
ああ、こういう世界もあるんだなって言うしかないのですが、まっ、私とは無縁の世界だとつくづく
思い知らされました。
ところで大砲の野鳥撮影をしている人で、ほんとに野鳥が好きな人ってどれほどいるんだろうって、
考えました。たぶん大部分の人はファッションでやってる。格好で入って、世間並みに鳥を撮影し
大砲レンズを使っているんじゃないかな。そういうのって、山ガールって言われて、ファッションから
まず入って、それからちょっと山に登ってみる。そういう感じかな。
そういうことが彼らとのほんの20分くらいの会話で分かったというか、なんというか。(^^ゞ
でもね、彼らはみんな優秀でしたよ。多分皆さん一流企業にお勤めの有能な方々だと見ました。

それで彼らの有能さって言うと、答えがあることに対しての有能さであって、答えもそれどころか問い
さえも不明でそれを自分で見つけるというそういう真の有能さじゃないと思います。
先の戦争で軍を牛耳っていたのはそういう優秀な人間ばかりでした。そして見事に戦争には負けた
んですね。
彼ら優秀な大砲カメラマン達が鳥を撮って、ええ、それは上手いと思いますよ。しかしその写真を
見ても誰も感激をする人はいないんじゃないかな。きっと。ただ綺麗なだけでね。

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