メーカー名 | SIGMA |
機種名 | DP2 Merrill |
ソフトウェア | Capture NX 2.4.7 W |
レンズ | 30mm F2.8 |
焦点距離 | 30mm |
露出制御モード | 絞り優先 |
シャッタースピード | 1.0sec. |
絞り値 | F4.0 |
露出補正値 | -2.0 |
測光モード | 分割測光 |
ISO感度 | 100 |
ホワイトバランス | "\xFA\x03\x00\x00\x18\x00\x02\x00\e" |
フラッシュ | なし |
サイズ | 1628x1084 (1,551KB) |
撮影日時 | 2012-01-14 09:01:26 +0900 |
休みをとって桜を撮りに出かけました。
さすがにもう平野部には雪は完全に無くなっているようですね。(^^ゞ
普通、県都と言えば海沿いにあるのが普通ですが、山形では県中央の盆地に所在するようです。
山形県は盆地が大きくて広い。蔵王に登ればそれら盆地平野が眼下に見渡せると思うのですが、
上手くいけば日本海と太平洋を同時に見ることができるんですかね。
私が持っている山形県の地図(昭文社)では、新庄盆地、山形盆地は緑色で、薄緑色が米沢盆地
です。つまり新庄盆地も山形盆地も標高は100~200メートルまで。米沢盆地が300メートルまで。
そんなところですが、不思議に庄内平野は色が違うんです。ピンク色になっていて、それは標高が
20メートル以内であるということのようです。
ということは、庄内平野は少し前までは潟になっていて湿地帯か浅い海であったということでしょう。
ちょうど八郎潟とおなじ形成だったろうということですね。そして米どころということでは庄内も八郎潟
も全く同じです。鳥海山に登れば、庄内も八郎潟も見えるのではないか。そんな想像が膨らみます。
(さすがに鳥海山では八郎潟は無理かな(^^)
そして庄内平野がまだ海だった頃、羽黒山は海に近い山だったわけでしょうね。羽黒山と言えば、
月山、湯殿山とならんで修験道の聖地と言われています。
聖山と言われている古今の山は、もしかすれば海からよく見える山であることが条件であったのでは
ないかという、そういう想像が働くのですね。
山岳信仰(さんがくしんこう)というのは、まず海から見て、かっこいい山ってのが基本条件であって、
こちら四国でも、石鎚山や金毘羅さんがそうなのです。
伯耆大山もそうですし、立山、白山、富士、みんなそうですね。古代から船で航行する場合、陸地の
目印は大きな山です。とくに見る方角によって山容が変わって見える山が特に有利です。
もちろん羽黒山は小さな山であり月山の前山でしかないわけですが、月山は海の航海の目印であり
それが高じて山岳信仰の山になったという気がしてならないんですね。もちろん鳥海山もそうです。
目印の月山が見えてくると古庄内湾があり、そこをさらに最上川沿いにたどれば豊かな山形盆地に
たどり着くことができる。これは古代の大切な航路であったろうと思うのです。その意味で月山は山形
の象徴であり中心地であったわけでしょうね。
出羽三山はあくまで月山(その前山の羽黒山)であり、3つ目の湯殿山はかつては鳥海山や葉山が
その代わりをしたこともあるそうなので付け足しという感じですかね。
ところで月山は1984メートル標高。こちらの石鎚山は1982メートルです。よく似ています。
庄内平野は今でこそ豊かな平野ですが、昔は潟湖(浜名湖やサロマ湖のような)であり、砂州で日本海
と隔てられていただけだったのでしょう。最上川がもたらす土砂によって次第に陸地化していったわけ
ですが、日本海からの風が強く今の豊かな沃野とするには多くの先人達の努力が必要でした。
地図で見るとかつての砂州は現在標高の少しある防風森となっているようです。
最上川の河口には酒田市があります。西の堺、北の酒田と言われていたようですが江戸期には大い
に栄えた港です。
「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と言われた酒田本間家が酒田市にありますね。
戦後の農地開放までは日本最大の地主と言われた豪商です。1750ヘクタールあった農地はただ同然
で売り渡され、本間家には4ヘクタールのみが残存したそうです。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1388544048
左翼系の人には不人気な地主階級の本間家ですが、塩害対策の植林などの功績があるわけで、また
藩の財政も支えていたということでその功績には多大なものがあるようです。
本間家のような地方豪商は日本各地に存在し、こちら香川でも東讃の佐野家(井筒屋)や多度津の
七福神と言われる豪商達が有名です。現在、彼ら豪商の残された邸宅などの保存を通じて再評価が
なされています。
kusanagiさん、おはようございます。
大昔の庄内平野は暖かくて浅い海だったようで標高500メートル位の場所から珪藻土やサメの化石が出てます。
砂丘があって海岸から月山が見える場所は少ないですが沖からなら見えるのかな。
月山の頂上からは温海岳、鳥海山や蔵王連邦、朝日岳が見えます。
天気の良い日は磐梯山も見えるそうです。この磐梯山が無かったら富士山も確認できたらしいです ^_^
こんばんは
化石になる程、大昔の鮫…。
日本の地質学、化石調査の現在は恐竜大国「ニッポン」となっていると言います。
サメじゃなくて恐竜かもしれませんよ。
tontonさん、おはようございます。
歯の化石が出る所は恐竜の時代ほど古い地層ではないらしいです。
大きさも1〜2センチ位だし ^_^;
暖かい海だったというのが不思議な感じです。
今より温暖だったのか、もっと南に位置してたのか。
昔は古代生物の化石ってアンモナトや三葉虫みたいな
小さなものがメインでしたね。
大型になってナウマンゾウくらいだったようです。
恐竜化石が発見され、日本にも恐竜がいたんだ@@!と認識されたのはほんの最近のことのようです。
こんなのというかそんなの幾つも見つけたけれど恐竜化石と思わず、捨てていた(笑)
って話がごろごろしていると聞きます。
古代って言ってよいのかどうか分かりませんが、同時期に恐竜がいないって思わないほうが良さそうです。
だって小さな恐竜(手に乗るくらい)もいますから^^;