メーカー名 | Canon |
機種名 | EOS 70D |
ソフトウェア | Digital Photo Professional |
レンズ | 180mm |
焦点距離 | 180mm |
露出制御モード | マニュアル |
シャッタースピード | 1/1579sec. |
絞り値 | F2.8 |
露出補正値 | +0.0 |
測光モード | 分割測光 |
ISO感度 | 200 |
ホワイトバランス | オート |
フラッシュ | なし |
サイズ | 2000x3000 (3,407KB) |
撮影日時 | 2020-03-20 20:24:50 +0900 |
平清盛以前にも宮島(厳島)は神社のある島であったのですが、壮麗に整備されたのはやはり清盛によるものであり、毎年3月の「清盛祭」では各界の有名人(カープの選手やOBも多い)が清盛に扮して練り歩きます。ただし今年は中止。
宮島も観光地としてダメージを受けていることは間違いないのですが、本日は若い人を中心に人出はまずまずで、フェリーや有名料理店には行列もできてました。さすがに外国のお客様は少なかったですね。
清盛像に河津桜前ボケを添えて。清盛を主役とするドラマで、演じた俳優さんは、松平健さんと松山ケンイチさんが有名です。松平さんは正月ドラマで、死去までは描きませんでしたが、松山さんは大河ドラマで、死を前にして幽体離脱を経験する清盛を熱演し、藤木直人さん演じる西行法師に「これはお手前に死が迫っていることを示している」と諭されます。
さらに死後、西行法師の体を借りて一時的に転生し、源頼朝にプレッシャーを与える怪演は、ホラー映画の域に達してましたが・・・
そのシーンを含めた大河ドラマ「平清盛」最終回は、それだけ見ると非常に魅力にあふれており、年間を通じた視聴率低迷はなぜなのかと思うのですが、歴史上の人気人物でないから、仕方ないのでしょう。
大河ドラマ平清盛最終回と検索すると多少動画が見れました。このドラマ自体を私は見ていない
のですけど、清盛そのものが歴史的にはあまり魅力的ではないでしょうね。どうも清盛ってピンと
来なくて、それって江沢民かえ?って感じでね。(笑) 日本人というよりも成功した中国人という
気がしなくともないです。一族郎党を引っ張りあげ平氏の世を築いたのだから個人的には大人物
なのだろうけど、いかんせん、もうそういう古代的なやり方は当時でも古すぎて、その点は源氏は
当時最新の武家人であったわけだし組織の源氏というイメージがありますわね。源氏は人材が
豊富で、平氏は清盛ただ一人だったんじゃないですか。有能なのは。
私はこの時代はあまり知らないんですが、占星術的には頼朝が幕府を開いた時代は、それは
現在と同じで風象宮の時代が始まった時なんです。この風象宮時代は別名中国の時代と言われ
ていて、事実あのチンギスハーンですからね。まさに世界を席巻して大帝国を築き上げました。
その元帝国が日本にも攻めても来ましたから。しかし日本人は日本のやり方で新しい時代を立て
なおして、それで中国と向き合ったわけでしょうね。ですからこの時代を研究すると、これからの
日本の行き方というものが見えてくるかもしれません。
そういえば清盛の時代は西行法師だったんですね。西行は東西随一の文化人だったわけで、
清盛とも頼朝とも交遊があったみたいですね。西行は讃岐へもよく訪れたようで西行関連の遺跡
などがあります。(ほんとうかどうかは?ですが)
もし源氏ではなく平氏が勝っていれば、元が攻めてきた時、日本は軍門に下ったでしょうね。そして
今で言うところの一帯一路の中華グローバリズムに組み込まれていただろうと思います。そういう
日本の選択肢もありえたわけですが、もしそうなっていたら以後の戦国時代から徳川時代は歴史
的に発生しなかったかもしれません。つくまり永久に近代は訪れなかったかもしれないということ。
そして明治も昭和もなかったろうということですかね。
普通、新しい時代というのは西日本から始まります。明治もそうでしょう? この時代の武家登場と
いうのも、まず西の平氏が登場して時代を開き(朝廷と貴族から権力を奪う)、そして次にその時代を
今度は東日本が引く次ぐのです。この西から始まりそれから東に移ってより確固としたものにする。
そういう歴史の繰り返しがあります。(これは世界的に見られる現象です)
新しい風は西から吹き、そして東が継承する、というテーゼのようなものがあるんでしょうね。
まあ、ここでは単にテレビドラマの話をしただけであって、現実の歴史は関係なしの話であるわけで
すが一応目についたので書いてみました。なおここに書いていることをいちいちネットで調べて反論
してももしようがないですよ。時間の無駄ですから。
kusanagiさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
ご自身が述べておられるように、kusanagiさんが他の人々の書いたことについていちいちネットで調べて反論等しているのは、まさにしようがないことで、時間の無駄だと、私も思いますよ(爆)
でも、それに自ら気が付いて反省を述べていることは大きな進歩です。その意気やよし。人生何事も遅すぎるということはない。
まあ、いくらなんでも、それくらいのことはおわかりだろう。
そんなことより、実は私も「平清盛」は最終回しか見ていないのです。
近年の大河ドラマの視聴率低迷は、ドラマを一年間かけて見るという文化そのものが希薄になったのだと思います。でも私は、けっこう、「あの年の大河は〇〇だった」「あの季節はなんてつまらん展開だ、受信料返せと思ってた」などなど、大河ドラマとその年の記憶を重ねることが多いですね。
今年の「麒麟が来る」は、面白いのですが、むやみやたらに伏線を張りすぎるように思います。最近のドラマ視聴者が、「伏線回収」というのを重視しすぎるからかもしれませんが。ただ、歴史は伏線回収の連続なので、そういう見方が間違っていないのかも。