無題
Exif情報
メーカー名 PENTAX
機種名 K-5 II s
ソフトウェア Utility 5 Ver.5.10.0
レンズ
焦点距離 20mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/4000sec.
絞り値 F11
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 3200
ホワイトバランス オート
フラッシュ なし
サイズ 4928x3264 (9.13MB)
撮影日時 2012-01-07 23:16:49 +0900

1   kusanagi   2023/6/28 23:07

この山、香川にはよくある円錐型の山で標高300メートルくらいでしょうか。それでこの山を登った
ハイカーが、やたら、この山は良かったねって言うので、私も釣られて登ってきました。
ところが登る途中も山頂も、ずっと見晴らしは悪くて、なんとも面白くない山だったんですね。大体
単調な直行登山路だし。
それで改めて、よかったっていうハイカーに、どこが良かったの?と再度聞きますと、何と、登山道が、
ずっとロープを張ってあって要するに傾斜が凄かって登りがいがあるから良かったんだっていう返事。
要は景色が良かったっていう話ではなくて、体に鞭打てる山だったから良かったんだということだった
わけです。(^^ゞ 
なんとも間が抜けた落ちになりましたが、ようするにハイカーとか登山愛好者というのはスポーツと
して山を捉えていることに改めて気が付かされました。山の自然とか風景とかではなく、自分の肉体を
駆使するのが何よりも喜びなのだろうというか。

まあ、私も自分の健康と体力維持の為に写真をやっているわけだから、さほど違わないといえば
そうなのかもしれないけど、でもやっはりそういうのは根本的に違うよねって感じました。
一方、山を写真の風景としてだけ捉えていて登山には無関心の人もいたりします。人それぞれかも
知れませんが、やはり物事は総合的に見てとらえたいよねって感じるところです。
私はこの山を登った前も後も山の周囲を広く散策して写真もしています。考えてみればそういう視点
の人って殆どいないんじゃないかって思うわけですね。

こんな小さな山でもその周囲にいくつかも溜池を抱えていて、農業への大切なインフラとなっています。
と同時に風景として人の眼を楽しませてくれるし、中には太陽光発電を浮かべた溜池もあったりで
2重のインフラ設備にもなったりもしています。また麓には半ば自然に還った段々畑の遺構もあったりで
歴史とか時間経過も感じさせてくれるわけです。また墓地公園もありました。
実はここは高速道も走っていて、写真にも写っているわけですが上手く隠されていますね。しかし撮影
と登山中は始終、その騒音が聞こえてきていました。
そして当然に自然の動植物もあるわけですし、とにかく風景というのはその多重性多様性には驚くばかり
ですね。そういうことで私としては物事を風景を総合的に見て行きたいなって思ってます。

カメラを持って歩いていると、ステレオタイプに野鳥撮影ですか?とか言われるのも、結局は世の中の
多くの人は単純にひとつの物事しか見えていないんだろうということ。その裏返しのことなんでしょう。
スポーツとしての登山、野鳥撮影としてのカメラだけじゃないんだって思うんですけどね。
ワンアクション・スリーゴールというのがあって、つまりはひとつの行動で3つの結果を得るということなん
ですけど、そういう多重性と複合性を自分の生き方に常時備えなければいけないのじゃないかな?って
いうことですかね。

写真はカラーのカメラでRAW-DNGで撮ったものを純正ソフトで現像したものです。APSカメラのモノクロ
RAW撮影では、まだAPSモノクロームカメラに敵わないようです。
と言いますか、モノクロ専用機で取った黒白写真を見続けていると、本質的にカラーRAWをモノクロ化
したものとは違うって感じるようになりました。
たしかフイルム時代の最後でも、モノクロフィルムなのにカラー現像をするフィルムがあったような記憶
があります。それは本当の銀塩モノクロフィルムではなくて、カラーフィルムのように色素を定着するもの
だったかと思います。

ペンタモノクロームにもっとも近いカラーカメラは、多分シグマフォビオンカメラだろうと思います。
共通するのはカラーフィルターがないことですね。そしてピクセル間の補完処理をしていないことも共通。
フィルムで言えば純粋な銀塩フィルム(つまりモノクロフィルム)に相当しますかね。
それでペンタモノクロームもフォビオンも極めてシャープで発色というか輝度に濁りがありません。
極めてストレートであってウソがないということでもあるんでしょう。

技術的に言えばカラーフィルターがなく補完処理もしないということなんですが、その画像を見ての感覚
というのは、モノクロ専用機は、カラーカメラでモノクロで現像するというのとは本質的に違うよねっていう
ことになります。
結局はカラーカメラでモノクロ化するというのは、カラー写真のひとつの表現としてのモノクロ写真である
ということになるのでしょう。本当のモノクロ写真とは本質的に違うということです。
しかしこれは厳密に言っているのであって、そんな面倒なことを考えなくても、たとえカラーカメラであっ
ても潔くモノクロのJPEGで撮影すれば、それはデジタルのモノクロ写真であると言って差し支えないと
私は思っています。モノクロ写真の敷居を高くすることには賛同できませんから。

そしてモノクロ写真のもっとも有意な点は、それはカラー写真に比べてローコスト写真であるということ。
そのローコストの意味は、眼の疲れ脳の疲労を防ぐということ。それに尽きます。そして眼や脳の負担
を減らすことが、写真としての本質に近づくことであると私は信じるからです。
この本質を見誤ると黒白写真の意味をスポイルしてしまうので注意が必要だろうと思ってます。
本当に写真が好きな人は女子供のように色に惑わされることがないからです。色に幻惑されない写真
ということではモノクロ写真は最適です。

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