メーカー名 | RICOH IMAGING COMPANY, LTD. |
機種名 | PENTAX K-3 Mark III Monochrome |
ソフトウェア | Utility 5 Ver.5.10.0 |
レンズ | |
焦点距離 | 20mm |
露出制御モード | ノーマルプログラム |
シャッタースピード | 1/50sec. |
絞り値 | F2.8 |
露出補正値 | -0.7 |
測光モード | 分割測光 |
ISO感度 | 200 |
ホワイトバランス | |
フラッシュ | なし |
サイズ | 2048x1365 (1.24MB) |
撮影日時 | 2024-10-06 23:42:53 +0900 |
私は今、糖質制限をしていますが、これは写真に例えて言えばカラーの度合いを低めようとするような
ものです。色彩は魅力的ですがどうしても依存症になりがちです。依存症になるのは糖質も同じであっ
て糖質過多は成人病生活習慣病の際たるものでして、若い時期はともかく高齢になれば少ないほうが
いいんですね。
私が黒白専用機を購入したのは、そういうチャンスに偶々巡りあったということだけなのですが、
当初は単にコレクションカメラのひとつとして購入したに過ぎません。その少し前にツァイスのレンズを
試してみて、世界一と言えどもこんなものなのか、という諦観がある程度あったというのもあるんでしょう。
もう色彩色味を追求してもしようがないというところがありました。
ところがその黒白機を実際に使ってみると、大昔の黒白フイルムの世界を思い出したというか、逆に
デジタルカラー写真の無駄の多いことに気が付いたというわけです。写真は黒白でも充分じゃないか。
それで事足りるわけでして、私の写真に関する考え方はがらりと変わったわけです。
この自覚は自分としては写真趣味だけに留まらずに、生活全般に無意識の内に伝播していったような
気がしています。私にとっては、写真とはただ単に余裕の大尽趣味だけに留まってはいなかったようで、
自分の写真が変われば自分の生活全体に影響を及ぼすもののようでした。
それから程なくして住居を変えました。先のことを見据えて経済的に負荷の少ない小ぶりな家に。
それで自分なりの改造ということでリフォームに忙しいんですけどね。また現在の仕事もおそらく後1~2年
だろうと分かっていますから生活をスリムにしないといけないわけです。
写真と言えば、黒白カメラにしてからはほとんど機材は購入していません。もう必要がないというか。
それでもコレクションしているカメラはまだ手元にあります。一部屋はすべてカメラ機材に当ててます。
これもいつかは手放すときが来るだろうとは思いますが、写真をやっている間は保管しておこうと。
これからの自分の趣味というか、念願というのはやはり占星術への探求です。これを何とか完成したい
という気持ちがあります。それには書物が大事で、それで住居のあらゆるところが書棚という具合に
なりそうです。どんな蔵書もすぐに取り出せる、それが目的ですから。(今は倉庫に山積み)
しかし写真撮影はこれからもやっていきます。歩き運動という健康維持には最適なものですし、写真
をすることで得られるものは数多くあるからですね。
そういう具合で、自分のこれからをきちんと見れるようになったのは、まさに黒白写真のお陰だと感じて
います。
しかしこれは私か過去に黒白フイルム写真を若い時期に10年ほどやっていたからこそ可能だったろう
と思っています。過去に得たストックというか資源を再利用できたからです。ですから黒白写真をやって
いかった人には通用しないでしょう。黒白にしても何にしても、やはり若い頃に得たセンスというか感覚が
なければ身につかないものですから。
この若い頃に身につけたセンスというか、既得力はとても大事です。年をとってから初めて始めたもの
なんてモノになるわけではないんでしてね。私の占星術は30代から。これぎりぎりです。40代から始めた
パソコンは結局ものになりませんでした。とは言え一般の人と比べればITの知識は豊富な方でしょう。
そして10代の頃に得たセンスもあるんですね。それは会社業界知識です。年の離れた兄の影響で
そういう類の本を常に読んでしました。普通小説なんかを読んでいる時期の中高校生がビジネス本を
読んでいたわけで。(笑) それで今でも日経新聞や経済誌は楽しく読んでいます。
私が今やっているリフォーム、これは幼稚園や小学校低学年の頃に、近所の大工さんのところに入り
びたりになって目で見て覚えたセンスなんですね。ただ見ていただなんですよ。それなのに大人になって
から大工道具を使うとすっと使えるんです。ちなみに中学校卒業前にその大工さんからスカウトの話が
あったんですけどね。(^^ゞ 如何に子供のころや若い時期に覚えたセンスが大事なのだということです。
占星術はある程度の人生経験がないと出来ないものなので、30代から始めたと言うのは遅いわけでは
ありません。それよりも20歳代に哲学や歴史や宗教、心理学や精神分析の著書を数多く読んでいたと
いうのが根っこになっていると思います。こういう基礎学問を知らなければ占星術は単なる占いごっこ
に終わるからです。総合力がモノを言う人文的擬似科学なんですね。
デジタル写真をやった20年間余、というのは楽しかったけど別の見方をすれば運勢的に停滞していた
時期だったろうと思います。浦島太郎のように遊んで暮らした、という感じでした。それが終わった今は
本当の自己実現に向けて邁進していきたいと考えてます。
まあ経済的なことも生きていくには大事ですけど、やっぱり目的というものが見据えられていないと人は
ぶれてしまいます。志が大事で金はあとから付いてきます。
十代末から20代末までの10年間。フイルム時代ですからスローモーですけどみっちりと黒白写真をやった
というのは、私にとっては何ものにも代え難い財産だろうと思います。これでモノを見る力、人を見る力と
いうものが付いたのではないかと密かに思ってます。
フィルム写真というのは実際にモノとして画像が記録されているわけでして、よい具合に光にかざすと
画像が見えてきますね。つまり極めて具体的なんです。デジタル時代ではそんなことは絶対に不可能
ですからね。メディアを眺めても記録された画像は見えません。そしてプリントは化学的な処理という
ことで魔法のように暗室の中で絵が浮かび出てくる。こういうのもデジタルでは基本ないです。
そういう具合に写真の不思議さ、リアル感をありありと知っていると、写真を加工して云々、などとという
発想にはならないわけです。写真の有り難さを知らない今の人が写真加工などをいうものをするのであっ
て、写真をよく知っている昔の人はそんなバチ当たりに発想すら抱きません。
それにしても思うのは、私が黒白専用機に出会ったのはまぐれであって、たまたまに過ぎません。もし
ペンタックスからあの時期にカメラ画が発売されていなかったらどうなったのか。
おそらく私はライカモノクロームを手にしていただろう言えます。ツアイスレンズの次はライカしかないから
です。今でも、もしキヤノンからフルサイズモノクローム専用機が出れば買いたいですよ。出ませんけどね。(笑)
デジタルで黒白写真を志すには絶対に専用機が必要だ、と思ってます。カラー機を黒白機として使うには
限界があるんです。それはいつでもカラー機に戻せるからですね。ですからソフトウェア的にカラー機を
デジタル専用機としてファームアップしてもう二度とカラーに戻せないというのであれば、それは立派な
黒白専用機となりえます。
しかし一機種でいいから黒白専用機を得て、黒白写真に馴染めば、普通のカラー機をモノクロ機として
使うことができます。厳密に言えば画質として専用機とカラー機のモノクロ化とは違うわけですが、それは
大した問題ではありません。要するに覚悟の問題なんですね。
黒白専用機はどんなにしてもカラー写真は撮れません。フイルムカメラであればフイルムを詰め替えれば
カラーがとれます。しかしデジタル黒白機は永遠に不可能です。(合成AIでカラー化するしかないです)
この潔さこそがデジタルモノクローム機の本質です。
もう1年以上、自分の写真は黒白で行くと決めて時間が経ちましたが、そこで失ったものよりも得たものの
方が遥かに大きいと思っています。写真を黒白という制限されたもので撮る力を得たということであり、
それは写真世界だけでなくあらゆるものに応用が可能だったからです。
お宅の投稿画像もトリミング処理などしてるので
加工写真ですな、何らかの手を加えてる。