鉄橋
Exif情報
| メーカー名 | NIKON CORPORATION |
|---|---|
| 機種名 | D80 |
| ソフトウェア | SILKYPIX(R) 3.0.3.1 |
| 焦点距離 | 18mm |
| 露出制御モード | 絞り優先 |
| シャッタースピード | 1/400sec. |
| 絞り値 | F9.0 |
| 露出補正値 | -1.0 |
| 測光モード | 分割測光 |
| ISO感度 | 100 |
| フラッシュ | なし |
| サイズ | 3872x2592 (2.56MB) |
| 撮影日時 | 2011年01月27日(木) 13時55分 |
北浦を跨ぐJR鹿島線の鉄橋です。 この日は日本晴れで殆ど無風でした。
gokuuさん、こんばんは。 この鉄橋で向こう岸に渡ると間もなく終点:鹿島神宮駅で、そこで 水戸方面に向かう臨海大洗鹿島線に乗り換えると、ひと駅目が鹿島 サッカースタジアム駅です。
真っ青の空と海がきれいですね。 とても穏やかな海ですね。
バリオパパUKさん、こんばんは。 実はこれは海ではなく、霞ケ浦を形成する北浦という湖沼のひとつ なんです。でも大昔にはこの辺も含めて関東は海の底だったそうで、 隆起によって霞ケ浦が湖沼として取り残されたそうです。あと何万年 かしたら、更に隆起によって霞ケ浦が陸地になると言われています。
霞ケ浦でしたか、静かなはずですね。 そのお話からすると霞ケ浦は自然のものなんですね、湖と呼べるかどうかはっきりしませんが。。。。 その辺りが隆起して陸地になったのはかなり昔なのでしょうね。 しかし、陸地が水没したり、また海底が陸地になったりというのは、隆起・侵食・堆積など地形の変化だけが原因ではないのです。 地球は氷河期と温暖な間氷期を繰り返していて、氷河期には海水面が数十〜百数十メートル下がって、現在の大陸棚までが陸地となっていました。 もちろんそのときには霞ケ浦も陸地だったはずです。 また、今の間氷期もそう長続きはせず、いずれまた氷河期が来るので、そのときにはまた陸地になります。 逆に、間氷期には海水面が上昇しますが、約120万年前の前回の間氷期は、現在よりも暖かく、海水面も高かったので、そのときにはそのあたり全体が水没していたのではないでしょうか。
バリオパパUKさん、こんばんは。 霞ヶ浦が湖なのか沼なのかを知りたくてネットで調べたのですが、 池も含めて法律や行政上では明確な区別は定義されていないそうですね。 今間氷期にあるということは海面が上がっている状態ですが、それでも 海の底だった関東地方が陸になっているということは、かなり激しい 隆起があったということでしょうね。 何万年かしたら霞ヶ浦が陸地になるそうですが、多分その頃は人類は 滅亡しているか、絶滅危惧種になっているかも知れませんね。
old seamanさん こんばんは この鹿島線は列車本数が少ないので鉄橋上を走行する列車はまだ見たことがありません。
坂田さん、こんばんは。 確かにこの鹿島線は列車本数が少なくて、鉄橋を走行する列車は 私もまだ見たことがありません。時刻表を調べたところ、毎時間ごとに 1本上り下りそれぞれ列車がありますから、今度撮影に行く時は 時間を調べて行って列車走行も撮ってみたいと思います。
私は地学のことはあまり詳しくないのですが、関東地方のような平らなところは隆起しないんじゃないかと思います(?) 隆起するのは大抵ヒマラヤや日本列島の山地も含めて、造山活動のあるところなんじゃないかと。 関東平野は関東ローム層といいますので、長年にわたって火山灰が堆積したり、河川からの堆積物が積もってできたんじゃないでしょうか。 過去には現在よりも暖かく、海水面が今より高かった時代があり、堆積物は今より少なく、つまり標高が低かった可能性がありますので、その関係で海の底だったと考えるほうが、自分的には納得できます。
バリオパパUKさん、おはようございます。 ご指摘によりネット検索で調べて見たのですが、縄文海進といって 縄文時代に急激な地球温暖化により海面が今よりもかなり高くて 関東平野の奥深くまで海が入り込んでいたようですね。海面が今より 高かったと言う事は、今は海面が低くなったという事で、関東平野が 陸地として広くなったのはローム層としての堆積と相まって、この海面の 低下によるのでしょうね。
同じD80で撮影された写真
D80で撮られた他の写真です。Exif情報つきで撮影設定を確認できます。
old seamanさん こんばんは〜〜 ブルー一色を断ち切るように走る鉄橋の構図が素晴らしいです。 地理は不案内ですが鹿島スタジアムに向かう?JR在来線でしようか。