Digital Photo Professional 作例

RAW現像

2004年公開

Digital Photo Professionalの公式サイト

キヤノンが2004年から提供している純正のRAW現像ソフトで、キヤノンのカメラで撮ったRAW画像の閲覧・セレクト・現像を一つで担う。カメラ内の画像処理をPCで再現する旧来のユーティリティから画作りの思想を受け継ぎ、ピクチャースタイルやデジタルレンズオプティマイザ(DLO)など、自社のセンサー・画像処理・レンズのデータに結びついた機能を重ねてきた。2014年のDPP 4.0では画面と処理方式を全面的に作り直し、開発陣はカメラより処理に時間をかけられるPCの利点を画質に生かすと説明した。以後の更新はDPP 4系で続いている。

提供元
キヤノン
位置付け
キヤノン純正のRAW現像ソフト(EOS用)

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投稿写真 18600枚

水路の美

 masaさんの「どこから来たの?」を拝見して、思い出した、コンクリ水路の一枚。  広島市佐伯区観音寺、その脇を山水を集めて流す用水路、私の場合は玉ボケに目を奪われる、の図です。  ・・・漫画話。  「島耕作」シリーズについて、「おっさーんの少女漫画だ」という見解を述べたのですが、「〇〇の少女漫画」と揶揄に使われる「少女漫画」は、異性にもてそうにない主人公女性に、主人公だけに優しく下心のない素敵にヒロイックな男性が出現する、といった、都合のよいシチュエーションを連発する、読み手の心地よさを第一に考えた漫画、を指します。  実際の少女漫画はそんな簡単な構成ではなく、ここで言われる「少女漫画」は、そのごく一部の「乙女チック漫画」と呼ばれるジャンルに相当するものです。  つまり、「島耕作」は、サラリーマン男性が心地よく読める、出世や素敵な異性との出会いが、タナボタ的に、そして相乗効果を発揮しながら連続して訪れる、男の夢物語であると。これがあたっているかどうかは知りませんよ。しかし、現時点で、作者の気持ちが作品から離れて行っていることだけは確実、ではないかと思います。漫画家の晩節というのは難しいものです。    少女漫画は、女性のほうが精神的に早く成熟することもあって、少年漫画よりも、ち密で現実的な描写が好まれます。よい例が山本鈴美香氏のテニス漫画「エースをねらえ!」で、スポコン少女漫画ですが、同時期の少年漫画ではありえないほどの現実的な描写です。  「これほどの努力を、人は~幸運~と言う」  「苦しさのあまり、ありもしない魔球に逃げたりするな」 と、現実の選手たちの葛藤、魔球に逃げる少年漫画への揶揄を表す名セリフも多いです。    男性でももちろんそうでしょうが、若い女性アスリートにはいろいろな葛藤があります。  特に、女性特有と言えるのが、10代後半に訪れる身体変化と競技能力のアンバランス、そしてそこに加えて、人気沸騰や異性との恋愛といった、環境的な問題。  「エースをねらえ!」では、アスリートが恋愛におぼれるとどうなるか、という明暗が描かれ、主人公の恋人は、「女性の成長を妨げるような愛し方はしない」というストイックな方針を貫きます。  夕立ちにあいびしょぬれになった状態で体調を崩すのを防ぐため、だきしめあった10代の男女に、何もないはずがない(ないのなら、それは「男女」ではない!)のですが、精神力でなかったことにしてしまうくだりが、ひとつの見せ場です。  いうなれば、異性への思いに揺れてしまう横道、寄り道の場面でありまして、これを業界用語で「男女のダンジョン」と言います(言いません)。  劇中の最重要人物、宗方コーチは、ストーリーテラーも兼ねてますが、「たいていの女性アスリートは、人気と恋におぼれ、そこで血を流しきり、前途を断たれる」と厳しい予言を口にします。  その予言は主人公ではなく、そのライバルに的中し、重要な大会を前にデートで遊び、本来の実力が無残なまでに失われて惨敗を喫する、と。主人公は圧勝したものの、ライバルの転落が自分にもいずれ訪れる、避けられない壁ではないかと恐怖し、コーチに助けを求めるのですが、ここでコーチはなんと、モータースポーツを例えに出して、なんでもなくできていたことが、リズムを外すことによりすべて失われてしまうことの恐ろしさを伝えるものです。  「これほどのドラマを、人は、少女漫画、とひとくくりにする」というのが私の感想であります。  物語は、宗方コーチの死、主人公のアメリカ遠征への出発で幕を閉じるのですが、あまりに人気であったため、要望に応える形で続編が書かれています。  完結した物語の続編は極めて難しいのですが、山本氏は、現実のテニス選手の葛藤をうまく物語にとりこんで、主人公とその周辺の人物が、挫折と再起を繰り返す様子をいきいきと描いています。  アシスタントが変わったのか、作画傾向が変化して、楳図かずお漫画に近づいてしまったことだけがちょっと惜しいです。  なお、現在発売されている文庫版は、一部を割愛しているために、ストーリーがおかしくなっているところがあり、できれば原盤をお読みいただくべきですが、まんが図書館等でもこれを所蔵しているところはまれなようで、これも少し残念なところではあります。

ランボルギーニの都市伝説

 ランボルギーニ・カウンタックQVX。2012年、広島市交通科学館にて。  カウンタックQVXとは、 ×第5ポジ元素を獲得して脅威の進化を遂げたネガアースの生物群。ポジ元素を回収されることで、元の(比較的)おとなしい生物に戻る。 〇1985年にル・マン24時間参戦を目指して開発された、カウンタッククワトロバルボーレをベースにした、 グループCカー、5700CC V12、最高出力650馬力以上。  非常にレアな車体であり、ランボルギーニがレース参戦を忌避していたことからも、貴重な車体と 考えられています。レース参戦は、資金難でとん挫し、活躍は残せず、コレクターズアイテム化して しまったようですが。  ランボルギーニには、都市伝説が多数あります。 ・創業者フェルッチオ(言い間違えるとやばい言葉)が、フェラーリ車のクラッチが自分が作っていた トラクターと同じものでありながらはるかに高い値段をつけて販売 していたことに腹を立て、面会を申し こんだが断れ、以来、フェラーリに勝つクルマを開発することにまい進した ・ランボルギーニ・イオタは4台作られた、ミウラのレーシングバージョンであった ・ランボルギーニはレース参加に消極的であり、その理由は、レース参加の資金集めのために車両を 市販していたフェラーリの姿勢に批判的だったためである  このうち、一つ目と二つ目は、漫画「サーキットの狼」でも紹介されています。ただし、一つ目は、21世紀 に入って、作者池沢氏が、フェルッチオ・ランボルギーニ氏の未亡人に直接取材した際に「面会を申し込んだ 事実はない」とはっきり否定されたそうです。ただ、ウイキペディアのフェルッチオ氏の項目では、 近い事実ががあったことが述べられており、改善点を文書で申し入れしたが、丁重に断られた、 とやりとりそのものは存在したようです。  二つ目の、ランボルギーニ・イオタの真実は、ワンオフで作られた実験車両であり、事故で全損した ことで喪失されたことが、1970年代のうちにはっきりわかっています。また、イオタは、ミウラのレーシングバージョンで はなく、シャーシも異なる別車両であるが、形状は似ているため、 ミウラをベースに作成されたイオタレプリカは 多数あり、その中には、イオタのスペアエンジンを積んだものもあるそうです。うんうん。  最後の、レース忌避の理由は、諸説があってはっきりしていないようです。  どだい、モータースポーツにせよ何にせよ、公表された方針が本当のものであるかどうかは疑問です。たとえば、ホンダは第二次F1参戦を打ち切る理由を「10年の区切り」と主張していましたが、それを本当のものと受け取る人は 誰もおらず、戦力の相対的な低下、バブル経済崩壊に伴う資源投下の見直しといったことが真の理由 と推定されています。  クルマ、家電製品、カメラにしても、「都市伝説」は、販売・広告戦略や、企業イメージのアップのために、 人為的に作成される可能性が高いことも、理解しておく必要があります。  新興メーカーであるランボルギーニは、フェラーリに冷たくあしらわれたことに燃えた、というエモーション が企業イメージをプラスするものになります。また、先般紹介した、CD規格にカラヤン氏がかかわったというのも、 レコードに依存した保守的な業界を変革するのには、巨匠の名前はとてつもなく有効だということも推定 できます。  ウォークマン開発秘話にしても、井深氏、盛田氏といったSONYのトップが、柔軟な発想で現場と連絡を密にしていた、ということは企業風土そのものを広告基盤に活用できるわけですし。    しかしながら、これらは「都市伝説における陰謀史観」でもあるので、あんまり本気に思わないでくださいね、くけけけけけけ。  カウンタック、ベルリネッタ・ボクサーといったスーパーカーはその諸元においても、人為的な都市伝説と言えるもので、 それぞれ最高速度300km/h、最高出力380馬力前後を主張していましたが、せいぜい260~275km/h、300~330馬力 というものです。これでも十分夢のある数字であったことは間違いなく、芸能人がしばしば年齢を詐称するような もの、と言えるかも。(言えるのか?)

錦帯橋晴天

 説明無用の錦帯橋、山口県岩国市。  花火や鵜飼、水際のカップル、渡っていく老若男女とからめて、 とてもとても絵になる橋。    だけど漫画話です。他になんかありますか?(激)  漫画「島耕作」シリーズの主人公島耕作は、この岩国市出身と 設定されています。その実家は、錦帯橋の近くにある茶店兼土産物屋、だとか。(作者の弘兼憲史氏も岩国市出身)  で、厳しいですが、シリーズ「島耕作」は、劣化する一方で、 どんどん面白くなくなっていってます。前にも書きましたが、作者 は、戯曲を得意とするタイプであって、ネタが尽きたのかも しれません。  そのせいか、「ヤング編」と称して、課長編より前の時代を描く ことに回帰し、ご自身の松下電器勤務時代の引き出しにネタを求めてらっしゃるようにも見えます。  その中で、ライバルであるソラー電機(SONYがモデル) の社員とインベーダーゲームを通じて知り合いになり、ウォークマンの試作機に触れて、その迫力に衝撃を受ける、という描写があり ます。  ウォークマンの開発経緯には、大きく2つの説があり、当時の SONYトップが「飛行機で出張するときに音楽を楽しみたいから、 携帯オーディオを作ってくれ」と指示し、それが商品化したという トップダウン説と、技術者が自分用に既存のテレコをステレオ再生 に改造していたものが目に留まり、トップの手元に届いていたく お気に入りとなり商品化した、というボトムアップ説とです。  SONY社は、トップダウン説を正史として紹介しており、弘兼氏 は劇中でボトムアップ説を採用し、当該技術者の生き方(ウォーク マン開発はすでに過去の業績であり新天地を求めてゲーム業界に 転職する)に島耕作が衝撃を受ける、という描写です。  話題性のある名作回、というものではないですが、この技術者の クールさと、島耕作のインベーダーゲーム狂いとの対比が 印象に残ります。残念なことに、「ヤング編」も、環境・公害問題を 語りつつ、心霊写真とか スカートめくりとかの、70年代事象を無理に盛り込んだ、 「タブロイド誌御用達」感にあふれており、漫画としての水準は 青年誌の中でも中の下、くらいです。  もともと「島耕作」シリーズは全体にそのくらいの出来栄えで あって、一部のスリリングな出世物語、スケベ描写サービスに サラリーマン層が喜んだ、「おっさーんの少女漫画」だと感じて います。うんうん。  さて、ウォークマンの出自について。  私は事実を知る立場にありませんが、トップダウン説には少し 懐疑的でした。なぜなら、ウォークマン開発の前のSONYには、 高音質ステレオ再生が可能なポータブルデッキ、「デンスケTC-D5」が存在し、SONY会長が求めたなら、そっちを先に提示して、 それが重いだ録音機能はいらないだ、とかそこをベースに話が進む だろうと思っていたからです。 (TC-D5は改良型のD5Mを私も愛用してました)  ところが、そのあたりの話はちゃんとやっぱりあったらしくて、 井深会長はTC-D5も使ってみて、やっぱり重いや、プレスマンの ステレオ再生つきを作ってくれ、と依頼したのだとか。 https://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-05.html  そうなると、正史のとおりにトップダウンだったのかも。ただ、 この話は、正史にありがちな、きれいすぎるようにも思います。 そんな風に考えるあたりから陰謀史観ってのは発生するのでしょうかね、あははは。  なお、ボトムアップ説は、SONY社の商品企画開発部門のリーダーだった黒木靖夫氏が著書「ウォークマンかく戦えり」でも主張 しています。  おそらく、会長さんがポータブルオーディオを欲しがったのも、 現場の技術者が自分で既存機材を改良して楽しんでいたのも、どち らも事実としては存在したのではないでしょうか。時系列はわから ないし、人の記憶はバイアスがかかるのであてにならないです。  ただし、黒木氏の著作において、重要な商品名に誤記があるなどして、私はその著作そのものにはあまり信用をおいてません。   ものづくりや人材育成の成功例において、「あれは私がやった」「彼を育てたのは僕だ」などなど、「自称功労者」が林立するのだそうです。  これに関して、先ほど紹介したSONY正史を読み進んでいくと、 CD規格の開発において、パートナーだったフィリップス社と、 「お互いに、あれをやったのはこちらだ、といった主張をしない、 貢献度合いはフィフティフィフティにしよう」と申し合わせた、 というエピソードが紹介されています。  これが忠実に守られているかどうかはわかりませんし、企業人と してそれでよいのか、という問題もありますが、まあとにかく、 正史としてきれいにまとめようとしているな、という印象です。  ちなみに、CDの録音時間規格を74分とすることについて、 SONYとフィリップスで論争があり、SONY側の主張が通ったのだ そうです。この企画はカラヤン氏が「ベートーベンの第九が入る だけの時間が必要だ」と主張したという説がありますが、第九を 珍重するのは日本だけだという説もあり、上記のSONY正史では カラヤン氏はここに介入していません。ただ、SONYの盛田会長 を訪問したカラヤン氏に、SONY技術者が(無許可で)録音した カラヤン氏が指揮する交響楽団の練習演奏をデジタル再生して聞か せたところ、カラヤン氏が録音を不問にするどころか、たいへん喜び、デジタル技術の開発をおおいに薦めた、というくだりがあり ます。  いろいろな物語がありますが、クルマの世界でも有名なエピソードが「それ、都市伝説だよ」と関係者が明かすようなこともある ので、夢を含めて眺めておくのがよいようです。  このあたりをうまくリアルにかつドリーミィに表現するのも 漫画家の腕前であり、時として写真でもそうかもしれません。私ゃよーやりませんが。 

アポロ月着陸と陰謀論

 三原市芸術文化センターポポロでの撮影。月とその子どもたち。 (イルミ前ボケ)  前回の続きで、アポロ話。  「アポロは月に行っていない、映像や写真は地上のスタジオで撮影 されたものだ」「高名なSF映画監督がかかわっている」等の陰謀論 (捏造論)をよく耳にします。    写真を楽しむ人々に馴染み深い、陰謀論が上げる物証が、 「月面で撮った写真なのに、暗い空に星が写っていない」 というもの。   月面は太陽の直射日光で照射されており、その明るい地表に露出 を合わせると、空の星は全く写らないのが当たり前だ、というのが それに対する反論です。  不自由な宇宙服を着て写真が撮れるはずがない、不自然だ、とい う主張に対しては、写真撮影そのものが重要ミッションであり、 宇宙飛行士がかなりの時間を割いて、宇宙服を着たままカメラが 操作できるよう訓練した、との反論もあるそうです。  身近に、アポロ陰謀論を楽し気に語る人がいたので、その意図を 尋ねてみると「でたらめだとわかっているがおもしろい」との ことでした。あんまり興味がわきません。  陰謀論は、その対象となる事象の重要度や知名度に比例する という考えもあるそうです。 https://www.afpbb.com/articles/-/3234496?cx_part=theme-latest  そりゃそうですね。日本史でも元禄赤穂事件や本能寺の変など メジャーな事象では陰謀論が語られますが、教科書のすみっこに 乗っているようなマイナーな事件では、そのようなことはない。  直接の陰謀論ではないですが、「栄光なき天才たち」のアポロ編 では、過度にソ連の脅威を語ることで、フォン・ブラウンがアポロ 計画を推進していくシーンが描かれています。  仮想敵の脅威をより大きめに見積もって、過剰に急いだり、過剰に 高性能な機器を開発したが、敵はすでに存在していなかった、という のもありえることで、「栄光なき天才たち」では、ソ連は 月への有人飛行ミッションは早くに見送り、アメリカは国家の威信を かけてライバル不在のまま競争を続けた・・・という解説を 加えています。  米ソの冷戦終結後、ハリウッド映画が、国威発揚的な映画の作成 にあたって、宇宙からの危機を米国が迎え撃つ、というプロットを 多用するようになっています。そのひとつ、「インディペンデンス デイ」では、冒頭、宇宙人の巨大母船がもたらす月面上の地震で、 アームストロング船長の足跡がかき消される、というシーンが 描かれています。これももう20年以上前の映画となり、そして 続編は不評でした。

地球は青かった

 写真はイメージです(笑)地球半周をひとっとび、の ボーイング787初号機なので、あながち外れていないかも。  漫画話。  「地球は青かった」は、初めて宇宙飛行をしたソ連軍人、 ガガーリンの言葉だと言われています。  ただしこれは「空は暗く、地球は青味を帯びている」という状況報告を、新聞報道が取り出して脚色 し、それが独り歩きしたものだとも。  このセリフは「宇宙戦艦ヤマト」で異星人の攻撃により赤く 焼けただれた地球を見た沖田十三が「昔、ガガーリンは青かったと 言ったが・・・」と嘆くシーンで引用されている他、ドイツ、 米ソと続いた宇宙開発競争を描いた「栄光なき天才たち ~宇宙を 夢みた人々~」でも紹介されています。    この「宇宙を夢みた人々」は手元にありますが、「史実に基づく フィクション」とキャプションされているように、演出を優先し た部分も少々見られます。  しかし、ドラマ描写は青年誌漫画として水準以上で、ドイツでV-2ロケット を開発して、戦後はアメリカにわたってアポロ計画を推進した フォン・ブラウンを中心に、宇宙を夢みた人々の、半ば狂気じみた 情熱が、優れた群像劇となっています。  原作者伊藤智義氏は、ソ連側の宇宙開発を描いたパートが、 単行本の尺におさまらないことを理由に削除されたことを残念がって おり、ソ連側のロケット開発キーマンであるコロリョフの描写に 力を入れています。その伊藤氏が、史実に反していると(おそらく )知りながら描写したのが、アメリカ側の技師たちが、コロリョフ の名を口にし、ソ連に先を越されることを憂慮するシーン。 (これは原作シナリオに存在し、漫画ではカットされている)  ソ連は開発秘匿のために、宇宙開発に関わる技術者に関しては 秘密維持を徹底しており、フォン・ブラウン達がコロリョフの存在を 知ったのは、その死後だったと言われているためです。  一方、伊藤氏の原作に存在せず、漫画の作画において挿入された 史実に反する描写は、1969年のアポロ11号月着陸を、コロリョフ らがバイコヌール宇宙基地管制センターで見守るシーン。この3年も 前に、コロリョフは死去しています。  作画・構成を担当した森田信悟氏は、この「栄光なき天才たち」 が最大のヒット作と思われますが、原作稿と出版された漫画を比較 してみると、森田氏が原作に対して場面描写の強化を 随時行っているものの、全般に、原作稿に忠実であると思われます。  特に、原作稿ではあっさりしていた最終話は、森田氏側でドラマ 描写を強化していると思われ、ここが漫画家としての腕を振るった 部分なのでしょう。 ※原作稿は伊藤氏のHPで閲覧可能、漫画にならなかった、ソ連側 のエピソードも収録されています。 http://www.te.chiba-u.jp/~brains/itot/work/genius/g8/g8.htm  この漫画における、原作者と作画者の関係は、わりと良好と 思われますが、ものによっては、血みどろの争いとなっていることもあります。 どうしてそうなるのかはわかりませんが。  

TBHWD

 七夕祭りでにぎわう天満宮にて。近傍の高校生たちが歓声をあげてました。  TBHWDってなんだ?とおっしゃいますか。それはですね、 「玉ボケはワーキングディスタンスだ」という、業界用語です。(そんな業界はない!)  玉ボケの大きさや形状、また明るさを思うように描写したいときは、ISOや絞りやSSでは限界があって、玉ボケ光源と被写体の 距離や角度を考えて動き回る必要があります。  撮影中に「腹減った」「のど乾いた」「トイレどこだ」しか考え ない私ですが、これは多少考えてます。ただ、トイレは近いの で、常に場所を頭に入れてます。腹は減るのですが、この七夕祭り はとても壮麗で、6時くらいから撮影しはじめて、9時近くまで、 何か食べようという気にならなかったですね。こんなことは珍しい ことですが、水分補給だけはしっかりしないと、倒れてしまいます。皆様ご注意あれ。  大きなボケが期待できるシグシグ180mmマクロですが、雑踏では危険も あるので、タイトルとは裏腹に、あまり大っぴらに動き回らず、 背中を壁に近づけた状態でカニ移動したりもします。それと、 タムタム70-200mmほど手振れ補正が強力じゃないので、このくら いのSSでは、止まるのは何枚かに1枚になるので、息と心臓を 止めてジョジョ撮りが必要になります。 いずれにせよ 斜光が射しこむ時間帯の七夕飾りは、いい感じに玉ボケになって くれるので、晩飯を我慢して現地に向かってよかった、うんうん。

マニュアルな人

 たぶん学校の先生だろーなーという匂いのする方でした。  根拠はない(笑)話した印象と、目つき、かな。  同じ時期に、70Dを使う人にも出くわしてお話しましたが、こちら は絞り優先でした。今春出会って、モデルになってもらってかつ、 少し撮影の話をした女子高校生(写真部所属)さんは、プログラムオート。  みなさんそれぞれの好みと個性に応じて楽しんでらっしゃいます。  マニュアルの困ったところは、前回の撮影で使った設定がそのま ま残っていて、次に撮る時に面食らうこと、でしょうか。だから 最近は、ISO100,絞り開放、SS=1/1000くらいに戻すようにして ます。それがクセになったわけじゃなく、忘れることも多いです。 さっと取り出して撮影したいときとかは、迷わずPに戻しておく べきでしょうね、うんうん。

30D時代には撮れなかった一枚

 もちろん30Dでもこのように撮れるのですが、私の撮り方に癖が あって、無理だったという話です。  RX-500の写真でExifをご覧になれば一目瞭然、私は30D時代に、 無手勝流で、「絞り優先+スポット測光AEロック」で撮ってました。 適正露出にしたい場所でスポット測光してAEロックし、ロックした まま構図を決めて、シャッターを押す、と。  この方法は、スポットライトなどで極端な明暗差が出る、娘の ダンスステージや、息子のお遊戯会で撮影するときに、顔面が白飛 びしないようにスポット測光で抑えていたことから派生したもの。  比較的、失敗しないやり方ですが、そのかわりに極端にハイキー やローキーに振ることができません。(露出補正をいちいちかます ことになる)  また、親指をAEロックとフォーカスエリア選択に割りふっている ために、親指AFとも相性の悪いやりかたです。  70Dに機種変更してからもしばらくはこのやり方だったのですが、 写真教室でその不利を具体的に指摘されてからは、絞り優先モード をマニュアルに変更し、スポット測光は平均測光に、そしてAE ロックは使わなくなって親指はAF-ONボタンに、とスタイルが 変わりました。  大銀杏の下で、葉っぱを拾う少女。70Dの露出計を見ながら、 こんな感じだろうとバチコンと撮る、の図。お母様に御覧いただき、 お悦びいただいたものです。    

ハス園の虹

梅雨の合間で晴れた朝 ハス園の噴水で虹を発見・・・ 花はやや不満足でしたが1枚撮ってきました

夏だ!海だ!瀬戸田サンセット・ビーチ!

 こういうときに、バリバリにビキニな子、はリアリティがないです、 それは海に飛び込む用途の水着じゃないですから。  そんな御託はどうでもよくなる、夏の瀬戸田サンセット・ビーチ。 この日は花火撮影でしたが、夕方になって、浴衣の若い女性を囲んだ 一団が出現して、モデル撮影かな?と横目で気になったのですが、 持ち場を守らなければならず、追っかけられませんでした。  後になって、ミス尾道ご一行だったとわかって、がっくりです。 声かければ撮影させていただけたそうで、余計にがっくり・・・

EOS30Dで撮るRX-500

 昨日投稿した写真の4年後、RX-500も広島交通博物館の目玉展示品としてすっかりなじんだ頃の撮影。  イギリスのモーターショーに貸し出されたりもして、なかなか 人気です。1970年のデザインとはいえ、今見ても十分に未来的。 ただし、当時のフェラーリやポルシェなどの、グループ5カーの デザインを意識した形跡もあります、だからヨーロッパ受けする のかも。  強化プラスチックの軽量ボディゆえに、馬力はともかく、走行 性能はイタリア車に負けないようですが、なんせワンオフですか ら、このまま量産して儲けを得ることは難しいでしょうね。  カメラはこの頃も30Dでしたが、晩年を迎えつつありました。こういう撮影 では問題ないのですが、花火をRAWで撮影するときとか、連続撮影 するとバッファが一杯になって困ることがありました。  あと、バックモニター液晶の表示品質がよくなく、緑っぽくも 青っぽくもあって人の肌が美しくなく、今の70Dみたいにその場で 示して喜ばれるようなことがなかったです。ヤノキンは「観賞目的 のディスプレイぢやないっす、確認用でっせ」と説明していました ね。  なお、「ヤノキン」はキヤノンをくさすときに使われる業界用語 (だからどこの、だ?)で、ニコンは「ニコチン」、ソニーは 「糞ニー」、ペンタックスは「痰ペッ糞」などなど。  ともかくもよくがんばってくれた30D。RX-500も久しく眺めて ないけれど、この夏には見に行きたいものです。

描写

 桜シーズンも、追っかけ旅行でもしないかぎりはあっという間です。夕映えは、 一日の終わりというイメージからか、桜の儚さをより印象づけるように感じます。  ぢゃ、漫画話しましょうね(裂)  「描写」といって、写真の描写のことではなく、レース漫画における「死」の描写について関心を持っています。「サーキットの狼」では終盤で最大のライバル、親友である早瀬左近が死んでしま います。彼の死は、その何巻か前、主要人物3人が雑談をする中で 「我々3人が3人とも、F1で活躍するなんてことは、確率論的に 言ってありえない」というセリフで、暗転が予告されています。  池沢氏は、こうした伏線の設定が上手で、おおむね全てきちんと 回収されてストーリーが完成しています。この漫画は構想期間が 長かったとも聞きますし、十分に練ったうえでの執筆だったので しょう。  暗転と言えば、「サーキットの狼」で池沢さとし氏は、死亡 シーンでネガ描写を多用してます。事故死者はすべて即死という 描かれ方であり、搬送された病院で息を引き取るというパターン はありません。  つまり、主人公は、レース中に、他の主要人物の死を認識しな がら、精神力でレースを走り切るのですが、しばしば「・・狼」 では、卑劣な手段を用いた相手に復讐するシーンもあるし、我を 忘れて、ヘルメットを脱いだまま走り始めるといったこともあり ました。後者は、失格になってもおかしくない行為ですが。    「・・狼」から10年後の、F1でホンダエンジンが全盛時代を謳歌 していた時期のレース漫画が、六田登氏の「F~エフ~」。  この漫画は、必ずしも主人公の「勝利」では完結しないのですが、 結末は悲劇的ではありません。テクニックやマシーンのメカニズム よりも、人間模様に重点を置いたドラマ描写であり、主人公はしば しば命に係わるような事故に遭い、一度は臨死体験する様子も描か れています。  連載当時は、立花隆氏のNHKスペシャル番組など、臨死体験が ちょっとしたブームになり、いろいろな解説本(脳科学や スピリチュアルまで様々)が出てました。  「F」における臨死体験シーンで、主人公は早逝した先輩レーサーや自身の恋人に出会い、ティータイムを共にします。ここで は恋人が用意したサンドイッチがテーブルに並ぶのですが、主人公 (赤木軍馬)は手を付けることなく、生命への執着から泣き崩れ、 死者たちから別れを告げられ、生還し、自分が「この世とあの世の 中間にいた」と悟るわけです。  臨死体験本で読んだ、これとよく似た話に、作家・僧侶の今東光 氏が、生死をさまよった際に、「尾崎士郎氏に大物の鯛を託された 一心太助に出会い、その場で刺身にさばくからお食べなさい、と 勧められる」というものがあります。  尾崎氏は今東光氏の同級生でありその時点で故人なわけで、 今東光氏は「今は食べたくない、尾崎によろしく言っておいてくれ」と断って、やはり生還したそうです。で、「この世とあの世の 中間で食事をしてしまうと、この世に戻れなくなるから、食べなくてよかった」と安堵する、と。  六田氏がこのエピソードを参考にしていたのかどうかは不明です が、「F」で描かれた臨死体験シーンは、霧を基調に時間感覚を 超越した世界を演出する、美しいものでした。  また、臨死体験をした人物は、死生観が変化し、激烈な人物も 穏やかになるなどの性格的な転換があると言われていますが、 主人公も対立していた父親や兄との関係が変化し、自らも子を設け るなどしています。  こうした臨死体験が、普通の夢の延長にあるかどうもわかりませ んが、「個人を含めて、時系列がごっちゃの人物が、ありえない シーンに集合する」という夢は、仕事で切迫しているときによく 見ることがあり、気分転換を必要としているな、と判断するバロメーターにしています。うんうん。  

不忍池

不忍池の蓮の花、今月中旬が見ごろの様です。

ネジバナ

このところ天気に恵まれません。在庫で一枚^^

サバンナRX-7

 実にピカピカな、初代サバンナRX-7。 「サバンナ」を名乗ったのは、初代と二代目まででした。そのうちに、「サバンナ」と呼ぶ人はいなくなったように思います。  RX-7二代目と三代目が活躍した漫画がしげの秀一氏の、「頭文字D」ですが、正直、あまり好きではありません。好きでない理由は、 お色気描写が、前作「バリバリ伝説」よりへたくそになったから。 (略)  しげの秀一氏は、池沢さとし氏の「サーキットの狼」をよく読んで いたのかどうか、よく「架空のテクニック」と批判された「幻の 多角形コーナリング」に独自の解釈を加え(たかどうか知りませんが)、作中で、「ブレーキを小刻みに踏み込むことで後輪ロックを 繰り返して段階的な回頭を行うテクニック」として、登場させて います。  「サーキットの狼」は、格闘漫画や魔球系野球漫画と同じく、 「技モノ」(技の開発と打倒が主軸、技は必ず大声でその名を 叫んで繰り出す)の系統であったため、その原理よりは、雰囲気 を重視するものでした。  「頭文字D」は、劇中で登場するテクニックを実際にまねした ドライバーが死亡事故を起こす悲劇も発生していますが、私の 実家近くにもそういう峠があって、この漫画が連載されていた時期 にはきゅきききき音がよく響いてました。  「サーキットの狼」は舞台をサーキットに移行するのですが、 「頭文字D」は峠を舞台としたまま終えており、それはレース漫画 が公道を舞台にしているうちは人気だが、サーキットに移行すると 落ちてしまうことを考慮したため、と言われています。  しかし、「頭文字」は終盤の間延び感が半端なく、途中で読むの が苦痛になってしまい、実は私は結末をあんまり知らないのです。 漫画でこういうことは少ないのですが・・・うんうん。

国産スーパーカー

 御存じホンダ・NSX。えぬえすぺけと読むんですよ、そっちの業界 では(だから、どっちだ)。  マツダロータリーのファンミーティングに紛れ込んでいた一台。さ すがに居心地悪いと感じたのか、駐車場に入らずに去っていきました。  じゃ、漫画話いきましょうか(激)  「サーキットの狼」より先行して、少年ジャンプでレース漫画を 連載していたのが、村上もとか氏。「燃えて走れ」「赤いペガサス」など。「赤いペガサス」は、主人公を日系英国人という設定 にして、F1チャンピオンまで上り詰めるストーリーですが、 連載時期が「サーキットの狼」と被っていたこと、スーパーカー 人気ほどにはF1は盛り上がらなかったことからか、そこまで知名度 が高くなく、村上もとか氏の代表作として世に知られているのは、少年剣士を描いた 「六三四の剣」、現代の医師が幕末にタイムスリップする「JIN -仁-」などです。  現状、ほぼ埋没して語られることのない、村上氏のもうひとつ のモータースポーツ漫画が「ドロファイター」(1978~80年、 少年サンデー連載)。  これは、しばしばKazさんが紹介される、アメリカンなレース 世界を描いたもので、ミゼットレースから始まって、大陸横断 レース、そしてアクロバット複葉機と自動車の競争、最終的には NASCARレース、そしてF1も制覇・・・と、のしあがっていく、 日系アメリカ人レーサーが主人公。  それまで、ヨーロッパ調の、スマートなパッシングテクニック を中心に描かれていたモータースポーツ漫画に、アメリカンな パワーと激突を中心とした新風を吹き込んだ意欲作で、主人公 兄妹の家族愛と、それをとりまく人々の愛憎劇も秀逸で、人間 ドラマとしてみれば、「サーキットの狼」より圧倒的に上、です。 (池沢氏もドラマ構成は上手だが、サーキット外の人間模様は 意図的に省き、少年漫画の王道としての「技モノ」という性格を 前面に出していた)  この「ドロファイター」では、耐久レース仕様のマツダRX-7 が、大陸横断レースの主役メカです。「3人乗車して270km/h出る」(メーターはマイル表示) というので、デイトナやルマンで実際に走ったグループ4ない しIMSA GTO仕様のレース車に、公道用装備(後部座席含む)を 施したクルマ、という設定のようです。  史実のRX-7は、1979年のデイトナ24時間レースでは、初出場 にしてクラス優勝と、立派な成果を残しますが、同じ年のルマンで は、苦労してスポンサーを獲得したにも関わらず、屈辱の予選落ち と、奮いませんでした。  クラス優勝したとはいえ、デイトナでも、総合優勝したポルシェ 935ターボには「15周ごとに周回遅れにされた」とのことで、 ほぼシケイン扱いされている観すらありました。  そんなマツダも、1991年にはルマン総合優勝を果たし、翌年も 4位入賞と、けっしてまぐれではなかったことをアピールしていま すが、その後の景気悪化でモータースポーツどころではなくなって しまい、マツダ本社としては活動から撤退しています。    「ドロファイター」におけるRX-7の活躍は、マツダから村上氏に 一台プレゼントしてあげてもいいのでは、と思うくらい痛快なもの でした。「サーキットの狼」の池沢氏のところには、国産各社か ら「うちの車も活躍させてほしい」とのお願いがあったらしいので 村上氏もお中元やお歳暮くらいはもらったのかもしれません(笑)

RX-7今は昔

 サバンナRX-3の後継車がRX-7。このクルマ、RX-7とは呼ばれずに SA、FC、FDと、形式番号のほうで呼ばれることが多いようです。    「サーキットの狼」は、RX-7が登場した1978年時点では、 フォーミュラカーレースにシフトしていたため、劇中にRX-7が登場することは ありません。その後の続編では、主人公の強敵が乗るクルマとして 登場(3代目FD)し、主人公(初代とは別人)に手痛い敗北を味合わせることに なります。  このRX-7、いろいろ言われながらもすごいクルマだったらしく、 1985年登場の2代目は、ゼロヨン14秒台、最高速度235km/hと、 70年代のスーパーカーに遜色ない数値を叩きだします。しかし、 本場ヨーロッパのスーパーカーも進化しており、フェラーリF40 やポルシェ959といった「本当に300km/h出るクルマ」が出てきた ため、RX-7を日本製スーパーカー、と呼称したとはあんまり聞かな いですね、うんうん。もひとつおまけにうんうんうん。

Q車・サバンナRX-3

 マツダ好きの叔父が乗っていたこともあるサバンナ。 といって、乗っていたのはほんの短期間で、すぐルーチェに買い替えてましたが。  「サーキットの狼」には、ツーリングカーレースのスーパークラス (1300cc超クラス、ロータリーなので係数換算)の王者、として登場しますが、総じてモブキャラ で、活躍シーンはありません。    さて、「サーキットの狼」について、後半のフォーミュラレース 編で描写が雑になる・・・と感想を書いたところですが、あらた めて23巻から最終巻まで読み直してみると、車や主要人物の描写 は雑ではなく、きっちりしてます。「雑」という印象のもとにな っていたのは、ブルーノ・ジャコメリやジャッキー・スチュワート といった実在人物の描写において、漫画作風の中にとりこめて いない点でした。  史実のスチュワート氏は、漫画連載中はF1レーサーを引退して 間もない、30代の青年でしたが、劇中では50代のような風貌と なっていましたが、表情や服装は、1973年の来日時の様子をよく 反映しているようで、作画資料はしっかりしていたようです。  実在人物を漫画に登場させる手法は、スポーツ漫画で普遍的に 採用されていますが、取材相手への謝意敬意を表する面以上に、 物語にリアリティを加える効果を期待して、と思われます。  また、「サーキットの狼」において作者池沢氏は、70年代の日本 におけるレース業界の社会的認知度、レーサーの地位の低さについ て憂えていることを登場人物に語らせ、「日本のプロ野球選手どころでない名声と地位がヨーロッパのレーサーには約束されている」「日本人レーサーの地位向上にはF1で活躍 する日本人が出現することだ」と結んでいます。  物語は、日本人初のF1レース勝者が生まれる(ことが確実視 される)シーンで終わるのですが、2019年現在まで、現実世界では まだ日本人勝者は出現していません。  70年代の日本人レーサーの待遇が悪いことは、生沢徹氏が 1970年のJAFグランプリで、それを理由に「選手宣誓を拒否する」宣誓、 を行ったことでも有名でした。暴走族や交通事故死者数 増加、オイルショックといった社会問題もあって、レースとかスポーツカーなどへ の風当たりは強く、「サーキットの狼」はもともと暴走族を描写 したシーンも多いことから、白い目で見られたであろう漫画ですが、 「ぶっちぎり=圧勝する、大差をつける」「タイマン勝負= 一対一の真剣勝負」「タメを張る=互角に渡り合う」といった 暴走族由来(かもしれない)の言葉を一般化した功績はあるよう で、今日にいたっては学校の先生でも生徒に「君がぶっちぎりで 学年一位だったよ」「うちのエースは、〇〇高の××君とタメを 張る」くらいは普通語として話す様子です。  

御料鵜飼 ‐Ⅱ

6/26 は2度目の御料鵜飼でした 今回は対岸から船出直後を狙ってみました

アジサイ

今年の紫陽花祭りもいよいよ終演かな。。^^

アオスジアゲハ

花園で忙しなく飛んだり止まったり・・・ 追うのが精いっぱいで飛翔は撮れません

Software Profile

Digital Photo Professionalについて

提供元の資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、このソフトウェアの系譜と評判をまとめました。

登場と系譜

DPPの前には、カメラ内の画像処理をPC上で再現する「映像エンジンシミュレーター」として、EOS Viewer Utility(EVU)やFile Viewer Utility(FVU)が使われていた。開発陣によれば、これらは画素数が増えるにつれて処理に時間がかかるようになり、カメラと同じ画しか出せないという制約もあった。そこで画作りの思想は残しつつPC向けに最適化したのがDPPで、最初のバージョンは2004年に出た。1インタビュー デジカメ Watch(Impress Watch)DPP 4.0 開発者インタビュー

版を重ねるなかで、カメラの画作りやレンズに結びついた機能が加わった。2005年10月のVer.2.0.3でピクチャースタイルに対応し、スタンダード・ポートレート・風景・ニュートラル・忠実設定・モノクロの6種類をRAWに適用できるようになった。2プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、DPP Ver.2.0.3 を公開(ピクチャースタイル対応)2012年4月のVer.3.11.26ではEOS 5D Mark IIIとEOS-1D Xの画像に対応し、当時の報道ではデジタルレンズオプティマイザ(DLO)、多重合成ツール、HDRツールが追加されたとされる。3プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、「Digital Photo Professional」最新版を公開(3.11.26)

2014年6月16日に発表されたDPP 4.0は、GUIを全面的に見直した大幅なバージョンアップで、6月26日から無償で提供された。4公式 キヤノンRAW現像ソフト「Digital Photo Professional 4.0」と「EOS Utility 3.0」を提供開始(2014年6月16日発表)開発陣は別名の新しいソフトにする案もあったが、約10年親しまれたDPPの名前を残してバージョンを4.0にしたと説明している。ただしDPP 4は新しい処理方式で作られ、機種ごとの最適化に時間がかかった。開発陣は当初、DPP 4がVer.3と同等の機種に対応した段階でVer.3は役割を終える予定だと述べていた。1インタビュー デジカメ Watch(Impress Watch)DPP 4.0 開発者インタビュー

DPP 4シリーズはDPP 1〜3とレシピ(現像設定)の互換性がなく、以後の更新は4系で続いている。2026年10月時点の公式ダウンロードページにあるWindows版の最新は、2026年5月14日更新のDPP 4.21.30で、EOS R6 Vなどに対応し、対象OSはWindows 11だけである。5公式 キヤノンDigital Photo Professional 4.21.30 for Windows ソフトウエアダウンロード

提供形態と位置付け

キヤノンはDPPを、キヤノン純正のRAW画像を閲覧・セレクト・現像するアプリケーションと位置付け、ピクチャースタイルを基にした画像調整ができるとしている。6公式 キヤノンDigital Photo Professional(DPP)DPP 4.0はリモート撮影ソフトのEOS Utility 3.0と同時に無償で公開された。DPP 4.0の「リモート撮影」ボタンからEOS Utility 3.0を起動するとカメラコントロール画面が同時に開き、撮影した画像をDPP上で比較・選択し、設定を変えて撮り直す流れが一つのワークフローに組み込まれた。DPP 4.0の対応OSはWindows 7/8/8.1とMac OS 10.8/10.9だった。7プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、RAW現像ソフト「DPP 4.0」とリモート撮影ソフト「EOS Utility 3.0」

2018年9月にはiPad向けの「Digital Photo Professional Express」が発表された。DPPの基本機能を踏襲してタッチ操作でRAW現像ができ、発表時点ではVersion 1は無償で、次版以降は有償になる可能性があるとされた。8公式 キヤノンiPad用アプリ「Digital Photo Professional Express」を提供開始(2018年9月5日発表)

主な機能の変遷

DPP 4.0では現像と閲覧の両面で機能が増えた。現像では、8つの色域ごとに色を調整する機能と、ヒストグラムを解析して階調を自動補正する機能を新たに載せた。閲覧と選別では、2枚の比較表示、レーティング、約1万枚のサムネイル表示、400%までの拡大表示、条件で絞り込むフィルターに対応した。7プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、RAW現像ソフト「DPP 4.0」とリモート撮影ソフト「EOS Utility 3.0」

DPP 4.xのレンズ収差補正は、周辺光量、色収差、色にじみ、歪曲、回折の5項目をRAW画像に適用できる。補正の対象レンズはEOS Lens Registration Toolで登録する。9公式 Canon SingaporeCorrecting lens aberrations with Digital Photo Professional Ver.4.x

2020年には、PCの外のクラウドで処理する機能も加わった。3月のDPP 4.12.10で、EOS-1D X Mark IIIのISO 3200以上のRAWにクラウド上でノイズ低減をかける「ノイズリダクション(クラウド)」が搭載された。処理後に生成されるCIP画像ではDLO、回折補正、色収差補正が使えないため、これらは事前に済ませておく必要がある。10プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、Digital Photo Professional 4で"クラウド処理"を利用同年7月のDPP 4.12.60ではEOS R5/R6に対応し、深度合成機能の拡充、RAW動画の切り出し保存、速度優先モードへの対応が加わった。11プレス デジカメ Watch(Impress Watch)キヤノン、Digital Photo Professional 4の最新バージョンを公開(4.12.60)

競合ソフトとの比較

開発陣は、センサーから画像処理、レンズデータまでを自社で持ち、その開発データを最大限に生かせることをDPPの強みに挙げている。1インタビュー デジカメ Watch(Impress Watch)DPP 4.0 開発者インタビュー一方で、DPPが扱えるのはキヤノンのカメラで撮ったRAWに限られ、DLOもDPPの中でしか使えない。12レビュー Martin Bailey PhotographyQuick Look - Canon Digital Photo Professional Digital Lens Optimizer

開発の背景

DPP 4.0の全面刷新の理由について、2014年にDPPの開発・画像処理・商品企画を担当する3名が説明している。画素数の増加で処理時間が延びたこと、画像処理をさらに追求したいという要望、機能を積み重ねた結果として操作性の改善を求める声があったことである。処理が重いため64bit版だけに絞り、1フォルダ1万枚のサムネイル表示なども快適に扱える設計にした。1インタビュー デジカメ Watch(Impress Watch)DPP 4.0 開発者インタビュー発売時のレビューの計測では、等倍表示への切り替えにかかる時間がDPP 3の20〜30秒から5〜6秒程度に縮んだ。13レビュー デジカメ Watch(Impress Watch)新製品レビュー Digital Photo Professional 4.0

開発陣によれば、従来はカメラの階調を忠実に再現する方針が強かった。しかし雲の階調が再現できないという指摘を受け、DPP 4ではハイライトスライダーのアルゴリズムを刷新し、ガンマの自動調整を加えた。PCではカメラより処理に時間をかけられるため、解像感を保ったまま強めのノイズ低減や偽色低減ができ、カメラでは信頼性の面から使っていなかったレンジ外のデータも積極的に活用しているという。DLOは処理が非常に重く、すぐにカメラへ搭載するのは難しいとも述べた。1インタビュー デジカメ Watch(Impress Watch)DPP 4.0 開発者インタビュー

利用者の評判

国内の解説記事と海外のレビューは、ともにDLOをDPPならではの長所に挙げている。収差を取り除くだけでなく、絞り開放や絞り込みによる画質の低下を補正で抑え、解像感を高められるという評価である。一方で、どちらもDLOが対象となるキヤノンのレンズでしか使えない点を制約に挙げている。14レビュー GetNavi web【お手軽RAW現像】キヤノンDPP4の使い方【上級編】

評判の出典

3件

内容の確認日: 2026年10月22日