「子猫が歩く」ノイズは面白いなのテスト
Exif情報
メーカー名 Canon
機種名 EOS Kiss X4
ソフトウェア Photoshop Elements 9.0 Windows
レンズ
焦点距離 79mm
露出制御モード マニュアル
シャッタースピード 1/80sec.
絞り値 F7.1
露出補正値 +0.0
測光モード スポット測光
ISO感度 400
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 2048x3440 (1,975KB)
撮影日時 2015-06-29 06:23:42 +0900

1   stone   2015/7/7 00:41

RAW現像にはノイズ消去のイメージが少なからずある私ですが
実は結構ノイズ画像が好きです。

上が全景を投稿用サイズに縮小したものです。
そして下の画像は、NRを最小程度に抑えノイズを大事に残した仕上げのオリジナル画質状態です。(100%部分トリミング)

※この画質状態を保ったまま縮小リサイズができたらいいなと思うのです。
でもそうするには、縮小後、画像を再ノイズ加工しなければならないのが残念です。
ノイズが均されてしまわない縮小現像ってできそうな気がするのですが^^;

2   GEM   2015/7/11 14:31

stoneさん こんにちは
勿論お写真やコメントいつもきっちりと拝見しています。
ノイズ除去と画質とは、今のデジタルカメラが抱えている
問題など言及されているなどを拝見していると、自分も
そう感じているので 興味深く読ませて頂いております。

kusanagiさんの悪い所は、ミスに対して決して謝罪しない
自身の意見の真意を伺っても答えなし、都合が悪くなると
そのスレから消えてしまうなど、目に余る事が多すぎです。

こういう事を差し置いて正論らしきうものを振りかざすので、
自分ではどうでも良いと思っていることもぶり返したくなるのです。

3   kusanagi   2015/7/7 22:16

他の板にも出現する、この子猫は気になっていました。(^^;
野良だと思うのですが、生きていくのに必死なのが動物の世界ですよね。

stoneさんと同じく、私もノイズリダクションを掛け過ぎるのは好きではあり
ません。しかし最近のソフトではNRを大きく掛けるのが普通設定になって
いて、それで操作に苦慮するところがあります。
フィルム時代の写真って、今にしてみると、それはそれはノイズというか、
粒子ばかりかと思うほどで、デジタル時代の今とは全然、感覚が違うんで
すよね。時代は大きく変わりましたよ。(笑)

ノイズの限らず、アンシャープネス等のフィルター関係は画像サイズによって
出方が違ってきますから、サイズを決めた後でないと正しく掛けられません。
しかしstoneさんがお望みの、この画像サイズを問わないフイルター操作は
いづれは出てくると思いますが、やはり目で見ての感覚的な要素が強いと
思いますので結構、難しそうですね。

4   stone   2015/7/9 00:44

こんばんは
野良じゃないんですよ^^ちゃんとした家のある飼い猫さんです。
親は元野良かもしれません。どう見ても雑種ですし(笑)
赤い茶トラもいまして、その子は尾曲がり猫なんです。きっとご先祖さんは純粋?日本猫さんでしょう。

画素ノイズって時に「これって完成形だなあ」と感じることがあるのです。
でもデジタル画像にはリアルなサイズがありませんよね。
ただ、どの用紙にプリントするか、どのモニタで見るか、仮定概念的な実寸があるだけなんです。
ピクセルっていうのは大きさのないただの数列でしかありませんから、1ピクセルが埃よりも小さくなるしサッカーボールよりも大きくもなります。
その気になれば月よりもでかい1ピクセルでも、何でもあり。
私のデジタル画像への認識は、撮った後はもう写真じゃないのです。実は^^
PCで見る画像は写真じゃなくてデジタル画像なのです。
コンピューターグラフィック「CG」ですねもう完全に。
感覚的に、気持ち好いか興味を引くか美しいか。でしょうか。写真として見ることはNEWS写真に対してだけかもしれません。
オフセット印刷の網点のような仕組みが組み込まれる...
そうなれば、画素状態を一定に(或いは指定ラインで)好みのサイズで出力できるでしょうね。
だれかフィルターを作ってくれないかなあ^^;

5   stone   2015/7/9 19:18

全然このスレッドと関係のない話ですが、よく文が長いと言われていますkusanagiさんへひと言...私から。
kusanagiさんの文章は読みやすいです。
文章量は掲示板にしては多いと思いますが、小説を読むことを思えばちっとも長くありませんです(笑)

今は休止していますが、私のwebって本来?は小説サイトの運営だったのです。
投稿の非常に多い時期は、毎月のように数十本の小説投稿がありました。
全て読んで掲載するかどうかを審査?みたいなことしていました。
短編過ぎることも多くて、もうちょっと長くしてくれたら嬉しいな~的に好い話はもちろん、ふざけたのにも全て返信していました。
もちろん私もそれなりに小説を書いていましたです。
ちょっと気分が出てきたので再開することも考え中の私です。

6   kusanagi   2015/7/9 22:20

オフセット印刷の網点処理は、今は当然ながらデジタルなのでCTPのリップサーバー
が自動で掛けてくれますが、アナログのフィルム時代では、アミ点模様のフィルムを
かまして、つまり写真のフィルムとアミ点フィルムを重ね焼きして、アミ点のデュープフィルム
を作っていたんですね。(さらにそれをアルミ板の刷版に焼き付けるのです)
それで昔は何処の製版屋さんも印刷屋も、ものすごい量のフィルムを消費していました。
写真のフィルムというのは高感度でチィッコイですけど、製版用のフィルムモノクロですが
デカイのです。
その多量に消費したいたフィルム需要がデジタルになって、一切無くなりました。

産業用のフィルム自体は他にも多くの需要があるわけですが、銀塩自体は写真関係
だけだったろうと思うので、塩化銀の生産量は大きく減少しているはずです。
ところが、この銀塩方式は実は、半導体の生産にも使われているので、実際には塩化銀
の需要は減ってはいないだろうと思います。それどころか増加の一方でしょう。
カメラに使われているCCDやCMOS、パソコンやモバイルのCPUやメモリ、数多くの電子
基板の製造には写真製版の技術が生かされているんですね。

製版フィルムを製造していた富士フィルムとか大日本スクリーンは大企業ですが、
写真や製版フィルムの需要が無くなってもびくともしていませんね。そんなのなくなっても
どおってことないっていうくらいの、電子部品製造用の膨大な需要があるからなんで
しょうね。それで時代は変わったようでいて、変わっていないところがあります。(^^;

確かに、写真はモノではなくなって、デジタル時代では概念というか、やたら抽象的な
何か?になりましたね。
それで、普遍的に通用する写真という「形」を喪失してしまったようなところがあります。
そういえば、デジタル初期の頃、カメラ屋さんが言っていたのですが、デジカメ時代になって
から、写真の画質基準が喪失されつつある、これまでは富士フィルムの自現機のプリントが
写真業界のスタンダードだったのが、デジタルではナンデモアリになるので何を基準に
置いていいのか、分からなくなると言っておりました。

だから、stoneさんの仰るように、今はもう写真ではなく画像なのであって、画像自体には
スタンダードな規格などはありえないのだということになります。
撮った後はもう写真ではないということだと、写真行為というのは撮影一本槍ということ
になりますかね。たしかに実感としても、そういうところがありますよ。(^^;

とは言っても、写真屋さんでまだ銀塩プリントはできます。百年は持つのかな?
このプリントが出来ある間は、まだモノとしての写真文化は生き続けているという気が
しています。
一般家庭の写真アルバムとして、画像データ自体は無くしても構わないから、とにかく
プリントとして、子供たちの成長記録を残しておいて欲しいなあっていう願いはありますね。

一方、我々アマチュアが撮っている写真などいうのは、これはもう撮影自体を楽しむのが
目的みたいなものですから、はっきり言っちゃうと撮った後は、写真ではなくデータでしか
ないのだから、それが無くなろうが改変してゴチャゴチャになろうが一向に構わない、
というところでしょうか。(笑)

※文章を読み辛い長文と捉えるかどうかは、読む人が内容に関心があるかないかで
決まるだろうと思います。関心がなければ誰も読みたがりませんし、自分に関心が
あれば、どんなに読み辛い文章ても読んでしまいます。
膨大な情報量が飛び交う時代では、自分に必要なところだけ摂取すればよいのであり、
他方、大部分は捨て置かれる情報であるあるわけで、それはそれでマトモなやり方だと
思っています。(^^;

三脚に関しては、甲斐さんや、しゅうやんさんを初め、風景写真家の方に色々と教えて
いただきました。大変感謝しています。
野外での三脚撮影のノウハウというのは、私にはまだなかったもので。
実はカメラの発する漏洩電磁波が歳をとる毎に身に堪えるようになりまして、若い人だと
ぜんぜん問題がないわけですが、とにかく電磁波を防ぐというだけ目的で、言わば老体の
杖のような感覚ですか?もしくは身障者の車いすのような感じで、私の三脚は必要だと
考えているのです。何だかしみったれは話になりましたが。(^^;

三脚というのはアナログなモノですけど、別の視点から見ればソフトウェア的なノウハウ
でもあるんです。三脚というのは、デジタルカメラをアナログに変換するコンバーターの
働きをするのだと。そういうことで、私は今、三脚を見直しているんですよ。

※そうですか。小説サイトの運営をなされていたようですね。
正直言って、私は小説を読むのが苦手です。しかしノンフィクションを読むのは好きなん
ですよ。でもこの2つって大した違いはなさそうですしね。(^^;
私自身はどちらかと言えば読書が好きで、写真を撮るよりも本を読んでいる方が身に
合っているところがあります。
本の著作の文章量というのは膨大です。時間がないので大体は斜め読みですが、
これっていう本に出会うと、何度も精読をします。
この本を電子ブックのようなもので読もうとは思いませんね。やはり紙にインキの本が
いいです。(^^;

そういう自分の本好きなところも、それから仕事柄、他人の文を手直しすることもあって、
自分で言うのもなんですが、わりと活字には不得手感はないみたいです。
しかし学校時代は国語が苦手で、点数は数学でカバーしていたところがあります。
今だに漢字を書くと自分勝手な作字をしてしまうところがあって、あんた、この字、何なの?
って窘められることも。(^^; 中国の簡体字が羨ましいです。(笑)
それで、悪筆と相まって、ワープロが出現した時は大喝采でしたね。

写真をする人は画像系頭脳の人間が多いので、文章を読むのも書くのも苦手な方が
多いかもしれません。しかしそれは大したことじゃありませんね。
私は文章で一番大切なことは、骨格だろうと考えています。柱と梁という骨格の筋道さえ
通っていれば、どんなに言葉が拙くてもぜんぜん問題がない。そう考えています。
その骨格を形作るのは、その人がどれだけ自分の思考で考えているか。そのことだけ
だろうと言えます。自分の考えがなくよそからコピーしてきたような考えの人は、ちっょと
文章を読んだだけで直ぐにわかりますからね。

実は写真もそうなんで、他人の摸倣コピー写真をする人の写真は分かります。
自分の立ち位置が不明確なんです。だから安定感がありません。
文章はデジタルだから割りとウソを見抜くのは簡単ですが、画像は基本アナログなので
ちょっと難しいのですが、数点の写真を見てると内容がない写真をする人は分かります。
ですから文章や写真を投稿するってことは、考えてみれば、分かる人には見ぬかれて
いると思うべきですね。まあ私もそういう気持ちで投稿をしています。(^^;

7   GEM   2015/7/9 23:09

stoneさん 横から失礼いたします。
kusanagiさん こんばんは
立派な事を書かれれば書かれる程、ご自身の矛盾点を晒し出されているのでは?


8   stone   2015/7/11 00:31

こんばんは

>写真ではなくデータでしかないのだから、

そうですね、そう思います。
でもですね、データと変化してしまったその画像はプリントして実在の物になった瞬間に、
写真に戻るのです。
写真というのは、やっぱり手で触れないとダメだなあ!と感じています。
どんなにデータの様相が変化してしまっても、現実に存在するモノとなる。
それはとても大事なことだと思います。

>子供たちの成長記録を残しておいて欲しいなあっていう願いはありますね。

モニタで見るデータがプリントされると手で触れる、壁に飾れる、写真立てに納まる。アルバムになる。
現在も昔ながらに、日常的なことに写真が関わっています。
大丈夫と思います。過程がどんなに変わっても収まるところへちゃんと納まるものと思います。

>分かる人には見ぬかれていると思うべきですね。

見抜かれている、ではないかなあ?
「分かる人には分かる」理解がされていると思います。
もちろん、受け取り方は様々ですので作者の意図とはかけ離れた解釈をする方もおられます。
それは、創作者が体験する必然かと思います。
何処かで誰かが分かってくれること、それを期待する人。それが創作者と思います。


GEMさん、こんばんは
コメントいただけること嬉しいですね。
考え方、思考、それを言葉として綴ること難しいです。
理解してもらおうと言葉を重ねると、時に、より不明確になってしまったり、
妙な意味に伝わってしまったり...
掲示板への掲載文章量では、修復でききれないこと多くあると思います。
でも、(読んだよ)と表してくださって感謝です。

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