入道崎
Exif情報
メーカー名 NIKON CORPORATION
機種名 D4S
ソフトウェア Capture NX 2.4.7 W
レンズ 20mm F1.8
焦点距離 20mm
露出制御モード 絞り優先
シャッタースピード 1/200sec.
絞り値 F7.1
露出補正値 -0.7
測光モード スポット測光
ISO感度 100
ホワイトバランス 晴天
フラッシュ なし
サイズ 1800x1191 (1,848KB)
撮影日時 2016-08-08 14:47:04 +0900

1   zzr   2016/8/12 21:36

切れ目が入ってる岩が並んでましたがこれを見通した線が北緯40度線だそうです。

2   stone   2016/8/12 23:24

渋い現像です。
重くて分厚く、且つ暑い気温も感じます。
北緯40度の持つ意味を調べると面白かったです。感謝^^

3   zzr   2016/8/13 15:21

こちら、見通した線は南北の線でした。
本当の40度線は写ってる方向ではなくこの後方みたいです。
PLかけて撮るとこんな感じの色になってしまいますね。

4   kusanagi   2016/8/13 16:02

入道崎は牡鹿半島の北の先にあるんですね。その付け根は八郎潟です。
八郎潟は琵琶湖に次いで日本2番めの湖であり、成り立ちは汽水湖(きすいこ)です。
こういうのは日本各地にみられます。
もう八郎潟は大部分が埋め立てられて、大潟村という大規模農地に生まれ変わっています。
牡鹿半島はその昔は沖合に浮かぶ島であったろうと思うのですが、砂州の発達により陸続き
になりました。河川から大量の土砂が海に流れだし、それを波や海流が形を整えて砂州を
形成します。
こちらで有名なのは出雲半島ですね。宍道湖や中海というのはそういう砂州の形成によって
出来上がったものです。

東北の日本海側って、わりと海岸線がつるるーんと、のっぺらしてますよね。あまりデコボコ
していないのです。これは長年の自然の河川の侵食作用、そして海の砂州の形成のよって
そうなったものと思われます。
おそらく庄内平野も新潟平野も津軽平野も大昔は海だったはずです。いや、そもそも平野部
というものはそのようにして、河川の侵食と砂州によって後から出来上がったものであって、
日本列島が形成された頃は、山と海しかなく平野はなかったのです。

ついでに言えば盆地もありませんでした。東北各地に見られる大きな盆地平野は昔は深い谷
であったわけです。人類が住み着き生産性を上げるには、平たな平野部と浅い海が必要なの
ですが、それには長年の自然の浸食作用が必要だったというわけです。
それで浸食作用も砂州も、要するに地球には豊富な水があるからできることなのです。

5   zzr   2016/8/13 21:50

庄内でも山の中からサメの歯や貝の化石、珪藻類の堆積物からできた岩石がでてきます。
今の庄内地方は大昔は暖かくて浅い湾で平野部は小さかったみたいですね ^_^

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