Exif情報
| メーカー名 | Canon |
|---|---|
| 機種名 | EOS 5Ds R |
| ソフトウェア | SILKYPIX Developer Studio Pro 8 |
| レンズ | EF35mm f/1.4L II USM |
| 焦点距離 | 35mm |
| 露出制御モード | 絞り優先 |
| シャッタースピード | 1/790sec. |
| 絞り値 | F8.0 |
| 露出補正値 | -0.7 |
| 測光モード | 部分測光 |
| ISO感度 | 100 |
| フラッシュ | なし |
| サイズ | 3333x5000 (13.3MB) |
| 撮影日時 | 2017年09月16日(土) 12時20分 |
文化大革命で先尖部分が破壊され、のちに復元された 日露戦争が終わった1905年に建て始め、1913年に完成。 慰霊塔高さ10.3mとありますが落書きが多いですね 夜間に命綱でも付け、ケガキ工具などでキズをつけたのでしょうか 関係諸国の文字も見えますが、さまざまな怨念の含んだ塔である ことに違いありませんね。
taketyh1040さん、こんばんは。 爾霊山(ニレイサン)という三文字は乃木希典の筆跡と言われ 中国語ではあなたの魂の眠る山、宿る山と地元の 人々に言い伝えているらしいです。この203高地には 両軍合わせて10万人もの兵が投入されたと言われてますから その薬莢の数は、おびただしいものであったに違いありませんね 自分の想像でも、その薬莢を集めて・・・ということになるのでしょう。
こんばんは。 当時に建立されたという事なので、この形は致し方ないでしょうか。 日本人の縁者の方でさえも慰霊でこの地を訪れた時、これを見てどう思われたでしょうね。 そう云えば正露丸(元は征露丸らしかったのですが)のトレードマークがラッパだった というのも当時の時代背景だったのかも知れませんね。
GEMさん、こんばんは。 正露丸は海外旅行で、何度かお供に持っていきました 昔は征露という文字が使われていたそうですね なるほどロシアを征伐するという意味だと、国内で人気が あったのも伺われますね。それで文字変更とトレードマークの ラッパは残したという歴史も興味深いです。 現地ガイドの説明ではここを訪れるロシア人は滅多に 居なく、日本人観光客が圧倒的に多いというのもうなずけます。 お国のために尊い命を落としたご遺族、万感の思いだったに 違いありません。
同じEOS 5Ds Rで撮影された写真
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こんばんは。 建てた本人達の意向はどうであれ、何万人も殺し合った戦争の象徴ですから 怨念が渦巻いているのも仕方ないでしょうね。 まして砲弾の形をしているのが余計に感情を刺激するのでしょう。 慰霊塔らしい形状に出来なかったのも軍人なるが故でしょうか。