メーカー名 | Canon |
機種名 | EOS 6D |
ソフトウェア | DxO OpticsPro 11.4.2 |
レンズ | EF24-105mm f/4L IS USM |
焦点距離 | 65mm |
露出制御モード | シャッター速度優先 |
シャッタースピード | 1/512sec. |
絞り値 | F4.0 |
露出補正値 | +0.3 |
測光モード | 分割測光 |
ISO感度 | 400 |
ホワイトバランス | オート |
フラッシュ | なし |
サイズ | 2048x1365 (1,360KB) |
撮影日時 | 2014-08-28 18:55:32 +0900 |
島内の煉瓦の建物の一部だけが残っていました。
この一連の軍艦島写真。面白いなあって感じたんですが、そのひとつは当初の2014年に
投稿したものと、今回の投稿のものを合わせて、群列写真として見ることができることです。
写真というのは1点で投稿されると、どうしても作品的に見てしまい、被写体の良さにまで
思い及びません。
そもそも被写体そのものに関心がなく、ただ単に写真画像に耽溺するとか、カメラレンズ機材
にしか興味が無い人には1点写真でよいのかもしれませんけど、普通の人々はカメラを向ける
被写体にこそ興味と関心がありますからね。
そういうおおよその被写体情報を得るということでは写真は動画映像には全然敵わないわけ
なんですが、高精細が特徴の静止画写真を駆使して、このように群写真として纏まるとけっして
映像にも負けていないというところがあります。
もうひとつの喚起された好奇心は、いきなり2014年の掲示板に飛び、そのサイト画面を横滑り
しますとKazさんだけでなく、F344さんや写好さんの当時の写真が見れるわけで、その時分に
使っておられた6Dとか5Dマーク3の写真が見れたことです。
どうでしょう?現在主流の5Dマーク4とか6Dマーク2、7Dマーク2、イオスRとかの画像とは違うの
ではありませんか。とくに黄色を中心とする中間色が過去のカメラでは豊富に感じます。
もっとも画質というのは、出力するカメラ側だけでなくて、それを受け取る側のPCやモニターが
しっかりとしていないと不十分なところがありますけど。
そんな感じでキヤノンのカメラの動向が見れたということでも興味深いです。
キヤノンの絵はこれほどに変わってしまったんですね。
写真を見ると軍艦島は思いの外、九州本土に近いみたいです。とは言え、海上にあるわけです
から島に渡るのは大変です。それで本土から撮影している人はいないものかと探すと・・・
いました。(^^ゞ
https://twitter.com/toru_sakai/status/629959171949985794
https://4travel.jp/travelogue/10358658
読者さん、
前回と今回の投稿写真に最近の台風による被害状況を
重ね合わせてみると、崩壊が早い速度で進んでるようですね。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181225-00000013-mai-soci.view-000
対策を施さないと近い将来には単なる瓦礫の山となりそうです。
産業遺跡は、崩壊は宿命みたいなものじゃないでしょうか。こちらでも別子銅山の崩壊は
酷くて30年前とはぜんぜん違っています。凄いなあって感激していた巨大な遺構が崩れて
今は跡形も無くなっているところがあります。
ダム湖底の農村遺跡も鉄道遺跡も全部そうです。ですから写真で記録をしていかなければ
なりませんね。
逆に考えれば崩壊が進まなければ、古いものがなくならなければ、新しい文化は創出できません。
人間だってそうですね。いつまでも古い人間が威張っていては若い人が育ちませんから。(^^ゞ
この端島は保存するには遺構が大きすぎるというか、それで極一部の建物だけを選んで保存し、
あとは更地(自然林)になるだろうと思います。それで十分なんではないですかね。
若いころちっょと文化財の仕事に関わっていたことがあるんですが、遺構も遺跡も数が少ない
からこそ価値が出るんでしてね。奇跡的に時の流れに抗ってた生き残ったやつ、そういうもの
だからこそ値打ちがあるというか、遺跡とはそういうもんだろうと思いました。
最近流行りの町並み保存にしたって、しぶとく生き残った建物だけが栄冠を得るというか、
建物にもそういう運というか隠れた実力というものがあると思いますよ。
新兵が戦場に出て、だんだんと数が減っていって、それても生き残る兵士はいるんです。その
老兵にこそ、戦いにおける全てのノウハウというものは継承されていくということですから。
Kazさんも長く写真を続けてこられたということを知りました。今でも写真をやっておられるという
わけなので、これもしぶとく生き残った老兵みたいなもんです。
私見ですけど、写真は10歳代末から20歳代初めにかけて始めなければ写真の本当は分から
ないたろうと考えてます。社会人の30代とか40代から始めたって、要らぬ欲が出て、曇った眼で
しか写真が見えないだろうと思いますよ。
とにかく若い時に写真に出会って、夢中になって、その後はブランクがあってもいいんですけど、
再び始めるっていう、それが生き残った新兵が老兵になるってことじゃないですかね。
そういう特別な価値というのですかね。遺跡にも写真にも相通じるものがあると思いますから。