丸亀城
Exif情報
メーカー名 Panasonic
機種名 DMC-GF2
ソフトウェア Capture One 8 Windows
レンズ
焦点距離 14mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/640sec.
絞り値 F5.6
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 100
ホワイトバランス
フラッシュ なし
サイズ 4000x2702 (9.71MB)
撮影日時 2010-01-03 23:22:47 +0900

1   kusanagi   2021/10/9 21:51

仕事の合間に、ついで撮影ということで。丸亀城ですが、石垣修理はいつもの定点観測撮影です。
使ったカメラはパナGF2で只みたいなカメラです。初期のG1と同じ1200万画素ですが、古いレンズも
AFが効くというくらいのメリットしかありません。動画ではフルHDが撮れるということですか。
使ったレンズはオリンパス14-35F2とパナライカ12ミリF1.4です。後者は非常に解像力がありますね。
今回、初めて使用しました。

よく ピンからキリまでと言いますが、姫路城から丸亀城までと言い換えてもよさそうなくらい、この城は
何もない城です。あるのはちっさな天守閣と大手門だけ。しかしその分、樹木は多くて散策にはもって
こいのところかも知れません。昔はもっと大木が茂っていたのですが石垣保全の為に伐採されました。

現在の城郭は観光の為のものですが、おそらく築城当時もその程度の意味しかなかったろうと思って
います。城主の威厳を知らしめる為のものであり、外から見てカッコよければそれでよかったのです。
この城で特徴的なものは石垣であり、石は豊富に使われています。全て花崗岩ですかね。瀬戸の島
から切り出して運んできたものと思われます。この城は港に近い場所にありますので、さしたる労苦は
なかったろうと思われますがそれでも相当な年月がかかっています。(藩主は生駒家、山崎家、京極家
と短い間に変っています)

面白いのは築城当時は大手門は、この写真の反対側の南側にあったようですが完成時には北側の
海に面した方向に作り替えられています。南側の中讃平野ではなく瀬戸内に表を向けるという意味は
当時の、時代の経済の変遷を垣間見る思いがして興味深いです。
第2代藩主の京極高豊の時代に海岸際の中津万象園の別邸が造られ、藩主はそこで政務をとられて
いたのではないでしょうかね。

もっと面白いのは丸亀藩の支藩である多度津藩ですが、たった1万石しかないのですが良港を備えて
瀬戸の海運を握っていたというものです。それで江戸末期すら明治初期にかけては豪商が多く出て、
その蓄積資本によって香川の近代化の先陣を切ったという歴史的経緯があります。鉄道、電力、銀行と、
その発祥は多度津藩にあったというわけです。それらが現在のJR四国、四国電力、114銀行と受け継が
れています。

私としては撮影対象は山里とか溜池とかが本業なのですが(^^ゞ、たまにはこのような観光的なものも
撮影しています。観光と言いますか、土木建築物も好きなのです。最近は特に石が好いねえっていう
ところがあり(笑)、この城の膨大な石群が心地よいです。

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